生きたければ飯を食え   作:混沌の魔法使い

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メニュー42 あんかけ焼きそば

メニュー42 あんかけ焼きそば

 

今日もゴウン殿と共にエ・ランテル周辺の捜索ともう1つ勝手に出撃した「クラルグラ」と言うミスリル級冒険者の捜索に繰り出していた

 

「実力はあったかもしれませんが、精神的には未熟でしょう」

 

「しかたないでしょう。実力と精神性が両立出来ていれば、ミスリルに留まっているとは思えませんよ」

 

ゴウン殿が苦笑いをしながら周囲を見渡す。冒険者組合からクラルグラと言う4人組が独断で出発したと聞いた。フォレストストーカーのイグヴァルジをリーダーに、軽戦士、弓兵、神官のチームらしい

 

「アインズ様……「ナーベ、今の私はモモンだ」……も、申し訳ありません」

 

ゴウン殿をアインズ様と呼んで訂正されているナーベ殿。私は手にしている地図を1度丸め、腰袋に入れながら

 

「私もモモン殿と御呼びした方が良いですかな?」

 

私の問いかけにゴウン殿は笑いながら

 

「今はモモンの方が良いですね。アインズ・ウール・ゴウンは目立ちすぎた」

 

私を助け、陽光聖典を滅ぼした魔法詠唱者。その立場ゆえに、王国でも名が広がっている、だからこそのモモンとしての変装。今日は魔法詠唱者としての姿ではなく漆黒の鎧の姿なのはクラルグラに見られる事を考慮していると言う事だろう

 

「判った。ではモモン、次は南西の湖の方に向かってみようと思うのだがどうだ?」

 

私の言葉にナーベ殿が眉を吊り上げるが、ゴウン殿はそんな風で良いですよと笑う

 

「早く見つけてエ・ランテルに戻り……この音は!?」

 

何かを吸い込む激しい音が響く、まさか!?ゴウン殿の方に視線を向けると脇に抱えていたヘルムを被る

 

「アイツだ。私達の国を滅ぼしたモンスター!戦士長殿!先に行きますッ!」

 

「待て!ゴウン殿!」

 

地面を蹴り恐ろしいスピードで走っていくゴウン殿。冷静沈着な御方と思っていたが、さすがに国の仇を見て冷静ではいられなかったか!

 

「行きますよ!」

 

「ああ!」

 

ナーベ殿が後を追って走っていくのを見て、私も慌てて後を追う。国を滅ぼすモンスター相手ではゴウン殿1人では対処出来ないはず、地面を蹴りひたすら走る

 

「ぬっ!ぐっ!!」

 

森の中にぽっかりと空いた空虚な空間。そこにそのモンスターと地面に剣をつきたて必死に堪えているゴウン殿の姿……そして腰を抜かしてへたり込んでいる4人組の姿があった

 

「ゴオオオオオオッ!!!」

 

「くっ!?なんと言う力だ!?」

 

遠く離れているのに私までもその吸引力に引き寄せられていた。ナーベ殿が血相を変えて

 

「火球【ファイヤーボール】ッ!」

 

魔法を放ったが、その魔法までもモンスターの口の中へと消えていく

 

「戦士長殿ッ!!!」

 

「うわああああッ!!!」

 

片手で腰を抜かしていた冒険者を掴み上げ投げ渡してくる。その弓兵を受け止め、その手に持っていた弓を取り上げる

 

(行けるか)

 

私は剣士だが、ある程度の武術は嗜んでいる。弓も使えない事は無い、だが相手が相手だ。矢を弓へ番え引き絞りながらどうしても不安が脳裏を過ぎる。だがここでもたついていてはゴウン殿も吸い込まれてしまう、そうなればカワサキ殿にもナーベ殿にも合わせる顔が無い

 

「私が目晦ましをします、決めてください」

 

「……応!」

 

ナーベ殿が再び魔法を放つ。その魔法はモンスターの口の中へと進路を変えるが、ナーベ殿が拳を握ると爆発した

 

「いまだッ!」

 

矢を放つ、それは空気を切り裂き一瞬でモンスターの頭へと突き刺さる。魔法が炸裂したことで一瞬空気の流れが変わったから命中したのだろう

 

「ギギィッ!?」

 

「はっ!逃がすかッ!」

 

ダメージで吸い込みが止ったその隙にゴウン殿が間合いを詰め、剣を振るったがモンスターは地面を強く蹴り跳躍すると木の上に着地し、跳ねる様にして別の木に飛び移りあっと言う間に見えなくなってしまった

 

「……モモンさーーん!」

 

地面さえも吸い込まれ抉れ、すり鉢状になっている場所をナーベ殿が駆け下りていく。

 

(なんと恐ろしいモンスターだ)

 

森の中だから良かったが、これが王都やエ・ランテルではどれだけの被害が出ていたか、それを想像するだけでも恐ろしい……ゴウン殿は剣を杖にし、やっと立っている状況だ。私も駆け寄りたい所だが今はそれ所では無い

 

「貴様!何故勝手に街を出た!?今はエ・ランテルの外に出るなと言う指示が冒険者組合から出ているはずだ!」

 

「ひっ!し、知らなかったんです!い、イグヴァルジが薬草集めだって言うから……」

 

すいませんすいませんと繰り返し壊れたように言う弓兵と、イグヴァルジに怒鳴っている神官と軽戦士……どうもイグヴァルジとやらの独断らしいが、下手をすればモンスターに対抗できる可能性のあるゴウン殿を失っていた

 

「エ・ランテルに戻り次第罰があると覚悟しておけ!」

 

この弓兵も被害者だろうが、それはそれだ。許されるわけでは無い。弓と矢筒を弓兵に投げ渡し、大木にロープを結び

 

「モモン!今ロープを投げる!」

 

「すまない!」

 

今のゴウン殿はモモンと言う戦士だ。飛行等の魔法を使う訳には行かない、だから私はロープをゴウン殿に向かって投げ引き上げることにするのだった……

 

「ふーやれやれ、良い腕をしておりますなあ」

 

元の人型に戻ることが出来ないパンドラズ・アクターだが、その姿を人型ッぽくする事は可能で、ごぽっと言う奇妙な音を出しながら、額に刺さった矢を引き抜いていた

 

「大丈夫ですか?パンドラズ・アクターさん」

 

「ええ。大丈夫ですよ、マーレ殿。それよりも見つかるわけには行きませんから、さっさと撤退しましょう」

 

はい!と元気良く返事を返す性格が変わったままのマーレと共にパンドラズ・アクターはナザリックへと逃げるように帰還するのだった……

 

 

 

 

何もかも吸い込むモンスターなんかいないと決め付け、組合長の命令を無視して俺はメンバーに薬草取りと偽って出発した。その結果はキャンプ明けで直ぐ、水を汲みに行った湖でそのモンスターと遭遇した。大口を開けて湖を飲み干し、大地を飲み込むその姿に逃げなければと振り返り、木の枝を踏みつけた瞬間。その漆黒の瞳が俺達を見据え、大きく開いた口がこちらに向けられた

 

(……死んだと思ったんだ)

 

間違いなく食われて死ぬと思った。逃げる事も、戦う事も出来ず、必死に地面に爪を立てて耐えようとしたが耐えれる訳も無く、モンスターに向かって容赦なく吸い込まれていく恐怖。無様に泣き叫ぶ俺達の前に現れたのはミスリル級にスキップしたモモンだった

 

「ふんっ!!!」

 

自身の代名詞とも言えるグレートソードを地面に突き刺し、片手で俺達を掴み必死に吸い込み攻撃に耐えていた。その後は王国戦士長ガゼフ・ストロノーフや、モモンのパートナーのナーベが遅れてやって来た。いや、モモンが先行して俺達を助けに来てくれたのだろう、モンスターは頭を矢で射抜かれ苦悶の叫びを上げて撤退し、俺達はガゼフ戦士長とアインザック組合長にこっぴどく叱られ

 

「今回はモモン君の口添えもあるから、降格は免除するが、次は無いぞ!イグヴァルジ!」

 

独断専行の癖がある俺は特にこっぴどく釘を刺され、仲間にも見限られた

 

「ちょっとこれからクラルグラで活動するのは考えさせてもらう」

 

「自分のプライドだけで危険に自ら向かっていくリーダーには従えない」

 

エ・ランテルで銅級から共にやってきた2人だけならいざ知らず

 

「変わったな、イグヴァルジ。村を出たばかりのお前はそんなんじゃなかったぞ」

 

俺と一緒に村を出た神官のルーにまで蔑まされた目で見つめられた。俺は英雄になりたい……それだけだったのに……仲間にも見限られ、冒険者として活動するのも怪しい段階になり、ふらふらと冒険者組合を出た

 

「ん……ここは……」

 

飯処カワサキ……モモンの仲間の店……そう思うと入る気にはならなかったが、炊き出しとか言うおでんは美味かった。それに何よりも、これ以上に無いって程に落ち込んでいたし、仲間がいる宿に戻る気にもならず。俺はカワサキの店に足を踏み入れるのだった

 

「……いらっしゃいませ」

 

俺を出迎えたのは赤金の髪をした小柄なメイド服の少女だった。普段なら店主の趣味かよと悪態をつくが、そんな元気も無い。ふらふらと厨房が見える場所に座り

 

「何でも良いから珍しいものを食わせてくれよ。南方の料理人さんよ」

 

「何でも良いのか?」

 

何でも良い、とにかくなんか珍しくて、ここら辺で食えないようなものを食わせてくれと言って、サービスと言って差し出された水を1口も飲まず。自分の何が悪かったのか、ただそれだけを考えていた

 

 

 

ふらふらとまるで幽鬼のような感じで入ってきた男。その特徴からモモンガさんから聞いていた、クラルグラのイグヴァルジとか言う男だと分かった。1度ガゼフさんにモンスターと遭遇させるつもりと言っていたが、それに巻き込まれたのだろう

 

「カワサキ、アイツ心が折れかけてるよ」

 

「ああ、それは俺にも判るよ」

 

クレマンティーヌに言われなくても分かっている。リアルでも何度も見てきた、自分の信じていた物、夢見た物の現実を知って、心が折れかけた男の目をしている。ああいう目はリアルで何百回と見てきたから判る

 

「まぁ飯を食いに来た以上は客だ。飯を振舞うだけだよ」

 

別に暴れるわけでも無いし、ああいう奴は何度も見た事があるので対処法は大体知ってる。とりあえずは

 

「クレマンティーヌとシズ。悪いけど、2階に行っててくれるか?」

 

「別に良いけど、何で?」

 

「……危険じゃないですか?」

 

心配そうな2人に大丈夫だからと言って、2階に行って貰う。ああいうタイプは女がいると絶対本音を言わないんだ、これは俺のリアルでの経験に基づいての話だ。2人が2階に上がったのを確認してから、冷蔵庫を開ける

 

(さてと珍しいものか……)

 

ここら辺と帝国で食べた料理は煮込み、焼き物が一般だったが、麺料理は無かったか……ナザリックで作ってきた中華麺(完成度7割)を1玉取り出して、野菜と豚肉、海老に筍、それにきくらげにうずらの卵

 

「餡かけ焼きそばにするか」

 

餡かけ自体は大量に作れるので、俺とクレマンティーヌとシズの昼食にすれば良いしな。きくらげはぬるま湯の中で戻しておいて、白菜、パプリカ、人参、たけのこは食べやすいサイズに大まかに切り分け、豚こまは食べやすい1口サイズに切り

 

「よっと」

 

海老は竹串を使い、背ワタを取って香り付けをかねて酒の中につけ、下拵えをしている間に戻ったきくらげを流水で洗う。きくらげには渋みがあるのでこれで渋みも取り除ける。そしたら愛用の中華鍋に火に掛けて十分に温まったらごま油を入れて、中火に変え人参を加えて炒める

 

「まずは中火っと」

 

最初から強火だと人参が焦げてしまうので、まずは中火でじっくりと炒め、人参に火が通ってきたらきくらげを投入し、ごま油大さじ1を追加して強火に変えて御玉で丁寧に炒める。

 

「よし、そろそろだな」

 

肉は強火で炒めると硬くなってしまうので、人参ときくらげの上に乗せる様にして入れたら暫くかき混ぜず様子を見る。その間にオイスターソース、醤油、そして水溶き片栗粉を準備する

 

「よし、良い色だ」

 

豚肉の色が白くなってきた所で、筍、白菜を一気に投入し、白菜の上に刻んだパプリカと海老、そしてうずらの卵を乗せたら、火力を最大にするが、ここまでもまだ混ぜない。熱が伝わって白菜のカサが減ってきたのを目安にして御玉で下から上に引っくり返すようにして混ぜ合わせる

 

「よし、良い仕上がりだ」

 

人参ときくらげ、筍、そして豚肉に良い焼き色がついた。大量の野菜を上から乗せる事で蒸し焼きに近い状態にしたのだ。ここにラーメンなどに使う鶏がらスープ、醤油、酒、オイスターソースを加え全体を絡めるようにして炒める。全体がしんなりして来たらごま油を混ぜた水溶き片栗粉を加える。とろみのついた特製餡かけの出来上がりだ

 

「よし、完璧っと」

 

丁寧に作った鶏がら出汁を入れているので餡かけ自身の味は完璧だ。後は弱火にして、餡が冷めないようにすれば良い。

 

「さてと一気に仕上げるかな」

 

別の中華鍋を強火で温め、ごま油を投入する。バチバチと油の跳ねる音を聞きながら中華麺を投入して、ごま油と絡める感じで炒める。だが麺自体にしっかりと焼き色が付くまで箸で何度も掻きまわし、焦げ付かないように注意をしてだ。麺全体の焼き色が付いたら大皿に入れて、特製餡と絡めれば

 

「特製五目餡かけ焼きそば、お待ちどうさま」

 

「……これは凄いな」

 

料理を見て呆然とした様子のイグヴァルジにごゆっくりと声を掛け、特製餡に保存の魔法を掛けるのだった

 

 

 

 

 

珍しい物が食べたいと頼んだが、運ばれてきた料理は完全に俺の想像を超えていた。何かドロリとしたスープの掛かった麺料理。しかしそのスープが凄い、たっぷりの野菜に肉、それにこれは海の品だろうか……海老だよな。これはもしかしてとんでもない高価な料理を頼んでしまったかもしれないと後悔しているとカワサキがくっくっと笑いながら

 

「銀貨1枚だぜ」

 

「銀貨1枚!?」

 

こいつ……本当に大丈夫か?心配する謂れは無いが、これだけの料理を銀貨1枚で提供して採算は取れてるのかと思ってしまったが、空腹なのと香ばしい香りに料理と共に出されたフォークを掴んで、俺は勢い良くフォークを麺に突き刺していた

 

「ふー……ふー……あふっ……あちちち」

 

このトロミのあるスープはかなり熱い、何度も息を吹きかけてやっと口に運べる温度になった。良い焼き色が付いた麺を頬張り、思わず目を見開いた

 

(なんだ……これ)

 

外側はカリっとしているのだが、中はモチモチとしている。しかもそのカリっとしている部分にスープが絡んでいて味も抜群に良い

 

(肉、卵、それに海老に野菜……どれもこれも美味い!)

 

肉は薄切りだが、脂が乗っているし、1口サイズの卵だが、濃厚な黄身の旨味がある。そして稀少な海老、プリプリとしていて臭みも無い。最初はおっかなびっくりと言う感じで口にしていたが、食べれば食べるほどフォークの動きが早くなっていく

 

「野菜も美味いな。こんなに美味いのは初めてだ」

 

俺はさほど野菜は好きでは無いのだが、甘い葉野菜に焦げ色の付いた人参。それは俺の知っている野菜と違い、臭みが無い上に甘く非常に食べやすい。それにスープで煮られているからか中にもたっぷりスープが染み込んでいてただひたすらに美味い

 

「……これはなんだ?」

 

黒い何かの塊。食べてみたのだが、歯を跳ね返す弾力としゃきしゃきとした何とも言えない奇妙な食感だ

 

「きくらげ、茸の仲間だ。毒は無いし、味も殆ど無いんだが、こういう料理に使うととても相性が良い」

 

味の無い茸……確かにそれは普通ではあまり食べられない食材だが、これだけ味の良いスープに入れれば、それはさぞ相性も良いだろう。

 

(美味い、本当に……美味い)

 

食べるまでは本当に美味いのかとか、仲間にも、組合長にも見放され、モモンやガゼフ戦士長には叱られはしたが、無事でよかったと言われ。俺をなめるんじゃねえと叫んだ、自分はこんな所で止まる男じゃないと叫んだ。それが見下されているようで心底腹が立った

 

「なぁ、カワサキよ。モモンってのはどんな男なんだ?」

 

「ん?急になんだ?」

 

まだ料理が食べたいと思っているのに、俺はモモンの事を尋ねていた。カワサキは急になんだ?と言いながらも振り返る

 

「俺はモモンが実績も無いのにミスリルになった事に嫉妬した」

 

「まぁそりゃそうだ。ポッと出だもんな」

 

カワサキは意外にも俺の言葉に同意してくれた。俺はここに来るまでに死ぬほど努力した、それなのにあっさりと飛び越えて行こうとしている相手に嫉妬して何が悪い。麺を口の中に押し込み、噛み締める。美味い、本当に美味い。だが食べれば食べるほど、不思議なくらい自分が惨めだと思ってしまう。腹は満たされているのに、心が空虚になっていくようだ

 

「モモンの強さはな、後悔して絶望してその上で得た力さ。お前が見たモンスター、それに俺らの国は滅ぼされた」

 

急に語りだしたモモンと自分の話。俺は手にしたフォークを机の上に置き、その話に耳を傾けた

 

「生き残りは本当に僅かだった。モモンと共にいるナーベ、それに俺の店のシズ。それも本当に数少ない生き残りさ」

 

「……国堕とし」

 

こっちではそう呼ぶらしいなとカワサキは神妙な顔で言った。俺達が遭遇したモンスターは英雄譚などに語られる国堕としだと知り、今更手が震えてきた

 

「俺もモモンも仲間や友人を数え切れないほど失った。その時のモモンの嘆き様は見てられなかった

仮にも国の守護者として尊敬され、モモンがいれば大丈夫と言われるほどの戦士だったからな。何もかも失って、残ったのは友人の娘や息子だけだ」

 

冒険者としては駆け出しだが、モモンは南方では非常に有名な戦士だったのだと知らされた

 

「だからモモンは強くなる事を選んだ。残された親友達の子供達を守れるほどの強さを求めた、そしてそれと同時に父であろうとした」

 

護る強さと自分達の国を滅ぼしたモンスターを倒すことを目的として旅を続け、ここにやって来たのだ。決して華々しい旅路等ではなかった

 

「人を1人殺せば人殺しであるが、数千人殺せば英雄である」

 

「え?」

 

「俺の国の逸話さ、英雄って言うのは常に血に濡れた存在だとな。決して華々しい物なんかじゃない、忌むべき者であるってな」

 

英雄が忌むべき者……そんな事は考えたことも無かった

 

「俺は戦士じゃないし、英雄でもない。だから冒険者にこんな偉そうな事は言えないが、まぁ聞いてくれ」

 

そう笑ったカワサキは飯の上に麺に掛かっていたスープを掛けて、俺に差し出しながら

 

「遠くにある英雄って届かないかもしれない物に手を伸ばすよりも、今手の届く範囲を護るのはどうだ?戦って、人を殺して、モンスターを殺して、そして英雄と呼ばれて、でも自分の家族を失っていたら、それはどうだ?」

 

……カワサキの言葉に俺は返事を返す事が出来なかった。いや、逆に言えば華々しい英雄譚ばかりを考えていたのでは無いだろうか?たたえてくれる仲間。喜んでくれる家族がいない……例え英雄と呼ばれても、それは決して喜べない物だと思った

 

「モモンは英雄と言われるかもしれないが、だが奴は家族も仲間も、親友も失った。孤独で、誰にも弱みを見せることが出来ないのが本当に幸せなことだと思うか?モモンは優しい男さ、助けられるなら助けるが、それは家族が秤に掛かってない時だ。家族か見知らぬ相手かと言われたら、あいつは家族を、仲間を取る。それは英雄と言えるか」

 

1人の家族と見知らぬ100人、どっちかは確実に救えるとしたらモモンは1人の家族を取る

 

「それは英雄じゃないだろう」

 

万人を救う英雄とは程遠い行動を取ると断言したカワサキに俺はそう言った。カワサキの語るモモンは英雄とは程遠いと思った

 

「そうだ。モモンは英雄じゃない、あいつは自分にとって大切な者の味方だよ」

 

だからお前も1度英雄って物を考えてみたらどうだ?と言ったカワサキはそれで黙り込み、俺は差し出された餡の掛かった飯と餡かけ焼きそばを無言で食べ終え、銀貨を1枚机の上に置いてカワサキの店を後にした

 

「なんかずいぶん語ってたねー?」

 

「モモンガさんが英雄とか羨ましいとか嫉妬するとか言われてたからな」

 

カワサキからすればモモンガは寂しい思いをずっとしてきた。そしてこの世界に来てやっと安らぎを得たとも言える。何も知らないで羨ましいと聞かされ、そうではないと反論したくなったのだ。むしろモモンガという人物は最も英雄に程遠い人物だ

 

「あーやだやだ。俺はこういうキャラじゃないのに……まぁ良いか、クレマンティーヌとシズも五目餡かけ焼きそばで良いか?」

 

「うん、良いよー!めっちゃ美味しそうだったし」

 

「……私もそれで良いです」

 

2階から降りてきたシズとクレマンティーヌに振舞う五目餡かけ焼きそばの準備をするカワサキだった

 

そしてその日、イグヴァルジは夢を見た。英雄と称えられる己の姿を。だがそこに共に喜んでくれる仲間の姿も、田舎の家族の姿も無く、血に濡れた姿で、死に絶えたモンスターの上で1人でいる夢をみた。叫び声を上げながら飛び起きたイグヴァルジが宿を出た直後

 

「おじさん。あの時助けてくれてありがとう!」

 

「……お前は……あの時の……親に会えたのか」

 

「本当にありがとうございます。息子から何度も貴方の話は聞きました」

 

助けてくれてありがとうと笑う子供と、息子を助けてくれてありがとうございましたと言って何度も頭を下げる夫婦。親子が姿を消してから、イグヴァルジは走った。仲間がいる宿に、その時のイグヴァルジの顔は涙に濡れ、みっともない物だったがやけに晴れ晴れとした顔をしていたのだった……

 

 

~おまけ~ シズちゃんの美味しい捜索記その3 餡かけ焼きそば

 

今回出された賄はまた見たことの無い料理だった。ユリ姉様が食べるパスタに似ていると思うけど、麺には焦げ目がついていて、茶色のトロミのあるソースとそれに絡められた沢山の具材。パスタとは違うような……

 

「カワサキ、これなーに?」

 

「餡かけ焼きそば。麺をごま油で焼いて、トロミをつけた餡をたっぷり掛けた麺料理だよ」

 

料理の説明をしてくれたカワサキ様は珍しく、私達が座っている机に腰掛け、頭に巻いていたバンダナを外す

 

「流石に餡かけだと餡が零れるからな、それに熱いから立って食うには厳しい」

 

そう笑ったカワサキ様は頂きますと手を合わせ、箸に手を伸ばす。私も食べようとして、フォークに手を伸ばしたのだが

 

「……なに?」

 

「シズ様は髪が長いですからね、髪にソースがついちゃいますよ」

 

クレマンティーヌが私の髪を結わいて、背中に流してくれる

 

「よし、これで大丈夫ですよ」

 

そう笑って椅子に座るクレマンティーヌ、私は少し考えてから

 

「……ありがとう」

 

お礼を言う事は大事と教わっていたので、ありがとうと小さく言うとクレマンティーヌは少し驚いた表情をしてから

 

「全然大丈夫ですよ、それより食べましょう」

 

「……うん」

 

クレマンティーヌと一緒に頂きますと言ってフォークに手を伸ばし、皿の中に視線を向ける

 

(凄い)

 

肉に海鮮に野菜に本当に沢山の具材が入っている。これはもしかすると凄い豪華な料理なのかもしれない、フォークで麺を絡めとろうとするのだが、麺が硬くて思うように巻き込めない

 

「軽く焦げ目が付いてるから、硬いのは表面だけだ、フォークで軽く切る感じで食べるといい。食べてるうちに餡が絡んで柔らかくなってくるから、最初は具材を食べても良いぞ」

 

カワサキ様は箸を動かし切るようにして、麺を小さくしている。それを真似して、フォークで切り分けてから麺を口に運ぶ

 

「美味しい!表面がパリパリしてるから硬いと思ったけど、中はもっちりしてるんだね」

 

外は硬かったが、中は柔らかく、見た目とは全然違う印象を受ける

 

(このソースが良い)

 

醤油とたっぷりの野菜と肉で出汁を取られたスープ。トロミのあるソースはスープの温かさを保つだけではなく、揚げてある麺と良く絡んでいる

 

「んー餡は良いけど、麺はいまいち」

 

「美味しいけど?」

 

「いや、俺もあんまり作らない麺だから正直完成度は7割くらいなんだよなあ……」

 

カワサキ様はあんまり料理の完成度に納得なされていない様子だ。私は今度は麺ではなく、ソースに絡められている具材にフォークを伸ばし

 

「……これなんですか?」

 

「きくらげだけど、どうかしたか?」

 

コリコリとした食感の黒い何か、私はそれをソースの中に戻して

 

「……面白い食感だなっと思いまして」

 

「あ、それ私も思った」

 

味はあんまりしないのだけど、その独特な食感が面白い。また食べたくなる食感だ

 

「んーシズは味付けよりも、食感とかの方がいいのか?」

 

「……どうでしょう?」

 

美味しいを知りたいのだけど、まだ良く判りませんと言うとカワサキ様は柔らかく笑いながら

 

「そのうち判るさ、今は色々食べてみような?」

 

「……はい」

 

美味しいが判らないのに、怒ることも無く、色々食べてみようなと言うカワサキ様に頷く。皆で食べたケーキは美味しいって言えたのに、今は美味しいって感じない。私はゆっくりと餡かけ焼きそばを食べながら、あの時と今の違いはなんだろう?と小さく首を傾げるのだった……

 

メニュー43 カツ丼へ続く

 

 




今回の餡かけ焼きそばはアークス様のリクエストでした。リクエストに参加していただきどうもありがとうございました。
そして餡かけ焼きそばは麺を揚げた「固焼きそば」ではなく、焦げ目をつけた蒸し麺の「上海焼きそば」であるので、そこの所は勘違いなきようによろしくお願いします。とりあえず、イグヴァルジは生存かなー?多分。次ぎ出てくる時はただの客になっていると思いますけどね。次回はカツ丼、そう私のずっと書きたかった料理がやっと書けます!誰が食べに来るかは楽しみにしていてください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします

やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……

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