メニュー5を大幅加筆修正を行いました
文字数は3000ほど増えております
シホ、ピッキーの視点での文章の追加と、カワサキの過去も追加しました
大分雰囲気が変わっておりますので、改めてよろしくお願いします
メニュー5 腕試しのぺペロンチーノとプレーンオムレツ
食事も終え、非常に名残惜しいのだが、人間からオーバーロードの姿に戻る。それでも、満腹感と幸福感は残っており、非常に穏やかな気持ちになっているのが判った
「ではカワサキさん。ナザリックへ帰りましょう。階層守護者やシモベ達も喜びますよ」
そろそろナザリックに一緒に帰りましょうとカワサキさんに言ったのだが……
「え?嫌だ」
「「「何でですか!?」」」
俺とルプスレギナとユリの言葉が重なった。まさか迷いもせず、嫌だと即答されるとは思ってなかった。理由はなんなんですか!と尋ねる。クレマンティーヌは疲労が濃くまだ眠っているので、ルプスレギナが背負ってるし、帰りたくないという理由が見当もつかない。カワサキさんは何を言ってるんだ?と言う顔をしながら
「俺は料理人だぞ?判るか?普通に帰るなんて納得出来る訳が無い」
「……俺にはカワサキさんが何を言ってるのか理解できません」
リアルでただのサラリーマンの俺には、カワサキさんが何を言いたいのか理解出来ない
「そのカワサキ様、それはもしかして料理を振る舞い、シェフの挨拶と言う事をしたいと?」
「そうそう、それだよ。ユリ、やっぱり料理人として厨房から挨拶するってのは大事な要素だ」
流石プレアデスの副リーダーだ、よく判ってると褒めるカワサキさん。
「はい!カワサキ様!質問です!」
「はい、どうぞ。ルプー」
クレマンティーヌを背負っているルプスレギナが質問と叫び、カワサキさんがOKを出す
「あたし達にも何か作ってくれますか?」
「ルプーッ!!!」
ユリがルプスレギナに怒るが、カワサキさんは上機嫌に笑いながら
「勿論だ。今日は階層守護者に振舞うが、プレアデスにも、一般メイドにも振舞おう」
俺は料理人だからな、挨拶は料理と共に振舞うものだと断言する。カワサキさんがここまで言うのなら、俺としてもその意思を尊重したい
「ではナザリックで晩餐会を行うという事ですね?」
「ああ、それが良い。俺がナザリックに戻ったと言う事を知らしめるには、レストラン以外に相応しい場所は存在しない」
本当なら玉座の間で階層守護者を集めて記念式典の方が良いんだけどな……仕方ないな
「だから俺は「今は」ナザリックには戻らない。ナザリックの近くに1度転移して、そこで下ろしてくれ。グリーンシークレットハウスで料理を作る。そうだな……シホとピッキーを寄越してくれ。俺の料理の手伝いをさせる」
ナザリック料理長「シホ」カワサキさんのNPCだが、料理以外興味なしのカワサキさんに代わり、ペロロンチーノさんとタブラ・スマラグディナさんが詳しい設定を決めた家事手伝い妖精シルキーのNPCだ。そして副料理長のピッキーを手伝いに寄越してくれと言うカワサキさんに判りましたと返事を返したのだが、自然な感じでカワサキさんの爆弾発言が繰り出された
「あ、そうそう。モモンガさん、パンドラズ・アクターも参加ですからね」
「……え?」
自分の声とは思えない間抜けな声が出た。パンドラズ・アクター……ナザリック宝物殿の領域守護者であり、俺が作ったNPCなのだが……当時俺が格好良いと思う要素を全て注ぎ込んでいる。今見れば黒歴史間違い無しの!?いやいや、待て待て。まだ大丈夫だ、まだ大丈夫だ。セバスとソリュシャンも王都に情報収集でナザリックを出ている。そこを指摘すれば、パンドラズ・アクターの晩餐会参加を思いとどまらせる事が……
「仲間外れは良くないからな。セバスは残念だが、うん。今度王都に飯作りにいくよ」
あ、これ駄目な奴だ……と俺は悟った。基本カワサキさんは言い出したら、自分の意見は曲げない。それでアインズ・ウール・ゴウンも脱退するという大騒動を引き起こしている、今俺が何を言っても無駄だと悟ってしまった
「……判りました。パンドラズ・アクターも参加させます」
「おう。それが良い、折角の晩餐会だからな。思いっきり楽しもう」
楽しそうなカワサキさんに対し、俺は思いっきり気落ちした声ではいっ……と返事を返し1度ナザリック付近に転移する
「おお、懐かしい我がシークレットハウス」
このグリーンシークレットハウス。拠点作成用のアイテムなのだが、これはカワサキさんが課金し、データクリスタルも使い特別にカスタマイズした代物だ。本来は全て同じ部屋なのだが、カワサキさんの私室と予備の部屋2つ。それ以外は厨房と食糧の備蓄庫となっている特別仕様のグリーンシークレットハウスなのだ
「じゃあ、俺はここで晩餐会のメニューとかを決めてる。モモンガさん、5時間後にな」
手を振りグリーンシークレットハウスの中に消えていくカワサキさんを見送り、ナザリックに戻ろうと思ったのだが、クレマンティーヌの事があったことを思い出した
「ユリ、ルプスレギナ。お前達はナザリック地表のログハウスへ一度向かえ、そしてそこでクレマンティーヌが目覚めるのを待ち、そしてナザリックに相応しい服装にさせてからナザリックへ帰還せよ」
このまま連れて帰っては騒動になる。カワサキさんと一緒に紹介するべきだと判断し、ログハウスへ向かえと指示を出す
「畏まりました。服装については戦士よりも、ドレス姿の方がよろしいでしょうか?」
「うむ。鎧姿は食堂に相応しくないな、ドレスでいいだろう。アクセサリーもドレスも9階層より持ち出す事を許可する」
カワサキさんの恩人である。その扱いは丁寧かつ、慎重に行えと命令する。9階層から持ち出す事を許可するの言葉に目を見開くユリとルプスレギナ。9階層の物は基本的にギルメンの物だ。それを持ち出す事に対しては抵抗があるのだろう
「良いな、決して怪我などをさせるな。そしてカワサキさんに相応しい服装で食堂へと案内するのだ。良いな?お前達2人に任せるぞ」
「「了解いたしました」」
並んで頭を下げるユリとルプスレギナ。この様子なら大丈夫だろうと判断し、本来ならナザリックを出る前に預けるリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを見て
(緊急事態だから、外すのを忘れていたな)
自分で決めたルールなのにそれを破っていた事に苦笑し、私室へと転移したのだが……転移するんじゃなかったと少し後悔した
「アインズ様!何故!何故!ユリ・アルファと逢引なのですか!?わ、私では、駄目なのですか!?」
「落ち着け!落ち着くんだアルベド!!!」
アルベドの中では俺とユリがカルネ村に逢引に向かったという事になり、荒ぶっているアルベドを落ち着かせるのに俺が相当苦労したのは言うまでもない……
「申し訳ありません。少し動揺しておりました」
「う、うむ。それも仕方あるまい」
少し所ではなかったと思うのだが、深く突っ込む訳には行かない。俺を愛していると設定を書き換えたアルベドが俺に執着しているのは十分に理解しているのだから
「それでカルネ村での問題は無事に解決できたのでしょうか?」
「ああ、それについては無事に解決した。それに伴い、アルベド。今より5時間後食堂にて晩餐会を行う。4階層と8階層の守護者を除く、階層守護者全員に正装をし、第9階層の……」
そこまで口にした所で少し考える。第9階層には一般メイド達が使う食堂とカワサキさんの城である、ギルメン専用のレストランが用意されている。一般食堂を封鎖するのはよろしくないな
「ギルメン専用のレストランへ集合するように伝えるのだ」
「し、しかし!至高の御方達専用のレストランに足を踏み入れるなど恐れ多い」
「構わぬ。その場所で晩餐会を行い、カルネ村でのことも報告し、今後の方針を発表する。良いな?今から5時間後だ」
カワサキさんが5時間で用意すると言っていた。だから5時間後と繰り返し指示を出す
「そしてもう1つ。料理長シホと副料理長ピッキーをここへ、そしてお前自身も5時間後の晩餐会の準備をせよ。判ったな?判ったのなら行動に移れ、質問は許さぬ」
話をしているとカワサキさんの事を言ってしまいそうになるので、アルベドにも晩餐会の準備をせよと命令し、私室から追い出し、俺は机の上に突っ伏して
「……パンドラズ・アクターかぁ……出来ればずっと宝物殿に隠しておきたかった」
他の守護者にも、カワサキさんにも見せるのが恥ずかしいと思う程に個性的な、パンドラズ・アクターに会いに行くことを考えるとどうしてもブルーな気分になり
「……あ、抑制された……」
自分の感情が抑制されたのを感じ、そこまで嫌だと思っていると言う事を理解し、俺は更に深く溜息を吐くのだった……
ナザリックの城を思わせる長い通路を歩く男女の姿があった。1人は男性に見えるのだがその頭部は茸である、マイコニドにしてナザリックの副料理長「ピッキー」とそしてもう1人はとても美しい女性なのだが、その切れ長の目と纏う雰囲気から圧倒的上位者と言う雰囲気をした女性。料理長にしてカワサキのNPC「シホ」だ。2人はアルベドからピッキーと共にアインズ様の私室に向かうようにと伝言を伝えられ、緊張した面持ちで歩みを進めていた
「シホさん。私達は何かミスを犯したのでしょうか?」
「心当たりがあるのか?」
い、いえ!滅相もありませんと手を振るピッキー。勿論私にも心当たり等ある訳も無い、名指しで呼び出された理由が判らない
「アインズ様。料理長シホ、副料理長ピッキー、参上いたしました。入室しても宜しいでしょうか?」
扉をノックし、アインズ様からの入室許可を待つ。数秒待った後、部屋の扉が開きメイドが姿を見せる
「入室許可が下りました。シホ様、ピッキー様。お待ちしておりました」
扉を開けてくれたメイドに礼を言い、アインズ様の私室に足を踏み入れる
「来たか、待っていたぞ」
豪華な椅子に腰掛けたアインズ様の姿を確認するよりも早く、膝を突き頭を下げる。許可無く、アインズ様の御威光に触れることは許されないからだ
「……面を上げよ」
「「はっ」」
顔を上げよという言葉を受け賜ってから顔を上げる。豪華な漆黒のローブを身に纏った威厳に満ちたそのお姿に完全に威圧される
「シホ、ピッキー、お前達に勅命を与える。ナザリックの外にグリーンシークレットハウスが用意されている。直ちにその場に向かえ。質問は許さぬ、迅速に行動せよ。判ったのならば行け」
有無を言わさないその口調に畏まりましたと返事を返し、ピッキーと共に私室を出ると同時に、早足で9階層から7階層へ向かう転移門へ向かう
「おや、ピッキーにシホ。どうしたのかね?」
転移門の使用の許可が下りているとは言え、各階層守護者に挨拶をしないわけにはいかない。7階層の階層守護者、スーツ姿の最上位悪魔「デミウルゴス」様に頭を下げながら
「アインズ様よりの勅命です。ナザリックの外に用意されたグリーンシークレットハウスへ向かえと」
「ふむ?なんとも言えない命令ですね……とは言え、私が口を挟む問題ではありませんね、6階層への転移門の使用を許可します」
怪訝そうな顔をしながらも転移門の許可を出してくれた、デミウルゴス様にお礼を口にし、6階層のジャングルへと転移する。6階層、5階層の守護者である、アウラ様、マーレ様、そしてコキュートス様への挨拶もそこそこに上へ、上への階層へと向かう。そして3階層から1階層は全て繋がっているので、そこからは早足で駆け抜ける
「おや、シホとピッキーではありんせんか?どうしたでありんす?」
道中で漆黒のポールガウンにフリルとリボンの付いたボレロカーディガンを身に纏った、真祖の吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)のシャルティア様に呼び止められ、歩幅を緩め頭を下げる
「アインズ様よりの勅命です。ナザリックの外のグリーンシークレットハウスへ向かえと」
「なるほど、そういう訳ならば、異界門〈ゲート〉を開きしんしょう。アインズ様の命に時間を掛ける等と言う事を許す訳にはいきんせんから」
目の前に開かれた異界門〈ゲート〉を潜り抜け、ナザリックの外へ向かう。転移する瞬間背後からシャルティア様の悲鳴を聞いたような気がするが、まずはアインズ様の命令の実行だ。ナザリックの外へ出た後は全力で走り、グリーンシークレットハウスの中へ足を踏み入れた私とピッキーを待っていたのは予想にもしない御方の姿だった
「来たか、待ってたぞ。シホ、ピッキー」
オレンジ色の身体に柔らかそうな外見からは想像出来ない低い声。そしてその身に纏っている純白のコックスーツ……私とピッキーの目の前に居られたのは、アインズ様と同じく至高の御方にして、私にとっては創造主である、「カワサキ」様のお姿だった……
「「カワサキ様!」」
慌ててピッキーと共に膝を突こうとするが、それはカワサキ様自身に制された
「再会を喜ぶのは後だ。20時よりナザリックで晩餐会を行う事になっている。つまりモモンガさんと階層守護者に料理を振舞うという事だ。だが俺1人で準備するには少々手に余る」
カワサキ様の言葉は嘘だと判っている。お1人で至高の御方39人の食事を用意されていたカワサキ様が8人の料理を用意するのに手間取るわけが無い。時間で言えば、4時間もの猶予があるのだ。これは私とピッキーへの試験とみて間違いない
「かと言って未熟な者に料理をさせる訳にはいかない。お前達が俺の料理を手伝う資格があるか、それを見極める。今から15分、15分の時間を与える。お前達の料理の腕を、お前達の成長を俺に見せてくれ。食材は厨房に用意されている物全てを使用する事を許可する。だが、協力し合う事は禁止する。自分1人で作れ。お前達の腕を俺に見せてくれ」
「「畏まりましたッ!」」
ピッキーと共に力強く返事を返し、厨房へ向かう。その机の上には大量の食材が用意されていた。その中にはカワサキ様しか使用する事を許可されていない、金の鶏の卵や、レイジングブルの肩ロースなども置かれていた
「迷っている時間はない」
与えられた時間は15分。私は迷うことなく、パスタと大蒜を手にする。15分と言う時間では煮込み料理は無理だし、何よりも用意されていた食材の大半は使用可能にするのに水で戻す、出汁で煮るなどの工程を有する食材。とても15分で食用可能に出来る物ではない。金の卵は直ぐ使えるが、その旨みを十分に扱いきれるか自信が無い。だから私は金の卵を避けた。食材に悩んでいるピッキーを尻目に調理を始める。私が作るのは「ぺペロンチーノ」絶望のパスタとも呼ばれるが、大蒜と唐辛子だけと言うシンプルな材料は、具材によって味を誤魔化す事が許されない料理人の腕がダイレクトに出る品だ
(まずは鍋に多めの水と塩を加えて沸騰させる)
晩餐会を行うという事はカワサキ様も食事に参加なされる。ならばパスタは細い1.6mmとし量はやや少なめの70gにする。1.6mmの茹で時間は7分。15分の時間があれば十分に調理を終えることが出来る。水が沸騰する前の時間で使用する調味料を用意する。オリーブ油、大蒜2欠と半分、そして赤唐辛子。これで具材は全て揃った……
(赤唐辛子は種を取り輪切りし、大蒜は2欠は皮を剥いてスライスし、残り半分は包丁の腹で潰す)
唐辛子を刻み、大蒜の下処理をしている内に湯が沸いたのでパスタを入れて茹でる準備をする中、今ならまだ具材やコンソメを使う事ができるという考えが脳裏を過ぎる
『シホ。ぺペロンチーノはオリーブオイル、にんにく、赤唐辛子で作った場合、旨み成分が足りず、淡白で物足りない味となる。出した料理が不味いのは料理人として恥だ。もし、駄目だと思ったら、迷うことなく顆粒コンソメとベーコンを入れろ。コンソメで味に深みが、ベーコンの塩気で味がぐっとよくなる』
フライパンに火をかける前の今ならば……今ならばコンソメとベーコンを加える事が出来る。未完成の料理をカワサキ様にお出しするくらいなら……自分の腕が未熟と言う事を認め、難易度が高い具材も出汁を使わないぺペロンチーノを避けても
(何を考えている私は!)
カワサキ様は私とピッキーに料理の腕を見せてくれと言ったのだ。ここで自信が無いからと言って容易な方に逃げ、自分の成長を見せる事が出来る物か!弱気な考えを頭を振って追い払い、フライパンを手にする。
「ふーっ……良しッ!」
大きく深呼吸をし、フライパンに刻んだ唐辛子、スライスした大蒜と潰した大蒜を加え、オリーブ油を大蒜と唐辛子が浸る程度に注ぐ。そしてそこから中火で熱を加えるのだが……
(変化を見逃してはいけない)
中火で炒めるのだが、物の数秒で熱が通る。そして火が通り過ぎれば味が台無しになる、ここから一瞬の油断も気の緩みも許されない。中火で炒め始めて数秒で大蒜からふつふつと気泡が出たタイミングで中火から弱火にし、焦げ付かさないように細心の注意を払い炒める
(ここっ!)
大蒜が狐色になったタイミングでパスタを茹でていた鍋の茹で汁をお玉1杯加え、火を中火にしてフライパンを振りながら混ぜ合わせる。これを「乳化」と言う。本来水と油は混ざり合わないが、パスタの茹で汁にはパスタから溶け出したでんぷん質が水と油を繋ぎ合わせる役割をする。オリーブオイルと水分が混ざり合いとろみのあるソースとなったら、鍋からパスタを引き上げる。ここまで掛かった時間は約6分……茹で時間とすれば少し早いが、パスタ自身の持っている熱、そして作ったソースが持つ熱。それを踏まえれば、少し早い位で丁度良い。火を止めてフライパンに茹でたパスタを加え、空気を混ぜ込むようにフライパンを振りながら混ぜ合わせる。空気を加えながら混ぜ合わせる事で乳化が更に安定し、味を良くさせる。ぺペロンチーノを皿に盛り付け、仕上げにパセリを振って厨房を出る。その時にピッキーに視線を向けるが、まだ食材を選んでいるようだ。15分のうち7分を使ってしまえば作れる料理は更に制限される
(その判断力のなさがお前の欠点だ)
悩むことは悪い事ではない、だが15分と限られた時間で悩むという事は自殺行為に等しい。カワサキ様に料理をお出しする、その緊張感は判るし、悩むのも判る。だが悩み料理を出す事が出来ないのでは何の意味も無い。私はぺペロンチーノを手にカワサキ様のもとへと戻る
「お待たせ致しました。ぺペロンチーノです」
カワサキ様の前にぺペロンチーノの皿を置く、カワサキ様はまず見た目を見て
「洋食の基本はしっかりしてるな」
パスタの盛り付けの基本はやや大きめの皿かつ、深い皿を用いる。余白とソースを絡める余裕を作る為だ。そしてパスタはトングで掴み、中心を定めたら迷うことなく、渦を作るようにトングと皿を回転させ、高さを演出しつつ形が出来たと同時にトングを放す。これにより高さとまとまりが良い盛り付けとなる
「いただきます」
フォークを手に、パスタを一口分取ったカワサキ様がそれを口に運ぶ
「うん。悪くない、良い仕上がりだ。茹で上がりをきっちりアルデンテにしているから、ソースと絡めている間に丁度良い具合になっている。ソースの方もしっかりと乳化出来ている。腕を上げたな」
「お褒めに与り光栄です」
褒められてはいる、だが美味いという言葉はカワサキ様の口からは出ない。それは妥協点ではあるが、合格点ではないという証拠
(なんだ、何が足りなかった……)
パスタの茹で時間、ソースの乳化は完璧だった筈。彩りもパセリを加え、決して悪い物ではなかった筈……では何が足りなかった?
「……粗挽きのブラックペッパー。これは好みの問題だがな、淡白な味わいのぺペロンチーノに変化をつける。具材や出汁が嫌だと言うのなら、ブラックペッパーだ。その強い香りは十分に味の変化となる。このぺペロンチーノは味は十分、盛り付けも合格、だが食べる人の気持ちを少し考えるべきだったな、お前の悪い癖が出たな。1手足りないぞ、シホ」
「……ッ!!!申し訳ありません……」
カワサキ様の視線が私を射抜く。その余りの眼力に身体が竦む
「15分と言う時間は十分過ぎる時間だ。俺に出す前に1度確認するべきだったな。それと失敗するのが怖ければ、コンソメやベーコンを入れても良かったぞ」
自分も1度考えた事をカワサキ様に言われる。良くやったと、この難しいぺペロンチーノを良く仕上げたと褒めて欲しかった。だから難しいのは承知でコンソメもベーコンも使わないぺペロンチーノに挑戦したのだ
「だが、難しい事に挑戦しようとしたその意思は評価しよう。良く頑張ったなシホ」
頑張ったと褒められたが、そんなお褒めの言葉は欲しくなかった。完璧に仕上げ、良くやった、美味しいという言葉が欲しかったのだ。自らの拳を強く握り締める。たった一手、お出しする前に確認すれば……気付けた。その些細なミスが私の胸に重く圧し掛かっていた
「後2分。ピッキーは間に合わなかったか?」
カワサキ様が残念そうに口にした時、ピッキーが厨房から姿を現す
「お待たせ致しました!カワサキ様!金の卵のプレーンオムレツです!どうぞお召し上がりください」
ピッキーがカワサキ様にお出ししたのは、私も一瞬作ろうかと考えた金の卵のプレーンオムレツだった……
何を作ればいいんだ……私は目の前の食材の山を見て完全に悩んでしまっていた。先ほど厨房を出て行ったシホさんの事もあり、焦りばかりが頭を埋め尽くす
(ステーキ……駄目だ。カワサキ様の得意分野だ)
パスタはシホさんが使った。同じ物を使うわけにはいかない。それではただの猿真似だからだ。かと言ってステーキと言う選択肢も思い浮かんだのだが、ステーキなどの肉を焼く料理はカワサキ様の得意分野、腕の差が如実に現れてしまう
「レイジングブルの肩ロース肉」
普段食堂で出している牛肉よりも遥かにグレードの高い牛肉。赤身とさしのバランスは正に黄金比……
「……素晴らしい」
本来は至高の御方のみお出しする事が許される食材。そして調理される事が許されているのも、カワサキ様のみ……そんな食材を使う事ができる。それは料理人としては至上の誉れ……
「くっ……駄目だ!」
私ではカワサキ様を納得させる事が出来る焼き具合にする自信が無い。こうして食材を見ているだけで手が震える。こんな有様では、とてもではないが、最高の焼き具合でカワサキ様にお出しする事が出来ない
(考えろ、考えろ!正解はある!)
私に作れる料理で、そしてこの食材の中にヒントは必ずある。煮込み料理に相応しい食材が並んでいるが、15分と言う時間制限では使い切れない、つまり煮込み料理では無い。
(魚……いや、違う。これも論外だ)
魚もレイジングブルと同じく、最高レベルのマグロの姿があるが、刺身とし、私の刺身を引く腕を見せるというのも考えたが、自分でもまだカワサキ様の教えを完全に理解していない。未熟な腕を見せる事になるだろう
「……これしか……ないか」
視界に入ってきたのは金の卵。カワサキ様が飼育している金色の鶏が産む至高の食材……その旨みと味の深みは全ての卵の頂点と言えるが、その旨みと味わいの深さは相当の料理の腕が無ければ、卵の味にどんな味付けも消し去ってしまう。残り5分……もう悩んでいる時間は無い。金の卵4つを手に取り、その重さと輝きに思わず息を呑む。
(落ち着け、ただの食材だ)
使う事を許可されている。そこまで恐れ、緊張する必要は無いと自分に言い聞かせ、ボウルの中に金の卵を割り入れる
「……これが金の卵」
白身でさえも金が含まれ、黄身は美しい金色……そのあまりの神々しさに息を呑む。至高の御方しか口に入れることを許されない食材……まさに天上の食材だ
「落ち着け、落ち着け」
自分に言い聞かせるように何度も呟き、菜箸を手に取り黄身を潰す。ボウルの中に金の輝きが満ちる、その美しさはとても食材とは思えないほどだ
(塩、白胡椒、そして牛乳)
金の卵の旨みに負けないように、追加で加える調味料も普通の調味料ではない。普通に使う事を許されていない、最高級の物を使用する
(大きく、空気を混ぜ込むように大きく混ぜ合わせる)
これで味付けは完了だ。後は焼き上げるだけ、食材は最高を超え至高。後は私の調理の腕が物を言う。フライパンにサラダ油入れ、しっかりと熱する。
(フライパンが適温かの判断は、卵液のついた菜箸をフライパンに当てる事)
カワサキ様に教わった基本を忠実に守る。違うのは金の卵か、普通の卵かと言う事だけだ。フライパンに菜箸の先を当てると、ジュッと言う音がして卵が一瞬で固まる……フライパンの温度はこれで適温だ。そこでバターを加え、バターを焦がさないように丁寧に溶かす。バター全体の1割ほどが溶けた辺りで卵液全てをフライパンに流し込み、火を中火にする
(オムレツは焦げてしまえば、台無しだ。集中を一瞬たりとも緩められない)
フライパンを奥、手前を揺すりながら、菜箸でバターと卵液を混ぜ合わせるように大きく混ぜ合わせる。フライパンの熱で卵が生から半熟状になったタイミングで、火から外し、フライパンの端を使い卵の形を整える
「見栄えはよし……」
オムレツに焦げた痕跡は無い。それにオムレツの中も半熟に仕上がっているはずだ。フライパンを揺すりながら、オムレツを皿の上に移動させる。
「くっ……時間が無い」
本当なら更に形を整え、野菜などで彩を与え、ケチャップを掛けるのだがそれをやっている時間は無い。私は中途半端な仕上がりになったことに後悔をしながら、仕上げたオムレツを手にカワサキ様のもとへ向かった
シホのペペロンチーノは味も盛り付けも最高だったが、最後にブラックペッパーを振り忘れ僅かに味に物足りなさがあった。ピッキーが持ってきた金の卵のオムレツを前に
「野菜などの盛り付けが無いのは味に自信があるからか?それとも時間切れか?」
「……申し訳ありません。時間切れでございます」
ピッキーが唇を噛み締めながらそう口にする。金の卵のオムレツ、それはそれだけでも十分な彩りとインパクトを持つ。あえて他の要素を加えなかったと言うのなら、評価したが時間切れならばそれはピッキーのミスだ
「悩むなとは言わないが、時には決断力も必要だぞ」
「……肝に銘じます」
時間を制限したのは緊張感を与えるためだったが、まさかここまで緊張するとはな……
(少し甘く見ていたか)
NPCがギルメンを崇拝しているとは聞いていたが、まさかここまでとは……俺としては、ピッキーとシホの料理の設定を考え、そして実際に料理をする時も2人をそばに置いた。俺の中では師匠と弟子と言う感覚だったのだが、2人は違ったようだ
(あいつらみたいだな)
現実で俺は料理人だった。最終的には貧民層に属していたが、1~2年、富裕層の料理人として腕を振るっていた時期があった。そのおかげか、貧民層に移動した後も俺の料理の腕は富裕層にもある程度知られていた。ま、それは元は富裕層の料理人なのに貧民層に落ちた料理人と言うことで名前が独り歩きしていたんだがな。まぁ、昔の事だからそれほど気にする事は無い。
(俺の信念は変わらん)
貧民層だろうが、富裕層だろうが腹が減っているなら飯を食わせる。その生き方を変えるつもりはない。むしろ貧民層に落ちた事で自分の理想を叶える事が出来るのでは?と思ったくらいだ。まぁそれでもたまにパーティーなどで呼ばれる事もあった。俺の料理のファンで私の力で富裕層に戻してやろうと言ってくれる人もいたな……まぁそんな理由で富裕層の料理人と調理をする事もあったが、失敗することを恐れ、実力を発揮する事が出来ない料理人を何度も見てきた……
(まぁ無理も無いか)
俺は元は富裕層の料理人だったが、富裕層の人間に睨まれ貧民層に落ちた。だが俺にすれば、場所はどこでも良い。料理が出来て、食べてくれる人がいれば良い……ここまで開き直れば何も恐れる事は無いが、誰もが誰も俺みたいに開き直れるわけじゃない……か。俺はピッキーの作ったオムレツを口に運びながら、そんなことを考えていた
「……美味い、美味くはあるが……全ては金の卵の味と言うべきだな」
卵は半熟であり、とろりとした食感に仕上げたその手腕は評価する。だが肝心の味については金の卵の味任せと言わざるを得ない
「焼き方は十分合格点。しかし盛り付けと仕上げは妥協点にも満たない」
もう少し、もう少し早くオムレツと決めていれば十分に盛り付けも仕上げもする時間もあっただろう。そう考えると少しばかり残念だな……ピッキーの作ったオムレツを食べ終え一息つく
「今回の晩餐会での俺の補助だが……」
ピッキーとシホが息を呑むのが判る。お互いに自分の料理に失敗があると理解しているからの反応だろう……
「2人に手伝って貰おう」
俺の言葉が信じられないという顔をするピッキーとシホだが、確かに失敗はあった。それに料理の完成度も不十分と言える所もある。だが作る技術は完璧その物。2人に不足している物、それは料理を作り、それを提供する事で身に着けていく美的センスと、食べる人間のことを観察する観察眼だ。これは実際に経験していかなければ身に付けられる物ではない。ならここで突き放すのではなく、2人に指導するというのが上に立つ人間がやるべき物だ
「では今から晩餐会の調理に入る!各階層守護者の好物は把握しているな?」
「「はいっ!!」」
力の篭もったピッキーとシホの返事。その声には今の失態を取り戻すと言う強い気迫が込められていた
「よし!始めるぞ!まずは時間の掛かる煮込みから始める!俺達で最高の晩餐会を演出するぞ!」
俺がナザリックへ戻ったと言う事を知らしめる晩餐会。そこに失敗も妥協も許されない。俺は拳を掌に打ちつけながら立ち上がり、ピッキーとシホを引き連れ、厨房へ足を向けるのだった……
そして今より4時間後、ナザリック地下大墳墓第9階層で晩餐会の幕が開かれるのだった……
メニュー6 シャルティアの鴨のローストとアウラのハンバーグステーキ、マーレのスパゲッティ・ミートソース
今回はぺペロンチーノとオムレツとしました。シンプルな料理ですが、それゆえに料理人の腕がもろに出る料理です。特にぺペロンチーノは簡単な分だけ物足りなさを感じるので難しい料理ですよね。次回は料理を食べている描写をメインにしたいと思います。シャルティアは本来「ズッパ・フォルテ」と言うイタリアでの豚の臓物を使った煮込み料理で行くつもりでしたが、鴨のローストと血のソースと言う意見を出してくれたユーザー様「竜神」様のコメントでトゥール・ダリジャンのことを思い出し、ローストに切り替えました。なお私は食べた事がないので、想像になりますのであしからず!!ズッパ・フォルテは少し味の想像が難しいかもしれないので、こっちの方がいいと思いましたのでそれでは次回の更新もどうかよろしくお願いします
やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……
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間違っている
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間違っていない