生きたければ飯を食え   作:混沌の魔法使い

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賄い 星に願いを/魔法学校/開店準備

賄い 星に願いを/魔法学校/開店準備

 

ペストーニャに車椅子を押され俺の前にやってきたカイレ。その顔は険しく引き締まり、緊張感に満ちている。

 

「さて、カイレ。最後の確認だ、今からやる事は私と言えど確実性があるとは言えぬ。実験に失敗し、死ぬ可能性もある。それでも良いか?」

 

「はい、既に私に何の未練も後悔もありませんゆえに……お役に立てるのならばいかようにもお使いください」

 

覚悟完了しすぎちゃってるなあ……とは言え、シューティングスター【流れ星の指輪】は使った事がないし、超位魔法に関しては未知数の部分が多いので不安要素も多い。

 

「良かろう、その覚悟、そして私に尽くそうとする覚悟確かに受け取った」

 

若返らせることでカイレの失われた記憶が戻るかもしれない。それに帝国や王国の老兵といわれた人物達を若返らせる事でスレインによって失われた年代の資料を手にする事が出来るかもしれない。あくまで可能性があると言うだけで、それに全てを賭けるのは余りにも危険すぎる……もう少し資料を手にしてからでもいい、安全性を確保してからでも良いと思わないわけではない。だがそれではカイレの身体が持たないと言うのがペストーニャの診察結果だった。

 

「ペストーニャ、最悪の場合は頼むぞ」

 

カイレの身体は傾城傾国を長い間装備した事でワールドアイテムの規格外の魔力に当てられている。更に延命措置の為に投薬や魔法によって蝕まれていており、足の麻痺と記憶の欠落はそれらの後遺症であり、ペストーニャが懸命に治療を続けていたがこれ以上は持たず、後1週間も生きられないと聞いてはリスクは承知でも踏み切らざるを得なかった。

 

「お任せくださいませ……ワン」

 

治療、蘇生呪文に秀でているペストーニャを控えさせ、最悪の場合に備えてからシューティングスター【流れ星の指輪】を指に嵌め、強欲と無欲を装備する。

 

「さぁ指輪よ……I wishッ!!」

 

自分では知らない情報・記憶が頭の中に流れ込み、言葉に出来ない強大な何かと繋がる幸福感――それが俺に纏めて押し寄せてくる。それはオーバーロードの時とは比べ物にならない多幸感……下手に使えば戻って来れないとさえ思う感覚。それは一瞬の事だったが、とてつもなく長い時間だったようにも思える。

 

(今度使う時は人化は解除しよう)

 

人間では駄目だ。この感覚に飲み込まれてしまう……オーバーロードの感情抑制が無ければ、これに魅了されてしまう。リアルで一時期問題になっていた電子麻薬……それと似通っているかもしれないと俺は思った。

 

「失われたこの者の時間を、そして悪意によって蝕まれた身体を健やかな状態へ戻してくれッ!」

 

ユグドラシルではトラップの中に老化と言うものがあった。アップデートによって消された状態異常だが……その理由はログアウトした時に老化していた自分の感覚がログアウトしても解消されず、一時期ユグドラシルを終了させるかどうかと言う大騒動になったのだ。その時はユグドラシルの全盛期で老化の状態異常を消す事と詫び石や、本来は課金しなければならないアイテムの配布でその騒動は収まったが……とにかくだ。ユグドラシルにあった状態異常なのだからシューティングスター【流れ星の指輪】で治せる筈だ、強欲と無欲にちらりと視線を向けて慌てる。

 

(おいおい!?まじか!)

 

溜めていた経験値が凄まじい勢いで消耗されていくのを見て絶叫しそうになったのを必死に堪える。2人……いや3人のレベルを99から100にするほどの膨大な経験値を消費し、老化のデメリットか、それとも呪いや薬物の影響か……途方もない経験値を消費し、カイレの姿が光の中に包まれる。良くは見えないが、光の中でカイレの姿が徐々に変わり始める。そして光が消える頃には、しわくちゃだった皮膚は白磁のように滑らかで、その身体自身が光っているように見えるほどだ。それに美しく張りのある……。

 

「アインズ様、女性をそうまじまじと見つめる物ではありません……ワン」

 

「む、むう、そうだな。すまない、ペストーニャ」

 

ペストーニャが割り込んでくれたことで全身を見る事は無かったが、万人が万人見惚れる……天性の美と言うものをカイレに感じた。と言うかモデル顔負けの美人が全裸では流石に視線がそっちに行ってしまうのでペストーニャがローブを着せてくれて本当に良かったと思う。

 

「では改めて問おう。カイレ……お前は失われた記憶を取り戻したか?」

 

「はい、アインズ様のお蔭です」

 

鳥がさえずるような、美しく澄んだ声だ。圧倒的な存在感と言っても良い、アルベドも美しいがそれとはまた違う……なんと表現すれば良いのか俺には判らないが、これはランポッサ三世やジルクニフの持つ王気と言っても良いのではないかと思った。

 

「ローブル聖王国……聖王ロナディアスの子、第一皇女カナメリア・イナ・レストニアスと申します。アインズ・ウール・ゴウン様」

 

スレインに攫われ、何年にも渡り行方不明だった第一皇女……カイレと言うのは、フルネームの頭文字を取り、完全に別人とはせずにするための偽名だったか。

 

「私は思い出した、思い出して……うっ」

 

思い出したことを口にしようとするカナメリアだが、小さく呻き膝をつく。その姿を見てペストーニャの名を呼ぶ

 

「今は無理はするな、ペストーニャ。カナメリアを病室へ、若返ったとは言え、体力などは回復してはいない筈だ」

 

「判りました。さ、カナメリアさん。こちらへ」

 

「す、すみません」

 

車椅子に乗せられ退室するカナメリアの姿を見送り、シューティングスター【流れ星の指輪】を指から外す。

 

「さて、どうしたものか」

 

今現在のローブル聖王国の聖王はカルカ・ベサーレスと言う少女だったはずだ。それにレストニアスと言う家系の話はデミウルゴスの報告では聞いていない……既に断絶しているか、それとも王家としての格は失われているかのどちらかだ。

 

「下手にアプローチをかけるわけにはいかないか……」

 

カイレ自身が既に何十年も前の人物だ。子供の時の似顔絵などはあったとしても、20代前半の姿は誰も知らないし……国家転覆などを企んでいると思われては、同盟国にローブル聖王国を加えることも出来なくなる。ここは慎重に行くべきだと思うし、1度デミウルゴス達に相談に乗ってもらうべきかと思っていると扉が叩かれ、メイドから声が掛けられる。

 

「……アインズ様。そろそろお時間です」

 

ああ、そうか、今日は魔法学校の開校の打ち合わせがあったな……相談している時間はないか。

 

「あ、そうだそうだ」

 

ドラウディロン女王やランポッサ三世ならレストニアと言う人物を知っているかもしれない、エ・ランテルに向かう前にカナメリアの写真を撮って、その姿を見てもらい誰か判るか聞いてみよう。そう思い、俺は執務室を後にし、出立前にペストーニャのいる医務室に足を向けるのだった。

 

 

 

 

リ・エスティーゼ王国とバハルス帝国の共同政策としての魔法学校の開校を控え、竜王国もそれに1つ噛んで、3カ国の協力事業としての調整を進め、近日中にも1期生の人選が始まるという所まで来ていた。

 

「ああ、そうだ。ランポッサ国王、ドラウディロン女王に1つお聞きしたいことがあるんですよ」

 

そんな中ゴウン殿が私とドラウディロン殿にそう頼み込んできた。

 

「うん? 私にか?ゴウン殿が知らない事を教えれるような知識はないんじゃが……」

 

「私もだな」

 

ゴウン殿が知りたいこと、知らない事を教えれるような知識は私にはないと思うのだが……。

 

「アインズよ。酷いではないか、私とリュクは仲間外れか?」

 

「まぁ、私はビーストマンですし、そこまで知識はないですが……相談事ならば、私も仲間に入れて欲しい物ですが……」

 

ただでさえビーストマンには魔法と言う概念が無く、この話し合いに参加出来ないでいたリュク殿が若干いじけた口調で言うとゴウン殿はそういうつもりではなかったのですがと前置きをしてから口を開いた。

 

「別にジルクニフ殿とリュク殿を仲間はずれにした訳ではなく、ご存じないかと思ったので」

 

ジルクニフとリュク殿が知らず、私とドラウディロン殿が知っていると言うこと……。

 

「ゴウン殿、それでは私が婆と言っているように聞こえるのじゃが?」

 

「あ、いえ、そう言う訳では……ただドラウディロン殿はドラゴンの血が入っているので長命だとお聞きしますし……」

 

「まぁそれは否定せんが……ゴウン殿よ、これでも女じゃ。年齢に触れるのは些か不躾と言うものじゃぞ?」

 

まぁその通りではあるな、ジルクニフが口を押さえて笑い、ドラウディロン殿にキッと睨まれる。

 

「くっく……ふはは、そ、それでアインズよ。ランポッサとドラウディロンに聞きたい事とは何だ?」

 

含み笑いをしながらジルクニフが問いかけるとゴウン殿は机の上に1枚の紙をおいた。そこには美しい妙齢の女性の姿が写されている、その姿を見てどこかで見覚えがあるなと首を傾げた。

 

「レストニアというローブル聖王国の王家はご存知ではありませんか?」

 

ゴウン殿の言葉に写真の人物が何者かという事を私達は悟った。どこかで見たことあると思っていたが……随分と懐かしい名前だ。

 

「ローブルの聖王はカルカ・べサーレスだろう? レストニア等と言う貴族の名は聞き覚えが無いが……」

 

「聞き覚えが無いのも当然だ、私がまだお前くらいの年頃……50年ほど前のローブルの王の名前だ。ロナディアス・レイ・レストニア。聖騎士皇と呼ばれた、武勲と知略に長けたそれはそれは優秀な男だった」

 

「ついでに言うとドラゴンライダーでもあったな、いや、懐かしい名だ」

 

懐かしいと思うほどに昔の名だ。それをまさかゴウン殿の口から聞くとは思っても見なかった。

 

「ふうん……その聖騎士皇と呼ばれたロナディアスと言う男とこの娘に何の関係が? まさか古い血脈を担ぎ上げるつもりか?」

 

そんな事はないと判っているジルクニフだが、若干からかうように告げる、しかしそれはあり得ない話でもある。

 

「それはないな。レストニア家は随分と昔に権力の座から退いている……確か娘が1人行方知れずになり、それを探す為に王位を放棄した筈」

 

丁度私が10歳くらいの時に誘拐されて、リ・エスティーゼも大騒動になったのを覚えている。しかし何故ゴウン殿がレストニア家を知っているのか、何故このタイミングでその話題に触れて来たかが謎だった。

 

「スレイン法国に洗脳され、危険なアイテムを使う為だけに生かされていた老婆を保護したのですが、病と薬、魔法の影響で酷く衰弱しており、記憶の欠落も訴えておりました。助けた以上死なせるのも忍びないと思い、不安定な魔法を使ったのです。その結果、彼女は若返り、失われた記憶を取り戻し……私にこう名乗りました。ロナディアスの子、カナメリア・イナ・レストニアスと」

 

ゴウン殿の言葉が会議室に木霊する。カナメリア……そうだ、確かそんな名前だったと言うのを今はっきりと思い出した。

 

「スレインの悪逆の生き証人か……」

 

「ふぅむ……しかしだな、それを信じさせるのは難しいぞ?」

 

「ええ、私も承知しております。アゼルリシア山脈の捜索を終えるまでは我々の方で保護を続けるつもりですが……彼女をどうするかという事に関してお力と知恵を借りたい」

 

簡単に言うが、これはローブル聖王国を根底から覆しかねない案件で、魔法学校の開校が間近に迫っている中に発生したこの大きな問題に私達は頭を抱える事になるのだった……。

 

 

 

 

 

 

一方その頃、まだカイレが若返った事も知らず、モモンガが王達の会議で爆弾をぶち込んでいるなんて夢にも思っていないカワサキはクレマンティーヌと共に新装開店の準備を始めていた。

 

「どんどん食材が届くね。ちょっと疲れたよ」

 

「確かにな。でも俺の計画通りだ」

 

鉄板焼きや、うな重などを販売したことでもっと食べたいと思わせる事が出来た。そしてロフーレさんも食材を十分に用意してくれたので、今度からは店が焼かれる前と同様に営業する事が出来る。

 

「野菜を持ってきました。どちらに運べば良いですか?」

 

「うええ、まだ整理終わってないのに……こっちに持って来てくれる?」

 

「はい、判りました! おい、皆! こっちに運ぶぞ!」

 

「「「はい!!」」」

 

しかしロフーレさんも随分と気合を入れてるな……まぁ俺としては安定して営業出来るだけの食材が集まれば御の字だし、色々と試しながら情報収集も出来ると食堂と言うのは本当に良い場所だと思う。

 

(ま、居酒屋は柄じゃないしな)

 

居酒屋ならばもっと情報も集まると思うが、それでは料理よりも酒で俺としてのアイデンティティが揺らぐので駄目だ。やっぱり俺は料理をしてこそだと思う。

 

「次はお肉とかを持ってきますので」

 

「おう! 待ってるぜ」

 

「はい!」

 

ロフーレ商会のエンブレムをつけた従業員がいなくなった隙にある程度の食材はアイテムボックスに格納し、一部の野菜などはナザリックに持ち帰り、栽培できるかどうかを試してみるつもりだ。

 

「でも今回も短期間の営業なんだよね?」

 

「多分なぁ、でも1ヶ月か2ヶ月は営業出来るんじゃないか? その時間が勝負って事だ」

 

帝国、王国、竜王国、ビーストマン……4ヵ国が集まり1つの組織になるというのは分断させる為に暗躍していたスレインにとっては最悪の展開だろう。そしてそれら全てがエ・ランテルを拠点にしているとなれば、間違いなくエ・ランテルに間者は来る。

 

「そこを捕まえて、向こうの出方を見るためにも私も頑張らないとね」

 

「おう、頼りにしてるぜ」

 

「勿論、任せておいてよね!」

 

クレマンティーヌが4ヵ国同盟に参加している事は竜王国でスレイン法国に知られた。スレインからすればクレマンティーヌは裏切り者で、排除するべき相手となる。そしてそれはクレマンティーヌと行動を共にしている俺も同じだ……アルベド達には説明していないが、今回のエ・ランテルは情報収集ではなく、スレインの手の者を誘き寄せるおとり捜査と言う側面がある。

 

(さてと……どうなることやら)

 

出来る限りの準備はしたし、スレインを追詰める為の準備もした、今まで好き勝手してきたスレインを追詰めるだけの手札は徐々に整い始めている。アゼルリシア山脈とドワーフの国との国交の回復の為の遠征に出発する前に、大きな証拠を掴みたい物だなと思いながら俺は明日からの営業の準備を再開するのだった……。

 

 

メニュー120 カツ丼 その2へ続く

 

 




と言う訳で準備フェイズは終了で、ここからは食堂編で料理ばかりを書いて行こうと思います。長いことお待たせしましたが、ここからリクエストも積極的に消化して行こうと思います。それでは連続更新の2回目もどうかよろしくお願いします。

やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……

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