生きたければ飯を食え   作:混沌の魔法使い

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メニュー127 餃子

メニュー127 餃子

 

昼の営業を終え、明日の仕込をしている頃にロフーレさんと黄金の輝き亭のガウスさんが訪ねて来た。

 

「無理な頼みと判っているのだが、協力して貰えまいか?」

 

「……まぁ、話は聞きましょうか。どうぞ、入ってください」

 

店の中に招き入れて茶菓子とお茶を机の上において、2人の用件を尋ねる。

 

「エールを頼みすぎたと……?」

 

「頼みすぎたと言うよりも、例年通りに発注したんですよ。ところが今の情勢ですから、戦士長殿からストップが掛かってしまいまして」

 

「何か催し物でも?」

 

例年通りというのならば、何かのイベントがあるのか? とガウスさんに尋ねる。

 

「バザーがある。行商人がエ・ランテルにやって来て色んな地方の珍しい物を販売する催しがある。だが、今回はスレイン周辺の流通と安全が確認されていない国の行商人を受け入れ拒否すると発表があってだな。そうなると他の国や村の行商人も足が遠くなる」

 

「なるほど……それで食材が余ってしまうと」

 

例年通りの準備をしていたらそれが全部止まってしまったとなれば、黄金の輝き亭とロフーレ商会にはとんでもない痛手だろう。

 

「夜の営業を出来ないだろうか? 酒は私達の方で出す」

 

「んー出来ないことは無いが……うーむ」

 

それを毎日やってくれとなると当然こっちも苦しくなる。特に俺の店は今は俺とクレマンティーヌだけで回しているからな……頼みを聞きたいという気持ちはあるが、正直些か厳しい。

 

「カワサキ。無理じゃない?」

 

「無理を承知で頼んでいるんだ。叩き売りになってしまったら仕入れが厳しくなる」

 

料理人としてはその気持ちは判るし、俺も自分で仕入れをしているからロフーレさん達の話も判る。

 

「……香味野菜と小麦粉、それと豚と牛の挽肉」

 

「「え?」」

 

「今の食材があれば何とかできるかもしれない、準備出来るか?」

 

何としても準備をすると言って飛び出して行く2人を見送り、バッグに荷物を詰め込む。

 

「クレマンティーヌは休んでいて良いぞ?」

 

「良いよ、良いよ。ここまで来たら付き合うよ」

 

手伝ってくれると言うクレマンティーヌに悪いなと謝り、俺はクレマンティーヌと共に店を出ようとし……。

 

「持って来ましたよ!」

 

「私の方は弟子を連れてきた。すまないな」

 

「……俺の店でやるのか?」

 

黄金の輝き亭でやるつもりだったのだが、荷車を引っ張ってくるロフーレ商会と黄金の輝き亭の若い衆を見て俺は思わずマジで? と呟いてしまうのだった……。

 

 

 

 

行商人との交流は城塞都市であるエ・ランテルだからこそ出来る催し物だ。建国祭などでの掻き入れ時に次ぐ大イベントだが、それを開催出来ないとなると普段通りに仕入れた物が全部無駄になってしまう。ロフーレ殿と共にカワサキに頼みに行ったのは大正解だったと思う。

 

「分厚すぎる、これくらいの厚さで、もっとてきぱきと」

 

「「は、はいッ!」」

 

パン生地のようにした小麦粉を麺棒で広げるカワサキ。その手は私から見ても見えないと思うほどに早く、瞬く間に丸い手の平サイズの生地が作り出されていく。

 

(小麦粉に塩、お湯……)

 

メモをしている余裕はないので、カワサキに1度見せられたそれを思い返しながら生地を練ってみる。お湯で生地を練り上げると言うのは初めての事だが、かなり弾力が強い生地になるのだな。

 

「これを休ませておいてくれ」

 

「はい! 料理長ッ!」

 

練り上げた生地を休ませるように頼み、代わりに休ませておいた生地を受け取ってそれを小さく切り分ける。

 

(……打ち粉をし、手の平で押す。真ん中を厚く、縁は薄く……)

 

カワサキはずっと作業を続けているがその全てが同じ厚さで作られている。手元を見る事無く、私の弟子に助言を加えながらだ。

 

(末恐ろしいな)

 

卓越した料理の腕を持ちながら驕る事無く、料理の道を極め続けている。後10年――いや、5年出会うのが早ければと思わずにはいられない。既に私は60を越えようとしている、この身体ではカワサキの技術を見て、それを己の物とするには厳しすぎた。

 

「ガウスさん。上手いっすね」

 

「お褒めに預かり光栄だ。しかし、これで何をするのだ?」

 

生地を作っていると言う事はパンか? と尋ねるとカワサキは違うと言って笑った。

 

「エールに合って、安くて大量に作れる。餃子って言う料理を作ります、それじゃあメインの準備を始めましょうか」

 

メイン……生地に包む物の準備か。用意した物は牛と豚の挽肉と香味野菜――これで何を作るのかと期待しながら、私は腕捲りをしてカワサキの横に並んだ。

 

「カワサキー、下拵え疲れたんだけどー?」

 

「悪い悪い、もう休憩してくれて良いぜ」

 

「ぶー扱い悪いぞー」

 

クレマンティーヌとカワサキが軽い感じで会話を交わし、疲れた疲れたと言ってクレマンティーヌは椅子に座る。だが彼女の作った千切り野菜は私の弟子の物よりも遥かに多く、彼女もまた腕のいい助手なのだと思い知らされた。

 

「豚肉と牛肉の挽肉にニラ、ネギ、キャベツ、潰したにんにくと生姜を入れる」

 

「……そんなに入れるのか?」

 

かなり山盛りの野菜を入れるカワサキに大丈夫か? と尋ねる。

 

「これはこれくらい入ってないと味気ないんだ」

 

これほど入れないと駄目――スタミナ料理の類なのだろうかと思いながら、私もボウルの中に挽肉とニラとネギ、にんにくと生姜を潰した物を入れる。

 

「味付けは醤油、砂糖、オイスターソース、ごま油」

 

調味料はカワサキが使う東方の物が多いと感じた、その中でも特に香りの強い黒いソースを持ち上げる。

 

「かなり香りが強い、これは?」

 

「オイスターソース。牡蠣って言う海の貝を使って作るソースだ」

 

貝を使って作るソース――なるほど、こんなものもあるのかと感心しながらオイスターソースを入れて具材と混ぜ合わせる。

 

「種が出来たらこうやって生地で包んで後は焼くだけ。簡単でしょう」

 

カワサキは簡単そうにやって見せてくれたが、生地で包むのも難しく何度かはみ出しながらやっと形を整えることが出来た。1口サイズの包み料理が出来上がっているのだった……。

 

 

 

エ・ランテルのバザーが今年は中止になり、スケジュールやそれらの準備に動いていた商人達の苦情を聞いたり、それの補填費の割り振りなど、頭の痛い問題が多くて困る。

 

「馬車の準備が出来ました」

 

「ぷひー、ご苦労」

 

本当はもう少し書類仕事を進めておきたかったが、あいんず君達の提案した定時というルールによって作業時間が短くなったのは些か辛い。急ぎの書類だけを鞄に詰めて執務室を後にし馬車に乗り込む。

 

「んん? かわさき君の店の方が随分と騒がしいようだね」

 

「なんでも黄金の輝き亭のガウス料理長とロフーレ商会からの頼みで、何か特別に店を開いているそうですよ」

 

馬車を操る若い使用人の言葉を聞いて、なるほどと納得する。恐らく商人達に振舞う食材や、バザーの出店で使われる予定だった食材が余ってしまっているのだろう。

 

「かわさき君の店へ向かってくれるか?」

 

「はい。判りました」

 

折角だから私も顔を出しておこうと思い、屋敷ではなくかわさき君の店へと馬車を向かわせる。

 

「さてと、君も食べたまえ」

 

「ありがとうございます!」

 

付き合いの長い使用人なので銀貨を2枚ほど渡し、鉄板の前で調理をしているかわさき君の元へ向かう。

 

「やぁ、かわさき君」

 

「パナソレイさん。どうも、お久しぶりです」

 

「そうだねえ、久しぶりだね。元気だったかい?」

 

「ぼちぼちですね、それにしてもバザーが中止って言うのは大変でしょう?」

 

話をしながらも調理を続けているかわさき君。1口サイズの何かの包みを鉄板の上に並べて、何かを回し掛けて蓋を閉める。

 

「そうだねえ、でも市長としての仕事はやらないとね」

 

「お疲れ様です。丁度焼き上がりなんで、1つどうですか?」

 

蓋が開けられ湯気が上がり、広場に用意されていた椅子に腰掛けている冒険者達が待ってましたと声を上げる。

 

「いただこう、幾らかな?」

 

「餃子10個とパリパリキャベツ、良く冷えたエールで銀貨1枚ですよ。餃子とエールは単品で銅貨5枚と2枚だよー」

 

くれまんてぃーぬ君が値段を教えてくれたが、かなり良心的な値段だ。銀貨を1枚渡し、焼き立ての餃子という包み焼きと小皿に入ったキャベツを受け取る。

 

「エールはロフーレ商会の給仕がくれるからねー、はいはい、押さない横入りしない!」

 

「数はありますからねー」

 

黄金の輝き亭の給仕と共に取り仕切っているくれまんてぃーぬ君と、がうす君と調理をしているかわさき君に背を向けてどこに座るかと辺りを見回す。あいんざっくとらけしるの2人が座っている席を見つけたのでそちらに足を向ける。

 

「お邪魔しても良いかな?」

 

「都市長。どうぞどうぞ、ほら。ラケシル酔い潰れるな」

 

「まだそこまでのんでないわ……」

 

座る場所を空けてもらい、腰を下ろすと忙しく動き回っている給仕が冷たいエールの入ったグラスを机の上に置いてくれる。

 

「ふはああッ……おかわりを貰えるかな」

 

「はーいッ! 今行きまーす!」

 

まずは一杯飲み干して、火照った身体を冷やし溜め息を吐きながらお代わりを注文する。

 

「かなり良い味をしてますよ、餃子の前に食べてみてください」

 

「そうかな、じゃあ先に貰おうか」

 

焼き立ての餃子とやらを食べたい気持ちはあるが、どうせならエールと共にという気持ちがあるので、先にキャベツを口にする。

 

「おおッ! 美味いッ!」

 

パリパリとした食感と深みある塩味。決して派手ではないのに、とても良く舌に馴染む。

 

「これは癖になるなあ」

 

「ええ、塩味だけで作れるなら家でも作りたいですよね」

 

「家呑みに良い」

 

これの作り方も是非教えて欲しいと思いながらキャベツを口に運んでいるとお代わりのエールが運ばれて来た。

 

「んんーッ! 美味い」

 

キャベツもエールに良く合う。キャベツを口に運び、強い塩味を冷たいエールで押し流す。無限にキャベツとエールを飲みたくなる。

 

「餃子冷えますよ?」

 

「夢中になるのは判りますけどね」

 

「おっと」

 

あいんざっくとらけしるに注意され、我に帰った。キャベツに夢中になりすぎていたと頭を振り、フォークを餃子に向ける。

 

(うーん、美味そうだ)

 

こんがりと狐色の生地がついた底面とほんの少し透けている生地。見た目の珍しさもあるが、その狐色が食欲をそそる。

 

「これは何かつけたほうが良いのかね?」

 

「そのままでも美味いですよ。まぁタレをつけても美味いですけど」

 

そのままでも美味いと言うのならばまずはそのまま食べてみるか、とフォークを刺す。ザクリという音が耳に響き、口の中に涎が沸いてくるのを感じる。

 

「どれ、おっ! ほっほッ!!」

 

1口サイズだが、まずは半分だけ頬張り噛み切る。サクリっという揚げ物のような音と香りが口の中に響き、その音からは信じられない柔らかな生地の食感――。そして鼻に抜けるにんにくや生姜の香味野菜の香りに続き、口の中に肉汁が溢れる。その熱さに目を白黒させ、慌ててエールを口にする。エールで味が判りにくくなると思ったのだが、かなり味が強くエールを飲んでも濃厚な味が口の中に広がっていた。

 

「んんーッ!! 美味いッ!」

 

1口サイズの料理とは思えないほどに味が濃くそして酒に良く合う。餃子、パリパリキャベツ、エールと口に運ぶ手が止まらない。

 

「「「エールのお代わりを!」」」

 

「はーい!!」

 

お代わりをくれという声があちこちから響き、それに続くように私達もお代わりを頼む。

 

「さてと。次はタレかな」

 

「少しすっぱいのが癖になりますよ」

 

らけしるの話を聞いてタレをつけ、今度は一口で頬張る。深みと酸味のあるそのタレは餃子の味にぐっと深みを与えてくれていた。

 

「うむ、美味い!」

 

「本当に美味いですよね」

 

肉汁の味を際立てつつも、胃もたれや重いと思わせないこのタレは餃子に良く合う。

 

「うっし、次が焼きあがったぞー」

 

「お代わりの者は早く来るのだぞ!」

 

かわさき君の声が響き、3人前貰ってくると言って席を立つあいんざっくを見送り、私は最後の餃子を口に運び、冷たいエールを口へ流し込み、大きく息を吐くのだった……。

 

 

 

~おまけ シズちゃん&エントマ+ミナの食堂奮闘記 その3~

 

魔法学園の生徒は20人ほどで、教師を含めても40人ほど。普段の黄金の輝き亭の客の半分にも満たない客しか居ないはず……それなのにミナは疲弊し切っていた。

 

「な、なんで……平気そうなんですか?」

 

「……実際平気」

 

「ミナはぁ。無駄が多いねぇ~」

 

けろりとしているシズとエントマにミナは何でですかあと呟いた。作った料理が不味い、味が薄い等と言われ、作り直しや調味料の準備。それに想像していた料理と違うと言うクレームにミナは疲れ切っていた。

 

「……味で文句を言わせない」

 

「カワサキさーーんはそう言ってましたよねぇ」

 

「……ええ……なんでそれで出来るんですか」

 

味で文句を言わせない、それは料理人として当然の心構えだがミナが無理と言うと、シズとエントマは揃って笑った。

 

「何か、文句を言わせない秘密があるんですか?」

 

「……ある。注文が入った時にその人がどこの国かを見て判断する。その国に合わせた味付けをする、簡単」

 

「無理ですよ? なんでそんなことを出来るんですか?」

 

見て判断するって無理にも程があると思うとミナが言うと、エントマはそうでもないよおっと笑った。

 

「方言を覚えて~後は装飾品とかだねぇ~」

 

「……本気で言ってます? ああ、本気なんですね。ごめんなさい」

 

心底不思議そうにしているシズとエントマを見て、ミナは2人はそれを本気でそれを実行し、そして文句を言わせていないと悟り頭を下げた。

 

(まだまだだなあ……もっと頑張らないと)

 

同年代っぽい2人がそれを出来ていると言う事はミナはまだまだ足りないのだと気合を入れるのだが……ミナは知らない、シズとエントマが完璧に料理を合わせる事が出来ているのがシャドウデーモンによる偵察の結果であるという事を……。

 

 

 

 

 

メニュー128 魚で作る肉風料理へ続く

 

 




次回はちょっと奇をてらった話。魚を使って肉風料理――から揚げとかカツとか、そういうのを作って見たいと思います。私は結構そういう料理を作るのが好きでして、そういうのを小説でやって見たいと思いその話をして見たいと思います、それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。

やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……

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