メニュー11 カレーを食べよう(甘口) byモモンガ
アインズ様のご命令で武技を扱える人間及び情報収集の為にナザリックを出て、人間の都市「エ・ランテル」に到着した。プレアデスのソリュシャン・イプシロンはアインズ様の命令を完璧にこなしてみせてくれた
「セバス、もう結構ですわ。この料理は口に合いません」
黄金の輝き亭と言う人間の宿の中では高級と言われる宿。だがナザリックの食材と比べれば比べるまでも無く粗悪な料理、良く我慢して口にしてくれたと思う。だがそれも限界だったのか、ソリュシャンが音を立てて皿を引っくり返し、階段を登っていく。私はその姿を見て溜息を吐く素振りを見せ
「お騒がせいたしました。お詫びとし、代金は私が持たせて頂きます」
湧き上がる歓声を背に、給仕に飲食代は私達に請求してくださいと口にし、取っている部屋に向かう
「セバス様。ご無礼いたしました」
「構いませんとも、貴女は良くやってくれていますよ」
我侭なお嬢様とプレアデス。その2つを完全に使い分けている……これは恐らくソリュシャンにしか出来ない事。彼女はアインズ様のご命令を完璧にこなしている、そこに怒りを覚えるほど器量の狭いつもりはありません
『セバス』
「アルベド様。どうなさいましたか?」
頭の中に響いたアルベド様の声。ソリュシャンに手でお静かにと合図をし応対する
『エ・ランテルとやらには到着したかしら?』
「は、今到着致しました。アインズ様のご命令は明日より始めるつもりです」
『それだけど1度ナザリックに帰還して欲しいの、命令に変更があるわ』
命令の変更……まだ始まっても居ないのに?一体ナザリックで何が……
『カワサキ様がご帰還なされています。それに伴う命令の変更です』
私の疑問に答えてくれたアルベド様の言葉に思わず目を見開いた。ソリュシャンがどうしたのですか?と視線で訴えてくるので、ソリュシャンに伝えると言う意味もありその喜ぶべき事を口にする
「カワサキ様が!?」
この世界に来る当日に姿を消したカワサキ様が帰還した。その言葉に思わず声を荒げる、ソリュシャンも驚き目を見開いている
『詳しくは帰還してから伝えるわ。シャルティアを迎えに寄越すから、ゲートでナザリックへ帰還しなさい』
「畏まりました」
カワサキ様のご帰還により、作戦が変更になった。それはありえない話ではない、ならば1度戻り指示を仰ぐのは当然の事だ
「セバス様。カワサキ様がご帰還なされたと?」
「はい。大変喜ばしい事です」
たっち・みー様とも親交が深く。私も顔を合わせる機会が多かっただけに、カワサキ様のご帰還は喜ばしい事だ
「カワサキ様の料理……また口にしたいものですね」
カワサキ様が御方達に料理を振舞う前にプレアデスはそれを口にしている。天上の美食を口にする権利があるシモベ……その立場は羨ましいと思われる物だ
「確かに……ですが、カワサキ様のお料理は御方達の物。シモベがおいそれと口にできるものではありませんよ」
何か成果を上げれば……それもありえない話ではないが、それを望むのは些か不敬と言う物ですよとソリュシャンを窘めているとゲートが開き。シャルティア様が姿を見せるのだが……服装がいつもと違う。白を基調にしたドレス姿だ
「シャルティア様その服装は「話は後でありんす!早くゲートへ」
私の問いかけを強引に終わらせたシャルティア様のゲートでナザリックへ帰還する。
「セバス、ソリュシャン。早く正装に着替えるでありんす、この後直ぐカワサキ様が食堂で料理を振る舞うでありんすから」
私は髪を整えてくるでありんすと再びゲートで消えるシャルティア様を見送り、私とソリュシャンも早足で己の部屋へ向かうのだった……
カワサキさんに教わって作るカレーライス。自分でも思う、よく作れたなと……
「カワサキさん!これ焦げてるんじゃないですか!?」
「大丈夫大丈夫。飴色玉葱はそれくらいで良いんだよ」
大量の微塵切りにした玉葱を炒めるのだが、それが俺には焦げているようにしか思えず。大丈夫ですか!?と何度も何度も山の様な野菜を刻んでいるカワサキさんに尋ねたし
「ぐっぬぬううう……重いいい……」
「はっははは。頑張れ頑張れ」
大量の具材の入った巨大な鍋を炒めるのは物凄い重労働だった。大量の挽肉に、微塵切りにした人参、玉葱の入った鍋を柄の長いヘラでかき混ぜるのだが、力を入れすぎれば鍋から零す。しかし混ぜが甘いと焦げてしまう、その絶妙な力加減が俺には理解出来なかった
(カワサキさん。凄すぎるだろ!?)
俺が1つの鍋で一杯一杯なのに、カワサキさんは3つの鍋を同時に見て全て並行して料理を進めている。カワサキさんが凄い料理人と言うのは判っていたのだが、それが判っているつもりだったと言う事を嫌でも思い知らされた。しかも1つの鍋が終わればまた違う鍋の準備が始まり延々とカレー作り……俺は正直料理を舐めていた。もっと簡単だと思っていたのだ。カワサキさんが自然に作っているのを見ていたから……でも実際はそうでは無いと料理をして初めて理解した
「よーし、そろそろカレー粉を入れるか。あ、モモンガさんはやるなよ?間違えたら大惨事だ」
「はい!」
スパイスを手にするカワサキさんから離れる。ここまで来て失敗するなんてありえないので、邪魔をしないようにだ
「あっ、やっべ。はは、間違えたぜ」
「え!?」
俺が驚いてカワサキさんを見ると楽しそうに笑いながら
「嘘だ」
「カワサキさん!?」
はははははっと上機嫌に笑うカワサキさんは鍋に蓋をして俺の方に向き直る
「お疲れ様。モモンガさん、カレーは見事完成したぜ」
「……お疲れ様でした……」
料理も疲れたが、カワサキさんの悪戯にも疲れた……思わず深く溜息を吐いた
「いやぁ、でもモモンガさん。良いセンスしてるよ、真面目に料理覚えてみるか?」
「……今は保留でお願いします」
ナザリックの事、スレインの事、NPCの事。考える事は山ほどあるので、料理の事は保留にしてくださいと返事を返す
「甘めのビーフ、ポーク、チキン、シーフードカレーと中辛のビーフ、ポーク、チキンカレーにシーフードカレーにキーマカレー、後激辛の3種のカレーとキーマカレー完璧だな」
「あの、明らかに作っていた量より多いのですが?」
俺がそう尋ねるとカワサキさんは細かい事は良いんだよ。大事なのは目の前にカレーが出来ている、それだけだと言うカワサキさん。明らかに物理法則を無視しているんだが……と言うか全部の味で全種類出来ているんだけど……
「まぁ種明かしをするとだな。モモンガさんが炒めてたのが、通常の9倍近い量だった訳だ。はははは!良く炒めたな!俺でも無理だわ、あの量は」
「……え?」
大人数分だから多いぞと聞いていたから、これが普通だと思っていた……料理人凄いって感心してたのに!!
「だから9倍近い量を炒めてくれたからな」
「普通に炒めてましたよ!?なんでそれが9倍なんですか!?」
鍋は一度も変わっていない。それなのに9倍の量を炒めていた訳が無いと言うとカワサキさんは指を左右に振りながら
「ここは俺の城だぞ?だからこうやって」
カワサキさんが指を鳴らすと、俺の目の前の鍋の色が変わる。茶色からやや赤味がかったカレーに、更に指を鳴らすとまた鍋の色が変わる
「中身をどんどん入れ替えてたんだよ。何時気付くかひやひやしたわ」
「気付くわけないでしょう!?」
炒めるのに必死で鍋の中身が変わってるなんて夢にも思わない。思わずそう怒鳴るとカワサキさんは悪い悪いと笑いながら
「でもまぁ良く頑張ってくれたよ。これを食堂に運ぼう。ピッキーとシホとクレマンティーヌにも手伝って貰うか」
「……そうですね」
まさか重い、辛いと思っていた料理が通常の9倍だ。なんて思っても見なかった、カワサキさんを思わずジト目で見つめてしまう
「そう怒るなって、ちょっとした悪戯心があったんだよ」
「ちょっとしたって言うレベルじゃないですけどね」
……はぁっと深い溜息を吐きながら、もう良いですよと呟いた、料理は楽しかったし、NPCが喜んでくれるだろうし、そしてなによりもカレーを食べる事が出来るのでとんとんだ
「ピッキー達もトッピングの用意終えてるだろ。モモンガさん、後でナザリック全域に通達してくださいね」
モモンガさんが作ったって言うのは一番最後にサプライズで言いましょう。そう笑うカワサキさんにそうですねと返事を返し、俺はカワサキさんと協力して、少しずつカレーを運び出すのだった
「後でニグンにも食わしてみるか?この世界の住人がカレーをどう思うのかの実験」
「それは構いませんが、出来れば8階層にいるオーレオール・オメガや、ニグレドにも食べさせたいですね」
「じゃあシモベに運ばせよう。守護者じゃなくて、知性の高い普通のモンスターに」
隔離されている。もしくは食堂に来る事ができないシモベにも料理を運びましょうと言う話になるのは至極当然の話なのであった……
一般メイド達が使う食堂の前に初めて訪れた。本来階層守護者であるあたしやマーレは、その階層に拠点を持っているので自らの守護する階層で食事を取る。それが当たり前だった……だが今日は普段と違い、9階層の食堂に来た。その理由はカワサキ様が食堂で料理を振舞うと、それを口にしてよいというアインズ様の通達があったからに他ならない
「おや、アウラとマーレも来たのですね」
デミウルゴスが穏やかな顔で笑いかけてくる。食堂にはまだ入る事が出来ていない、その理由はカワサキ様の料理を一般メイドも食べることが出来ると言う事で、食堂の前には恐ろしい程の人だかりが出来ているからだ。幾らナザリックの食堂でも、収容量の限界を超えてしまったので2回に分けられる事になったのだ。それも先着順などではなく、整理番号によっての組み分けだ
「本当なら階層守護者だからって言えるんだけどね」
「それはカワサキ様から禁止されているでしょう?素直に自分が貰った番号が呼ばれる事を祈るだけですよ」
自らの地位を表に出すのは禁止と言う通達もある。だから9階層に来た時に貰った番号……あたしは34番、マーレは68番が呼ばれる事を願うしかないのだ
「なんであたしが180番でお前らが30番なんだ!!!」
「しゃ、シャルティア様。落ち着いてください、番号の大きい小さいではないと通達があったではありませんか」
シャルティアの怒声とそれを必死に宥めるシモベの声が聞こえてきて、思わずデミウルゴスと苦笑しているとマーレが心配そうに
「後半になったら、ぼ、僕達の分あるかなあ?」
それは無いとは言い切れない。カワサキ様の料理を口に出来る、それはシモベには過ぎた褒美だ。何時食べれるか判らないので多めに食べようと思うシモベが居てもおかしくない
「それは大丈夫でしょう。カワサキ様がそのような平凡なミスをなされるとは思いませんよ」
「「パンドラズ・アクター……」」
帽子を脇に抱えながらお久しぶりですと笑うパンドラズ・アクターに思わず強い視線を向けてしまう。カワサキ様ご帰還の晩餐会の時のことはまだあたしの中で整理が出来ていないからだ
「そんなに怖い顔をなさらないで、食事の時に怒っていては折角の美食も心から楽しめないという物ですよ」
誰のせいでと言い掛けたとき。食堂の扉が開き、ぽきゅぽきゅっと言うカワサキ様の足音が響く
「おーずいぶんと集まったなあ。ちょっと予想外すぎるな」
ははっと苦笑するカワサキ様はまぁ良いがなと笑い。だが良く来たと言うと今日の食堂のメニューを発表した
「まず今日の食堂のメニューはカレーライスのみだ!飲み物はラッシー。カレーのトッピングは思いつく限りの物を用意した、無論カレーも十分すぎるほど用意している。後半になってしまったシモベも間違いなく口にすることが出来る、それは俺が約束しよう、そして今回はセルフサービスだ。自分で食べられる分だけご飯をよそい、カレーをかけるように」
その言葉にシモベ達から安堵の溜息が零れる。勿論あたしも安堵の溜息を吐いた
「ピンクのテーブルに用意されたカレーが甘口、黄色のテーブルが中辛、そして赤いテーブルが辛口だ。辛口はめちゃくちゃ辛いからな!覚悟して食べるように!言っておくが、自分で選んで残すのは許さんぞ!自分で食べられると思った辛さを選ぶように!残した奴は説教だ!無理にお代わりするのも禁止!美味しく食べられる量だけにするように!」
よし、あたしはピンクのテーブルにしよう。残すつもりは無いが、カワサキ様の言葉で一気に怖くなった
「では整理札が発光した者から、食堂に入るように。残った者は悪いが、1度自分の持ち場に帰るように」
カワサキ様の言葉の後、あちこちから光った!光らない……と言う声が響く
「お、お姉ちゃん……」
「あー良いよ、良いよ、マーレ。先に行きな」
残念ながらあたしとデミウルゴスの札は光らなかった。マーレが申し訳無さそうにしているけど、これはマーレの運の良さだ。だから気にしないで行きなと言う。シャルティアは光ったらしく、喜びの叫び声が響いてくる。騒がしい奴と思わず苦笑していると、あたしの手から札が抜き取られ、代わりに光っているパンドラズ・アクターの札が押し付けられる
「何のつもり?」
「いえいえ、私が個人的にデミウルゴス様とお話をしたいと思いましてね。それなら一緒に食事をするほうが良いでしょう?話をするのは食事の後になりますがね」
にこにこと笑うパンドラズ・アクター……思わずデミウルゴスに視線を向けると、デミウルゴスはパンドラズ・アクターを訝しげに見つめながら頷き
「そうですね、それも良いでしょう。アウラ、マーレ。お先にどうぞ」
そう笑うデミウルゴスと食事を楽しんでくださいと笑うパンドラズ・アクターに見送られ、あたしとマーレは食堂に足を踏み入れるのだった……
(全然居ない……良かった)
赤いテーブルは殆ど居らず、一般メイドが2人。人数が集まっているのは黄色のテーブルで、ユリ、シャルティアの姿も見える……どうもアルベドやソリュシャンは後半になったみたいだ。2人の後には一般メイドに男性使用人の姿が見え、順番を待っているのが良く判る。あたしとマーレはエントマだけが居る、ピンクのテーブルに足を向けた
「アウラ様ぁ……おいしーですよぉ」
凄い勢いで仮面の下の口でカレーを頬張るエントマ。表情は変わってないが、非常に嬉しそうだ、あたしとマーレも用意されていた食器を手に取り、やや少なめにご飯をよそう。トッピングもあるというので、少なめにして2杯食べようと思ったからだ。2人でカレーの大鍋の前に移動する
(良い香り……)
蓋を開けなくても判る。このカレーが美味しいという事が……勿論カワサキ様の料理なので美味しいのは当然だが、それでも美味しいというのが直ぐに判る。ただ問題なのは、鍋の種類だ……4つも並んでいるのがあたしを悩ませる
「お、お姉ちゃんはどうする?ぼ、僕はシーフードカレー……」
ビーフ、ポーク、チキンにシーフード……その種類も量も桁違いだ。マーレがニコニコと笑いながらシーフードカレーをご飯にかけるのを見ながら、カレーの大鍋を見つめる。一般メイドやシモベ全体に渡るようにと用意された鍋は巨大で、その半分以上を食堂の床に埋めている。どれだけ時間を掛けて準備してくれたかと思うと嬉しいと思う反面。シモベにここまでしてくれなくてもと思う……
(もっともっと頑張ろう)
アインズ様だけじゃなくて、カワサキ様にも喜んで貰えるように……そしてあたし達の失敗を許してもらえるように頑張ろうと決意を新たにする
「あたしはチキンカレーにしようかな」
出来れば4種類全部食べたいが、そんなに食べれる訳ではない。頑張って3皿くらいだろう、でもそれはとても美味しく食べれる量ではないので、1杯目をチキンカレー、2杯目をビーフカレーにしようと決めた。ご飯に対して丁度良い量のルーを掛け……一瞬トッピングとして置かれている揚げ物や卵に目が向くが
(最初は普通に食べよう)
最初から色々乗せてカレーの味が判らなくなってしまったら、作ってくれたカワサキ様に悪い。だからトッピングは無しだ
「はい、お姉ちゃん」
「ん、ありがと、マーレ」
席に着くとマーレがグラスに白い飲み物……カワサキ様はラッシーって言ってたっけ?それを入れてくれるので、あたしは代わりにスプーンを2つ取り1本をマーレのトレーに乗せる
「「いただきます」」
手を合わせいただきますと口にしてからスプーンを手に取る。エントマはおっかわり、おっかわりっと口ずさみながら再びご飯をよそいに向かっているのを見て、苦笑しながらカレーを掬い頬張る。最初に感じたのはカレーの旨味ではなく、複数のスパイスによる素晴らしい香りだった……それから遅れてカレーの旨味が口の中に広がる。甘口と言っても辛くないわけではない、ぴりっとした香辛料の辛味がするのだがそれはほんの一瞬だ。その後は良く煮られた野菜の甘みが口の中に広がる
「美味しい」
甘口と言われているが、やんわりとした辛味があり。それが食欲をそそる、野菜は良く煮られていて形が殆ど残っていない。だがその味はしっかりと感じる、カレーの中に溶けるまで時間を掛け、丁寧に煮られているのだろう。
「マーレのほうは具が凄いね」
「う、うん……でもこんなに入ってるとお腹一杯になっちゃうかも……」
もっと色々食べたいのにと言うマーレだが、それは自分で選んだのだから自己責任と言う物だろう。イカにホタテに剥き身の海老……ざっと見ただけでそれだけの具が入っているのだ、そこにご飯を食べれば満腹になるのも当然だろう
(ん、甘い)
ラッシーはすこしとろみがあってやや飲みにくいのだが、強い甘みがあって口の中に広がる辛味がさっと引いて行く……口の中がサッパリするから幾らでも食べれそうに思えてくるのが不思議だ。空になったグラスにラッシーを注ぎなおしていると食堂の中がざわめいた……一体何がと振り返ると、人間の御姿を取られたアインズ様が食堂に入ってきた所だった……アインズ様は真っ直ぐにピンクの机に向かってくる……中辛のテーブルにいたシャルティアやプレアデスがえっと言う顔をする中、アインズ様は淡々とした様子でご飯をよそい、甘口のビーフカレーをご飯の上に掛けて机の前に来る。そしてあたし達を見て穏やかな表情で口を開いた
「私も一緒で構わないか?」
その言葉にあたしとマーレとエントマが声を揃えて、勿論ですと返事を返したのは言うまでも無いだろう……
甘口のテーブルにはアウラとマーレとエントマと予想通りの面子の姿があった。と言うかカワサキさんのシャルティアは背伸びしたがるから中辛と言っていたのが的中していて驚く、そして俺が甘口を手に取れば更に驚くと言っていたのも的中していた
(でもなぁ、無理だし)
味見で中辛を食べたが、それでもかなり辛かった。カワサキさんがお子様舌めと笑っていたが、正直リアルでは液体食料ばかりで、まともな食事など数えるほどしか食べていない俺の舌が未熟なのは当然だろう
「あ、アインズ様も甘口なのですか?」
アウラが信じられないという顔をしながら訪ねてくる。そんなに予想外なのだろうか?俺が甘口を食べるのは……?
「ああ。中辛を味見したのだが……辛すぎた。人間の身体では味覚が鋭すぎるのかもしれないな」
人化した副作用だからと言い訳する。と言うかマジで辛かった……中辛であれなら、辛口なんて口にするのも恐ろしい。更に言えばカワサキさん専用カレーなんて……「赤かった」。カレーって茶色い物って聞いていて、赤いカレーは思わず2度見した。食うか?と言われ、食うか!!と即座に返事を返すレベルに危機感を感じた物だ
「あ、アインズ様、どうぞ……」
マーレがラッシーを注いで差し出してくれる。マーレにありがとうと礼を言い、手を合わせいただきますと口にする
(これがカレーか……)
自分で炒めて作りはしたが、こうしていざ食べる段階になると感慨深い物がある。ブループラネットさんが今は出来ない、至高の贅沢として語っていたキャンプ。そしてキャンプの時に食べるカレーは最高らしいと興奮した様子で口にしていたのは今でも覚えている……正直野菜などがタップリ入っているのは判っているし、牛肉も固まりで入れたのも見た。だが、味の予想がまるでつかない……
(まずは食べてみるか……)
食べもしないで考え込んでいても味など判るわけもない。まずは食べてみようと思い、カレーをスプーンで掬うと良い匂いが漂ってくる……スパイスを炒める時の匂いよりも弱いのだが、それでも良い匂いだと思う
「……うむ」
頬張りゆっくりと噛み締める。最初に感じたのはほんの少しの辛味と、スパイスの芳醇な香り……その後はルーの中に溶け込んだ野菜の甘さだ。甘口と聞いていたが、甘すぎるわけではなく、スパイスが効いていてその旨味を何倍にもしている。カレーとはスパイスの芸術だとカワサキさんが言っていたが、その意味を今初めて理解し、そしてブループラネットさんがカレーについて熱く語っていた理由も判った。これは素晴らしい料理だ。香りも味も驚くほどに深い……シンプルなのにどこまでも美味い。
「アインズ様?どうかなさいましたか?」
「ん?ああ、いやな……少し感慨深い物があっただけだ」
俺がスプーンを口にしたまま動かないので、アウラが心配そうに尋ねてくる。大丈夫だと返事を返し、再びカレーを掬う。今度は牛肉と一緒なのでご飯は少なめにした
(でかいなあ)
サイコロ状にカットされた牛肉は見るからに大きく、食べ応えがありそうだ。カレー……と言うか牛肉を頬張り、驚いた。硬いと予想していたのだが、牛肉は軽く噛むだけで解れる……だが肉としての食感は損なわれてはいない
(あああ……美味いなあ)
カワサキさんがナザリックに来てから何度そう思ったのだろうか?何を食べても美味いとばかり言って、思っている気がする……オーバーロードだから仕方ないと諦めていた事が出来るようになった。それを出来るようにしてくれたのはカワサキさんだ
(やっぱりカワサキさんのお願いも叶えてあげたいな)
カワサキさんはあれほど俺に色々してくれたのに、危険だからと言う理由で録に考えもしないのは、どうだろうか?対策などを考えてカワサキさんの願いを叶える事もするべきなのではないのか?カワサキさんはこんなにも色々してくれたのだから……
「む……」
考え事をしている間もカレーを口にしている手は止まっていなかったようで、カチンっと言う皿とスプーンがぶつかる音がする。視線を下に向けるとカレーは空っぽで……ラッシーのグラスも空。そしてなによりもカレーもラッシーも全く味わっていない事に気付いた
(いかんいかん)
ただ食べると言うのが習慣になっている。リアルでは食事は只の栄養補給だった……その時の習慣が抜けていないのだ。これでは作ってくれたカワサキさんに申し訳ない、お代わりをと立ち上がろうとすると……
「アインズ様。あたしが持ってきます!今度は何にしますか?」
アウラが笑顔で持ってきてくれると言うが、アウラも食事をしている最中だ。それなのに頼むと言うのは……どうだろうか?と思ったのだが、嬉しそうに笑う顔はお手伝い出来る事を喜んでいる子供の様に見えて……
「ではお前に頼もう、今度はそうだな……シーフードを頼もうか」
リアルでは食べる事の出来ない食材は数多はあるが、その中でも海鮮系は特に食べる事が出来ないと言われる食材だ。なんせ海が汚染されているのだから、食べる事など不可能で魚などは殆どが合成食品か、液体だった。生の海鮮を食べてみたいと思うのは当然だろう
(あ、そうなると寿司が食べてみたいな……)
仕事の取引先で食べた寿司は美味しかったが、量も少ないし、小さかった。カワサキさんに寿司が作れるか尋ねてみようと思っていると、隣からふわりとした香水の香りがし、何だ?と振り返るとシャルティアが何時の間にか俺の隣に座っていた
「アインズ様ぁ、ご一緒してもよろしいでありんすか?」
もう座ってるのに、良いも何も無いだろうと苦笑すると気付く、シャルティアだけではない……他にもシモベがこっちを見つめている事に……声を掛けたいが、失礼ではないか?と悩んでいるのが一目で判る。カワサキさんが来るまでは気付かなかった、こんなにも自分を心配してくれる者がいる事に……それは気持ちの余裕のあるなしから来る物なのだと……
「折角だ。皆で食べるとしよう、まだ食べられる者は順番に座るがいい。共に食事をしようではないか」
一瞬食堂に広がる歓声。そして失礼しますと声を掛け私の座ってる机に腰掛けるユリと……イビルロードエンヴィーや、食事を取れるアンデッド達。殆ど一瞬で席が埋まってしまった……
「わ!?いつのまに机が凄い事になってる!?」
私のシーフードカレーを運んできてくれたアウラの驚く声に苦笑し、お待たせしましたと差し出すアウラからカレーを受け取る
(これも美味しそうだ……)
殻を剥かれた海老に輪切りにされたイカにホタテ……勿論名前を最初から知っていたわけではない、料理を作っている最中にカワサキさんに名前を教えて貰ったのだ
「アインズ様ぁ!このシーフードフライと一緒に食べると美味しいと思うでありんす!」
「はは、そうか、ではそれも貰うとしよう」
人間の姿をしていると言うこともあったが、この時のアインズは完全に素になっていた。カワサキの思惑通り残虐で冷酷なオーバーロードアインズとしての精神は完全に影を潜め、素の心優しいモモンガ……いや鈴木悟としての精神がその心の大半を占めていたのだ
「マーレもシーフードか。これはどうだ?美味いか?」
「は、はい!と、とても美味しいですが……」
「が?」
妙な所で言葉を切ったマーレに首を傾げる。するとマーレは恥ずかしそうに
「ぐ、具が一杯で、お、お腹が一杯になっちゃいます……」
一瞬呆けたが、マーレは1杯のシーフードーカレーでいっぱいいっぱいになっているようで
「ッははははは!!そうか、そうか。確かにそれは大変だ」
微笑ましい気持ちで一杯になり思わず笑い出してしまう。気恥ずかしそうにしているマーレには悪いが、面白いと思ってしまったのだ
「アインズ様?なにが面白かったでありんすか?」
「面白いところありましたか?」
不思議そうにしているシャルティアとアウラ。エントマや、ユリも不思議そうに首をかしげている
「その内判るさ、その内な……」
これはあれだな、姪っ子や甥っ子を見ているような気分だろう。多分カワサキさんも同じ風に感じるんだろうなと思いながら、シーフードカレーを口に運ぶ
(こ、これは凄い……)
旨味が強いと言っていたが、まさにその通りだ。ビーフカレーも美味かったのだが、シーフードカレーはその美味さのベクトルが違う。海鮮から出た旨味タップリの出汁がカレーの味をより深い物にしている。海老はプリプリとしていて食感も最高だが、カレーを吸い込んでいて噛む毎に旨味が口の中に広がる。ホタテはほろほろと崩れるその食感が面白く、そして味が驚くほどに濃厚だ。
「どれ、シャルティアはシーフードフライを食べたのだろう?どれがどれか教えてくれないか?」
「え、は、はい!これが魚で……これがホタテ……これがイカでありんす」
ではホタテが美味かったからホタテフライを食べるとしよう。ホタテフライに手を伸ばそうとしたとき
「さて!ここで新しい情報だ!本日のカレーだが!甘口と中辛はモモンガさんが作ったんだ!無論俺が教えはしたが、苦労しながら頑張って作ってくれたんだぞ」
……っておい!!それは言っちゃ駄目だろう!?食堂の中に一気に静寂が広がる……カワサキさんも予想外だったのか、マイクを手に困惑した様子だ。恐る恐る、マーレやユリに視線を向けると
「っどうした!?」
だぱあっと滝のような涙を流している姿に思わず悲鳴を上げる。カワサキさんもその姿を見て、めっちゃおろおろしてる
「し、シモベにそ、そこまでしていただけるなんて……」
「か、感謝の涙を抑えることが出来ません……」
「アインズ様と……カワサキ様の……深い慈悲に……応えれる様に……がっ!頑張るでありんす……」
……N、NPCの忠誠心が目から溢れてる!!!!この惨劇を作り出したカワサキさんは頭を掻いて、困ったように笑っている
「そ、そうか……これからの働きに期待している」
俺はその言葉を口にするのがやっとで、嗚咽に満ちた食堂での食事……言うまでもなくそこからのカレーの味はいまいちうろ覚えなのだった……
メニュー12 カレーを食べよう(中辛・激辛)
モモンガさん料理に挑戦するの巻とカワサキさんの悪戯に引っ掛かるでした。案外お茶目な部分のあるカワサキさんです、モモンガさんにとっては大変だったと思いますけどね。次回はデミウルゴスとパンドラがある対決をし、最後にちょっこと洗脳されていた陽光聖典とニグンを出して行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします
やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……
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間違っている
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間違っていない