まほチョビ(甘口)   作:紅福

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天邪鬼
素直じゃない人を指して言うこともある


天邪鬼の嘘

 先日の千代美に続き、今度は私が熱を出した。

 伝染ったにしては日が開いているので、単に自己管理がなっていなかったと捉えるほか無さそうだ。全く情けない。

 

 おかしいなと感じたのは昨日の昼頃。

 どうも顔が熱く、頭がぼんやりとする。それでもとりあえずは一日を過ごし、帰りに病院に寄って診てもらうと、見事に熱が出ていた。

 口は悪いが腕が良いと評判の医者の卵は『マホーシャでも体調を崩したりするのね』と笑い、寝てれば治るから明日は休めという有り難いアドバイスと、何種類かの飲み薬を寄越した。

 

 しかし折の悪いことに今日は平日。私は医者の言うことを聞いて休みを取ったが、千代美はそういう訳にも行かない。

 彼女は先日のお返しとばかりに私の看病をしたがっていたが、まさか『まほの看病をするために休みます』という訳にも行かないだろう。

 

「ごめんなあ、なるべく早く帰るからさ」

「あまり心配するな。行ってらっしゃい」

「うん、行ってきまーす」

 

 ご飯の作り置きだけは抜かり無く済ませ、千代美は渋々出勤して行った。

 さて、今日は一人で一日お留守番だ。

 

 千代美は矢鱈と心配していたが、一人もたまには悪くないなと気楽に考えているというのが正直な所。

 しんどくなったら誰か呼べと言われたが、しかし援軍を呼ぼうにも平日の明るい時間に捕まえられる友人と言えば、どこぞの瘋癲(ふうてん)くらいのものだ。あれを呼んだところでどうなるものでもない。どころか逆に飯をたかられる可能性がある。

 それならば一人で夕方まで眠っていた方が幾分かましだろう。それはそれで気楽な事なのだ。降って沸いたような休日、ゆるりと休むとしよう。

 

 布団の上でごろごろしながら考える。

 急いで済ませたい家事も今日のところは特に無い。買い物は言わずもがな千代美がするし、掃除や洗濯も一日くらい怠けたところで然したる影響は無いだろう。

 と言うよりも恐らくは、どんな些細なことでも、この体調で家事をやったら千代美が帰って来たときに叱られてしまう。『ちゃんと寝てなきゃ駄目じゃないか』なんてな。

 謂わば私は今、叱られない為に怠けているという事になる。

 

 とは言え、そうなると眠るぐらいしかやる事が無い。先程から『大人しく寝てろ』という至極真っ当な結論から目を逸らし続けているが、そろそろ限界だ。

 しかし、さっき起きたばかりで大して眠くないのもまた事実。とりあえずごろごろしてみてはいるが、眠気のねの字もやって来ない。そこを押して眠れというのも無体な話じゃないかと思う。

 

 何だろう、このテンションは。本当に私は体調を崩してるんだろうか。急に自由時間が出来た事に少なからず高揚しているみたいだ。

 まあ、そうは言ってもする事が無い。テンションを上げたところで遣り場が無い。思考が『寝ろ』『眠くない』『暇』という実に不毛な堂々巡りをしている。

 苦肉の策としてテレビを点けてみると、何故かこんな時間に小学生向けの教育番組を放送していたので、少しは暇潰しになるだろうかと思い、暫し見入る。

 

 二時間潰れた。

 

 私は何をやってるんだろうか。大卒なのに。

 いや、しかし、とても面白かった。小学生向けというだけあって、すごく分かりやすい作りになっていて、なんだかすごく為になった。大卒なのに。どうしよう、余計にテンションが上がってしまった。

 この興奮をとりあえず千代美に伝えるべくメッセージを送ってみたところ、すかさず『寝ろ』という返信が来た。最もだ。

 

 大人しく布団に戻ったが、一向に眠くならない。

 何かこう、眠らないまでも横になったまま出来る暇潰しがあればなあ。再びごろごろしながら考える。

 

「あ」

 

 そうだ、そう言えばうちには山のような量の小説があるじゃないか。たまには読書でもしよう。

 早速、千代美に『本を借りるぞ』と連絡すると、即座にあれを読めこれも読めと都合十冊ほど勧められた。さっきの対応とえらい違いだ。

 しかし十冊は無理だ。とりあえずは、勧められた中で特に目を引いた『百器徒然袋』の続編を借りる事にした。あれの一作目を冬に読まされたが、なかなか読みやすくて面白かった。続編があったとは。

 千代美の本棚から目当ての本を引っ張り出し、布団に潜り込んで読み始めると、二分ほどで眠くなってきた。

 

 なんだか私の頭が悪いみたいで物凄く釈然としないが、今は眠ることが何より肝要である事を思えば、まあ眠ってしまうのが一番だろう。

 なんだかんだで身体は休養を欲していたらしい。瞼を閉じると、意識はいとも簡単に睡魔の餌食となった。

 

 朦朧とした意識の中で、なんだか懐かしい感じのする夢を見た。

 

 ぱたぱたと人の立ち働く音が聞こえる。何やら忙しそうな音だ。

 千代美が帰って来たのかとも思ったが、跫(あしおと)が違う。

 誰かが来たのかと思い瞼を開くと、そこには何故か、 が居た。

  は私の寝顔を覗き込むようにして、私の額に掌を当てている。

 ああ、熱を見ているのか。 の掌が少し冷たくて気持ちが良い。

 私と目が合った は、とても優しい声をして諭すように言った。

 

「まほ、これは夢よ」

 

 何だ夢かと素直に納得した。夢だからこんな所に が居るのだ。

 という事は、さっきから聞こえる跫は  さんのものだろうか。

 その事には構わず、 は私に、少し奇妙な質問をぶつけてきた。

 

「楽しくやっているかしら」

 

 はい、と間髪入れずに答えたつもりだが、上手く声が出せない。

 ぱくん、と動いた私の唇を見て、 は安心したように微笑んだ。

 

「善かったわ」

 

 ゆっくりお休みなさい、と言われ、私はまた素直に目を閉じた。

 

 目が覚めると外の景色はすっかり夕方で、千代美が作っていった昼ご飯を食べないまま眠り続けてしまった事に、自分の事ながら驚いた。しかし身体が随分と楽になっているのを感じる。やはり睡眠は偉大だ。

 枕元に転がした小説を手元に引き寄せぼんやりと読んでいると、玄関が開く音と共に『ただいまー』という千代美の声が聞こえた。ああ、安心する声だ。

 

 しかし幾らも経たないうちに、何故か千代美は血相を変え寝室に怒鳴り込んできて私を叱りつけた。

 

「ちゃんと寝てなきゃ駄目じゃないかっ」

「寝てたぞ」

 

 何も叱られるような心当たりの無い私は千代美に真っ向から反論したが、どうにも聞く耳を持ってくれない。

 理由を訊くと、家事が粗方やってあるというのだ。

 

「掃除も洗濯もしてあるし、花瓶の花まで替えてある」

 

 寝てないどころか花なんか買いに出掛けたのかと叱られたが、全く心当たりが無い。

 私は本当に、千代美に連絡して以降はずっと布団に入っていたのだ。

 

「じゃあ誰かを呼んだってのか」

 

 ううむ。

 確かに千代美は今朝、家を出る前に『しんどくなったら誰か呼べ』と言った。しかし平日の明るい時間では呼べてもミカだという事に、千代美も後から気が付いたらしい。

 家事を済ませた上、ご飯にも手を付けていないとなればミカの仕事ではあり得ない。そもそもミカなど呼んでいない。

 

 いや、もしかしたら無意識にでも誰かを呼んだのだろうか。熱で朦朧としながら、誰かを。

 なんだか自信が無くなってきた。家事がやってある以上、誰かが来たことには間違いない。来たとすれば私が呼んだのだ、たぶん。

 

「スマホの発信履歴でも見てみろよ」

「ああ、そうか」

 

 言われて暫く探したが、そのスマホが見付からない。

 千代美に鳴らして貰うと、スマホは枕の下にあった。

 では矢張り、私は無意識に誰かを呼んだという事か。

 千代美と一緒に履歴の画面を見て、一緒に青褪める。

 

 発信履歴の一番上には『西住しほ』とあった。


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