メニュー48 川崎の本気(その1)
「え?今日はお昼からお休みなんですか?」
食べに来てくれたお客さん全員にお昼からはお休みと伝えると全員が全員、悲しそうな顔をする。最初はお客さんなんて殆どいなかったカワサキの店だけど、今はとても繁盛している
「そうなんですよ。でもこれ、変わりに明日のランチに一品追加のチケット!だから今日はこれで勘弁してね」
エプロンから取り出した明日限定のランチに1品追加と書かれた。カワサキのサイン入りのチケットを手渡す。カワサキ曰く、こっちの都合で休みにするのだから、サービスは大事との事だ
「休みの理由とかあるのかな?」
組合長のさぐるような言葉に苦笑しながら、キッチンに視線を向ける。既に一区切りをつけ、調理を始めているので注文はもう止まっている。今はシズ様が本日は営業停止になりますと言って、ランチチケットを配っている所だ
「特別なお客様が来るんですよ。蒼の薔薇の皆さんが」
「……! それは大層な上客だな。休みにすると言うのも納得だよ。ご馳走様、また来るよ」
カツ丼のお代を置いて席を立つ組合長にありがとうございましたーと言って、お昼から休みと言う看板を持って店の外に出る
「……最後?」
「うん。さっきのお客さんで最後、お疲れ様でした」
外も大分人がいないのでシズ様にお疲れ様でしたと言って、おやすみの看板を立てて店の中に入る
「2階にシャルティアが迎えに来てる、今日はもうゆっくりしてくれていい」
ゆっくりしてくれていいじゃなくて、多分料理に集中したいから邪魔って事なんだよね。
「はーい。じゃあ、今日はもう休むね」
「……お疲れ様でした」
キッチンから返事は無い、よほど料理に集中しているんだろうなと思いながら2階へと登る
「お疲れ様でした。ではナザリックに帰りましょうか?」
まだ元に戻っていないシャルティア様を見て、カワサキの激辛料理が凄まじい劇物だったと言う事を改めて知るのだった……ただ馴染みやすさで言うと、今のシャルティア様の方が親しみやすいかなあっと思わずには居られなかった
くつくつと音を立てて鍋が煮られる、これは昨日ガガーランに特別メニューと言われナザリックに戻ってすぐ調理を始めた物だ。レイジングブルの骨を180℃のオーブンで30分焼き、次に筋の部分を焦げ目が付くまで焼き、骨と共に鍋に入れ硬水を注ぐ。そして玉葱、人参、セロリを油を引かないで鍋で炒める。焦げ目が付いたら、水を加え焦げごと、骨と筋の入っている鍋の中に入れる。勿論焦げ臭くないか確認してからだ、ここで焦げ臭いと全てが台無しになるので良く匂いを嗅いでから投入する。次ににんにくの下の部分を切り落とし、皮ごと鍋の中に入れる、トマトソースを加えたら鍋がひたひたになるまで水を足し、強火で1度沸騰させる。この時大量の灰汁が出るので何度も何度も灰汁を取り除き、沸騰したら弱火にして再び煮る。このときも勿論灰汁が出るので灰汁と脂は丁寧に取り除き、10時間丁寧に煮詰め、早朝ナザリックに来る前に一度シノワで漉し1番フォンを作った。そして店に来る前に、1番フォンを作る時に残った骨と牛筋に再びセロリなどの香味野菜を炒めた物を加え、水とトマトソースを入れて煮詰めた2番フォン
「出来た……」
それが今やっと仕上がった。1番と2番フォンを合わせ沸騰させ、灰汁と脂を何度も取り除いた物を、シノワで再び漉してフォンドヴォーがやっと仕上がった。本当はもっと長時間煮た方が良い味になるのだが、昨日の今日だ。ある程度の妥協と言う物は当然必要だ。だがその分はユグドラシルの貴重な食材と俺の料理の腕でカバーすれば良い
「バターと小麦粉」
それを小鍋に入れ、弱火で加熱しながら木ヘラで混ぜ続ける。バターと小麦粉なので簡単に焦げ付いてしまうので常に混ぜ続ける。小麦粉とバターが混じりモッタリと粘り気を持った物が徐々にサラサラになってくる。そのタイミングで火から卸して濡れ布巾の上に乗せブラウンルーを冷やす
「良し、これくらいだな」
ブラウンルーが冷えた所でフォンドヴォーを入れ、弱火で加熱しながらブラウンルーと練り上げていく、徐々に固まってくるが、この時ブラウンルーの残りがダマになっていては駄目なので、丁寧にダマを練り合わせてダマの感じが無くなったら再びフォンドヴォーを加え練り合わせる
「……ん。こんなもんだな」
ある程度練り合わせた所で、今度は逆にフォンドヴォーの鍋に今練り合わせたブラウンルーを加え、弱火で煮詰めながらマデラ酒を加え、ナツメグと黒胡椒を加えて味を調えてデミグラスソースの完成だ
「うーん」
味は悪くないがやはり決定的に煮込みの時間が足りない。しかし流石にこればっかりはどうしようもないので、幾らスキルでも出来る事と出来ない事があるのだから
「レイジングブルの頬肉っと」
今回の料理ではユグドラシル産の食材を使うことを決めている。最初にフォンを作った時の香味野菜もユグドラシル産のバフ効果を持つ野菜を惜しげもなく使用している。だから躊躇う必要も無い、レイジングブルの頬肉の塊を強火で焼く、表面、裏面、左右全てを焼き固める。この工程で煮崩れを防ぎ、肉汁を肉の中に閉じ込める。それを7つ作り、デミグラスソースの中に沈め蓋をして弱火で煮る
「良し、ビーフシチューの仕込みは終わりと……後は……」
冒険者は皆健啖家だ。色々作る事は既に決まっている、前菜のサラダと、米を使ったメインと、パスタ……それとデザートはあったほうがいいか
「デザートはシホに頼んであるから良いとして、サラダかぁ……」
アイテムボックスを開き、その中に入っている食材を確認する
「金のトマトと、レイジングブルのチーズ……それと……えーっと何だったかなあ?……ま、いっか」
ナザリックの備蓄庫と俺のアイテムボックスに入っている食材は、どれも基本的にバフの効果のある食材になっている。だからどれを使っても問題ない
「これくらいの幅で良いか」
モッツァレラチーズを5mm幅にスライスし、トマトは良く水洗いしてからヘタを取り除き、チーズと同様5mm幅でスライスする
「えーっとどっちにするかなあ」
ウィングポークか、ロック、それともナイト……味自体はデビルボアが最高の味だが、バフで言うと他の種類の方が優れている場合がある。ロックポークは外皮が文字通り岩で出来ており、下処理にとても手間が掛かるが、基礎防御能力向上と加工次第では魔法攻撃に耐性を得る事が出来る。ナイトポークは騎士という訳ではなく、夜にのみ出現するウィングポークの亜種で、脚力や移動スピードに大きく左右する。少し考えてからロックポークの生ハムを取り出して、スライスしてから、更に半分に切り分け、残りをアイテムボックスに戻す
「んー違うな」
トマト、チーズ、ハムでは彩が今一。トマト、ハム、チーズの順番で皿に盛り付け、粗引き黒胡椒と、オリーブオイルを回し掛け、1口サイズに千切ったベビーリーフを散らしてっと
「良し、OK」
味は勿論彩りも最高の物を作る。まぁ後でモモンガさんが怒るかもしれないが、食材自体はまだ残っているし、モモンガさんと俺だけでは到底消費出来る量では無い。保存で鮮度はそのままとは言え、使わないのは余りに勿体無い。食材って言う物は使う為にあるのだから、使う時はババーンと使ってこそだと思うしな。俺はそのまま更にユグドラシル産の食材をじゃんじゃん調理場の上に並べながら何を作るかなーと鼻歌交じりで言うのだった
お昼でナザリックに戻らされたので、リリオット達の居るログハウスに向かって私は歩いていた
「……ユリ姉さんに料理してくる」
と言って凄い勢いで走って行ってしまった。自分で作れるようになった料理を姉に見せたい、自分よりも強い従属神様だがやはり見目通り可愛い所もあるんだなあと思った。シャルティア様は、シャルティア様で
「アウラと一緒にアルベドの自室で一緒にお茶をしますが、クレマンティーヌはどうしますか?」
「え、えーっと、リリオットの所に行きたいので、ログハウスに行きたいです」
では私が連れて行ってあげましょうと言われ、シャルティア様に6階層まで連れて行ってもらうのだった
「ではまた、カワサキ様のお役に立てるように頑張るのですよ」
白いドレス、金髪姿のシャルティア様は外見通り本当のお嬢様だ。いや、カワサキの激辛料理で守護者の皆様の様子がおかしいのは知っていたけど、ここまで変わるんだなあと思うと、本当にカワサキの激辛料理の危険度が良く判る
「ウルウウ」
「あー」
シャルティア様と分かれてすぐ、アウラ様の魔獣に見つかる。咄嗟に両手を上げる、魔獣は私の匂いを暫く嗅ぐと大きく遠吠えを上げ、もう興味は無いと言わんばかりに背を向けて去って行く。多分、私がいるぞと言う事を仲間に教えてくれたのだと思う。内心ホッと溜息を吐き、私は改めてリリオット達の居るログハウスに足を向けるのだった
「大きく実ったねー」
「うん!これならカワサキ様に献上しても何の問題も無いよ♪」
楽しそうなピニスンとリリオットの声が聞こえてくる。ログハウスじゃなくて、果樹園に居るのかな?と足を向けるとやっぱりリリオットとピニスンが楽しそうに林檎の収穫を行っていた
「あ、クレマンティーヌ。おかえりー」
「おかえりー」
ピニスンがリリオットと一緒におかえりーと声を掛けてくれるので、ただいまーと返事を返しながら2人に駆け寄る
「大きく実ったね」
「うん。毎日お世話をして、ピニスンが畑の調整をしてくれたからだよ」
森精霊だけあって、果物や野菜の知識は豊富だ。カワサキに与えられた神の国の果物と野菜を上手に栽培している
「あ、クレマンティーヌ。どうも」
「あいよー、そっちも馴染んだみたいだねー」
エルフの一団が背中に籠を背負ってやってくる。その背中には既に収穫された野菜が詰め込まれていた
「カワサキ様の言うとおり、見てください!やっとですよ!」
嬉しそうに差し出された土を見て、わぁっと言う歓声が重なった。エルフの差し出した土の中には金が確かに混じっていた
「金の野菜、やっとできた!やったー!」
「やったね!これならカワサキ様も喜んでくれるよ!」
金の野菜。上手く栽培できると、収穫した後の土の中に金が混じると言う神の国の野菜。それがやっと収穫出来たと喜ぶリリオット達、色々試行錯誤をしているのを見ていたので、出来たと喜んでいるリリオット達に良かったねと言う
「上手く収穫出来たら、献上する分を残して少し食べていいって言ってくれてるから、これでアップルパイを焼いて貰おうよ」
「え?私もいいの?」
普段何も手伝えないのに、一緒に食べようと誘ってくれてるリリオット達にありがとうと言って、収穫された林檎から少しだけ貰いログハウスに駐在しているシルキー達の元へ足を向けるのだった
「じゃ、私が頼んでくるから~♪」
鼻歌交じりでログハウスに向かうリリオットを見送り、ログハウスの近くに用意されていたベンチに腰掛ける。どうも私はシルキー達には嫌われている。カワサキの従属神様であるシホに嫌われているので、どうもその繋がりで嫌われているようだ。シホがカワサキに想いを寄せているらしく側に居る私に対して良い感情が無いらしい
(凄い複雑)
リリオットのせいで自覚したが、どうもカワサキの事を好きらしい。言われなければ絶対自覚しなかったのになあと深く溜息を吐くとログハウスの扉が開き、ニグンが工具箱を手に、マーレ様とデミウルゴス様と一緒に姿を見せる
「む?クレマンティーヌ?どうしたのだこんな時間に」
「カワサキ様が特別な料理をするから邪魔って」
デミウルゴス様とマーレ様が居るので様付けで言うと、私の話を聞いていたデミウルゴス様はそれならと言って
「今度の休暇の時に魚釣りにいくのですが、何か珍しい魚の話は知りませんか?」
「め、珍しい魚ですか……んー」
なんか色々聞いたことがあるような。うーんっと腕を組んで唸り
「あ、場所は詳しくは知らないんですけど、海で桜色の魚がいるって聞いた事があります」
非常に美味で、美しい魚って噂で聞いた事がありますと言うと、デミウルゴス様はにやりと笑う。あ、それを狙うつもりだなとその顔を見てすぐ判った
「なるほどなるほど、興味深い話ありがとう。ではニグン、マーレのサイズの竿をよろしくお願いしますよ」
ニグンにそう命じ、尻尾を振りながら去って行くデミウルゴス様。その姿に小さくほっと溜息を吐く、口調は穏やかだけど、怖い人だから私あの人あんまり得意じゃないんだよなぁ
「では、マーレ様。失礼します」
「よろしくお願いします」
普段は女装しているマーレ様が男装しているのを見て、ああ、守護者のみんなどこかおかしいんだなあっと思い、私はログハウスから漂って着た甘い香りに、早く出来ないかなーと思いながら、竿の加工をしているニグンと、そんなニグンを熱心に見つめるマーレ様を見つめているのだった……
なおゼンベルとザリュースはと言うと
「お前達は鍬を持った事すらないのか!こうやって!こうだ!」
「は、はい!!」
気持ちの整理をする為に畑の開墾をしているカジットの元で、鍬の使い方がなっていないと叱られながら、なれない素振りで鍬を振るっていたりするのだった……
「だから余計な事は言わない方がいいんだよ」
畑仕事に興味があるといったザリュースとゼンベルのミスをブレインは笑いながら余計なことをと呟き、木陰で横になりながら普段のレベリング疲れを癒しているのだった……
ちゃんとした料理を作っているので、店に来る前に宿で汗を流してきてくれとモモンガさんにメッセージを送ってから、俺は休む事無く調理を続けていた
「うーん、良い匂いだ」
黄金の海老の殻をオリーブオイルで炒め、その風味が出て来て良い香りがしてくる。それを目安にして、濃し器で海老の風味がたっぷりと出たオリーブオイルと殻を分ける。そして海老油を再びフライパンに引いて、にんにくのスライスと唐辛子のスライスを加え、弱火で丁寧に炒める。焦げ付かせないように、丁寧に炒め、海老油ににんにくの香りが移ったタイミングで剥いた海老とスライスしたマッシュルームを加え、オリーブオイルを具材が浸るまでたっぷりと注ぎ、塩・胡椒で下味とバジルを加え、弱火で丁寧に煮詰める
「アヒージョもOKっと」
バゲットも出すつもりなので、焼いたバゲットにオイルをつけて食べる。これも中々良い物なんだよな
「後は……」
ビーフシチューだから、肉を使う料理は控えるから……
「あ。そうだそうだ」
トマトソースをまた作り直すから、残っている分を使ってしまおうと思い。冷蔵庫からトマトソースの残りとアイテムボックスからアサリを取り出す、パエリアに使ったのではなく、ユグドラシル産。バットの上に取り出すとオーロラのようなゆらめきを放つアサリ
「……何アサリだったか」
なんかけったいな名前だったのは覚えているが、アサリの部分以外興味が無いので、正式名称は忘れてしまった。確か、賢さとか魔法に関係のある事は覚えているんだが、それ以外はまるで思い出せないが
「まぁ良いか」
アサリなのだから何も問題は無い、ちゃんと仕舞う前に砂抜きと洗いは済ませているので、それをそのままバットの上に移し、にんにくと玉葱を微塵切りにし、ベーコンは1cm幅の薄切りにし、パセリも微塵切りにしておく
「よっし、これでOKっと」
米を綺麗に洗い、ザルの上にあげ、これで材料の下拵えは終わりだ。フライパンにバターをいれ弱火で溶かし、バターが溶けて来たらにんにくを加え少しだけ火を強くして炒める。にんにくの香りが出てきたらベーコンを加えて炒める
「食堂が性に合っていたと思うが、案外良い物だな」
食堂の大衆食と言うのもいいが、こうして丁寧に作る料理も良い、別に普段の料理も手抜きしているわけでは無いが、余計にそう思う。ベーコンから油が出るまで炒めたら玉葱を加え、玉葱が透明になるまで炒めたら、生米を加え、透明になるまで炒める
「頃合だな」
米に十分に火が通ったらトマトソースを全部鍋の中にいれ、少しだけ水を加える。そしてアサリを並べて、塩胡椒で軽く味を付けて蓋をして強火にする
「シチューはどうかな?」
沸騰するまでは大丈夫なので、シチュー鍋の前に移動して、少しだけ味見皿にとって味見をする
「うん、良い具合だ」
やや旨味が足りないかと思っていたが、食材の持っている出汁が良い具合に出てくれている。それは俺の予想していた味よりも1段上で、これなら時間まで煮れば丁度いい具合になると確信する。
「後はグラタンとパスタっと」
トマトのピラフを作っているから、ミートソースは駄目だな。パスタはぺペロンチーノにして、グラタンは鶏肉と茄子のグラタンなんていいんじゃないだろうか
「そうと決まればっと」
グラタンを作るにはまずホワイトソース、これが大事だ。小麦粉を鍋で炒め、焦げ付かないように注意して炒める。ある程度炒めたら牛乳を少しずつ加え、火を弱火に変える。小麦粉と牛乳が混じって来たら、モモンガさんとシャルティアの食事の時に出したコンソメを加える。大鍋で作ったのでまだ全然残っている。ナザリックの食堂で提供しているが、それでもまだ全然残っている……ちょっと作りすぎた気もするなと苦笑する。コンソメを加え、ホワイトソースの量が増えた所で、弱火にして煮る
「茄子と鶏腿肉と玉葱」
具材はシンプルに茄子と鶏腿肉だけにする。両方とも食べやすい大きさにカットし、玉葱は食感を出す為に、荒くざく切りにし、バターで炒める。味付けは俺の渾身のコンソメが溶け込んだホワイトソースにこれでもかと付いているので、具材には味をつけない。鶏腿の色が変わり、玉葱が透明になるまで炒め。隣の鍋に視線を向ける
(計算通りっと)
具材が炒め終ればホワイトソースに良いトロミが付くと思っていたが、まさに丁度いいタイミングだ。トロミの付いたホワイトソースを加え、本当に少量の塩・胡椒で味を調え、バターを塗った小振りな耐熱皿に入れて、パン粉とチーズを上に振りかけ、オーブンの中に入れる。やや作りすぎな気もするが、7人と言う大人数だし、残ることは無いだろうと判断する
「さてと、行けるかな」
首を鳴らし、肩を回す。シホに偉そうな事を言っておいてなんだが、ぺペロンチーノを作るのはずいぶんと久しぶりだ。具材が少ないから料理人の腕が味に100%影響する。極めて難易度の高い料理……俺も修行をしている時にOKをもらえるのにそれこそ、何年も苦労した代物だ。
「スパゲッティは1.9mm、にんにく、唐辛子、パセリ、アテナのオリーブオイル」
エキストラバージンオリーブオイル。オリーブの実を絞っただけのオイル。その中でも香りと成分が一定の基準を超えた物だけがエキストラバージンオリーブオイルを名乗る事が許される、これはそのEXオリーブの中でも更に稀少な物。ユグドラシルのなんかのイベントで限定で配布されたオリーブ。その名も「アテナのオリーブ」。昔の神話の中で登場した女神アテナが作ったとされる貴重な木の実、加工することでHPを100%回復するポーションになり、更には魔法の触媒にもなると言うそれを、ギルメン会議でポーションに加工したいと言う面々の意見と真っ向から戦い、最終的に俺の要望がとおり、イベントで獲得した4つの内2つを使って作り出されたオリーブオイル。その効能は脅威の、全てのステータスを2段階向上させるという規格外の効果を持った、俺が所有する伝説の食材の中でも更に跳びぬけた効果を持つオリーブオイルだ。
「良し、始めるか」
シホがケーキを持って来てくれる時に食べさせようと思っていたので、そろそろいい頃合だろう。冷たいフライパンにアテナのオリーブオイルを入れ、にんにくと赤唐辛子を加え弱火で炒める
「焦げ付かせないように常にフライパンを振る」
工程を口にすることで、常に状態を確認する。これは俺が師匠に教わった作り方だ、料理で不安に思うのなら工程を口にしろと言われた、今はそれをやることもなくなったが、ぺペロンチーノ。これだけはその時の癖が抜けない
「狐色に成るまで炒めたら。鍋にたっぷりのお湯を沸かし、粗塩を加えスパゲッティを茹でる」
ソースで茹で上げるため、茹で時間はやや短め
「イタリアンパセリを加え、香りが立つまで炒める、香りが出てきたら茹で汁を2杯加える」
スパゲッティが茹で上がったら、水を切らずそのままフライパンの中に入れて
「火は中火で、フライパンを振り続ける」
油とゆで汁が乳化し、ソースが重みを持つまでフライパンを振り、空気を含ませながら炒める
「良し、完璧だ」
汁気が無く、ソースでスパゲッティが艶やかになったら完璧な仕上がりだ。フォークで少しだけ取り、味見をする
「……少しだけだな」
ほんの少し、摘まむ程度の塩を加え、全体に馴染ませる。これで完成だ
「カワサキ様、デザートの準備が終わりましたので待ってまいりました」
「ありがとうシホ」
シホが持ってきてくれたのはフルーツゼリーだった。ケーキなどでは重いので、さっぱりとした物を頼んだので季節のフルーツゼリーと言うのはピッタリだ
「悪かったな。これは俺が作ったぺペロンチーノだ。手間を取らせた侘びだ、食べてくれ」
「そんな手間なんてとんでもありません」
手をぱたぱたと振ってそんな事はありませんと言うシホ。普段と違うなんと言うか、外見相応のやや幼いという仕草に苦笑しながら
「じゃあ俺からのお礼だ。食べてくれ」
小さめの皿に盛り付け、フォークと共に差し出す。シホはぺペロンチーノと俺の顔を交互に見て、暫く悩む素振りを見せてから
「いただきます」
「はい、どうぞ」
フォークを手に取り、スパゲッティを綺麗に丸め口に運んだシホは大きく目を見開く
「……美味しいです。全然、私の作るのと違う」
「まぁ食材とかも違うのを使っているってのもあるけど、前にシホが作った時はピュアオイルだっただろう?」
精製されたオリーブオイルをピュアオイルと言う、本来は加熱にはこちらの方が適しているとされるが、エキストラバージンオリーブオイル。これでぺペロンチーノを作ることは間違いでは無い
「今度作る時はエキストラバージンオリーブオイル。それとソースとスパゲッティを和える時は空気と絡めながら混ぜる、これがコツだな」
ぺペロンチーノを食べながら、こくこくと頷くシホ。夜の食堂も忙しいので名残惜しいですが、帰りますと言って2階で待機していたシャルティア(にんにくの匂いが強くて、階段を下りることを拒否したらしい)と共にナザリックに帰った
「さて……と」
料理の準備は出来ている。完成した順から保存を掛けているので冷めてしまうと言う事はありえない、後はグラスとワイン。食器の準備だけだ。2階へ足を向け机の確認、テーブルクロスの準備にナプキン等の準備を終え、汚れているコックスーツから神話級のコックスーツに着替え、ネクタイを締めて、1階に降りる。丁度そのタイミングで扉が開く、ここからが俺の戦いの始まりだ……パンドラが教えてくれた、俺が俺で無くなる。それは確かに恐怖ではある、だが俺には俺であると言う確信の持てる事は1つしかない。そして自分が生涯を掛けて望んでいることもまた1つしかない
「いらっしゃいませ、お待ちしておりました」
今から俺は食堂の店主の「カワサキ」ではなく、そしてクックマンの「カワサキ」でも無ければ、モモンガさんの友である「カワサキ」でも無い。料理を極める事を望み、まだその道の途中である1人の料理人「川崎雄二」なのだから……
シズちゃんの美味しい捜索記その8 エビフライ
カワサキ様が特別な料理を作るので本日の営業はお昼までとなった。昨日もナザリックにお戻りになられ、料理の準備をしていたのできっと私達が見たことも無いような料理を御作りになるのだろう
「集中して料理をしたいから、悪いけどクレマンティーヌもシズもお昼を食べたらナザリックに戻ってくれ」
普段と違い険しい顔をしているカワサキ様を見て、そんなに難しい料理を作るのかと私もクレマンティーヌも驚いた
「今日は賄いで適当じゃなくてちゃんと料理にしたから、勘弁してくれ」
そう笑ったカワサキ様が私達の前に置いてくれたのは、30cmはあろうかと言う巨大な海老フライ、しかもそれが2尾だった。そしてタルタルソースとロールパン
「仕込み段階だけど、シチューな、これでも十分美味しいから」
そう言って置かれた茶色いシチュー。具材は入っていないのに、目を惹かれるそんな料理だった
「食べ終わったらカウンターに置いておいてくれ、後で片付ける」
カワサキ様はそう言うと厨房に引っ込んでしまい、ぶつぶつと何か呟いている声がするからよほど集中しなければならないのだろう
「あんなカワサキ初めて見たかも」
「……お邪魔したらいけないから、早く食べてナザリックに帰ろう」
クレマンティーヌとそんな話をしながら、ナイフとフォークを手に取り、巨大なエビフライにナイフをいれる。ザクリという音を立ててエビフライが切れるのだが、その肉厚さに驚き
(……中が金色)
鮮やかな金色の身を見て驚く、これは間違いなく御方達が食べることを許される特別な食材だ。それを食べさせてもらえることに感謝するのと同時に、シモベが口にしても良いのかという畏怖を抱きながら切り分けたエビフライを口に運ぶ
「「---ッ!」」
私もクレマンティーヌも声が出なかった。肉厚でジューシーな海老、ぷりぷりとしているその食感、しっかりとした歯応えがあるのに薄い衣。そのどれもが素晴らしい
「めちゃくちゃ美味しい」
「……美味しいは判らないけど、これは物凄く好き」
タルタルソースをつけなくても素晴らしい味わいだ。殻も丁寧に剥かれているので、口にあるのは海老の食感だけだ
「……あむ」
今度はタルタルソースをつけて食べてみたが、一瞬意識が飛んでいたと思う。濃厚な卵の旨味と酸味のあるソース、それは完璧にエビフライと完全に1つになっていた
「……美味しい。今までで1番美味しい」
「……こくこく」
クレマンティーヌの言葉に頷き、海老を切り分けようとするとクレマンティーヌはロールパンをナイフで切って、タルタルソースと海老を挟んで頬張る
「思った通りパンと物凄く合う、おいひい」
あむあむと幸せそうに食べている姿を見て、私も真似をしてパンにエビフライを挟み
「……あむ」
エビフライとタルタルソースに加えて、柔らかく甘いパン……シモベがこれほど良い物を食べて良いのかと思うほどに素晴らしい物だった。
「あむあむ♪」
エビフライにタルタルソースを付けてパンに挟んで食べて、味は変わらないのに、どこまで食べても飽きない
「……どうかした?」
シチューを食べて目を見開いているクレマンティーヌに気付きどうかした?と尋ねると、クレマンティーヌはぷるぷると震えて、言葉もでない様子でこくこくと頷いている。シチューがそんなに美味しいのかと思い、スプーンでシチューを掬って口に運ぶ
「「……コクコクコク」」
言葉もでない素晴らしい味わいに私もクレマンティーヌも何度も何度も頷きながら、シチューとエビフライを食べ終え、ナザリックへと戻ることになった
「シズ様はどうするんですか?」
クレマンティーヌの問いかけに私は歩き出しながら返事を返した
「……ユリ姉さんに料理してくる」
カワサキ様に美味しく出来たと褒めて貰えた料理をユリ姉さんに作る為に、私は早足でプレアデスの待機所へと向かうのだった……
メニュー49 川崎の本気(その2)へ続く
今回は前編料理フェイズ、後編は食事フェイズで書いて行きます。なお今回と次の話はカワサキではなく、川崎です。雰囲気や気迫が異なるマジモードなのであしからず、それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします
やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……
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間違っている
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間違っていない