生きたければ飯を食え   作:混沌の魔法使い

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メニュー134 ジャージャー麺

メニュー134 ジャージャー麺

 

夜の営業が終わり、後片付けが終わった所で大きく背伸びをしながら看板を片付けていると、ふと思う事がある。スレインから離れ、カワサキの手伝いをして過ごしている間に自分で言うのもなんだけど丸くなったと思うし、何よりも明るくなったような気がする。

 

「……だよねー」

 

前のような狂った猫のような笑い方ではない、まだ親もくそ兄貴も信じていた時のような子供のような笑み。これはきっとスレインにいたら忘れたままだったんだろうなと思いながら店の中に戻る。

 

「カワサキ、お腹空いたー」

 

「はいはい、今日はなにを食べる?」

 

営業中は休んでいる時間なんて当然無い、それにお客に料理を出し続けるというのも空きっ腹に響いて来る。まぁお酒を提供していないだけ他の店よりも少し早めに営業が終わるけど、それでも殆ど常に満席なのであっちへこっちへといつも大忙しだ。

 

「んー、メニューに無いのでもいい?」

 

「別に良いけど……ドラゴンの肉は無理だぞ?」

 

「いや、あれは好きだけど違うって」

 

ドラゴンの肉はあんまり予備がないので食べれないと言うことは十分知っているし、そんなに高級な物を食べたいわけじゃない。

 

「こう、麺にさ、挽肉を乗せて和えたやつって作れる?」

 

昔食べた大して高級でもないし、それこそ庶民の食べるような安い料理だ。派手でもないし、ただ子供の時に食べたそれをなんか無性に食べたいと思った。

 

「ミートソースじゃなくて?」

 

「うん、ミートソースじゃなくて、こうほんのり甘辛くてさ野菜とかが沢山乗ってるんだよ。好きだったおばあちゃんが良く作ってくれてさ、料理の名前とか全然判らないけど作れる?」

 

くそ兄貴に両親は掛かりきりで私が小さい時はスレインの外れに住んでいる祖父母の家に良く預けられていた。別にそれが嫌だった訳じゃないし、兄貴ばかりを可愛がる両親よりも祖父母の方が好きだったし……スレインである数少ない良い思い出が祖父母の家で暮らした時間とおばあちゃんが作ってくれた食事の時間だったと思う。

 

「……んー思い当たるのはあるけど、ちょっと辛めの料理だぞ?」

 

「いや、そこは甘くしてくれたら良いからさ。お願い!」

 

顔の前で手を合わせるとカワサキは分かったと頷いて厨房へと引き返す。思い出の味を食べれるのは嬉しいけど、カワサキが辛くしすぎないかという不安はある。

 

「……多分大丈夫だよね」

 

子供の時に食べた料理だと説明したので甘く作ってくれるはず……ほんの少し不安を抱きながら、厨房から響いて来る音に私は耳を傾けるのだった。

 

 

 

麺の上に挽肉を乗せて甘辛い料理となれば俺に思いつくのはジャージャー麺だ。中国系の料理で豆板醤、甜麺醤で挽肉を炒めて作る肉味噌を麺に和えて食べる料理だ。

 

「……スレインというか、プレイヤーは中華系が多いのか?」

 

エドの母が作ったと言う麻婆豆腐にクレマンティーヌの祖母が作ったと言うジャージャー麺……謎は深まるばかりだが、確か俺の記憶だとユグドラシルの上位ランカーは中国人が多いとか聞いたような気がするし、運営にも関わっていたという噂もあった。

 

「……もしかしたらあれかもな」

 

資料を頼りにゲームのデータに組み込んだ可能性はあるし、俺達の最古図書館のように著作権が切れた本を取り込んでいるギルドもあったかもしれないのでそれらの可能性があるだろう。いつも俺がクレマンティーヌに迷惑を掛けているので、ジャージャー麺を食べたいと言うクレマンティーヌのリクエストを全力で頑張ろうと思う。

 

「ま、そこまで難しい料理じゃないし、楽勝だな」

 

ジャージャー麺自体は難しい料理じゃないし、むしろ簡単に作れる料理に分類されると言っても良いだろう。問題があるとすればクレマンティーヌの食べたいと思っている味にどこまで近づけられるかだが……甘めと言うヒントがあるので子供向けの甘めの味付けにすれば良いと思う。

 

「まずはっと……」

 

使う挽肉は豚挽き肉。豚の脂は甘く、味も良いのでジャージャー麺には最適な肉だと思う。合挽き肉でも十分美味いのだが、今回は甘めに仕上げるので牛肉は使わない事に決めた。微塵切りにした長ネギとおろしにんにくとしょうが、後はつけ合わせの白髪ネギと千切りにした胡瓜。使う具材はシンプルにこれくらいで丁度良い筈だ。

 

「次は調味料だな」

 

具材と調味料は先に準備しておいた方が楽だ。赤味噌に酒、醤油、砂糖、それとほのかな辛味を加える為に少量の甜麺醤……それを混ぜ合わせてタレを作っておけば止まること無く作業を続ける事が出来る。

 

「良し、やるか」

 

いつも迷惑を掛けているクレマンティーヌのリクエストだ。バンダナを巻きなおし、気合を入れてフライパンの柄を握る。

 

「まずは挽肉っと」

 

良く熱したフライパンに挽肉とにんにくを入れ、焦げ付かないように混ぜながらにんにくの香りが立って来るまで炒める。

 

「良し、こんなもんだな、次はネギ」

 

微塵切りにしたネギを加え、ネギがしんなりしてきたら作っておいた合わせ調味料を加える。味噌が入っているので焦げ付きやすいので良くかき混ぜ味を馴染ませたらラーメン用の鶏がら出汁と水を少量加え軽く煮る。

 

「……良し、こんなもんだろ」

 

にんにくとしょうがの香りが良く効いた甘めの味付け……クレマンティーヌの祖母の味にどれだけ近いかは不安ではあるが、俺としては快心の仕上がりだ。後は水溶き片栗粉を加えてトロミが付くまで軽く煮れば完成だ。

 

「中華麺があるから、麺はこれで良いか……後は……残りもんを少し出せば良いだろ」

 

作りはしたが注文されなかった餃子とか、少し残っている漬けダレに漬け込んであるから揚げ用の鶏肉を揚げれば賄としては十分だなと思いながら次の調理を始めるのだった……。

 

 

 

 

目の前に置かれた皿の料理を見て正直驚いた。盛り付けはもっと汚かったけど間違いなくこれはおばあちゃんの作ってくれた料理だと判る。正直少しうるっとしたんだけど、それは少しの間だった。

 

「多くない?」

 

「そうか?」

 

唐揚げ、餃子、肉じゃが……全部少量ずつだけどおかずが凄い。カワサキに他意が無いのは分かっているけど、お店の手伝いばかりで鍛錬とかが出来てないのでちょっとこう……お腹のお肉が不安になってくる。

 

「とりあえず食おうぜ、また明日も早いしな」

 

「うん。そうしよ、そうしよ」

 

夜の営業の時間が短い分朝が早くなったので早く食べて後片付けをしようというカワサキに頷き、2人でそろって頂きますと口にして夕食を摂る事にする。

 

「これ混ぜちゃって良い?」

 

「良いに決まってるだろ、これはそういう料理なんだから」

 

マナーとか気にしたんだけど、ちょっと考えすぎだっただけみたいだ。カワサキが普通に麺に肉味噌を混ぜているのを見て、私も同じ様に良く混ぜてから口に運んだ。

 

「ッ」

 

「辛かったか? 大分甘くしたつもりなんだけど」

 

1口食べたときに目を見開いてしまい、カワサキが辛かったか? と心配そうに尋ねてくるけどそうじゃない。

 

「いや、本当記憶通りで驚いただけ。めちゃくちゃ美味しいよッ!」

 

にんにくとしょうがの香りが良く効いた甘辛い肉味噌の味……それがラーメンに使う麺に良く合っている。

 

「これ、普通にお昼に出しても人気が出そうだね」

 

「昼飯の定番料理みたいな所があるからな。でも、辛い料理ってあんまりエ・ランテルの人に人気無いんだよなあ」

 

「あー分かる。というか私も辛いのあんまり得意じゃないし」

 

調味料は魔法で作れるが、香辛料は魔法の質が高くないと作れないので一般的に流通しておらず、竜王国や帝国の一部にしか流通していない。だから辛い料理というのは基本的に一般家庭では殆ど口にされないと思って良いだろう。

 

「でも、これくらいなら全然行けると思うよ」

 

辛さはあるが甘みの方が強い、それに炒められた挽肉の歯応えも食欲をそそるし、それに程好い辛さだから少し汗が出るのも良い感じだと思う。

 

「そこまで言うなら明日メニューに追加してみるかな、残ったら残ったでいろいろ出来るし」

 

「色々って?」

 

この肉味噌って奴は麺にかけるだけじゃないの? と尋ねる。

 

「冷奴に少し乗せても美味いし、飯の上に乗っけても良いし、サラダとか、野菜につけたりしても良い。肉味噌って奴は万能調味料なのさ」

 

私の中では麺の上に乗せる物という先入観があったけど、どうやらカワサキにとっては違うらしい。指折りしながら肉味噌の使い道をどんどん上げていく、パッとこれだけ料理の事が思いつくカワサキは本当に料理が好きなんだなと思わず苦笑する。

 

「それ良いね、美味しそう」

 

タレにつけて餃子を頬張りながらカワサキに相槌を打つ。この肉味噌って奴は味が濃いからどんな物にも合うし、元々の味が薄い物にかければその味を格段に良くしてくれる。万能とカワサキが言うのも納得の味だと思う。

 

「それでどうだ? 美味いか?」

 

「う、うん? 美味しいよ?」

 

面と向かって美味いか? と尋ねられ、思わずしどろもどろに返事を返す。カワサキがそうやって美味いか? なんて尋ねて来るのはあんまりないことなので正直驚いた。

 

「それなら良かった。正直な、クレマンティーヌのお婆さんの料理にどれだけ近づけるかって正直不安だったんだよな」

 

「……そんなことを気にしなくても良いのに」

 

急に作ってくれと言った私が悪いんだから不安に思わなくて良いのにと言うとカワサキは首を左右に振った。

 

「誰にも思い出の味ってのはあるんだよ。それを作ってくれって言われるのは料理人としては嬉しいもんだし、頑張ろうとも思う物さ。だけどどれだけ頑張ってもその味には勝てないんだよなあ」

 

カワサキは頬をかきながらそう笑う、その顔は少し寂しそうにも見えるそんな横顔だった。

 

「なんで勝てないの?」

 

「そらそうさ、思い出の味ってもんは美化されるもんさ、それに思い出って言うのは掛け替えのない物だからな。だからクレマンティーヌがそう言ってくれたのは嬉しいもんさ」

 

にっと笑うカワサキに思わず食事を食べる手が止まった。なぜ……カワサキはこうなんだろうか、どれだけ人を救ってるとか全然考えてもないんだろうな。

 

「私、カワサキに会えて本当に良かったと思うよ」

 

「んん? 急にどうした?」

 

「急にじゃないよ、ずっとそう思ってるよ」

 

「はは、なんかこう照れるな」

 

「言わないでよ、私もそうなんだからさ」

 

カワサキに会えてから私は変われたと思ってる。だからカワサキに会えたのは私にとって間違い無く幸運であり、そして運命の分岐点だったと思う。ちょっとこう…なんか気恥ずかしい感じになって互いに曖昧に笑ったけど、その奇妙な感じはどこか穏やかで心休まる物なのだった……。

 

 

 

 

バザーを始めとしたエ・ランテルの催し物の一切が中止となり、私は頭を抱えながらかわさき君の店に足を向けていた。気持ちが落ち込んだときは美味い物を食べるに限る、それに迷惑をかけるかもしれないがかわさき君ならば何か妙案を出してくれるかもしれないという打算もあった。

 

「からっ! いやでも美味いな!」

 

「辛いか? 俺には甘いけどな」

 

「甘くて辛いって感じじゃないですかね?」

 

いつもの事だがかわさき君の店はとても繁盛している。しかし、甘くて辛い料理とは何なのだろうかと興味が湧いてくる。

 

(見たところは麺料理のようだが……うん、決めた)

 

カツ丼を頼むつもりだったが、皆が食べているこれを食べてみる事にして広場ではなく、かわさき君の店の中に足を踏み入れる。

 

「いらっしゃいませー」

 

「やぁくれまんてぃーぬ君。1人なんだけどカウンター席に座れるかな?」

 

「1人なら大丈夫ですよ。どうぞー」

 

くれまんてぃーぬ君に許可を貰いカウンター席に腰掛ける。

 

「いらっしゃい、パナソレイさん。なんにします?」

 

厨房から顔を出したかわさき君がお絞りとメニューを差し出してくるのでそれを受け取りながら、広場に視線を向ける。

 

「甘くて辛い料理と言って皆が食べてるあれが欲しいな」

 

「ジャージャー麺ですね。すぐに用意しますよ」

 

ジャージャー麺とは…また面白い名前の料理だなと思いながら、お絞りで手を拭き、グラスに水を注いで軽く口の中を湿らせる。

 

「お待たせしました」

 

「おや、随分と早いねぇ」

 

「麺を茹でて肉味噌を乗せるだけですからね。良く混ぜてお召し上がりください」

 

差し出された皿を受け取り良く料理を観察する。見た所だとラーメンに使う黄色い麺に肉味噌というペーストを乗せているだけで、ミートパスタに似ている気がする。

 

(どれ、どんな味かな)

 

フォークで軽く混ぜ合わせ口の中に運ぶと、香辛料の香りが口の中に広がる。それに続いてにんにくとしょうがの食欲を誘う香り……。

 

「うん、これは美味しいね!」

 

つるりとした喉越しの麺に甘みと辛味を併せ持つ肉味噌を混ぜる事でその旨みがぐっと深まるのが良く分かる。それにスープがないので服に飛ばす事を恐れずに食べ続ける事が出来ると言うのも時間が無いときにはありがたいし一番は食欲が無くても食べやすい麺料理、そして癖になるこの甘辛い味は少し暑くなってきたこの時期にはうってつけだと思う。

 

「これは癖になるねぇ、とても美味しいよ」

 

「喜んでもらえて嬉しいですよ。正直辛さもある料理なので大丈夫かなって言う不安も有ったんですよ」

 

確かにかわさき君の懸念も判る。王国はあんまり辛い料理は一般的ではない、これくらいの辛さならば問題なく食べる事が出来るがもう少し辛くなると食べようと思う者は極端にいなくなると思う。

 

「でもこれくらいの味付けなら私は問題ないと思うよ。うん、この味ならご飯とかに掛けても美味しいんじゃないかな?」

 

とても食欲の出る味なので麺だけではなくご飯とかに掛けても美味しいと思うと言うとかわさき君は苦笑いを浮かべた。

 

「ご飯のメニューで肉味噌丼もありますよ」

 

「おや、そうなのかい。じゃあそれも貰おうかな、暑いからそんなに食べれないなあと思っていたんだけど、この味ならばもっと食べたくなってしまうよ」

 

バザーの中止による商人達からの苦情に食材を仕入れてしまったと文句を言う料理人達。市長としての責務は分かっているつもりだ、だがもう少し位手心を加えてくれても罰は当たらないと思うのは許されない事なのかと思ってしまう。

 

「あーそういえばバザーとかの中止で困ってるって言ってましたね。お疲れ様です、これ。サービスです」

 

「いやあ。そういうつもりではなかったのだがすまないね」

 

肉味噌丼にそっと添えられた肉と野菜を炒めた物をサービスだとつけてくれたかわさき君に頭を下げる。正直野菜炒めはサービスとしてつける料理ではない。かわさき君の目の前で溜め息をついてしまい心配をかけたことに申し訳無い気持ちになる。

 

「俺で良ければ相談に乗りますけど?」

 

「う、うーん……それなら1つ聞きたいのだが、夏場の時期にかわさき君の所ではどんな催し物があった? 余り大々的ではなく、街でやるような物が好ましいのだが」

 

外の商人や芸人を入れることは出来ないので無理難題という事は判っているが何とか出来ないか? と尋ねる。

 

「そうですねぇ……流し素麺とかですかね?」

 

「流し?」

 

料理を流すと言うのは余りにも無作法ではないか? と思い思わず尋ね返してしまう。

 

「暑い時期にこうレールみたいなのを作りましてね。それに麺を流して涼をとりながら食べるんですよ。後は冷やして食べる野菜とかも水で冷やしておくんですよ」

 

「ふーむ……それは面白いね、まだやらないといけないことがあるから今は帰るけど今度またもっと詳しく聞かせて欲しいな。ご馳走様、美味しかったよ」

 

かわさき君にそう声を掛けて店を出る。聞いた所では必要なものも少なそうだし、野菜なども出せると言うのならばちょっとしたテントのような物を準備し、そこでサンドイッチなどを振舞うのも面白いかもしれない。今出来る事が少ない中でのかわさき君の提案と言うのはとてもありがたい物で各部署で話し合うのも悪くないと思いながら私はかわさき君の店を後にするのだった……。

 

 

 

 

メニュー135 ハンバーグランチ その1へ続く

 

 




クレマンティーヌとのコミュが1つ進みました。ここで酒を飲んでいると一夜の過ちに発展したかもしれませんがこの小説は健全なのでそんな展開にはなりませんでしたが、確実に親密度は上昇しましたね。そしてジャージャー麺を書きつつ流し素麺のフラグを準備をしておきます。次回はゆきめのこ様のリクエストでハンバーグをメインにした話を書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。

やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……

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