生きたければ飯を食え   作:混沌の魔法使い

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メニュー36 激辛坦々麺

メニュー36 激辛坦々麺

 

その日。ナザリックは未曾有の危機に陥っていた。各階層を守護する守護者達は玉座の間に倒れ伏し、苦しみに悶え。ナザリックの支配者たるモモンガも、人間の姿ではなくオーバーロードの姿であるにも関わらず膝を突き、顔を押さえて蹲っていた。平気そうにしていたのはカワサキ只1人。カワサキは悶えているモモンガと守護者達を見て、頬を掻きながら

 

「そんなにやばい?超激辛で作ってみただけなんだけど……旨くない?」

 

ずるずるとその料理を啜るカワサキにモモンガは立ち上がり

 

「アンデッドなのに目と鼻が痛いんですよ!なんですか!なんなんですか!!これは!!と言うか何でこんなの食べられるんですか!?」

 

「坦々麺カワサキスペシャル。とにかく辛さのみを追求した。なんかドラゴンも悶絶するとか言う謳い文句の香辛料もたっぷりと投入してみた。俺的にはもうワンプッシュ行けると思ってる!」

 

「死ぬわ!!なんつう物を作ってるんですか!!っ!!と言うか、その香辛料ってあれですよね!武器扱いでしたよね!?」

 

「そうだっけ?覚えてねえや」

 

「そうですよ!!武器扱いの物で料理なんか作らないで……って!やばいッ!!!ペストーニャ!ペストーニャ玉座の間に来い!!!!!大至急だ!!アルベド達がやばい風に痙攣してる!早く!急げえッ!!」

 

敵の攻撃でもなんでもなく、カワサキが漆黒聖典に食べさせる為に作った料理……赤黒い煙を放っている坦々麺。それがナザリックを崩壊の危機へと追いやっていた……

 

なお、カワサキは知る由も無いが、調理中にカワサキの食堂の前を通ったエントマが致命的なダメージを受け

 

「ユリ姉じゃまああ、目も腕もあちこちがいたいい……」

 

擬態している蟲含めHPが激減し、本来の姿と声で号泣しながらユリに助けを求め

 

「た、大変、えっと、えっとぺ、ペストーニャ様ぁ!!」

 

号泣しているエントマを抱き抱え、ペストーニャの元へと走っていたりするのだった……

 

 

 

坦々麺カワサキスペシャルは守護者とモモンガさんに絶大なダメージを与えた為。兵器扱いで作成禁止にされた……解せぬ。

 

「おっかしいなー、香辛料こそはユグドラシルの物を使ったけど、中華屋泰山のおすすめレシピってあったんだが」

 

大図書館にあった料理のレシピ本。そこにあった坦々麺のレシピを使ったんだけどなあ、ちょっと悪乗りしたかもとは思うが、俺は食べられたから大丈夫だと思ったんだけどな

 

『言峰神父大絶賛、中華屋泰山のお勧めレシピ100選』

 

リアルでは既に亡くなったと言う伝説の料理人のレシピを再現する事に命を懸けた神父のレシピ本だったんだが、どこが駄目だったのだろうか?疑問はあるが、禁止されてしまったので料理を作り直す必要がある

 

「まぁ良いか、練習練習っと」

 

中華麺を試しで作ってみたのは失敗だったが、その失敗の理由はかん水の量の間違いと、水と重曹の配分の間違いと言うのが非常に大きかった。さっきのは麺の味は正直駄目よりだが、まぁ妥協点としては許せるというレベルだったので、その分スープに気合を入れたのだが、スープがNGとは思っても無かった。だがまぁ麺はまだ沢山あるし、エ・ランテルに出すメニューでラーメンを入れようと思っていたので、また作れば良いさと考えを切り替え、材料の準備を始める

 

「玉葱と韮は微塵切りに、にんにくは皮を剥いてっと」

 

調味料と思っていたそれが武器扱いで、確認したら武器扱いだった。これは守護者の皆に悪い事をしてしまったと本気で反省した、でも調味料って書いてあれば普通に使おうと思っても仕方ないことだと思うんだけどなあ……

 

「胡麻は磨り潰して、ナッツは食感が残る程度に砕いて、しょうがとにんにくは包丁で潰すっと」

 

本当はにんにくとしょうがは微塵切りの方が良いんだが、ここは俺流のレシピだ。にんにくとしょうがの強い香りを出す為に押しつぶし、唐辛子は頭を取って指で押して中の種を押し出してから、包丁で輪切りにしておく。これで基本的な材料の準備は済んだので、今度は寸胴鍋の中を覗き込む

 

「良し、良い色良い色っと」

 

鶏がらと香味野菜をたっぷりと煮込んでいる寸胴鍋。白く濁ったそのスープに笑みを零す、香りも良いし、小さい皿にとって醤油を少しだけ入れて口にする

 

「……良し、完璧」

 

これだけの味が出ていればもう完成と言っても良いだろう。後は醤油ベースのタレを作っておけば、エ・ランテルでもラーメンが売れる

 

「……ラーメンって実際売れるかな?」

 

ラーメン、うどん、それとカレーは簡単に出来るのでそれは定番メニューとするつもりだ。問題は量を作らないと良い味が出ないラーメンとかカレーを作る量が心配になるな。そんなことを考えながら大き目のフライパンを手にし、たっぷりのごま油、包丁で押しつぶしたニンニク、生姜、微塵切りにした唐辛子、軽く砕いたナッツを入れ、弱火で丁寧に炒める。押し潰したにんにくから直ぐに良い香りが漂ってくる。木のへらで焦げ付かないように注意しながら丁寧にかき混ぜる。じっくりと炒め匂いが強くなってきた所で今度は豆板醤をたっぷり加える。さっきと違い美味さと辛さが両立する様に注意して加える

 

「良し良し、良い具合良い具合っと」

 

豆板醤を加えて加熱し、香りが良くなってきたタイミングで先ほど微塵切りにしておいた玉葱を加える。このタイミングで弱火から中火に切り替える為。ベースが焦げないように先ほどよりも更に注意して炒めていく、玉葱に火が通り透き通ってきたら今度は挽肉を加える。スープの味にも影響を与え、具材にもなるのでこれも気持ち多めに投入する。

 

「良し、ここだ」

 

もやしを片手鍋に入れてさっと茹で、体感的完成度は6割ほどの改良の余地ありの太めの縮れ麺。それもたっぷりのお湯で茹でて行く。玉葱と挽肉を加えたことでずっしりと重くなった鍋を揺すりながら丁寧に混ぜ合わせ挽肉に辛味がしっかりと付くように炒める。挽肉の色が変わったところで醤油を加える

 

「良い香りだ」

 

醤油が良く焼けた中華鍋に触れて蒸発し、甲高い音と醤油が焦げる良い香りが厨房に満ちる。ここまで来たら8割がた完成だ、作っておいた鶏がら出汁をたっぷりと鍋の中に注ぎ1度沸騰させたら、刻んだ韮とすり胡麻をスープの中に入れて軽くかき混ぜたら完成だ

 

「花椒はやめておくか」

 

痺れるような辛さを持つ花椒。それが坦々麺の味の決め手だが、モモンガさんはそう辛いのに強い訳では無いので、花椒を入れるのは止める。だが漆黒聖典に食わせる時は追加で豆板醤と花椒をこれでもかと突っ込んでやることを心に決める

 

「よっと」

 

茹でた中華麺を湯切りし、丼に入れて今仕上がったばかりの旨辛スープをたっぷりと注いで、先ほど茹でておいたもやしを盛り付ければ完成だ

 

「うし、行くか」

 

まずはモモンガさんの試食だ。氷結牢獄に幽閉している漆黒聖典が食事を取れる状況になるまではまだ大分時間が掛かるだろうし、クレマンティーヌの知り合いのカジットって言うのも、回収した遺体の中から探さないといけない。スープを作る時間はまだたっぷりあるので、焦ることも心配する必要も無い

 

「カワサキ様、シホ、ピッキー参りました」

 

「入ってきてくれ」

 

良いタイミングで来てくれたシホとピッキー。俺1人で作るのも良いが、坦々麺はナザリックの食堂には無いメニューだったので、2人にも試食させてみようと思ったのだ

 

「カワサキ様、これは?」

 

「漆黒聖典に食わせるメニューなんだが、これ自身も中々良い仕上がりでな。食堂に追加する予定だ、だからシホとピッキー、食べてみてくれ」

 

「宜しいのですか?」

 

「良いに決まってるだろ?料理人は飯を食って、味を分析して自分の物にする。勉強と思って食べてみてくれ。

それとこの豆板醤と花椒で味も変化させてどう思ったのか感想を聞かせてくれ」

 

モモンガさんも待ってるから行くぞとシホとピッキーに声を掛け、俺は厨房を後にするのだった

 

「新メニューですか。ピッキー、これは只の試食ではありませんよ」

 

「ええ、判っています。これに使われている調味料や調理の過程を考えてみろと言う事でしょう?」

 

カワサキは全くそんなことを考えて無かったのだが、シホとピッキーはこれを課題として受け取っていた。2人で手を合わせていただきますと口にし、シホはスープ、ピッキーは麺を口にする

 

「辛味はかなり強いですが、それと同じくらいとても強い香辛料の香りと味の深みがありますね」

 

「はい、それにこの麺。うどんやパスタとはまるで食感が違います」

 

2人は1口ごと食べるたびに味付け、麺の特徴、スープの癖などを話し合うのだった……

 

 

 

 

今度は大丈夫と言って差し出された料理を見る。今度の料理も赤い事は変わりないのだが、今度のはさっきみたいに赤黒くなく、そして煙も発していない。だがそれでも警戒心を緩める事など出来る訳も無い。アルベド達の惨劇を思い出せば、安心など出来るわけも無い

 

「デミウルゴス。本当に大丈夫か?まだ調子が悪いなら休んでいても良いのだぞ?」

 

足が生まれたての鹿のように小刻みに震えているデミウルゴスにそう声を掛ける。

 

「……大丈夫です。漆黒聖典の事もありますので、それが終わり次第休ませて頂きます」

 

支配の呪言を持つデミウルゴス。漆黒聖典の中でも隊長以外は全員支配下に置けるので、無理して立ってくれているデミウルゴスには感謝しかない

 

「伸びるぞ?」

 

そしてそんな中平然と伸びるぞ?と言うカワサキさんには少し、イラっとした

 

「……判ってますよ?」

 

何時までも食べる気配の無い俺を見て、カワサキさんがそう声を掛けてくる。判っていますとは返事を返したが、どうしても先ほどの惨劇が脳裏を過ぎる。アルベドは一口食べ、アインズ様万歳と叫んで白目をむいて引っくり返り、デミウルゴスは眼鏡が何故か砕けそのまま顔から崩れ落ちた。アウラとマーレはにゃーっ!?と叫んで仰向けに引っくり返り、コキュートスは背中に背負っている氷が溶け、ライトブルーの身体が赤くなり倒れ、シャルティアは顔が真っ赤に染まり、口からスープを血のように流しながら倒れた。そしてパンドラズ・アクターは身体が変身する時の液体状になっている。そして全員がまだペストーニャの元で治療中である。デミウルゴスが良く動けていると感心するレベルなのだ

 

「これはそれほど辛くして無いから大丈夫だよ、普通に美味しい辛さだよ」

 

カワサキさんに再度促され、わかりましたと小さく返事を返し盆の上のスプーンを手にしてスープを口に含む

 

「……美味しい。ってやっぱり辛いッ!」

 

最初は美味しいと感じたのだが、やっぱり辛い。口の中がひりひりと痛いのだが、またスープを口にする。辛い、確かに辛い、だけどまた食べたくなる。今度は箸でスープの中に沈んでいる麺を少しだけ持ち上げる

 

「ふー……ふー」

 

熱いので良く息を吹きかけて冷ましてから、麺を口に運ぶ。スープを単体で飲んだ時よりも辛さは感じない。それ所か美味いと正直に思う。うどんと異なり、つるりとした歯応えの強い食感が麺を飲み込むときまで俺を楽しませてくれる

 

「カワサキさん、美味しいです。でも美味しかったら喜んで食べてしまうのでは無いですか?」

 

挽肉の食感も美味しいし、スープに麺を絡めて食べても美味しい。それにもやしのしゃきしゃきとした食感もまた良い。本当に普通に美味しいんだけど

 

「ああ、それはモモンガさん用だから、漆黒聖典のはもっと凄いけど、食べてみる?」

 

にやあっと笑う姿にいいえと慌てて首を振る。守護者全員をKOした奴よりも凄いとか、俺が食べたらショックで確実に即死すると思うので絶対に断るべきだ、話を変える為に坦々麺で気になっていた事を尋ねる

 

「この良い香りはなんですか?」

 

あんまり嗅いだ事の無い香りだが、どこか懐かしい、そんな気持ちになる

 

「ごま油だ。ごまを加工して作るんだよ。日本人には馴染みが深い、モモンガさんの好きな味噌汁と同じだよ」

 

そう笑ったカワサキさんにそうなんですかと呟く、味噌汁は俺としてはかなりお気に入りだ。味噌の味が本当にどこか懐かしい気持ちにさせてくれるから、ごま油の香りというのもどこか落ち着く物がある

 

「デミウルゴスも食べてみるか?今度は美味しいぞ?」

 

「え、ええええ、遠慮しておきます」

 

デミウルゴスが超どもってる。あんな姿見たこと無いなと思う。確実に坦々麺がデミウルゴスのトラウマになっているとその反応を見て確信した。多分他の守護者も同じだろうなと思いながら、麺を箸で持ち上げる。うどんよりも遥かに細く、黄色に近い色をしている。それに麺は真っ直ぐではなく、少し縮れていた

 

(これがスープを絡めるのか)

 

その縮れている部分にスープが溜まっていて、うどんよりもスープが良く絡んでいるのが判る。同じ麺料理なのに、こんなにも味や食感が違うのかと驚き、そして感心する。

 

「これどうして挽肉なんですか?」

 

もっと固まりの肉でも美味しいと思ったのでそう尋ねるとカワサキさんは、ああ、それかと呟き

 

「元々これは中国の料理でな。本場ではスープにせず、絡めて食べる。ミートソースみたいな感じで、材料とかを担いであちこちの仕事場とかで振舞われていた料理なんだよ。かさばらず、食べ応えがあってソースの味の決め手になる、だから挽肉らしいぜ」

 

スープにする形はずっと前にリアルの日本に来ていた中国の料理人が考案したらしい。と言う情報を聞いて料理に関するカワサキさんの深い知識にも驚かされた

 

(確かに挽肉だから麺にも良く絡む)

 

スープ自身が若干トロリとしているので、麺にスープと挽肉が絡んでいて食感と味に変化をもたらしてくれている。辛い事は辛いのだが、その辛さが食欲をそそる。話をするよりも食事に集中したくて無心で食べ進め既に空になった丼を見つめながら問いかけると、カワサキさんは懐に手を入れて何かを取り出す

 

「これ花椒って言う調味料なんだけど、口にすると口の中が痺れるくらい辛くなる。それとこれは豆板醤、これはめちゃくちゃ辛くて、その味付けに少し使ってるだけなんだけど、大分辛いだろ?両方たっぷり入れてやるとな」

 

そこで言葉を切ったカワサキさんはにやりと笑い

 

「目と鼻が痛くなるくらい辛くなる。それがなんと、ユグドラシルの武器と言うカテゴリであったので、それをもうこれでもかと投入してやろうかと」

 

「判りました、それで行きましょう」

 

カワサキさんのその顔を見れば、どれだけ危険な物になるのかは良く判った。ならばこれで行こうと思っていたのだが、カワサキさんは更に何かを取り出す

 

「なんですか。その赤くて禍々しくてどくろマークのポーションは」

 

瓶にどくろマークのシールが張られた瓶を取り出すカワサキさんに、少し引きながら尋ねる

 

「デスソースと言うんだけど、食べた人間を病院送りにしたと言う極めて危険な調味料が……ユグドラシルにもあった。ほら、俺がPKに襲われた時に返り討ちにしたのがあっただろ?その時にそのプレイヤーを撃退したのがこれだ。なんか耐性無視で火炎属性でダメージを当てるだったかな?」

 

うろ覚えらしいが、PKをするプレイヤーは総じて、高レベル、品質のいい装備をしている。その相手を撃退できる調味料なら破壊力は凄まじい物があるだろう

 

「少し味見してみたけど、俺も死ぬかと思った」

 

カワサキさんが瀕死になる。決まりだ、これは漆黒聖典を始末することが出来るアイテムだと

 

「ではカワサキさん、それを使用しての審判の料理をお願いします。デミウルゴス、漆黒聖典の隊長とやらは非常にレベルが高いと聞く、ペストーニャに蘇らせる前に状態異常を防ぐアイテムを隠し持っていないか念入りに確認し、その上で状態異常にして連れて来い」

 

「畏まりました、では準備の為失礼いたします」

 

一礼して部屋を出て行くデミウルゴスを見送る。正直漆黒聖典の中で洗脳されている人物が居るとは思えないが、念の為の審判の料理。傾城傾国を身に付けていた老婆は1度殺したが、これも蘇生してみる。ワールドアイテムを所持していた人物だ。国の中で極秘の情報を知っている可能性は極めて高い

 

「モモンガさん、その隊長ってのはどんな感じだ?」

 

「少なく見積もって70レベル相当かと、俺なら楽勝ですが、カワサキさんだと危険が及ぶ可能性があります。なので実験には参加しないでもらえますか?」

 

幽閉状態と拷問で精神的、肉体的には消耗しているはず。だがそれでも自分達を幽閉している組織の長と謁見となれば、最後の力を振り絞る可能性がある。だから安全には万全を期したい

 

「でも守護者全滅してるのに大丈夫か?」

 

「それは全滅させた側が言う事じゃないですよ」

 

まさか守護者を戦闘不能に追い込む料理があるなんて、今後はもし嫌がらせをする前提でも料理の注文は細心の注意を払おう

 

「仮にレベル70だとしても装備が無ければ、俺が負ける訳がありませんし、高レベルのモンスターも召喚するので心配ないですよ」

 

カワサキさんが一緒に居る方が心配ですと言うと、カワサキさんは腕を組んで

 

「まぁ、俺レベル100でも戦闘能力50相当だしな。判った、大人しく部屋で待機しているよ」

 

「アインズ様、カワサキ様。プレアデスのユリ様が謁見を求めています」

 

話が纏まった所で今日の俺の当番である一般メイドリュミエールがそう声を掛けてくる

 

「ユリって確かペストーニャの代わりにクレマンティーヌの知り合いがいるかの確認で氷結牢獄に付き添ってたっけ?」

 

「ええ、確かそのはずです」

 

守護者全員が瀕死になったので、治療の為にペストーニャは動けなくなった代わりにユリにお願いした。知り合いが見つかったのかもしれないと思い、入室許可を出す

 

「アインズ様、カワサキ様、お忙しい中失礼します」

 

ユリが丁寧に頭を下げてから、クレマンティーヌとの確認の結果の報告をしてくれた

 

「カジットと言うズーラーノーンと言う組織の高僧を発見したそうです、エ・ランテルでの事件について知っている可能性が高いとのことですが、蘇生いたしますか?」

 

ズーラーノーンと言う組織の情報はあんまり無い、正直興味も余り無いが、中枢部に関係のあった人物なら何か知っているかもしれない。今後のことを考えるとそのズーラーノーン?とか言う組織の情報も手にしておいて損は無いはずだ

 

「カワサキさん、お願い出来ますか?」

 

「OK、そっちは俺がやるよ」

 

漆黒聖典の事にはカワサキさんを関わらせたくなかったので、これは都合の良い報告だ

 

「カワサキさんに見てもらうことにするが、暴れだすことを考慮し、ナーベラル、ソリュシャンの2人をカワサキさんの護衛に回せ」

 

「畏まりました。ではそのように」

 

「あ、ユリ。ちょっと待ってくれ、俺も行くわ」

 

ここに居てもやること無いしなと笑い、ユリと共にカワサキさんが出て行くのを見送り。俺は人化の術を解除し、オーバーロードの姿に戻り、王座に背中を預けた。カワサキさん達の準備が終わるのを待った、先日のツアー達との会談と同じくらいの緊張感を抱きながら、全ての準備が終わるのを待つのだった……

 

 

 

 

深い水の中から浮き上がるような奇妙な感覚と共に目を覚ます、視界に飛び込んできたのは贅を尽くした装飾に彩られた天井。そこまで認識した所で意識が覚醒する。エ・ランテルの墓地の神殿では無い、ここはどこだと半分パニックになりながら立ち上がろうとするが

 

(な、なんだ……これは……こ、声が出ない)

 

身体は愚か、声すら出ない。唯一動かすことが出来る目も寝転んでいるので天井しか見えず、誰かが立ち上がった音が聞こえた事が恐怖となる

 

「やっほー、カジッちゃん」

 

ワシの顔を覗き込んでいたのはクレマンティーヌだった。ズーラーノーンに口利きしてやると約束してから姿を見せる事が無かったこいつが何故ここに

 

「……」

 

「あー蘇ったばかりだから喋れないんだ」

 

口をパクパクさせているワシを見て失敗失敗とクレマンティーヌは笑う。だが化け猫のような気味の悪い笑顔ではなく、柔らかい見た目相応の女性としての笑い方だった。だが蘇った、その言葉に混乱し、そしてその混乱がワシの許容量を超えていたのか、逆に冷静にしてくれた。

 

(そうだ……ワシは……死んだ)

 

死の螺旋を起こそうとして……何かを受け取ったまでは覚えている、だがそれを誰に受け取ったのか、何故受け取ったのかは思い出せず、そしてワシすらも生贄にされ発動した死の螺旋。恐ろしい数のアンデッドがワシらの命で動くのを見ながら、苦しみ悶え死んだ事を思い出した

 

(何故ワシを蘇らせた)

 

蘇った事は正直嬉しい。だが何年も準備した死の螺旋は恐らく失敗し、そして回収された。失敗したワシをこんな部屋に置いておく理由は無いはず……纏まらない思考の中、何故だと言う言葉だけが繰り返し、頭の中をよぎる

 

「クレマンティーヌ、その禿は意識を取り戻したのですか?」

 

「そうみたいです。でも動けないし、喋れないみたいなので暫くは話は聞けないと思いますよ」

 

更に聞こえてきた女の声、だが舌打ちの音とゴミめと言う罵り言葉が聞こえてくる。だがワシが驚いたのはそこでは無い、あのクレマンティーヌが敬語を使った。その事に驚き、それと同時にこの場所が何処なのかと言うのがおぼろげながら理解出来た

 

(きっと見つけたんだ、ズーラーノーンよりも、スレイン法国よりも安全な拠点を)

 

自分の立ち位置が良く、更にある程度も安全で安心出来る拠点を見つけたからワシの所に顔を出さなくなったのだと確信した

 

「カワサキ様。カジットという人間が目を覚ましたそうです」

 

「ん?そうか、今行く」

 

また違う女の声と男の声が聞こえる。だが今回はそれだけでは無い、ぽきゅぽきゅと言う奇妙な足音がワシのすぐ近くまで聞こえてくる

 

「カジットだな。クレマンティーヌに話は聞いている」

 

(モンスター!?)

 

ワシの顔を覗き込んできたのは黄色いモンスターの顔だった。思わず身体が萎縮してしまう

 

「カワサキ様に謁見する許可を得ているというのに、なんと言う無礼な態度」

 

「やはり必要ないのでは?」

 

ぞっとするような女の声が聞こえる。その殺気を伴った声に更に身体が萎縮するが

 

「お前達は結論を出すのが早すぎる。まずは話を聞いてからでも十分だよ」

 

モンスターの声は低く、重いが穏やかな性質なようだ。とりあえずこれで直ぐ殺されると言う事は無さそうだ

 

「さて、多分まだ喋れないと思うから頷くだけでいい。頷く位は出来るか?」

 

その問いかけ、これに応じる事が出来なければ命が無いと思い必死に頷く

 

「よし、じゃあカジット、お前さんはスープは好きか?あーそれとも麺料理とかか?」

 

何を言われたのか理解出来なかった。スープ?麺?わしが混乱しているとクレマンティーヌが苦笑しながら

 

「それは喋れるようになってから聞いた方が良いと思うよ?カジッちゃん。死の螺旋に協力した相手の事は覚えてる?」

 

クレマンティーヌの言葉に少し悩んでから頷く、ぼんやりとだが覚えている。それを上手く伝えれるかは判らないが、覚えていると言えば覚えている事に間違いは無い

 

「覚えてるって」

 

「じゃあ最低限はOKだな。ある程度回復したら、モモンガさんに会わせよう。ナーベラル、ソリュシャン行くぞ」

 

「「はい」」

 

カワサキと呼ばれたモンスターと2人の女の気配が遠ざかっていく、その気配を感じているとクレマンティーヌが椅子に腰掛け

 

「カジッちゃん。喋れるようになったらモンスターとか思ったら駄目だよ。ここはね……」

 

そこで言葉を切ったクレマンティーヌは恐ろしいほど真剣な顔をして

 

「スルシャーナ様の同郷の人の神殿なんだよ。判るでしょ?」

 

その言葉に目を見開く。スレインを出て、洗礼名も捨てた。それでもスルシャーナ様を崇拝する事は止めなかった。偉大なる死の神。ズーラーノーンに所属する何人かはスレインの生まれだ。国を捨てても、スルシャーナ様を崇拝することを止めなかった同胞は数え切れないほど見てきた

 

「ま……真か?」

 

「ほんとだよ。スルシャーナ様と同じ神様ともう1人、カワサキ様も同じ神様。それでナーベラル様とソリュシャン様は従属神様」

 

その声と表情を聞けば、その言葉が真実と言うのは嫌でも判った。

 

「まぁまずは体を休めて謁見に備えなよ。アインズ様もカワサキ様も基本的には温厚だけど、従属神様はほんと怖いからさ」

 

そう言って部屋を出て行くクレマンティーヌ。体を休めろと言われたが、神の居城に居ると聞いたワシは完全に目が覚めてしまいそれから眠る事が出来ないのだった。それは崇拝している死の神に出会えるという興奮だけでは無い、分不相応にも死の螺旋を行おうとしたワシへの罰があるのではないか?と言う恐怖も感じていたからだった……

 

 

 

 

玉座の間は色んな意味で地獄絵図だった。それはカワサキスペシャルと言う俺が食べたのとは異なる武器扱いで良いと思われる坦々麺に施された審判の料理。辛いのと、審判の料理の効果で錯乱している漆黒聖典の殆どの隊員の姿は正に地獄絵図としか言いようが無かった

 

(しかしまぁ、そんなに似ているのか)

 

連れてきた時は漆黒聖典全員が反抗的なしぐさをしていたのだが、俺が姿を見せ、使徒と成れるかの試練を行うと口にしたら、全員が嬉々とした表情になったのは驚いた。だが結果はやはり悲惨だったが

 

「アインズ様、これ以上は見苦しいだけでございます。退室させたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」

 

大分回復した様子のデミウルゴスがそう問いかけてくる。俺自身もう見たくないと思っている事は確かだ

 

「来るな、来るな!来るなあアアアアア!!!お、俺は!俺は悪くないッ!!」

 

「いや、いやあ!来ないで、お願い!来ないで!!!」

 

自分達が殺した異形種が迫ってくる幻影を見ているのか、半狂乱で泣き叫ぶ大男と女。そしてその隣では完全に発狂しているのか、幼い風貌の黒髪の青年が白目を剥いて泡を吹いていて、そしてその隣では舌を自分で噛み切って死んだ男など、本当に酷い有様だ

 

「玉座の間をこれ以上穢されるのはアインズ様もご不快でしょう」

 

「まぁそうなのだがな、1人気になる者がいる」

 

その辛さに苦しみ悶えるはずなのに、平然とし、そして土下座をしている人間。それはワールドアイテム「傾城傾国」を装備していた老婆……名は確か、カイレだったか

 

「カイレを除き全員を氷結牢獄へ戻せ、これ以上は見るに堪えん」

 

どの道審判の料理で悪と判断されれば全員勝手に死ぬ。だから氷結牢獄で自決させろとデミウルゴスに指示を出すと、イビルロード達がまるでゴミでも運ぶかのように漆黒聖典を連れ出していく

 

「さて、カイレだったな。顔を上げろ」

 

俺の言葉でカイレが顔を上げる。鬼のような表情だったのだが、今は柔らかい表情をしている

 

「さて、お前は何を見た?この料理を口にし、発狂しなかったと言う事はお前には使徒となる素質がある訳だが」

 

実際は洗脳されていたって事を判断するだけだが、洗脳されてもいないのに嬉々として殺戮するような人材は信用など出来ない。スレイン法国の人材ばかりが集まるのは正直あれだが、まぁクレマンティーヌ達よりも上層部なので更なる情報が得れるかもしれない

 

「このような罪人に謁見の許可に加え、言葉まで投げかけていただけるとは感謝の極みでございます」

 

深く深く頭を下げ、顔を決してあげようとしない。こういう反応をされると非常に困るのだが……

 

「私の問いに答えよ。お前は何を見た」

 

「……お耳汚しをお許しください。我が祖国より攫われ、スレインにと来た私が見たのはおぞましき石像でした。それからは正直何をしていたのか、何を見ていたのかは全てうろ覚えでこの齢まで罪を重ねて生きておりました」

 

「待て。祖国より攫われただと?お前はスレイン法国の生まれでは無いのか」

 

待て待て、スレイン法国の悪行がまた明らかになるぞ。おいおいおい、どうなってるんだ、あの国は……

 

「はい、私の齢が6を数える前に祖国から連れ出されました、もう悲しいことに祖国の事も、父も母も家族の事も思い出せませぬが、無理やり連れ出され、恐怖と家に戻りたいと泣き叫ぶ中、石像を見せられた事ははっきりと覚えております……そして……私は「カイレ」となりました」

 

……重いぞ、重すぎるぞ、この婆さんの過去……カイレと言う名前すら、本名で無い可能性があるとか悲惨すぎるだろ

 

「事情は判った。ならばなおの事、お前を罰する事は出来ない」

 

知らねばならない、このカイレと言う老婆がどんな人生を歩まされたのか。そして俺達が戦おうとしているものが何なのか、それを知る必要がある

 

「リュミエール、ユリを呼んでカイレをペストーニャの下へ連れて行け。酷く消耗しているからな」

 

「畏まりました。すぐに呼んで参ります」

 

頭を深く下げ王座の間を出て行くリュミエールを見送る。覚悟を決めた表情をしているカイレに自決されては困ると睡眠【スリープ】で眠らせる

 

「アインズ様、参りました」

 

「すまないユリ。カイレが自決しないように監視しながら治療を頼む。どうも私達にはまだ知るべき事があるようだ」

 

今死なれては困る。ユリにそう命じ、王座に深く腰掛ける

 

「デミウルゴスよ。リ・エスティーゼ、バハルス、スレインのほかにこの周辺にはどんな国があった?」

 

「はっ、カルサナス都市国家連合、エルフの国、ドワーフの国、竜王国、ローブル聖王国です」

 

5つか……そのいずれかの生まれとする。その場合なぜあの老婆は幼い時に攫われた?そして何故傾城傾国を与えられた?1つの疑問が幾つもの疑問を生んでいく……謎ばかりが増えて行く。どうも王国、帝国、法国だけの情報では足りない時期が来たようだ

 

「その5つの国にシャドウデーモンを飛ばしておいてくれ。情報を集める」

 

「畏まりました、すぐにそのように手筈を整えます」

 

一礼し出て行くデミウルゴスを見送り、玉座に背中を預ける。カワサキさんの言った通り、どうも八欲王がスレインにいると思いこむのは危険かもしれない。様々な所で見え隠れする何ものかの影、俺はその影に今強い恐怖を感じるのだった……

 

 

メニュー37 中華粥へ続く

 

 




と言う訳で漆黒聖典からカイレのみ生存となりました。ちょっと今後の話の流れ上別の国から攫われてきたってのが欲しくて、でも若いキャラより年寄りの方がしっくり来るかなっと思いカイレとなりました。次回はカイレとカジットの話を書く予定ですが、冒頭でカワサキスペシャルを食べた守護者が1日経ってどうなったのかも書いていこうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします

やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……

  • 間違っている
  • 間違っていない

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