メニュー132 海鮮丼
冷蔵庫とナザリックに保管してあった魚をどんどん厨房に運び込んで貰う。
「悪いな、シャルティア、何度も往復させて」
「大丈夫でありんす! カワサキ様のご命令ならば何百回でも平気でありんす」
……やばいなあ、ナザリックのシモベの社畜根性ってどうやったら改善されるんだろ……休みの導入だけじゃ足りないのか?
「じゃあ、これシホとピッキーに渡してくれれば準備してくれるから」
「分かりました! では行って来るでありんす!」
華の咲くような笑みを浮かべナザリックに帰って行くシャルティアを見送り、運び込まれた魚の種類を確認する。
「カワサキさぁ。あんまり無理な話は聞かないほうが良いと私は思うんだけど、そこのところはどう思う?」
「……いや、これはそんなに難しいものじゃないし面倒でもないんだぞ? 客も少ないし」
呆れ半分、怒り半分という表情のクレマンティーヌにそう言うとめっちゃ深く溜め息を吐かれた。解せぬ。
「従属神様達の休みを増やそうとか言ってるけどその前に自分の休みを増やしたら?」
「十分休んでるけど?」
「なんでそこで不思議そうな顔が出来るのか私には理解出来ないよ」
3時間も寝れれば十分休めてるし、半日休みでも俺は十分だと思っているのだが……と言うかリアルだと月月火水木金金だったからなあ。この世界だと休みすぎなくらいだと思うと言うとクレマンティーヌは超真顔になった。
「今度アインズ様に言っておくから」
「なんでだ!?」
急な死刑宣告に俺は思わず声を上げたのだが、クレマンティーヌはその意志を変えるつもりはないのか交渉は聞かないときっぱりと断言する。
「ちょっと無茶振りしたバジウッドにお話してくるわ」
「……おう」
スティレットを手に店を出て行くクレマンティーヌが鬼の形相をしていたがバジウッドは大丈夫だろうかと思いはしたが、下手をすれば飛び火すると思い、俺は喉元まで込み上げて来た言葉をグッと飲み込み、下拵えを始める事にした。鮪や鰤を捌き、アラは鍋の中に入れてアラ汁を作る。刺身を作るだけだからそう難しいものではなく、捌いて保存をして冷蔵庫に入れる。
「なんであんなに怒るかな?」
20人前くらいなら普通に2時間もあれば終わるんだけど、夜の営業をしないから全然楽だと思うんだけどなあ……価値観の相違かなあ?と思いながらヅケと刺身を準備し、冷蔵庫に寝かせる。
「良し、こんなもんだな」
後でシャルティアが海栗や烏賊に蛸というネタを持って来てくれる筈なので、シャルティアが戻ってくる前に魚の下拵えを終わらせようと作業のスピードを上げる事にし、鮪の中骨と皮の部分をスプーンを使ってこそぎ取り皿の中に入れる。
「赤身で作るのも美味いんだけどな、折角ならこっちだろ」
鮪の赤身を叩いて顆粒だしとマヨネーズを加えて作るネギトロも悪くないのだが、折角良質な鮪があるのだからそういう小細工をしない美味しいネギトロを使う事にする。
「カワサキ様。シホに言われたのを持ってきたでありんす~」
「おう、お疲れ、こっちに持って来てくれー」
ネギトロを作る作業を続けながら俺はシャルティアに厨房に運んできてくれと声を掛けるのだった……。
帝国には少量だが海の魚が流通している。無論値段は高いがそれでも海の食材でも偶になら食べれる、それは大体が干していたりするがかなり美味い物だ。だけどカワサキの店ならば生の魚を食べれると言う事で4ヵ国同盟に参加している帝国民に生魚を食べたいのはいるかと声を掛けるとかなりの人数が手を上げたので昼時を過ぎた頃に行くので貸切をカワサキに頼んのだ。
「災難だったな、バジウッド」
「ご愁傷様ですな」
「うるせえ、こんな事になるなんて思ってなかったんだよ、おーイチチ」
からかうように言うガゼフとナザミにうるせえと口にしながらクレマンティーヌに殴られた左頬を撫でる。
「いきなりとりあえず死ねぇはないと思うぜ」
「カワサキ殿への無茶振りで随分と怒っておられたからなあ」
「うむ」
「うむじゃねえよ、うむじゃ」
と言うか俺だけ殴られて、当然のようについて来てるガゼフとナザミは何なんだよと思いながら振り返る。
「トロトロしてんな! 走れ走れッ!!」
「「「はいッ!!」」」
こうして話をしながらも俺達は走り続けていた。帰りこそ馬車を使うが行きはエ・ランテルまで走り、腹を減らすのと訓練を兼ねるのはどうだろうか? というガゼフの提案を飲んだ形になる。勿論その道中でモンスターが出れば戦うのでこれは効率のいい鍛錬と言えるだろう。
「お、見えてきましたな」
「良し、ではやるか」
「負けた奴が訓練生の代金を見るんだぞ」
城塞都市の名に相応しい城門が遠くに見えたのを確認し、俺達は同時に地面を踏み込みエ・ランテルへと走りだす。訓練生20人分の代金はいくらカワサキの店だと言っても痛い出費だ。絶対に払わせられるのは勘弁だと思い、驚いている訓練生を置き去りにして走り続けるのだった。
「ははははっ! いやあ。面白い事してんのな」
「笑い事ではない。私は負けたからな」
「言いだしっぺが負けてちゃ情けねえな!」
「ご馳走になるぞ、ナザミ殿」
ガゼフと俺が同着、僅かに遅れてナザミという結果で、支払いを全部ナザミに任せる事に俺とガゼフは笑みを浮かべ、カワサキの店の冷たい水を口にする。
「「「「お世話になります」」」」
「おうおう、元気が良いこった。やっぱり若い連中はこうじゃないとな」
楽しそうに笑うカワサキを見て俺もそう思う。訓練生は大抵十代前半から後半、今回付いて来たので20と若い連中が多い。
「カワサキ殿の店に来るのならこれくらいの時間帯にするように、それと事前に私達の誰かに申請を出すことを忘れるな」
「大人数で来れば迷惑だからな、事前連絡をする必要があることを忘れるなよ。それと急に言えばバジウッドのように殴られるぞ」
「当たり前、無茶振りも良い加減にしなよね」
「……待て待て拳を鳴らすのは止めろ」
クレマンティーヌが拳を鳴らすのを見て思わず手を向ける。こいつ俺より強いから本当に今回の事は反省してると深く頭を下げる。
「ほい、これ」
「何ですか? これは?」
カワサキが俺達に差し出したのは紙と羽ペン。何をしろと、と首を傾げるとカワサキはメニュー表を差し出す。
「海鮮丼にするんだろ? ここに魚とか書いてあるから食べたいのを自分で書いて、こっちに持って来てくれ、それで俺が盛り付けるから」
「自分で選んで良いって事か」
「それは良いですな、品数は?」
「別に何品でも良いけど、増えれば当然飯の量も増えるって事を忘れるなよ? 残すのは許さんからな」
なるほど食べれる量で好きな分だけ魚を選んで良いって事か、カワサキの説明に納得し、俺達はメニュー表を開きどの魚にするかとメモし、回収に来たクレマンティーヌに手渡す。
「値段バラバラか……」
「足りなければ貸すぜ」
「……うむ」
魚によって値段が全部バラバラだ。自分の名前を書いているので細かく計算されるんだろうなと思い、ナザミに足りなかったら貸すぜと声を掛けていると丼が運ばれて来た。
「はーい、まずはガゼフの鉄火丼、ナザミのモーサとその卵の親子丼、んでバジウッドの適当盛りね、それと漬物とアラ汁」
俺だけ対応が塩だが、俺は目に付いた食べたい魚を片っ端から選んだので丼の名前が決まらなかったのだろうと思いながら、礼を口にし丼を受け取る。
「これは良い、美味そうだ」
ナザミの丼はオレンジ色の魚、モーサの刺身がたっぷりと乗せられ、その卵である紅い粒が乗せられた親子丼、ガゼフは赤身と魚の身を潰したように見える何かと炙りという軽く火を通した刺身とタレに漬け込んだ物と同じ魚だが、全部違う細工が施されている。
(……統一性がない)
魚の卵に生の魚に炙ったのに漬けたの、貝に烏賊に蛸とめちゃくちゃな種類があるが、それでも綺麗に盛り付けられている俺の丼。しかし本当に統一性がないなと苦笑するが色んな味が楽しめるだろうから今から食べるのが楽しみだ。
「……ナザミ殿、それは大丈夫なのか?」
「問題ない、冬場にしか食えぬ特産品だ。これとモーサは実に美味い、アゼルリシア山脈の冷たい湧き水が流れる川にしか生息しないからな」
「ひゅーこいつは美味そうだ。んじゃま、いただきます!」
モーサと卵の薀蓄を語っているナザミを横目に俺は自分の頼んだ様々な魚の切り身と焼いた物、漬け込んだ物と本当に様々な物が乗っている丼を見て微笑み最近使えるようになった箸と醤油の瓶を手にするのだった……。
普段の丼とは違う横に広い丼の上にはたっぷりの魚の切り身が乗せられている。
「あ、そうそう、米が甘くて少し酸っぱいけど古くないから、そういう味付けだからな」
食べようとした所でカワサキ殿がそう注意を口にする。甘い米……そんなものがあるのか? と思いながら箸で紅い切り身をどける。するとそこには艶やかな光沢を持つ米が敷き詰められていたのだが、少し冷えているように見える。
(とりあえず食べてみるか)
普段と違う米だが、どんな味だろうかと思いまずはそれだけを口に運ぶ。見た目の通り少し冷たいが、余り気にはならないな。それよりもこの味だ。
「甘ッ!」
「でも美味いな!」
「うめえッ!」
訓練生達の美味いと言う声が背後から響いてくるが、その通りだ。適度な歯応えを持ち、そして甘い米は確かに美味い。
「……確かにこれは美味い」
「癖になるだろ? 俺とレイナースはこれ気に入ってるんだよな」
先に魚と共に食べているバジウッド殿の言葉に苦笑しながら、醤油の瓶を持ち上げて軽く刺身の上に回し掛ける。
(さて……どれから行くか)
私が頼んだ鉄火丼とやらは鮪という魚が使われており、赤身・中トロ・炙り・漬け・タタキと5種もの切り身が乗っているらしい、見ればどれがどれだか分かるが……まずは基本の赤身とやらを口にしてみる事にする。
「……おお、これはこれは初めての食感だ」
少し血生臭い気もするが肉を食べていると思えばそう違和感がある物ではない。ローストビーフ丼とやらとそう大差はないと思う、違うのはその柔らかさだ。口の中でサッと溶け、脂の旨みだけが口の中に残る。その旨みが残っている内に米を口に運ぶ。甘酸っぱく、少し硬いその独特な食感は刺身と共に食べると味を跳ね上げてくれる。
「なるほど、これは刺身の為の米か」
「芸が細かいよなあ」
「確かに」
料理に応じて米の炊き方を変える。口にするのは簡単だが、これほど面倒な事はないだろうと思いながら今度は漬けを口にする。
(むっ、これは……強烈な)
口の中でねっとりとした旨みが広がる。それにこれはとても甘い、甘いのだが甘味のような甘みではなく、カワサキ殿の料理で良く使われるどこか優しい甘さだ。
「美味い、これは癖になるな」
やや独特の食感だが、それは逆を言えば口の中で旨みが残り続けると言っても良い。見た目の綺麗さと横に広い丼の形状上余り刺身を乗せれないことを考えると1つの旨みが濃縮されている方が飯を食うのに丁度良い。
「バジウッド、お前何をしてる?」
「……いや、多すぎて米が食えねぇ」
「なにをやっておられるのですか」
目に付いたものを全部乗せているバジウッド殿は丼が凄い事になっている。刺身を食べても米が食えないので取り皿に刺身をどけているのを見て思わずナザミ殿と苦笑する。
「すいません、この炙り丼って奴をお願いします!」
「俺この、海老と烏賊って奴!」
「おかわりお願いします!」
訓練生達が勢い良く海鮮丼を食べているがそれで良い。まずは飯を食い身体の基礎を作る事が大事だからな、そんなことを考えながら今度は炙りを口にする。表面はパリッとしているが中はしっとりとしている……これは何と言うか肉に近い。
「これは良い、飯が進む」
丼を片手で持ち上げ刺身と米を交互に口に運ぶ。同じ魚だが、こうも味が違うと言うのは驚きだ。
「……む」
「どうした?」
「いや、ううむ……駄目だな、これは私の口には合わん」
鮮やかな桃色の切り身を口にした所で手が止まり、丼を机の上に置いてスープと漬物を口にし口の中をさっぱりとさせる。
「どうかしたのか?」
「いやな、凄まじい脂だ。私はどうもこれは好かんな……」
不味くはないのだが脂がくどい、3切れしか乗ってないから平気だが、これがあんまり多いとどうもあれだ。
「ガゼフさんは中トロは苦手かい?」
「私も良い歳ですからね、どうも好きませんな」
「それなら炙りを足そうか?」
カワサキ殿の申し出に悪いと思いながらもお願いしますと口にすると炙りが4切れ丼の中に追加される。
「さっぱりと食べれるのでこの炙りと言うのは良いですね」
魚でありながら肉のように味わえ、それでいて肉よりも軽くそして食べやすいというのは実に面白い。正直生の魚と言うのは大丈夫なのかと思いはしたもののいざ食べてみると実に食べやすく、そして美味いと実に不思議な味わいで楽しませてくれた。
(後はこれか……)
魚の身を潰して野菜を混ぜたように見える奇妙な塊を少し端に乗せて頬張った時、私に衝撃が走った。どの刺身よりも濃厚で、しかしさっぱりとした後味――箸で崩して飯に混ぜ込んで食べると米を食べているのに、濃厚な旨みが口の中に広がり、海鮮丼を食べる手がどんどん速くなっていくのを感じる。
「それ美味そうだな」
「確かに……ふむ」
バジウッド殿とナザミ殿が興味深そうに尋ねてくる。確かにこれは見た目はさほど良くはない、だが味はピカイチだ。
「とても美味い、これは食べるべきだな。カワサキ殿、このタタキという奴でおかわりを」
刺身も美味かったが、私にはこれが一番舌にあった。まだ腹に余裕があるのでおかわりを頼む。
「んじゃ、俺も貰うかな」
「モーサでも出来るだろうか?」
私達の注文を聞いてカワサキ殿は苦笑しながらも了解と返事を返し、2杯目の準備を始めてくれる。その姿を見ながら僅かに残ったスープを啜り、漬物を口に運ぶのだった……。
メニュー133 牛丼へ続く
今回はシズちゃん達のターンはお休みです。その分次回はカワサキさんを少しとシズ・エントマをメインにしようと思いますのでご了承ください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。
やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……
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間違っている
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間違っていない