まほチョビ(甘口)   作:紅福

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塗仏
ぬりぼとけ

絵は存在するのに設定が存在しない妖怪
「目が飛び出る」だの「仏壇から出てきて驚かす」だの言われているのは全て後付け
元の絵には「塗佛」としか書いてません

それはそうと、後付け設定のみで存在しているカップルが居るらしいですね


(4/12)塗仏の夢

【文車妖妃】

 

 本を貸す、という行為が好きだ。あまり理解はされない嗜好だと思う。

 偏見かも知れないが、本が好きな人ほど、他人に本を貸すのを嫌がるものだと思う。何故なら本ってのはすごくデリケートな物なんだが、人によって扱いに天と地ほどの差があるからだ。

 読む時はブックカバーをかけて、ページに折り目がつかないように大切に大切に読む人も居る。背表紙が陽に焼けたりしないように、本棚の位置にこだわる人も居る。

 かと思えば全く頓着しない人も居る。平気で食べ物を零したりな。

 

 後輩に漫画を貸した時の事。

 読みながら眠ってしまったらしく、思いっきり折り目が付いて返ってきた。こういうリスクがあるから、本好きな人は、あまり他人に本を貸したがらない。

 スミマセン姉さん新しいの買って返しますと平謝りの後輩に対して、私は憮然として次は気を付けろよと言ったが、実は内心喜んでいた。

 彼女が折り目を付けた本。これはこれで、世界にひとつしか無いものだからだ。

 この折り目は、彼女が本を読みながら寝た証拠。私が高校を卒業しても、この本は私の手元に残る。折り目を見るたび彼女を思い出す事になるんだ。それが嬉しい。

 まあ、だからと言ってよくぞ折り目を付けてくれたと褒めるのもなんだか違うので、ポーズとしてとりあえず怒るけど。

 

 痕跡本、と言う。

 そのまんま、痕跡のある本のこと。折り目に限らず、書いた本人にしか分からないメモ書き、栞に使ったノートの切れ端、果てはぺしゃんこになった羽虫等々。その本にしか無い痕跡に興味を持つという嗜好。

 調べてみると痕跡本専門の古本屋もあるそうで、色んな世界があるなと感心する。

 私にとって、本についた痕跡は汚れじゃなく、謂わば歴史なんだ。痕跡本が好きって言うよりは、痕跡が好きなのかな。

 だからという訳じゃないが、今、私の本が一冊、あいつの部屋に行っている。

 この間、あいつに痕跡本の話をした。それを聞いたあいつは、じゃあ何か貸してくれと言ってくれた。

 私の嗜好を理解したのかは定かじゃないが、話を聞いて私の嗜好に付き合ってくれたのは確かだ。

 不器用だが、良い奴だ。

 丁重に扱えよ、と言って本を貸した。

 あいつは痕跡を残すような本の扱いはしないと思うが、あいつの部屋に私の本があるというだけでも嬉しい。ああ、カレーの匂いでもついて返ってきたら面白いかもな。

 私の、一番お気に入りの恋愛小説。

 ちょっと回りくどいが、あれは私なりのラブレターだ。あいつがその事に気付くとは思えないし、気付かなくてもいい。

 本が返ってきたら、それだけで思い出になるからな。

 私だけの思い出になれば、それでいいんだ。

 

――――――――――

 

【夢魔】

 

 痕跡本と言うらしい。

 そのまま、痕跡のある本のこと。何かの拍子に付いた折り目、書いた本人にしか分からないメモ書き、栞に使ったノートの切れ端、果てはぺしゃんこになった羽虫等々。

 その本にしか無い痕跡に興味を持つという嗜好。

 痕跡本専門の古本屋もあるそうで、色々な世界があるものだと感心する。

 私の友人はその痕跡本が好きだと言う。

 痕跡本自体と言うより、自分の本に他人の痕跡が残るのが嬉しいらしい。

 ならば試しにと、何か貸してくれと言ってみたら、鞄の中から取り出した一冊を貸してくれた。

 正直、勉強以外での読書の習慣はほとんど無い。だが借りた以上は読まずに返す訳にも行かないので、寝る前の時間にちょびちょびと読んでいる。

 これまで馴染みの無かった、恋愛小説というものを。

 しかし、それによって少し困った事になった。

 寝る前に恋愛小説などという刺激の強いものを読むせいで、甘ったるい夢を毎夜見る。

 それに、彼女は気が付いているのだろうか。

 この本こそが、彼女の大好きな痕跡本であることに。

 顕著に開き癖のついているページは、彼女のお気に入りのシーンなのだろう。そのページには水滴のような皺がぽつぽつと付いていて、それは、たぶん、涙の跡だ。

 彼女がお気に入りのシーンを読んで涙を流した証拠となる。

 全てのページの端に付いている微かな曲線は、彼女の繰り方の癖のせいだと推察できる。

 そして、私が貸してくれと言った時に何気なく鞄から取り出したが、それはつまり、いつも持ち歩いているという事だろう。

 いつも持ち歩いているのなら当然読みかけである筈で、事実、本の中程には栞が挟まっていた。読みかけの本を気軽に人に貸すだろうか。

 恐らくだが、彼女はこの本を繰り返し読んでいる。だからこそ、いつも持ち歩いており、気軽に人に貸せるのではないか。

 つまり、これは、彼女の一番お気に入りの恋愛小説という事になるんじゃないのか。

 その事に気が付いてしまってからは、どうにも妙な気持ちになってしまった。

 彼女の事を考えながら恋愛小説を読む。そして、そのせいで甘ったるい夢を毎夜見る。

 実に困る。

 読み終えて本を返す事になれば感想を求められるだろう。なんと言えば良いのか。

 現状、一番の感想は、面白かったでも泣けたでもなく、彼女の事が頭から離れなくなった、という他ない。

 そんなことを考えていたせいでページを繰る手が止まり、うっかり開き癖を付けてしまった。彼女はこのページに開き癖が付いた理由を考えるだろうか。

 むう。

 とりあえず、この本の感想については、読み終えてから考えよう。開き癖の説明も後回しだ。

 差し当たっては、そうだな。

 また一冊貸してくれ、と言ってみよう。

 そうすればきっと、また会えるから。


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