メニュー27 クレープ・シュゼット
見慣れたバハルス帝国の街並み、背後からカワサキの感嘆の声が聞こえてくる
「ほー、王国とはまた違った感じだな」
面白そうだと上機嫌に笑うカワサキは良いんだが、後から俺達を見つめている2人の少女が怖すぎる
(あんまり気にしないほうが良いよ?気性が荒い方だから)
俺達と一緒に先導をしていたクレマンティーヌが小声で俺に囁いてくる。見た目は少女だが、その力は俺達よりも遥かに上であり、カワサキに仕えている神の一種と聞いて、アルシェの推測が当たっていたのに俺達は震えた。クレマンティーヌのカワサキが凄く温厚だから、よっぽど怒らせない限りは安全と言う言葉を信じるしかない
「あ、あのカワサキ様……その……」
「心配するな、約束は護る。だがまずは情報収集だ、俺達の目的が先だ。良いな?アルシェ」
アルシェがおどおどと話しかけるのに思わずぎょっとしたが、カワサキは大丈夫大丈夫と笑う。何が怒らせるか判らないので話しかける時は慎重になってほしいのだが、妹の事になるとアルシェが暴走しがちになるのが心配だ。起床した時にカワサキから出された条件それは
「王国領に移住……」
「そうだ。正確にはカルネ村という村に全員で移住して欲しい」
元々今回の仕事が終われば、強引にアルシェの妹を攫い帝国を捨てる予定だった。移住先を探さないとと思っていたので、それは正直渡りに舟だが……そうなるとアルシェの妹達を助けている時間が……
「あ、あの!カワサキ様!お、お願いが」「あ?人間風情が許可無く……ふぎゃっ!?」「そういう風に言うなって何度も言ってるだろが、アルシェだったな、何だ?」
アルシェの言葉を遮ろうとしたシャルティアの頭にカワサキが拳骨を落とす。それから何だ?と優しくアルシェに問いかける
「わ、私の妹2人も!一緒に移住を……そ、その私のお、親は借金ばかりで……一生懸命返済してるんですけど……その、あの!私の稼ぎだけじゃ間に合わなくて……このままだと妹が……クーデリカとウレイリカが売られて……」
言葉に詰まりながら妹2人を助けたいとカワサキに懇願するアルシェ
「頼める立場じゃないのは判っています。ですが、お願いします」
「それさえ終われば、私達は貴方の言葉に従いますので、どうか少しばかりの時間を」
「お願いします」
俺達も深く頭を下げてカワサキに頼みこむ。2人の少女からの圧力が増し、恐ろしくて顔を上げる事が出来ない
「なぁ、クレマンティーヌ。俺ってそんなに怖く見えるか?」
「人間の時はちょっと怖いかも、私は格好良いと思うけど」
そうかぁ……と少し寂しそうに呟いてからカワサキは手を叩き
「協力してやるよ。お前達だけでやると追っ手がかかりそうだからな、まぁ俺にいい考えがある。俺の帝国観察が終われば必ず助ける事を約束しよう」
カワサキの言葉に顔を上げると、カワサキは穏やかな表情で
「どうも1つ頼みごとが増えそうだ。アルシェ、お前の妹2人にはカルネ村のネムと言う少女の友達になって貰おうかな」
その優しい声にアルシェが涙を流しながら、ありがとうございます、ありがとうございますと繰り返し頭を下げ、俺達も深く、深く頭を下げて感謝の言葉を口にするのだった
「お前達も用事があるだろうから、最初は別行動で良い。集合場所は……歌う林檎亭とやらで良いだろう。それと逃げられたり、俺の事を話されたら困る。一応監視として、シャルティアが付くが……まぁ念の為だ。シャルティア、脅したり、殺したりするなよ?」
裏切る心配はしてないが、まぁ念の為だと言うカワサキ。勿論裏切るつもりはこっちにもない、カワサキが提示した条件は俺達が全員望んでいる物だ。
「はいでありんす!任された仕事を完璧にこなしてみせるなんし!ほら、さっさと行くでありんす!」
俺達を見て早く歩けと言うシャルティアに判りましたと返事を返し、俺達はカワサキ達と別れ、今回の仕事の依頼主の元へと足を向けるのだった……
クレマンティーヌとエントマを連れて帝国を見て回っているのだが、王国とは本当に違う。道は全て石やレンガで舗装され、歩いている人達には笑顔と活気が満ちている
「えーっとカワサキ、非常に言いにくい事が1つあるんだけど、ここから先は引き返すことを提案するよ」
「なんでだ?」
中央広場で食材や調味料を見て、北市場で「口だけの賢者」なる人物が考案したと言うマジックアイテム……俺からみると扇風機や冷蔵庫と言う品の数々に口だけの賢者がプレイヤーかもしれないと言う疑念が湧き、ミノタウロスの国に興味を持つことになった
「えーっと奴隷市場ってのがあるけど、そこは見ないほうが良いと思うんだよね。私」
一瞬クレマンティーヌが何を言ったのか理解出来なかった
「奴隷制度があるのか?ここは?」
頭が恐ろしいほどに冷えていく感覚を覚えながら、そう尋ねるとクレマンティーヌは沈鬱そうな表情で頷く
「帝国のジルクニフって言うのが凄いやり手で、権力とかを持ってるだけの無能とかから貴族の地位を剥奪してね。貴族の暮らしを忘れられなくて借金とかが重なったのが身売りしてるんだよ、と言っても帝国民だから護られてはいるんだけどさ……エルフとかもいて、正直見て面白い物じゃないし……カワサキが怒り任せで暴れても困るし……」
そう言われると何も言えない。人間の姿をしているからか、俺はクックマンの時よりも感情的になりやすい。ブレインの時がそうだった
「……国の闇ってやつはどこでもあるんだな」
こんなに綺麗そうな街なのに……やっぱり時代的には中世位で止っているのかもしれないな
「カワサキ様を不快にさせるなら、潰しましょうか?」
「いや……今は良い」
今は情報収集が目的であり、バハルス帝国と事を構えるつもりは無い。むしろそういうのがあると知っただけでもよしとするべきだろう。俺は少し暗い気持ちになりながら市場を後にした
「あっちは闘技場。武王って言うチャンピオンがいて、今丁度トロールと戦ってるって聞いてるよ、見てみる?」
「いや、そういうのは良い」
俺が知りたいのはバハルス帝国の今の状況と、バハルス帝国にある伝承など。それからこの地方特有の料理などを知り、料理人としての興味を満たす事だ。……それに闘技場ってのは、もしかすると奴隷とかを戦わせているかもしれない。そう思うと、見たいとも思わない
「お、観光客か?それともワーカーか?良い肉が手に入ったんだよ。食わないか?」
闘技場付近には出店が並んでいて、にかっと笑う店主が肉串を勧めてくる。正直あんまり食べる気分じゃないが、知りたいと思っていた帝国の味付けだ。気分転換に買って見るか
「そうだな。3本貰おうか」
「毎度ッ!」
俺に声を掛けてきた時同様愛想の良い顔で笑った店主に料金を差し出すと
「驚いたな、お前料理人かい?しくったな、まさか同業者とはな……ははは!店の味がばれちまうな!」
「判るのか?」
俺の手を見て笑いながら参った参ったと言う店主にそう尋ねると、店主は腕を叩きながら
「ったりめーよ!料理人が料理人の手が判らないわけ無いだろ?」
その通りだ。俺も店主の手を見て包丁タコを見て出店の店長とは思えない腕をしているのは判っていた
「店は無いのか?」
「あるぜ?闘技場がやってる時は稼ぎ時だから出店をやるんだよ。さ、食ってくれ」
3本受け取った肉串をクレマンティーヌとエントマに1本ずつ渡し、俺自身も肉に齧りつく
「……っ!美味しいです」
「本当。美味しい……」
エントマが素直に美味しいと口にし、クレマンティーヌも驚いた様子で呟く。まず感じたのは肉の柔らかさ、次に香辛料とハーブの香り……肉自身も丁寧に下処理されている。恐らく下味の段階でワインなどを使っているし、何よりもかなり丁寧に隠し包丁が入れられている
「どうだい。南方の料理人さんよ、俺の料理は美味いだろ?」
「美味い。言うだけはあるよ、にんにく・後は俺の知らないハーブが……4……いや5種類。それと……上質な岩塩と見た。それに漬け込み時間も半端じゃない……2日。最低でも2日はタレに漬け込んでいるはずだ」
俺の味の分析に店主は目を大きく見開き、楽しそうに大声で笑い始める
「そこまでバレると商売上がったりだな!はははは!お前さんの料理も食ってみたいもんだよ」
気持ちの良いおっさんだな。こういう人は嫌いじゃない、俺が最初に修行した店のオーナーに良く似ている
「店を探しに来たなら、中央広場にいきな。ジルクニフ様がなんか催し物をやるらしいからな」
気に入られれば、店くらい構えさせてくれるかもな!と言う店主に感謝の言葉を口にして、中央広場に足を向ける
「参加するんですか?カワサキさーーん?」
「出来そうならな。何時の時代も権力者って言うのは新しい刺激に飢えてるもんさ」
参加者の料理を見て、見たことの無い料理を作り興味を引く。帝国に店を構える気は無いが……帝国の料理人の腕を見て見るという理由で参加してみても面白いかもしれない。
「カワサキなら優勝間違い無しなんじゃない?」
「はは、どうだろうな。そもそも参加できるかも怪しいぞ?」
参加拒否されても、周りで見てみるのも面白いだろう。駄目元で中央広場に向かったのだが……
「はい、ではサカキでエントリーしました、頑張ってくださいね」
……むっちゃすんなりエントリー出来たわ。一応偽名でサカキと登録したが、これには流石に驚いたな。エントマとクレマンティーヌは観客席に回ってるけど……中央広場には簡易キッチンらしき物が7つあり、食材も肉や魚、それに野菜に果物が用意されていた
(あれか……)
4人の騎士に護られた屋根付きの小屋にいる金髪の青年。あれが皇帝か……その隣にいるのはまさに魔法使いって言う様相の爺さんだな。アルシェに会って魔力阻害の装備をしていて良かった。あの爺さんもアルシェの話では魔力を光として見れるらしいからな
「腕に自信のある料理人が参加してくれた事、私は大変喜ばしく思っている」
開催前の挨拶ってのは長いな、殆ど無視だ。大体何時も偉いやつの話は長いと決まっている、聞き流すのが丁度良い
「では存分に腕を振るい、私を楽しませて欲しい」
長い皇帝の話が終わり、イベント開始を告げる銅鑼の音が響き参加者が動き出すのを見て、俺は腕を組み椅子に腰を下ろした
(さて見せてもらうとしようか、帝国の料理人)
どんな料理をするのか、どんな技術を持っているのか?先ほどの出店の店主の事もあり、俺はまずは帝国の料理人の腕を観察する事にした……
陛下は嫌々だったのだが、帝国の催し物として開催されるが故に参加する事になった。それに伴い俺「雷光」バジウッド・ペシュメルや「激風」ニンブル・アーク・デイル・アノック「重爆」レイナース・ロックブルズ「不動」ナザミ・エネックの帝国四騎士も護衛として催し物に参加していたのだが……1人だけ異質な参加者がいた
(南方の生まれか……?)
黒髪黒目の大柄な男性。1人だけ腕組して他の参加者の料理を鷹を思わせる視線で観察している
(あの人本当に料理人だと思いますか?)
ニンブルの言葉に判断がつかんと返事を返す。催し物に参加しているのだから料理に自信があるとは思う、なんせあんまり酷ければ陛下の怒りを買う、そうなれば帝国ではもう料理人としては働けないだろう
(私は元冒険者と推測する)
ナザミが鋭い視線で南方の参加者を見つめる。他の参加者が動く中一切動かない、それは異質な光景として逆に視線を集めている
(でも自信に満ちているようにも見えますわ)
レイナースが興味深そうな表情でその男に視線を向ける。俺は正直レイナースを信用していない。呪いを解除するアイテムを貰うという条件で四騎士に加わった女……陛下に対する忠誠心などはなく、損得で動く相手だ。どう考えても信用など出来るわけが無い。
「出来ました!」
一番最初に魚を焼いた料理人が皿を運んでくる。野菜なども使い、彩りも美しいが……城の料理人と比べればそれは稚拙としか言いようが無い。毒見役が料理を口にし、首を振る。それは陛下に相応しくないという合図で、その料理は陛下の元に運ばれる事は無く、その料理人は兵士によって下がらせられた。それから運ばれてきた料理は陛下の下に向かうが、1口で終わる。イベントで若い料理人が箔をつけるために参加する催し物だから、腕が未熟な者が多いのだろう。陛下の表情が目に見えて不機嫌になり始めた頃。1人だけ動く事の無かった料理人がやっと動き始めた。中心の机に向かい食材の吟味を始めるのだが……その動き、目の鋭さはとても料理人には思えないほど真剣な物だった……
「苺と卵……それと小麦粉に白ワインみたいですね」
「何を作る気だ?」
選んだ食材はパンを作ったりする材料の小麦粉に苺と卵、それに白ワイン……俺は騎士だから料理なんて知らないが、それで作ろうとしている料理が一切判らない。材料を選び終え、自分の作業台に何かを置いて行く南方の男。口だけの賢者のマジックアイテムなどの姿も見える……そこまで準備をした所で、男がこっちに近づいてくる。
「1つ聞きたいんだが」
「何だ?」
ナザミが前に出て何だ?と問いかける。男の声は外見相応で低く、そして重い声だった。その体格もあり嫌でも警戒心が芽生える
「料理の仕上げをジルクニフ皇帝の前で行うというのは可能か?」
その問いかけに四騎士全員が困惑し、俺は前に一歩出て
「料理なら仕上げてからで良いだろう?」
「目の前で仕上げる事で意味のある物もある。駄目ならば作る物を変える必要があるんだ」
俺の視線に一歩も引かず、強い口調で返事を返す南方の男。その姿にやはり只者ではないと確信する。だが陛下を危険に晒すわけには……どうするか悩んでいると陛下が楽しそうに笑いながら
「良いだろう、私の前でその料理とやら仕上げて貰おうか」
「ご配慮感謝する。今まで見たことも、味わった事も無い一品を見せよう」
堂々とした口調で見たことも、味わった事も無い品と言い切った。陛下がその言葉にますます笑みを深め、南方の男はそのまま自分の調理台に足を向け、それ以上話す事が無かったが……その自信に満ちた姿にどんな物を見せてくれるのか?俺もその男に興味を抱かずにはいられないのだった……
あの屋台の店主は良い腕をしていたが、この催し物に参加している料理人は中の下と言う所だった。時間も無いのに煮込み料理に手を出す、味付けよりも見た目を優先するなど、若い料理人にありがちな事ばかりしていた。腕の良い料理人を見る事ができると期待していたので、正直がっかりだ。料理人の腕を見るのならレストランを攻めるべきだったか……だがまぁ参加した以上目指すは優勝なのは間違いない
(さてとやるか)
ここで観察していたが、あのジルクニフと言う男は恐らく満腹に近い。それは基本的に料理を食べる気がなく、このイベントに嫌々参加していると言う事を如実に示していた。つまりこの段階で焼き料理、煮込み料理などは論外。この場合の正解はデザート以外ありえない
(薄力粉・強力粉・グラニュー糖・塩……)
材料は中央から持ってきたと見せかけて、アイテムボックスから取り出した。見てみたが、正直質が悪すぎた。この段階でもこのイベントを早く終わらせたいと思っているのが良く判った。薄力粉・強力粉をふるいにかけ、ボウルに入れ、グラニュー糖と隠し味の塩も加え、泡立て器で軽く混ぜる。俺は元々デザート関連は苦手だが、唯一得意としているデザートがある。卵を2個割りそれを解き解しながら、魔法でバターを溶かす。それに一瞬ざわめきが起きるが無視する……薄力粉・強力粉・グラニュー糖・塩を混ぜた物に溶き卵を入れ、牛乳を加えながら混ぜ合わせ、牛乳を全て入れ終わった後に溶かしバターを入れて、口だけの賢者が考案したと言うマジックアイテム……俺から見たら冷蔵庫にそのボウルを入れる。冷やし、休ませることでグルテンを落ち着かせ、生地を綺麗に焼き上げる事が出来る。ここまで来たら俺が何を作ろうとしているか判るだろう……俺が作ろうとしているのはクレープ、それもクレープ・シュゼットだ。見た目の演出も必要なので、俺が唯一苦労し覚えたデザートと言える。かなり強力な冷蔵庫なので、数分で十分だろう。その間にソース作りの準備とアイスの準備だ。苺を水洗いして、ヘタを取り4等分にカットする
「中々便利じゃないか」
牛乳に砂糖を入れて加熱し、バニラエッセンスで香り付けをしながら小さく呟く。作業台に設置されている石、それがIHコンロのようで中々便利だ。もし可能ならナザリックに持ち帰りたい所だな。牛乳の加熱が終わったら金属製のトレーに流しいれ、冷蔵庫の中に入れる。時間内で固まってくれれば良いが、最悪アイテムボックスから取り出すことも視野に入れているから、これはパフォーマンスに近い。次に小鍋に苺を入れ、グラニュー糖を少し振り蓋をし、冷蔵庫で冷やしておいた生地を取り出す。予想通り、生地は完全に冷えていた。フライパンにサラダ油を引いて過熱する
「……良し」
フライパンが十分に加熱されたタイミングで、冷やしておいた生地を御玉で掬い丁寧にフライパンに流し入れる。ジュウっと言う小気味良い音を立てて生地が焼かれる……軽く生地に焦げ目が付いたらナイフを入れ、フライパンから生地を離しひっくり返す。こちらも焦げ目が付いたらフライパンから取り出し、毒見がいるので2人分焼き上げれば良いだろう、焼き上げたクレープ生地を4つ折りにする。少しずらして畳むと見た目も綺麗だ。
「即席だからこんな物か」
苺にグラニュー糖を振るったが、溶けるまでは間に合わないので御玉で軽く潰し火に掛ける。ふつふつと鍋の側面がしてきたら白ワインを注ぎ、苺のフルーツソースを作る、少しどろどろしているが準備の時間を考えれば仕方ないか……新しいフライパンにバターを入れて溶かし、グラニュー糖を少し振るい溶かす。その上に先ほど作った苺ソースを入れ、水を加えて伸ばす。
(……まぁ、こんな物か)
準備が足りなかったので旨味は少し足りないが、恐らくクレープシュゼットはこの世界に無いだろうから、少し旨味が足りなくても問題は無いだろう。即席の苺ソースと、焼き上げたクレープ、そして冷蔵庫で冷やした即席アイスと残しておいた苺を作業台に載せ
「ふっ!!」
気合を入れて作業台を持ち上げる。持ち運び前提だからか、クックマンの筋力をもってすれば苦も無く持ち上げる事が出来た。周囲のざわめきは当然無視だ、そのまま作業台を皇帝の近くに運び
「これから仕上げを行います。どうぞお近くへ」
俺の言葉に皇帝は頷き、ゆっくりと近づいてくる。俺の料理に興味を持っているから、近づいてきたのだろう。後の爺さんが慌てているのが若干気の毒だが、俺は料理をすることしか考えてないので、心配することは無いぜと心の中で呟き、俺は皇帝が近くに来たのを確認してから調理の最後の段階に入った……
私の目の前で調理をする南方の男。フライパンを動かす、材料を手にする。そういう何気ない動作にも人を惹き付ける何かがあった
「それはなんだ?」
フライパンの中の鮮やかな赤いソースが気になり、それは何だ?と問いかけるとサカキはそれを私の前に差し出しながら
「苺のフルーツソースです、溶かした苺に白ワインを加え水で延ばした物になります」
近くだとかなり鮮明な甘い香りが漂ってくる。サカキは私の反応を見て、鍋を戻し調理を再開する。鮮やかな赤いソースに布のような物を入れて煮る。最初から見ていたのに何を作っているのかまるで予想が付かない
「陛下」
「判っている」
フールーダの言葉に判っていると返事を返したが、私の興味はこの男から離れる事は無かった。じっと見つめていると男は奇妙な形の酒瓶を取り出し
「ではご覧ください。炎のデザートです」
その酒瓶の蓋を開け、フライパンの中に注ぎ込んだ瞬間。美しい青い炎がフライパンから上がる
「ほう……」
鮮やかな青い炎がフライパンの上で揺らめいている。その幻想的な美しさに思わず感嘆の声が零れる、観客は遠くなので何が起こっているのか判らず、男の手元を見ようとしている姿が滑稽だった。男は炎が消えるのを確認すると、大きめの2つの皿にフライパンの中のフルーツソースを入れ、薄い生地をそのソースの中に沈める。白い球体を2つ乗せ、最後の仕上げと大きな苺を2つ皿の上に乗せ
「お待たせいたしました。苺のクレープ・シュゼットになります」
差し出された皿を見て思わず笑みが零れる。鮮やかな赤いソースの中に黄色の薄い布のような何か……そして白い球体状の何かに、大き目の苺……確かに見たことも無く、味わったことも無い料理に違いない。味に興味がわき、共に差し出されたナイフとフォークに手を伸ばしかけるが、それは爺の手によって遮られた
「まずは毒見が先です。陛下」
その言葉に思わずむっとするが、その通りである。皇帝と言う立場にある以上自分の身を護る事も考えなくてはならない
「では陛下、先にお毒見をさせていただきます」
毒見役が薄い生地を口にし、口を動かすが……
「見た目ほど味を感じませぬが……?」
「それはアイスクリームを少し崩して、生地とソースと一緒に食べるんだ。クレープ生地だけで食べたら味など感じないぞ?」
毒見役の言葉に料理の正しい味わい方を口にする男。毒見役はそれは失礼と言葉にし、白い球体を少しフォークで削り、生地に包みソースを絡めて口に運び。その目を大きく見開き硬直した……
「……こ、これは……一体……?」
「美味いだろう?味わった事が無い味のはずだ」
皇帝である私が相手ではないので、素の口調で喋る男。その自信に満ちた言葉は自分の出した料理に対する絶対の自信がにじみ出ていた
「どうなのだ?味は?」
「……フールーダ様。冷たく、熱く、甘く、そして素晴らしい酒の風味……私はこの味をなんと表現すれば良いのか判りません。ただただ……素晴らしい料理としか言えません」
冷たく、熱い……?毒見役の言葉にもう好奇心を抑えきれず、ナイフで生地を切り分け、アイスクリームと言う白い球体を生地に包んで赤いソースを絡め頬張る
「……」
言葉も無いとはこの事だ。生地は卵の風味とほんのりとした甘さがあり、苺のソースと共に煮られたからか温かく、そして苺の風味と果実の風味を伴った強い酒精の香りが鼻を突き抜ける……そしてアイスクリームと言う白い球体は口の中に入れると溶けるのだが、牛乳の濃い味わいと砂糖の甘みが口の中一杯に広がる……味わった事も見た事も無い料理に偽りは無かった……無言で差し出された料理を頬張り続ける。幾ら食べても美味い……なんなんだ!?なんなのだ、この料理はッ!?
「陛下?どうなさいましたか?」
爺の言葉に我に返ると、皿の上の料理は既にその姿を消していた……赤いソースもなく、白い皿だけが目の前にあった
「はは……はははははッ!!!素晴らしい!素晴らしい品であった!男!名は?」
「サカキと申します。南方よりバハルス帝国を訪れた者です」
丁寧な口調と洗練された動作……それは蛮族などではなく、優秀な、それこそ城に仕える者と同格に見えた
「南方で何をしていた?」
「様々な料理を振舞っておりました。焼き料理、煮込み料理、揚げ物、そしてデザート等を望まれるままに作っておりました」
生憎デザートの類はそう得意ではないのですがと言うサカキ。得意ではない料理でここまでの味わい……この男の本気の料理を見て見たい
「これからの予定は?」
「数日ほどバハルス帝国に滞在させていただき、その後また旅に出るつもりです。初めて来る土地なので、その地方の料理などに興味がありまして」
数日か……となると知らぬ内に旅立たれる可能性もある訳か……
「陛下、お止めになるべきですぞ?」
爺が私の考えを読み止めるべきだと進言するが、その言葉を無視し私はサカキを見つめ
「サカキよ。私に食事を作れ、お前が得意とする料理を私に見せてみよ」
陛下!と言う爺と四騎士の制止する声が聞こえるが、それを手で制する
「このデザートでさえ、サカキの苦手とする料理と言うではないか。私はもっとこの男の料理を見たい、サカキ駄目か?」
「望まれるのならば料理を作りましょう、ですが城へと招待して頂けるのならば。私の連れに言う事もあります。少しばかりお時間を頂きますが宜しいでしょうか?」
サカキの返事は了承だった。私は懐から出した紙に手早く、入場許可と私のサインを入れ待っているぞと声を掛け、この催しの優勝者はサカキと宣言し城へと戻る馬車に足を向ける
「陛下、どういうおつもりなのですか?」
馬車に乗った途端に詰め寄ってくる爺。広場で連れなのだろう、軽戦士とメイドと合流するサカキを馬車から見つめながら
「興味が湧いたのさ、あの料理は素晴らしかったからな」
見た目も味わいも、皇帝である私を持ってしても知らない物だった。もっと上があると聞けば食べたいと思う気持ちを抑えることが出来ない。それに……
「見よ、フールーダ。私の身体を」
「そ、それは……」
爺ではなく、フールーダと呼んだ、それが意味するものはフールーダが望む物が近くにあると言う証拠。
「食事をしただけで体中に力が満ちている。頭もすっきりとした。只の料理ではないぞ」
まるで補助魔法をかけられたかのような感覚だ。今なら何でも出来る、そんな気がする
「南方特有の魔法……いや、しかし……」
フールーダもサカキに興味を持ったようだな。ぶつぶつと呟いている姿を無視し、従者に馬車を走らせるように指示を出す。ゆっくりと走り出す馬車の座席に背中を預けながら、サカキがどんな料理を作って見せてくれるのか、私の興味は完全にサカキへと向けられていたのだった……
メニュー28 カワサキのフルコース
ジルクニフのキャラが今一判らんのでなんかギルガメ風味になりました。クレープシュゼットは前に1度作った事があるだけなので、詳しい突っ込みはスルーでよろしくです、次回はカワサキのフルコースと言うことでオードブルやスープなども出して行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします
やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……
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間違っている
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間違っていない