ビルライブ!サンシャイン!!〜School idol War〜 作:ブルー人
「キリオくん、それなあに?」
青年の腰ほどまでしかない身長の幼女が覗き込むようにしてそう尋ねてくる。
白髪の青年の手のひらに転がる、透き通ったみかん色の“ボトル”。それは青年にとっての全てであり、文字通り自分がこの世に存在できている糧ともいえるものだった。
「俺の……生きる理由だよ」
「変なの。……それより一緒に海行こうよ!海!」
「あまり日に当たりたくないのだが…………」
「こんな天気のいい日に外で遊ばないなんてもったいないって!」
強引に自分を日照りのなかに連れ出そうとする彼女の笑顔が目に映る。
懐かしい記憶に浸るのをやめ、青年は閉じていた瞼を徐々に開くと殺風景な室内にそよ風のようなため息を吐いた。
「覚悟なら出来ている」
ここにはいない少年と少女の顔を思い浮かべてはそうこぼす。
「だから……お前達も早く決めろ」
◉◉◉
「————ッ!」
梨子の長髪をなびかせたベルナージュが卓上にあったパンドラボックスへと腕を突き出す。
「……!?ボトルが————」
直後、組み上げられたパネルにはめ込まれていた大量のエンプティボトルが七色の光を放ち、その内部に60種類の成分が満たされていった。
「……っ」
「おっと」
無理に力を引き出したせいかふらついてしまったベルナージュをそばにいた月が支える。
蝋燭の火が消えゆくように瞳から翡翠の輝きが失われていく様子は、火星の王妃の存在そのものが消失しかけているという事実を皆にひしひしと感じさせた。
「…………」
「タクミ?」
無言で席を立ってはいくつかのフルボトルをパネルから引き抜いたタクミに理亞が不安げな顔で呼びかける。
「どこに行く気……?」
「決まってんだろ、あいつを…………戦兎をぶっ潰しに行くんだよ」
「ちょっと待って!」
地上へと繋がる階段へ向かおうとする彼の背中に悲痛な叫びがかかった。
エボルトとの戦闘で残った傷の痛みに表情を歪ませながら、立ち上がったミカは出て行こうとした彼に恐る恐る言う。
「無茶だよ……。それに、まだ先生が本当にわたし達を裏切ったなんて決まったわけじゃ————」
「そうか?」
振り向いたタクミの瞳から注がれる怒りに満ちた眼差しに、ミカは圧倒されるように口を閉じた。
「なら説明してくれよ、どうしてエボルドライバーを手にした時点であいつはエボルトと戦おうとしなかった?奴の切り札を抑えた状況だったんだ、俺とお前と戦兎の3人でかかれば間違いなく勝てたはずだろ」
「それは……その……先生にも、なにか考えがあったんじゃ……」
「考えだって……?ならどうして俺達にそれを打ち明けようとしない!?」
堪えきれないとでも言うかのようにタクミが声を震わせる。
「間近で戦兎と対峙したお前ならわかるだろ……?あいつは本気だった。……記憶を取り戻した途端に迷いなく攻撃してきたんだ。まるで俺達に用済みだとでも言うようにな……!」
「ち、ちょっとタクミ!」
激昂するタクミを制止しようと理亞が駆け寄るが、彼女の手を振り払いつつもさらに彼は続けた。
「記憶喪失だかなんだか知らねえがな……!治った結果がこれじゃあ裏切ったのと変わらねえ!あいつはもうお前らが知ってる戦兎キリオじゃねえんだよ!!」
「…………」
「俺は行くぞ。……他についてくる奴は?」
誰もその質問には答えることができなかった。
タクミの言ったことは…………きっと正しいのだろう。そう割り切った答えを行動に移すことができたらどれだけよかったか。
終始俯いた状態で無言を貫いていたリュウヤは、タクミの言葉を聞いて強く歯を軋ませた。
「……っ……!」
「猿渡くん……!」
ドアノブに手をかけたタクミがどっと汗を吹き出しながらその場で膝を折る。
彼自身戦闘でのダメージが完全に回復したわけではない。パンドラタワーに出向いても返り討ちに遭うだけだろう。
「……やっぱりまだ動くべきではありません。今はどうか安静にしていてください」
「……ちく……しょう……」
聖良に肩を支えられながら部屋の奥へと連れられていき、タクミは青い顔で長椅子に腰掛ける。
沈黙が支配する空間のなかで、皆は励ましの言葉を絞り出すことすらできなかった。
「私、ちょっと買い出しに行ってくるよ」
どれほどの時間が経っただろうか。
少しだけ空気が和らいだ頃、千歌が唐突にそう切り出した。
「そう……だね、食料も補充しないといけないし」
「もうやってるお店ないかも……?」
ルビィの一言で皆が「そういえば」と目を見合わせる。町に残っている人間が自分達以外にいないことをすっかり忘れていた。
「まあ、レジにお金だけ置いてけば大丈夫じゃない?」
「……エボルトが何をしてくるかわからないから、目立たないように少数で行くべきだと思う」
ミカの口にした言葉にどうしたものか、と考え込む千歌。
数秒間の静寂の後、1人の少年が挙手をして皆の視線を集めた。
「万丈くん?」
「俺が一緒に行くよ。……これから外出する時は、戦える人間を最低1人は同行させた方がいい」
「そっか……そうだよね。じゃあ今回は万丈くんにお願いしようかな」
「私が変わろうか?」
「ううん、曜ちゃんはみんなと上の台所で使えるお皿を並べといて。カレーの材料持って帰ってくるからさ」
引きつった笑顔でそう返す千歌。
リュウヤと共に部屋を出て行こうとする彼女の後ろ姿を、曜はまだ不安の残滓した顔で送り出した。
「……ああ、そうだ氷室」
不意にリュウヤから名前を呼ばれたミカが弾かれるように顔を上げる。
「うん……?」
「ちょっと借りたいもんがあるんだが」
手を差し出しながらそう語ったリュウヤに、ミカは不思議そうに首を傾けながら怪訝な視線を送った。
「………………」
しばらくお互いに何も言わないまま、誰もいない街道を歩いていく。
「……どう思ってるんだ?」
「え?」
「キリオのことだよ」
先に沈黙を破ったリュウヤは、まっすぐ前方にある進路を見つめながら千歌へと尋ねた。
「…………わからない」
一瞬の間を空けて一言そう答える。
……そうだ、何もわからない。彼を許せるかどうかじゃなく、彼が何を考えているのかがだ。
以前記憶が戻ったらどうするつもりなのか、とキリオに質問してみたことはある。彼の返答は「今は答えられない」だった。
過去の自分がどのような人間だったのかもわからないのでは判断できない、故に無責任な回答になると言って明確には口にしなかった。
だが今はどうだろう。
エボルトとしての過去を知り、その上で彼は自分達から離反した。そんな彼はいったい…………何を想い、何を考えてそのような行動に出たのか。
仮に本当に自分達を裏切ったのだとして、キリオはどうしてその結論に至ったのかをまだ彼自身の口から聞いていない。
許せるか許せないかを決めるのは、せめてそれを聞いてから判断したい。
「万丈くんは……どうなの?」
「俺?」
「もしキリオくんが、本当に私達を裏切ってたとして…………万丈くんはどうするつもりなの?」
どうするつもり、などとつい濁した質問をしてしまった。
自分が本当に聞きたかったのは……「キリオと戦うつもりなのか」なのに。
「俺か……俺は…………そうだな————」
若干の迷いを見せつつも、リュウヤは自分に何かを納得させるかのように強く言い放つ。
「俺はあいつを信じる」
「キリオくんはまだ私達の味方でいてくれてるって……?」
「そうだとしても、そうじゃなかったとしてもだ」
「……?」
「あ、なんかすまねぇ……。俺バカだからさ……上手く言えなくて伝わらない部分もあると思うけど」
誤魔化すように後頭部を掻いた後、リュウヤはぐっと握り拳を作ってはそれを前に突き出した。
「俺はこれまでの道のりが無駄だったなんて思いたくない。たとえキリオが俺達を本当に裏切っていたとしても……ボコボコにぶん殴って目を覚まさせてやる」
「あ、あはは……万丈くんらしいね。でもそうか、そうだよね…………それくらいの気持ちでなきゃダメだよね」
千歌はリュウヤの言葉を噛みしめると、弱気になっていた自分を奮い立たせるように顔を上げた。
……自分だってキリオを信じると心に決めていたはずだ。なら胸を張り続ければいい。
彼は今でも……自分達の先生だ。
「ああ、そういや……高海には謝んなきゃいけねえことがあってな……」
「え?」
しばらくして不意に投げかけられた発言に目を丸くする。
「どうして?」
「さっきさ……外に出るときは戦える人間もついていった方がいいって言ったよな?」
「うん……言ってたね」
「実はさ……俺、今変身できないんだ」
「……えっ!?」
思いもよらぬ告白に上ずった声を上げてしまう。
「どうして……?」
「いや……お前らが帰ってくる前に妙な予感がしてさ、何度か試してみたんだよ、変身」
上着からビルドドライバーを覗かせながら、リュウヤは申し訳なさそうにそう語った。
「俺にはガキの頃からエボルトの遺伝子が埋め込まれていた————らしい。けど今はそれも奴に奪われちまって……たぶんそれが原因だ」
「遺伝子……って、言ってる意味がよくわからないんだけど……」
「まあとにかく!今のままじゃ俺はロクに役に立てねえってこと!!」
強引に話をまとめた彼は、未だピンときていない千歌から目線を外しながら再度声量を下げて言う。
「それで……俺がお前と一緒に外に出てきたのは————お前に付いてれば、
「え————」
不意にリュウヤの横顔を見ていた千歌の顔が前へと向けられる。
次の瞬間…………よく見知った人物の姿が目に飛び込んできた。
「よお」
黒髪に、落ち着いた雰囲気を漂わせている顔つき。
裾の長い上着をなびかせた青年————戦兎キリオが、音もなく目の前に現れたのだった。
「キリオ……くん……」
「2人だけで外出とは……随分と大胆な行動をとるんだな」
「高海、下がってろ」
冷たい表情で見下ろしてきたキリオを睨みながらリュウヤは前へ出る。
「お前が高海と接触しようとするだろうと思ってな。……一緒に来て正解だったぜ」
「お前にしては考えてるじゃないか、40点やるよ。……で、この後はどうする?」
「……っ」
「答えられないか。なら加点は無しだな」
腰に手を当てて余裕を示すキリオに対し、リュウヤは冷や汗を流しながら鋭い警戒を向け続ける。
「もう気づいているんだろ?
「……!本当に、私達を裏切ったの!?」
淡々と語り始めたキリオに、千歌は堪えきれなくなったように大声を張り上げた。
彼の真意を確かめるのなら…………今しかない。
「そうだ」
一拍置いた後、彼は固まった表情のまま口だけを動かして返してくる。
「……!今まで私達を……スクールアイドルを守ってくれてた……あの気持ちは……!もうないの!?」
「そうだ」
「……っ……………………キリオくんは、私達の敵なの?」
「——————そうだ」
頭のなかで何度も反響する。
受け入れたくない事実が真正面から突きつけられたことに……とても耐えられなかった。
でも決して退いてはいけない。彼を……キリオを信じると決めたのなら、前を向き続けなくてはならないのだから。
「…………相変わらず曇らない目をしてる」
ふっと綻ぶような笑いを飛ばした後、キリオは独り言のように静かに口を開き始めた。
「馬鹿なお前らに教えてやるよ。俺がこれまで甲斐甲斐しくお前らの世話をしていたのはな、より効率的にシナリオを進めるための“プログラム”に沿って行動していたに過ぎない」
「プログラム……?」
「ああ、本能と言ってもいい。……だいたい疑問に思わなかったのか?戦争が始まる前、スタークの存在が浮き彫りになっていたなかでどうして俺は大規模なライブ計画なんざ進めることを許可した?」
「そ、それは……キリオくんが……私達の意思を尊重してくれたから————」
「もし俺がマトモに教師なんかやってたら、どんなことをしてでも止めたと思うがな」
ため息混じりに喋る彼の口調は……気味が悪いほどに冷徹だった。
「お前達の意思を尊重、ね…………残念だが違うな。俺が尊重したのはエボルトとしての俺の意思だ。……戦争が起こった直後にAqoursが分断されるよう仕向け、スクールアイドルとしての機能を削ぎ、その内に配置した
————ほんの少しだけ、泣きそうになったのを必死に堪えた。
「…………たとえ、そうだったとしても……私達と一緒に過ごして……瞬間瞬間に感じた心はあったはずでしょ……?それだけは絶対に……!嘘なんかじゃなかったはずでしょ!?」
「過程はどうでもいい、結局は行き着くところが全てだ」
「ちゃんと答えてよッ!!」
「どうでもいいと言っている」
《エボルドライバー!》
不意を突くようにキリオは取り出したエボルドライバーを腰に装着し、2本のボトルを手中に収めた。
「……っ!」
反射的にビルドドライバーを巻いたリュウヤを見やり、呆れた様子でキリオは言う。
「万丈、お前も俺と同じ造られたヒーロー……。利用され、裏切られ、使い捨てられるのが定めの人形だ」
「っせえ黙れ。その腐りきっちまった性根、俺が叩き直してやるぜキリオ」
「往生際の悪い奴だな。……お前が俺をキリオキリオと呼び慕っていたのも、
「じゃあ……今はどうだってんだよ。エボルトの遺伝子がない今でも、俺はお前を信じ続けたいと思ってる……!その気持ちはこれっぽっちも嘘なんかじゃねえッ!!」
リュウヤは懐から一振りの“剣”を取り出すと……それを逆手に持ち直しつつ構えた。
「……スチームブレード……?生身で何をするかと思えば……そんなガラクタで俺に挑もうって言うのか?」
あまりにも無謀すぎる装備でこちらを見据えてきた彼に、キリオはからかうようにそう問いかけた。
「ガラクタかどうか判断すんのは————まだ早いぜ……ッ!」
《デビルスチーム!!》
「……!?」
直後、周囲の景色が深い霧に包まれていく。
「万丈くん!?」
「ぐっ……!オォ……オ……!!」
取り付けられたバルブを回転させた後、ブレードの刃を自らの身体に突き立てたリュウヤは、そのまま大量のネビュラガスを肉体に注入し始めたのだ。
「ハザードレベルが足りないってんならよぉ……!また
「……お前」
リュウヤの全身に駆け巡る亀裂のようなものを視認し、痛々しいものでも見るかのようにキリオは眉をひそめた。
「づっ…………ぁぁぁぁぁああああああアアアアアアアアアアア!!!!」
凄まじい衝撃波と共に霧が拡散。一気に目の前の視界が晴れていく。
「……そのボトルは……」
キリオは目を見開きながらリュウヤの手元へと意識を向け、何もなかったはずの空間から出現した“黄金のボトル”に驚愕した。
《◼︎◼︎◼︎◼︎!!》
やがてリュウヤの意思に応えるように飛翔し手元へやってきた“龍”を彼が掴み取る。
「……!」
彼が手にした金のボトルを龍————クローズドラゴンへと装填した途端、その色は黒から真紅へと変化を遂げた。
……まるで、化学反応でも起きたかのように。
《覚醒!》
《グレートクローズドラゴン!》
外観を変貌させたクローズドラゴンをビルドドライバーに叩き入れ、レバーを回転させる。
出現したスナップライドビルダーに囲まれながら苦悶の表情を浮かべた後、リュウヤは歯を食いしばり再度キリオの立つ前方を睨みつけた。
「キリオ……お前がくれたこの力で、俺は……!俺達の
《Are you ready!?》
「変身ッ!!」
構えた両腕が広げられたのを合図に、リュウヤの全身が形成されたスーツに包まれていく。
その光景はまるで…………彼自身の諦めない心にライダーシステムが呼応したかのように思えた。
《Wake up CROSS-Z!Get GREAT DRAGON!!》
《Yeah!》
シルエットは以前の“クローズ”をそのままに、その装甲にはエボルを思わせる金と紅の意匠が備えられている。
仮面ライダーグレートクローズ————リュウヤの強い意志が新たに生み出した、クローズの強化形態だった。
「ぉぉぉぉぉおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!」
勇ましい雄叫びを上げたリュウヤを捉えつつ、すぐさまキリオはエボルドライバーにボトルを装填。
《ラビット!》
《ライダーシステム!》
《エボリューション!!》
「……そうきたか。いいぜ、少し遊んでやるよ」
《ラビット!ラビット!エボルラビット!!》
《フッハハハハハハハハハハ!!》
兎と龍。2人の戦士が互いの双眸を見つめながらゆっくりと前進する。
「キリオくん……万丈くん……」
膨れ上がった闘争心をぶつけ合い火花を散らす彼らを、千歌はただ見守ることしかできなかった。
リュウヤの身体に再びエボルトの遺伝子が宿ったのは本編の万丈と同じですが、グレートドラゴンエボルボトルの出処はそれとは少し違い、リュウヤが自ら生成した物です。
さてキリオvsリュウヤ……果たしてこの戦いを制するのは……!?
完結後に何かしらの続編はいりますか?いりませんか?
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後日談として日常もの
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シリアス調のもの
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両方
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別にいらない。