生きたければ飯を食え   作:混沌の魔法使い

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メニュー107 会議中の食事 その3

メニュー107 会議中の食事 その3

 

ハンマーで砕かれた塩の塊から取り出された牛肉が私達の見ている前で分厚くスライスされ、皿の上に乗せられて差し出される。

 

「牛腿肉の塩釜焼きです」

 

あれだけの塩で肉を包み込んで焼くと言うのは私達の知らない未知の調理法だ。

 

「他に豚、鶏、魚等もありますので、これが良いというのがありましたらお気軽に声を掛けてください」

 

他の塩釜もどんどん割られ、そこから様々な肉や魚が顔を見せる。それを見て、レエブン侯達もカワサキ殿に自分が何を食べたいのかを告げている姿を見て、私もナイフとフォークを手にした。

 

「塩で包み込んで焼くか……」

 

「物凄く辛いような気がするのう……」

 

見た目は派手でそしてパーティの余興としてはいいと思うが、果たして味はどうなのかと不安を抱いているとゴウン殿が躊躇う事無く、肉を切り分け口に運んだ。

 

「んんー美味しい。いや、これ凄く美味しいです」

 

「お、本当か? 俺も初めて作るから実は不安だったんだよ。辛くないか?」

 

「全然ですよ、程よい感じの塩味です」

 

毒見をさせたような感じで悪いことをしたなと思いながら私もナイフで牛肉を切り分ける。

 

(柔らかいな)

 

適度な弾力と固さ、柔らかすぎる訳でもない、かと言って固すぎると言う訳でもない。食べやすい固さのそれを小さく切り分けて口に運んだ。

 

「美味い」

 

「これはまた美味いな」

 

「うま、これは良いな」

 

「確かに、これは凄く美味しいです」

 

私とジルクニフ達の美味しいと言う声が重なった。牛肉という物は総じて、臭い物だが臭みはまるで無く、爽やかな香りが鼻に抜ける。表面は歯応えが良く、中はしっとりしていて、噛めば噛むほどに肉汁が溢れ出して来る。その癖、塩釜で焼いていたと言うのに味は塩辛くなく、肉本来の旨みを引き出すような実に丁度いい塩加減だった。

 

「そのままでも十分美味いですが、こちらもお好みでどうぞ」

 

差し出されたのは昼にも使ったわさび醤油だった。昼に寿司を食べたときに鼻に突き抜けた痛みと刺激を思い出し、思わず固まってしまった。

 

「ありがとうございます」

 

自然に受け取ったのはゴウン殿だけだった。あの刺激はどうにもなれそうにない、出来れば勧められても使いたくない調味料だ。

 

「わさび醤油で食べると牛肉をさっぱりと食べれますよ。ほんの少しだけ試してみてください」

 

丁寧に言われ、本当に悩みながらわさび醤油を受け取り、小さく切った牛肉をそれに付けて口に運んだ。

 

「……刺激が無い」

 

寿司を食べた時の鈍痛を伴う刺激が無かった。それ所か牛肉の旨みを塩以上に引き出している――そんな気さえもした。

 

「美味いな、これは良い!」

 

「うむ、食べやすくなったな。それに肉の味も凄く強く感じる」

 

「……」

 

ジルクニフ達も口々に美味いと口にしている。しかし本当に美味いから驚きだ、塩で包んで焼いただけなのに、何故こうも美味いのかと驚いているとカワサキ殿が小さく苦笑した。

 

「塩釜と言いますが、塩だけじゃないんですよ。香辛料や、卵、ハーブを使って味付けをしてるんですよ。塩だけで包んだら、辛くて食べれた物じゃないと思いますよ」

 

簡単に見えるが、驚くほどに工夫と手間が加えられているからこそのこの味なのかと、塩で包んで焼いているだけと思った自分が少し恥ずかしくなった。

 

「今度は豚肉を貰おうか」

 

「じゃあ、私は魚」

 

「……もう1度牛肉を」

 

「では私は鶏肉を」

 

「私も牛肉でお願いします」

 

最初は牛肉を食べたが今度は別の肉を食べてみようと思い、カワサキ殿にそう頼むのだった。

 

 

 

 

 

塩釜と聞いて簡単に作れると思ったのだが、これが中々難しい料理なのだとカワサキに説明された。

 

(まぁ考えてみれば当然か)

 

ただ塩で包んで焼くだけの料理だったら、誰でも作れるし、他に作っている人間もいるだろう。それが無いと言う事は、知識や技術が不足しているという事で、簡単に作れる料理ではないと言うのは少し考えれば判ることだった。

 

「ほう? 今度は炙るのか?」

 

豚肉を頼んだのだが、カワサキは小さな金属の筒にLの部品をつけた道具を取り出し、それで表面を炙っている。バチバチと脂の跳ねる音が、また食欲を誘う。

 

「豚肉は脂が多いので食べやすいように余分な脂をこうして落とすのです」

 

「芸が細かいのぉ……その図体で良くやるわ」

 

ドラウディロンが感心したように言うが、本当にその通りだと思う。料理人は作ればそこで終わりと考えている者が多いが、作る過程も楽しませ、完成してからも手を加えるというカワサキの調理の手法には驚かされてばかりだ。

 

「お待たせしました。こちらの粒マスタードも使ってお楽しみください」

 

豚肉にはマスタードか、やはり辛味のある物が肉には合うという事かと思いそれを受け取り、まずは豚肉単体で食べてみる。

 

「これも美味い、いい味だ」

 

「喜んで貰えて何よりです」

 

牛肉の時とは違うハーブなのか、刺激の少ない爽やかな香りが肉の下味に使われているのか、すっとした清涼感のある味がする。黒胡椒が肉の表面に振られているので噛み締めるとピリっとした強い刺激がハーブの香りをより際立たせてくれている。

 

「食べやすい、炙った効果だな」

 

豚肉の濃い脂の味も香りもするのだが、思った以上に軽くて食べやすい。火で軽く炙って脂を落とした効果というのは実に大きいというのが良く判る。

 

(豚肉は脂があってこそだが、多すぎるとくどいからな)

 

豚肉の味は脂の量で決まるといっても良いが、多すぎるとくどくなる。そう考えると豚肉の脂の使い方は料理人の腕に大きく左右されると言っても良いが、脂を残しながら軽く表面を炙るだけで余計な脂を落とすと言う調理には正直驚かされる。そんなことを考えながらスプーンで粒マスタードとやらを肉の表面に塗ってみたのだが、これはまた見た目が……凄いな。黄色のペーストの中に粒が少し残っている、見た目は決していい物では無いが、カワサキが勧めるのだから間違いはないだろう。

 

「ッ! これは良いな、美味いぞ!」

 

胡椒よりも刺激の強い辛味なのだが、酸味を伴ったそれは豚肉の旨みを存分に引き出していた。

 

「鶏肉も実に美味い。こちらは油を足しているのだな」

 

鶏肉を食べているランポッサの皿にはマヨネーズというカワサキが良く使う、白いソースが添えられている。

 

(なるほど、実に面白い)

 

豚肉では脂を取り除き、鶏肉では脂を足す。それは肉の性質を十分に把握し、存分に味わう為に良く工夫が施されている。

 

「これはレモンか、魚にレモンというのは合うのだなぁ」

 

「魚の脂はさっぱりしているので、酸味を加えてあっさりと食べれるようにしてます」

 

食材への深い理解と知識、そして食材によって調理工程や道具を使い分け、調味料を使いこなしその食材の味を何倍も引き出す。今まで何度もカワサキの料理を口にしているが、その都度カワサキの料理の腕の素晴らしさと、その深い知識に驚かされる事になる。

 

「ステーキが美味しかったですが、私も今度はそうですね……鶏肉でお願いします」

 

「私は豚肉でお願いします」

 

私達が美味そうに他の肉を食べているのを見て、他の肉をやっと食べたいと告げたゴウンとリュクを見て苦笑しながら、私は豚肉を分厚く切り分けて粒マスタードをたっぷりと塗りつけて頬張るのだった……。

 

 

 

 

リュク様達が肉などを美味しそうに食べている中――私は少し浮かない顔をしていた。ロウネ殿も肉を食べておられるが、どうしても私は肉が苦手でどうしたものかと悩んでいると鉄板を用意しているカワサキ殿が私に声を掛けてきた。

 

「えーっとガザリだっけ?」

 

「ガザルです」

 

「ああ、すまん、ちょっと間違ってたな。お前どうした? 口に合わないか?」

 

海の食材だろうか? 見慣れない食材を焼く準備をしていたカワサキ殿に申し訳無いと思いながら私は肉が食べれない事を告げた。

 

「マジか……いや、すまない。配慮が足りてなかった」

 

「いえいえ、私が悪いのです」

 

カワサキ殿が悪いのではないと言うとカワサキ殿はいや、自分が悪いと言って意見を変える事はなかった。

 

「ちょっと今から1品作ろう。ちょっと待っててくれ」

 

「い、いえ! そんなとんでもない」

 

私が止めるがカワサキ殿は素早く調理を始めてしまっていた。私のせいで余計な手間をカワサキ殿に与えてしまったと罪悪感を覚えてしまった。

 

「そんなに手間の掛かる料理じゃないし、でも肉と同じくらい味が良い料理になるからちょっと待っていてくれ」

 

「そうなのですか?」

 

肉と同じ位味が良い料理になると言われて少し興味を抱いて待っていると、カワサキ殿が取り出したのは白い塊だった。

 

「それは?」

 

「豆腐。豆を加工して作る食材だ。豆は好きか?」

 

「はい、豆は凄く好きです」

 

両親が豆を好んでいたので私も豆が好きだと返事を返す。するとカワサキ殿は良かったと笑って調理を始めた。豆腐という白い塊を4つに切り分けて、それに白い粉を塗す。

 

(あの白い粉はなんだろうか? 小麦粉?)

 

調理で使う白い粉と言えば小麦粉だろうか? カワサキ殿を観察していると鉄板の上に油を敷いて、にんにくのスライスを炒める。にんにくの焼ける香り食欲を誘い、口の中に唾が込み上げてくるのがわかる。

 

「ほっと」

 

にんにくの香りがしてきたらにんにくを取り除き、鉄板の上に豆腐が置かれる。音を立てて焼かれる豆腐はすぐに焦げ目が付き、それを確認すると豆腐を回転させて全面をこんがりと狐色に焼き上げると黒いソースをその上に垂らし、バターを乗せて焼き上げる。

 

「はい、お待たせ。豆腐ステーキだ」

 

「すいません、お手数を」

 

皿の上に乗せられた豆腐ステーキを受け取りロウネ殿達が座っている席に戻る。

 

「おや、ガザル殿それは?」

 

「豆腐ステーキだそうです。私は肉が食べれないのできっと特別な品ですね」

 

席に腰掛けフォークで刺して頬張り、目を見開いた。

 

「美味しい……」

 

表面はカリッとしているが中は今まで味わったことの無い食感がする。柔らかいのだが、適度に歯ごたえがあって豆の風味も強い。

にんにくの香りとバターの濃い味と香りが豆腐自体の淡白さを補ってくれている。

 

「これは凄く美味しい。豆料理とは思えない」

 

「豆料理なのですか? それは興味深いですね」

 

豆をどういう風に加工すればこうなるのかと言うのはまるで判らないが、美味しいと言う事は間違いなく言える。4つしかないので、それを1つずつ丁寧に味わって噛み締める。

 

「今から海の食材を焼き始めますからねー、食べたい人は鉄板の前に来てください」

 

カワサキ殿の呼び声でリュク様達が鉄板の前に移動していく姿を見ながら、豆腐を半分に切ってソースに絡める。

 

「これの作り方を知りたいなあ……」

 

外交の場に行くことが多いので肉が食べれないときの料理として、この豆腐ステーキのレシピを教えて貰えないかなと思いながら、最後の豆腐ステーキをゆっくりと噛み締めるのだった……。

 

 

 

 

 

~シズちゃんとエントマのわくわくお料理日記 その4~

 

 

ログハウスの厨房を借りて私は料理の練習をしていた。この料理はとにかく数を作らないとコツがつかめないので人数が沢山いるログハウスが練習環境としては最適の場所だった。

 

「……よいしょ」

 

ケチャップでピーマン、ベーコン、玉葱を炒めて、十分に水気が飛んだらお米を入れて丁寧に絡めながら炒めてお皿の上に盛り付ける。

 

「あむ……なんか違う」

 

ケチャップを入れるのは最後の段階がいいのだろうか? そんなことを考えながら薄焼き卵を作りチキンライスの上に乗せる。

 

「……違う……何かが違う」

 

カワサキ様のオムライスはもっとふわふわとしていて、こんなに固そうな卵じゃない。また失敗したと肩を落として、卵の上にケチャップを塗って厨房から出す。

 

「いただきます」

 

「はい、召し上がれ」

 

ニグン達やザリュース達が食べてくれるので、私はまたオムライスの練習を始める。

 

「……今回はちょっと手順を変えてみよう」

 

ケチャップを使うのは最後にして……んーっと……。

 

「バターを使おう」

 

バターをフライパンの中に入れて溶けてきたら玉葱とピーマンとベーコンを加えて炒める。玉葱がしんなりしてきたらケチャップを入れる。

 

「……水気を飛ばすイメージで」

 

ケチャップの水気が残っているとべちゃべちゃのチキンライスになってしまうので、弱火で丁寧に炒めて、水気を十分に飛ばしたらご飯を入れて炒める。

 

「……ん、これはこれで完璧」

 

水気も少なくて、パラパラのチキンライスが出来た。チキンライスの作り方はこれで成功だと思う……後は……ッ。

 

「ふわふわたまご……」

 

ふわふわの美味しい卵が出来なければオムライスは失敗だ。何度練習してもいい、私は絶対にカワサキ様の作るふわふわの卵の焼き方をマスターして見せると気合を入れてボウルの中に卵を割入れたのだった……

 

 

メニュー108 ホルモンうどん へ続く

 

 




今回で1度シナリオ形式はストップ!前のエ・ランテルの食堂編みたいに料理をメインで書いていきます。これで本当に一区切りまで出来たので、この話の後から料理を書く話の勘を取り戻して行きたいと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。

それとエイプリルフールには間に合いませんが、4月4日の更新でエイプリルフールの特別企画をやりたいと思っております。

それに伴い活動報告にアンケートをおいてありますので、そちらも1度目を通していただけると幸いです。

やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……

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