生きたければ飯を食え   作:混沌の魔法使い

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メニュー33 飲茶 その2

メニュー33 飲茶 その2

 

「門番に話を通していたが、まさか直接転移で参られるとは思ってなかったよ。ゴウン殿」

 

「それは失礼しました。余りお待たせしても悪いと思ったもので」

 

ランポッサ国王と話をしながら、丸テーブルに腰掛けている5人組に視線を向ける。あれが王国のアダマンタイト級冒険者の蒼の薔薇か……確かに見目麗しい女性の集まりだろう……ただ1人を除いてだが

 

(あれは女性か?女性なんだろうな)

 

筋骨隆々の女性。一応会食と言う事なのでドレスを着ているが、そのドレスがパツパツだ……1人だけいる小柄な少女の目付きがやけに鋭いが、彼女が恐らくイビルアイと言う異形種だろう。ツアー達の知り合いと言う事で必要以上に警戒しているのだろう

 

(ナーベラルを置いて来て良かった)

 

ナーベラルが居たらそのまま戦闘になりそうな雰囲気だ。ナーベラルを置いてきて良かったと安堵する

 

「ゴウン殿は飲茶と言うのを食べた事は有るのかな?」

 

「あ、ああ、いえ、正直私も初めてですね。私は研究に没頭しがちで、片手間で食べられる食事を多くカワサキさんは用意してくれましたから」

 

正直こういう場も初めてで緊張していますよと笑う。これは嘘などではなく、本当の貴族相手との会食なんて出来れば避けたい案件だ

 

「ゴウン殿は優れた魔法詠唱者とお聞きしましたが、南方から何をしに来られたのですか?」

 

金髪の女性……ランポッサ国王の話ではラキュースと言う神官戦士で蘇生魔法も扱えるとか……話を聞く限りではそれほど高位の魔法ではないが、この世界では初の蘇生魔法持ちと言う事で興味が湧いた。しかし蒼の薔薇は私達がプレイヤーと知っているはず

 

(何を考えている?)

 

私から何を聞きだそうとしている?興味と同時に警戒心が湧くが話をしない訳にもいかない。まぁ大筋の話はカワサキさんと話し合っているのでその話をすればいいかと思う

 

「そうですね……私が王国に来た理由は「飯の前に重い話をしようとするな。馬鹿たれ」……馬鹿は酷くないですかね?」

 

戦士長殿にも話してあるので、その話をしようとしたタイミングでカワサキさんが巨大なワゴンを押して来て話を遮る

 

「まずは食事を楽しむべきとは思いませんかラキュースさん?時間はある、焦る事は無いでしょう?」

 

「え、ええ。そうですね、失礼しました」

 

カワサキさんの言葉に頭を下げるラキュースさん。カワサキさんはテーブルに腰掛けている私達に自分が押してきたワゴン車を見せて

 

「飲茶と言うのは大変沢山の種類がありますが、それを一々説明していては料理が冷めてしまいます」

 

ワゴン車からコップを取り出して、全員の前に置いて4つほどポットを机の上に並べる

 

「これはお茶でしょうか?」

 

「……ええ。飲茶とは茶を飲むという意味がありまして、茶を楽しみながら料理を食べるという習慣の事を言います」

 

ラナー姫の問いかけだから一瞬顔がメッチャ引き攣ったな。これは多分指摘しない方が良いと思うけど

 

「この蒸篭には様々な料理と色による印を入れております。それを指差して頂いて、料理の説明と共に配膳したいと思うのですがどうでしょうか?」

 

「それはつまり、何を口に出来るかわからないと言う事か」

 

「ご安心ください。ランポッサ国王のアレルギーの海鮮は使用しておりませんので、どれを選んでも大丈夫ですよ」

 

カワサキさんの言葉に笑みを浮かべたランポッサ国王が無数に並んだ蒸篭の1つを指差し

 

「では…その赤い印のを貰おうか」

 

「畏まりました。こちらは肉まんと言いまして、ひき肉を生地で包み蒸した物になります」

 

蒸篭と言う入れ物を開けて、皿に肉まんを取りランポッサ国王の前に置くカワサキさん。ちょっと変わったパンの形をしたそれは、湯気を放っていてとても熱そうだ

 

「こちら大変熱いので、半分に割って冷ましてお召し上がりください。こちらのからし醤油につけても大変美味ですよ」

 

「それは楽しみだ。では頂くとするか」

 

ランポッサ国王が料理に手を伸ばすのを確認してから、カワサキさんは再びワゴンの前に立ち

 

「ではお次はザナック王子、どれにいたしますか?」

 

「そうだな。ではその黄色の印の付いた物を頼もうか」

 

畏まりましたと頭を下げるカワサキさん。順番で頼む権利があると言うこれは先に選んだ人が食べているのを見るから、どうも食欲が湧いて来るな。俺はそんなことを考えながら自分の順番が回ってくるのを楽しみに待つのだった……

 

 

 

 

父上が旨そうに肉まんという料理を食べるのを見ながら、自分が選んだ黄色の蒸篭からは何が出てくるか?と思わず期待してしまう

 

「うむ、美味い。パンかと思ったが、全く違うな。それに中の具材、この味付けは一体……」

 

「醤油と言う豆を加工して作る調味料を使っております。更に豚の臭みを消すための香辛料も使っておりますし、生地もパンを柔らかく仕上げるドライイーストと言う粉を混ぜ込んでいますので、柔らかく、ふっくらとした食感となっていると思いますよ」

 

父上の質問に一度も詰まる事無く流れるように返答するカワサキ殿。見た目はやや怖いという感じだが、その立ち振る舞いに、喋り方と相当な教養を持った人物と言うのが良く判る

 

「大変お待たせしましたザナック王子」

 

「あ、いや構わない。いったいどんな料理を食べさせてくれるのか楽しみだよ」

 

これに嘘偽りは無い。前に食べた時も味わった事の無い美食に本当に驚かされた。また食べたいと思っていたので本当に楽しみだ

 

「こちらシュウマイになります」

 

私の前に置かれた皿には小さな4つの料理が並べられ、温かい湯気を放っていた

 

「これは美味そうだ。この味付けにも醤油とやらは使われているのかな?」

 

「はい、醤油は味付けにとても良く使います。ただ、肉まんと異なり、こちらは下味をつけるのに使用しており、こちらは肉の旨味を味わう料理となっております」

 

そのままでも味はしっかりしておりますが、こちらのタレを使うと更に美味ですよと笑い、小さな皿に黒いタレが注がれる。皿を手に取り匂いを嗅いで見るとツンとした香りが鼻に付く

 

「これは酢という酸味のある調味料をベースに作ったタレです。やや酸味がありますが、その酸味が食欲を倍増させます」

 

「食欲を倍増か、それは私には余りいい物ではないかも知れないな」

 

どんな反応をするか?と思い反応に困る返事をする。するとカワサキ殿は笑いながら

 

「まだ大丈夫ですよ。食事で痩せるという考えもありますので」

 

食事で痩せる。今まで考えてもみなかったことに驚く、詳しくカワサキ殿に聞こうと思ったのだが

 

「料理が冷めてしまいますので、お食事をどうぞ」

 

まぁ…まだカワサキ殿は城に滞在するだろうし、会う機会も多くなるだろうから、その時に聞けば良いかと思いフォークでシュウマイを刺してタレにつけずに頬張る

 

「これは美味い!このような味は初めてだ」

 

齧った瞬間、口一杯に広がるのはたっぷりの肉汁。余りにたっぷりすぎて最初は一瞬スープなのかと思ったほどだ。それに香りも良い。色々な香辛料が使われていると聞いたが、味わった事の無い複数の香辛料が使われているのだろう。王城の料理人が作る肉料理とは味わいからまるで違う

 

「ではラナー姫。貴女はどれになさいますか?」

 

「そうですね。ではその白い物をお願いしますわ」

 

カワサキ殿が畏まりましたと頭を下げ、蒸篭と言う木で出来た調理器具をあける。広間に広がる白い湯気の動きに一瞬目を取られる

 

(あれは面白いな)

 

蒸した後はそのまま皿として運ぶ事も出来る。調理にも使え、そのまま料理として提供することも出来る。非常に優れた調理器具だと思う。そんなことを考えながら今度はタレにつけてシュウマイを頬張る

 

(これは……まるで別物だな)

 

タレをつけないで食べると肉の旨味と生地の食感が非常に良かった。だがタレにつけるとその酸味が肉の味を引き締めると同時に、肉の旨味を引き出している。同じ料理なのにタレだけでもこんなに味が変わるか……前も感じたが、やはりカワサキ殿の料理の知識と腕前は王城の料理人を遥かに超えている。私はそんなことを考えながら料理と共に提供されたカップに手を伸ばし、その変わった風味の茶の味を楽しむのだった……

 

 

 

お父様とザナックお兄様が笑顔で食事を進める中。私は自分が選んだ料理を食べるための準備として並べられる物を見ていた。底の深い大きなスプーンに小さな調味料をいれ、そして細切りの野菜が並べられる

 

「この料理は小籠包というのですが、食べ方に手順があります」

 

蒸篭が私の前に置かれ、その蓋が開けられる。その中にはザナックお兄様が食べていたシュウマイと言う料理に似た料理が3つ並んでいた。見た所それほど食べるのが面倒な料理には見えないのですが……

 

「まぁ、そんな料理があるのですか?」

 

テーブルマナーとは違う。その料理を味わう上で絶対にやらないといけないことと言われる。ほんの少しだけ面倒と言う気持ちもあるし、クライムも居ないし、正直この会食は乗り気ではないが、それを顔に出す事は決してしない。自分の感情を隠す事には慣れているからだ

 

「このスプーンにこのタレを入れて頂きまして、その上でこの小籠包をスプーンの上に乗せ、このように皮を破きます」

 

カワサキが見本ですと言って最初の1品を目の前で作ってくれる。カワサキがフォークで皮を破くと湯気を放つスープがスプーンの中に広がっていく

 

「まずスープを楽しんでいただき、その後にこの千切りしょうがを乗せてお召し上がりください」

 

最初にカワサキが用意してくれた小籠包の入ったスプーンに手を伸ばし、言われた通りスープを口にしようとした時

 

「貴女の付き人のクライムと言う騎士が居ましたよね?」

 

「は、はい。そうですが、クライムがどうかしましたか?」

 

カワサキからクライムの名前が出て、クライムに何かしたのか?と思い少しだけ語気を強めて返事を返す

 

「この大広間の前で戦士長殿と警備についていたので、お2人に弁当を差し入れしましたが、余計な事でしたでしょうか?」

 

「いや、かまわぬよ。後で何か頼もうと思っていた所だ。カワサキ殿、お気遣いに感謝する」

 

お父様が返事を返したが、クライムも食事をしていると聞いて少しだけ安堵し、スプーンに口をつけてスープを口に含む。その瞬間口の中に広がったのは濃厚な肉の旨味とたっぷりの野菜の風味、そして少しだけ酸味のある味わい

 

「温かいです。それに凄く香りが良いですね」

 

「小籠包もシュウマイと同じくたっぷりの香辛料を練りこんでいますから、スープにその味が溶け出しているのでしょう」

 

カワサキの説明を聞きながらスープを飲み終え、スプーンの上の小籠包を頬張る

 

「っ!美味しいです」

 

「喜んでもらえて何よりです」

 

つるつる?とろとろ?なんと表現すれば良いのか判らないが独特の食感を持つ生地、スープがまだ少し残っているのか熱いのだが、その熱さもこの料理の味を良い物にしている。それに中に包まれている挽肉、正直私はあんまり肉は好きではないのですが、これは本当に食べやすい

 

「カワサキ殿、その小籠包とやら私もいただけるかな?」

 

「判りました。今ご用意しますね」

 

1人で給仕をしているカワサキはばたばたと動き回っているが、その顔は嫌そうではなく、むしろ生き生きしている。料理を作ること、そして料理を食べてもらう事。その事が楽しくて仕方ないという様子だ

 

(良く判らないですね)

 

カワサキに教わったとおりに小籠包をスプーンの上に乗せ、フォークでその皮を破きながら、視線だけでカワサキとアインズの2人を観察する。普通ではないと言うのは判るのだが、それ以上が判らない。

 

(それにこの料理も……違うみたいですし)

 

最初は八本指の料理人で料理にライラの粉末を混ぜているのでは?とも思ったが、それも違うだろう。純粋に料理の味で完全に人を魅了している。本当に南方から来たのなら、これほどの料理人を南方の王族や貴族が手放すだろうか?

 

(アインズは南方の貴族?)

 

カワサキはアインズのお抱えの料理人……それもどうも違和感がある。カワサキとアインズの立場は同等という感じがする

 

(本当に何者なのでしょうか?)

 

お父様に気に入られ、こうして王城にも入る事が出来る。もし八本指ならば、この会食で毒殺かライラの粉末で薬物中毒にされていたから、その線は無い。正直カワサキとアインズの2人が私とクライムに害をなさないならば、私としてはそれほど警戒する理由は無い。だがカワサキ達の目的が判らないからそれがどうしても不安へと繋がる。食事は美味しいのだが、どうしても味に集中できない理由があり、私は笑みの下で小さく溜息を吐くのだった……

 

 

 

 

ランポッサ、ザナック王子、ラナー姫と続いてやっと俺の番が回ってきた。正直ランポッサ国王が食べていた肉まんには強い興味があるのだが、他の人が食べていた事もあり、別の料理にも興味がある

 

「では私は青い蒸篭でお願いします」

 

カワサキさんが丁寧に頭を下げる。俺としては普段のラフな感じで接して欲しいが、王城と言う事で敬語という態勢を崩す事が出来ないのだろう

 

(うーん、やっぱりリラックスして食事をするならナザリックに戻らないと)

 

それもナザリックの俺の自室での食事。それが一番リラックスして食事が出来るだろうなと思っていると、俺が選んだ料理を見て

 

「えっと…これはなんですか?」

 

白くぷるっとした透明感のある生地に包まれた何か。ちょっと、いやかなり想像していた物と違い思わず引き攣った声が出る

 

「米粉を溶かして、薄く延ばした物に様々な具材を包んだ物を蒸した料理になります。名前はチョンファンと言います」

 

「チョンファン……変わった料理名だな」

 

「そうですね、実際作り方もかなり変わっていますよ。米をすり潰した粉に調味料等を加え、蒸すのですが、蒸し過ぎると食感が台無しになりますし、冷えてしまっても同じです。作るのに中々手間と癖があるのがこのチョンファンになります」

 

 

黒いタレがかけられている部分の色が変わっていて、少し不安だが、カワサキさんの作る料理だ。それほど変なものではないだろう、そう思って俺にだけ出されている箸でそのチョンファンとやらを摘まむ

 

(むう……なんだろうこの感触)

 

箸ごしでも伝わってくる奇妙な感触にやや不安の気持ちが強くなる。だが周りの人が美味しそうに食べているので正直俺も空腹を覚えていたので、少しだけ怖いと思いながらチョンファンとやらにかぶりつく

 

「ほう……これは初めての食感だ」

 

米の生地と言うのはプルプルとした食感で、本当に味わった事の無い食感だった。それに蒸した事が影響しているのかトロリと口の中で溶ける様な食感もする

 

(これは……牛肉だろうか?)

 

やや固めの肉が食感に更なるアクセントを加えている。固いと言ってもチョンファンの食感に比べれば硬いと感じるだけで、実際そう固い物ではないし、一緒に巻かれているもやしのしゃきしゃきとした食感もまた面白い。

 

「このタレの味が大きいんですね」

 

「中の具材に下味は付いてますが、あくまで下味ですからね」

 

甘くてしょっからい独特な味を持つタレ。これが実に美味しい。具材は下味だけと言っているがそれでも十分に美味しい

 

(これは料理の工夫と言う奴か)

 

カワサキさんが言っていたが、単純に味をつけるだけで料理になると考えている料理人は下の下と言っていた(王国の料理人の料理を食べた感想らしい)。確かに調味料や味をつけるのは料理に於いて重要な要素だがそれだけではないと

 

(食材の切り方に、見た目の演出だったか……これはちょっとあれだが)

 

このチョンファンとやらは正直見た目が余り良くは無いが、逆に言えばその見た目の悪さが好奇心を掻き立てるという面もある

 

「カワサキさんよ、あれ俺にもくれないか?」

 

「畏まりました、少しお待ちください」

 

ガガーランという冒険者が俺が食べているチョンファンに興味を持っている。見た目が奇怪で味の想像がつかない、それが好奇心を引き立てるのだろう。カワサキさんが用意してくれたお茶で1度口をさっぱりさせて、もう1度頬張ってみる

 

(うん、美味しい)

 

先ほどは空腹で早く食べたいと思い齧り付いたが、今は1口食べて、そしてお茶を飲んだからか、しっかりと料理を味わう余裕が出て来た

 

「ゴウン殿には良い友人がおられるな」

 

「ええ、本当にそうですよ」

 

ランポッサ国王が笑みを浮かべながらそう言う。俺は何度もそう思っている、カワサキさんが一緒にいてくれて良かったと

 

「ランポッサ国王、アインズさん。お2人は次はどうしますか?」

 

全員に配膳を終えて、次はどうしますか?と問いかけてくるカワサキさんに俺は少し考えてから

 

「私は肉まんとやらを」

 

「では私はゴウン殿が召し上がっているチョンファンとやらを貰おうか」

 

お互いに食べている物が気になって仕方ないというのが判り、俺とランポッサ国王はお互いに顔を見合わせて、思わず笑ってしまうのだった……

 

 

 

見たことも無い料理が私達の前に並べられている。私が選んだ餃子と言う料理と、ティナが選んだシュウマイ、ティアが選んだ肉まん、ガガーランが選んだチョンファンとか言う白い何かと、イビルアイが選んだ肉まんと良く似た料理……強いて言えば、肉まんがパンに似ている以外どれも見たことが無い料理ばかりだ

 

(これがプレイヤーが普通に食べる料理なのかしら)

 

カワサキとアインズの2人はイビルアイが言うにはプレイヤーとの事。これがプレイヤーが食べる普通の食事なのだろうかと考えていると、私の前に小さな薄い皿に黒いタレが注がれる

 

「餃子はこちらのタレにつけてお召し上がりください」

 

「あ、ありがとうございます」

 

お気になさらずと微笑むカワサキ。この食事会のやり取りで見ていて思ったのだが、本当に彼はプレイヤーなのだろうか?その何と言うか料理人として板に付いているというか、もう何十年もこのやりとりをしているような……家に仕えていた料理人よりも応対も料理の腕も素晴らしいように思える

 

「こちらは口臭を消すタブレットになります。餃子はやや香りの強い香辛料を使っておりますので、食事の後にお使いください」

 

小さな緑色の薬品らしい物を差し出してくる。女性を気遣う素振りも見せる、人格者としても優れた人物なのだろう

 

「ッ!美味しい、パンに似てると思ったけど全然違う」

 

「これも美味しい。一口で食べやすいけど、信じられないくらい味が複雑」

 

毒に対する耐性のあるティナとティアが食べてから、餃子と言う料理にフォークを伸ばす。フォークが刺さるとサクリと言う小気味良い音が響く。それをカワサキに勧められたとおりタレにつけて頬張る

 

「……美味しい」

 

驚いた。ラナー達が美味しいと言っていたその理由が良く判る。タレはやや辛味が強く、その辛さに少し驚いたが、餃子を食べていればその辛味が必要なのが良く判ったパリパリに焼かれた生地は香ばしく、そして食感で舌を楽しませ、中に包まれている挽肉は肉汁がたっぷりで肉の旨味と鼻に抜ける強い香辛料と野菜の香りが口一杯に広がる。タレの辛味はこの肉汁と中に混ぜ込まれている香辛料と野菜の味に負けず、更にその味を良くするのに必要な物だったのだ

 

「おおう、これは面白いな!なんと言うか……ゼリー?んーなんて言えば良いのか判らんが、とにかく美味い!」

 

チョンファンと言う料理を食べていたガガーランが楽しそうに笑う。あの白くてぷるぷるした料理……一体どんな味なのだろうか。そもそも料理よりも酒などを好むガガーランが美味いと言うだけに興味が湧いて来る

 

「むぐう!か、辛い……このタレは刺激が強い」

 

「そう?私は平気。ティナはお子様」

 

シュウマイを食べていたティナがティアが肉まんにつけているタレにシュウマイをつけて頬張り、涙目になっている

 

「からし醤油は刺激が強かったようですね。失礼しました、こちらの酢醤油を使ってみてください」

 

ザナック王子に料理を配膳していたカワサキがティナの声に振り返り、ワゴンに乗せられた調味料を混ぜ合わせ、ティナの前に置く

 

「ん!これは美味しい。酸味があるから肉の味がしっかりしてる」

 

「むう、これは私には酸っぱい」

 

今度はティナがティアにお子様と言われている。食事が楽しいのは判るけど、ラナー達との食事なのだからもう少しテーブルマナーとかを考えて欲しい、そんなことを考えていると肉まんみたいなのを抱えてぷるぷる震えているイビルアイが視界に入る。食事と言う事もあり、仮面ではなく、フードを目深に被り口元だけを出しているのだが、その身体が小刻みに震えている

 

(どうしたの?大丈夫?)

 

カワサキに人化の腕輪を借りているイビルアイ。何百年ぶりの食事だろうか?ちゃんと食べられるだろうか?と不安なのかぶつぶつ言っていたので、体調が悪くなったのだろうか?と思い心配になって尋ねる

 

「う、美味い……こ、こんなの初めてだ……」

 

……食事に感動して震えているだけで思いっきり脱力した。半分に割ったそれを、更に半分に割って大事そうに、本当に大事そうに食べている

 

「イビルアイ、それはどんな味?」

 

「中に沢山肉が入ってる。それは甘くて、辛くて、とにかく美味しい」

 

イビルアイのボキャブラリーが凄く貧相になってる!?しかも口調までも幼くなってる!?

 

「少し熱いかもしれないが、この小籠包も凄く美味しいですよ。1つ準備しましょう」

 

ラナーが食べていた料理をイビルアイに準備して手渡す。イビルアイは手にしている肉まんみたいなのと、スプーンを交互に見て、少し悩む素振りを見せてからスプーンを手に取り

 

「美味しい」

 

「それは良かった、ラキュースさんもどうですか?少し手間と思うかもしれませんが、美味しいですよ?」

 

勧められて断れる雰囲気ではないし、私もその小籠包と言う料理に興味があったのでお願いしますと返事を返す

 

「肉まん美味しい、これは良い」

 

「シュウマイも美味しい、それにこのお茶も美味しい」

 

もくもくと食事を進めるティナとティア、それにイビルアイが食べていたチャーシューパオと言うそれを頼んだガガーランは

 

「この甘くて辛いの良いなあ。甘いと思ったらちょっと辛くて、生地にそのタレが染み込んでいて美味い」

 

誰が何を食べて、それを美味いと言うのを聞いて、それを食べたくなる。私はカワサキに教わった小籠包の食べ方を真似して、スプーンに溢れんばかりに広がったスープを1口口に運んで美味しいと心の中で呟く、本当に美味しい。美食は家で飽きるほど食べたと思っていた……だけどまだ美味しい食事と言うのはこんなにもあったのか……私は気がつけば、カワサキ達に対する警戒心は薄まり、食事に完全に魅了されているのだった……

 

 

 

飲茶と言う料理の最後にカワサキ殿が出してくれた揚げ胡麻団子と桃まんと言う2つの品。それは甘味であり、デザートと言う事だったが

 

「これは見た目がいいですね。本当に果物のようだ」

 

「細工菓子ですので、時間が無いので準備は出来ませんでしたが、他にも細工菓子は色々とありますよ」

 

今度機会があれば披露しましょうと言うカワサキ殿。しかし前も思ったが、本当にカワサキ殿の料理は美味である。しかも見た事が無い物が大半なのでどんな物を食べれるのかと言う面白味が常に有る

 

(うむ、美味い)

 

綺麗な丸い形状の揚げ胡麻団子と桃まんと言う2つに入っている餡子という甘い何か、これが実にいい。ただ甘いだけではなく、私にも食べやすい。稀に食べる甘い果物などよりもよっぽど好ましい

 

「お父様、美味しいですね」

 

「ああ、そうだな。ラナー」

 

ラナーもその顔に笑みを浮かべている。少し大人びた姿を見せる時があるが、それでもやはり子供なのだろう。この甘味で喜ぶ辺りそう思う。ザナックも味わった事の無い味に驚き、そして美味いと喜んでいる姿を見ると父親として嬉しいという気持ちになる

 

「これにて私の料理は終わりとなります。楽しんでいただけたのならば幸いです」

 

胸に手を当てて頭を下げるカワサキ殿。本当に楽しい食事の時間だった、それ故にこの後の話のことを考えると少しばかり気が重くなるなと内心溜息を吐く、ガゼフから聞いたゴウン殿達が南方から出て来た理由と、先日帝国から密書として送られた内容。それには1つの共通点があり、それを問いただす必要があるのだ

 

「さて、カワサキ殿、ゴウン殿。食事を終えてすぐで非常に悪いとは思うのだが、1つ尋ねたい事がある」

 

問題を先送りにするのは私としても嫌だった。カワサキ殿には恩があるし、こうして私の我侭を聞いてくれたからだ

 

「南方より出てきたのは自分達の国に被害を与えたモンスターを追っての事だったが、それは事実であるか?」

 

蒼の薔薇の面子を食事に招待したのは、冒険者として話をすぐ聞ける立場にあり、王城に訪れていたからだ。冒険者の視点からどう思うのかを知りたかったのだ

 

「ええ、私もカワサキさんも旅をしているのはそのモンスターを追っての物になります」

 

「して、それはどのようなモンスターなのだ?」

 

私にはゴウン殿達の実力は判らない、だがガゼフを救い、法国の特殊部隊を退けたと聞けばその強さにはある程度の予想が付く。そんな相手が追っているモンスターとなればその情報を知りたいと思うのは当然の事だ

 

「黒い衣装に身を包み、何もかも吸い込むモンスターですが、それが何か?」

 

「……実は先日、帝国より文が届けられた」

 

私の言葉に蒼の薔薇とザナックの顔色が変わる、元々帝国と王国は戦争を続けている。決して良好な関係では無いからだ

 

「父上。して帝国よりの文の内容は?」

 

戦争状態である事を知っているザナックが深刻そうな顔で尋ねてくる。この場にバルブロが居なくて良かったと正直思っている、あやつは私の長男ではある。だが王に相応しい人格か?と言われるとそうではない。本人が参加すると言っても、参加させるつもりが無かったのだ

 

「うむ、侵略行為を行わないという内容だった。なんでも帝国内に何もかも吸い込むモンスターが現れ、凄まじい被害を受けたと、そしてそのモンスターが消息を絶った方角が、我がリ・エスティーゼ王国の方角であったとな、そしてそのモンスターが現れた場合、協力体制をとれないかと言う通達である」

 

帝国が被害を受けたのなら今のうちに攻め込めと言うであろう貴族達とバルブロには聞かせられない。帝国騎士は我が王国の兵士よりも練度が高い、そんな騎士が揃っている帝国が被害を受けたのだ。兵力で劣る我が国がそれよりも大きな被害を受けるのは容易に想像がつく

 

「私はその申し出を受けたいと思っている。だがこの文にはサカキと名乗る男からの情報とある、このサカキと言うのはカワサキ殿の事か?」

 

料理に優れた南方の男と言うサカキ。その容姿とカワサキの容姿は同じだった。故に問いただす必要があった

 

「……ええ、帝国に旅をした時サカキと名乗り、皇帝に料理を振舞わせていただきました。料理人なので、料理をして欲しいと言われれば断る理由はありませんから」

 

 

「それはそれで良いのだ」

 

私はカワサキ達が八本指や、帝国のスパイなどとは思っていない。旅人ではあるが、それ故に私はこの2人を信用している

 

「そのモンスターが王国に現れるやも知れぬ。暫くの間で構わぬ。エ・ランテルに滞在しては貰えぬだろうか?カワサキ殿が店を持ちたいと言っていたので店の準備もしている。数日の間に準備が出来るはずだ」

 

エ・ランテルのアンデッドの騒動は知っている、ガゼフに店の下見に行かせ、運よくアンデッドの襲撃を退けてくれた。だが本来の目的はカワサキ殿に店を持たせる事にあった。ゴウン殿達は少しの間黙り込んで考える素振りを見せた後

 

「私達はそのモンスターの情報を求めて旅をしております。それ故に情報が定期的に手に入り、そして拠点となる場所も手に入るのならば文句を言う理由も断る理由もありません」

 

「では「しかし私達にも都合と言う物があります、今より5日のあいだ。この地を離れることをお許しください」

 

確かに急な話だ。ゴウン殿達にも都合があるのは判る……だがその間にモンスターが現れるかもしれないと思うと、出来れば滞在していて欲しい物だが

 

「ゴウンさん、ちなみに王都を離れる理由はなんなのですか?」

 

「私達の仲間も情報収集に動いています。その仲間と合流したいのですよ、国を滅ぼすほどのモンスター、戦力は多い方がいいでしょう?」

 

ゴウン殿の正論に質問をしたラキュースが黙り込む、文句など言えない完璧な正論だったからだ

 

「ですが、私達が居ない間にモンスターが現れても困ります。だからこれを預けましょう」

 

ゴウン殿が私に差し出したのは2本のスクロールだった。私は魔法には詳しくないので何ともいえないのだが……

 

「1つは私かカワサキさんに連絡を取る魔法を封じております。もう1つは非常に強力な結界を展開させる物。そのいずれかを使っていただければ、私達にもすぐ緊急事態と判ります。そうなれば転移ですぐに戻ってくることを約束します」

 

転移魔法でゴウン殿が城に現れた事を知っている。ならば、これはゴウン殿が出来る最大限の譲歩だろう

 

「判った、そうするとしよう。そして蒼の薔薇よ。お前達も暫くの間依頼を受けず、王都にて待機して欲しい」

 

これは蒼の薔薇だけではなく、王国の有力な冒険者達全員に通達するつもりだ。可能な限りの戦力の集結、それをして備えなければならない。ラキュース達も了承してくれたことに安堵し

 

「ではゴウン殿、カワサキ殿、5日後にまた会おう」

 

「はい、5日の間にモンスターが現れない事を祈ります」

 

今回の料理に対する謝礼である金貨の袋をゴウン殿達に渡し、5日後に再び再会する事を約束する。そして今回の会食と言う名の依頼は無事に終わりを迎えるのだった……

 

 

メニュー34 スパゲッティナポリタン

 

 




次回からはナザリックでの話しになります。もちろん次の話の冒頭はモモンガさんの説教フェイズからです、ナザリックの話を4つほどやってからエ・ランテルや王都、八本指の話に入るつもりです。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします

やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……

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