まほチョビ(甘口)   作:紅福

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毛倡妓

けじょうろう

しほさん視点


毛倡妓の髪

 ここ最近、珍しくまほの方から『顔を出したい』という連絡が何度か来ていた。

 

 疎遠とまでは言わないけれど、あの子の足は確実に、この実家から遠退いている。

 まあ無理もない。次期家元であるあの子に対し、両手の指では足りぬほど舞い込んで来た見合いの申し込み。あの子はそのことごとくを断り、家を出て恋人と暮らしている。

 そんな現状は、あの子の性格を考えれば疚しさを覚えて当然と言っていい。

 まほにとって実家に行くという行為は、わざわざ小言を聞きに行くような感覚なのだと思う。その気持ちは何となく分かる。

 

 そんなあの子の方から顔を出したいなどと言ってくるのは、まあ異例の事。

 

 とは言え、先日の学園艦の騒動であの子達に手を貸した事などを思えば、挨拶があって然るべきとも思うので、意外という程でもない。

 ただし、こちらも忙しい身の上であるため、なかなか時間を取ることが出来ずにいた。

 

「照れ臭かっただけでしょう、家元」

「う、うるさいわね」

 

 私の髪を結いながら、菊代が容赦の無いことを言った。

 

 まあ、当たらずとも遠からず。

 決してそれだけではないけれど、照れ臭さは確かにある。これまで基本的に厳しく接してきたお陰で、娘とその恋人に対してどう接したらいいか分からないと言うか、何と言うか。

 そのせいで忙しさにかこつけて、会おうとしてくれているあの子達の申し出を何度か断ってしまっている。

 

 勿論それによって、現状、ある種のぎこちなさが生まれてしまった事も分かっている。出来ればそれは解消してしまいたいし、こちらが歩み寄れば恐らく簡単に解消出来るであろう事もわかっているけれど、どうにも性格が邪魔をする。

 

「厄介な性格ですこと」

「本当にね」

 

 ともあれ、懲りずに何度目かの連絡をくれたまほのお陰で、この度ようやく日程が決まった。

 いよいよ今日、彼女達が先日の学園艦の件の礼という形で、ここ、熊本にやって来る。

 

 ところが今朝、まほからとある連絡が入った。

 その短い言葉が、私の頭の中で何度も繰り返されている。

 

『千代美が緊張していますので、くれぐれも過剰に威圧する事の無いようにお願いします』

 

 正直、面食らった。

 私に楯突いた、意見した、それだけで『とんでもない事だ』と言われた昔に比べて、あの子は明らかに言いたい事が言えるようになっている。

 もっと言うならば、まほは千代美さんのためであれば、私に注文を付けることを厭わなくなっている。まさかあの子にそんな変化が生まれるなんて、思いも寄らない事だった。

 それだけ千代美さんの事が大切、という事なのかしらね。

 

 その気持ちは尊重してあげたい。

 

「ああ、それで」

 

 私の髪に苦戦していた菊代が、仕上げに取り掛かりながら相槌を打つ。

 そう、それでなのよ。

 自分が敵ではないとあの子達に手っ取り早く証明してあげたいの。

 

「効果の程は判りませんが、結構な心掛けで」

 

 はい出来ましたよ、と菊代が私の後頭をぽんと叩いた。

 長い付き合いならではの、この無遠慮な感じは妙に心地が良い。

 

 鏡を見て、出来映えを確認する。

 

「変じゃないかしら」

「いえ全然。よくお似合いです」

 

 即答、というか食い気味で答える菊代に、少し違和感を覚えた。

 

 でもまあ、よし。これであの子達を迎える準備が整ったわ。

 少し早いけれど、応接室のいつもの場所に陣取り、娘達の帰りをそわそわと待つ。

 座布団はふたつ、ちゃんと用意してあるわね。大丈夫、大丈夫。

 

 暫くして、まほから『もうじき到着します』との連絡が入り、程なくしてインターホンが鳴った。意味もなく、姿勢を正す。

 ぱたぱたと菊代が駆けて行き、あらあらお久し振りですお二方などという、あまり聞かないトーンの声が聞こえた。

 少し、立ち話をしているような間の後、足音がこちらへ近付く。

 

 す、と襖が開いた。

 

「お母様、お久ぐふぅっ」

「まほ、どうし、ん、んんっ」

 

 こちらを見るなり、口を押さえて蹲る二人。

 おやどうされましたと菊代が二人の背中をさする。

 

 本当にどうしたのかしら。

 

「い、いえ、大丈夫です」

「お構い無く」

 

 よたよたと立ち上がり、歩くのもやっとといった風の二人が私の正面に座る。

 

「よく来たわね、二人とも」

「いえ、あの、はい」

「は、はひ」

 

 どうにも歯切れが悪く、声も裏返っている。

 二人ともこちらに目を合わせようとせず、俯いて肩を震わせているようにも見えた。体調でも悪いのかしら。

 

「あ、あの、お母様」

「何かしら、まほ」

 

 挨拶もそこそこに、まほが手を上げて私に問うた。

 

「その髪は一体」

 

 髪。

 千代美さんを威圧する事の無いようにというまほの言葉を尊重して、菊代に結わせた髪。矢張り何かおかしかったかしら。

 

 高校生時代の千代美さんと同じ髪型に、してみたのだけど。

 

「変かしら」

「変です」

 

 あまりにもばっさりと切り捨てられた。

 まほ、本当に言いたい事が言えるようになったのね。母は嬉しく思いますが、少し辛いです。

 

「菊代は」

「出掛けると言っていました。仕事があるとかで」

 

 逃げたか。という事は暫く帰って来ないわね、きっと。

 

 はあ。

 全く、とんだ赤っ恥だわ。二人とも様子がおかしかったのは笑いを堪えていたのね。

 ため息を吐き、髪を解こうとリボンの結び目を手探りした。けれど、リボンなど普段全く使わないものであるためか、それとも菊代が無駄に固く結んだか、いまいち要領を得ない。

 無理に引っ張るものでもないし、と一人で苦戦していると、今度は千代美さんが手を上げた。

 

「あ、あの、私が解きましょうか」

「ああ」

 

 そうか。

 千代美さんならば間違いないわね。

 

 変な意地を張らず、お願いするわ、と言えた。

 不思議と、素直に。

 

「触りますね」

「ええ」

 

 立ち上がり、私の背後に移動した千代美さんはするすると容易く私の髪を解いてくれた。

 私が苦戦したのが不思議な程に。

 

 ふと、まほの顔を見て驚いた。

 

 まほは私達の様子を眺め、にこにこと微笑んでいる。

 この子のこんな顔を見るのはどれくらいぶりかしら。千代美さんに髪を梳いて貰いながら、そんな事を考えた。


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