メニュー94 お子様ランチ
お子様ランチと言うと子供と言う印象があるが、実はそうではない。何故ならば色んな料理を食べれるというのもあるが、何よりも子供の時の両親との外食を思いだすのか大人も結構頼む人が多かったと俺は記憶している。
「ピーマンはくし切りにして、玉葱は薄切り」
お子様ランチと言えば「オムライス」「ナポリタン」「エビフライ」「ハンバーグ」「唐揚げ」「フライドポテト」「サラダ」の6種類が俺のお子様ランチの定番の盛り合わせだ。少し多い気がするが、子供相手ならば小さめ、大人なら多目と作り分けることも出来るし、ナポリタンはすぐ作れ、唐揚げやエビフライは衣さえつけておけば後は揚げるだけと店をオープンした当初は安い人気メニューだった。
「……途中で苦しくなったからなあ」
富裕層から貧民層に落ちた後はお子様ランチを作るのは難しくなった。だから作る事は滅多に無かったが、こうして作る機会があると思うと思わず笑ってしまう。そんな事を考えながらパスタを茹で機の中にいれ鍋の中に沈めて茹で始める、保存で状態を維持出来るのが本当にありがたい。作る順番にそこまで気を使わなくていいからだ。
「よっと」
パスタを茹で始めると同時にオリーブオイルとバターで玉葱とピーマンを炒める。
「塩、胡椒」
玉葱がしんなりしてきたら塩胡椒で軽く下味をつけて皿の上に退かす。そして野菜を炒めたフライパンにケチャップ、牛乳、ウスターソース、砂糖を加えて中火で炒める。ケチャップと砂糖でかなり焦げやすくなっているので焦がさないように混ぜ続ける。
「うっし、OK」
ふつふつと煮立ってきて、ケチャップの赤が鮮やかになったタイミングで最初に炒めておいた野菜を加え、ソースと絡めながら片手を伸ばし、茹で機を持ち上げて片手で湯切りをしてフライパンの中に入れる。
「完璧だな」
見なくても完璧に湯切れている。作って無くてもこういう時の感覚が変わることは無いなと思いながら、茹で汁を加えてソースを伸ばしながらパスタと絡め合わせる。
「……うん、OK」
ケチャップを炒めて水気を飛ばしているのでべちゃべちゃしていない、パスタも炒める事で丁度いい塩梅だ。それを確認したら保存で温度を維持して、ドラウディロン皇女専用の厨房を見渡す。
「やっぱり結構しっかりしているんだよな。これとかさ」
電子レンジとかは無いが、それでも現代のキッチンと比べてもそう大差は無い。やっぱり俺達の他にいたプレイヤーが色々と現地の人間に物を教えていたんだろうなと思いながら、ボウルの中に薄力粉と卵を割りいれて、最後に牛乳を加えてよく混ぜ合わせバッター液を作る。
「海老の下拵えをしている間にっと」
ゆで卵を作る為に鍋の中に卵を入れて火に掛けてから、海老の下拵えを始める。胴体の殻と脚を取り外して頭と尻尾だけを残す、食べやすさを考えるなら頭を外すべきだが見た時の事を考えると頭を残しておいたほうがいい。
「玉葱もみじん切りにしてっと」
竹串で背綿を取り除いたら今度は玉葱をみじん切りにして水に晒す。下拵えをしている間に卵が茹で上がったので殻を剥いてフォークで荒く潰したらマヨネーズと水で晒した玉葱の水気をしっかりと切って混ぜ合わせタルタルソースを仕上げる。
「ついでにフライドポテトと唐揚げの準備もするか」
じゃがいもの皮を剥いて細切りにし、片栗粉と塩、荒引き黒胡椒、そして隠し味に白胡椒を混ぜあわせ袋の中に入れたら、その中にじゃがいもも入れて、封をしっかりと握り締め粉を振る。こうする事でじゃがいも全体に揚げ粉が付くのだ、味の薄い部分のあるフライドポテトとかは正直食べてて悲しくなるしな。
「うっし、さーてちゃっちゃっと行くかぁ」
1品1品に掛かる時間はそう長くは無い、だが作る種類が多いとやはり調理の過程も変わってくる。2人をあまり待たせるわけにはいかないと思い、俺はすぐに鶏腿肉に手を伸ばし1口サイズに切り分け、唐揚げの準備を始めるのだった……。
厨房からいい匂いがしてきて思わずそわそわしているとドラウディロン殿が苦笑した。
「匂いがするかの?」
「……ええ。とても良い匂いです」
ビーストマンの嗅覚だから離れていてもカワサキ殿の料理の香りを拾ってしまい酷く落ち着かない。会議も半分でそわそわしているとカワサキ殿が部屋の中に入ってきた。
「おお、待っていたぞ!」
「大変お待たせしました」
穏やかに笑い金属製の蓋で覆われた大皿が私の目の前に置かれた。
「開けてはくれぬのか?」
「ご自分で開けるという楽しみがあるでしょう?」
そう笑いデザートの準備がありますのでと引き返していくカワサキ殿の姿を見送り、蓋に手を伸ばすのは殆ど同時だったと思う。
「おお……」
「これは凄い」
卵で包まれた楕円形の飯と、1口サイズの肉の塊が5つ。それに薄いが肉らしい香りを放つ茶色いソースの掛けられた肉、そして赤いパスタに頭が付いたままの虫?のような何かが3つとサラダに揚げられた芋。1つ1つは決して派手ではない、だが目を奪われる何かが確かにあった。
「これか、お子様ランチ」
「お子様と言う割にはボリュームがありますね」
「うむ、私達に合わせてくれたのだろう。しかし実に美味そうだ」
スプーンとフォークとナイフが添えられているが、スプーンは恐らく飯に使う。ナイフとフォークは他の料理に使うのだろうと思い、まずナイフとフォークを手にする。
(どれにするか……やはりこれだな)
茶色いソースの掛けられた肉をナイフとフォークで切り分ける。潰した肉に何かを混ぜ合わせて形を整えているのか、全く力を入れずに切れたそれを口に運ぶ。
「……ッ」
「美味い……」
口一杯に広がる肉の味と脂、そして肉本体に掛けられているソースの信じられない旨みが口の中一杯に広がる。
「とても上質な肉にしか思えませんね」
「うむ、全く持ってその通り」
上質な肉は食べると口の中で溶けるような食感を与えてくれるが、これもそれに良く似た味わいを与えてくれる。
(……本当に凄い)
フォークで軽く押すと肉汁が溢れ出し、それが皿の中に満ちていく……肉と比べると非常に柔らかく、食べ応えは少し物足りないが肉の味を味わうと考えればこれは至高の味だった。
「ん、んーこれも美味い」
小さな塊を食べているドラウディロン殿を見て、私もそれを口に運び思わず唸った。ぱりっとした衣と歯を跳ね返す鳥の弾力、そして肉の中にまで染みている濃い味。
「絶品だ。これは良い」
「1口サイズと言うのがまた良い」
つい食べ過ぎてしまいそうだと笑う、これほどの味で1口サイズと言うのはどうしてもフォークがそちらに向いてしまう。だが全部食べきっては切なくなるのでそれを我慢して、少し怖いと思っていた虫みたいな物の頭部をナイフで切り落とし、中を見て驚いた。鮮やかな赤と白の身が見えていた。
「おいしい……いや、これ美味しい」
「信じられん」
虫みたいな姿をしているが、肉厚でぷりっとした食感が実に良い。1尾をあっという間に食べ終えた所で気づいた、添えてある小さな皿にある黄色いソース。これが多分これにつけるソースなのだと思い、フォークで掬って塗りつけて頬張る。
「卵のソースが味をより良いものにしている……美味すぎる」
「卵のソースなんて贅沢な品と言うのもあるが、実に美味い」
単品でも美味かったが、この卵のソースをつけるとその旨みは何倍にも跳ね上がった。たった1つの調味料でここまで味が変わるなんてと驚きながら、見た事も、味わったことも無い美食を心から私は楽しむのだった。
肉を潰して丸く形を整えた物、鶏肉を小さく切り分けて揚げたもの、そして見た目は不気味だが味はぴか一の虫みたいな物、そのどれもが美味かった。
(むう、これも美味い)
野菜を盛り付けてソースを掛けただけのサラダ。だが口の中がさっぱりとして食欲が沸いてくる味だ、少し酸味が強いのも余計にそう思わせる。
「綺麗だな、これを崩すのは少し心苦しい」
「と言いつつ、思いっきりスプーンを挿しているではないか」
ははと苦笑するリュク殿に遅れて私もスプーンを黄色い楕円形の物に挿して、崩し過ぎないように気をつけて丁寧に持ち上げる。
(なんと鮮やかな)
紅い米に半熟の卵の黄色が絡み、何とも言えない鮮やかな色合いを見せている。
「あむ」
言葉も無いとは正にこのことだと思う、トマトの味が最初に口の中に広がり、次にその酸味を覆い隠すような卵のまろやかな味が口の中に広がる。
「美味しい、本当にそれしか言えないな」
「うむ、本当じゃな」
とにかく美味しい、飾り立てた言葉も何も出てこない。ただただ美味い、そして食べているはずなのにどんどん腹が減るという奇妙な感覚を感じながら、パスタにフォークを伸ばす。
「似たような味と思ったんじゃが、全然違う」
「本当ですね」
味付けが違うのか同じ赤色でもパスタの味はもっと奥深くて、そしてもっちりとしたパスタの食感もまた良い。
「野菜だけと言うのが逆にいいですね」
「ああ、この肉とかが食べたくなる」
パスタには野菜しか入っておらず、一見物足りなさを感じさせるが肉や揚げ物を食べたくなるのでこれでバランスが取れている事が良く判る。
「この芋も美味い」
「うん、揚げてあるだけなのにね」
揚げてあるだけでもこんなにも美味い。こういう料理ならば、私達でも振舞える気がしてくるな。
「今回の料理はもしかすると私達の覚えるべき料理と言うことでは?」
「……違うんじゃないかな?」
芋は何とかなるかもしれないけど、この卵に包まれた飯とか絶対作れないと思う。
「このソースの段階で無理って私は思う」
「……ですね。何なんですかね?これ」
「判らん、美味いのは確かなんじゃが……」
肉に掛けられているソースですら私達には作ることが難しいようにしか思えない。
「やめましょう、今は美味しい食事を楽しみませんか?」
「……うむ」
竜王国とビーストマンの国の和平策の1つ。祭りで私達が料理を作れば良いと言うカワサキ殿の提案、妙案だけどどんな物を作らせられるのかが不安でしょうがない。
「デザートのアイスクリームです、どうぞ」
そして最後は果物のジャム付きの氷菓子まで出てきた。本当に王族でも滅多に食べれない美食続き……だけどこれだけの料理を短時間で用意するカワサキ殿から要求される私達が作るべき料理のレベルが不安になって仕方ない。
「甘いですね」
「でも酸っぱいな」
「……怖いですね」
「……うん」
私とリュク殿の知っている料理人とは比べられない知識と腕を持つカワサキ殿にどんな料理を作れといわれるのか、不安で仕方ない私とリュク殿は美味しいはずの氷菓子を眉を歪めながら口へと運ぶのだった……。
一方その頃コキュートス達はと言うと……
「もう少し、後2Mほど左へ、パンドラズ・アクターはそのまま垂直に4M」
「了解です」
「心得た」
離れた所で陣取り、カワサキが残した図面を見ながらデミウルゴスはその整った顔を歪めていた。
「うーん……すいません、コキュートスは更に1Mほど前進してください」
竜王国近辺の岩場は塩を含んでいるらしく、その岩塩の確保をデミウルゴス達に頼んでいたのだ。
「えいえいえい!」
「これくらいですかね?」
「もう少し細かい方が良いんじゃない?」
クレマンティーヌ達は切り出された岩塩をハンマーで砕き、使いやすい大きさへと調整し、ナザリック勢は大忙しで動き回っていた。
「はいはい、もっとてきぱき洗う!」
「水冷たいんだよ!しかも重い!」
「文句を言うな、これも修行だ」
「流されないように踏ん張るから、丁度いいぞ?」
「……金槌ですまん」
そしてゼロ達は最初にコキュートスが切り出した岩塩を洗い、砕くクレマンティーヌ達の元へと運ぶと言う肉体労働に汗を流していた。
「わわっ!」
「出来たみたいですね」
「凄くない?」
「何に使うんですかね」
岩塩から切り出された巨大なプレートを前に満足げに笑うデミウルゴス達。お子様ランチを口に運んでいたドラウディロン達の知らない所で、竜王国とビーストマンの国の和平を祝う祭りの準備は着々と進んでいるのだった……。
メニュー95 祭りの準備 その1へ続く
次回は久しぶりに料理続きで色々と書いて見たいと思います。ちょっと、いや、料理描写がかなり下手になった気がするといいますか、シナリオに気を取られすぎているなあと思い料理だけの話を書いて勘を取り戻したいと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。
やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……
-
間違っている
-
間違っていない