生きたければ飯を食え   作:混沌の魔法使い

161 / 236
メニュー114 カルネ村の伝統的な田舎料理 その2

メニュー114 カルネ村の伝統的な田舎料理 その2

 

カワサキ様がカルネ村で療養するって言うのは俺達も知っていた。むしろ、カルネ村の住人でカワサキ様が来るって言うのを知らない住人はいないと思う。まぁ療養だし、俺には関係ないって気楽に思っていたんだけど……。

 

「ヘッケランはさ、ワーカーとして長旅とかしているとどんな物が欲しい?」

 

「え、えーっと? それはどういうものなんですかね? 武器とかそういうのですか?」

 

まさかさ、手帳を片手にしているカワサキ様にこんなに色々質問されるとか俺は想定してなかった訳だ。

 

「携帯食とかが不味いって聞いてるんだけど、どんな物があると嬉しいとか、そういう感じの話が聞きたいんだけどさ」

 

「あー確かに携帯食ってめちゃくちゃ不味いんですよね」

 

燻製肉や干し肉、あとは野菜の酢漬けとか色々種類はあるけど、基本的に辛いか、酸っぱいかの二択だ。

 

「漬物ってどんな感じよ?」

 

「あー……とにかく酸っぱいか、辛いかですね」

 

味は二の次――大事なのは長く保存出来る事、次にどんな環境でも食べれる。その2点だけを突き詰めた物だと説明するとカワサキ様はなるほどなるほどと頷いた。

 

「じゃあさ。ヘッケランが仮にワーカーとして活動するとして、周りに何も無い時にあると何が嬉しい」

 

「そうっすねえ……やっぱり温かいもんが良いですね」

 

長期の仕事となるとやっぱりキャンプや夜での仕事も多くなる。今はこうしてカルネ村の警護団の団長みたいなことをしていて、安定した住処と村人に頼りにされるって言う生活をしているが、それでも偶に、今度はワーカーとしてではなく、冒険者として広い世界をみてみたいと思わないこともない。まぁこの安定した生活を捨てると言うのは流石に相当な勇気がいるが……それでも夢を見ることは自由だ。

 

「温かいもんってなるとやっぱりスープとか?」

 

「いや、こうもっとぱっと食えるもんが良いですね。モンスターの襲撃の可能性もあるんで」

 

「あーなるほど」

 

悠長に料理をしているとモンスターを呼び寄せることになる。だから手早く作ると味気なくて、食事をしても余計に体力を使ったような気分になる。

 

「保存を掛けてもらうっていう手もあるんですけど、時間を間違えると大惨事ですからね」

 

「あー判る」

 

保存を掛けてもらった弁当っていう手もあるが、保存の時間を間違えたりすると大惨事だ。キャンプ道具やマジックアイテムが使い物にならなくなったとか、本当にきつい。

 

「カワサキ様がなにか携帯食を作るんですか?」

 

「おう、なんか竜王国とか、帝国とか王国とか全部の依頼でな」

 

「できるんですか?」

 

「……正直めっちゃ困ってる」

 

でしょうね。カワサキ様は何でも作れるけど、携帯食はカワサキ様が作るものとは全く方向性が違う。カワサキ様なら出来ると思って依頼したんだと思うけど、これは正直かなり無理なお願いだと思う。

 

「まぁいいや、なんか適当に考えてみるし、イミーナにもよろしく言っておいてくれ」

 

「はは、すげえ緊張してましたけどね」

 

エンリと一緒に何か料理を作るって言ってたけど、カワサキ様にお出しする料理なんで、めちゃくちゃ緊張してたというとカワサキ様は手帳をポケットの中にしまいながら笑みを浮かべた。

 

「楽に作ってくれればいいのさ、俺はどんな物が一般的なのか知りたい。気取った物じゃなくて、シンプルな料理が食べたいんだ。なんだ、ヘッケラン。その顔は」

 

「あ、いや、カワサキ様は高級なもんを食べてるんだろうなあとか思ってたもんで」

 

「俺1人だと適当だぞ? 料理人は自分が食う物はあんまり頓着しないんだよ」

 

「そういうもんなんですか?」

 

「そういうもんだ。んじゃな、色々聞けて助かったよ」

 

俺の意見を聞いて携帯食を考えるんだろうか? でも正直携帯食なんて、作りようが無いだろうなと思っていたのだが、後日カワサキ様が作った携帯食を見て、俺は信じられない衝撃を受けることになるのだった……。

 

 

 

 

 

「すいません。イミーナさん」

 

「ううん。全然良いわよ?」

 

エンリにカワサキ様に料理を出さないといけないから手伝って欲しいと言われた時は、うそでしょ? って思ったけど、その必死な顔を見れば手伝わない訳にはいかない。

 

「それでどんな物が良いのかしらね?」

 

「伝統的な、慣れ親しんだ料理と」

 

「それはまた難しいわね」

 

カワサキ様が望んでいるのは田舎料理と言う物だろうか? 強いて言えば、きっと私達が子供の時に食べたような料理と言う事だろう。

 

(……いるし)

 

しかもシズ様とエントマ様じっと見ているので、それもめっちゃくちゃ怖い。監視されながら一般的な田舎料理って大丈夫なのかな……。

 

「すごい観察されますけど、大丈夫です」

 

「それは大丈夫なのかしら?」

 

監視じゃなくて観察って言い直したけど、半分くらい監視なんじゃ? と思いながら帝国で一般的な田舎料理の準備を始める。古くて固いパンを再利用するこの料理は作りやすく、そして古くなった食材を使うという事で冬場の寒い時期に良く重宝していた。

 

「よっと」

 

カボチを力を込めて半分に割って、中の種とワタを取り出して皮を綺麗に切り落とす。皮をそのまま使う事もあるんだけど、カワサキ様におだしすると言う事で今回は皮を綺麗に取り除くことにした。

 

「……」

 

(いや、近いわね)

 

エントマ様が手元を覗き込んでいて、凄い怖いわねと思いながらカボチをスライスして、沸騰している鍋の中に入れる。

 

「これ使っていい?」

 

「どうぞ」

 

エンリの許可を得てから野菜を適当にとって、皮をむいて食べやすい大きさにカットする。

 

(オニーと牛乳と茸っと)

 

スライスしたオニーと石突を取った茸を塩胡椒でバターとオリーブオイルで炒めて、バターが全体に絡んだら茹でておいたカボチを加えて、具材が浸るくらいの水を加えて、へらで潰しながら具材を煮る。

 

「んーちょっと薄いわね」

 

味見をして味が薄いと感じたので、塩を一振り、それと野菜と肉を乾燥させてすり潰した昔ながらの調味料コソンと牛乳を加えて、今度は御玉でカボチを押し潰しながらスープに仕上げる。

 

「良し、仕上げ」

 

スキレットの上にパンを乗せて、パンの上半分を切ってそのままナイフの先でパンの中身をくり抜いて、食べやすい大きさに切ったらカボチのスープをパンの器の中に入れて、食べやすい大きさに切ったパンをスープの中にいれる。

 

「仕上げのチーズっと」

 

その上にたっぷりのチーズを振り掛けてオーブンの中に入れて焼き上げれば完成だ。

 

「肉料理も作っていい?」

 

「はい、お願いします。私は魚の方が得意なので」

 

エンリの許可を得てから肉を手に取り調理に入る。だけどやっぱりジッとシズ様とエントマ様に見つめられていて、物凄く緊張したのは言うまでもない……。

 

 

 

 

イミーナさんが手伝ってくれるお陰でカワサキ様におだしする料理の種類が増えた事に私は正直安心していた。カワサキ様はこの地方などで食べられている料理を望まれていたけど、カルネ村は正直言うと田舎だ。食事も料理とは呼べないくらい質素な物が多い、自分達で野菜を育て、川で釣りをして魚を取り、偶に狩人のおじさんが取ってきた獲物を村全体で分けて食べる――そんな生活をしているのでカワサキ様の望む物を用意出来るか? という不安はあった。

 

「おーい、エンリぃ。血抜きと羽の処理が終わったから持って来たぞお」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

カワサキ様にお料理をお出しすると聞いて、昼前から狩に行ってくれていたおじさんが戻って来た。

 

「わぁ。凄い、大物ですね!」

 

「おう! いやあ、これだけの物は中々無いぞッ!」

 

丸々と肥えた野鳥を自慢げに掲げるおじさんにありがとうございますと頭を下げて野鳥を受け取る。

 

「カワサキ様によろしくな」

 

「はい! ありがとうございました」

 

カワサキ様によろしくっと言って帰っていくおじさんを見送り、2匹の野鳥を作業台に乗せる。

 

「それ、どうするの?」

 

「お腹の中に潰した芋を入れて、塩胡椒で味付けをして焼こうかなと」

 

鳥の脂と香りが芋に移ってそれだけでも美味しいと思える料理だというとイミーナさんが小さな鍋を2つ重ねて、何かを焼き上げながら私の方に視線を向けた。

 

「それ貰っても良い? ローストは美味しいけど、私も良いの知ってるのよ」

 

「それならこっちの大きいほうをお願いします」

 

塩胡椒で焼くだけではカワサキ様に満足していただけないかもしれない。イミーナさんに大きいほうを譲り、小さいほうの野鳥の調理を始める。ナイフで手羽の付け根に軽く切れ込みを入れて、茹でて潰した芋をお腹の中に詰める。

 

「よいしょっと」

 

鳥の表面に塩胡椒を振るって、酸味のある果物なら何でもいいので、シズ様が植えてくれたレモンという果物をスライスして、鳥の表面に絞り汁をすり込んで、お腹の中にも2枚ほど入れる。これで少し癖の強い野鳥が大分食べやすくなる、次に深い皿に香り付けのバターを塗ってその塊を皿の真ん中において、その上に野鳥を乗せる。

 

「……なんでバターを真ん中に置いたの?」

 

「え。えーっと私も良くは判らないんですけど、こうやって焼いて、バターが溶けたらスプーンで掬って上から溶けたバターとその中に溶けた鳥の脂のスープをかけて焼くと美味しくなるんです」

 

「……そう、そういう料理もあるんだ」

 

ありがとうと呟いてまた私の料理の観察に戻るシズ様の視線が怖いなーと思いながら、野菜を1口サイズに切り分けてオーブンの上においておく、鳥の脂とバターが溶けたスープが出来たらそこに野菜を入れて野菜もそのスープで煮る事で野菜も美味しく食べれる。

 

「次はっと」

 

カワサキ様が釣ってこられた魚の鱗を取ってお腹を開いて内臓を取り出し、流水で綺麗に魚のお腹の中を洗う。そしたら塩を魚の両面に塩を振り掛けて、それが馴染ませている間にアリーをナイフの腹で潰して、マニー、オニーを適当に切る。そして先日リザードマンさん達が持ってきてくれた拳大の大きな貝の表面を綺麗に洗って、泥や汚れを落とす。

 

「ほっと」

 

底の深い鍋に油とアリーを加えて、アリーの香りが出てきたら塩を振っておいた魚を入れて、アリーの香りがする油を掬って揚げながら焼く、油が少量なので揚げきられることは無く、香ばしい香りとぱりっとした皮――だけど身はふっくらと仕上がる。魚に焼き色がついたら刻んでおいた野菜を全部鍋の中にいれ、貝を3つほど鍋の中に入れて、具材全体が軽く沈むくらいのワインと水を加え、蓋をしてじっくりと煮る。

 

「サラダとか私が準備してもいいですか?」

 

「いいわよー、じゃ、私はパンを準備するわね」

 

イミーナさんと色々と話をしながら、カワサキ様におだしする料理を私達は続けていくのだった……。

 

 

 

 

昼食よりも豪勢なエンリとイミーナが用意してくれた夕食を前にワインのボトルの封を開けてグラスに注いだ。

 

「こうして見ると……やっぱりなんだよな」

 

フレンチや中華らしき料理の形式が見える。それを見ると決して料理の知識的には劣っていないと思う……ただやはり、やや中途半端っという感じが否めないのだが……それでも決して料理の基本的な知識が足りていないわけではないと言うのが良く判る。

 

「ん……うん。これなんか、もろにそれだよな」

 

野菜を切り分けただけのサラダだが、それに掛けられているドレッシング――少しばかり味が気になる部分はある。気になる部分があるのだが……。

 

「完全にシーザードレッシングだよな」

 

少しばかりドレッシングというにはソースがモッタリしているが、味付けは完全にシーザーサラダのそれだ。マヨネーズとにんにく、それと牛乳とレモンの絞り汁――ソースというかムースみたいになっているが、それでもこれは完全にシーザーサラダのそれだ。

 

「味も悪くない……いや、むしろこっちの方が美味いんじゃないか?」

 

サラダというか和え物に近い感じがあるんだが……食べ応えを考えるとこれにはこれの良さがある。

 

「パンとかに挟んだりすると考えるとこっちの方が美味いな」

 

一概にどっちがとは言いがたいが……決してこのサラダは不味くない。むしろ、色々と発展させがいがあって面白いんじゃないだろうか? そんな事を考えながら、机の真ん中に置かれている鍋が2つ上下で重なっているそれを開ける。

 

「ジビエか、はは。面白いなこれ」

 

思わず笑ってしまうとはこの事だろう。2つの鍋で挟み込んで香味油か? それで蒸し焼き? いや揚げてるのか? 煮てるようにも見える。

 

「駄目だ、わかんねえ……」

 

隣の小さな野鳥はオーソドックスなグリルと言うのが判るんだが、これは未知数すぎる。皿の上に乗せられていたナイフで手羽を切り落とし、早速口に運んでみる。

 

「……美味い。なんだこれ」

 

表面はカリっとしていて完全にこれは揚げた鳥の食感だ、だが噛み締めるとジューシーで柔らかい、この感じは煮た物だ。そして食べ進めると適度に油が落ちたこの感じは焼いた物……。

 

「目から鱗だな」

 

煮て、焼いて、揚げて――それらを1つに組み合わせるって言うのは俺の発想にはなかった。スプーンで香味油らしきものを掬って、口にする。

 

「……鳥の脂、それにネギ、しょうが、にんにく……後はなんだ……?」

 

判らない、判らないが美味い。しかも判らないってことはこの世界特有のスパイスとかそんな感じなのかもしれない。

 

「こっちは……レモン?」

 

野鳥のグリルのほうは臭み消しにレモンを使っているのか、臭みは殆ど気にならない。

 

「……うん。美味い」

 

普通に美味い、派手さは無いが……その派手さの無さが逆に物の美味しさという物をシンプルに教えてくれる。そんなことを考えながら詰め物の芋とその下の野菜を食べて、俺は評価を改めた。

 

「なるほど、これはメインが違うのか」

 

肉は確かに美味いが、これはあくまで出汁、そして香り付けの物に近い。味自体は野菜と芋に染みこんでいる野鳥の脂と色んなスパイスが混ざっている野菜の方が上だ。

 

「……発想の違いか」

 

肉ではなく、野菜をメインにする調理というのは実に面白い。それにこの野菜はバターか何かで焼きながら煮られたのか、歯応えも独特だ。

 

「……だが重い」

 

味は悪くない、だが全体的に味が重い。ワインを口にして1度口の中をさっぱりさせてから、スキレットを掴んで自分の方に引き寄せた。

 

「パングラタンか。こういうのは良いな」

 

スプーンでチーズが溶けだしたシチューを掬い、口に入れようとして気付いた。これはパンプキンポタージュか……。

 

「……うん、美味い。コンソメじゃないが、なんだこれ」

 

コンソメは使っていない。だが肉の旨みと野菜の旨みがある……コンソメではないが、コンソメに似た感じの物か。

 

「これ欲しいな」

 

この世界の住人に一般的な粉末出汁――エンリかイミーナに少しこれを分けてくれないか頼んでみようと思いスプーンでパンプキンポタージュを掬って口にする。

 

「……美味い。良い味だ」

 

ミキサーが無いので少し固形のかぼちゃが口の中に混じってくるが、その感じも素朴なパンプキンポタージュという感じで凄く良い感じだ。パンの器もカリカリに焼かれているので、内側は柔らかく、外はパリパリとしている。その2種類の食感で楽しませてくれる、しかもパンが俺が教えた柔らかいパンではなく、以前までのカルネ村の固いパンだからこそ、余計にポタージュがしみこんでいて美味いと思わせてくれる。

 

「さてと……これだ」

 

俺が釣ってきた魚を使った料理――恐らくこれだ。一体どんな料理になっているのかと期待しながら鍋の蓋を開ける。

 

「これはアクアパッツァじゃないか」

 

マジか、こんな本格的なイタリア料理までこの世界には伝わっているのかと正直驚いた。

 

「どれどれ」

 

まずはスープだ。これが全ての味を決める――さてどんな味かな? と期待しながらスープを口にした。

 

「美味い」

 

俺の作るアクアパッツァとは全然違う。味付けも、具材も実にいい加減だ……だが。

 

「美味いにも程があるだろう」

 

どうしてこんないい加減な作り方でと思うほうが不躾だ。これはこれで完成している、余計な手も、むしろ俺のような専門的な知識がある人間では辿り着けない味だ。

 

「……うん、うん」

 

俺の釣った魚は白身だからアクアパッツァに適しているが、川魚の癖に鯛や鱈のような豊潤な旨みがある。その旨み全体がスープに溶け出し、更にそのスープにはたっぷりの野菜と貝の旨みまで滲み出ている。

 

「世界は広いなあ」

 

自分が知らない料理、味付け、そして作り方――知らない事が多く、そしてまだその道はどこまでも続いている。

 

「本当に俺はまだまだだな」

 

料理を極めるという願いはまだ叶わない、だがそれでこそ挑み甲斐がある。俺はそんなことを考えながら、エンリとイミーナが用意してくれた料理に1つ1つ噛み締め、そして味付けや作り方はどんな物なのかと考えながら料理を丁寧に口に運ぶのだった。

 

 

メニュー115 シズちゃんのお料理チャレンジ へ続く

 

 




自分の理解を超える料理にカワサキさんは驚きながら、この世界の住人の好む味付けなどを学びました。次回はシズちゃんをメインで書いて行こうと思います、それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。

やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……

  • 間違っている
  • 間違っていない

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。