生きたければ飯を食え   作:混沌の魔法使い

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メニュー28 カワサキのフルコース その1

メニュー28 カワサキのフルコース その1

 

換金を済ませ、歌う林檎亭に戻ってカワサキ様を待つ。シャルティア様は気性が荒いと聞いていて、確かに気性が荒く怖い面も多かったが

 

「カワサキ様が喜びそうでありんすね」

 

戻る途中で見た食料品店などで果物などを見ている姿は、外見通りの少女と言う感じでヘッケランに頼み、シャルティア様の見ていた果物や調味料を買い

 

「どうぞ、カワサキ様のお土産に」

 

「……お礼はいわんなんし」

 

あんまり聞き覚えの無い喋り方で少し困惑したが、私の差し出した荷物を受け取ってはくれた。そして林檎亭に戻ると

 

「人間、お前達も飲んでいいでありんす」

 

ふんっと鼻を鳴らしながら差し出された紅茶のポットとカップ。ありがとうございますと頭を下げ、紅茶を口にしたのだが本当に美味しかった。どうも気性が荒いと言うよりかは気難しい人物と言うのが私達フォーサイトがシャルティア様に抱いた印象だった。カワサキ様が戻ってきたのはそれから数刻後だったが

 

「ああ?人間如きがカワサキ様を使いっぱしりに?お前ら何やってるんだ!」

 

嵐のような魔力を放ちながらクレマンティーヌさんとエントマ様を睨みつけるシャルティア様。その圧倒的な殺気と威圧感に私達は座り込んで動くことが出来ず、恐怖で震える身体を止めることも出来なかった。クレマンティーヌさん達も青い顔をして口を開いては閉じてを繰り返している

 

「いや、良いんだ。帝国の上層部と繋がりが出来る、いろいろな情報が欲しい俺達には決して無駄な事じゃない」

 

荷物の確認をしていたカワサキ様が穏やかな口調で言うが、シャルティア様の怒りは収まらない

 

「しかし尊いお方が人間なんかに!」

 

「そう言うなよ、俺達はここに来たばかりさ。尊い身なんかじゃない、それはこれからだよ。俺達の世界は滅んだんだからな」

 

カワサキ様の言葉にある疑問が生まれた、それはスレイン法国の伝承だ。神は異なる世界から現れるという一文……つまりカワサキ様は別の世界の住人ということなのだろうか

 

「よし、こんな物で良いだろう。ヘッケラン悪いが、俺はこれから城に向かう。話し合いは戻ってからだ」

 

「い、いえ。お、俺は構いません」

 

ヘッケランが怯えながら返事を返す。シャルティア様の目付きが恐ろしかったからだ

 

「クレマンティーヌ、エントマは残ってくれ。シャドウデーモン、俺の護衛に」

 

「「「ハイ」」」

 

影から浮き出るように現れた悪魔に絶句する。それは私達の影から現れたからだ。シャルティア様だけじゃなく、他のシモベにも監視されていると言う事を今初めて知った。悪魔達がカワサキ様の影に消えるとカワサキ様は荷物を手に歌う林檎亭を後にした

 

「ちっ!っおい!クレマンティーヌ!エントマ!私は少し外に出てくる!ちゃんと監視してろよ!」

 

シャルティア様はそう言うと肩を怒らせ、部屋を出て行った

 

「あーめっちゃ怒ってたね。大丈夫かな?」

 

「……カワサキ様に言われてるから、怒り任せに暴れることは無いと思うけど……心配」

 

深く溜息を吐く2人に私達が何があったのか?と聞く事も出来ず、呆然とするのだった……

 

 

 

皇帝の手紙のおかげですんなり建物の中に入る事が出来た。ただし、広場にもいた4人組の騎士の2人。顎鬚を生やした男と髪で顔の半分を隠した女の騎士、バジウッドとレイナースという2人に監視状態で厨房へと案内されたがな

 

「ふむ、良い厨房だ」

 

これは嫌味などではない、掃除が行き届いた清潔な厨房だ。竃に石窯、それに広場にもあったIHみたいな設備も整っている……ここまで来ると現代のキッチンに似ているとさえ思う。ただ一応俺は監視下にあるからか、ここの厨房の料理人らしい姿は1人も無かったし、バジウッドが調理に入る前にと俺に釘を刺してきた

 

「陛下よりの命で調理を任されたが、不審な動きをすれば切り捨てる。良いな」

 

「あいよっと、だが俺は料理に関しては真剣だし、そもそも、皇帝陛下を毒殺する謂れも理由も無いんだがな」

 

旅の途中で寄っただけだと言う、本当に害するつもりなんて無いし、なにより貴重な情報源だ。良い付き合いとまで言うつもりは無いが、それなりに友好関係を築きたいと思っているしな。奴隷制度は最悪だが、感情的になって貴重な情報を逃すのは愚策なので、そこはぐっと堪える

 

「それでバジウッド。皇帝陛下は何か苦手な物とかはあるのか?」

 

「いや、陛下は何でも召し上がるが、そうだな……肉が好きだ」

 

肉か、なるほどなるほど。作る前に食べる人間のリサーチは必要だからな。

 

「それで俺は何人分用意すれば良いんだ?」

 

次に大事なのは何人分用意するからだ。俺の問いに答えたのはレイナースだった

 

「フールーダ様とロクシー様と陛下で3人前です」

 

フールーダって言うのは、あれだな。皇帝の側に控えていた老人だろうな、かなり親しい関係に見えた。ロクシーって言うのは多分妻か……

 

(さてと爺さんがいるから固いのは駄目だな)

 

かなり元気そうだったが、そこはやはり爺さんだろう。ステーキとかはあんまり適さないだろう……それに皇帝となれば一品だけと言うのは、かなり寂しいし、それに献上する料理には程遠いか……

 

(アミューズ、オードブル、スープ、ポワソン、ソルベ、アントレ、デセール、カフェ・ブティフール……くらいか)

 

完全なフルコースの11品と言うのも良いが、宿を出る前のシャルティアの姿を見るとそこまで宿から離れるのは良いとは思えない、エントマ達ではシャルティアのストッパーとは言いがたいからな。出来る限り早く戻りたい……だが料理に関して手抜きは出来ないので、ある程度ちゃんとしたコース料理に仕上げたいな。全8品の標準的なフルコースで行くとするか。食材はかなり良いのが揃っているが、それでも物足りないと思うな

 

「自分で持ってきた食材も使って良いか?」

 

「調理する前にこちらで確認させて貰う」

 

バジウッドの言葉に判ったと返事を返し、無限の背負い袋から食材をどんどん出して積み上げていく

 

「おいおい、待て待て待て、どんだけ入ってるんだ!?」

 

「南方のマジックアイテムだよ。500キロまで入る」

 

無限の背負い袋って言う名前負けしてるけどなと思いながらも、食材を運搬するには丁度良かったりする

 

「全て確認するまで少し待ってくれるか?」

 

「早い所頼むぜ。時間の掛かるのも考えているんでな」

 

判っていると返事を返し、バジウッドが呼んだ魔法詠唱者達が食材の確認をしているのを横目に見ていると、レイナースが近づいてくる

 

「南方には変わったマジックアイテムがあるんですね?」

 

「まぁそうだろうな」

 

本当はユグドラシルのアイテムだけどなと心の中で呟く。レイナースは俺を観察するような視線を向けてくる

 

「なんだ?俺に何か言いたい事でもあるのか?」

 

「言いたい事と言いますか、尋ねたい事ですね」

 

俺に尋ねたい事?まぁまだ料理が出来ないので構わないがと返事を返す

 

「呪いの解除などが出来るアイテムは持っていませんか?」

 

「呪い?いや、悪いがそう言うアイテムは無いな」

 

モモンガさんなら持ってるかもしれないが、俺はそういうアイテムは所持していないというと、そうですかと明らかに気落ちした様子で返事を返すレイナース。酷く落胆した様子にどうしたのかと思い、その事を尋ねようと思ったのだが

 

「すまないな、サカキ。食材の確認は済んだ、早速作業を始めてくれ」

 

バジウッドが確認が済んだと言うので、その事をレイナースに尋ねる事は出来ず。俺は後で尋ねるかと思い、先に調理に取り掛かることにするのだった……

 

 

 

不思議な気配のサカキならもしかしたら私に掛けられている呪いを解除出来るかもしれないと思ったのだが、そう言うアイテムは持っていないと言われ、思わず落胆してしまった。モンスターに掛けられたこの醜い呪いを解呪する、それだけの為に私は陛下に仕えている。だから他に解呪出来る相手がいるのなら、そっちに協力しようと思うのは当然のことだ

 

(バジウッドがいるのは監視でしょうね)

 

私とサカキの2人を監視する。その為にこの場にいるであろうバジウッド、私は少し離れて椅子に座りサカキの料理を見ていたのだが

 

(早い……)

 

皇城の料理人や私の実家に仕えていた料理人よりも作業が素早く、そして驚くほどに正確だった

 

(フルーツを絞って果汁に……あれはワインかしら?)

 

柑橘系の果物を搾り、ボウルの中に果汁を入れ、そこに透明な何かを注ぎ掻き回すと冷蔵庫に入れる。今度は片手鍋に牛乳を入れ、砂糖などをいれ加熱しながら掻き回し、金属で出来たトレーに入れて、同じように冷蔵庫に入れる

 

「良し、焼きあがった」

 

チンっと言う音がするとオーブンから何かを取り出す、板状の焼き菓子を作業台の上に乗せて冷やしている。

 

「手が早いな、それに迷いも無い」

 

「そうですわね」

 

調理を始めてまだそれほど時間が経っていないのだが、氷菓子、広場でも披露していた冷たい菓子、そして焼き菓子の3つを既に仕上げている。迷いなどは一切見せず、正確で素早い調理を続けている。今度は鍋で茹でていた卵の殻を剥き、ボウルの中に入れてフォークで潰し、刻んだ玉葱と和えているが、それだけではない

 

「よっと」

 

薄切りにしていた玉葱も同時に炒めている。同じ食材を使う物を同時に調理しているのだろうが、目を離しているのに焦げた様子などは見えない。まるで背中などにも目があるようだ。玉葱を炒めていた鍋にゼリーのような何かと水を加え、別の鍋で茹でていた海老……そう海の食材の海老を鍋から取り出し、あっと言う間に殻を剥き、包丁で手早く切り分け潰した卵と玉葱を和えた物の中に入れ、海老も一緒に和えると冷蔵庫の中に入れて冷やし、今度はトマトを大量に手に取り鮮やかな手際で切り分けていく。早く無駄がなく、そして正確な調理。南方から旅をしてきたと言っていたけど、一体何を目的にしてバハルス帝国まで来たのか?怪しいとは思うし、本当に呪いを解呪するアイテムが無いのか?と思うことは色々あるのだが、まるで魔法のように仕上げられていく料理に目を奪われてしまうのだった……

 

 

 

めっちゃ見られてるな……流石にここまで見られると作業しにくいなと苦笑する。まぁ、それでも調理は止めないんだがな、腸をとって水洗いした蛸は1口大のぶつ切り烏賊は輪切りにして、オリーブオイルとたっぷりのにんにくで炒める

 

(良い香りだ)

 

焼いたにんにくの香りは食欲を誘うんだよな……海鮮料理とも相性が良いし、烏賊と蛸に軽く火が通ったら火を止める。火が通り過ぎると固くなるのでさっと炒めるくらいで丁度良い、塩胡椒で味を調えたら保存をすかさず掛ける。リアルなら作る順番も大事だが、この世界なら保存で温度とかを維持できるから料理の順番で悩まなくて良いのが楽だよな

 

(レイジングブルの挽肉を使ったら怒るかな?)

 

食事には魔力がある。生きてる以上飯は食べなくてはならない、友好的な関係を築く為にもここは飛びっきりの食材で、俺に注意を向けておく必要がある。だからここはもてる食材の最高峰の物を使おう。ボウルの中に挽肉、パン粉、卵、小麦粉を入れて混ぜ合わせ、挽肉に粘りが出てきたら、海老とブロッコリーのアミューズで作ったタルタルソースの残りの刻んだ玉葱を加え、ナツメグと塩胡椒を振る、そしてまた混ぜ合わせる。

 

(こんなものだな)

 

良く混ぜ合わさった所で丸めて、空気抜きをして形を成型する。レイジングブルを使ってるから赤身が強い、肉の旨さがこの段階でもにじみ出ているのが良く判る。油を入れて加熱したフライパンに成型したハンバーグを3個並べる。中火で焼き、両面に焦げ目がついたら1度フライパンから皿に移す。煮込むので完全に火が通ってなくても大丈夫なので焦げ目を目安とする、今度はハンバーグを焼いたフライパンにバターをいれ、バターが溶けたらえのきやしめじと言った茸をたっぷりといれバターと絡めながら炒める

 

「これくらいだな」

 

茸がしんなりしてきたらピザに使ったトマトソースの残りを加え、トマトソースが煮立ってきたら先ほど焼いたハンバーグをトマトソースの中に入れて煮詰める。こうなったら後はやることが無いので、残りのオードブルの仕上げなどを済ませることにする。冷やしておいたタルタルソースと海老を混ぜ合わせたものを取り出し、茎を取ったブロッコリーを加えて混ぜ合わせたら、蓮華に盛り付けピンクペッパーを散らす。鮮やかな黄色とブロッコリーの緑、そしてピンクペッパーの彩色のバランスが見た目にも美しい、そして最後に生ハムに薄くスライスしたチーズを乗せ、その上にきゅうりと種を取ったカイワレを生ハムで巻けばオードブルも完成

 

「良し、出来た」

 

アミューズ、海老とブロッコリーのアミューズ オードブル、生ハムとチーズの巻物 スープ、たっぷり玉葱のコンソメスープ ポワソン、烏賊と蛸のガーリックソテー ソルベ、オレンジのソルベ アントレ、レイジングブルのハンバーグトマトソース煮込み デセール、 バニラアイスクリーム、ザイトルクワエのフルーツソース カフェ・ブティフール コーヒーとクッキー。時間もそれほど無かったし、食材も十全とは言いがたいので満足いくフルコースではないが、これでも十分だろう。壁際の椅子に座り、こっちを見ていたバジウッドとレイナースに出来たと俺は声を掛けるのだった……

 

 

 

ロクシーと爺そして私の3人での夕食会と言うのは恐らく、これが最初で最後だろう。ロクシーは決して地位も顔も良い訳ではない、だがその頭の良さ、そして次の皇帝の母親となるべく女としてこれほど相応しい者は居ない。私はそう確信している

 

「陛下。南方の腕の良い料理人を見つけたからと、このような機会を設ける時間が有るのですか?」

 

「……問題は無い」

 

これだ。私が皇帝だとかお構い無しに意見をし、冷徹とも言える素っ気無い態度。だがそれで良いのだ、私が皇帝だから特別視する女よりも数段も良い

 

「失礼致します」

 

私達だけがいる部屋にノックの音が響き、遅れてサカキの声が聞こえてくる。入れと言うと扉が開きサカキがバジウッド、レイナースと共に姿を見せる。

 

「今宵は私に腕を振るう機会を設けていただき感謝いたします。皇帝陛下」

 

白い清潔感に溢れる服装に身を包んだサカキが丁寧に頭を下げる。広場でも感じたが、サカキは相当な教養と場慣れをしている。普通は皇帝に食事を出すと言う役を任され、その1回目でこれだけの態度を取れる相手など居ない。失敗すれば物理的に自分の首が飛びかねないと言う緊張感でまともな挨拶も出来ないのが普通だ

 

「ではまずは食前酒から」

 

サカキが美しいグラスを私達の前に置き、酒の瓶の蓋を開けて私達のグラスに注ぐ

 

「ほう、お主は給仕の経験もあるのか?」

 

「若い駆け出しの頃に修行させていただきました」

 

フールーダの言葉にも動じた素振りも見せない。やはり只者ではない

 

「本日はアミューズ、オードブル、スープ、ポワソン、ソルベ、アントレ、デセール、カフェ・ブディフールの8種からなるコースを楽しんでいただきます」

 

「アミューズ?オードブル?」

 

澱みなく告げられた言葉。だが聞き覚えの無い言葉だらけで何を言っているのか理解出来なかった

 

「私の生まれの料理の種類となります、ではまずはアミューズ「海老とブロッコリーのアミューズ」をお楽しみください」

 

カートから3つの皿を取り、音もなく私達の前に置く。美しい白い皿の上に乗せられた、小さな蓮華。鮮やかな黄色と野菜の緑、そして見たことの無い赤い何かが盛り付けられている

 

「これは……?」

 

「アミューズ、料理の始まりとシェフの腕を見せる品と言うところです。海老を使っておりますので、食前酒は白ワインにさせていただきました」

 

ロクシーの言葉に料理の説明をするサカキ。流石にロクシーも少し動揺した素振りを見せている、サカキは恭しく頭を下げると次の料理の準備をしますのでと私達の前から離れる。1口で収まるように作られた最初の品、量は少ないが始まりと言うのならこれでいいのか?

 

「陛下、では念の為に私から」

 

フールーダがそう言って蓮華を手に取り口に運ぶ。その目が大きく開かれ、自身に用意された白ワインを口に運ぶ

 

「どうだ?爺」

 

爺は全く食事に興味が無い事を知っているが、その反応を見る限り相当楽しんでいるように見える

 

「……とても、とても美味であります。歯応えの良い海老と卵の深い味わい、そして程よい酸味と甘みを持つ丸い木の実……どこまでもシンプルですが、それ故にサカキの腕が良く判ります」

 

フールーダがここまで言うか、どんな味がするのか楽しみで仕方ない。

 

「では私達もいただくとしよう」

 

「はい、陛下」

 

ロクシーと共に蓮華を手に取り、1口で蓮華の上の料理を口にする。そしてフールーダの言葉の意味が判った

 

(美味い……この私でも初めての味だ)

 

卵の濃厚な旨味と、歯応えの良い緑の野菜と海老、そして酸味と甘みのある木の実は色の通りとても爽やかな味がする。自然とグラスに手が伸び、ワインを口に含む

 

(甘い……)

 

果実の強い甘みのあるワインだ。酸味の強い木の実と濃厚な卵の味に全く負けていない……

 

「美味しいです」

 

「ああ、本当に美味いな」

 

1口で終わってしまったのが勿体無いと思うのと同時に次の料理に対する期待がふつふつと沸いてくる。このような味が後7品も続くと思うと自然に微笑んでしまう、次はどんな料理が出てくるのかそれが楽しみで楽しみで仕方なかった

 

 

 

芸術……そう、まさに芸術的な品だった。卵と野菜、海老と木の実、4つと言う少ない食材で作られた味とは思えないほどに奥深く、そして刺激的な味だった。魔法に全てを捧げ生きてきたが、何年ぶりかに食事に興味を抱いた

 

「オードブル、生ハムとチーズの巻物になります」

 

(ほう……これはまた美しい)

 

非常に薄く切られた肉……生ハムと言う物に、野菜が巻かれたシンプルな料理。だが私の目には見えていた、この料理には確かに魔法の力が込められている

 

「サカキよ、1つ聞いても良いか?」

 

ジルとロクシーに料理の皿を置いた後にサカキに問いかける。この魔法が悪意を込めたものならば、帝国は終わる。私はそれについて問わねばならぬ

 

「先ほどのアミューズと違い、これには魔法がかけられているように見えるが?」

 

「……タレントと言う奴ですね。大変失礼いたしました、先に説明するべきでしたね。しかし魔法がお見えになるのですか。フールーダ翁は」

 

失念していた、とサカキは自分の非を認め謝罪した

 

「私達の国にはタレントはありませんが、私達の国にある物もまたこの国には無いのです。私はクッキングエンチャンター、つまり料理に様々な魔法を付与できるのです」

 

聞いた事の無い職業だ……嘘か、真か……いや、知識が無いからそれを知ることは出来ない

 

「それはどのような魔法だ?洗脳や毒か?」

 

「いえいえ、そのようなことは出来ません。主にですが、食事に筋力強化、知能強化、などの身体能力の強化や、身体能力の向上による自己治癒能力の強化、それに特別な食材を使えば解呪や解毒など、補助と回復などの支援に特化した魔法になります。食べる事は生きる事ですので、殺しなどには使えませんよ」

 

穏やかな声で歌うように説明してくれたサカキだが、それは私の理解の範疇の外にある魔法だった

 

「料理に関しましては疲れが溜まっているように見えたので、疲労回復などの効果を付与させていただいております。毒などではないのでご安心ください」

 

そう笑うサカキ、その顔には悪意などは見えない。魔法に抵抗力のある私が先に料理を口に運ぶ

 

「……美味い」

 

「お褒めに預かり光栄です」

 

薄く切られた生ハムとやらは程よく酸味が効いていて、それが肉の旨味を何倍にも引き上げている。それに脂も赤身の肉本来の旨味も私の知っているハムとは桁違いだ、それに野菜と共に巻かれているチーズはまろやかで旨味が強い、私の知っているチーズと違い、それほど塩辛くない上に、牛乳臭くも無い。中に巻かれているきゅうりと緑の野菜は歯応えと香りが良く、シンプルでは有るが非常に計算された料理だった

 

「からしマヨネーズソースを付けていただいても、非常に美味ですよ」

 

「これかな?」

 

その通りですと笑うサカキ。白いソースに言われたとおりに生ハムの巻物とやらをつけて頬張り……

 

「これは……まるで別物ではないか」

 

そのまま食べても非常に美味だったのだが、程よい酸味と辛味を持つソースがハムや野菜の旨味を倍以上に引き立てている

 

「美味い……サカキよ、このまよねーずと言うのは何だ?」

 

「卵と酢を混ぜて作る調味料でございます。バハルス帝国には無いのでしょうか?」

 

マヨネーズ……聞いた事の無い調味料だ。南方の旅人と言うサカキは知識も技量も桁外れているのがたった2品で判った

 

「続きましてスープ たっぷり玉葱のコンソメスープになります」

 

冷たいものが続きましたので、温かいスープをどうぞとサカキが言う。小さな白パンが2つ添えられたスープ皿

 

(見た目は平凡なスープ……)

 

透き通るような琥珀色のスープにはたっぷりの玉葱とバジルが浮かんでいる。シンプルな料理だ、それこそ帝国でも口に出来るようなそんな品だ。いやだからこそ出してきたのかもしれない、似たような料理だからこそ、サカキの料理の腕が判ると言うもの……私が口にする前にロクシーがスープを口にしてしまった

 

「ほっとする味です……母が子供の時に作ってくれたような……そんな懐かしい味がします」

 

ロクシーの味の感想を聞きながら、私もスープを口にする

 

(っ!美味い……)

 

見た目は玉葱だけのスープだが、琥珀色のスープには肉の旨味や野菜の旨味がこれでもかと溶け出していた。玉葱の甘みがスープ全体に染み渡っているのだが、スープを口にする度にロクシーの言うとおりどこか懐かしい、ほっとする味が口の中に広がる

 

「このパンも素晴らしい、柔らかくそして甘い」

 

「良い小麦を使っております。スープに合うように作っておりますので、どうぞスープにつけてお召し上がりください」

 

サカキに言われたとおりパンを小さく千切り、スープにつけて頬張る。スープ単品でも、パン単品でも驚くほどに美味いのに、スープにつけるとなおの事美味い……

 

「サカキ……さんでしたね、とても良い腕をしておられるようで」

 

「人生の全てを懸けてこの道を究めようとしております、まだまだ私は未熟ですよ」

 

その言葉に嘘や嫌味は感じられない、サカキは本心からそう思っているのだ。そう私と同じく、自分の人生を1つの道を極めるのに使おうとしている。そう思うと、サカキに対する心情は良い物に変わっていく

 

「それならば、私に仕えてみるか?」

 

「お戯れが過ぎますよ」

 

ジルの言葉にそう返すが、ジルは本気でサカキをスカウトしようと思っているだろう。宮廷料理人の誰よりもサカキの腕は優れていたから……

 

「では続きまして、ポワソン。烏賊と蛸のガーリックソテーになります」

 

蛸と烏賊……それは稀少な海の幸。それがこれでもかとたっぷりと皿に盛り付けられ、白く、底の深い皿から香しいにんにくの香りがしている

 

「これは海の幸だが、どうやって手に入れた?海は魔物が多いが」

 

「私の友に手伝ってもらいました。今は別行動をしておりますが、共に南方より出てきた非常に優秀な剣士ですよ」

 

サカキの友と聞くだけで、桁違いの実力を持った剣士のように思えてくる。サカキが語る姿が非常に嬉しそうで、そして誇らしげだったから余計にそう感じた、皿と共に差し出されたフォークを手に取る

 

「海の幸は久しぶりだな」

 

「ええ、とても稀少なものですしね」

 

海の周辺は魔物が強く、海の幸は非常に高価だ。それがこれだけたっぷり入っているとなると、その価値は計り知れない。フォークで烏賊を刺して口に運ぶ

 

(うむ、これだ)

 

さくりとした歯応えが実にいい、にんにくをかなり大量に使っているのか非常に味が強い

 

「お前の友はよほど優秀な剣士なのだな」

 

「珍しい男ですよ。グレートソードで2刀流と南方では名の知れた剣士でしたよ」

 

グレートソードで2刀流と聞いて信じられないとバジウッドが顔を歪める。グレートソードは1本でも大変だというのに、それの2刀流なんて到底信じられない

 

「モモンなら、直ぐにこの地でも頭角を現してくれると信じていますよ」

 

そう笑い、暖かい内にどうぞと言われれば、これ以上サカキとその友人というモモンの話を聞くことなど出来ない。いや、話をするよりも料理を食べたいと言うのが本音だ

 

「美味い。私は蛸が好きでな、中々口に出来ないのだが、これほどたっぷり食べられると流石に嬉しい」

 

ジルが上機嫌でワインを口にしながら言う。蛸はコリコリと歯応えがあり、にんにくに非常に良く合う。私はワインを口に含み、まだたっぷりと皿の中に残っている料理を見て、笑みを浮かべた。食事がこんなにも楽しいと思ったのは何時振りかと思いながら……

 

メニュー29 カワサキのフルコース その2へ続く

 

 

 




話が長くなってきたので、ここで一度話をきろうと思います。次回はソルベから入って行きます、それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします

やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……

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