メニュー125 山賊焼き
今日は4ヵ国同盟の兵士・騎士の最終試験の日だ。ブリタは最初の試験は突破出来たそうだが、次の試験は体力・腕力不足で不合格だったらしいが……代わりに斥候や騎馬兵への適正を見出され、そっちの試験に移ったと聞いた。
「まぁ何にせよ、良い事だな」
「何が?」
「んー?自分はここまでだと決めて何もしないよりかは、行動した方が良いと思わないか?」
行動すれば失敗もするだろう、反感も買うこともあるだろうし、後悔することもある。だけどやらないで後悔するよりかはやって後悔した方が良いと思う。
「だからって私はこれを許してないけど?」
「すまんかった」
大量の鳥肉の山を見たクレマンティーヌの目が完全に据わっている。4ヵ国同盟の採用試験の最終日に参加者を労う為に料理を作って欲しいと頼まれて引き受けはしたが、まさかこんな地獄絵図になってるとか俺でも想像出来る訳が無い。
「いやさ、まさかこんな事になるとは思ってなかったんですよ」
「話はちゃんと聞くべきだと思うんだよね、私は」
「全く持ってその通りだな……どうするかなあ……」
城の料理人がどうします?という視線を向け、呆れているクレマンティーヌの視線に晒されながらどうするか? と必死に考える。
「とりあえずちょっと待ってくれ、何か考えるわ」
この大量の鳥肉をどう料理するか、与えられている時間は後半日くらい――正直俺1人でどうこう出来る量ではないので、城の料理人達の力を借りる必要もある。そして何よりも労いという意味が……広場から響いて来る怒号と金属音を聞きながら短時間で作れて、打ち上げに出しても問題のない料理を考え、俺は座っていた椅子から立ち上がった。
「穴掘っていいか?」
「はい?」
「だから穴を掘るんだよ。穴を掘ってだな、そこに炭を入れて火をつけてだな。こんな感じで槍を並べるんだ」
俺が思いついたのは山賊焼きだった。甘みの強いタレを作って、炭火でじっくりと鳥肉を焼くあれならば大量に作れるし、片手で串を持って、もう片方の手で酒を飲みながら食べれる。城の中で作る料理では無いが、時間的にはこれが1番速いと思う。
「好きにしてくれて構わないと聞いているので問題ないと思いますが……」
「うっし、じゃあ兵士見習いの子にこれくらいの幅と深さで穴を掘ってもらってだな」
羊皮紙に簡単に設計図を書いて、こんな感じで作ってくれと頼み。バンダナを頭に巻いて立ち上がり、包丁を手にする。
「鳥を捌けるのはどんどん捌いてくれ、鳥を解体する班と、腿肉に分ける班に分かれて作業する」
腿肉から使って他の部位は後で料理を始める。まずは試験を終えた者に出す料理として見た目が良く、時間稼ぎになるものから始める事にする。
「腿肉は余計な皮をこうやって剥がして、骨に沿って切れ込みを入れる。骨から切り離すんじゃないぞ、切込みを入れるだけだ。後皮も使うから捨てるなよ」
ある程度の皮は使うが、多すぎると味がくどくなるので余分な分は剥がす。剥がした分は香辛料と片栗粉を塗してからっと揚げれば摘みにも飯にも合うので皮を捨てないように注意し、包丁の先を使い骨に沿って切れ込みを入れて噛み千切りやすいように隠し包丁を入れる。
「切れ込みを入れたらフォークでこうやって皮目を刺して穴を開ける。これで味が染み込みやすくなるからな、わかったらどんどん作業をしてくれ、解らなかったらその都度聞いてくれれば良い」
「「「はい!」」」
下拵えのやり方を見せたら、料理人を更に半分に分けて今度はクレマンティーヌを呼ぶ。
「何するの?」
「にんにくとしょうがを微塵切りか玉葱をすりおろすか。どっちが良い?」
「微塵切り、玉葱は目が痛くなるから」
「OK、城の料理人にも手伝わせてくれ」
とにかく大量にいるので城の料理人にも手伝わせるように言って人員を俺とクレマンティーヌで分ける。
「玉葱の皮を剥いてひたすらすりおろしな」
えっと言う顔をしているが、これを訂正するつもりはないのですりおろすように指示を出したら、瓶を綺麗に水洗いする。
「刻み終わった奴をどんどん瓶の中に入れてくれ」
「「はいッ!!」」
瓶の中に刻んだにんにくとしょうが、そしてすりおろした玉葱をどんどん入れるように頼み瓶の中に入る水の量などを計算し、醤油、日本酒を一瓶、二瓶といれ、みりんを一瓶、それとザラメを一袋入れて全体が馴染むまで混ぜる。
「少し足りないな」
ザラメと醤油を少し足して、骨付き鶏腿肉を捌いてくれてる人達の方に走る。
「捌き終わった分は全部瓶の中に入れて漬け込むぞ。運ぶの手伝ってくれ」
「「「わ、解りました!」」」
兵士にも頼んで捌いた鶏腿肉を漬けダレの入った瓶の中に入れる。
(本当は串をさせればいいんだが……そこまでの準備をしている時間はないな)
やっぱり当初の予定通り槍の上に金網かなんかをおいて、その上で鳥肉を焼くとしよう。
「味を馴染ませている間に他の準備をするぞ、休んでいる時間は無いぞ」
指示を出しながら俺自身も忙しく動き回る、用意されている時間が少ないのに大量に料理を作らねばならないこの状況がどこか懐かしく、そして張り合いがあって良いなと俺は思い、知らずの内に笑みを浮かべているのだった……。
槍を地面に突き刺し、それにもたれかかる様にしてパルパトラは大きく息を吐いていた。老人だから息切れしているわけではない、最終選別にまで進んでいたグリンガムや、ペテル達もへたり込んで荒い息を整えていた。
「そっちはどうだ?」
「こっちは終わりましたよ、バジウッド殿」
最終選別は個人、チームの両方での活動が試験内容であり、グリンガムやパルパトラと言ったチームで動く者達は個人での試験の後に続けてチームでの試験に入ったことにより、体力の消耗も激しいようだ。
「ではまずご苦労さん、1次試験、2次試験、そして最終選別と良く頑張ってくれた。候補者1000人近くから、生き残った100人と言う事で十分胸を張ってくれて良いぜ」
「しかしだ。これで合格と言う訳ではない、ここから更にジルクニフ皇帝、ランポッサ三世、ビーストマン君主リュク殿、そして竜王国女王ドラウディロン様による合否の判断がある。後日城よりの使いが結果を伝えにいく、宿泊している宿の変更などはないか? 変更している者は今の内に知らせてくれ」
バジウッド殿と私の言葉に動き出す者はいないと言う事は宿の変更はしていないと言うことだろう。
「では改めて4ヵ国同盟の徴兵に参加してくれた事に陛下に代わり感謝する。試験終了の打ち上げと言う事で食事会の準備をしているので、希望者はシャワーや着替えなどを済ませ、再びこの場所に戻って来て欲しい。では解散」
よろよろと歩いていく参加者を見送り、試験官として監督していたバジウッド殿とガーランド殿と共に王達へ提出する資料を纏める。
「やっぱり竜狩りのパルパトラの爺さんは年齢だな」
「然り、腕は良いが前衛として連れ回すのは酷というものだろう」
ワーカー 竜狩り パルパトラ・オグリオンは確かに年齢が足を引っ張っているが私はそう悪いとは思っていなかった。
「そうだろうか? 指揮官としては十分に働けると思うし、技術を教えると言うことで教導側に迎え入れるのもありだと思う」
「……まあそれもありっちゃありだが、あの爺さんがそれを受け入れるかねぇ」
バジウッド殿の言う通り、かなりプライドが高い御仁だが直接戦うだけが全てではない。話し合いの結果は前衛としては厳しいが、教導などに向いていると言う物だった。
「となると高齢や怪我をしている者もそっちでいいか?」
「そうしましょう」
4ヵ国同盟とすることで最も期待出来るのは各国やワーカー、冒険者などの区分無く集まりそれぞれの技術を教えあい、新しい武技などの開発や武器や鎧の作成にある。怪我や年齢で中堅に留まっている者は指導者や技術者として活躍してくれることを期待している。
「こいつは落選でいいだろ? エルヤー・ウズルス」
「役に立たないからな」
「なんでこいつ試験に来たんだ?」
腰の曲がった青年はかつて帝国でも有数の剣士だったらしいが、今では目も当てられないありさま。その癖言動が偉そうで本当にどうして最終選別まで残れたのか謎だ。
「技術とかの継承を期待したのかねぇ……」
「本人に教える気が無ければ意味もなかろう」
「ではエルヤーは落選と言う事で決定」
その後も話し合いながら最終審査に残すべき人物やチームの事を話し合っていると、鼻をくすぐる香ばしい香りが広がって来た。
「カワサキの飯が出来たか! 1回中断!」
「そうですな。私達も朝早くからでしたし」
丁度皆も戻って来た所だ。このまま引き連れてカワサキ殿の元へ向かい昼食にすることにしようと思い、宿所から出てきた候補生に声を掛けるのだった……。
どんな事が出来るのかという事も判らないメンバーと組んで指定されたモンスターの討伐、採取物の回収は思った以上に疲れた。なんせいつものメンバーなら楽だが、知らない面子ばかりで精神的な疲れがドッと来ている。
「お疲れ様です。お肉が焼きあがるまでお酒をどうぞ」
「ああ。すまない」
城の給仕に差し出されたジョッキを受け取り、香ばしい香りを広げている穴の元へと向かう。近くで見ると地面に穴を掘り、その間に槍をさして金網を引いているようだ。
「腹が減ったな……」
タレを塗りながら焼かれている鳥肉の香りを嗅ぐとどうしても腹が空く、それを誤魔化すように酒を口にする。
「ん、美味いな」
「だな、悪くない酒じゃ」
「老公か。試験を共に切り抜けられて良かったな」
ワーカーとして顔を見合わせることも多い老公とジョッキを打ち合わせ、澄んだ味わいの酒を口にする。きゅっと酒精が強い割りに甘く、我好みの味だ。
「なーに、たまたまよ。後は合格できるかだ」
「確かにな」
4ヵ国同盟の採用試験会場は我の生まれのリ・エスティーゼという事で両親や兄貴に顔を見せるついでに受けたが、想像以上に厳しい物だった。
「ほい。焼き上がったぞ、持って行ってくれ」
「「「解りました!」」」
エ・ランテルの食堂で店長をやっていたカワサキが燃え盛る炎の前に座り肉を焼いている。かなり離れているがそれでも凄まじい熱を感じるのに、良くあんな近くで料理が出来ると感心する。
「お待たせしました、どうぞ」
「他にも料理をしてますが、まずはこちらを」
給仕が慌しく動き回り、我達にも肉を運んでくる。骨つきの鶏腿肉、骨の部分の所に布が巻かれていて手が汚れないように配慮もされているのが良く判る。
「これは美味そうだな」
「固いかもしれんなあ」
艶のある色に焼かれ、焦げ目もついているのを見ると口の中に唾がこみ上げてくるのが判る。いただきますと口にして、前歯がないので食べれないかもしれないなと嘆いている老公を無視して腿肉に齧り付いた。
「美味いッ!」
「お? 思ったよりも柔らかいな」
老公も驚いているが、その通りで本当に柔らかい、鶏ではなく野鳥なので固いと思っていたのだが軽く歯を立てるだけで簡単に噛み切れる。これは……骨の周りに切れ込みを入れているようで、その切れ込みのお蔭で食べやすくなっているようだ。
「甘いのに辛い……なんだこれは面白いな」
「カツ丼って奴の味に似ているなあ」
カワサキの使う調味料は我達に馴染みが無いのだが、どこか懐かしく、美味いと思う。そんな不思議な味だ、それに鳥肉は噛み切りやすいのだがしっかりと歯ごたえがあり、噛み締めると肉の間からたっぷりの肉汁が溢れてくる。酒を一気に呷り、空のジョッキを掲げる。
「おーい! おかわりをくれ!」
「はーい!!! 少し待ってくださいねー」
酒を注いで回っている給仕にそう声を掛け、再び肉に齧りついた。表面は甘辛く、茶色いタレが染みこんでいてかなり味が濃く、その下は味がほんのりと染みこんでいて肉本来の旨みを楽しめる。
「……皮はあんまり好きじゃないんだが、これは美味い」
鶏皮は脂が多すぎて食べていると飽きる、だから余り好きではないのだが……適度に脂が落ちている。
(焼きすぎと思ったんだがそうでもないのかもな)
焦げ目が付くほど焼くことで脂を落として食べやすくしてくれているのかもしれない。普段だったらナイフで皮は剥いでしまうのだが、これはついつい食べてしまう。
(ねっとりとしていて……なんだろうな、癖になる)
甘辛いタレと絡んでいる鶏皮の脂はどうも癖になる。ねっとりとした独特な食感は妙に食欲を誘い、肉も皮も食べたくなる。
「お待たせしました」
「おお。待ったぞ!」
ジョッキに注がれた水のような酒をぐっと飲み干すと口の中がサッパリとするので、大口を開けて鳥肉に齧り付いて噛み千切る。
「次はサンドイッチに揚げた物、スープにサラダ! どんどん行くぞー!」
「「「「はーい!!」」」」
カワサキの声で料理人達と給仕がパタパタと動き回る、丁度食べ終わった所なのでそれを手に持ったまま骨が山積みになっておる桶の中に捨てる。
「パンか、食べやすくていいな」
「確かにこれだけでは足りん」
この骨付き腿肉は美味かったが、これだけでは物足りない。次の料理を受け取る為に、老公と共に給仕の元へ我は歩き出すのだった……。
~おまけ シズちゃん&エントマ+ミナの食堂奮闘記 その1~
ガウス料理長から良い勉強になると思うと言われてカワサキさんの弟子2人と魔法学校の食堂に勤めることになったんだけど……。
「黄金の輝き亭の副料理長のミナです。よろし……あの何してるの?」
「「うううーーッ!!!」」
カワサキさんの弟子2人がほっぺたを引っ張り合って転がっていた。どういうことなのか、一体何がどうしてこうなったのか私にはまるで理解出来なかった。
「……私の方が料理が出来る」
「わたしぃぃいいい!」
どちらが料理が出来るのかと言う事でもめているようで、もう1度自己紹介をすると2人の目がこっちに向いた。
「……シズ」
「エントマ」
名前だけ名乗り、再び睨みあう2人……今日はまだ食堂を空ける予定はないんだけど……これ大丈夫? ねえ、私とこの2人で50人近い生徒の料理とか準備できるの?
(料理長恨みますよぉ~)
カワサキさんが時々顔を見せに来ると聞いていたので良い勉強になると思っていたのに、私の目の前に在るのは想定もしていなかった地獄。それを前に私はおろおろとしながら2人の喧嘩を仲裁する為に背負っていた鞄などを机の上において、目の前で転げまわってる2人に駆け寄るのだった……。
メニュー126 ローストビーフ丼へ続く
今回からのおまけはシズとエントマにオリキャラの味が分析できるタレントの黄金の輝き亭のミナを追加して、魔法学園の食堂のシェフになってもらいます。胃袋だけではなく、恋泥棒になってしまうかもしれませんね。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。
やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……
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間違っている
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間違っていない