生きたければ飯を食え   作:混沌の魔法使い

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メニュー14 異世界の魚のムニエル、しゃぶしゃぶ

メニュー14 異世界の魚のムニエル、しゃぶしゃぶ

 

モモンガさんが来てからの展開は恐ろしいほどに早かった。ザイトルクワエは身体が残る程度に焼却処分され、幻術でその死体は隠された。漆黒聖典を誘き寄せる餌として活用するという基本方針は変わっていないからだ、その後は守護者を伴ってリザードマンの集落に向かったのだが……精霊様、精霊様と凄い騒ぎになっていた……集落からもあの炎は見えていたようだ。守護者達は下等な種族の分際でとかおっかない事を口にしていたが、俺とモモンガさんを崇拝しているから排除とはならなかったので一安心だ。モモンガさんはそのまま族長達との話し合いに臨み、俺はと言うと……その話し合いで食べる料理の下拵えを行っていた。正直リザードマンの集落が壊滅したのは俺の責任なので、誠心誠意全力を込めて料理をさせてもらおう。バフも勿論全て掛けるつもりだ。

 

「うむ……上質な白身だな。脂もタップリ乗っている」

 

俺が釣り上げた魚とリザードマンが献上すると言って持ち込んできた魚を、リザードマンの集落の小屋で捌いていた……守護者達はモモンガさん付きでアルベド、俺の護衛としてシャルティアが残り、他は全員一度撤収となった。ザイトルクワエが暴れていた事もあり、漆黒聖典とやらの監視及び漆黒聖典討伐の為の作戦立案、そしてナザリックの警護と言う事情だ。クレマンティーヌは漆黒聖典の顔を知っているという理由で、同じくナザリックへと戻っている。

 

「カワサキ様。下等な種族の主食を何故そこまで観察するでありんす?」

 

布巾で包丁を拭う。少し切っただけでここまで脂が付着するとはな……

 

「下等な種族と言うが、この魚はいい物だぞ?モモンガさんに自信を持って出せるレベルだ」

 

雪溶け水が流れ込む湖と森林からの栄養。この湖の質は恐ろしいほどに上質だ……1口大に切った白身魚をシャルティアに差し出す。

 

「味見してみろ。食べてみれば判る」

 

「はぁ……判ったでありんす」

 

首を傾げながら切り身を頬張るシャルティアを見ながら、俺も切り身を頬張る。コリコリとした歯を跳ね返す弾力と強い脂……

 

(鯛に近いが……後味はどっちかと言うと鱸……いやカサゴか?)

 

富裕層に居た経験がある俺は養殖だが、生の魚を口にした経験がある。思い当たる魚を思い返すが、どれも該当しない。異世界特有の魚と言う感じか……しいて似ているとすれば鱸だが、鱸よりも身に脂があり、歯応えが強い気がする。

 

「確かに美味しいでありんす」

 

「良い物は良い。悪い物は悪い、それにナザリックの配下になる部族だ。そこまで見下してやるなよ?勿論これはモモンガさんも同じ意見だ」

 

この湖を手に出来た。これは今後の活動方針として十分に役立つ、シャルティアはカワサキ様とアインズ様が仰るならと呟くが、目に見えて不満そうだ。

 

「そう言えば、食材適正のあるものを確保したらしいな。良く頑張ったじゃないか」

 

ここで使うつもりはないので、パンドラに預けたが、シャルティア、アウラ、マーレ、コキュートスがザイトルクワエの食材適正のある部位を確保したと聞いている。良く頑張ったじゃないかと褒めると、頬を赤らめ嬉しそうに笑う。

 

「カワサキ様から道具を下賜され、成果を上げられないようではみっともないでありんすから」

 

こうやって笑っていると普通の少女って感じなんだけどな……ペロロンチーノの変態設定がなければ、普通に良い子なんだが……せめてもう少し凶暴性が低ければ言う事ないんだが、それも個性として受け入れるべきなんだろうな。

 

「さてと次はこいつか」

 

俺が釣り上げた魚に包丁を入れようとするが固い……これは刃毀れするな……仕方ない。コキュートスに預けたのと同じ腕輪を装備してから、アイテムボックスから氷の刀身を持つ包丁を取り出す。その包丁が持つ冷気で魚を洗う用の水が一瞬で凍りつく。

 

「カワサキ様それは剣でありんすか?」

 

「俺は剣は装備できない、これは包丁だ。レイジングブルと同クラスのSランク食材モンスターを捌く用の品だ。名前は……なんかめちゃくちゃ長かったから適当に凍包丁と名づけた」

 

氷の大河に住む巨大魚。バニシングセイルと言う、燃える体表を持つカジキを捌くのに必要なアイテムなのだ……なお、レベル70以上のクックマンが在籍しているギルドしかエンカウントできない超稀少モンスターで、食材としても武器の素材としても最高と言う魚だ。ただしレベル70のクックマンなんて殆ど存在しないので、都市伝説扱いのモンスターだ。実際、エンカウントした時はナザリックがお祭り騒ぎになったのを良く覚えている。その包丁であの2m近い巨大魚に触れると、まるで豆腐でも切るように包丁が吸い込まれていく。

 

「す、素晴らしい切れ味でありんす……」

 

巨大なその魚を3枚に卸すのを見ていたシャルティアが素晴らしい切れ味だと言うが、俺自身もまさかここまでの切れ味とは思っても無かった……

 

「ん?こいつはぁ……ほー、面白いな」

 

白身魚と思っていたのだが、切り身はほんのり赤みを帯びている。なるほど、こいつは鮭の仲間と見ていいのかもしれんな。

 

「カワサキ様質問宜しいでありんす?」

 

「ん?どうした?」

 

赤い切り身を丁度良い大きさに切り分けながらどうした?と返事を返す。

 

「なんでその魚は身が赤いんでしょう」

 

「ああーそれか、淡水性の魚は基本的に白身なんだが……海老や蟹を主食にする魚は、蟹とかの甲羅の成分で身が赤くなるんだ」

 

その成分の名前までは忘れたが確かそうだったはずだ。俺が思い出しながら言うと、シャルティアは笑みを浮かべながら

 

「カワサキ様は博識でありんすね」

 

と称賛してきた。料理だけだぜ?と笑いながら、身を丁度良い大きさに切り、再びシャルティアと味見をする。噛み締めた直後はたっぷりと脂の乗った旨味が広がるが、噛んでいる間にやや水っぽい味が強くなる……そうなってくると脂の旨味は殆ど死んでしまっている。

 

「柔らかいでありんす……脂は乗ってるでありんすが、あんまり美味しくないでありんす」

 

「確かにな」

 

味は悪くないが、柔らかくやや水っぽい……だが脂は乗っているので、料理次第では化けると確信する。

 

「よし。メニューは決まった」

 

「もう決まったでありんすか!?」

 

驚くシャルティアに当たり前だろ?と笑い、水瓶の蓋を開け――

 

「んおう!?」

 

「カワサキ様!?大丈夫でありんすか!?」

 

その中に居た生き物を見て自分とは思えない声が出た。慌てて駆け寄ってくるシャルティアに大丈夫だと返事を返し、水瓶の底を覗き込む。黒く長い身体を持つ蛇のような生き物が居た。

 

「更にもう1品追加っと」

 

この小屋を見たが、恐らくリザードマンにこれを調理する知識は無い。もし知識があるなら、あの道具があるはずだからだ。

 

「カ、カワサキ様。それをた、食べるでありんすか?わ、わらわには蛇にしか見えないでありんす」

 

俺が覗き込んでいる瓶を見て、シャルティアがそう呟く。見た目は悪いが、味は良い。間違いなく同じ魚だという確信がある。

 

「大丈夫。こいつはれっきとした魚だ。しかも、リアルでは高級品だ」

 

信じられないという顔をしているシャルティアに美味いんだよと笑い、アイテムボックスから必要となる材料と調味料の準備を始めるのだった……

 

 

 

偉大なる祖霊によって導かれたと言う死の精霊様、「アインズ・ウール・ゴウン」様との話し合い……と言う名の服従の儀式は、恐ろしいほどにスムーズに完了した。アインズ様の部下と言う異形達には我らが結束しても勝てる見込みなどなく、あの巨大な樹の化け物の攻撃で次世代を担うはずの子供達は僅か10数人を残し皆死んだ。特に竜牙のゼンベルの集落は酷い、ゼンベルと共に戦に出た7人を除くと、集落での生き残りは僅か5人……それが竜牙の生き残りで、しかも生き残った5人全ては雌であり、戦士の部族竜牙は既にこの段階で滅んだと言える。朱の瞳のクルシュの所は神官などが生き残っているが、祖霊様に導かれた精霊様の庇護下に入るべきと既に服従を誓った。俺と兄者の部族緑爪は雌は僅か4人、うち1人は兄者の妻だ。残りは働き盛りの若い蜥蜴人が30人と最多だが、家は全て押しつぶされた。そのため比較的被害が少ないキュクーの鋭き尻尾の集落に集まり、復興をする。そしてそれをアインズ様が手伝ってくれるという方向で話が決まった。

 

「ではこちらからはそちらの部族の移住が済んだ後、食料などの提供および集落復興の手伝いと言う事で宜しいかな?シャースーリュー?」

 

白く美しいドレス姿と相反する漆黒の翼を持つ人間を隣に控えさせ、アインズ様が兄者にそう告げる。

 

「このままでは我ら蜥蜴人は滅びる……精霊様の庇護下に入れるのならば、その下で復興を進めたいと思っております」

 

このままでは食料の奪い合いで再び蜥蜴人は滅びる……祖霊様に導かれた精霊様の加護を得れるのならばそれに越した事はないが……

 

「精霊様。1つ質問しても宜しいでしょうか?」

 

「なんだ?ザリュース」

 

兄者やクルシュの視線が俺に集まる。俺は族長と言う立場ではない。いち蜥蜴人としてこの話し合いに参加させてもらっているだけで、本来口を挟む権利は無い。それでもどうしても問いたい事があったのだ。

 

「無償での支援という訳ではないのでしょう?我らは何をすればいいのでしょうか?」

 

無償の支援と言われてもどこか納得できない物がある。凍牙の苦痛などを献上しろと言われたほうがまだ良い、ここまで俺達にとって都合の良い話だとどうしても不安を拭いきれないのだ。俺の問いかけにアインズ様の隣の悪魔が目を細める中、アインズ様は楽しそうに笑いながら口を開いた。

 

「中々頭が切れるな。知恵ある者は嫌いではないぞ?ザリュースよ。その知恵に免じてお前の問いに答えよう。我らはこの地より北北西の地にある大墳墓で眠りについていた者だ。お前達を助けて欲しいと言う魂に答え眠りから目覚めたはいいが……」

 

そこで言葉を切ったアインズ様は周囲を見て、小さく溜息を吐く。

 

「かつて私が築き上げた都市はなし、配下もない。配下なき王など滑稽だろう?故にお前達を配下に加え、再びこの地に繁栄を築こうと私は考えている。悪い話ではないだろう?君達は私の元で種を存続できる、私は有事の際に君達の力と知恵を借りたい。対等な条件だろう?」

 

対等とは言いがたい。だがここで怒りを買うわけには行かないので小さく頷く。アインズ様は再び笑いながら、

 

「そう恐れる事はない。私もカワサキさんも君達を滅ぼすつもりなど無いのだから……ただそうだな……」

 

その空虚な瞳が俺とゼンベルを捉える。どこまでも深い闇の瞳に思わず身震いしてしまった……

 

「配下に加えるには少々君達は力不足だ。そこで暫くの間、蜥蜴人の戦士を……そうだな。4~5人ほど借りたい、私達の元で修行に励んで貰おうか。そう急ぐ話でもない、ゆっくり話し合って決めてくれれば構わない」

 

腕を組み穏やかな声色で告げるが、それが余計に恐怖を誘う。自分よりも圧倒的な強者からの慈悲の言葉と言うのはそれだけでも恐ろしい……いつ怒りを買うか判らないからだ。

 

「アインズ様よ、俺達はあんたに従えば強くなれるか?」

 

「無礼な――!」「構わん。強くありたいか?ゼンベル」

 

ゼンベルの言葉に悪魔が怒鳴るが、アインズ様は楽しそうに笑いながらゼンベルに逆に問いかける。

 

「俺は今よりももっと強くなりてぇ。あの化け物に俺は何も出来なかった……ッ!もっと力がいるんだ」

 

気迫に満ちた言葉に、アインズ様は素晴らしいと笑い、

 

「では我が城へ来るが良い。今よりももっと強くなれるぞ」

 

「必ず……行く……んん!行きます」

 

悪魔の視線に咳払いし、ゼンベルが言い直す。本当、頼むから機嫌を損ねるような事を言わないでくれ……まぁ俺も危ない所だったと思うが……ゼンベルのは更にやばかったと思う。

 

「話し合いは終わったか?早速一品できたから持って来たぞ」

 

湖の畔で出会ったカワサキ様が黒いドレス姿の吸血鬼と共に何かを運んでくる。俺達の前におかれたのは葉っぱの上に厚切りにされた、キズスの切り身と、黒い汁の2つ。そして大きな鍋が2つ……キズスは俺達の主食の1つで馴染み深い魚だが……

 

(これで終わりか?)

 

食の精霊様と言っていたが、それにしては余りにその……質素すぎると言うか……がっかりしたと言うか。

 

「これは最初の品だからな、軽めの物にした。その魚の切り身をこの鍋の中に潜らせて、タレにつけて食べてくれ」

 

「潜らせるとはなんでしょうか?」

 

クルシュの問いかけにカワサキ様は説明不足だったなと笑い、俺の葉っぱの上のキズスを手に取り、鍋の中にいれ、数回動かすと鍋の中から引き上げる。当然白く色の変わった切り身が目の前にある

 

「こうやって汁の中に潜らせてな?タレをつけて食べるんだ。長く入れてもいいし、短く色が変わる程度でもいい。そこは自分の好みでな」

 

色の変わった切り身を自ら頬張り、引き返していくカワサキ様。食べ方の実演もあったが、アインズ様の前には何もない。食べていい物なのか悩んでいると、アインズ様が口を開いた。

 

「カワサキさんの料理は絶品だ。友好の証として食べてくれたまえ」

 

そう言われては遠慮するわけにも行かない。俺は素手でキズスの切り身を手に取り、鍋の中に半身だけ潜らせる。

 

(美味いのか?)

 

火を通した魚と言うので若干抵抗があるが、友好の証と言われて食べない訳には行かない。タレをつけて切り身を口の中にいれ噛み締めたその瞬間。口の中で旨味が爆発した。

 

「「「美味い!」」」

 

「美味しい……」

 

俺と兄者とゼンベルの美味いと言う叫びと、クルシュの美味しいという言葉が重なる。キュクーは美味いと言う時間も惜しいのか、2枚目の切り身に手を伸ばしている。鍋の中の熱い汁には蜥蜴人の集落にはない調味料が使われているのか、今まで味わった事のない複雑な旨味に満ちている。だがそれは決して不快ではなく、もっと食べたいと思わせる味だ。好きな具合で引き上げれば良いと言われたので、今度はやや長めに汁の中に付けて頬張ってみる。

 

「美味い……本当にこれはキズスか」

 

火を通しただけではこの味になるとは思えない、カワサキ様の調理が俺達の知らない味を齎している……汁の中に浸ければ浸けるほど身は当然固くなる。火を通した魚など本来は食べようとも思わないのだが、これは美味い。歯応えが変わり、中はほんのりと生と言う独特の食感にやや酸味のあるタレは恐ろしいほどに調和していた。

 

「このような味があったとはな」

 

「美味い!これは堪らんッ!!」

 

頬張る度にこくこくと頷く兄者に、その隣で美味い美味いと凄い勢いでキズスを頬張るゼンベル。そしてその隣で上品な素振りで口に運ぶクルシュ……皆笑顔だが、俺には気になる事があった。これで軽い料理と言っていた事だ。

 

(一体次は何が……)

 

戦力の差の次は知識の差、それを見せ付けてくるアインズ様とカワサキ様に俺は恐怖を感じながらも、食欲を抑えることが出来ずキズスに再び手を伸ばすのだった……

 

 

 

俺が釣り上げた巨大なサーモンに似た魚をリザードマンサイズに切り分け、そして塩を振ってからしゃぶしゃぶを持って厨房を出た。その理由は運んでいる間に水気が抜けると思ったからなのだが……

 

(いや、これ半端ねえ)

 

トレーに一杯に水が出ている。傾けて水を捨てるが、まだ水が出てくる気配がする。どれだけ水っぽいんだ……と呆れながら、1度水洗いをして、塩分を取り除いてからまた塩を振り放置する。この状態では、まだ料理が出来無いからだ……

 

「仕方ない、先にタレを作るか」

 

料理を仕上げるのに、まだ必要な物はある。魚の水気を抜いている間にタレを用意しようと思い、アイテムボックスから酒、醤油、砂糖、みりんを取り出すのだが、

 

「シャルティア、鍋ってどんなのがある?」

 

「こんなのでありんすがどうなんし?」

 

小柄な少女が持つには些か、所か完全に不釣合いな巨大な鍋を掲げるシャルティア……これがリザードマン水準の鍋か……いや、待てよ。どうせこれを作るなら大きな瓶か何かで作ったほうがいい。

 

「よし、その鍋を火に掛けてくれ」

 

もうどかんと大量に作ってしまえと思い、その鍋を火に掛けるように言って、アイテムボックスから更に調味料を取り出す。

 

「か、カワサキ様。そんなに使うでありんす?」

 

「おう、これは沢山無いと意味が無いんだよ」

 

酒瓶2本、みりんも2本全てを鍋の中に加え、シャルティアに薪をくべる様に言って火力をどんどん上げ、アルコールを飛ばす。その間に引火しないように細心の注意を払ってだ。アルコールがある程度飛んだら、丁寧に混ぜながら砂糖を溶かし加える。

 

「一気に入れたら駄目なんし?」

 

「駄目なんだよ、ダマになるからな」

 

丁寧に溶かしながら、ゆっくり加えるんだ。砂糖の袋を抱えて、少しずつ砂糖を加えてくれるシャルティアにどばって入れるなよ?と笑い、御玉で丁寧にかき回す。加えた砂糖が全部溶けたら今度は醤油を加え、竃に砂をかけて火を弱くする。弱火で丁寧に煮詰めながら浮かんで来た灰汁を掬って捨てる。

 

「カワサキ様。真っ黒でありんすね?それはなんでありんす?」

 

「これはな、タレだ。魚とかを焼くのに使うんだよ」

 

興味津々と言う感じのシャルティアに、小さな皿にタレを入れてみせる。

 

「舐めてみるか?かなり濃いと思うが味はいいぞ?」

 

嬉しそうに笑い味見をしたシャルティアだが、その顔がきゅっと歪む。

 

「お、お、美味しいでありんす」

 

「無理しなくていいぞ?そもそもそのまま舐める物じゃないしな」

 

俺も舐めてきゅっと顔が歪む。やっぱりこのタレはそのまま舐めるにはきついなと苦笑し、火を完全に消す。これで後は冷やしたら瓶に移せばいいだろう。

 

「お、やっと良い具合に水が抜けたな」

 

2回目の水抜きでやっと魚の水気が抜けた。これだけ水気がある魚っていうのは考えても見なかったな……思ったより時間を取られてしまったから、巻きで料理をしていこう。ムニエルはそう難しい料理ではないし。

 

「火をつけるから、また薪を加えて、炎の調整をしておいてくれ」

 

「はい!任せて欲しいでありんす」

 

弾ける笑顔のシャルティアの頭をぐりぐりと撫で回しながら、よろしく頼むと声を掛けムニエルの準備をする。用意する物は小麦粉とバターと醤油にレモン、後は下味をつける塩胡椒とハーブの粉末を少し臭み取りとして用意する。そしてサラダ油に、リザードマンの舌に合うかは判らないが白ワイン。これで準備は万全だ。水気を抜いた巨大魚に塩胡椒で下味をつけた後、小麦粉を塗す。勿論そのままだと多すぎるので余分な粉は叩いておく。その後はレモンを薄切りにし、真ん中はムニエルに盛り付けるので皿に置いておき、残りはグラスの上で絞ってレモン果汁を用意しておく。

 

(次はフライパンにバターとサラダ油を加えて加熱)

 

本当はバターだけでも、サラダ油だけでもいい。だがサラダ油だけでは旨味が足りないし、バターだけではムニエルが焦げ付いてしまう。2つを混ぜることで、魚が焦げにくくなる上に風味が良い物になるのだ。その後は皮を下にしてフライパンに並べ、蓋を閉めて蒸し焼きにする。時間は2~3分ほどだ。

 

「よし、良い具合だ」

 

魚自体が大きいので少し不安だったが、良い具合に焦げ目がついたところで引っくり返し、白ワインを鍋の中に注ぎ蓋を閉める。白ワインの香りをムニエルにつける為だ。また3分ほど焼き上げ、魚に火が通ったのを確認したら鍋から取り出して、皿の上に盛り付ける。本当なら野菜なども盛り付けるところだが……

 

(食文化がわからないからな)

 

リザードマンの食文化が判らないので、シンプルにムニエルとレモンだけにしておこう。鍋の中の汚れをペーパーで取り除き、バター、醤油、レモン果汁を鍋に加え焦がさないように加熱する。

 

「良い香りでありんすね……」

 

俺の料理の邪魔をしないように黙り込んでいたシャルティアが小さく呟く。バター醤油の香りって言うのはシンプルなのだが、食欲をそそるもんなんだよな……ソースが仕上がったので、皿の上に乗せておいたムニエルの上に掛ければ、

 

「謎の魚のムニエルの完成だ」

 

……しかしサーモンに似ているが、こいつは何の魚なんだろうな?それだけがどうしても気がかりだ。

 

「美味しそうでありんす……」

 

手伝いをしてくれていたシャルティアが小さく呟く。俺は鍋の中からもう1つムニエルを取り出し、シャルティアの分なのでレタス、トマトなどを盛り付ける。

 

「手伝ってくれたご褒美だ。食べていいぞ」

 

「い、良いんですか!?」

 

いつもの判りにくいありんす口調ではなく、普通に良いんですか!と尋ねてくるシャルティア。そう言えば、設定で間違った言葉を使うとかどうとか言っていたが……これがシャルティアの素なのかもしれないな。

 

「まだまだ手伝って貰う事はあるけどな。とりあえず、タレが冷めるまでは次の準備は出来ないし……食べて休憩してくれればいい」

 

グラスに白ワインを注ぎ、ナイフとフォークをシャルティアに手渡す。

 

「カワサキ様の御優しさに感謝するでありんす」

 

「大袈裟だ、ま、ゆっくり食べててくれ、モモンガさんとの打ち合わせもあるから。料理は俺が運ぶから」

 

「そんな!わらわが運……」「熱いうちが美味いんだ。だから気にしなくていい」

 

自分が運ぶと言うシャルティアの肩を掴んで椅子に座らせ、俺はムニエルの皿を手にその場を後にするのだった……残されたシャルティアは、カワサキから食べて良いと言って用意されたムニエルと出て行ったカワサキを交互に見つめ、

 

「いただきます」

 

熱いうちに食べなと言うカワサキの言葉に従い、ナイフとフォークを手にムニエルを口に運び、美味しいと呟くのと同時に、もっとカワサキやアインズの役に立ちたいと強く思うのだった……

 

 

 

 

 

 

キズスの身を熱い汁につけて食べる。今まで考えたことも無い食べ方、そして知らない味に思わず興奮してしまった……死の精霊「アインズ」様と食の神「カワサキ」様。その知識は私達を遥かに超えていた……

 

「2品目ムニエルだ。口に合えば良いがな」

 

白い陶器の皿に盛り付けられた魚。赤みを帯びたその身はモーサだと判る、脂はあるが水っぽく食用には適さない魚……私はそう記憶していたのに、カワサキ様の手が加えられると信じられないほどに美味しそうに思える。

 

(なんて良い香り……)

 

うっすらとモーサを包んでいる衣、そして掛けられた香ばしい香りのするソース……黄色の薄切りにされた果物の酸味のきいた香り。そのどれもが私達の集落にはない物だ。

 

「そのレモンは軽く絞るとムニエルの味がよくなるが、最初から使うと味が良く判らなくなるぞ。ある程度食べてから使うといい」

 

その助言に従い、フォークでレモンをムニエルと言う料理になったモーサの上からどかす。

 

「アインズさん。最後の料理はここで準備したいんだが良いか?下拵えからやりたいんだが?」

 

「構いませんよ、カワサキさんにお任せします」

 

最後の料理はここで作ると言うカワサキ様。アインズ様とアルベド様は何かの打ち合わせをしているのか、食べ物を口にすることは無い。それとも食べなれているのでこの場で食べるつもりはないと言う事なのかもしれない。フォークで小さくモーサを切る。柔らかい赤みを帯びた身……その巨大さに対して大味で、そして水っぽい、それがモーサだ。調理を施されてもそれは余り変わらない、そう思いながら口に運び……息を呑んだ。

 

(お、美味しい……)

 

ゼンベルやシャースーリュー、ザリュースでさえも目を見開いて驚いている。この味は紛れもなくモーサ、この濃い脂の味も、ほろほろと解ける食感もその全てがモーサだ。だが決定的に違うのは……水っぽさがないのだ。それだけなのに驚くほどに美味い。

 

「カワサキ様、ここでよろしいでありんすか?」

 

「もうチョイ右で頼む」

 

私達がモーサの味に驚いているとカワサキ様が戻ってくる。黒いドレスの吸血鬼が机を置く場所をカワサキ様に尋ね、カワサキ様が机を置く場所を決めている。

 

「よし、そこで良い。次は準備した瓶を持って来てくれるか?」

 

「判ったでありんす!」

 

カワサキ様に指示を受けるのが嬉しいのか、跳ねるように歩いて行く吸血鬼を見ていると、カワサキ様が振り返る。

 

「美味いだろ?」

 

「は、はい。美味しいです……でもこれ……どうやって……モーサですよね?」

 

モーサ?魚の種類は判らないがとカワサキ様は前置きしてから、どうやって調理したのかを教えてくれた。

 

「塩を振って水気を飛ばしたんだ、その後はハーブの粉末と塩胡椒で下味をつけ、薄く小麦粉を塗してこんがりと焼く。それだけで食感が大分変わるだろ?」

 

それだけと言うが、私達にはそのそれだけの知識も無かった……良い香りのするソースに、食感を良くする小麦粉と言う粉……そして塩味が強い上に風味が良い緑色の粉。丁寧に焼き上げられたモーサ……それは私達が考えもしなかった調理方法だ。

 

「かーっ!うっめえ!!!カワサキ様!お代わりはあるのか!?」

 

ゼンベルがばくばくと頬張り、美味いと嬉しそうに叫びながらお代わりはあるのか?と尋ねる。言うまでもなく、アルベド様の視線が鋭い物になるが、カワサキ様は笑いながら

 

「まだメインが残ってるから我慢しな。次はがっつりと量のある物を用意するからよ」

 

そう笑ったカワサキ様は私を見て、そうだったなと呟く。

 

「クルシュさんだったな。まだ食べられるかい?次は少し量が多いぞ?」

 

私が雌と言う事を考慮してくれたのか、まだ食べられるか?と尋ねてくる。最初の魚の切り身と熱い汁の料理と今食べているムニエルと言う料理……元々私は食が細い。正直もうかなりお腹いっぱいなのだが……

 

「少し食べてみたいです」

 

「OK、少なめに用意してやるよ」

 

今まで味わった事のない料理。そして次がメインと聞いて、食い意地が張っていると思われるのは嫌だったが……少しだけ食べたいですとカワサキ様に返事を返す。ザリュースが小さく笑ってるのが見えて、私の顔が赤くなったのは言うまでもないだろう……

 

 

 

 

美味い、美味しいと言って料理を食べるリザードマンを見て、俺は心の中で小さく、良いなあと呟いた。良い香りがするのでどうしても食べたいと言う欲求が生まれてくる。

 

(カワサキさん、俺も何か食べたいです)

 

(ナザリックまで我慢しろ。キャラ作りを忘れるな)

 

死の精霊を名乗ったのだから、終わるまでは我慢しろとカワサキさんに言われれば、わかりましたと我慢するしかない。アルベドもいるからこの態度を崩すわけにはいかないと言うのも非常に辛いところだ。

 

「カワサキ様。火はもう準備して良いでありんす?」

 

「まずは捌くからまだあせらなくて良い」

 

なんかシャルティアを助手として色々やっているんだが、良い組み合わせに見える。カワサキさんとペロロンチーノさんは互いに和を大事にする性格をしていたからなあ……行動に出る、出ないの差はあるが求める物は同じで、相性自体は悪くなかった。だからシャルティアと相性がいいのかな?と思っていると、カワサキさんが水瓶から黒い生き物を引きずり出す。

 

「か、カワサキさん?それは蛇じゃないのか?」

 

黒くて太くて長い生き物……俺には蛇にしか見えなかった。大丈夫なのか心配になり尋ねると、カワサキさんは大丈夫だと笑う。

 

「これは鰻だよ、美味いんだぜ?」

 

鰻!?それって寿司で食べたあれか!?美味いと思ったが、こんな蛇みたいな生き物だったのか……初めて知った。

 

「ヌルを料理するのですか?」

 

「ヌル?こっちではヌルって言うのか、お前達にはこれは食用じゃないのか?」

 

カワサキさんの問いかけにリザードマン達は頷く。それは俺も同意だ、どう見ても蛇で食用には見えない。

 

「はい、ぬめりが強く、骨も固い上に多くて食用と思うことは少ないです」

 

ザリュースの問いにカワサキさんはそうかと呟き、包丁ではなく釘をその手に取り

 

「なら見せてやるよ。ヌルの本当の食べ方ってもんをな、そして思い知らせてやろう。今までこんな美味い物を食べてなかったのだとな」

 

にっと笑うカワサキさんは自信満々にそう笑い、思い出したように振り返る。

 

「シャルティア、飯炊かないといかんわ。その鍋火に掛けてくれるか?」

 

「判ったでありんす!」

 

いかんいかんと笑うカワサキさんの隣でシャルティアが鍋を火に掛けるのを見ながら、隣で顔を歪めているアルベドに声を掛ける。

 

「アルベド、どうかしたか?」

 

「いえ……な、なんでもありません。アインズ様」

 

なんでもないって言う顔じゃないんだけどなあ……悔しそうにシャルティアを見つめるアルベドに本当にどうしたんだろ?と思いながら、俺は早くナザリックに帰ってカワサキさんにご飯を作って欲しいと思うのだった……

 

 

メニュー15 鰻の蒲焼

 

 




キズス=鱸 モーサ=サーモンと思ってください。名前を逆から呼んだとか、文字を削ったとかそんな感じです。鰻はヌルヌルしているのでヌルと言う感じでリザードマンが呼称している感じです。次回は鰻の蒲焼、淡水の湖と言う事でこれを書きたかったんですよね
それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします

やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……

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  • 間違っていない

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