【千代美】
ある平日の夕方。
帰りの時間がまほと重なったので、折角だからと待ち合わせて合流した。一緒に帰りましょー、なんちゃって。
「さーむーいーしー」
「言っても仕方ない事を言うなよ、千代美」
合流して開口一番の会話がそれ。
怒られたけど、でも溜め込むより絶対いいと思う。寒いもん。
うーん、そういう体質なのかなあ。毎年思うけど、なんか着込んでも着込んでも寒いんだよな。対して、まほはちっとも寒がらない。寒がるのを我慢してるというよりは、そもそも寒さを感じてないみたいだ。羨ましいやつ。
帰りの道すがらスーパーに寄って、夕飯の材料をちまちまとお買い物。店を出ると、それまでエアコンのきいた場所に居たせいか、吹き付ける風がさっきよりも冷たいような気がした。外に出るなりまた寒い寒いと唸り始めた私を見て、まほは驚いたような呆れたような、そんな顔をする。
「そんなに寒いのか」
「うんー、あっためてー」
ぴたりと身体をくっつけると、まほはやれやれとため息をついて肩を抱き寄せてくれた。
まほの身体は妙にぽかぽかしていて、これは道理で寒がらないわけだと納得せざるを得ない。さっきから私が寒がってるのがさっぱり伝わらないのも頷けた。ほんとに寒くないんだ、まほは。
「なんでこんなにあったかいんだよ」
「中にこれを着てるからな」
まほは襟元をぐいっと捲り、中に着てる『それ』をちょっと見せてくれた。あ、それ知ってる。毎年冬に話題になる発熱素材のやつだ。
ふーん、まほが毎年それを着てるのも知ってたけど、そんなにあったかいのか。
「ものすごく暖かいぞ。風呂かと思うほどだ」
「えー、そんなにかー」
風呂は言い過ぎだろと思ったけど、まほの背中に手を突っ込んでみたら確かにものすごいあったかさだ。むしろ熱いと言ってもいいくらい。
あー、こりゃ良いや。私も欲しいなあこれ。
「ち、千代美、馬鹿、冷たっ」
「あっ、ごめんごめん」
また怒られた。
えへへ。
その後、家に帰って食材を冷蔵庫に詰め込んだりなんだりしたあと、まほにおねだりをしてみた。それ着てみたい、と。
さっきまほの背中に手を突っ込んだ時のあったかさは衝撃的だった。あれを着れば、今年の冬は間違いなく例年より過ごしやすくなるでしょう。私も次の休日には同じものを買ってくるとして、まずはまほが今まさに着てるのを借りて、その効果を実感してみたい。試着はだいじ。
そんな訳で、渋るまほをひん剥くようにして手に入れた『発熱素材のやつ』に、いそいそと袖を通した。
その効果は、果たして。
「おっ、おおぉ」
「どうだ千代美、暖かいだろう」
下着姿のままこたつにスッポリ入り、そこから首だけ出したまほが自慢気に言った。
ほんとにあったかい。これはすごい。しかも思ったより薄くて動きやすい。ちょっと今、『お』しか言えなくなってる。こんなに良いものがこの世に存在したなんて。って言うか、これはまほが一日着たやつだから余計にあったかいのかな。
あったかいし、その上いい匂いがする。いやー、良いものだこれは。
「あまり嗅ぐな、恥ずかしい」
「えー、別に臭くないよ」
シャンプー、柔軟剤、それとほんのり酸っぱい汗の匂い。どれも好きだ。
ふと意地悪な気分になって、わざと鼻をすんすんと鳴らして嗅いでみせると、まほは『むう』みたいな声で唸ってこたつから上半身を出し、それからすぐ思い直したように引っ込んだ。なんだよ寒いんじゃん。ふふん。
うーん、私はまほより身体がちょっと小さいから、サイズはちょっと余り気味だな。自分のを買うときは、ぴったりのを買おう。その方が、ちゃんと熱が籠ってあったかいだろうし。
「なあ、もういいだろう、返してくれ」
こたつから手だけを出して伸ばすまほ。流石にちょっと可哀想になってきた。んん、名残惜しいけど仕方ない。渋々それを脱いでまほに返そうとした、その瞬間。
突然の事だった。バチッという大きめの音とともに、指先に走る突き刺すような痛み。
「に゛ゃっ」
痛っっった。
何が起きたのかを理解するまで数瞬。静電気だ。脱いだものを返そうとした私と、それを受け取ろうとしたまほの指の間で
静電気が容赦のない音を起てた。あー、痛い。
そうか、この発熱素材って静電気も凄いんだ。体質にもよるとは思うけど、それで言ったら私は完璧に静電気体質だ。
まほも不意の刺激にびっくりして、こたつの天井に脚でもぶつけたらしく悶絶している。
「千ー代ー美ー」
「ほっ、ほめん、ほめんっへ」
こたつから這い出したまほの手に顔面を挟まれながら謝り倒すこと山の如し。今日だけでまほに何回怒られただろう。いやあ、反省しなきゃ。
でもさっきのまほの悲鳴、可愛かったな。『に゛ゃっ』てさ。