メニュー100 祭り その4
竜王国とビーストマンの戦いの影にスレイン法国がいる。その話を聞いてすぐ俺達はランポッサ三世の書状を携えて、竜王国へと旅立った。リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国……それら全てにスレイン法国の影がある今、確実に味方になってくれる竜王国とビーストマンの両国を王国・帝国同盟に加える為の行動だった。
「ふーん、やっぱりジルクニフ皇帝もすぐに動いた訳か」
「ええ、バジウッドからの連絡を聞いてすぐ、私とニンブルに書状を持たせ、竜王国に向かうように命じましたからね」
王城にはラキュースが向かい、俺達は門の所で出会ったレイナースから帝国の動きを聞いていた。
「こっちは法国から来ている神父とかはスレイン法国へ送り返した」
「こちらも似たような物ですね、どこに目と耳があるか判りませんしね」
そもそも俺はスレイン法国の人間を守るためには罪の無い亜人や森妖精を虐殺しても良いと言う方針は大嫌いだったが、まさかスレイン法国のビーストテイマーが人間の間引きと共に金を巻き取る手段としてモンスターを嗾けているなんて到底許せる物ではなかった。
「こっちは元々スレインと繋がりは無いが、そっちはどうだ?」
「外交の類を完全に封鎖、更に国の内外に出入する事も禁止されているそうですわ」
「なるほど……ますますきな臭いわけか」
これはあくまで竜王国が発信した情報だ。それを否定する事も弁解することもせず、だんまりを決め込んでいる……その反応を見るだけでやましい事があると自白しているような物だ。
「イビルアイはどう思う?」
「そうだな……出来るならば今のスレインの内部を知りたい所だが……危険だろうな」
「でしょうね。スレインにいるバハルスの情報員は全員連絡が途絶えています」
「ちっ……本当に胸糞悪い国だぜ」
出来る事ならば今すぐにでも攻め込んで、スレインの上層部を一掃したい所だが……そうも言って……
「あいつッ!」
「なんだ、どうした……」
人ごみの中を歩く金髪の男を見て、俺は座っていた椅子から腰を上げた。俺の視線を見てイビルアイも眉を顰めた……見間違える訳が無い亜人狩りをしていた陽光聖典とか言うスレインの構成員だ。
「どうしたんですの?」
「……スレインの神官がいる」
俺が小さく言うとレイナースも眉を細めた。今ティナとティアが昼飯の調達に行っているが……ここで見逃す訳には行かないな。俺達は目配せをし、あの男の後を追って歩き出した。
「やはり竜王国にも内通者がいると言うことですか……」
「その可能性は高いな、このタイミングでテロを起されては困る」
竜王国とビーストマンの和解を記念して開催されている祭り……こんな中で騒動を起こされる訳には行かない。怪しい動きをすれば取り押さえるつもりで後を追って歩いていると、その男は予想外の人物と合流していた。
「クレマンティーヌ?どうして奴が……」
「まさかあいつもスパイなのか?」
カワサキの付き人をしている筈のあいつが何故と顔を顰め、何の話をしているのかと思い、身を乗り出した瞬間背後から首筋に剣をつき付けられた。
「何用だ。何のつもりでニグンを追いかけている」
「何をしているか判りませんが……何用ですかな?」
飄々とした口調だがその言葉の中に敵意が込められているのに気付き、咄嗟に両手を上げる。
「む?コキュートス殿。剣を下げてください、蒼の薔薇とレイナース殿のようですよ?」
「そうなのか?ならば剣を引こう」
もう1人が俺達を知っているようで剣を引くように言う。音も無く引かれる剣に冷や汗が流れた……間違いなく俺の背後を取った剣士は俺よりも強い……路地裏に汗のあとを残しながら振り返ると漆黒の全身鎧に赤いマント……それはアインズの変装の姿だった。
「お前……アインズじゃないな……何者だ?」
「ははは。流石と言っておきましょうか、私はパンドラズ・アクター。モモンガ様とカワサキ様のシモベの1人です、あちらはコキュートス様」
「コキュートスだ」
逆立った青い髪の男が名前だけを名乗る。全くの自然体だが、その何処にも隙は無い。こいつも只者じゃないな……
「あの男はスレインの人間だ。それを知っているのか?」
「ええ、知っておりますよ。勿論これはお2人もご存知……しかしまぁ……ニグンと蒼の薔薇の皆様が知り合いとは想定外。どうしましょうか?デミウルゴス様?」
第3者の名に驚き、振り返るとスーツ姿の丸眼鏡の男が俺達を見つめていた。全然気付かなかった……従属神なのは聞いていたが、まさかこんな優男風の男にも一部の隙も無いとは驚きだ。
「カワサキ様にお聞きするとしましょうか、敵対したのなら処分しても良いのですが、そうでは無いようですし」
「全くデミウルゴス様は血の気が多い。ああ、デミウルゴス様のブラックジョークなのでお気になさらず。ささ、どうぞこちらへ、カワサキ様の元へご案内しましょう」
この中で1番怖いのはアクター……役者と名乗ったこいつだな。飄々としてるがまるで隙が無い上に、何を考えているかまるで判らない。だが話が判らない奴ではなさそうなので、こいつと一緒だったのは幸いだったと思う。
(ああ、くそ、でもこれならラキュースと一緒に城に行った方が良かったな……)
あくまで俺達蒼の薔薇の方針を決めるのはラキュースだ。カワサキと話し合いになるのなら、ラキュースも居ればよかったと思いながら俺達はパンドラズ・アクター達に連れられて、カワサキの屋台まで案内された。
「……なにしてるの?」
「昼飯に招待してくれるんだと、列から抜けて来いよ」
「……そんな風には見えないけど……」
「言うなよ。俺も気にしてるんだからよ」
考えないようにしていたが囚人として連行されているようにも見える隊列を指摘するティナにそれを言うなと言って、俺達はカワサキのテントの中に足を踏み入れたのだった……
ドラウディロン女王陛下に書状を渡して、私は帰るつもりだった。これは確実にニンブル殿も考えていたことだろう……だけどまさか、書状の礼と言ってこのまま食事を共にするようにといわれたのは想定外だった。
(……駄目なんですね。判りました)
ゴウンさん達に視線を向けるが首を左右に振られ、駄目なのだと判り判りましたと返事を返し。せめてものと思い、ガゼフ戦士長達が集まっている席に腰掛けた。
「すまないな、ご苦労だった」
「いえ、大丈夫です……大丈夫ですけども……こんな格好で申し訳無いです」
軽く汗は流してきたが、それでも礼服などではなく鎧姿だ。こんな格好で食事を共にするゴウンさん達に申し訳無い気持ちになる。
「大丈夫だ、心配ねえよ。そんなに畏まった料理なんてねえから」
「ええ、カワサキさんが作った食べ歩きの料理を食べているだけですからね」
食べ歩き用の料理と聞いて少しだけ安堵していると、丸い球体が乗せられた皿が運ばれてきた。これはなんだろうか……見た感じ、ナイフとフォークで切り分けて食べているようだけど……。
「あっちは気にしなくていい、これはこうやって食うのが1番美味い。ふっふっ、はふっはふ」
「ああ、なるほど……察しました」
私も理解した。貴族なのでテーブルマナーを忘れずに食べていることなのだろうと思い、フォークで刺して息を吹きかけて冷ましてから頬張る。
「ふっはふっ!?」
「大丈夫か?これはかなり熱いから気をつけろと言うべきだったな」
ガゼフ戦士長に差し出された水を飲んで口の中を冷やす。想像以上に熱くて、味も何も判らず飲み込んでしまった。
「わざと言いませんでしたね?」
「熱いって言っただろ?」
にやにやしているバジウッド殿を恨めしそうに見ているニンブル殿を見て、私は今度こそ良く冷ましてから丸い料理を口に運んだ。
「美味しいです」
外はカリッとしていて、パイ生地とは違うが、それに良く似た食感だと思う。それに対して中はとろとろとしていて、このとろとろの部分が熱いのだと悟った。上に塗られている甘酸っぱいソースの味を楽しみながら噛んでいるとコリっとした強い食感が顔を見せるのだが、不思議な事にとろとろの生地とコリっとした食感はまるで違う物なのに、不思議とそうあるのが当然と思える。
「これは……蛸ですね?」
「そ、たこ焼きって言うらしいぜ?」
蛸……海の食材のパッと見モンスターにしか見えないそれで、嫌っていたが食べてみるとこんなにも美味しいのかと驚いた。
「ふふふ、次は焼きそばだ。私が作ったのだ、是非賞味してくれ」
……女王陛下は何をしているんだろうと思ったが、これがドラウディロン女王陛下の人心掌握術なのだと思い、それを指摘しない。
「これはパスタ?」
見た感じはパスタに良く似ている。だけど茶色に染め上げられている麺には少し驚いた、フォークで巻き取って焼きそばを口に運ぶ。
「これも美味しいですね」
「ああ。何度か試食したが、この焼きそばと言う料理は本当に美味しい」
「出来立てだと、もっと良い香りがするんですけどね」
香ばしい食欲をそそる香りだけど、ゴウンさんの話では作りたてはもっと良い香りらしい。少し冷めているけど、これも十分良い香りをしているけど、そう聞くと出来立てがどんな香りなのか興味がわいてくる。
(いけないいけない)
最近イビルアイの食べっぷりに引かれる形で食べていて、すこしお腹が気になってきているから食べ過ぎに注意しないと……
(でも、これも凄く美味しいわ)
パスタとは違うもっちりとした食感は馴染みがないのに、凄く食べやすい。それに麺の中に刻んで混ざられている葉野菜の食感と甘みが濃い味の麺と合わさると味と食感に変化を齎している。
「……これ、絶対カワサキさんの料理ですよね?」
「そ、色々教えて回ってるみたいだぜ?」
やっぱり……こんな料理、帝国でも王国でも食べた事が無かった。つまり、これはカワサキさんの教えた料理と言う事になるだろう……いま麺の中から顔を出した豚肉の歯応えと甘みのある脂身の味を楽しみながら思った。
(少し鍛錬を頑張ろう)
少しくらいなら食べても大丈夫だ、朝と昼の鍛錬を少し厳しくすれば何の問題も無い……私はそう思い焼きそばを口に運ぶのだった……
カワサキの屋台に案内され、私達はカワサキと共に昼食を共にしていた。しかし、食事をしているのに私達の顔に笑顔は無い……陽光聖典のニグンと言う男が何故カワサキの元にいるのか……その話を聞いて、憤りを全員が感じていた。まさか洗脳を始め、呪いや精神操作までして、スレインの発展をしようとしたとは想像もしていなかった。
「……もぐ、もぐっ、酷い話もあった物……」
「……はぐはぐ、許されない……ごくん。あ、焼きそば御代わり」
「食べるか怒るかどっちかにしろよ」
「「……じゃあ食べる」」
「すまないな、うちの馬鹿2人が」
「いや、気にしない。と言うか食事時にする話じゃないわな」
カワサキの言う通りだが、話せといったのは私達なので、それを責める事は出来ない。そう考えているとべきりと何かが砕ける音がした。
「レイナース?どしたの?」
カワサキの隣で焼きそばとか言う麺料理を食べていたクレマンティーヌがそう尋ねる。するとレイナースは額に青筋を浮かべて、にこりと笑った。
「私が呪われた時に何度も何度もスレインの人間が来ていたんですよ」
「「「あー……」」」
レイナースが何を言いたいのか、私達は理解してしまった。モンスターに呪われ、醜い容姿になっていたらしいが、そのモンスターは見たことが無い新種だったらしい。
「なるほどね。レイナースの家を狙ってた訳か……まぁありえない話じゃないよね」
「……スレイン……殺す」
女を孕み袋と公言する様な国は滅ぶべきだな。それにこれだけ好き勝手していたんだ、反撃されると言う事を知るべきだ。
「ふっふ……これ美味いな。それに見た所簡単に作れるのがいい」
「お好み焼きだからな。最低キャベツと小麦粉があればいい」
目の前でお好み焼きとやらを焼いてくれているカワサキを見て本当にこれはいい料理だと思う。
「魚とか載せても美味しい?」
「魚でも、肉でも何でも美味いぞ」
「……リーダーに進言するべき。これは旅の料理にいい」
「だな。乾し肉とスープって言う味気ない食事よりよっぽどいいよな」
ふんわりとした生地は刻んだキャベツが練りこまれていて、見た目からは想像出来ないほどに腹持ちがいい。それにカリカリに焼かれている豚肉の食感とこの甘酸っぱいソース、これだけで十分ご馳走だ。
「烏賊玉お願い出来ますか?」
「あいよ」
「……もう少し食べ応えがあるのがいい」
「はいはい、待っててくれよ」
自分の分は鉄板の上で焼きながら食べながらも、ティナとティアの注文に答えて料理をしてくれている。だけど正直私もガガーランも肝を冷やしていた…今ここには従属神が集まっている訳で、カワサキ自身が料理を楽しんでいるからいい物の……少しでも選択を間違えると物理的に首が飛びかねない。
(……だがそれでも食欲は収まらないから困った物だ)
カワサキによって食べる喜びを知ってしまった。本当ならこんな事をしている場合では無いんだけどな……
「……焼きそばも使うの?」
「……これは食いでがありそう」
お好み焼きと言うだけでもかなり腹持ちがいいのに、今度はそこに焼きそばも加わるとは……一体どんな料理になるのかと期待してしまう。
「ほい、出来上がり。蕎麦洋食だ」
生地の上にたっぷりの焼きそば、そしてその上に卵が乗せられたそれは、ソースの焦げる香りも伴って口の中に唾がわいてくるのを感じた。
「……これは美味しそう」
「……いただきます」
ナイフとフォークで切り分けると生地の上に焼きそばが乗っているのだが、切り分けると焼きそばの上の卵から零れた黄身が焼きそばと生地に絡んでいるが良く判る。
「……美味しいッ!」
「……やっぱりカワサキは天才!」
確かにこれは天才と言うべき調理技術だと素直に脱帽せざるを得ない。
(同じ生地なのに……信じられない)
お好み焼きの時はふわふわとしたパンのような生地だった。だがこれはもっちりとしていて全く違う食感で舌を楽しませてくれている。
「同じ生地なのに全然食感が違うって凄いね」
「そこが腕の見せ所って所だよ」
腕の見せ所とは本当に正にその通りだと感心する。もっちりとした生地にぱりぱりに焼かれた焼きそばの食感がアクセントとなり、ソースの絡んでいる部分と、黄身が絡んでいる部分で味を全く別物に変えている。
「カワサキはもっと凝った料理が好きって思ってたんだけど、そうじゃないんだな」
王国で食べたフルコースの印象がかなり強いが、こうして焼きそば、お好み焼き、たこ焼きと食べているとカワサキが得意な料理と言うのが本当に判らなくなってくる。
「俺は作る料理はどれも本気で魂を込めて作っているさ、食う物はなるべく美味い物が良い。それは誰だってそう思う、だから俺は作る食事に手抜きはしない。それが食材になった動物への礼儀だと思っているし、何よりも手抜きとかされた料理を出されたら嫌な気分になるからな」
食べる相手にも、そして食材にも敬意を払う。それがカワサキの料理人としての矜持であり、心構えと言うことなのか……プレイヤーでありながらも、決して驕ることなく、そしてそれを鼻に掛ける訳でもない。こういう所がカワサキの良さなのだと、私は改めて知るのだった。
「……何かデザートとか欲しいな」
「……ある?」
「「お前らは少しは遠慮とかしろ!!」」
「ははは、良いよ良いよ。林檎飴とか鯛焼きがあるからな」
腹ペコ忍者2人の我侭にも怒る事無く、笑顔で対応してくれるこの寛容さ……それに助かったのと思うのと同時に、従属神がこの場にいなくて良かったと私は心からそう思うのだった……。
メニュー101 祭り その5へ続く
次回で竜王国編は1度終わりにしたいと思います。竜王国編が丸々消えたので、少し駆け足かつ流れがおかしいところがあるかもしれませんが、ここを終わらせないと次の流れを考えられ無いと言う作者の都合でこんな形になってしまい、申し訳ありません。竜王国編のあとからはシズちゃん日記も復活させて行こうと思いますので、もう少し長い目でお付き合いしていただければ幸いです。
やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……
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間違っている
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間違っていない