まほチョビ(甘口)   作:紅福

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ダジカチュ回

序盤エロ、中盤ちょっとギャグ、終盤エモ。
そんなお話。


サキュバスの煙

【ダージリン】

 

 朦朧(もうろう)とした頭で記憶を辿る。

 全くのいつも通りにカチューシャとお酒を飲んで、全くのいつも通りに眠くなってきたから、全くのいつも通りに就寝した、筈。

 そこに大きな記憶違いは無いと思う。

 何故『と思う』だの『筈』だのと、自信の無いことを言っているのか。それは、自分がそれこそ大きな記憶違いでもしていない限り、現在の状況に対する説明が付かないから。

 記憶を失くすほど飲んだつもりは無かったけれど、考えても考えても全く分からない。

 一体何故、こんなことになっているのか。

 

 カチューシャの舌が、私の身体を這っている。

 

 私が何か、この状況を勘違いしているという事も、たぶん無い。

 お互い既に裸で、私の身体のあちこちを這い廻っていたらしいカチューシャの舌は、たった今私の秘所へ狙いを定めたところ。私も私で自分の脚を抱えるようにして持ち上げ、カチューシャが侵入しやすいように体勢を作っている。つまり私は今、カチューシャに全てを曝け出している。秘所だけではなく後ろの穴も、全て。

 明らかにこれは、その、『行為』に及んでいるものと見るほか無いわよね。

 

「あっ、あの、カチューシャ」

「いいから、力抜きなさい」

 

 普段と変わらない、カチューシャの強い口調。いつもならそこから小競り合いが始まる事もあるけれど、今がそんなタイミングではないことは流石に分かる。こんな状況に至った経緯が分からず釈然としないものの、私は彼女に言われるがまま、比較的素直に身体の力を抜いた。

 カチューシャは私の身体が少しだけ弛緩したのを見て取り、私のそこに何度か短いキスをして、私が嫌がらないのを確認してからゆっくりと舌を侵入させた。

 

「やぁ、んっ」

 

 入り口の肉をぬるりと掻き分けて、カチューシャの舌が入って来る。思わず吐息の雑じった声が漏れた。恥ずかしくて咄嗟に口を押さえようとしたけれど、両手は自分の脚を抱えていて塞がっている。ああ、そうだわ。私は今、自分からこんな格好を。

 その事実に今更のように羞恥の感情が込み上げ、顔が熱くなるのを感じた。

 

「声、我慢しなくていいわよ」

 

 混乱しきりの私とは裏腹に、カチューシャは至って落ち着き払っている。つまり、私より先に状況を受け入れて、リードしてくれている。

 その強引ながらも優しさを含んだ彼女の言葉に、私は思考を放棄し、ただこくりと頷いてしまった。

 

「はっ、あっ、あぁ」

 

 彼女の舌が小刻みに起てる水音と、それに合わせて零れる私の嬌声だけが寝室に響いている。

 

「可愛いわよ、アンタ」

「やめっ、言わないっ、でぇ」

 

 じわりじわりと高まっていた性感はカチューシャの言葉で急激にその勢いを増し、私はそのまま昇り詰め、我慢をする暇もなく達してしまった。

 

「んぁ、あぁ、あああぁっ」

 

 ぶるるとお尻が軽く痙攣し、抱えていた脚を投げ出した。そんなだらしない寝姿のまま余韻に浸る。

 すっかり力の抜けてしまった下半身からは生暖かいものがちょろちょろと漏れ出る感覚があったけれど、立ち上がることも出来ず言葉にならない呻き声を吐き出しながら、ただただそれが流れ出るままに任せるしか無かった。

 

 そんな、夢を見た。

 

 飛び起きて、朦朧とした頭で状況を整理する。

 色々と考えたい事はあるけれど、まず夢の中で私は最後に、その、失禁していた。つまり、何を置いても布団の安否確認が最優先。手探りで自分のお尻があった辺りをぱたぱたと触り、奇跡的に湿り気が無いことを確かめる。

 次はショーツ。こちらは、まあ確認するまでもなく、大変残念な結果になっているのが感触で分かった。つまり水流はそこで止まったと言うこと。ショーツだけなら替えれば済むから、セーフと言えばセーフ。と言うか『セーフ』と見なさないと泣いてしまいそうなので、これは絶対にセーフ。

 と、とりあえず被害状況をまとめると、布団は無事で、ショーツだけ替えればそれで復旧が可能、と言うことね。ならば良し。良くはないけれど、まあ良し。

 では次。たった今、ある意味ではショーツよりも布団よりも大きな問題が発生していることに気が付いてしまった。

 

 なんとも言えない表情で私を見詰めているカチューシャが、目の前に居る。

 

「なんつー声出してんのよ、アンタ」

「う、うるさいわよ」

 

 同じ部屋で寝起きしている私達。夜中に片方が起きてどたばたしていれば、気が付くのが当たり前。そしてカチューシャは、あろうことか『声』と言った。その『声』というのはたぶん、さっきまで見ていたの夢の中で出していた声のこと。寝言として現実に漏れ出ていたのね。

 つまりカチューシャは、早くとも私の寝言という名の嬌声が聞こえた時点で目を覚まし、それから私が飛び起きて布団やショーツの湿り気を確認する所まで一部始終を見ていた、と。

 寝起きであることも手伝って薄まっていた実感が、時間差でゆっくりと沸いてきた。

 

 全部見られたし、全部聞かれた。

 

「ふえっ、えぇーん」

「ちょちょちょ、待って待って、泣かないでよ」

 

 意外にも、それからのカチューシャは優しかった。

 動転して泣き出した私を支えるようにしてお手洗いに連れて行き、替えのショーツも持ってきてくれた。どういう訳か罵声のひとつも飛ばさないものだから調子が狂ってしまって、それで涙も引っ込んだ。

 

 粗方の対応を終え、今はベランダに出て二人で夜風に当たっている。

 というよりは、目が冴えたと言って煙草を吸いに出たカチューシャに、私がくっついているような状態。

 星でも見えたら素敵だったのだけれど、空は曇っていた。

 

「寒いわ」

「部屋に入ってなさいよ。これ吸い終わったら私も戻るから」

「嫌」

 

 そこで会話は一旦途切れ、カチューシャは細長く煙を吐いた。夜風に乗ってゆっくりと流れるその煙を見て、私は彼女が風下に立ってくれていることに気が付いた。たぶんそれは、吐いた煙が私に掛からないための、意識的なもの。

 あんな夢を見た影響か、彼女のそんな何気ない行動のひとつひとつが妙に嬉しく感じる。もっと言うなら愛おしく感じる、ような気がする。

 あんな夢を見るくらいだし、そういう気持ちも私の中にあるということなのよね、きっと。

 

「アンタさ、マホーシャのこと好きなんじゃなかったの」

「わかんない、最近」

 

 嘘ではないし、はぐらかしている訳でもない。今は本当に、わかんない。

 まほさんが好きであることに変わりは無いけれど、それが以前と同じ感情かと問われると、返答に詰まってしまう。適切な言葉が見付からない。

 カチューシャは自分から振っておいて、さして興味も無さそうに『あっそ』とだけ言ってまた煙を吐いた。

 風向きが変わってその煙が鼻を掠めたけれど、不思議と悪い気はしない。なんだか私も背伸びをしてみたくなり、一本ねだってみた。

 

「ねえカチューシャ、それ一本ちょうだい」

 

 一瞬の間があった。

 カチューシャは、今この場に一本二本と数える物が煙草以外に無いことを頭の中で確認したらしく、目を丸くしている。

 

「アンタ煙草嫌いでしょ」

「いいから」

 

 渋々といった風にカチューシャが寄越した一本を口に咥え、見様見真似で火を点けた。

 

「げっほ」

 

 思い切り吸い込んだ煙はどうしようもなく煙でしかなくて、覚悟はしていたつもりだったけれど、思った以上に煙たかった。咳き込みながらも自分の口から煙が出ていることは少し可笑しかったけれど、二口目に行く勇気は無い。

 ちりちりと灰になっていく煙草をぼんやりと眺めていると、カチューシャに取り上げられた。吸わないなら返せ、ということみたい。私が一口だけ吸った煙草を咥え、カチューシャはまたぷかぷかと煙を吐く。

 

「アンタはこんなもん吸わなくていいの」

「ふふふ」

 

 視界の端にはらはらと舞うものを見つけ、見上げると雪が空を埋めていた。

 

「もっとくっつきなさい。寒いんでしょ」

「うん」

 

 言われ、素直に身を寄せる。

 彼女の真似をして、ふーっと細く息を吐いた。


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