メニュー92 酒宴 その3
焼き鳥と枝豆と言う定番の酒のつまみ。それは俺にとっては普通の品であったが、やはりこの世界ではものめずらしさが勝っていたようだ。まぁそれ自体は予想は付いていたし、酒も飲むから酔いも回ってくるって事も判っていた。
「……焼いただけなのに、こんなにも美味い」
「ひっく、いやあー。カワサキが酒を飲むって言ってたのを断らなくて……ひっく……正解だな」
「もぐもぐもぐもぐ」
「……ぐごおお……」
なんだこれ、地獄絵図か……?初めて酒を飲んだ学生でもこんなに酷くないぞ……?日本酒か?日本酒が悪かったのか……?
「全滅じゃないですか、なにしてるんですか」
「……一応言っておくけど、それビール瓶だからな?」
口調は冷静だがモモンガさんも完全に酔っている。ビール瓶を俺とか思っているとか酔いすぎだろ?
「カワサキ殿、この牛肉……美味しいですな」
「ああ、普段使う肉とは違うけど……この固さが良い」
ステーキに使う場合は柔らかさと脂の乗りを重視する。だが、牛串となると柔らかいと串から外れてしまう。そうなると固めの肉で濃い目の塩と遠火で焼く事で肉を固く仕上げた方が美味い。
「俺はこの甘いの!いやあ、酒に良く合う!!おーいナザミー?」
「ごああああ……」
「あっはははは!寝てるよ!ははははッ!!!あっははははッ!」
笑い上戸なのかバジウッドさんは寝ているナザミさんの頬を引っ張って爆笑している。酔うと人間性格出るよなあと思いながら俺も甘辛いタレの豚串を手に取る。
(……うん、良く考えられてる)
豚肉だけではない、肉と言うのは総じて火の通りが短いと当たる危険性が高まる。だが焼きすぎれば脂が抜けてしまうし、焦げ付いてもしまう。その事を考慮してシホは1度軽く茹でてから串に刺すと言う事をしている。茹でて脂が抜け落ちた分は茹でるお湯に工夫をしているのだろう、脂は確かに抜け落ちている。だがそれを上回る旨みが追加されている。
(出汁の素はないから……乾燥させた茸を粉末にしたか?うーん……判らん)
リアルでは良くやっていた調理の1つだが、リアルの時は和風出汁の素や、粉末コンソメや鶏出汁の素を使い味を付与していた。だがこれはその3つには当て嵌まらない……。
(当たり前だけど、シホも成長しているってことか)
元々シホは俺が苦手なデザート系を補える相手と言う事で考えたNPCだ。だから純粋な料理の技能は俺には一歩届かないという風に設定したとぺロロンチーノとタブラ・スマラグディナと言っていたが、普通の料理でもうかうかしてられなくなってきたな。
「失礼します。つまみが足りなくなると思いまして……」
大皿に置かれた丸い揚げ物を見て驚いているとシホが小さく笑った。
「カワサキ様がお好きでしたよね?」
「……あ、ああ。そうだな、ありがとう。シホ」
「お口に合えば良いのですが、それでは失礼します」
揚げたてなのか今も音を立てる揚げ物……ハムカツに小さく笑う。リアルではハムでさえも肉としては貴重だった。それを薄く、うすーく切って揚げて食べていた。それは数週間に1度かそこらの自分へのご褒美だった……これは厚く切られているが、それでも中には薄い物もある。
「む?カワサキ殿、それは何ですか?」
「俺の好物だよ。ガーランドさん達もどうぞ」
焼き鳥は確かに酒に合う。だがハムカツにはビールが合う、日本酒を飲み干してグラスにビールを注いだ。
「アインズさんもどうぞ。美味しいですよ」
「はいはーい、いただきますよ~」
口調まで崩壊し始めたなと苦笑し小皿にソースを入れて寝ているナザミさんを除いた全員に配る。
「黒いなあ!大丈夫か!」
「……匂いは悪いものではないですね」
「揚げ物にはソースだよ、特にハムカツにはな」
厚切りではなく薄切りのハムカツを箸で摘んで持ち上げるとガゼフさん達が不思議そうな顔をする。
「もっと厚いこちらの方がいいのでは?」
「いや、良いんだ。最初はこれが良い」
厚切りのハムカツは恐らく中にチーズや何かを挟んでいるのだろう、そうでなければあの厚さにする理由は無い。だからこそ、俺は最初にこの薄切りのハムカツをたっぷりのソースで食べたかった。
「え?そんなにべったりつけるんですか?」
「人それぞれだよ、俺はこうやって食べるのがすきなんだよ」
裏表にたっぷりとソースをつけて齧りつく、ザクリと言う衣を噛み切る音とハムのチープな味。それは決して高級品と言うわけでも無く、今の芳醇な食材がある以上贅沢な品でもない、それなのにとんでもない美味に思える。
「ふっはあ……美味い」
冷たいビールを流し込み心からそう思う、高級な品でも、珍しい料理でもない。本当に美味いと思うのはやはり、自分の心に深く刻まれた料理なのだと改めて思うのだった……。
シホさんからの追加のおつまみに私は歓喜した。山盛りの揚げたカツ、生憎私の大好物であるシュニッツェルではないが、これも本当に美味しそうである。
「これは?」
「カツですよ、ハムカツ。ゼロ達が好きな肉とは違いますが、これも実に美味しいのです」
ゼロ達はステーキなどを好んでいるそうですが、これはこれで味がある。薄切りと厚切りの物があるので躊躇う事無く厚切りに箸を伸ばしてソースを少しだけつけて齧りつく。
「ん、んん~これは良いッ!!」
噛み千切った部分から溶けたチーズが零れていく、チーズの塩辛さとなめらかな味わいがハムカツを更に1段階上の次元にあげていると思う。
「あっつ……むう」
熱いのが苦手なコキュートス様は呻いているが、この熱さがハムカツのよさなのだ。特にチーズが挟まれているので、熱くないとチーズが固まってしまう。そうなると固くなってしまうので熱い状態が長続きする方が良いのだ。
「へえ、肉を揚げた物かぁ……ぺシュリアンの言っていたからあげだっけ?それの仲間かな?」
「似たような物だとは思う」
ぺシュリアン達は見たこともない料理と言う事で若干の警戒の色がある。だけど不味い訳が無いと思ったのかゆっくりとハムカツに齧りついた。
「あっつう!?」
「む?薄い方はそうでもないぞ?」
「欲張るからだな、だがこれは良い」
厚切りのハムカツに齧りつき、溶けたチーズに目を白黒させているマルムヴィストとその隣でハムカツを齧っているゼロとぺシュリアンを見ながらビールを口に運ぶ、カツの味わいに満ちた口の中が冷たいビールと炭酸の弾ける喉越しで口の中がさっぱりする。
「美味いな、パンドラズ・アクター」
「そうですなあ、こんな贅沢をしていい物かと思いますよ」
この酒宴は私達の働きに応じての褒美と聞いていますが、それでもまだ何もかも解決した訳ではないのにこんなことをしていいのかと思わないわけでもない。
「働きすぎでは頭も動かないと言うことだろう。全てはこれからだ」
「ですな。これからもっと忙しくなるでしょうね」
スレインの馬鹿が自爆してくれたお陰で、竜王国とビーストマンの国の対立は想像よりも悪くない。勿論全ての竜王国の人間が納得している訳ではないですが、それでも怒りの方向がスレイン法国に向いているのは幸いと言えるだろう。
「ゼロ達もこれからもっと忙しくなる」
「……はい、判っています」
当面は竜王国の建て直しとビーストマンの国との和平やそれに伴う取り決め。そして竜王国を監視しているであろうスレイン法国との特殊部隊との戦いも想定される。
(……そろそろ本格的に動いてくるでしょうな)
竜王国とビーストマンを争わせて得ていた金が無くなり、芽生えていたスレイン法国への不信も今回の事で完全に花が開いたと言っても良いだろう。モモンガ様とカワサキ様の計画通り、このままドワーフの国も同盟に加え、そしてアゼルリシア山脈にあるかつての帝国と王国の跡地を調べるという計画も確実に妨害が入るだろう。
(厳しくなりますな)
グラスに半分ほど残っていたビールを一息に飲み干しながら、ゼロ達に視線を向ける。楽しそうに酒を飲みながら料理を口にしている。それは平和や日常と言う言葉を連想させる光景だ。だがそれも正直何時まで続くか判らないと言うのが辛い。
(しかし本当に気になりますね)
ツアー殿の認識を変える事が出来るのならば、もっと大規模なことも出来たでしょう。それに本人が気付けば意味が無くなる認識阻害や意識改変……それはとても大規模で、モモンガ様ならば不可能ではないとも思いますが、この世界では奇跡に近い諸行と言っても良いでしょう。
(一体何の目的で……)
気付かれれば意味のない魔法に、僅かな対立を煽ることに何の意味があるのか……気付かれる前提なのか、それとも気付かれないと本気で思っているのか……いや、このずさんとも言える体制は気付かれることが前提の作戦とは思えない。
(しかし……うーん、判りませんな)
スレイン法国の影にいる存在は人類が協力し合う事を面白くないと思っているはず、それなのに帝国と王国に直接的な攻撃はしていない。そして自分達の暗躍がばれたのに表立って動かない、正直私ならばばれた段階で襲撃を仕掛ける。ビーストマンに襲われているのだ、滅ぼしてしまいビーストマンの責任にすれば自分達には繋がらないからだ。
「判りませんなあ」
「どうかしたか?」
「ああ、いえなんでもないのです。独り言ですよ、ただのね。ささ、コキュートス様もどうぞ」
コキュートス様の空のグラスにビールを注ぎながら笑みを浮かべる。不可解なこともある、気になることもある。だがそれは竜王国に滞在しては判らないことでもある。
(何かアプローチがあればいいんですがね)
ガイウスと言う新しいスレイン法国の事を知る男が増えたが、それとは別に実働班の何をしてもモモンガ様やカワサキ様が心を痛めない、使い捨てても良い人間が現れないかと思う、確かに無闇に人を殺すつもりはないが、必要ならばデミウルゴスやアルベドよりも冷酷になれる。それがパンドラズ・アクターだ。すべてはモモンガのため、その想いに一部の迷いも揺らぎもパンドラズ・アクターには存在していないのだから……。
酔い潰れたナーベラル様と夕ご飯を食べて寝ると言って部屋に戻ってしまったエントマ様とシズ様を見送り、私はクレマンティーヌと共にカクテルを口にしていた。
「神人って事ばれなくて良かったね」
「……そうね。まさかあんな下種な事をしているなんて思わなかったわ」
女を孕み袋と断言したスレインの男には殺意しか抱かない。生きている人間を何だと思っていると目の前にいたら怒鳴りたい気分だ。
「リリオットも逃げてきたのって」
「そ、まぁリリオットの場合って凄いタレント持ちだから同じタレント持ちを宛がわれるって話だったけどね」
でもデブで歳が2回りも離れてる禿は無いと思うよと小さく笑うクレマンティーヌ。スレイン法国は豊かな国と聞いていたけど、やっぱりそれも情報操作の1つだったのかもしれないと思った。
「あーやだやだ、飲も飲も」
「ええ、そうしましょう」
スレインはやっぱり滅ぶべきだと思う、シホ様が運んで来てくれたハムカツを小さく切って口に運びながら心からそう思う。
「神人って結構居るの?」
「男が多いけどね、特殊待遇でまぁあれだよ。自分が気に入ったら司祭に言えば妻だろうが、未亡人だろうが、子供だろうが宛がわれる」
「……死ねばいいのにね」
「ほんとだよね。あとね、穢れ人とか言って人権の低い女は性欲処理くらいに使われてる。ま、私は逃げたけどね」
クレマンティーヌがズーラーノーンと繋がりがあったっていうのは聞いたけど、たぶん幼い時の苦しい生活や苦労が彼女をそう言う道に進めたのだと思う。
「正直さ、スレイン法国は糞みたいにしか思ってないけど、今は結構良かったかなとか思ってる」
「カワサキ様に会えたから?」
「……ん、そうだと思う。本当に堕ちる一歩手前でカワサキに会えたからね、こうして踏みとどまれたんだと思うよ」
クレマンティーヌは凄い二面性がある。料理を配膳して笑っているのも間違いなく彼女だけど、狂気的に人を傷付けるのも彼女だ。それを僅かに人に戻したのは間違いなくカワサキ様だろう。
「カワサキ様って凄いのよね」
「本当に……カワサキは凄いよ」
料理だけで人を笑顔にする。それは人を苦しめるよりもよっぽど難しいし、大変なことだ。それなのにカワサキ様は決して嫌な顔をせず、美味しいと喜んでいる姿を見て、それを自分の事のように喜べる。そんなとても優しい神様だ。
「クレマンティーヌは自分の神様を見つけたんですね」
私の言葉にクレマンティーヌは飲んでいたグラスを机の上に戻した。その顔は見たことの無い程に穏やかでそして緩んだ顔をしていた。
「……うん、そうだね。私は神様なんか信じてないけど……カワサキはうん、きっと私の神様なんだ」
悪鬼に落ちる前にクレマンティーヌを拾い上げたのはカワサキ様だ。カワサキ様が否定しても、誰が否定してもそれは変わらない、クレマンティーヌにとってカワサキ様は闇に飲まれる前の自分を救いあげてくれたただ1人の神様なのだ。
(……あながち嘘じゃないのかもしれないわね)
ログハウスで聞いたクレマンティーヌがカワサキ様に懸想と言う話はあながち間違いではない。でもそれはきっとクレマンティーヌ本人が気付いていないだけで、自分で気付くべき事なのだと思う。
「なんでそんなに微笑ましい顔をしてるわけ?」
「気のせいですよ、ただそうですね。物凄く辛い料理が食べたいかなと」
嘘ォっと顔を歪めるクレマンティーヌだけど、これは私の本心だ。こんなに甘酸っぱい空気をしているクレマンティーヌを見ていると辛い物が食べたくなっても仕方ないと思う。ただ素敵な恋をしているクレマンティーヌが少し羨ましいと思ったのもまた本当の事だ。
(私も良い出会いがあるといいな)
ゼロ達は気の良い友人だが、そこまでである。どこかに私と似たような味覚の良い男が居ないかなと私は思いながら、チーズが挟まれているハムカツを口に運ぶのだった……。
メニュー93 お茶漬けへ続く
酒宴は3つの話になりましたが、全体的に和やかな雰囲気で進めることが出来たと思います。次回は「シャトレーゼ」様のリクエストでふりかけとお茶漬けの話にしたいと思います。酒を飲んだ日の次の日ですからね、お茶漬けが欲しくなると思いますので、それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。
やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……
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間違っている
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間違っていない