生きたければ飯を食え   作:混沌の魔法使い

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メニュー89 鉄板焼き その1

メニュー89 鉄板焼き その1

 

クインティアの自爆によって竜王国を襲っていたビーストマンはスレイン法国に操られていたと言う話は1晩で竜王国全体に広がっていた。

 

「君主として私は貴方達に謝りたい、本当に申し訳なかった」

 

リュクが1人で竜王国に訪れていた事、そして1国の王が平民に頭を下げる。勿論それで全ての竜王国の民のビーストマンへの恨みが消えたわけではない、親族や子供を失った竜王国の民の心の傷は深いが、それがビーストマンではなく、スレイン法国の謀略となれば話は変る、女を蔑み孕み袋とまで言ったのだ。神官らしからぬ言葉に竜王国の民は怒っている、そしてビーストマンに対する憎悪も僅かに減ったのは俺としても非常に良かった。

 

「カワサキ殿、無理な頼みだと思うが承知していただけるだろうか?」

 

「大丈夫ですよ、お任せください。すぐにお伺いします」

 

ドラウディロンとリュクは城で話し合いの席をもうけていると言う、そこで料理をしてくれと頼まれては俺としては断る理由は無い。

 

「モモンガさん、上手く纏めてくるよ」

 

「はい、頼みましたよ」

 

モモンガさん、デミウルゴスが作り上げてくれたシナリオで竜王国とビーストマンは歩み寄るだろう、無論時間は掛かるだろうが……それでも友好の渡り口は出来たはずだ。後は俺が国のトップ同士を繋げる料理を作ろう、帝国と王国を繋げる事が出来たように……

 

「……めっちゃ気合入れてたんだけどなあ……」

 

「カワサキ、ちょっと気持ち切り替えよ?」

 

「ごめん無理、メンタル最低だわ」

 

ドラウディロンとリュクにもフルコースをつくろうとか、アレを作ろうとか色々考えていた。だけどドラウディロンの要求はまさかの焼肉……そう鉄板焼きである。

 

「……なんかさあ、やる気が空回りしている感じ」

 

「いや、それは仕方ないと思うよ?」

 

ビーストマンは余り凝った料理を食べるという習慣が無い、つまりフルコースとかは食べる習慣もないし、テーブルマナーも無いのだ。つまりそんな相手に凝った料理を出しても理解出来ない、まさかの文化の壁が立ち塞がったのだ。

 

「……とりあえず、はぁーー頑張るわ」

 

「うん、頑張って」

 

鉄板焼きとかだとあんまり下拵えとかする事無いんだよなあ……このやる気を何処に回すかと考えれば、鉄板焼きのパフォーマンスしかなく、俺はどんよりと深い溜め息を吐いて何を作るか考え始めるのだった。

 

(カワサキでも作りたくない料理とかあるんだなあ)

 

料理を作るときは何時でも笑顔のカワサキが酷く憂鬱そうな顔をしているのを見て、クレマンティーヌは意外と小さく呟いたのだった。

 

 

 

 

 

カワサキ殿に料理を頼む事になったが、それはやはりリュク殿との話し合いが大きい、スレインの神官に操られていたと言うことは既に竜王国中に広がっている。あの馬鹿な神官のお陰である程度はましとは言え、これからが大変になるじゃろう。

 

「カワサキ殿の料理は美味じゃからな、是非リュク殿もご堪能いただきたい」

 

「ええ、ありがとうございます」

 

問題はやはりビーストマンの味覚、カワサキ殿には余り凝った料理は駄目だからと、前に振舞ってくれた焼肉と言う料理にしてくれと頼んだが……あの沈鬱そうな顔を見る限りでは、やはり料理人としては手抜きと思うのかもしれぬ。

 

「大変お待たせしました、今準備が出来ましたのでどうぞ」

 

カワサキ殿に呼ばれ、奥の部屋に向かうと巨大な鉄板とその前に机と椅子が置かれていた。

 

「本日は鉄板焼きを振舞わせていただきます」

 

「目の前にあると言うことはここで料理を?」

 

「はい、鉄板焼きは作る過程も見て楽しんでいただきます。少々熱いかもしれませんがご了承願いします」

 

穏やかな笑みのカワサキにそう言われれば嫌だとも言えない。私とリュク殿は並んで席に座り、目の前で調理されるという初めての経験をすることにした。

 

「まずは前菜、お好みではないかもしれませんがお野菜から調理させていただきます」

 

まずは野菜と来たか、どんなものを作ってくれるのか期待しながらカワサキ殿の手元に視線を向ける。

 

「寒い季節に入ってくるタイミングですので、にんじん、だいこん、玉葱、しいたけ、アスパラガスなどを軽く炒めさせてもらいます」

 

瓶に入っている油を鉄板の上に垂らすと油が焼ける音と、それによって香りが部屋の中に広がる。

 

「肉類や麺類、それに魚などがお好みだとは思いますが、食事のバランスと言うものは大事です」

 

私とリュク殿に説明しながらもカワサキ殿の手は一瞬たりとも止まらない、瓶の様な物を回転させ、塩・胡椒を野菜の上に振りかけ、ヘラを使い丁寧に塩・胡椒と絡め、野菜を鮮やかな手並みでひっくり返す。

 

「凄い動きだね、こういうのは慣れているのですか?」

 

「鉄板焼きはパフォーマンスでもありますからね、目で見て楽しんでいただきたいと思っております。お待たせしました、冬野菜のソテーになります」

 

皿の上に盛り付けられた野菜とナイフとフォークが差し出される。見た感じただの野菜炒めなのに美味しそうに見えるから不思議じゃな。

 

「ん、美味しい。これは本当に炒めただけですよね?」

 

「勿論、ただし切り方、炒め方、火を通す時間。様々なものを計算し、そしてその上で提供させて頂いております」

 

それでさほど変わるとは思えないが……芋にフォークを刺して頬張る。

 

「ふっふ……美味い、ただ焼いただけなのにこうも変わるものなのか?」

 

「料理の魔法とでも言っておきましょうか。お気に召したのなら何よりです」

 

焼いているのに中までしっかり柔らかい、多分これは先に茹でていると思うんじゃが、茹でたものを焼いているのになぜ形が崩れないのか不思議でならない。

 

「ぱりぱりとしていて良いですね」

 

「大根とにんじんですね、そちらは食感を楽しんでいただく為にやや長めに焼いております」

 

パキっと小気味良い音を立てる野菜。その音でさえも料理を楽しむ一因になっておる、野菜はあくまで前菜と言うイメージじゃったが……これはこれで十分に美味な料理である。

 

「甘い、それに臭くも無い」

 

「したごしらえに時間を掛け、野菜の旨みを引き出す準備をしておりますから」

 

ただ単に焼いただけではない、焼くまでに準備を整えそしてその野菜の旨みを引き立てるように、丁寧に焼き、あるいは大きさや切り方も調整する。これには私もリュク殿も驚きを隠せなかったのと同時に、次はどんなものを食べさせてくれるの期待を隠す事が出来なかった。

 

「続きましては卵料理ですが、卵はお嫌いでしたか?」

 

「いえ、私はたまごは好きですよ」

 

「私もじゃ」

 

卵は中々に稀少じゃからどんな使い方をされても好きだと返事を返すとカワサキ殿は安堵した様子で鉄板に油を垂らす。

 

「そのお言葉で安心しました。では次の料理を始めさせていただきます」

 

鉄板の上に溶いた卵を流し入れ、ヘラで長方形に形を整える。だが本当に真っ直ぐな板なので卵が鉄板の上に広がっていってしまう。

 

「卵が少し勿体無いように見えるんだが……」

 

「ご安心ください、すぐに仕上げますので」

 

はみ出た分をヘラで切って、それの形を整えて卵の下の部分に集める。その形を見ても決して料理にはならない、そう思っていたのだが次の光景に私もリュク殿も驚きに目を見開いた。

 

「ふっ!」

 

カワサキ殿の短い気合と共に長方形に伸ばされた卵がヘラで押されて私とリュク殿の目の前まで押される。

 

「「ほう……」」

 

「お気に召していただけましたか?」

 

卵をただ鉄板の上に流しただけ……そう思っていたのだが、私達の前には見事に丸く丸められた卵が2つ並んでいた。

 

「こちらを食べやすいようにカットさせていただきます」

 

長方形の皿の上に丸められた卵が置かれ、包丁で食べやすい1口サイズへと軽やかに切り分けられる。

 

「どうぞ、卵焼きになります」

 

卵焼き、聞けば卵を焼いただけに思える、だがこんな風にされた卵を見るのは初めての事だった。

 

「少々お熱いのでお気をつけください」

 

フォークで卵を持ち上げると白い湯気がたっぷりと出て来る。確かにこれは熱そうだ、よく息を吹きかけて冷ましてから頬張る。

 

「んー美味いッ!」

 

「確かにこれは絶品です」

 

「お褒めに預かり光栄です」

 

卵を丸くこんな形に焼き上げるだけでも驚きなのに、この卵は焦げ1つ無く鮮やかな黄色だ。それにとても柔らかく、そして甘い。

 

「まるで上質な菓子を食べているようじゃ」

 

「卵料理と聞いて焼くだけと思っていましたが、こんなに柔らかく、そして甘いのは初めてです」

 

卵の歯触りはよく、そして僅かに塩辛いのに甘い。今まで味わった事の無い不思議な味、それに目の前で一気に形になったのも面白い。

 

「カワサキ殿よ、貴方はやはり素晴らしい料理人だ」

 

「ありがとうございます、そう言って頂けるだけで光栄でございます」

 

リュク殿に合わせ、シンプルな料理を頼んだが、見た目はシンプルでそして焼くだけといった調理だが、私の知らない料理の奥深さがそこには確かに存在していた。

 

「では1度こちらお口直しにどうぞ」

 

グラスに注がれるワインにやはり料理人だけあって酒を出すタイミングも心得ている、そう苦笑し差し出されたワイングラスに手を伸ばすのだった。

 

 

 

 

正直私は竜王国の民に石をぶつけられる覚悟で竜王国に来た。だが予想以上に愚かなスレインの神官がいてくれたお陰で僅かに同情の視線があり、確かに気持ちの整理は難しいだろうがそれでも戦争を回避出来た。それだけで私は救われた気持ちだ、ドラウディロン殿の温情に私は心より感謝した。そして竜王国の復興の為に尽力を尽くそう、それが操られていたとはいえ、竜王国を襲い続けた私達が購うべき罪だからだ。

 

「では次はそろそろ、少し腹に溜まる物を作りましょう」

 

それにカワサキ殿にも感謝している、正直私達ビーストマンには余り料理と言う概念が無い、精々焼くか煮るくらいだ。だから凝った料理ではなく、シンプルな料理でありながらも豪華な印象を受ける料理で国の代表同士の食事としての格式を崩さないように調理してくれる事には本当に感謝したい。

 

「ほう、それは魚かの?」

 

「はい、海の魚になります」

 

海の魚……陸地で海の魚を食べれるとは驚きだ。ドラウディロン殿も驚いているのが良く判る。

 

「その海の魚はどちらから?」

 

「旅をしていたので、その時に捕まえて保存をかけておいたのですよ、では調理させていただきます」

 

鉄板の上に油を引いて、その上に魚を乗せるカワサキ殿にふと疑問に思ったことを尋ねた。

 

「鉄板が汚れていないように思えるのだが……」

 

「ああ、これですか、一応マジックアイテムでしてね。詳しい所は判りませんが、魔力を通すと新品の状態に戻るのです」

 

なるほど、だから野菜を焼き、卵を焼いて、そのまま魚料理と続ける事が出来たのか、疑問が解決して納得する。

 

「こちらは生でも食べれるほどに新鮮なので軽くソテーさせて頂きます」

 

魚の上に塩・胡椒を振り、魚に焼き色が付いたらひっくり返し、その上にバターを乗せて蓋をする。

 

「よし、仕上げはこちらです」

 

蓋が開けられるとバターの香りが鼻をくすぐるのだが、黒いソースが掛けられバターの香りに香ばしい香りがプラスされる。

 

「鱈のソテーになります」

 

皿の上に丁寧に焼き上げられた香ばしい香りの魚の切り身がおかれる。川の魚とは身体の厚みがまるで違うなと驚かされる。

 

(良い香りだ)

 

食欲を誘う香りにナイフとフォークを手にして魚を切り分ける。正直見よう見まねなのでドラウディロンと比べると相当稚拙だが、それなりには形になっていると思う。

 

「柔らかいが、口の中に脂が広がって行くな」

 

「鱈と言う魚は柔らかく、そして脂の多い魚になりますからね」

 

カワサキ殿の解説を聞きながら私も魚の切り身を口に運ぶ、柔らかいの言葉の通り口の中に入れるだけで魚が溶ける様な食感が口の中に広がる。

 

(美味い)

 

余り肉や魚は好まないが、このたっぷりの脂、それでいて上質で口の中に残らない。こんな魚の味は初めて食べた。

 

「お気に召したでしょうか?」

 

「ああ、これはとても美味い物だ」

 

「さっぱりとしているのにとてもいい味ですね」

 

バターの風味に黒いソースの香り、バターの質がいいのもあると思うが、やはり魚がいいのだろう。雪のように白い身にうっすらと茶色の色と食欲をそそる香り、そして僅かに物足りないと思う量が実に丁度良い。

 

「魚ですので、この白ワインが合うと思います」

 

空のグラスが回収され新しいグラスに注がれる白ワイン、甘く葡萄の香りが強いそれを口に含む。確かに魚の味に良く合っていると思う、酒と料理の兼ね合いと言うのは初めての事だが、たぶん最初に注がれた赤ワインではこの魚の味を引き立てるということはなかったと思う。

 

「む?それは石か?」

 

「いいえ、これは鮑と言う貝の仲間ですね」

 

貝?聞いた事の無い生き物の名前に私もドラウディロン殿も首を傾げるがカワサキ殿は笑いながら調理を始める。

 

「おお、よく動くの」

 

「新鮮な証拠です」

 

油を敷かれた鉄板の上に鮑が置かれると、その熱で鮑が動き回る。とても動くようには思えないのに、とても良く動き回る。その動きに思わず目が引かれる。

 

「ある程度火が通りましたら酒を注いで、このように蒸し焼きにします」

 

酒が鮑の上にかけられ銅製の蓋で覆い隠される。蓋の下で蒸し焼きにされる高温の音が響き、思わず口の中に涎が溜まる。

 

(なるほど、これが耳でも楽しむという事か)

 

味覚だけではない、目で見て楽しみ、音と香りでも食事をするという意味が今初めて判った。

 

「蒸し上がったので、1度身と肝を切り分けます」

 

「肝を外すのですか?」

 

「ええ。貝の肝は苦いので好みが分かれますので、また異なる味付けが必要なのです」

 

なるほど、肝や内臓系はビーストマンの好む所ではありますが、貝ともなると動物とはまた違うと言うことなのかと驚いた。

 

「おお、凄いな」

 

焼かれた鮑が素晴らしい包丁捌きで食べやすいサイズに切り分けられ、白ワインとバターで作られたソースが掛けられた上で元の入っていた殻の中に戻された。

 

「肝は好みが分かれますので苦手でしたら、残してください」

 

別の味付けがされた肝が小さな小皿で差し出される。作られた料理を残されるのは料理人として不快のはずだが、口に合わなければ残してくれても構わないと言う言葉に驚いた。

 

(カワサキ殿にとっては美味しく食べてもらう事か)

 

カワサキ殿の事を観察しながらフォークで鮑のステーキとやらを口に運んだ。

 

「これは美味しい。肉とはまた違いますが絶品です」

 

「うむ、これは美味じゃな」

 

「お喜びいただき私も嬉しいです」

 

コリコリとした独特の食感、固さとやわらかさの両立。そしてワインの香りがしっかりと染みこんでいる、それにバターの香ばしい香りも鮑の味を一段階いい物にしてくれている。食べたことの無い味だが、本当に美味しいということは良く判る。

 

「肝もほろ苦くて美味いものじゃよ?」

 

ドラウディロン殿に言われて少し怖いと思ったが、口に運んで驚いた。確かに苦くはある、だがその苦さとは別の芳醇な香りが口一杯に広がる。

 

「カワサキ殿、とても美味しいですよ」

 

「ありがとうございます。そう言って頂けると私としても作った甲斐があると言うものです」

 

本当に穏やかに微笑むカワサキ殿、それは自分の仕事に誇りを持つ者が浮かべる自信に満ちた笑みであり、カワサキ殿が本当に自分の仕事に誇りを持ち、そして料理を振る舞い美味しいと言われる事を心から喜んでいると言うことが実に良く判る。

 

「野菜、卵焼き、海鮮と来ましたから次は肉にしましょう」

 

ついに肉料理が出てくる、今までの料理も絶品だったから今度も美味しいに決まっている。次にどんな料理が出てくるのか、私もそうだが、隣の席で目を輝かせているドラウディロン殿も一国の代表であると言う己を忘れ、ただ美味しい食事を待つものとして心が浮き足立つのを感じているのだった……

 

 

メニュー90 鉄板焼き その2

 

 

 




今回はリクエストではない私の話に成ります、ここから食事回のみでシナリオストップなのでその前に前々から書きたいと思っていたものを入れておきたいと思ったので、ここで話を入れさせてもらいました。鉄板焼きと言うか、鉄板を使う料理は暫く続けていこうと思いますので、リクエストの方は少しの間お待ちいただきたいと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。

やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……

  • 間違っている
  • 間違っていない

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