【千代美】
あっさだあっさだ朝ごはーん。
目玉焼きとみーそーしーるー。
「何だその歌は」
「んー、朝ごはんの歌」
そんな歌があるか、と笑われた。あるし。
まあ、それはそれ。朝ごはんは簡単に目玉焼きと味噌汁だ。
私の目玉焼きは塩コショウを振って、焼き加減は固め。だから一番最初に焼き始める。
ベーコンは二人ともカリカリ派なので一緒に焼く。
まほの目玉焼きは半熟だから、最後にちょっと焼くだけ。こうすると二人分のベーコンエッグが同時に焼き上がる。
味噌汁は豆腐とワカメのフリーズドライ。本当は手間を掛けたい所ではあるけど、手間を掛けると時間も掛かっちゃうからな。手軽さが大切な時もある。
「おーこーめー、おー米米ー」
「なんだよ、その歌」
「エリカに教わった」
変な歌、と今度は反対に私が笑ったところで米が炊けた。これで朝ごはんの仕度が完了。私は大学生くらいまで朝はパン派だったんだけど、いつの間にかまほの習慣が伝染した。
「洗濯も終わったのかな」
「ちゃんと全部干してきたぞ」
洗濯物を干しただけで何かの手柄のように誇らしげにするまほを、偉い偉いと甘やかす私。まあ、寒い季節の洗濯は確かにお手柄か。
こうやって仕事を分担すると何でも早く済むし、結果的に二人の時間が多く取れる。
千代美さんはお料理に、まほさんはお洗濯に行きました、なんて。昔話みたいだなと思ってにやにやしていると、まほにつつかれた。
「また何かおかしな事を考えているな」
「へへ、昔話みたいだなと思ってさ」
言って、考えていた事を話す。
するとまほも成程と頷いて笑った。
「じゃあ、出掛ける前に吉備団子が必要だ」
「お弁当かー」
そうだなあ、サンドイッチでも作ろっかな。
まあ、とりあえずそれはいいや。ひとまずご飯にしよう。
「朝だもりもり食べよーおー」
「やっぱり変な歌だな。頂きます」
いただきまーす。
――――――――――
【まほ】
朝御飯を食べ終わり、千代美は吉備団子もといサンドイッチを作り始めた。上機嫌でまだ変な歌を歌っている。
「具材は何にしよっかなー」
とても気になるが、敢えて訊かずにおくことにする。昼までの楽しみにしよう。それに、どうせ何が入っていても美味い。
私はその間、今日の予定の確認作業に入る。とは言え、大した流れでもないが。
まずは本屋でブックカバーを買う。昼は公園にでも寄って、いま千代美が作っているサンドイッチを食べる。帰りは恐らく彼女がスーパーに寄りたがると思うので、そこで買い物をして終わり。
鬼ヶ島に行くような意気込みは必要ないな、と一人で笑う。千代美の癖が伝染したのかも知れない。と、にやにやしているとインターホンが鳴った。
千代美は手が離せないので私が応対すると、ダージリンが立っていた。何だ珍しい、わざわざインターホンを鳴らすなんて。
「あ、あのね」
柄にもなく口籠っている。普段なら勝手に上がり込んでべらべらと下らない事を喋り始める癖に、一体何事だと急かしてやった。
あまり立て続けに珍しい真似をされると、また雪が降ってしまう。
「これね、こちらに飛んできたの」
ぎくりとした。
彼女が顔を赤らめながらもじもじと差し出したそれは、実に見覚えのある薄布。
しかも、よりによって出来心で買った、一番派手な逸品。
「そ、そうよね、そちらのものよね、これ。いえ、別にお二人がそういう関係なのは知っているし、こういうものを持っていても不思議じゃないと思うわよ。これを穿くのはどちら、とかも、その、訊かないし、あの、えーっと、でも」
しどろもどろになりながらも、一生懸命に捲し立てる彼女の声を、私は半ば放心しながら聞いている。
「こ、こういうものは、お部屋の中に干した方が良いんじゃないかしら」
「はい、そうします。ありがとうございます、ダージリンさん」
そうしてダージリンから受け取った『布』と、外に干していたその他諸々のデリケートな布切れを室内に干し直す。
「お客さん、誰だったー」
サンドイッチを作りながら、千代美の問う声がする。ダージリンが珍しく気を利かせて玄関先で用を済ませたものだから、千代美は客が誰だったのかまだ知らない。
さて、まずいぞ。何と答えよう。正直にダージリンが来たと言えば芋蔓式に真実を説明しなくてはならない。
奴め、まさかそれを狙って玄関先で帰ったのだろうか。
「んん」
つい癖で声を出し、しまったと思った。千代美は何故か私の『んん』のニュアンスから、今の心境をかなり正確に読み取ってくる。
普段ならただただ有り難いのだが、これは隠し事が出来ないという側面も持っているのだ。
案の定、千代美は私の唸り声から何かを読み取り、普段より低い声を出した。
「なーんか隠してるなあ」
火の音が止まり、軽く手を洗う水音がして、声が移動する。
千代美がサンドイッチを作る手を止め、こちらに向かってきているのだ。
「あっれー。まほ、さっき『全部干した』って言ってたよなあ」
彼女の声が真後ろまで迫ってきた。彼女の息が首筋に掛かる。ああ、もう駄目だ。
「なーんで今さら下着を干してるのか、なっ」
「うひゃあ」
脇腹をがしっと掴まれ、変な声が出た。
「や、やめろ、千代美っ。ああ、あっ、そ、そこは、弱、弱いからあっ」
「知ってるよー」
「ひっ、へ、え、げほっ」
非常にまずい、妙なスイッチが入っている。
千代美は涼しい顔をしているが、その手は何ともえげつない動きで私を責め立て続けた。
「ダ、ダー、だあっ、ジ」
「んー、何かなあ、何を言おうとしてるのかなー」
「ちょっ、もっ、漏れっ」
そこまで言って、流石に手を離してもらえた。立ち上がる気力が若干失せてしまい、くたりとその場に倒れ込んだ。危なかった。いや、少し漏れたか。漏れちゃったかも知れない。
トイレに駆け込み、暫し確認作業。
一応隅々まで調べたが、幸いにも『事故』は起きていなかった。大丈夫。
「ご、ごめん、つい楽しくなっちゃって」
「いや、うん、大丈夫」
悪いのは隠そうとした私だ。結局、包み隠さず説明をする羽目になった。
客がダージリンだったこと。
こちらの洗濯物が飛んできたから返しに来た、というのがダージリンの用件だったこと。
その洗濯物が『布』だったこと。
こういうものは室内に干した方が良いんじゃないかしらとアドバイスされたこと。
気を遣ったダージリンが、玄関先で帰ったこと。
そういう経緯があって、いま改めて下着を室内に干し直していること。
話すうち、千代美の顔はみるみる赤くなってゆく。まあ、無理もない。
だってあの『布』、千代美がさあ。
「わーっ、わーっ」
あっ、ごめんなさい、本当にごめんなさい。
あは、あははは、は、ああっ。
あああっ。