まほチョビ(甘口)   作:紅福

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カチューシャ
がんばれ


(4/6)隣の六尺様

【カチューシャ】

 

「アンタさ、ウチに来なさいよ」

 

 ついに言った、言ってしまった。我ながら、勇気ある言葉だったと思う。

 言おうか言うまいか結構な期間悩んだのよね。まあ、なんで悩んでたかって言えば、返事が想像出来るからなんだけど。

 

「嫌よ」

 

 ほーらね、言うと思った。ほんっと強情なんだから、寂しがり屋の癖に。私の事をよく『口が悪い』だの何だの言うけど、アンタは性格が悪いわよ。

 

 でも、もう限界が近いと思うのよね。この間の『寂しい』発言もそうだけど、それ以外にも兆候が増えてるなと、見てて思う。

 先月、一緒に夏祭りを見に行った時なんか本当に酷かった。なんやかんやと色々買い込んで、家で食べようって楽しく話してたのに、急に立ち止まって悲しそうな顔をするんだもの、びっくりしたわ。

 人混みの中で孤独感が刺激されちゃったのかしらね。あの時、私は思わず彼女の手を握って引いていた。

 その後は特に何事も無かったから一応は安心してるけど、あの時の顔は今でも忘れられない。放っておいたらあの場で泣き出すんじゃないかってくらい、本当に辛そうだった。

 

 見てらんないのよね、ぶっちゃけ。

 

 彼女が抱えてる孤独感は、並大抵のものじゃないんだと思う。

 私が彼女の家に定期的に顔を出すのには、単に仲が良いという他に、そういう理由もある。これでも心配してるんだからね。

 

 はあーぁ、どうしたもんかしら。

 

「貴女が来なさい、カチューシャ」

「え、ああ、そっか」

 

 成程。それも良いわね、職場も近くなるし。

 今更ながら、こんな軽いノリで決めて良いのかなとも思ったけど、まあ、なるようになるでしょ。

 

 よし決めた、一緒に住むわよ。

 

「大家は何て言うかしらね」

「『ワオ、大きいペットを買ったのね』とか」

「あー、言うわ。腹立ってきた」

 

 意外にも彼女の『大家』のモノマネはそっくりで、それでひとしきり笑った。

 

 そして。

 

「煙草はベランダで吸ってね」

 

「うん」

 

「愚痴も聞いてよ」

 

「いいわよ」

 

「一緒にお酒を飲んだりも」

 

「全部いつも通りじゃないの」

 

「あとね、それから、っ」

 

「ちょ、ちょっと」

 

 彼女が声を詰まらせる。

 はらはらと流れる涙が、お湯に溶けて広がった。

 

「なに泣いてんの」

「うるさい」

 

 うわー、やだなあ。

 空いてるとは言え他のお客さんも居るのに、何もここで泣くこと無いじゃない。まあ、それだけ色んなものが溜まってたって事なんでしょうけど。

 ああもう仕方ないわね、暫くこうしててあげましょうか。

 

 辺りを見回すと案の定、二人連れらしい他のお客さんがこちらを見てくすくす笑っていた。

 

「良いものが見られたわねぇ、しほさん」

「辞めなさい、見世物じゃないんだから」

 

 えっ、嘘でしょ。

 あの二人ってまさか。

 

 驚いてそっちを見返すと、目が合ってしまった。

 

『がんばって』

 

 こちらに向かって小さく手を振る島田流家元の口許が、そう動いたように見えた。

 

 

 

 そんな、お風呂での一幕があって。

 

 

 

 いいだけ泣いた彼女も落ち着いて、部屋に戻るとマホーシャと千代美が入れ違いでお風呂に行った。それとミカ達が帰ってきていて、二人でお菓子なんかつまみながら寛いでいる。どこに行ってたんだか。

 二人は私達の顔を見るなりごそごそと何やら封筒を取り出し、差し出してきた。それを受け取って開けてみると、中には十万円。どうやら借金の残りを払うつもりらしいけど、こんな謎のお金は受け取れないと突っ返そうとしたら、慌ててお金の出所を説明し始めた。

 

「絹代と散歩に行ってきたんだよ」

「居ないとは思ってたけどアンタ達、外出してたの」

「いやあ、はは」

 

 呆れた、折角旅館に来たのにわざわざ出掛けるなんて。

 もう少し突っ込んで聞いてみると、どうもこの旅館には今、ミカにとって『会いたくない人』が滞在してるらしく、そういう意味でも外の方が気楽だったみたい。そう聞いてしまうと私も強くは言えなかった。まあ景色は綺麗な場所だし、散歩も案外楽しいかもね。

 それにしても、こんな場所で『会いたくない人』と居合わせるなんて運が無いわねえ。

 

 いや、それはいいとして結局このお金は何なのよ。

 

「コインが」

「まーたスロットかぁーーっ」

 

 ああ、そう言えば麓にあったわね、品の無いネオンが昼間っからビカビカした店。ミカ一人なら別にいいけど、絹代まで連れて何やってんのよ、全く。

 

 ん、あれ、ちょっと待ってよ。

 

「ミカ、スロットやるお金なんて持ってたの」

「うーん」

 

 怪しい返事。

 

 絹代の方を見ると、彼女は曖昧に笑って目を逸らした。

 あーあー、良くない方に染まってるわねぇ。

 

 まあ、何にせよお金の出所は分かった。方法はともかくきちんと稼いだお金なら良しとしましょうか。

 

「良かったじゃない」

「ん、うん」

 

 お金を受け取った彼女は、何故か少し浮かない顔をしていた。

 ああそっか、例えお金の無心でもミカが定期的に家に来るのが嬉しいって言ってたわね。それもどうかと思うけど。ミカが借金を完済したことで来なくなっちゃうんじゃないかって不安なんだわ。

 

「ま、どうせまた借りに来るでしょ」

「うん」

 

 ほんと、それもどうかと思うけどね。

 

 そして夕御飯。

 戻ってきたマホーシャと千代美を交えて、旅館のコース料理を堪能した。

 前菜から始まって、お造り、炊き合わせ、天麩羅、酢の物、お寿司、どんどん来る。異様にゴージャスなんだけど、一体いくらかかったのかしら。

 今にして思えば、六人で四十万って相当高いプランよね。

 

「あんまり気にしないの」

「はいはい」

 

 注がれたビールを一息に呷る。あー、おいし。

 

 デザートの水菓子をつついてる時、千代美が何かに気が付いたらしくマホーシャにごにょごにょと耳打ちをしていた。何の話だか、マホーシャは『なら後で一緒に行こうか』なんて返している。

 何の事はないやり取りなんだけど、あの二人がやると妙に仲睦まじく見えるなと、改めて思った。あんなのの隣に住んでたら、そりゃ寂しくもなるわ。

 

 二人は夕御飯が終わってから部屋を出て、それから幾らもしないうちに戻ってきた。何やら千代美がにこにこしている。

 レシピでも訊いてきたのかしらね。まあ、料理の話はさっぱりなので深くは追及しなかった。

 

 やがてお布団が敷かれ、さあ寝ようかどうしようかって時間。普段、私は九時頃になると眠くなっちゃうんだけど、今日は珍しく目が冴えている。こんな山の中の旅館だし、やる事なんてもう寝るか話すかぐらいしか無いんだけど、それでも寝る気になれないのは、やっぱり私も内心うきうきしてるのかな。

 ミカ達なんか『そう言えばまだだった』なんて言って、今頃お風呂に行った。何だかんだであの二人が一番楽しんでるような気がする。

 

 ああ、そうだ。

 一応はマホーシャと千代美に報告しとかないと。

 

「何の話だ」

「私達、一緒に住むことにしたから。よろしくね、お隣さん」

 

 言って、ウインクをぱちり。

 どんなリアクションが来るかなと思ったら、残念ながら二人には然して驚いた様子も無く、むしろどこか『予想通り』とでも言うような反応。

 ああ、まあ、そっか。夏祭りの時に手を繋いでるところを見られたような気もしたし、千代美はそういう勘は鋭そうだしね。千代美が気付いてるならマホーシャにも伝わるか。

 

「あまり五月蝿くするなよ」

「分かってるわよ」

 

 なーんか、ちょっと拍子抜け。

 あ。リアクションと言えばもうひとつあったわ。

 

「さっき露天でマホーシャのママに会ったわよ」

 

 そう言うと、マホーシャは一瞬で青褪めた。

 

「お、おいカチューシャ、適当な事を言うなよ」

「本当だってば。島田流の家元と一緒に来てたわ」

 

 重ねた一言でマホーシャは、今度は両手で顔を覆う。更に千代美までもが頭を抱えた。私の隣でごろごろしていた彼女も、顔を引き攣らせて私を諌める。

 

「カ、カチューシャ、それは言わない方が良かったと思うわ」

「ええっ、ちょ、何でよ」

 

 その後。

 私は三人から西住流家元と島田流家元が、過去にどんな関係だったのかをとくとくと聞かされる羽目になった。

 

 えぇー。

 あの二人って、ええぇー。

 

「うああ、否定も肯定もしづらいぃ」

 

 顔を覆ったまま呻き声をあげるマホーシャに、掛ける言葉は見付からなかった。

 うん、まあ、母親が元カノと二人で旅行に来てるなんて知りたくなかったわよね。ごめん。

 

「誰にも言っちゃ駄目よ、カチューシャ」

「う、うん」

 

 確かに、そういう事情ならそっとしておくのが吉だわ。驚かせようとして反対に驚かされちゃった。知れて良かったような、知りたくなかったような。とんでもないこと聞いちゃったわね。

 だけど、これで私も晴れて『お隣さん』になれたのかな。

 秘密を共有すると、仲間に入れて貰えた感がある。

 

『がんばって』

 

 と。

 島田流家元がどんな気持ちで私達に手を振ったのか。

 改めて考えると、ちょっと、物凄い意味だったのかも。

 

 はーあ、頑張ろう。

 

 これからよろしくね。


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