【ケイ】
今日は自宅の庭でバーベキュー。
ホームパーティって程でもないけど、私が管理している物件に新しい住人が何人か加わることになったから、その歓迎会も兼ねて。
まあ、最初はそんな名目だったんだけど、主役の一人であるカチューシャが仕事で欠席したので、歓迎会と言うよりはただの食事会って感じになりつつある。まあ、食べて騒げたらそれでいいやっていうのが根っこにあるから、これはこれでね。
ともあれ、私はマッシュポテト作りを開始。
ボイルして熱々になったポテトを容器いっぱいに詰め込んで、そこにバターの塊をドーンと放り込む。じゃがバターってこういうことかしら。違うかな。
さておき。重たくなった容器を小脇に抱えるようにして、ポテトをマッシュしていく。ポテトの熱でバターが溶けて、いい感じに混ざっていく様子が目に見えるのがこの工程の醍醐味よね。そのお陰で、作業自体は黙々としてるけど全然飽きない。
「もうちょっとで焼けるよー」
目の前のグリルでは親友の角谷杏、アンジーが特製のハンバーグを焼いている。アンジーがそれをひっくり返すたび、じゅうじゅうという音とともにその素敵な匂いが辺りにふんわりと広がって、何とも言えず食欲をそそる。
うーーん、たまんない。
「あっ、あのっ、私も何かお手伝いを」
「いいからいいから、赤星ちゃんは遊んでなー」
待遇に気後れしたのか、バトミントンに夢中になっているエリカ達を眺めていた小梅が戻ってきた。それをアンジーが追い返す。そうそう、そういうこと。ゲストは大人しく料理を待っていればいいんだから、余計な気は遣わなくていいの。
主役は特にね。
赤星小梅、彼女が今日の主役。
彼女は結婚してたんだけど、色々とあって旦那さんと離れて一人暮らしをすることになった。その『色々』の担当にあたったオッドボール、秋山優花里からの打診を受けて、私が管理してる物件達の中から手頃な空き部屋を見繕ってあげたというのが、彼女の入居の経緯。
「たまたまあの二人の隣が空いてたのは良かったよねぇ」
「そうね、小梅だって近くに友達が居た方が安心するだろうし」
エリカとミホが一緒に住んでる部屋の隣、そこが小梅の新しい部屋。そこが空いてる事に最初に気が付いたのはアンジーで、これ以上ぴったりな部屋も無いだろうって事で即決だった。
まあ決める前に一応本人達に伺いを立てたけど、全員が二つ返事という結果。今日も仲良く三人でここにやって来たところを見ると、関係は良好そうで何よりね。
「おケイ、もういいよー」
「オッケー。ふふふ」
アンジーのハンバーグが焼き上がり、私のマッシュポテトももう良い具合。思わず駄洒落みたいなやり取りをして、アンジーとハイタッチ。
匂いにつられるようにして、三人も集まってきた。
「わあ~、美味しそう」
エリカが歓声と言っていいような声を上げる。心なし、彼女の表情がいつもより柔らかいような気がした。
そう言えば、小梅の状況にいち早く気が付いたのはエリカだったってオッドボールも言ってたっけ。心配事が減って気持ちが緩んでるのかもね、良い意味で。
「飲み物選んでねー」
「あっ、私はお茶で」
小梅はなんだか申し訳なさそうに手を挙げて、そう言った。何事にも遠慮がち、そういう性格なのかしら。まあ、ここに来た経緯のこともあるし、仕方ないのかな。
暖めた烏龍茶の缶を小梅に手渡しながら、そんなことを思った。
「完成ですかっ」
「ジャストモーメント。まだ最後の仕上げが残ってるわ」
そわそわし始めたミホを手で制して、『最後の仕上げ』に取り掛かる。
そりゃあ勿論これだけでも充分美味しいけど、ここからがミラクルタイムなのよ。私はアンジーの分をグリルの端に避けて、その他のハンバーグ全部にあらかじめ焼いておいたベーコンを二枚、十字にクロスさせて乗せた。
『えっ』
ミホ、エリカ、小梅の三人の声が綺麗に重なった。驚いてる驚いてる、この瞬間がたまらないのよね。
もちろんベーコンを乗せただけで終わりな訳がない。ベーコンの上に、更にシュレッド・チーズをこんもりと盛る。グリルの余熱でチーズが溶けたら、それで完成。
「こっ、これは」
「美味しそうでしょう」
エリカがわなわなと震えている。美味しそうって言うか、文句なしに美味しいんだけどね。アンジーだけは乗せない派だって言うからそのまま。
チーズが溶けるまでの間にマッシュポテトを人数分取り分けて、飲み物も全員に行き渡ったことを確認して、これでようやく食事の用意が完了。
テーブルにお皿を並べてみんなで席に座ると、小梅がまた申し訳なさそうな声を上げた。
「えーっと、私だけ量が多いような気がするんですが」
「オフコース。小梅は主役だもの」
「カチューシャの分も食べちゃってねー」
小梅のお皿にはマッシュポテトを山盛りにしてあげた。ハンバーグもふたつ。
まあ、主役だからって以外にも理由はあるんだけど。
「沢山食べて栄養を付けなきゃ駄目よ。母子ともにね」
母子ともに。
その言葉を聞いて三人とも、ぎくりとしたように固まった。
ああ、やっぱりミホとエリカには打ち明けてるのね。
「き、気付いてたんですか」
「そりゃあ気付くよ」
固まりつつも辛うじて口を開いたミホに、アンジーが『にひひ』と笑う。
別にオッドボールが口を滑らせた訳じゃないからね、念のため。
お酒は飲まないし、激しい運動もしない小梅。まあそんな細々とした手掛かりはあくまでも理由付けみたいなもので、それ以上に、妊娠しているという事実はいわゆる『女の勘』をかい潜れるものではない。何だろうなあ、こういうのって霊感みたいなもので、『なんとなく分かっちゃう』としか言いようが無いのよね。
「まあそういう訳だから、沢山食べてね」
「ありがとう、ございます」
また申し訳なさそうに、それでもお礼を言って、小梅は料理に手をつけ始めた。
「食べきれなかったら言ってね、小梅」
「ふふふ。ありがとう、エリカさん」
エリカの声掛けに、小梅はようやく表情を和らげた。そうそう、困ったら何でも迷わずに相談できる環境が彼女には必要だわ。ミホもエリカも居ることだし、何かあれば私達だって力になる。
皆でサポートして行きましょ。
さーてと、そろそろいいかしら。
「あれぇ、おケイどこ行くの」
「どこって、グリルよ。ステーキ焼くの」
不思議そうに問うアンジーに、答える私。
メインディッシュはこれから。
『え゛っ』
四人の声が重なった。
ふふふ、たまんない。
評価、感想、励みにします。
どうかよろしくお願いします。