メニュー113 カルネ村の伝統的な田舎料理 その1
手にしている質素な竹竿だけを持って俺はカルネ村の近く、トブの大森林の近く、アゼルリシア山脈から流れ込んでくる渓流を汗を流し、地面を踏みしめながら登っていた。
「カワサキ殿ぉ、拙者が運ぶでござるよ?」
「いや良いんだ。ハムスケ、こうやって額に汗を流して、川を登るのが渓流の楽しみかたさ」
「そういうものでござるかぁ?」
俺は護衛のハムスケだけを連れて、渓流釣りに繰り出していた。休暇というのもあるが、大きな理由は1つ。昨日モモンガさんから聞いた話が理由だった。
「美味しくて、作りやすくて、持ち運びが効く、温かい軍隊食を作れないかという依頼なんですが」
「……1回聞きたいんだけどさ。俺料理人だぜ? そういうの開発するのお門違い」
「判ってますよ……俺じゃなくてジルクニフ達がですね」
「OK、察した」
確かに人並み以上に料理も出来るし、保存食の知識もある。だけど携行食とかは専門じゃねえよ……。
「どうせエ・ランテルの店は食材が無いから営業止まりますし、カルネ村でのんびりしてくるついでに考えてみてください。
無理そうなら断ってくれて良いですから」
「……まぁ、クレマンティーヌにも叱られてるし、カルネ村でのんびりしながら何か考えてみるよ。思いつくとは断言出来ないけどな」
「クレマンティーヌだけじゃなくて、俺も怒ってますからね? あんまり酷いと料理禁止です」
とモモンガさんにこっぴどく釘を指され、俺はカルネ村で2~3日過ごす事になったのだ。
「よっと」
竹の枝を削り、穂先に糸を結んだだけの質素な竹竿だが、その先に結んである毛鉤は手作りの自信ありの一品だ。
「うーん。良い天気だなあ」
「そうでござるなあ」
さわさわと葉っぱが揺れる音、木の間から差し込んでくる日の光――それらが川に反射してきらきらと輝く、リアルでは絶対にありえない自然に満ちた渓流にこうして立っているだけで気分が高揚して来る。
「釣れるでござるか?」
「さぁ? そこは運否天賦だなあ」
絶対に釣れる魚釣りなんて物はない。こうやって釣り糸を垂れているだけで……ッと!
「よっと!」
森の中に鋭い合わせの音が響き、穂先が水面に引き込まれる。竹竿の弾力と足場を移動して魚の勢いを殺し、竿を高く上げる。水面から顔が出た魚は抵抗する力を無くし、するすると近寄ってくる。
「ほいっと」
「お見事でござる!」
「はは、ありがとな」
30cmもない小さな川魚――なんだが、なんかこう山女とか岩魚かとかとは全然違う。以前デミウルゴスが鰹に似た魚を釣って来たが、それと同類なのだろう。
(川魚と海魚の混血かな?)
海の魚と川の魚の混血とは面白いと思いながら魚籠の中に釣れた魚を入れて、再び上流に向って仕掛けを振り込む。
「今度もすぐ釣れるといいでござるな!」
「ゆっくりしに来てるから程ほどで良いんだよ。程ほどで」
エンリがカルネ村での伝統的な田舎料理を振舞ってくれると言っているし、それも楽しみだなあと思いながら流れに沿ってゆっくりと流れていく目印に視線を向けるのだった……。
薪の準備と鍋についている焦げを綺麗に落としたりと、私は忙しく調理の準備をしていた。
「エンリ、薪はもう火をつけちゃっても良い?」
「うん。ンフィーお願い」
カルネ村に療養に来られたカワサキ様。そんな御方にカルネ村での田舎料理を振舞うなんて、正直心臓が口から飛び出しそうなくらい緊張していた。
「……どんな料理でもカワサキ様は怒らないけど、良く考えてね?」
「……はい」
見学と言っていたけど、絶対私の監視をしているシズ様に緊張と恐怖を同時に感じているとネム達が野菜の収穫を終えて家の中に入ってきた。
「お姉ちゃん、持って来たよー」
「どうぞー」
「お手伝いしたよー」
ネムとクーデリカちゃんとウレイリカちゃんの3人は何時も3人で仲良く遊んでいる。今回も3人で仲良く協力して用意してくれた野菜を受け取り、ナイフを手にする。
「ありがとう。遊んで来てくれていいわよ。ンフィー、悪いんだけど3人を見ていてくれる?」
「う、うん、判ったよ」
ンフィーにネム達の面倒を見てもらい、私は調理を始めた。まずは収穫されたばかりの野菜を水洗いする。
(ち、近い)
手元を凄く見ているシズ様が凄く怖い……水洗いした野菜はヘタを切り落とし、パーリンと、ニキートは細かく切り刻んで、2色のリーキは種を取り除いてから同じ様に細かく切り刻む。
「……ナス、ズッキーニ、パプリカ……」
「もしかしてカワサキ様達も知っている食材なんですか?」
「……うん。ちょっと形は違うけど、似てる」
そうなんだ……確かにそう言われてみるとカワサキ様が使っている食材と似ている物もあるかもしれない。場所は違っていても似ている食材ってあるんだなあと思いながら、燻製肉を適当に切り刻んで、味付けに使う調味料を机の上に並べる。
「……ちょっと頂戴」
「え、あ。はい」
調味料の瓶を渡すと舐めて味見をしているシズ様。そんなに興味があるのか、それとも毒見なのか……複雑な物を感じながら鍋に油を引いて加熱する。良く温まったら香りが良く、元気が出るアリーのすりおろしを加えて軽く炒める。
「よいしょっと」
香りが出て来たら刻んだ野菜と燻製肉を全部鍋の中に入れて、油と絡めながら炒める。
「……」
「あの何か?」
「……料理の仕方は見て覚える」
「そ、そうですか」
監視じゃなくて見ているだけなのかな? と思いながらマニーを加えて、それを潰しながら野菜と全体を混ぜ合わせ、少量のワインを加えて少しだけスープのようにして煮詰めたらお皿の上に盛り付ける。
「……味見」
「ど、どうぞ」
正直田舎娘の料理なので、そこまで期待しないで欲しいんだけど……どうかな? スプーンで掬って食べたシズ様は小さく頷いた。
「……そこそこ美味しい」
「あ、ありがとうございます」
褒められたってことで良いのだと思い、私は次の食材に手を伸ばしカワサキ様の昼食の準備を進めるのだった。ただ途中でエントマ様も加わって、背中を凝視されこんなに調理が怖いと思ったのは初めての事だった。
エンリがカワサキ様に料理を献上するとなって私とエントマで見ていたけど、食材こそ質素だったがエンリの作業は凄くスムーズだった。
(むむむ……まだまだ)
作るたびに考えたり、調味料を慎重に加える私と違ってどれだけ加えれば良いのか判っていると言うのが判り、料理の腕の差を思い知らされた気分だった。
「カワサキ様。お疲れ様でした、魚釣りはどうでしたか?」
「ああ、とても楽しかった。これ、これで何か夕食を頼むとエンリに伝えておいて欲しい」
「……畏まりました」
カワサキ様の手で自ら釣られた魚……これで料理をする事を許されるとはとても羨ましいことだと思う。
「ハムちゃん、ご飯食べる」
「おお! ありがとうござるよ!! ではカワサキ殿! これにて拙者は失礼するでござる」
「ありがとうな」
「いえいえ。また何時でも呼んでくだされ」
ネム達と共に畑に向うハムスケ。カワサキ様の護衛を任されるとは……なんとも羨ましい事だ。本当は私かエントマが付いて行く予定だったのに、ハムスケで良いやと言われたのはハムスケ以下と言われた気がしてとても悲しかったが、森の案内を出来る人材という事だったので、それだとしょうがないのかなと諦めざるを得なかった。私とエントマはトブの大森林の構造を把握している訳ではなく、きっと森の中を案内できるのはアウラ様とマーレ様しかいないのだと思うと、諦めもついた。
「昼食の準備は出来てますが、正直カワサキ様のお口に合うとは」
「良いんだよ。こういう現地の料理を食べるのも、調理の勉強になるからな。エントマもたまにはナザリックの外で食べてみるといい、料理の勉強になるぞ」
しまったという顔をしているが、これはエントマのミスだ。あわわと慌てているエントマを半分押しのけるようにしてカワサキ様の前に立つ。
「……こちらです。道具はお預かりしますね」
「悪いな。さてさてどんな物が出てくるか楽しみだな」
楽しそうにしているカワサキ様をカルネ村での屋敷へとご案内する。
「ここか、良い感じじゃないか」
「……喜んでもらえて嬉しいです」
カワサキ様は過度な装飾を好まれないので、質実剛健な作りの建物を見て満足そうになされているのを見て、やはりこれで間違いでは無かったと笑みを浮かべた。
「……ではごゆっくりお食事をお楽しみください」
「おう。ありがとな」
カワサキ様が館の中に入ったのを見送り、振り返るとエントマが怒り顔を浮かべていた。
「なんで教えてくれなかったの」
「……聞かなかったのはそっち、ばーかばーか」
「むきいいッ!!!」
「にゃああーーーッ!!」
飛び掛ってきたエントマに頬を引っ張られ、私も反撃にエントマの頬を引っ張り返し、ルプーが止めに来るまで私とエントマは地面の上を転がりながら、頬の引っ張りあいを続けているのだった……。
エンリが用意してくれたカルネ村の伝統的な食事を見て、俺は小さく笑った。
(いや、面白いな)
ラタトゥイユに似た料理はフランス系だが、その近くには揚げた豚肉を甘酢のような物で絡めている料理もある。和洋折衷にも程があるが、これは俺達の前に来たプレイヤーが中途半端に料理を伝えたのが原因だと思う事にした。
「田舎料理なのでお口に合うかわかりませんが……一生懸命作りました」
「ありがとうエンリ。さっそく食べさせて貰う」
いただきますと口にして、目に付いたラタトゥイユをスプーンで掬って口にする。
(なるほど……こういう感じか)
にんにくのすりおろしとオリーブオイルではないな、これは普通の油だろう。普通の油ににんにくを加えて香りを立てた物で野菜を炒め、トマトと潰してトマトソースのように仕上げた物だ。
「なるほど、美味い」
甘みの強いトマトを使う事で円やかな味になっている。それに、ワインを加えてスープのように仕上げているのでおかずにもなるし、スープとしても食べれる。なるほど、面白い強いて言うのなら田舎風ラタトゥイユという感じだろう。
「どれ……む」
「お口に合いませんでしたか!?」
今度は酢豚のような物を口に運び言葉につまり、エンリが不安そうな声で言うが手を向けて大丈夫だと合図する。想像していた味と異なり、少し驚いてしまっただけだ。
(いや、これなんだ!?)
見た目は甘酢だ、だけどその味は甘さとは程遠い、強いて言うのならば辛味と言っても良い。塩味と言っても良いが、一体この味付けでどうやってこの甘酢の色にしたのか謎でしかない。
(香辛料じゃない……なんだろうか)
香辛料の色ではない、そもそもこれは何の色なんだ……判らない、判らないが……。
「美味いな、これ」
「本当ですか! 良かったです」
シンプルに美味い。それしか言えない、岩塩を使っているわけではないのに円やかな塩味、それに妙な酸味と深い味わい……理解出来ない、理解出来ないのだが……そう、素直に美味い。
「お、これも美味いな」
香草焼きかと思えば硬い、なんと言うか揚げ物のように凄く硬い。だが悪くない、その硬い衣の中のふんわりとした魚の食感が顔を見せる。
(面白い、なんだこれは)
黄金の輝き亭の料理はまだ自分の知る料理の形があった。だがこれはなんだ? 味わった事も無い食感、そして食べたことも無い味。
「エンリ」
「は、はい! な、なんでしょうか?」
「夜も期待してる。良い物を頼む、もう下がってくれていい」
「は、はい! 判りました!!」
この世界の住人の味覚は決しておかしいものではない、それは今まで料理を振舞ってきたから判っている。だがこの未知の味と食感はなんなのか、久しく感じていない未知の料理に対する好奇心と味にカルネ村での療養は大正解だったと思った。
「……これはなんだろうな。ブイヨン? いや、うーん……」
判らない、判らないが美味い、そして美味いが判らない。こんなに面白いと感じたのは何時振りだろうかと思いながら、ナイフとフォークを動かし続けるのだった。
メニュー114 カルネ村の伝統的な田舎料理 その2へ続く
未知の味と食感に大興奮のカワサキさんを書いて見ました。カルネ村の伝統的な料理、中途半端に伝わった色んな料理だと思ってください。それを色々と改造して食べれるようになったもの、その面白い味はカワサキさんに大きな刺激を与えてくれました。次回もこんな感じの話にしたいと思いますので、次回の更新もどうかよろしくお願いします。
関係ない話ですが最近バルサミコスに嵌っていたりする混沌の魔法使いです。
やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……
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間違っている
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間違っていない