まほチョビ(甘口)   作:紅福
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千代視点

千代ですよ
千代美じゃないですよ


十界

 某日。

 西住家、お酒の席にて。

 

 私は、たじろぐ常夫くんにしなだれかかり管を巻いている。

 

「常夫くーん、ふふふ」

「こ、困りますよ、島田さん」

 

 真面目な人。

 もしかしたら、しほさん以外の女性を知らなかったりして。まあ、それはそれでしほさんにはお似合いとも言えるけれど、勿体ないなあとも思う。

 

「私の目の前で夫を籠絡するのは辞めて頂けるかしら、島田流家元さん」

 

 そのしほさんに、露骨に苛々した様子で諌められた。

 

「あらぁ、目の前じゃなければいいのかしら」

 

 わざと嫌らしい言葉を返す。

 しほさんは私の意図を察知して、大きなため息をついた。

 

「はあ。常夫さん、外してください」

「助かります」

 

 しほさんに逃がされる形になった常夫くんは、やんわりと私を押し戻し、『しほさんも程々にね』とだけ残してそそくさと部屋を辞去した。

 これで部屋には、二人きり。

 

「全く、貴女という人はどうしてそう見境が無いのかしら」

「うふふ、冗談に決まってるじゃない」

「そうは見えないから、はらはらするのよ」

 

 だってしほさん、はらはらしないと行動してくれないんだもの。

 折角だから二人で飲みたかったのよ。常夫くんが居ると、本当の意味で心安くは飲めないし。

 

「何か他人に聞かれたくない用件でもあるのかしら」

「そういう訳じゃないわ。本当にただ、二人で飲みたかっただけ」

 

 常夫くんには悪いけれどね、と舌を出す。

 しほさんは、やれやれといった顔でまたため息をついた。

 

「そういえば、菊代ちゃんも居ないのね」

「仕事よ。暫く帰って来ないと思うわ」

 

 ふーん、『仕事』ねぇ。

 まあまあ、ともあれ二人飲みが叶ったのは嬉しい事だわ。

 

 しほさんのグラスにお酒を注ぐ。熊本名物の芋焼酎。名前は悪いけれど美味しいお酒ね。

 まだちょっと苛々している様子のしほさんは、それでもとりあえず注がれたお酒を呷り、私が買ってきたコンビニのポテトサラダを一口つまんだ。

 

「あら美味しい」

「でしょ」

 

 でも芋に芋を合わせたのは失敗だったわよね。あらかじめお酒が分かっていたらレジ前の焼鳥でも買って来たのに。まあ、しほさんが気にしてる様子は無いからいいか。

 実は最近、コンビニのお惣菜をよく買って食べている。六月の頭頃にあった騒動の際、聖グロリアーナの学園艦で買って食べて以来、すっかり夢中。

 買ってすぐ食べられるというのが手軽でしかも美味しいので、ついつい利用してしまう。

 

「確かに便利ね。冷蔵庫を使わない生活になってしまうのも分かるわ」

「なにそれ、何かあったの」

「あー、いや、うーん、何でもないわ」

 

 何かを言いかけたしほさんが、言葉を濁した。残念、面白そうだったのに。

 

 それにしても、冷蔵庫か。言われてみれば最近、全然触ってないかも。それどころか、見もしない。

 コンビニのご飯の影響なのかも知れないわね。

 

「よく言うわ。台所仕事なんて元々しない癖に」

「あら、バレちゃった」

 

 なーんてね。

 しほさんは知ってるものねぇ、私が料理なんて一切しないの。

 

「お陰さまで私の料理の腕が上がりましたから」

 

 懐かしい話。

 一緒に暮らしていた頃のこと。しほさんが料理をしている間、掃除や洗濯を私がやっていた。その後の二人の時間を多く確保するため、そうやって家事を分担していた日々があった。

 時間が経って、やがて二人離れ、それぞれの結婚をして子を持ったことを後悔している訳ではない。けれど、あの楽しかった日々のことは今でも時々思い出す。

 この夏は特に、その頻度が多かったように思う。

 

 大きな要因はふたつほど。

 ひとつは、こうしてしほさんと話せる機会がまた増えてきたこと。そしてもうひとつは、先日の聖グロ学園艦の騒動で、あの子達と話せたこと。

 

 しほさんの娘、まほちゃん。

 そのパートナー、千代美ちゃん。

 彼女達は今、あの頃の私達と同じような恋をしている。あの子達のことを思うと、胸が締め付けられるような感覚に陥る。昔の自分達を見ているようで、応援したくて堪らなくなる。

 

 そして、あの騒動で会えたと言えばもう一人。

 

「また会いたいなあ」

「ああ、あの子達なら近いうちにまた来るわよ」

 

 千代美ちゃんの誕生日をここでお祝いすることになったみたい。

 仏頂面を作ろうとしても、口許が綻ぶのは隠せない。

 

 私がいま思い浮かべていたのは千代美ちゃんでもまほちゃんでもないけれど。まあ、それはいいか。

 

「そうそう、写真があるのよ」

 

 しほさんはおもむろにスマホを取り出し、慣れない手付きで操作して見せてくれた。浴衣姿で控え目に微笑む千代美ちゃんが写っている。あら可愛い。

 画面から視線を上げると、自慢げなしほさんの笑顔。ふふふ、こっちも可愛い。

 

「許すことにしたのね」

「孫の顔も見たいけどね」

 

 言って、しほさんはまたお酒を一口。

 まあ、私みたいに手放しで可愛がるのは難しいか。それでも娘の幸せを願うことを選んだ貴女は、素敵。

 

「誉めてあげる」

「どーも」

 

 私も一口。

 しほさんの機嫌も直ってきたみたいだし、そろそろ切り出すタイミングかしら。

 

「そう言えば、九月の頭からちょっと暇になるでしょう」

「ん、うん」

 

 口を開こうとしたら、先手を取られた。ちょっと出鼻を挫かれた感じ。

 でも、私がしたかった話も丁度その辺の事だったから、いいか。

 

 九月の頭。しほさんも私も、日程に少し空きが出来る。

 

 だから、何の予定も無ければ。

 

 良ければ。

 

「何の予定も無ければ、良ければ一緒にどうかしら」

「ふふふ、私も同じこと考えてたわ」

 

 九月。

 暑さも弱まって、秋が始まる頃。

 

 久し振りに二人で行きましょうか。

 

「温泉旅行」








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