白竜に憑かれた少女も異世界から来るそうですよ?   作:ねこです

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エピローグ

 ―――境界壁・舞台区画。〝火龍誕生祭〟運営本陣営。

 ゲーム終幕から2日後。

 外では祝勝会を兼ねた誕生祭に加え、終日宴の席が設けられていた。サンドラが魔王に初勝利を収めたことや、〝ノーネーム〟の功績が取り上げられ大いに盛り上がりを見せている。数千人もの人員が魔王のゲームに捕らわれた中、多くの負傷者こそ出したものの、死者は〝サラマンドラ〟の同士27名のみという僅かな犠牲で勝利を収めたのだ。

 宴の席では「誇りある戦いをした同士に喝采を!」とか「名誉ある死を遂げた同士に黙祷を!」とか、〝サラマンドラ〟の言葉に参加者達は惜しみない称賛の声を上げていた。

 そんな中、耀は宴の席の一部でなぜか予定にはなかった大食い大会に参加していたり、それに付き合っている飛鳥が例のとんがり帽子の精霊と苦笑いを浮かべたりしていた。黒ウサギは女性店員と共に白夜叉の監視をしている。2人が痛そうに頭を抱えていたのは言うまでもない。

 一方、弥白は本陣営の屋上で独り、月を眺めていた。おもむろに、夜空に浮かぶ満月に手を伸ばし、

 

「こんなところで何やってるんだ?」

 

 背後から声を掛けられた。弥白が振り返ると、そこには右腕は包帯を巻かれて固定され、埃で汚れた制服を身に纏った十六夜が立っていた。よく見れば蜘蛛の巣の様なものも付いており、一体何処で何をしていればこうなるのか疑問である。

 

「十六夜こそ、どうしたんですか? 随分と薄汚い格好になっていますが」

 

「薄汚いとか言うんじゃねえよ。ちょっとばっかし野暮用でな」

 

 コツコツ、と弥白の隣まで歩み寄り腰掛ける。まだ取り切れていない蜘蛛の巣を払い、十六夜は改めて問いかけた。

 

「それで、何してたんだ? トリトニスの大滝にも興味を示さなかったお前に月を見て感傷に浸る、なんて趣味があったなんざ予想外だぜ?」

 

「別に感傷に浸っていた訳ではありませんが。いえ、そうですね。………十六夜、わたしはあなたの事を()()()()、と思っています」

 

 十六夜の方は見ず、弥白は真っすぐに満月を見上げながら呟いた。予想外の言葉に、十六夜は僅かに目を見開く。

 

「へえ? そりゃまた何で」

 

「その質問に答える前にわたしから1つ聞きましょう。あなた1人でも、ペストに勝てましたか?」

 

「ハッ、何を言い出すかと思えば。そのぐらい出来るに決まってるだろ。俺達の目標は〝打倒魔王〟だぜ?」

 

 ヤハハ! と軽快に笑いながら自信満々に答える十六夜。弥白はチラリと十六夜の横顔を見た後、再び月を見上げた。

 

「そういう事です。結局わたしは〝黒死斑の魔王〟には手も足も出ていません。正直に言うと、魔王はともかく取り巻きはわたしでも対応可能だと考えていました。ですが神格持ちの悪魔なら十六夜を負傷させられる性能がある以上それも厳しいでしょう」

 

 その上、今回の敵はルーキー魔王と残党2人。それ相手にこの体たらくではこの先やっていけません、と彼女は言う。

 そう、今回〝ノーネーム〟のメンバーが誰一人として欠ける事無くゲームをクリアできたのは、ペストのゲームメイクが甘かったのが最大の理由だ。もし彼女の交渉がもっと上手ければ、あるいは時間稼ぎなどせず最初から捜索隊を殲滅しに掛かっていれば、今回のゲームは負けていた可能性が高い。もし勝てたとしても犠牲者の数は跳ね上がっていただろう。

 

「ですので、もっと力が必要です」

 

「………………。そうかい」

 

 此処ではない何処かを見るような表情で呟く弥白。十六夜は横目で弥白の顔を見つめ、適当に相槌を打った。

 しばし沈黙した後、ああ、そうだ。と思い出したかのように唐突に話題を変えた。

 

「―――とまあ、今回の一件はサンドラ以外の〝サラマンドラ〟全員の自作自演だったって訳だ」

 

「そうですか」

 

 どうでもよさそうに弥白は相槌を打つ。実際興味もないのだろう。

 十六夜曰く、今回の一件は〝階層支配者〟として周囲のコミュニティに認められるための通過儀礼の様なものなのだと。

 〝サラマンドラ〟から27名の死者と多くの負傷者を出したものの、彼らは全て承知の上で命を賭したそうだ。

 この一件は〝ノーネーム〟から〝サラマンドラ〟への貸しだ。万が一にも〝ノーネーム〟に何かあった際に〝サラマンドラ〟がいの一番に駆け付けろ。それで許してやる。とマンドラに言い放って返事は聞かずに出て行ったらしい。

 

「俺達は損した訳でもないし、落としどころとしちゃこんなもんだと思うんだが、不満か?」

 

「別に。飛鳥も無事でしたし、十六夜がそれでいいと判断したのならわたしは従います」

 

「あっそ。そういや、あの魔法陣については結局何かわかったのか?」

 

「殆ど何も分からずじまいです。飛鳥の話だとラッテンが本を1冊持っていたのですが、それも燃え尽きたそうです。死体どころか痕跡の1つも残っていないのでは調べようがありません」

 

 やれやれ、といった風に弥白は首を横に振る。触媒は焼滅し、死体や異形が持っていた武器の類まで光の粒子となって消えた。

 分かった事と言えば、あの魔法陣を構成していた術式が弥白が普段使用しているものと同系統であるという点と、異形の再召喚は()()()()を利用しているという点である。

 

「死亡した異形の(ソウル)を回収し、触媒に込められていた霊格を消費して損傷を修復、再召喚していた、というのがわたしの予想です。もっとも証明する手段は現状ありません」

 

 せめてもう少し余裕と時間があればマシな解析も出来たのですが、と呟く。それっぽいものを再現するだけなら出来なくもないが、如何せん情報と〝材料〟が足りない。

 十六夜は黙ったまま話を聞いていたが、すくっと立ち上がると、

 

「そんじゃそろそろ戻るか。お嬢様が心配してたぜ? 『望月さんがいつまでたっても戻ってこないの』ってな」

 

 ヤハハ、と笑いながら出入口に向かって歩き出した。弥白もそれに続き、もう一度だけ満月を見上げる。

 

(強くならなければなりません。飛鳥を、〝ノーネーム〟を―――わたしの居場所を守るために)

 

 ()()()()()使()()()()()

 届くはずもない満月に向かって手を伸ばし、虚空を掴む。振り返って呼び掛けてきた十六夜を弥白は小走りで追いかけた。

 

 

 

 

 

 ―――〝ノーネーム〟農園跡地。

 あれから1週間、境界壁から帰ってきた一同は新しく仲間に加わったとんがり帽子の精霊、メルンに土地の修復を頼んでいた。

 胸を躍らせるようにメルンの活躍を見に来ていた飛鳥や子供達だが、

 

「むり!」

 

 ブンブンブン! とメルンは激しく首を横に振った。

 水は涸れ、土壌が廃れ、砂と砂利しかない土地を前に一目で匙を投げるメルン。

 困った表情で飛鳥はメルンに問う。

 

「………無理?」

 

「むり!」

 

 即答だった。地精である彼女が此処までハッキリとした態度を取る以上、やはりよほど高位の霊格を持つものでなければ厳しいのだろう。

 

「ごめんなさい………期待させるような事を言って、」

 

「気、気にしないでくださいまし! また機会がありますよ!」

 

「そうだよ飛鳥。また違うギフトゲームで頑張ればいい」

 

「そうですね。次の手を考えましょう」

 

 申し訳なさそうに頭を下げ、しょんぼりする飛鳥と励ます黒ウサギ、耀、弥白の3人。

 一面の白地の農園を見ながら砂利を一握りし、十六夜はふっとメルンに問う。

 

「なあ、極チビ」

 

「ごくちび?」

 

「そ。〝極めて小さいメルン〟だから略して極チビ。それでもしもだが………土壌の肥やしになるものがあったら、それを分解して土地を復活させることは出来るか? 廃墟の木材とか、本拠の周りの林を肥やしにして」

 

 おお? と考える仕草をするメルン。中々の名案だったようだ。

 零からではなく、土壌を復活させるための素材が他にあるというのならばあるいは―――

 

「………できる!」

 

「ホント⁉」

 

「かも!」

 

 ガクッ、とやや右肩下がりに気が抜ける飛鳥。だが試す価値はあるらしい。

 飛鳥は取り出したギフトカードからディーンを召喚して命令した。

 

「ディーン! すぐに取り掛かるわよ! 年長の子達も手伝いなさい!」

 

「「「「「分かりました!」」」」」

 

「DeN」

 

 ディーンは短く武骨な返事をし、子供達は元気よく飛び出していく。

 

「ふむ。そういう事なら自動人形を一部こっちに回しますか」

 

 子供達を見送りながら呟き、弥白はサクッと術式を書き換えコミュニティの敷地内に配置した自動人形を動かす。

 地精として独立出来るだけの霊格を得たメルンは、はしゃぎながら飛鳥に跳び付いた。仲のいい2人の姿を弥白はつまらなそうに見る。機嫌が悪く見えるのは気のせいではないだろう。

 飛鳥はクスリと笑い、腕を引いて弥白を抱き寄せた。

 

「ほら、望月さんも拗ねないの」

 

「………別に拗ねてはいません」

 

 プイっ、とそっぽを向きながらも弥白は飛鳥の腕の中に収まる。十六夜はそんな3人の様子を見てからかうように口を開いた。

 

「なんだお嬢様。やっぱりそういうチビッコイのを愛でる趣味があったのか?」

 

「さあ、どうかしら。でも箱庭に来るまで知らなかったけど、子供を可愛がるのは楽しいわ。………それに、」

 

 ふっと飛鳥の目が遠くなり、箱庭よりも遥か彼方を映す瞳でポツリと、

 

「………私、本当は姉妹がいる予定だったの。だからかもしれないわ」

 

「………そうか」

 

「………………」

 

 十六夜は静かに相槌を打つ。ぎゅっ、と抱きしめる力が強まったのを感じた弥白は、無言のまま飛鳥の腕に両手を添えた。

 姉妹がいる予定()()()。けど、そうはならなかった。

 ならこの話は此処で終わるべきなのだろう、と十六夜はそれ以上言及しなかった。

 飛鳥は大きな巨人と戯れながら走り回る子供達を見つめ、悪戯っぽく弥白とメルンを撫でる。

 

「さ、忙しくなるわよメルン! 早く土壌を復活させて、みんなでハロウィンをするんだもの。貴女には人一倍頑張ってもらうわ。望月さんも手伝ってくれる?」

 

「はい♪」

 

「ん。もちろんです」

 

 メルンは元気よく返し、弥白はコクン、と頷いた。

 まだまだ先の事だろうが、何時かこのコミュニティでハロウィンをする日が来るだろう。

 故郷に残してきた小さな未練。〝Trick or Treat‼〟と言える日を夢見て、飛鳥は明日の希望に胸を馳せるのだった。

 

 

 


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