生きたければ飯を食え   作:混沌の魔法使い

2 / 236
メニュー1 ドラゴンフィレ肉のステーキとガーリックライス

 

メニュー1 ドラゴンフィレ肉のステーキとガーリックライス

 

ぽんっと言う乾いた音を立ててワインのコルクが抜ける、瓶の口に鼻を近づけ、手で軽く扇いで匂いを嗅いで見る。

 

(さわやかな甘い香り。だがしっかりとアルコールが自己主張をしている)

 

アーコロジーの安物の酒とは名ばかりの水とは違うな。まだドラゴンの肉は焼きあがる気配は無い。かなり上質そうなので、フランベだけじゃ勿体無いなと思い、追加でアイテムボックスからワイングラスを2つ取り出す。

 

「お前さん、酒は行ける口か?焼きあがるまで時間が掛かる。食前酒……飲むか?」

 

見かけは現実の俺よりも少し年下って感じだな、20歳前後って感じか。異世界だから未成年と言うのは無いと思うが、酒が飲めない口かもしれないと思い念の為に尋ねる。

 

「あんた本当に変わったモンスターねぇ、ま、折角だから貰うけどさ、何のワイン?」

 

知恵の林檎(インテリジェンスアップル)のワインだ」

 

銘柄を言うと絶句する美女に変わってんなと思いながら、グラスにワインを注ぎ、目の前に置くぞ?と声を掛け、ワインを口に運びながらドラゴンのステーキの焼き加減に意識を向けるのだった……

 

 

 

目の前に置かれたグラスのワインに視線を向け、次に料理をしているモンスターの背中に視線を向ける。俺は弱いと言っていたが、どんな嫌味だ。私よりも、英雄の領域に足を踏み入れていると自負している私よりも遥かに強い……戦闘になれば負ける。ならこのモンスターの言うとおりにして、隙を見て逃げる。それが一番正しい選択に思えた。

 

(なんなんだよ、こいつ)

 

戦っても負けると判っている以上、このモンスターの言うとおりにするしかない。グラスに手を伸ばしながら私、漆黒聖典第九席次クレマンティーヌは、どうしてこうなったと心の中で呟いた。

 

(大体全部ニグンのせいだ)

 

陽光聖典のニグン・グリッド・ルーインのせいだ。リ・エスティーゼ王国の王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの暗殺に失敗し、消息不明になったニグン。破滅の竜王の復活も近いという予言もあるため、ニグンおよび破滅の竜王の痕跡を探すためと言う任務で速度に特化した私が偵察として送り出されたのだ。漆黒聖典として行動していた為、街においそれと寄れず、食料も尽きかけている時に森で料理している馬鹿を見つけて、スッと行ってドスっとすれば良いと思い近づいたのだが、まさかモンスターの料理人とは思っても見なかった。

 

(知恵の林檎……のワインかぁ……)

 

匂いを嗅いで見るが、さわやかな果実の匂いとアルコールの香りがする。人間の血液とか、そういうおぞましいものではないのは判るが、本当に知恵の林檎なのかとか疑問は残る。が、ここで向こうの好意を蹴れば殺されるかもしれない。そう思い、怯えながらワインを口にした。

 

「何これ!?美味しい!」

 

思わず声が出た。今まで飲んだどのワインよりも遥かに美味い。さわやかな林檎の甘みと酸味、更に強すぎず弱すぎないアルコールが、これが上質なワインなのだと如実に現していた。それに知恵の林檎というのも嘘ではないのか、身体に何かが染み渡っていくような……そんな感覚がした。私の驚きの声に、モンスターは良い味だよなあっと笑いながら話しかけてくる。

 

「肉の焼き加減は?レア?ミディアム?それともウェルダン?」

 

「何でも良いよ、任せるし」

 

焼き加減と言われても、全然判らない。だから任せると言うと、じゃあミディアムレアだなと呟き、モンスターは料理を再開する。

 

(見たこと無いモンスターだ)

 

オレンジ色の長細いボールのような体をして、それに手と足がついたような奇妙な姿。人間とはまるで程遠い姿なのに、身に着けているコック帽とコックコートはばっちり似合っている。ここら辺では見たことも聞いたことも無いモンスターだ。言葉を喋る事から上位のモンスターってことは判るけど……一体どこから現れたのだろうか?

 

「うっし出来た。お待たせ」

 

肉の焼ける音と共に目の前に置かれたのは、鉄板の上に置かれた分厚い肉の塊だった。モンスター基準だからもっと大きいのを想像していたが、人間が食べるにしても違和感の無いサイズだった。漂ってくるいい香りと、食欲を刺激する肉が焼ける音に思わずお腹が鳴ってしまった。モンスターはくすくすと笑いながら

 

「ほら、ナイフとフォーク」

 

「あ、ありがと」

 

差し出された銀のナイフとフォークを受け取り、私は分厚い肉の塊に視線を向けた。自分では勝てないモンスターだから大人しく言うとおりにすることにしたが……モンスターがここまで見事な料理を作るとは思っても無かった。もしかしたら別の大陸から渡って来た亜人なのかもしれない。そんなことを考えながら、フォークで肉を切り分けるのだが……

 

(や、柔らかい……!?)

 

その分厚さからは想像でも出来ない柔らかさだ。ナイフが良いのもあるが、肉質も驚くほどに柔らかい。もう少し小さく切るつもりだったのだが、予想よりも大きくなってしまったそれをもう一回切ろうかと思ったのだが……

 

(うっわ……美味しそう……)

 

その切断面を見て口の中に唾が溢れて来たのが判る。キレイなピンク色をした肉を見たらもう我慢なんて出来なかった。口に入れるには少し大きい肉の塊を思いっきり頬張る。唇で触れただけでも噛み切れるほどに柔らかいのに、しっかりと肉を食べているという実感がある。

 

「美味しすぎッ!!!」

 

今まで食べたステーキが何だったのかと思う。脂も味も今食べたステーキとは比べ物にならない。それにさっきのワインと同じく、身体に活力が満ちていくのが判る。モンスターの料理人だから、料理に何らかの追加効果が付与されているのだろうか?と思うレベルだ。

 

「そいつは良かった、あぐっ……うん、こりゃあうめえ。別嬪さんと食うから、なおうめえな」

 

もしかして私亜人に口説かれてる?流れるように別嬪さんと言われ一瞬イラっとしたが、こんなに美味しい物を食べている時に怒るのなんて論外だと思い、ナイフでもう一切れ切り分ける。脂が適度に乗った赤身の肉。牛では無いのは判るのだが、何の肉だろうか?多分モンスターの肉だと思うのだが、この美味さではモンスターの肉と言う嫌悪感は無い。

 

「うーんっ♪美味しいッ!ねえ、モンスター。この肉何の肉なの?」

 

この近くで捕まえれるモンスターなら、今後食料として捕まえても良いかも知れない、そう思ってこの肉の種類を尋ねる。

 

「モンスターじゃねえよ。俺はカワサキだ。コックカワサキ」

 

そこでモンスターか亜人かわからないが、目の前の異形の名前がカワサキだと判った。カワサキは肉の塊を飲み込んでから、逆に質問をしてきた。

 

「何の肉だと思う?ん?」

 

「え、えー……モンスターだよね?」

 

モンスターを食べているという嫌悪感は無い、ただとんでもなく、美味い肉を食べているというのは判るんだけど……

 

「ああ、モンスターと言えば、モンスターだな。ここらへんでもドラゴンっているのか?」

 

「あはは……ドラゴンなん……て……え?これ……?」

 

フォークに刺さっている肉とカワサキを交互を見る。カワサキはにやりと笑いながら

 

「おうよ、ドラゴンの肉だ。美味いだろ?」

 

ぶふっと噴出しかけたが、美味いことに変わりは無く。私はうん、オイシイヨ?と返事を返し、ドラゴンの肉を再び頬張るのだった。ドラゴンの肉だとわかっていても、この美味さに逆らう事など出来る訳も無かった……それにドラゴンを食材として倒せるような化け物に私が勝てる訳が無い。美味しい食事にありつけたのは幸運だが、これから私どうなるんだろ?と不安に思いながら、ワインのグラスを手に取るのだった……

 

 

 

凄い食欲だな。ドラゴンの肉と聞いてからは少し食べるペースが落ちているが、それでも女性が食べるには大きいステーキをぱくぱくと食べ進めているのを見て、こりゃ足りないなと判断し、アイテムボックスから追加の食材を取り出す。

 

「そこまで」

 

「ええ~」

 

肉が後僅かになった所で、美女の顔に手を向ける、めちゃくちゃ不満そうにしてるなと苦笑しながら

 

「まだ足りないだろ?そのステーキを使って、もっと美味い物を食わせてやるよ」

 

もっと美味い物!?と目を輝かせる美女におうともさと返事をし、フライパンではなく鉄板をアイテムボックスから取り出す。

 

「炎〈ファイヤー〉」

 

火を起こして、その上に鉄板を乗せる。料理を作る上で目の前で料理をしてみせるのは、相手の食欲を刺激するもっとも簡単な方法の1つだ。

 

「まずはこの肉を細かく切る」

 

俺の手元を凝視している美女にもう少し離れてくれよと声を掛けると、恥ずかしそうに一歩下がる。

 

「ステーキソースの中に肉を戻して、そこに飯を加えて、素早く炒める」

 

本当ならバターと醤油を加えるんだが、知恵の林檎のワインで作ったステーキソースが残っているので、それを生かす料理に切り替える。

 

「スライスしたニンニクをたっぷり加えて」

 

女性に提供するにはニンニクを使うのは少し抵抗があるかもしれないが、それでは本物の味にはならない。ここは我慢して貰おう。へらを両手に握り、

 

「後は火力で一気に炒めるッ!!!」

 

飯と比べてステーキソースが多い。これではべちゃべちゃになってしまうので、追加でファイヤーを唱え、火力を一気に上げる。ステーキソースが高火力で蒸発し、バチバチと音を立てる。少しでも作業を止めると一気に焦げ付いてしまうので、熱さを我慢して一心に料理を続ける。

 

「うわぁ……」

 

ニンニクの焼かれる匂いと目の前で行われる料理に目を輝かせている。やっぱりこの反応は見ていて楽しいし、待ち時間も楽しませる演出になる。切る様に素早くヘラを動かし、ガーリックライスを仕上げる。

 

「ドラゴンのステーキ入り、ガーリックライス。お待ちどう」

 

「これもめちゃくちゃ美味しそう!」

 

子供みたいに笑う女性にそりゃ良かったと笑い、スプーンを差し出しながら

 

「どうする?ワインも行くか?」

 

今度は知恵の林檎ではなく、普通の葡萄のワインだが、俺の能力で筋力強化や身体能力強化にエンチャントを付与してある。見たところ戦士って感じだから、知恵の林檎よりこっちが良いだろうと判断したのだ。

 

「うん、飲む飲むー♪」

 

ガーリックライスを頬張り、美味ーいっ!!!と喜んでいる姿に良かった、よかったと思いながら、俺は彼女のグラスにワインを注いでやるのだった……

 

「うーん……むにゃむにゃ……もう食べれない……」

 

「こんな寝言初めて聞いたぜ」

 

空腹だったのか、それとも酒に弱かったのか、食べるだけ食べて、飲むだけ飲んだ女性は寝転がって眠ってしまった。

 

「色々聞きたかったんだがな」

 

ここがどこかとか、近くに町が無いか?とか色々情報を聞きたかったんだが……こうも無警戒で寝られるとなぁ……

 

(モンスターで良かった)

 

これが生身だったら、ここまでプロポーションの良い女性が無警戒で眠っていたら、過ちを犯してしまっていたかもしれない。

 

「まーとりあえず、彼女は貴重な情報源だし……」

 

ごそごそとアイテムボックスを探り、お目当てのスクロールを取り出す。モモンガさんに作って貰った、生命拒否の繭〈アンティライフ・コクーン〉のスクロールだ。料理を作るという俺のジョブの都合上食材が必要不可欠だ、中には野草やハーブを必要とする物も多く、それらを回収する時にモンスターやPKに襲われない様にとモモンガさんが用意してくれた物だ。

 

(モモンガさんもいるかなあ)

 

料理を終え、この世界にいるのが俺だけなのだろうか?モモンガさんもいるのではないか?取り敢えず、明日彼女にここら辺の情報を聞いて、その上でどうするか考えてみよう。アイテムボックスから毛布を2枚取り出し、1枚は気持ち良さそうに眠っている女性に、もう1枚は自分自身に、そして最後に料理をするのに使った焚き火に大量の薪を継ぎ足してから、俺も森の中で寝転がった。

 

「綺麗な夜空だ。ブルー・プラネットさんにも見せてやりたいな」

 

きっとあの星と星でなんと言う星座なのか?とか嬉々として語ってくれただろうなと思いながら、リアルでは決して見る事の出来なかった夜空を見つめる。そしてゆっくりとやってきた睡魔に身を任せ、俺は深い眠りへと落ちていくのだった……

 

 




ここで終了となります

反響しだいでは、続編も考えてみるかもしれません

ではここまでお読みいただきありがとうございました!

やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……

  • 間違っている
  • 間違っていない

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。