白竜に憑かれた少女も異世界から来るそうですよ?   作:ねこです

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盟友との茶会の日

 平穏な昼下がり。我が居城と眼下に広がる都を眩い日の光が照らし、城下街には活気と喧騒が溢れている。民達は誰もが太陽の光に感謝と賛美を捧げ、余を崇め、幸福な毎日を過ごしている。

 城のテラスからは兵達の鍛錬の音がよく聞こえ―――それに交じって怒号が耳に届いた。次いで落雷の如き轟音と眩い輝きが我が城を照らし、余は天を仰ぐ。どうやら誰かが何かやらかしたらしい。

 ………まあよい。もうすぐ我が盟友が此処に来るのだ、今のは聞かなかったことにするとしよう。

 気配を感じて城内に視線を向ければ、此方に向かって歩いて来る盟友の姿があった。

 

「ようやく来たか、我が盟友(とも)よ」

 

「時間通りです。その様な物言いは心外ですね」

 

 対面の椅子に腰掛け、用意された紅茶に口を付ける盟友。余が侍女の者達に下がるように命じていると、鍛錬場の方角へと視線を向けた盟友が問いかけてきた。

 

「ところで、さっきの落雷は一体何です?」

 

「知らぬ。報告に来ぬのだから大した事態では無かろう」

 

 そうですかと、興味なさげに返事をした盟友は紅茶の香りを楽しんでいた。わざわざ他の神群(よそ)から取り寄せた品だが、気に入ってくれたのなら用意した甲斐もあるというものだ。

 

「それで? 態々呼び出したのです。何か用事があるのでしょう?」

 

 カップを置いた盟友の単刀直入な問い。らしいとも思うが、やはり我が盟友はもっと余裕を持つべきだろう。

 

「書庫に籠りがちなそなたを外に出すのも盟友の務めだと思ってな。このテラスから見える景色は良いものだ、そなたとこうしている時間もな」

 

「それは何とも友思いな話です。私は良い友神を持ちましたね」

 

 本心か、或いは皮肉か。少なくとも、我が盟友が口元に浮かべる笑みは偽りではない筈だ。でなければ余に付き合って茶を飲んだりするような性格ではないのだから。

 余も紅茶を飲み、茶菓子へと手を伸ばしながら世間話を続ける。

 

「そなたは少々生き急ぎ過ぎているのではないか? 平穏は良いものだ。こんな日々が永遠に続けばよいと余は思っている。そなたももっと自分を大切にして、」

 

 そこまで言って、ピクリと片眉を上げた盟友は余の言葉を遮るように口を開いた。どうやら何か我が盟友の癇に障ってしまったらしい。

 

「永遠などありはしません。命ある者はいずれ死に、形ある物は崩れ去る。形のないものも、何時かは忘れ去られて消えていく。最後には何も残りはしません。―――貴方にとっては面白くない話かもしれませんが、これは紛れもない事実です」

 

 笑みを消し、表情の抜け落ちた顔の盟友は感情の籠っていない無機質な声音で断言する。そこにはもう、今までの何処か楽しげだった雰囲気は微塵も感じられなかった。

 違う、それは違うぞ盟友よ。余が言いたいのはそんな事ではないのだ。

 

「何故そう言い切れる。いや、仮にそうだったとしても、今を幸福に生きることは出来る。より良き未来を築くことも」

 

「私は〝結果〟です。古き龍、原初の星。完全なる者達、永遠だったはずの者達。………そのどちらも敗北しました。永久不変の世界は否定され、不安定な世界と不完全な者達による時代が始まった。であれば、その先にある結末は自明でしょう」

 

「………………。ならばそなたは、何故足掻く。何故生きる? そなたこそがそれを、誰よりも否定したかったのではないのか?」

 

 余は知っている。我が盟友が今までに積み重ねてきた功績の数々を。その軌跡を。今まで必死に足掻き続けてきた盟友の姿を、余は知っている。本心からそんな事を思っているならば、今までのそなたの探究は一体なんだったのだ。

 その問い掛けに対して、今まで無表情だった盟友は曖昧な笑みを浮かべ、困ったように首を振った。

 

「さて、何故でしょうね。私もそれをずっと探しています」

 

 その言葉に嘘偽りは感じられない。我が盟友は、己自身でも分からない何かに突き動かされて今日まで進んできたのか。その理由も、何を求めてかも分らぬまま。それはあまりにも不幸なことだ。

 椅子に深く腰掛け、盟友はゆっくりと天を仰ぐ。普段は見せることのないどこか疲れた表情は、我が盟友が抱えた苦悩を想像させるには十分なものだった。………まさか、軽い世間話のつもりがこんなことになるとはな。

 余は掛けるべき言葉も浮かばぬまま口を閉ざしていると、盟友は自分の居城である書庫の方へと視線を向ける。

 

「ですがまあ、得るものが無かった訳ではありません。只の気まぐれでしたが、彼らは思った以上に優秀です」

 

「………そなたの書庫に出入りしている人間達のことか?」

 

「ええ。人間を可愛がる神霊が多いというのも頷けます」

 

 今までとは一転、少し楽しそうな様子で語る盟友。………人間達が優秀、か。

 

「随分と人を評価しているのだな。―――人類がそなたの業を使いこなせるとは到底思えぬ。過ぎた力を与えればそれはいずれ、神々(われら)人類(かれら)の未来に災いと破滅を呼ぶやもしれぬぞ」

 

「かもしれません。ですが、必ずそうなると決まった訳でもありません」

 

 余の忠告を軽く受け流す盟友。もしや余と盟友との間に認識の相違があるのやもしれぬ。であればこの場でそれを是正せねばなるまい。

 我々には人類を庇護し、未来へと導く義務がある。もしその障害となり得るならば、盟友の行いとてここで正さねば。

 そんな余の考えを知ってか知れずか、盟友は余が言葉を発する前に話を続けた。

 

「それに、あれは元々彼らから求めてきたものです。請われたから与えた、求められたから応えた。私にとってはその程度の事でしかありません」

 

「だから何の試練も課さず、無償で与えたと? それはあまりにも安易であろう」

 

「無償ではありませんよ。対価は貰っていますし、私が与えたのは〝(すべ)〟であって〝恩恵〟ではありません。―――ところで話は変わりますが、貴方も神霊が霊格を高めるためにはどうすればいいかは分かっていますね?」

 

「なんだ、突然。無論、民からの信仰であろう?」

 

 何の脈略もない突然の問いに答える。箱庭ではこの程度は常識なのだが、一体なんだというのだ? 

 困惑する余を楽しげに見ながら茶菓子を手に取り、盟友は悠々と自説を語りだす。

 

「それもありますが、もう1つ。私の仮説が正しければ、もっと効率的に強大な霊格(リソース)を確保する手段があるのですよ」

 

「何だと………?」

 

 盟友から出た予想外の言葉に意表を突かれる。まさかそんな事が………しかし我が盟友の優秀さは余が誰よりも知っている。ならば本当なのやもしれぬ。

 

「仮説は証明してこそです。恐らくはそう遠くないうちに結果が出ます。貴方も楽しみにしておくといいでしょう」

 

 余の反応に気を良くしたのだろう。盟友はしたり顔で茶菓子を食べるばかりで仮説の中身を語ろうとはしない。この調子では具体的な内容を聞こうとした所ではぐらかされて終わりであろうな。

 ―――いや待て、すっかり話題を逸らされていたが、本題はこれではない。

 余はわざとらしく咳ばらいをし、本題へと話を戻した。

 

「その仮説とやらは楽しみにしておくがな。それよりも、もし人類がそなたの業によって自滅するようなことがあれば―――」

 

()()()()()()()()()()()()

 

「何?」

 

「私はどちらでもいいのです。人と人が手を取り合い、足りない部分を補い合って共に前に進むというのもいいでしょう。妬み合って奪い合い、憎み合って殺し合う為に使うというなら―――()()()()()。その自由は人類(かれら)のものです」

 

 何でもないかの様に言い切り、盟友は再び茶菓子を口へと運ぶ。そのあまりにも無責任な言葉には余も流石に眉を顰めた。

 

「無責任な言葉だな、盟友よ。人は弱く、そして愚かだ。故にこそ我らが庇護し、道を誤らぬ様正しく導かねばならない。忘れたとは言わせぬぞ」

 

「貴方らしい傲慢です。それとも、神々(あなたたち)らしいと言った方がいいですか? なんにせよ、人類を救うというなら貴方の好きなようにやればいい。私はとやかく言うつもりはありませんし、必要だというなら手も貸しましょう」

 

 やや語気を強めた余の糾弾を傲慢の一言で切って捨てる。必要だというなら手を貸す、つまり自分から積極的に行動を起こそうという気はないらしい

 永い間共にやってきた盟友との温度差を残念に感じていると、我が盟友は机に頬杖を突きながら余を責め立てた。

 

「随分と不満そうな顔をします。元々貴方達が始めた事でしょう? 『人類の為』、『未来の為』、そんな大義の名の下に、今までに何人死なせてきたのです?」

 

「………分かっている。だからこそ、我々は立ち止まる訳には行かぬのだ。こんな道半ばでは終われぬ」

 

 未来の為に死んでいった者達の為。これまでの犠牲が無駄ではなかったという証の為。今を生きる者、未来を生きていく者達の為に。余はこの世界を終わらせる訳にはいかぬのだ。

 これは何も余の個人的な望みではない。余を含めた神霊、神群の総意なのだから。

 余の言葉を聞いて何を思ったのか、盟友は余の顔をじっと見つめる。しばし無言のまま視線を合わせていると、根負けしたかのように盟友はテラスから見える景色へと視線を移した。

 

「それは結構。では、そんな貴方に1つ忠告です。これは私の自論ですが、人類を滅ぼすのは〝災厄〟でもなければ〝悪意ある誰か〟でもありません。人類と神群(あなたたち)を滅ぼすものがあるとするならば―――それは()()()()()()()()()()()()()()です」

 

 我が盟友が確信的な口調で残した予言。言葉を返す前に盟友は視線を戻し、余に1つの問いを投げかける。

 

「古き龍の時代を終わらせたのは裏切り者の龍でした。では、貴方達が始めたこの時代、この世界を終わらせる者は、一体誰なのでしょうね?」

 

 この問いに答える術を、当時の余は持ち合わせていなかった。

 

 

 




 箱庭昔話。誰かと友の茶会の話。

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