まほチョビ(甘口)   作:紅福

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タイトルで落ちがバレるかも知れないやつ


追想の刻

 お風呂上がり、就寝前。

 西住家、西住まほの自室にて。

 

「いやはや済みません、お嬢様。偶さかお客様用のお布団を全て洗濯してしまいまして」

「そ、そんな訳がありますか」

 

 珍しく狼狽している彼女を、菊代さんがまあまあとあしらう。

 

 今、この場にある寝具は、昔からその場にある西住まほのベッドがひとつ。のみ。

 私が寝るための布団は無いらしい。少なくとも、菊代さんはそう言っている。

 

 確かに、そんな訳があるかとは思う。

 お客さん用の布団を全て、お客さんが来る日に洗濯するなんて、普通に考えればあり得ない事だ。ましてや、西住家のこの規模だ。『全て』ってどんだけの量だよ、とも思う。まあ、当のお客さんの身でそんな事を言うのも憚られるから黙ってるけど。

 でも実際の所は本当にそんな訳は無くて、布団の洗濯なんかしてないんだろう、きっと。枕は抜かりなく二つあるし。

 菊代さんはたぶん、こう言ってるんだ。

 

 一緒の布団で寝ちゃえよ、と。

 

 何故だかあの人は私達の恋愛に対して好意的だ。それはどうやら家元の指示と言うわけでもなくて、個人的に応援してくれているような、そんな感じがする。

 正直、ものすごく心強い。

 

 去り際、菊代さんはこちらに向かって小さくウインクをして見せた。

 ああ、やっぱり。

 

「すまん、安斎」

 

 部屋の戸を後ろ手に閉め、西住が本当に申し訳なさそうに言った。おおっと、ちょっと待て。これは放っておいたら自分が床で寝るとか言い出すぞ。

 ということは、ここが勝負所ってやつなのかも知れない。

 頑張れ、私。

 

 小さく深呼吸をして、お腹に力を入れた。

 

「あ、あのさ。良かったらお前の布団に入れてくれないか」

「んっ」

 

 言ってしまった。もう後戻りは出来ない。どくん、という自分の心臓の音が聞こえたような気がした。

 とはいえ、果たしてこの察しの悪い友人に、私の言った意味は伝わったんだろうか。

 

「ご、ごめんっ、嫌なら、いいんだ、けどさ」

 

 つい弁解するような言葉を重ねてしまったけど、西住は何も言わない。

 

 長いような短いような沈黙の中、顔を伏せて返事を待った。

 

 長いような、短いような、沈黙。

 

 長いような、短いような。

 

 いや、めっちゃ長い。

 

 どうした西住。

 

 堪らず顔を上げると、西住は無表情で突っ立っていた。

 え、怖い。どういう状態なんだそれ。

 

「に、西住、おーい」

「はっ」

 

 おお、戻ってきた。

 

「す、すまん。色々な事を考えていた」

「フリーズしてたのか」

 

 西住は私の言葉を反芻して、様々な可能性に思いを巡らせていたらしい。

 

「その、な。もしかして安斎は私に対して一緒に寝ようと言っているのか、それとも床で寝ろと言っているのか、というか一緒に寝ようと言っているのであればそれはその、そういう意味なのか、それとも本当に単に寝たいだけなのか、とか、ああ嫌なんかでは全然なくて、むしろ凄く嬉しいというか、ええと、あの」

 

 しどろもどろ。

 

 こんな西住は初めて見た。そして、こいつの口からこんなに長い言葉が出たのを聞いたのも初めてだ。どさくさに紛れて聞き捨てならない事も言ってるように思う。

 そのお陰というのも変だけど、私の方は反対に、段々と気持ちが落ち着いていくのを感じていた。

 

「西住」

「は、はいっ」

 

 ああ。

 こりゃ、私がリードしてあげなきゃ駄目なんだな。

 

「一緒に寝ようよ」

 

 言って、西住の手を握る。

 西住は全身をガチガチに硬直させていて、それでも辛うじて、こくり、と頷いた。

 

 そして、二人で入った布団の中。

 西住は相変わらず緊張しっぱなしで、というかさっきの状態に輪をかけて緊張していて、手も足もピンと伸ばしたまま仰向けになっている。棒かこいつ。

 

「西住、こっち向いて」

「ん」

「かーらーだーごーと」

 

 案の定、西住は姿勢を変えず顔だけこっちを向いたので、腰に手を回して無理矢理体ごとこっちを向けさせた。ああもう、雰囲気も何もあったもんじゃない。

 ついでに姿勢も楽にしろと叱り、それでようやく、なんというか、形になった。

 

「緊張しすぎ」

「し、しかしな、安斎」

「嫌なのか」

 

 そう言うと西住は、ふるふると首を振った。

 それを見て、安堵する。

 

 もぞもぞと布団に潜り込み、西住の胸に顔をうずめた。

 

「お、おい」

「私だって、恥ずかしいんだからな」

 

 思わず本音が零れてしまった。

 そりゃそうだ、私だって恥ずかしい。私にこんなに恥ずかしい思いをさせてるんだ。責任取ってくれよ、西住。

 なんて、流石にそこまで言う勇気は無いけどさ。

 

 無いけど、どうやら伝わっちゃったらしい。

 ようやく私の肩に西住の手が回された。

 

 その手はゆるゆると私の背中を撫でるように伝い、腰の辺りまで降りてきて、止まった。

 抱き締めると言うにはあまりにも力なく、西住は私の腰の辺りに手を置いたまま、また体を硬くしている。

 

 西住はそのまま、もごもごと謝るようなことを言い始めた。

 

「す、すまん、安斎。どうしていいか分からなくて」

「もっと力を入れてもいいんだぞ、西住」

 

 西住の胸から顔を上げ、苦笑いをした。

 彼女はまた、もごもごと続ける。

 

「その、壊れやしないかと不安なんだ」

「あはは、優しいな」

 

 その気遣いには、正直、きゅんと来た。

 

「大丈夫だよ。これでも結構、頑丈なんだから」

「んん」

 

 西住は、返事だか相槌だか分からない声を出したかと思うと、恐る恐るといった感じで、少しずつ手に力を籠めた。

 ゆっくり、ゆっくりと、私を抱き締める力が強くなっていく。既に密着してる身体を尚もくっつけようとしているみたいに、強く、強く。

 私が痛がらないことに西住は本気で驚いているようだった。

 

「こ、こんなに強くしても大丈夫なのか」

「えへへ、だから言ったろ」

 

 正直、ちょっと痛いけど。

 痛いけど、嬉しい。

 

「ん、む」

 

 不意を打って西住の首に腕を回し、唇を塞いでやった。

 ちゅう、と吸い付くようにキスをして、すぐに離す。恥ずかしい。

 

 西住は目を丸くしてまた暫く固まった。

 それから少し遅れて、その目からはぽろぽろと涙が零れ出す。私も流石に驚いて、抱き締められたまま慌てて謝った。

 

「ご、ごめん、泣かせるつもりは無くてっ」

「いや、違うんだ安斎。その、嬉しくて」

 

 整った綺麗な顔をくしゃくしゃに歪めて、西住はさっき私がしたみたいに、私の胸に顔を押し付けて涙を拭う。

 私はその頭を撫でたり、ぽんぽんと叩いたりして、ちょっと長い時間を過ごした。

 

「落ち着いたらまた、キスしようよ」

 

 そう言うと、西住は私の胸に顔を当てたまま、こくりと頷いた。

 

 

 

 なーんて。

 

 

 

 そんな事もあったなあ。

 

「何をにやにやしてるんだ、千代美」

「えへへ、何でもなーい」

 

 お風呂上がり、就寝前。

 西住家、西住まほの自室にて。

 

 ここで寝る時、決まってあの夜の事を思い出す。

 菊代さんはまた、お客さん用の布団を全て洗濯してしまったらしい。

 

 お陰で私もまた、まほの布団に入れて貰っている。

 

「それよりもっとくっつけ。もはや七月も近いというのになんだか寒いんだ」

 

 まほは私の身体を、ぐいっ、と引き寄せて弛緩しきった身体を押し付けて来た。

 ああ、嬉しいなあ。

 

「キスしようよ、まほ」

「んん」

 

 まほは返事だか相槌だか分からない声で唸り、私の唇を塞いだ。


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