下拵え 暗躍
パンドラズ・アクター、そしてナーベラルを連れて竜王国の城の中に足を踏み入れる。その中は予想通り慌しい騒ぎとなっていた、ゼロ達が帰還する場所はグリーンセーフハウスではなく、竜王国の謁見の間に設定してあった。堂々と街中を歩くわけには行かず、そしてもしビーストマンの君主が来た時の事を考えての事だ。
「アインズ殿、ゼロ殿達がビーストマンの王を連れて戻ってきました」
「なるほど、よくやってくれた訳ですね」
正直ゼロ達の任務の難易度は凄まじい物だったはずだ。それを無事にやり遂げたゼロ達には正直脱帽する、本音を言うとデミウルゴス達でも大丈夫と思っていたが、攻撃的な言動で対立を深めても困ると思っていた。
「アインズか、良く来てくれた。こちらがビーストマンの王」
「リュクと申します。此度は貴重な体験をさせていただき感謝します」
ゼロ達はいないか、まぁ、当然と言えば当然だがこれは要は王同士の話し合い、俺も正直場違いだがデミウルゴスを連れての話し合いでこの場にいることになってしまっているのでいない訳にも行かないのだ。
「今リュク殿から話を聞いていたが、やはり最悪の予想通りだったわけじゃ」
「私は何度も親書を送っておりましたし、私の国のビーストマンは既に人間を食べるのをやめ、動物を育てております」
「そうですか、出来れば当たっていて欲しくなかったのですがね」
出来るだけ沈鬱そうな声で返事を返す、だが俺にとってはこれは計算通り。シャドウデーモン達を使い、ある程度の情報を集めていたので決して計算違いではない。
「これは私の部下であるモモンが発見したものです、どうぞお目通しをお願いします」
パンドラズ・アクター、そしてナーベから血塗れの封筒を3つ受け取り2人へと差し出す。
「……これは紛れも無く私が書いた親書ですね、モモンさんでしたね。これを持っていたビーストマンは?」
「正気ではありませんでしたので、この手で始末しました」
襲ってくる相手を無力化することも出来る。だがそうすれば竜王国の兵士、帝国、王国からの兵士にも不信に思われるので殺せと命じていた、リュクは血塗れの封筒を握り締め目を閉じて天井に視線を向ける。
「グルク、ゴーガ、トリテー、お前達が死んでしまった事が私は悲しい、だがそれ以上にお前達を操った者が憎い。お前達が好きと言った優しさでは何も守れぬ、救えぬのならば私は再び鬼となろうぞ」
それは誓いの儀式に似ていた。そしてそれと同時に牙や爪などが一切無い、穏やかなそうな風貌のリュクの姿が瞬きする間に鋭い牙と爪を持つビーストマンへとその姿を変えていた。
「驚かれたか、俺は草食と肉食のビーストマンの息子。その両方の性質を持つ者だ」
(なにそれ、めっちゃレアじゃんッ!?)
リュクは想像以上にレアな存在だった、肉食と草食動物が子を成しただけでも驚きなのに、その両方の性質を持つとか信じられないレア度を持つ生物だ。
「リュク殿はどうするおつもりか?」
「まずは操られている民を元に戻す、そしてそこからだ。ただ……全てが全て操られているとはいえぬ」
「そうじゃろうな、そして我が民もお主を決して許しはせんだろう」
「償っていく、俺達はそうするべきだ。信じられぬと思うが、どうか我が軍勢をこの戦いに参加させて欲しい」
戦いの中で、己の行動で身の潔白を証明するというリュク、ここまではリリオットの予知通り。後はここから俺達が手を加えて、理想の形に持って行こう。
「リュク殿、私はビーストマンの国の近くに部下を何人か配置しておりましたが、今馬車に襲いかかったスレインの兵士を捕らえたと連絡がありました」
「伝言か……まさかそれを使うものがいるとは驚きだ」
「中々に便利ですよ?」
伝言で滅びた国もあると言うが、それはそれこれはこれだ。
「私の配下に未来予知の生まれつきの異能を持つ者がいます、その者がスレインの人間が竜王国にいて先導している姿を見ております。ですので、こうするのはいかがですかな?」
ビーストマンの国が罪の意識で一歩引いてしまうのは困る、だからこそビーストマンも被害者だという形に持って行ってその上で改めて帝国と王国との同盟に竜王国とビーストマンを加える。スレイン法国を追詰める為の手札をみすみす逃すつもりは無い、追詰めて追詰めて、スレインの影にいる何かをもっと刺激する。
(その為の隠れ蓑だ、逃す物か)
木の葉を隠すなら森の中――俺達アインズ・ウール・ゴウンの名前だけを一人歩きさせ、目に見える障害は各国同盟にする。その為の1国を逃すと言う選択肢は俺の中に存在しないのだった……。
砦でのビーストマンと竜王国の攻防戦、その怒声と戦闘音を聞きながら私は薄暗い路地裏を歩いていたのだが、殺気を感じて足を止める。
「へえ、もう少し近づいてくれたらドスンっだったのにね」
「また私の邪魔をするか、クレマンティーヌ」
偉大なる祖国を捨てた愚かな裏切り者、血を分けたことすらも恥ずかしいと思える愚妹が私の前に立ち塞がる。
「邪魔って言うかさ、糞兄貴。自分が何をしてるか判ってるわけ?」
「神の命令に従っているのだ、凡俗な人間が理解する必要は無い」
「ふーん、人を殺すのが神様の命令なんだ。凄いね、人殺しが神の救いなんて凄いよ、本当に。」
挑発するような言葉を投げかけてくる、だがそれに怒りを見せるほど私は子供ではない。
「人間は増えすぎた適度に間引く必要がある」
「だから、モンスターを使うんだ。本当に神託なら、聖戦だとでも言えばぁ?」
本当ならそうする事が最も正しい選択なのだろう、だがそれでは国は潤わない。モンスターのせいにして、間引く人間からお布施を受け取る必要があるのだ。
「スレインだけが存続すれば、後はどうでもいい。スレインに住む人間だけが人間だ」
神の声も聞けぬ民は動物と大差ないと私は断言した。その言葉にクレマンティーヌは心底楽しそうに笑う。
「それでビーストマンも利用したんだ?」
「当たり前だ、人間との和解などをされては困るんだ」
新しいビーストマンの主君は人間との和解等を掲げ、本来のビーストマンを圧制するなど愚かとしか思えない。
「いいじゃない、時代が変わることの何が駄目なの?」
「ビーストマンは人を食う、そうでなければ困るんだよ」
竜王国から奉納される金は莫大だ、それなのに竜王国とビーストマンの和解なんてされてしまえば、スレイン法国の財政が危うくなる。
「ふーん、だからビーストマンを洗脳したんだ」
「洗脳?違う、本来の姿に戻したんだ」
神から賜った力を使えばそんな事は容易い、歪められた精神はビーストマンの矮小な精神では解除する事も出来ない。
「竜王国はビーストマンに蹂躙されればいい、スレインさえ無事なれば幾らでも人間は増えるのだから」
私の言葉にクレマンティーヌは顔を歪め、私を睨む、口は達者でも私に表立って逆らえないクレマンティーヌの子供の時からの必死の抵抗でやっぱりこの愚妹は何も変わっていないと確信した
「狂ってるね、だから私は国を出たんだよ」
「狂ってる?違うな。これが正しき神の教えなのだ。ここでお前を見つけたのもきっと神の思し召しだ」
裏切り者のクレマンティーヌを見つけろと命じられている、それは国の上位神官の多くがクレマンティーヌの肢体を求めているからだ。
「罪深いお前は神官によって浄化されるべきだ」
「はぁ?浄化って犯されろって事でしょ?死んでもごめんだね」
「ああ、お前は昔からそうだった」
折角私が浄化の為の段取りを整えてやったのに、神官を殴り倒し逃げてくるなんて家の恥だ。
「女の使い道などそれしかないだろう?顔はどうでも良いのだから」
「うっわ。最低、それで神の使徒とかよく言うね」
あーやだやだと笑うクレマンティーヌ、なぜこの状況でまだ笑っていられるのか、そこが不思議だった。だが逃げる事が出来ない恐怖で、少しでも私の神経を逆撫でしようとしているのだと解釈する。追詰められた人間は狂う、そんな光景は何度も見てきたからだ。
「神人の子を孕めるだけで女は幸福だと思え」
女は子を産めばいい、それ以外の価値は無い。顔もどうでもいい、身体さえ良ければ男は興奮するのだから。
「それで竜王国を襲わせてどうしたいのさ」
「竜の血を引く皇女は貴重だ、それを手にするのだ」
……なんだ、何かおかしいぞ……何がおかしいのか判らないが、何かおかしいと感じた。
「へえー、何あの皇女様を孕み袋にでもするつもり?」
「金を巻き上げ続ければそうせざるを得ないだろう」
おかしい、何故私はこんなにも会話を続けている?疑問は頭に浮かび続けるが、口は私の意思に反してクレマンティーヌの問いかけに饒舌に答えている
「あれだけ国民想いの人をねえ。酷いことを考えるね」
「女の利用価値はそれしかないからな、民を思うあの女だからこそ通用する手段だ」
「酷いねえ、本当に酷いよねえ……皆はどう思う?」
その言葉で頭の中を覆っていたぼんやりとした感覚が消え失せた。そして自分がどこにいるのかを認識した……全身に突き刺さる非難の視線。
「お前!何をした!」
「何をってただ質問しただけだけど?」
薄暗い路地裏にいたはずなのに、何故私は広場にいる。何故私は竜王国の民に囲まれている、何がなんだか判らなくなる。
「くっ!!」
だが嵌められた事は判った。もう手遅れだとは思うが、顔を隠し投げ付けられる石に晒されながら私は召喚したモンスターに捕まりその場を後にするのだった――逃げ帰る中、取り返しのつかない失態を犯した事だけは判っていた。
「悪かったな、クレマンティーヌ」
「ううん、全然いいよ。あの糞兄貴の悔しそうな顔ったらもう無いね」
「だが、これで布石は打った」
「あの糞みたいな国が滅ぶのが見れるのは楽しみだよ」
クアイエッセがスレイン法国の名前を出し、そして女性を軽視する発言を堂々と行った。これでクアイエッセが尻尾きりをされるのか、それとも関係ないと言い張るのか?スレイン法国の出方次第だが、完全に竜王国、そして帝国と王国をスレインは敵に回した。
「スレインを許すな!」
「なんだあの神官は!」
「女を何だと思っているのよ!」
モモンガとカワサキの計画通りスレインへのヘイトは高まっただろう。それにビーストマンの国の君主リュクの言葉で正気に戻ったビーストマンも少なからず存在する。これでデミウルゴスの計算通りに話は進んでいるといえるだろう、民衆を仲間に付け、そして竜王国とビーストマンの諍いも終わらせた。だがそれはこれからより激しいスレイン法国との戦いを意味するものなのだった……
メニュー89 鉄板焼き その1へ続く
凄い駆け足なのは認めますが、上手く話を纏めきれずこんな形にしてしまい申し訳ありません。それでも一生懸命考えた結果ではあると思っていただければ嬉しいです。強引だとは思いますが、これ以上の落とし所を見つけれずこんな形になり申し訳ありませんでした。
やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……
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間違っている
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間違っていない