まほチョビ(甘口)   作:紅福

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煙々羅

「煙々羅(えんえんら)」派と「煙羅煙羅(えんらえんら)」派が居る


煙々羅の席

 日曜日。

 公園で何やら戯れあっているまほさんと千代美さんを横目に、てくてくと歩く。向かう先は、とある喫茶店。

 

 喫茶店、好き。

 

 なんだか片言になってしまったけれど、喫茶店が好き。

 成人してからお酒を飲むことも増えたものの、何だかんだで私は未だに紅茶の方が好き、と言うか性に合う。けれど残念ながら、私自身は紅茶を淹れるのがとても下手。そのせいで、美味しい紅茶にはいつも飢えている。

 ペコが淹れた紅茶が恋しくなることも多い。彼女の紅茶は本当に美味しかった。けれど昔じゃあるまいし、まさかその為に呼びつける訳にも行かないわよね。

 

 そんなだから自然、喫茶店に足が向く。

 とは言え、喫茶店ならどこでも良いという訳ではない。お店によってコーヒー寄りだったり軽食寄りだったりと、色んな特徴がある。

 私が好きなのは勿論、紅茶寄りのお店。

 

 今日向かっているのは、ケーキ好きの友人との情報交換の時に知ったお店。あそこは当たりだった。

 ケーキが美味しいのは勿論のこと、それに合う紅茶もしっかり揃えてくれている。その上、いわゆる隠れ家的なお店で、あまり混雑していない。

 お店に着く前から今日は何にしようかなと、早くも算段を始めている。

 

 こういう時、独り身というのは楽だなと感じる。

 自分の都合で出掛けて、自分の都合で食事ができるというのは、とても気楽なこと。

 まほさんと千代美さんのような関係性も羨ましくはあるけれど、これはこれで楽。

 

 お店に到着し、適当に店内を見渡してから喫煙席に腰を降ろす。

 

 まあ、私自身は煙草を吸わない。というか苦手。

 ただし、これから来るであろう友人がいわゆる『吸う人』なので、わざわざこうして喫煙席に顔を顰めて座っている。『ケーキ好きの友人』とはまた別。偶然このお店で再会した、もうちょっと旧いお友達。

 

 特に待ち合わせはしていない。

 来るであろう、というのはそういうこと。

 

 彼女は日曜日のお昼頃、このお店によく来る。まあ必ずという訳でもないので今日も来るかどうかは、実のところは分からない。来なかったら、まあ仕方ないかなと思う。

 

 注文を済ませて待つこと数分。

 紅茶よりケーキより先に、彼女が現れた。

 

「お久し振り、ダージリン」

「一ヶ月振りね、アッサム」

 

 アッサム。

 本名で呼び合うことがどうしても照れくさくて、未だにこうしてティーネームで呼び合っている。

 彼女は躊躇うこともなく私の向かい側の席に腰を降ろした。

 

「暑いわね」

「本当、嫌になるわ」

 

 待ち合わせはしなくとも、『日曜日に時々来る』というだけで繋がっている私達。互いにその時の都合や気分で来たり来なかったりするものだから、一ヶ月振りくらいならよくあること。

 近からず、遠からず、繋がっている。

 

 混み入ったお話はほとんどしない。

 お仕事も何をしてるのか知らない。

 連絡先も交換していない。

 

 けれど、なんだかずっと会っている。

 

 彼女は店員さんが持ってきたお冷やを断り、メニューも広げず紅茶の注文をして、おもむろに煙草の箱を鞄から取り出した。

 銘柄はよく分からない。箱のデザインはなんだかお洒落で、綺麗なピンク色をしている。初めて見た時はお菓子の箱か何かかと思った。

 女性用の煙草、なんてものがあるのかしら。

 

「女性向けではあるかしらね」

「ふうん」

 

 喋りながら、彼女は慣れた手付きで箱から一本取り出して咥えた。

 彼女の煙草は、私が『煙草』と聞いて思い浮かべるそれと比べると、細長い形をしている。

 

「失礼」

 

 短く言って、アッサムは自前のマッチで煙草に火を点け、ゆっくりと煙を吸い込む。

 つんとしたマッチの香りが鼻をくすぐった。ライターじゃなくてマッチ、こだわりなのかしら。

 

 世の中にある喫煙所は年々減っている。愛煙家には、煙草を吸いたくても吸えないタイミングが増えているのかも知れないわね。

 我慢を重ねてようやく吸える煙草というものは、格別に美味しいものなのかも。どこか恍惚としたような表情で煙を吐き出すアッサムの表情を見て、そんなことを思う。

 

「そうかも」

 

 一本いかが、と箱を向けられたので、受け取ってその箱をまじまじと検分するように眺めた。『pétil』と書かれた表面にはホログラム加工がされていて、光に当たるとキラキラと反射する。こんなお洒落な煙草もあるのね。

 結局、箱を眺めただけで満足してしまって、煙草は貰わずに返した。まあ元々私は吸わないし。アッサムもそれが分かっていたみたいで、箱を受け取ると悪戯っぽく笑った。

 

「意地悪ね」

「ふふふ」

 

 そうした所で、ケーキと二人分の紅茶が運ばれてきた。

 

「一口いかが」

 

 仕返しではないけれど、一切れフォークに刺して彼女に差し出す。あーん。

 つられて口を開きかけた彼女は、何かを察知して形の良い唇をきゅっと真一文字に結んだ。その口角が徐々に上がる。まるで『やったわね』とでも言うように。

 

「ブランデーケーキでしょう、それ」

「ふふふ」

 

 お酒が苦手なアッサムにふられて行き場を失ったケーキは、そのまま私の口へ。程よく染み込んだブランデーの香りが口の中に広がる。

 ああ、美味しい。

 

 嗜好が変わっても相変わらず意地悪な二人。

 日曜日のお昼、思い思いに紅茶を楽しんだ。


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