生きたければ飯を食え   作:混沌の魔法使い

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下拵え 砦攻防戦 第一夜

下拵え 砦攻防戦 第一夜

 

今までの竜王国とビーストマンの戦いは終始竜王国が不利な状況での戦いだった、それは種族的にも人間が劣っていると言うこともあったが、夜行性のビーストマンの速度についていけないというのが大きな理由だった。昼間に散発的にビーストマンと戦い、そして夜は昼のビーストマンよりも強力で、しかも夜と言う事で全ての能力が格段に上昇している部隊と戦う……昼間のイメージが脳裏を過ぎり、攻撃のタイミングも、防御の間合いも全てがズレ、そのズレに付け込まれ竜王国の兵士は劣勢に追い込まれていた。

 

「……身体が軽い、それに力がみなぎってくるッ!!」

 

くぐもった悲鳴をあげて砦から落ちていくビーストマンを見て、竜王国の兵士達の気勢が上がる。上手く言葉に出来ないが……今までとは違うそんな確信が全員にあった。

 

「カワサキ殿は料理に魔法を掛けることが出来る。きっとその効果が出ているのだろうッ!!」

 

「美味くて、身体能力も上がるとか本当に凄いよなッ!!」

 

ガゼフとバジウッドはビーストマンを振り払う等と言う甘いことは言わず、ビーストマンの頭を叩き割る。ぎゃんっと言う大きな声を上げて、2体のビーストマンが落下していくのを見て、今までがむしゃらに突っ込んで来ていたビーストマンの動きが変わった。その動きの中に、僅かに警戒の色が浮かび始めたのだ。

 

「弓矢隊!今の内に陣形を組めッ!盾兵もだ!」

 

その動きを見てガーランドの怒号が飛ぶ、今までは陣形を組んでもあっという間に崩される。だからこそ、陣形を組む事を諦めていた、だが今ならば陣形を組んで的確に行動出来るとガーランドは判断したのだ。竜王国とビーストマンとの戦いは、カワサキ達の介入によって僅かにだが竜王国が有利に進み始めていた……。

 

 

 

 

 

竜王国と帝国、そして王国の兵士の連携はまだ荒い。だがそれは無理も無い、殆ど初顔合わせで万全な連携を組めと言うのが無理な話だ。

 

「行こうか、コキュートス」

 

「……ああ」

 

モモンに扮しているパンドラズ・アクターには僅かな違和感がある。だが、戦いとその違和感は別物だと意識して感覚を切り替える。

 

「ゼロ達も武勲を上げることに集中しすぎるな、戦いは長期になるぞ」

 

ビーストマンの武器はその身体能力と、数にあるとデミウルゴスが分析していた。必然的に長期戦になるので、1日目で疲弊しすぎるなと声を掛ける。

 

「ありがとうございます、俺達は俺達で出来る事をします」

 

そのゼロの言葉に笑みを浮かべる、少しとは言え面倒を見た相手だ。ナザリックに害をなさぬというのならば、死んで欲しいとは思わない。

 

「あ、あの本当に大丈夫ですか?」

 

「大丈夫だ。私達を信用してください」

 

兵士の言葉にパンドラが優しく声を掛ける、パンドラとナーベ、そしてゼロ達5人が出たら砦の門を閉めろと頼んでいるのだ。

 

「撤退路は残しておいたほうが」

 

「心配ない、お前は言う通りにしろ」

 

 

ナーベラルの鋭い視線と重い声に兵士が息を呑むがその通りだ。ビーストマン如きに遅れを取りはしない、ゼロ達は別だが……私達にとってのただのパフォーマンスに近いのだから……。

 

「わ、判りました。ご武運を」

 

砦の扉がゆっくりと閉まる、それを見てマルムヴィストが不安そうな顔をする。

 

「馬鹿野郎、俺達はここから始まるんだ。後ろなんか見てるんじゃねえ」

 

「その通りだ、後ろに道はないぞ」

 

八本指と言う犯罪組織に属していたわりには性格はまともだ。その姿を見れば望んで八本指にいなかったというのは判る……舞台は整った後はゼロ達次第だと笑い、ビーストマンに視線を向け両腰の剣を抜き放つ。

 

(さて、後は何処まで出来るかだ)

 

デミウルゴスとの訓練で順当に操れるようになっていたが、実戦で使うのは初めてだ。力を込めると、右手の剣には炎が、左手の剣には青白いオーラが宿る。

 

「フッ!!!」

 

気合と共に剣を一閃すると炎が三日月状の衝撃波となって、ビーストマンの群れの先頭で炸裂する。上がった火柱にビーストマンの悲鳴と驚愕の声が重なる。

 

「火球【ファイヤーボール】ッ!」

 

「ふんッ!!!」

 

最初の一撃で勢いがそがれたビーストマンにナーベラルの火球と、両手にグレートソードを持ったパンドラが切り込んで行き完全に出鼻をくじかれたビーストマンへの蹂躙が始まる。

 

(……まだまだか)

 

斬撃を試したが、狙いよりも僅かに軌道が低かった。それに威力も今一だ……やはり行き成り最終目的にしている飛ぶ属性付きの斬撃を繰り出そうとしたのは驕りが過ぎたな。

 

「悪いが、実験台になって貰おうか」

 

デミウルゴスとの戦いである程度の感覚を掴んでいるが、同僚を傷つける訳には行かないと互いに手加減をしていた。全力の攻撃の場合だと、炎と冷気は消えてしまうのか……それとも剣戟と合わせて威力が跳ね上がるのか……それを調べる為にパンドラの後を追ってビーストマンの群れの中に飛び込むのだった……。

 

 

 

 

パンドラズ・アクター様とコキュートス様、ナザリックの守護者である2人の実力はやはり高い。ある程度手加減しているとは言え、ビーストマンを次々と倒していく姿を見ると凄まじいの一言しかない。

 

「いきなッ!!」

 

だがそんな事を考えていても、私の身体は別の動きをしてくれる。訓練の中で身につけた、並列思考と、思考と身体の別行動。最初はそんな事出来る訳が無いと思っていたのだが、魔法で四肢の一部を使えなくしてもらう事によって私はこの能力を会得した。

 

「あぶなッ!?」

 

「……当たる所だ」

 

「はっ!そんなドジを私がすると思うかい?」

 

マルムヴィストとぺシュリアンの顔すれすれを通ってビーストマンの目を貫く直剣。私の代名詞である、三日月刀【シミター】ではなく、硬度や長さが異なる12本の直剣……それを自在に操り、防御と攻撃を同時に行う。

 

「やっぱり、お前が一番レベルアップしたな」

 

「身体能力と思考能力の差さ」

 

基本的な訓練は私もやっていたが、ある程度の実力が付いてくると完全に別の訓練へと移行していった。ゼロだと、同じく素手での戦いを得意とするモンスターや、マルムヴィストだと、クレマンティーヌ、ぺシュリアンはリザードマンの戦士、デイバーノックは同じ、エルダーリッチと、自分の能力や戦闘スタイルと合った相手との訓練と修行がメインになっていった。それに対して私は戦士としての能力を上げるではなく、空間認識能力や、複数の事を同時に考えるという座学での訓練に重点を置かれた。身体がボロボロになるゼロ達と違って講義や、計算などの訓練が重点的に行われたのでゼロ達よりも長時間訓練を続ける事が出来ただけだ。

 

「水晶騎士槍【クリスタルランス】ッ!!!」

 

そしてそれはデイバーノックも同じだ、人化と異形種の姿の両方で訓練を受けたデイバーノックの能力の伸びは恐らく私達の中では最高だ。人間の時に受けた疲労を異形種に戻る事で回復すると言う私達以上のパワーレベリングをしたことで、今では第4位階の魔法すら使いこなせるようになって来ている。

 

「ギギャアアッ!!!」

 

「悪いね、話していても私に隙なんかないのさ」

 

気配を殺し、背後から忍び寄ってきたビーストマンの両目に剣を突き刺す。12本の直剣の操作に加えて右手には三日月刀【シミター】……左手は12本の剣の操作のフォローの為に何も装備していないが、そのうち両手にも剣を持てるようになるだろう。

 

「ふんッ!!!」

 

力強い踏み込みと凄まじい轟音、ビーストマンの胴体が陥没し、吹き飛んでいく。ゼロだって攻撃力が格段にアップしている、アインズ様から装備を借りているが、それは私達の能力に応じて選ばれた。だから武具の性能が優れているからこその強さではない、15日前後だったと思うが、その短い期間でも生死を賭けた戦いは恐ろしいほどに私達を成長させてくれた。

 

「えっ?」

 

「気を緩めるな、以前の感覚とのすり合わせを重点的に行え」

 

牽制のつもりの攻撃で倒してしまった事に困惑するマルムヴィストを庇うようにぺシュリアンが割り込み、ビーストマンを両断する。

 

「ゼロも感覚が狂ってるのかい?」

 

「……ああ、まずは軽く流していくさ」

 

私にはその感覚はないけれど、どうもゼロ達は今までの自分の感覚と今の身体の感覚が上手くかみ合わないようだ。となると、今日の戦いは私とデイバーノックがメインになりそうだ。

 

「私はゼロと周辺の支援に入るよ」

 

「そうしてくれ、俺はぺシュリアンとマルムヴィストをフォローする」

 

サキュロントが入った事で、1度チーム分けをした。だけど私は基本的にゼロと組んで遊撃、デイバーノックはぺシュリアンとマルムヴィストとのトリオだった、崩れていたチームを再び元に戻す。今日はビーストマンも動揺しているが、明日からは激しい戦いになるだろう。今日の内にゼロ達の感覚が戻る事を祈り、私はゼロの支援と砦に向かってくる弓矢を迎撃する為に4本の剣を上空に向かって飛ばすのだった……。

 

 

 

 

 

 

初日の攻防戦は竜王国、そして帝国、王国の三ヶ国同盟に軍配が上がった。その理由はカワサキの料理によるバフもあるが、何よりも帝国の騎士と王国の兵士の参戦によって戦力の増加。そして遊撃として砦の外に出たコキュートスとパンドラズ・アクター……そしてゼロ達の動きの良さが関係しており、普段は日付が変わるまで続く戦いはビーストマンが餌ではなく、敵として認識した事で日付が変わる前に大部隊は撤退し、残った僅かなビーストマンの掃討に変わっていた。

 

「よいしょっと」

 

俺はまた竜王国の城の前で鍋や薪を用意して料理の準備をしていた。モモンガさんから第一夜の攻防は聞いたが、俺のバフが思った以上に効果を発揮したらしく、ビーストマンと互角に戦えたらしい。

 

「起きる頃には準備しておきたいな」

 

今は夜の戦いでの疲労抜きの為に全ての国の兵士はテントで眠りについている。起きるのは恐らく昼前、それにあわせて料理を仕上げたい所だ。

 

「カワサキさーーん。今度は何を作りますかぁ?」

 

「うーん、まだ考えている段階なんだ、もう少し待ってくれるか?」

 

エプロンと三角巾を装備してやる気に溢れているエントマの頭を撫でて、何を作るかと言う事を考える。本当ならば肉料理ッ!と行きたい所だが、ビーストマンのせいで竜王国の人間は肉料理を受け付けない。帝国の騎士や王国の兵士は肉料理を食べれるだろうが……料理を別にすると竜王国の兵士が自分達だけ別のメニューかと言い出したら困る。

 

(……煮物でいくか)

 

とりあえずもう少しはスープや煮物、後は精進料理などで様子を見よう。肉料理が大丈夫そうに見えたら、そこでボリュームのある料理にしようか……

 

「あの、カワサキ様。少しお時間よろしいでしょうか?」

 

「うん?クライムか、良いぞ。ちょっと待ってくれ」

 

どんな料理を作るかも決めてないので、もう少し考える時間が欲しいと思ったのでクライムの頼みを聞く事にした。……だが、俺が後にその決断を後悔する事になるのだが……まぁ、それはそれと割り切らざるを得ないと思う。

 

「私がラナー姫様の護衛騎士なのはご存知ですよね?」

 

「おう。ガゼフさんから聞いてるよ」

 

俺は内心あの病んでるお姫様に護衛なんかいらないんじゃね?と思っているが、それは口にしない。

 

「それなのに今回竜王国の遠征に来てるのはおかしいと思いませんか?」

 

「……そりゃまあな」

 

あのお姫様らしからぬ行動だと思う、自分の手元においておく事を好みそうなタイプだから……。

 

「ラナー様は私の竜王国への遠征を反対しておりましたが、これは陛下からのご命令なのです」

 

ランポッサ国王が……か、なんだろうな、クライムの話を聞いた事を猛烈に後悔してきた。

 

「王国の貴族の大半が粛清された今、領主のいない領地が多くあります」

 

……やっべえ、これ凄い嫌な予感がしてきたぞ。絶対関わっちゃいけないタイプの話だった……。

 

「竜王国での遠征を無事におえ、戻り次第。私とガゼフ戦士長に一代限りですが、爵位の話が出ております」

 

……やばい奴だ、これ話の流れ見えてきた気がする……とんでもない地雷だ。

 

「……陛下がわ、私にラナー様をどう思うかと……わ、私はあのお方の騎士と言う立場で満足しておりますがッ!そ、その……」

 

口ごもるクライムの肩を掴む、なんでこんな色恋沙汰と関係の無い男にその相談をしたかは判らない。判らないが……相談された以上は力を貸してやりたくなるのが人間と言う物だ……。

 

「自分の心に従えば良い、大丈夫。どんな結末になっても、きっと後悔しないさ」

 

「か、カワサキ……様……はい、ありがとうございます。少し胸のつかえが取れたようです……」

 

とりあえず俺に相談した事がクライムの失敗だ、ろくな助言なんて出来ないからな。俺……とりあえず、自分がどう思っているのかそれが大事だと助言するとクライムは頭を下げて王国のテントへと引き返していった。

 

「今頃、王国で喜んでるだろうなあ」

 

身分の差が無くなれば、婚姻が出来る。今頃あの病んでるお姫様は計画通りとほくそ笑んでいるだろう……それか余計な事をしたと怒りを抱えているかのどちらかだ……。

 

「まぁ、俺には関係ないさ。うん、関係ない」

 

俺が悪いわけじゃないし、クライムとあの病んでるお姫様の幸福を祈るくらいはしよう。俺はそんな事を考えながら、調理場でやる気満々で待っているであろう、エントマの元へと踵を返すのだった……。

 

 

 

 

 

おまけ~デミウルゴス・コキュートス・セバスの会議

 

「さて、アインズ様とカワサキ様から命じられた強欲と無欲、そして流れ星の指輪の利用方法だが、やはり性質としては願いをかなえる……つまり人間の欲望が大きく関係していると私は考える」

 

「ふむ、欲望と言うのは言い方は少々あれですが、間違いではないでしょうね。デミウルゴス様」

 

「富名誉人間ノ欲ハ果テシナイ」

 

司会進行役のデミウルゴスの言葉に同意するセバスとコキュートス。デミウルゴスは眼鏡の位置を直しながらホワイトボードの前に立つ

 

「しかしですね、ナザリックに仕えることが出来ると言うことは人間にとってこの上ない名誉でしょう。そして財もアインズ様やカワサキ様からすればさして価値の無い物でも人間にとっては宝となる」

 

「ナザリック二仕エル事デ人間ノ欲ハ満タサレル」

 

「なるほど、態々流れ星の指輪を使うまでも無いと言うことですね」

 

「その通りです。最低でも3つの使用方法を考えろと言う事ですので、意見の交換はやはり必要なのですよ」

 

3つ……それは決して多い数ではないが人間の為の考えとなるとやはりナザリックのシモベには難しい話題であった。

 

「候補としてメモだけはしておきますが、この程度の内容。パンドラやアルベドも考え付く事でしょう」

 

富・名誉とホワイトボードに記入こそしたが、デミウルゴスは勿論その内容で満足している訳が無い。

 

「フム……大規模ナ奇跡ガ良イノダロウ」

 

「そうだね、荒廃している大地を豊穣に満たすや、雨乞いはそうでもないが、人間の手では出来ない大規模な工事に使うのがいいかもしれないね」

 

「ではカルネ村ですね」

 

ホワイトボードに即座にカルネ村、実験の文字が書かれる。既にカルネ村はナザリックの領土扱いなので、そこに躊躇いはない。

 

「ゼンベル達ガ村ニ大地ガ欲シイト言ッテイタ。米ヲ作リタイソウダ」

 

「カルネ村での稲作も試験的に始めていますが、データは欲しいですね。それも候補に上げましょう」

 

リザードマンの集落に稲作に適した土地を作る。

 

「奇跡が可能ならば、若返り、そしてレベルUPも可能でしょうね」

 

「ふむ、カイレやカルネ村のリイジーを若返らせるのは利益がありそうだね」

 

年老いて得た知識は膨大だが、寿命が立ち塞がる。異形種として転生させるのもありだが、それで知識を失っては意味が無い。人間のまま、全盛期の姿に若返らせるのは星に願いをで叶えるべき願いなのかもしれないとデミウルゴスは若返り実験の文字を新たに書き足す。

 

「しかしレベルアップは急激な力の上昇による慢心や肉体の破損が心配ですね」

 

「いやいや、その心配は無いよセバス」

 

「なにか妙案でもあるのですか?」

 

「勿論だとも、カワサキ様がお救いになられたレイナースと言う帝国の騎士ですが、呪いの解除によってレベルが下がっています」

 

デミウルゴスの言葉にコキュートスは何を言おうとしているのか理解した。

 

「戦闘経験ニ身体ガ付イテイカナイノカ」

 

「その通り、戦闘経験があっても能力が届かない、それならばその能力を補ってあげればいいのですよ」

 

そしてレイナースの知らない所でレイナースがデミウルゴス達の流れ星の指輪の実験体になる事が決定しているのだった……。

 

メニュー83 筑前煮へ続く

 

 

 




クライムとガゼフの平民からの脱出と、少しだけゼロ達の話を書きました。今回はビーストマン達の認識が変わるという感じの話にするつもりだったので、今回は戦闘シーンも短めですが、次の攻防戦はもっと細かく戦闘シーンを書いていこうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。

やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……

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