生きたければ飯を食え   作:混沌の魔法使い

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メニュー55 日替わり定食(2~5)

メニュー55 日替わり定食(2~5)

 

 

正午を告げる鐘を聞いて、商会の従業員に声を掛けて店を出る。歩きながらジャケットを羽織り、早足で目的地の店までを駆ける男性の姿があった……彼の名は「バルド・ロフーレ」エ・ランテルで幅広く食料品の取引を行っている商人だ

 

(今日は一体どんな物を食べさせてくれるのか……)

 

冒険者組合の近くで店を構えた南方の男……カワサキ殿。やや目付きが鋭く、体格も立派なので威圧感があるが、話せば何のことは無い、気のいい男だった。

 

(とても良い上客と取引が出来た)

 

南方の男に売るものなど無いと商品を売ることを拒否していた商人組合、どうしても欲しければ2~3割増しと脅している姿を見たが、それに対してカワサキ殿の言葉はすかっとした物だった

 

『そうかいそうかい、じゃあ俺はそんな偉い連中の所の物なんかいらねえよ。保存を掛けて南方から持って来た食材がこれでもかってある……海の食材もな。邪魔したな、2度とこねえよ』

 

何十人を相手に啖呵を切ったその姿に目を引かれ、私が彼に声をかけたのだ。話を聞けば、南方から祖国を滅ぼしたモンスターを追って旅をしているらしく、最近頭角を現してきたモモン殿の友人ともなれば、これは紛れもなく上客になると私は判断した。だから食材は私が融通を利かせましょうと言ったのだが、カワサキ殿は嬉しそうに笑いながら

 

『それなら見せて貰っても?』

 

私はカワサキ殿の言葉に勿論と返事を返し、私の店へと案内したのだが、カワサキ殿の目利きは確かだった。良い物を見極める眼力と言う物を持っていたのだ

 

『これだけの食材は実に嬉しい、いくらか俺の店に卸してくれないか?』

 

私は勿論カワサキ殿の言葉にこちらこそよろしくお願いしますと頼み込んだ。カワサキ殿の店はこれから繁盛する、商売人の感性でそれを感じ取っていたからだ。そして契約を結んでから私はカワサキ殿の店に通うようになった

 

「いらっしゃいませー」

 

「……いらっしゃいませ」

 

カワサキ殿の店は既にエ・ランテルでは名が通っている。南方の珍しい料理に加え、美人のウェイトレス2人も非常に評判が良い

 

「いらっしゃい、ロフーレさん」

 

厨房から顔を出すカワサキ殿に挨拶を返し、カウンター席に腰掛ける。ここは厨房の中も見れるし、カワサキ殿の話も聞ける。中々都合の良いポジションなのだ、急いで来たから私が1番の客のようだなと店内を見て一息つく

 

「……どうぞ」

 

「ありがとう」

 

何時も通り突如背後から差し出される水とおしぼりにドキリとしながらも、それを受け取り温かいおしぼりで手を拭う

 

「今日も日替わり定食で良いんですか?」

 

「ああ。それで頼むよ」

 

毎日違う料理が食べれると言うのも出てくるまでの楽しみの一つなのだが、飯とスープと漬物に加えて、本来なら銀貨1枚や2枚という料理を量こそ少なくなるが、銅貨3枚で食べれるのは魅力だ。だから私はいつも日替わり定食を頼む

 

「じゃあ暫くお待ちください」

 

厨房から聞こえてくる調理の音。今はまだ正午になったばかりだから人が少ないが、後もう少しすれば冒険者組合や、兵士の詰め所の兵士。それに依頼を終えた冒険者達で一気に賑やかになる……だがそれは商人からすれば歓迎するべき物だ。今何を欲している、どんな物を探していると言う情報を無料で聞く事が出来る。そしてそれは商売の売り上げに直結するのだから喜ばしいことだ

 

「はい、お待ちどうさま。今日の日替わりのチンジャオロース定食だ」

 

トレーに乗せられ、私の前に置かれた料理に思考の海から引き上げられる。白い米に、刻まれた黄色の野菜に、味噌汁と言うスープ、ここまでは定食の普段のラインナップだ。しかしトレーの中心の大皿……これが今日のメインだ

 

「野菜の炒め物かな?」

 

嗅いだことの無い香りだが、見た所普通の野菜炒めのように見える。色鮮やかな赤と緑の野菜と肉がトロミのついた餡に絡まっている

 

「チンジャオロース。牛肉の細切りとピーマンと筍、それを醤油とオイスターソースで炒めた物になります」

 

牛肉か、確か先日牛肉を卸したが、まさかその時の牛肉だろうか?鮮度は悪くないが、やや老いた牛だったはずだが……

 

「いただきます」

 

暖かい内に食べるべきだと思い、頂きますと口にしてからフォークに手を伸ばす。ガゼフ戦士長やモモン殿が口にしているので、私もいただきますと口にするようになってしまった

 

「ふーふー」

 

南方特有の主食の米、これは麦に良く似ているが麦よりも味が素晴らしく、噛んでいると甘みが増してくるのが素晴らしい

 

「ズズウ……」

 

そしてこの味噌汁、やや辛いその独特な味わい。米と味噌汁、それだけでも十分に食事になるレベルだ

 

(やはりカワサキ殿の腕は素晴らしい)

 

得意としているのは南方の料理だが、私達が見たことのある料理も希望すれば作ってくれるのだが、その料理自体もやはり名店と言われる店よりも素晴らしいと私は思っている

 

(どれどんなものか)

 

オイスターソースと言うのは聞いたことが無いが、味付けに使うとなるとやはり調味料なのだろう。どんな味なのかと期待しながらチンジャオロースとやらをフォークで持ち上げて頬張る。最初に口に広がったのはカワサキ殿の店に訪れるようになってから、良く口にするやや塩辛い味……醤油と言う調味料の味なのだが、それが普段よりも濃く、味わい深いように感じる

 

(これは……なんだろうか)

 

味自体は醤油に似ている。だがもっと旨味があり、風味が強いように感じる。醤油とは別に何か良い香りの調味料も使われているのが判るが、それがなんなのかと言うのは当然だが、まるで判らないな。一体、カワサキ殿の料理の引き出しはどれほどの種類があるんだろうな。そんなことを考えながら口を動かしていると食感の良い野菜が歯に当たる。しゃくしゃくと歯応えが良く、やや苦味があるのだが、柔らかい独特な味が顔を見せる

 

「うん。美味い」

 

やや濃い目の味なのだが、それが米と一緒に食べると実に丁度良い。野菜炒めと侮ることなかれだ……味付けだけではなく、食感でも楽しませてくれている。

 

(次はっと)

 

野菜の中にたっぷりとある肉の塊、細切りにした牛肉と言っていたが、それは思ったよりも身が厚い。噛み締めると歯応えが良く、肉に脂もたっぷりと乗っている。文句無しの絶品だ

 

「……美味い、これはカワサキ殿が保存して持って来た肉ですかな?」

 

自分の卸した肉とは思えずにカワサキ殿に尋ねると、カワサキ殿ははずれと笑いながら

 

「ロフーレさんの所で卸して貰った肉だよ」

 

「馬鹿な!?」

 

あの老いた硬い牛肉がこんなに柔らかいなんて信じられずに叫ぶとカワサキ殿は上機嫌に笑いながら

 

「旅の間で食材のやり繰り、下拵えはこれでもかって知ってるからな。下拵え次第で肉の柔らかさや味はなんとでもなるよ」

 

企業秘密だからそれは教えれないけどなと笑うカワサキ殿。その話を聞いて自分のカワサキ殿は素晴らしい料理人と感じたのは間違いではなかった。どう言う下拵えをされたのかは不明だが、柔らかくジューシーな牛肉とこの独特のソースがたっぷりと絡められていて実に美味い

 

(素晴らしい、これで本当に銅貨3枚とは)

 

普通のチンジャオロースよりかは少ない、それでも食事と考えれば十分すぎる量だ。牛肉と野菜、それを同時に食べても美味い。やや濃い口で口が重くなってきたと思ったら野菜かスープで口の中をさっぱりとさせれば、またいくらでも食べれそうになってくるから不思議だ

 

「ごちそうさま。カワサキ殿、お代はここに置いておくよ」

 

「まいどー、また御贔屓にー」

 

厨房から聞こえてくるカワサキ殿の声。代金の銅貨3枚を置いて席を立つ、今日は私が食べている間に冒険者達が来ずに情報を得れなかったが、そういう時もあるだろうと前向きに考え、店を出ようとすると扉がガラっと開く

 

「カワサキ君、いつもの1つ」

 

「アインザックさんいらっしゃい、カツ丼大盛りですね」

 

冒険者組合のアインザック殿と魔術師組合のラケシル殿が2人でカウンター席に着く、アインザック殿は気軽い感じでいつものと声を掛ける。

 

「カワサキ君。カツ丼のカツなのだが、柔らかく煮ないで、サクサクのまま食べたいと言うのは無理かね?」

 

全然大丈夫ですよと言うカワサキ殿の声を聞きながら店を出る。

 

「カツ丼……か」

 

日替わり定食には出ない丼物……日替わりで食べれないメニューもある訳で

 

「明日は別のにしてみるかな……」

 

カツ丼とやらに興味が湧いたし、何よりも冒険者組合と魔術師組合にいい橋渡しになるかもしれない。私はそんなことを考えながら、自分の店へと足を向けるのだった……

 

 

 

 

 

 

 

やや焦った様子でカワサキの店に向かう女性の姿があった。やや癖のある赤毛と左目の下の泣きホクロと健康的に日焼けした褐色の肌をした鉄級の冒険者ブリタだった。彼女は必死の形相でカワサキの店へ走り、店の扉を勢いよく開いた

 

「す、滑り込みぎりぎりセーフ!?」

 

「……ギリギリですね」

 

お昼の営業時間ギリギリだった。カワサキさんの店のウェイトレスのシズちゃんが営業終了の看板を出そうとしていたので、本当に危なかった

 

「もう少し余裕を持ってきなよー?ブリター」

 

椅子に腰掛けニヤニヤと笑うクレマンティーヌ。安くて美味しくて、ツケも利く。鉄級なのでお金には常に困っているので、あたしがこの店の常連になるのにそう時間は掛からなかった

 

「いやさあ、依頼帰りなのよ。あの豚!支払いの段階で渋ってさぁ!」

 

あの豚みたいな貴族。他の店ならチクられる心配があるが、カワサキさんはそういう性格じゃないので、思う存分愚痴を言う

 

「確かに野草集めなんてそう難しい依頼じゃないけどさ、ここ最近の情勢を考えろっての!」

 

何もかも吸い込むとか言うわけの分からないモンスターがいる状況での野草集め。危険と言う事で冒険者組合も普段の額よりも高く設定してるのに、それをいざ商品を納品する段階で文句を言うとか、本当に最悪

 

「そりゃずいぶんと災難だったな」

 

「うん、ホントーに最悪だった……カワサキさん、今日の日替わりは~?」

 

もう疲れたので、美味しい物を食べて気分転換をしたいと思う。今日の日替わりはなんですか?と尋ねる

 

「コロッケとメンチカツ定食だけど、それで良いかい?」

 

「うん、それでお願いしますー」

 

カウンター席に突っ伏すとシズちゃんがおしぼりと水を差し出してくれる。それで顔を拭いて、水を飲んで一息つく

 

「貴族相手の仕事だったの?」

 

「ううん、最初は薬品街の仕事だから引き受けたんだけどさ、ほら。あれバレアレ商店のあとに幅を利かせようとしてる薬師だよ」

 

カルネ村に隠居してしまったバレアレ商店のリィジーさんとンフィー。その後に顔を利かせている薬師の後盾があの豚貴族だ

 

「あー評判悪いらしいね」

 

「本当にね」

 

バレアレ商店のポーションを超えると言う売込みだが、値段が高い上に効果もさほど良いものでは無い、しかも薬品街の薬師達にもつまはじきにあい、まともにポーションの材料も揃えれないらしいし

 

「はい、コロッケとメンチカツ定食おまちどうさま」

 

「わー待ってましたぁ!」

 

話をしている間にカワサキさんが料理を終えたみたいで目の前に料理のトレーが置かれる。ご飯とキャベツの千切りとトマトのサラダに、味噌汁に漬物、それに揚げ立てなのか、ジジジっと音を立てる半分に切られている4つの塊。コロッケとメンチカツが2個ずつと言う事なのだろう

 

「これはソースな。うちのコロッケもメンチも味がついてるからそのままでも大丈夫だけど、ソースをつけて食べるともっと美味しいぞ」

 

じゃあごゆっくりと言って厨房に引っ込むカワサキさんと、シズちゃんとクレマンティーヌ。閉店時間に私1人なので店を貸しきりにしている様な気がしてなんか気分がいい

 

「うーん、美味しそう」

 

揚げ立ての揚げ物程贅沢なものは無いよね。いただきますと手を合わせて、フォークを手に取る

 

(そのままでも美味しいって言ってたし)

 

まずはそのまま食べてみよう、半分に切られているので中身も良く見える。片方は肉がたっぷりと使われている

 

「まずはこっちと」

 

片方は判るけどもう片方が良く判らないので、まずは良く判らない方から食べてみようと思いフォークを刺して頬張る

 

「あふっあちち……」

 

熱々の揚げ物なので口の中で転がして熱を取る。だけど熱過ぎて味がよく判らなかったのでフォークで小さく切って冷ましてから頬張ってみる

 

(あ、芋だ)

 

これはどうも潰した芋を丸めて揚げた物だったようだ。ほくほくとした芋の食感と甘み、噛み締めていると他の食感が混じってくる。なんだろう?と思い噛み締めているとその正体が判った

 

(お肉だ)

 

細かく切られた肉。それが潰された芋の中に混ぜられている、肉のジューシーな味が芋に染みこんでいる。さくりとした食感もあり非常に美味しい。サラダも新鮮な野菜がたっぷりと使われている、これで銅貨3枚って本当に安くて冒険者にはありがたい

 

「ッ!美味しいッ!」

 

今度は肉が使われているほうを食べてみたのだが、挽肉がたっぷりと使われていて独特な噛み応えに加え、ジューシーな肉の味が口一杯に広がる。ご飯に自然とフォークが向く

 

(ああ。本当に美味しい)

 

冒険者組合の近くで冒険者にも優しい値段設定。本当にカワサキさんの店が出来て良かったと思う

 

(今度はソースっと)

 

ソースをつけても美味しいと言われていたので、コロッケの半分に今度はソースをつけて芋のほうを食べる

 

「んー」

 

思わず食べた瞬間に身体が震えた。ソースの酸味のある複雑な旨味が芋に染みこんでいて実に美味しい。ソースだけで何倍も美味しくなるなんて

 

(メンチカツも美味しい)

 

肉の旨味がたっぷりのメンチカツにソースの酸味は凄く合う。サラダも味噌汁も美味いし、本当に言う事の無い最高の食事だ

 

「カワサキさーん、ご飯お代わりくださーい」

 

「はいよー」

 

冒険者プレートを見せればご飯とスープがお代わり自由なんて本当に嬉しいサービスだ。

 

(まだコロッケもメンチカツもあるし♪)

 

まだ半分残っているコロッケとメンチカツ。これがあるのにご飯をお代わりしないなんて勿体無い、ソースを掛けたコロッケとメンチカツを前にあたしはにこりと微笑むのだった

 

「あーちょっと食べ過ぎたぁ」

 

満腹になったお腹を摩りながら大きく伸びをする。少し食べ過ぎた感もあるが、そのおかげで依頼でのむかむかは綺麗さっぱり消えた

 

「お土産もくれたしー♪」

 

今日は疲れたと言う話を聞いていたのか、メンチカツサンドをお土産に持たせてくれた。顔は怖いが、やっぱりカワサキさんは優しいなあ

 

「♪♪~」

 

あたしはカワサキさんの店に行く前のムカムカも忘れ、鼻歌を歌いながら宿へと足を向けるのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

「エ・ランテルの冒険者組合の近くか」

 

俺は王都からエ・ランテルまで馬を使ってきた。その理由は姪のラキュースが滞在しているという理由ではなく、最近王都でも有名なカワサキと言う料理人の店に来てみたいと思ったのが理由だ。まぁ表向きはこの周辺に出ると言うモンスターの情報収集となってる

 

「あ、アズス殿!お待ちください!」

 

「うるせえなあ、飯食いに来ただけだ、すぐに帰る」

 

自分を追いかけてきた兵士をぎっと睨み早足で歩き出す。屈強な体格の戦士という様相の大男……アダマンタイト級冒険者「朱の雫」のアズスその人がエ・ランテルに訪れていたのだ

 

「いらっしゃいませー」

 

カワサキの店に入ると金髪の給仕が愛想よく迎え入れてくれたが、その女を見て眉を吊り上げる

 

(こいつ人殺しか)

 

愛想のいい顔こそしているが、全身に纏わりついている血の匂いは消えない。そんな女を雇っている……知ってか知らずか、とりあえずカワサキと言う男に対する警戒度があがる

 

「あ。アズス殿!?」

 

「おう。アインザックか」

 

カウンター席に腰掛けているアインザックがぎょっとした顔で俺を見る。知人がいると言う事もあり、カウンター席に腰掛ける

 

「……どうぞ」

 

「ん。ありがとな」

 

席に着くなり水とタオルが差し出される。その気配の殺し方には驚いた……暗殺者か?なんにせよ。カワサキの店には戦力として優れた人物がいると言う事が判った。護衛か、それとも営業の裏で裏家業をしているか、そこが気になるところだな

 

「何を食べてるんだ?それ?」

 

甘い香りのする黄色い料理を見てアインザックに問いかける

 

「これはカツ丼と言う肉と卵を使った料理で、それよりも何故エ・ランテルに」

 

アインザックの問いかけに飯を食いに来ただけだと返事を返し

 

「この特日替わり定食とやらを1つ」

 

銀貨1枚の日替わり定食を頼む。店に入るときに海の魚を使ったと書いてあったので興味があった

 

「こちら魚料理になりますが大丈夫でしょうか?」

 

「ああ。それで頼む」

 

確認のために顔を出したカワサキにそう返事を返しながら、カワサキを観察する。体格は大柄、筋肉も良く付いている。目つきも鋭く一見料理人ではなく、冒険者にも見えなくは無い

 

(南方では冒険者だったか?)

 

まぁもう少し様子見だなと思いながら、店内を見る。余り見ない作りのレストランだ、だが客は多く笑顔に満ちている。それだけ美味いと言う事か……

 

「カワサキ君。ご馳走様、また来るよ」

 

「毎度ー」

 

アインザックがそそくさと逃げていく姿を見て苦笑しながら、水を飲み料理が来るのを待つ

 

「はい、お待たせしました。本日の特日替わり定食。鰆の煮付け定食になります」

 

俺の前に並べられた料理を見て、思わず目を見開く。まずはアインザックも食べていたカツ丼に使われている米、それにスライスされた野菜とやや白っぽい色をしたスープ、中身は緑色の野菜の姿がある。黄色の卵の料理に甘い香りのする魚。中々豪勢だと思っていたのだが

 

「おいおい、まだ出てくるのか?」

 

「後掻き揚げも出ますけど?」

 

……こいつ大丈夫か?目の前に並べられた白い何かと芋を煮た物と野菜を使った揚げ物……これで銀貨1枚で元が取れてるのか?と少し心配になったが、まぁ安くて多く食べれるなら文句を言う筋合いは無いか。俺はそう判断して箸に手を伸ばす。若い時に商人から買って使ったことがあるので、俺は箸を問題なく使えるからな

 

(どれから行くかな……)

 

思ったより品数が多いので、何から食べるか少し悩み。卵を使った料理に箸を伸ばす、丁寧に焼かれ、何層にも重ねられた卵料理。しかも焦げ1つ無いので、カワサキの料理人としての腕がこれ1つでよく判る

 

「……んむ」

 

少し辛い味だ。だがそれは決して嫌な味では無い、卵の味を引き立てる。そんな味付けだ

 

(米……うむ)

 

見た感じは麦などに似ているがそれよりも白い、口に運ぶとその違いが良く判る。甘いのだ、噛めば噛むほど甘くなる

 

(なるほど……美味い)

 

たった2品。それだけでカワサキの料理の腕の良さがわかる

 

「店主。これはなんだ?」

 

「冷奴ですね。豆腐です、豆を使った物で身体に良いですよ」

 

豆?豆がこれに?……なんにせよ食べてみるか、箸で触れると簡単に崩れるそれを口に運ぶ。味自体は非常に淡白だ、ソースの味わいで味が付いているのだが、この味は嫌いじゃない。なんと言うか、舌に馴染む。そんな感じだ

 

「……うん。美味い」

 

次に口に運んだ芋の煮物。茶色い汁で煮られていて、芋にもその色がついているのだが、噛み締めると少し粘りのある食感だ。だがその粘りで味がしっかりとしていて米と非常に良く合う

 

「……甘い」

 

野菜を揚げた物は予想に反して甘い。だがこれは野菜の旨味とでも言うべき甘さなのだろう、だが甘いだけではなく、食感もさくりとしたものや、トロリとした物。1個の揚げ物なのに実に多彩な味わいだ

 

「お代わりを」

 

メインの魚を食べる前に米を食べ終わってしまったのでカワサキに米のお代わりを頼み。その間は冷奴や味噌汁を口にする

 

「お待たせしました」

 

米の入った皿を受けとり、メインの魚に箸を伸ばす。ホロリと骨から身が外れる、中身は白いようだ

 

「美味い」

 

芋の煮付けと良く似た甘い味わいなのだが、少しピリッとする独特の風味がある。魚は味が薄いと思いきや、味はとてもしっかりとしていて、ホロリとした食感にその甘みが染みこんでいる

 

「良い腕をしてるな、店主」

 

「どうも。煮付けは得意なんですよ」

 

にっと笑うカワサキ。得意料理の日に来るとは、俺もツイているのかもしれないな。この味には文句のつけようが無い、滅多に口に出来ない海の魚の味だったとしても満足出来る味だ

 

「すまない、もう1杯お代わりだ」

 

半分ほどしか口にしていないのだが、この魚の煮付けとやらは絶品だ。箸が進んで進んで仕方ない、味噌汁も卵焼きも芋の煮つけも絶品だが、この魚の煮付けはそれを遥かに超えている

 

「ありがとうございましたー」

 

給仕2人に見送られ店を出る。あの味と量で銀貨1枚は破格の安さだな、確かに繁盛するのも納得だ。それにカワサキ自身の気前もいい、俺の好きなタイプの男だ

 

「さてと、じゃあ本題を済ますかね」

 

ガゼフ戦士長が戻ってくるまで兵士の詰め所で待たせて貰うか、俺はそんなことを考えながらカワサキの店を後にするのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カワサキの店の前で険しい顔つきをしている少女の姿が合った。品の良いブラウスとスカート姿にやや気の強そうな目付きが特徴的な少女だった。彼女は生まれつきの異能【タレント】で味完全把握と味分析と言う料理に関する異能を持ち、しかしタレントに甘えず、自身の腕を磨き黄金の輝き亭で若いながらに副料理長の地位を手にした努力家でもあった

 

「ここ……か」

 

私はこの日初めてカワサキと言う南方の料理人の店を訪れた。その理由はその味を盗む為にある

 

(私の料理が負けてるわけが無い)

 

黄金の輝き亭で頑張って来た。流石に料理長までの腕は無いけど、それでも自分の腕には自信があった。駆け出しの冒険者向けの店に黄金の輝き亭が負けているはずが無い、そういう気持ちもあった

 

「いらっしゃいませー」

 

「……いらっしゃいませ」

 

愛想の良い給仕と愛想の悪い給仕に迎えられ店の中に入る。清潔感がある物珍しい作りの店だが、店内にいるのは銅級や鉄級の冒険者が多く、詰め所の兵士などの姿もある

 

「今席が埋まっているんでカウンター席になりますが良いですか?」

 

「それで良いよ」

 

愛想のいい給仕の案内でカウンター席に腰掛け、メニューを見る

 

(……嘘)

 

値段設定は安いと聞いていたのでそれには驚かないが、メニューの量に驚かされた。それに海の食材を使った料理も多い……黄金の輝き亭でも滅多に手に入らない食材を惜しげもなく使っている

 

「……特日替わりを1つお願いします」

 

「はーい、カワサキー。特日替わり1つー!」

 

あいよーっと言う声が厨房から聞こえてくる。恐らく料理人はカワサキ1人……それなのにこれだけの人数相手に待たせる時間も少なく調理しているとは……よほど腕が良いのか、それとも事前に準備をしているのか、はたまた保存で作っておいて温度を維持しているのか、そこが気になるところだ

 

「カワサキさーん、代金置いときますねー」

 

「カワサキすまん!今度はちゃんと代金持ってくるからツケで頼む!!本当すまん!!」

 

食事を終えた冒険者が席を立つと、愛想の悪い給仕がスッとその机に向かい、銅貨を回収する

 

「……はい、これ書いて」

 

「判ってる、判ってるから顔にぐいぐい紙を押し付けないでくれ!」

 

ツケを頼んだ冒険者の顔に紙を押し付ける給仕。とんでもない態度だが、ツケで支払おうとするのだからその対応は判らないでも無い

 

「……ツケは今日から4回目の来店まで、5回目は来店拒否となりますので」

 

「判ってる!大丈夫!明日には依頼の代金入るから!じゃな!カワサキ、ごちそーさん!!」

 

その給仕から逃げるように店を出る冒険者を見ていると厨房からカワサキが顔を出す

 

「はい、おまちどうさま。ミックスフライ定食になります」

 

カウンターの上に置かれた料理を見て驚いた。まずは大きい海老のフライがまるまる1匹、その隣には肉のフライが3種類に、丸いフライ……その数6種類。とんでもない量だ、それにご飯と言う南方の主食に野菜とスープ……これで銀貨1枚……採算は確実に取れていない

 

「肉のフライにはこのソースがお勧めです。エビフライとホタテフライはこの卵のソースを付けると美味しいですよ。ではごゆっくり」

 

愛想のいい顔で厨房に引っ込むカワサキを見送り、ナイフとフォークを手にする

 

「!」

 

まずは肉のフライと思い口に運んだのだが、その味に目を見開いた。上質な肉の味に丁寧な下処理……元々良い肉かもしれないが、これは本当に美味しい

 

(……判らない)

 

だが驚いたのはそこでは無い、私のタレントで味が判らないのだ。美味しいと言うのは判る、だが何を使われているのか、どんな味付けをしているのかがまるで判らない

 

「……あむ」

 

今度は楕円形のフライ。柔らかく、芋の甘さがよく生かされている。と言う所までは判る、だがそれから先がわからない

 

(この味は……たぶんたまねぎと肉)

 

玉葱の甘さと肉の甘みと旨味……だけどそれを1つにするのに何か使われているはずなのに、それが判らない

 

(……南方の主食か)

 

噛み締めると甘い米と言うのも興味深い。どうもこの米に合わせる味付けで統一されているのだろう

 

「……美味しい」

 

スープは見たことの無い茶色のスープ。得体が知れないので少し怖いという気持ちもあるのだが、1口飲めば美味しいと思わず呟いてしまった。味付けも調味料もまるで判らない、何を使えばこんなに複雑な味になるのだろうか……

 

「……次はこれね」

 

今度は海の食材を使ったフライ。これは卵のソースが合うと聞いたのでフォークで少しだけ取り、フライにつける

 

「……」

 

言葉も無い、口の中でほろほろと崩れる丸いフライ。味はさっぱりとしているのだが、旨味がある。それに卵のソースの濃厚な旨味が合わさり絶品としか言いようが無い

 

(どれもこれも……美味しい)

 

ウチの店の料理が1番美味しいと思っていた、どんな料理人にも負けないと思っていたが……カワサキの料理の方が悔しいが美味しい。それに食材の鮮度も間違いなくカワサキの方が上だ

 

「~~~!!」

 

海老をまるまる1匹使ったフライ。その巨大な海老をナイフとフォークで切り分け、まずはそのまま口に運んだ。言葉も無かった、海老と言うのは味はさほど無いのだが、その独特な食感が美味しい食材だ。衣で大きくしていると思っていたのだが、衣は薄く海老がとにかく大きい

 

(このボリューム、味、インパクト……)

 

とにかく美味しい、そして笑みが零れる。美味しい物を食べると笑顔になると言うが正にその通りだ

 

(……ちょっとこれは厳しいかも)

 

ウチの店が負ける訳が無いという自信はこっぱ微塵に吹き飛んだ。これは勝てないかもしれない

 

(お肉も美味しい)

 

最初の肉と違うのは噛み応えのあるさっぱりとした味わいの肉、脂が少ない部位を揚げる事で脂を足しているのだろうか

 

(このソース、美味しい)

 

食材のよさもあるが、この調味料。これも素晴らしい、これだけ複雑な旨味があるソースは正直見たことが無いかもしれない

 

「お代は置いておくわね」

 

食べ終わり、代金を置いてカウンター席を立つ。これは料理長に報告しないと駄目かもしれない、珍しい料理を出すから繁盛するんじゃない。味も、腕も紛れもなく超一流だった……と

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょっと気の強そうな少女が帰ったのが最後の客だった。もう少し昼の営業時間はあるが、まぁもう客は来ないかなと思いバンダナを外す

 

「カワサキー、さっきのちょっと良いの使ってなかった?」

 

「同業者だったみたいだからな、まぁ軽い挨拶って所だよ」

 

雰囲気を見れば判る、気が強そうに見えたのは若くしてそれなりの地位で活躍しているプライドによるものだろう、なんとも可愛い物だ。味を分析しようとして判らなくて唸っていた姿を思い出すと今でも笑いそうになる。

 

「良いの?」

 

「別に?気にするまでも無いさ」

 

料理人って言うのは切磋琢磨するべきものだ。味を知りにきたのなら全力を見せるのが大人の余裕って奴だ。そんなことを考えていると店の扉が音を立てて開く

 

「やあ、カワサキ君。お邪魔するよ」

 

そこにいたのはエ・ランテルの市長のパナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアだと思う、禿で太っていると聞いていたので、多分だけど

 

「ああ、ぷひーわたしはパナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイア。エ・ランテルの都市長をしている」

 

デブ特有の呼吸をしてから自己紹介をしてくれた。やっぱりか、昼時に下っ端らしいのが弁当を受け取りに来ていたが、本人を見ると中々インパクトがある。もちろん決して良い意味ではないが……

 

「食事ですか?お弁当は口に合いませんでしたかね?」

 

今日はシュウマイ弁当だったが、口に合いませんでしたか?と尋ねるとパナソレイはにこりと笑い

 

「とても美味しかったよ。あの甘酸っぱいソースが絶品だったね」

 

にこにこと笑うが、その目は鋭い。リアルでも見たが、人の良い顔、間抜けな振りをして相手の隙を窺うタイプか。何をしにきたかな?と少しだけ身構える

 

「明後日から2日間にかけてエ・ランテルで催し物をやるんだけどね、ぜひ君にも参加して欲しいと思ってね」

 

「南方の男として爪弾きにあっていた俺が参加しても良いと?」

 

まぁ今では常連も着いて経営も安定している。特にモモンガさんがモモンとして活躍しているので、そのおかげと言うのもある。俺の問いかけにパナソレイの気配が変わる

 

「不快に思うかもしれないが、わたしとしては君にも、モモン君にも末永くエ・ランテルにいて欲しいと願っていてね。その為のイベントだと思ってくれると嬉しいかなあ」

 

「……まぁ良いでしょう、参加しますよ」

 

裏はあると判っているが、まあそれも良いだろう。パナソレイは俺の言葉を聞いて、にこりと笑い

 

「では今日の夜にでも詳しい事を書いた紙を持ってこさせてもらうよ」

 

笑いながら出て行くパナソレイ。扉が閉まったところでクレマンティーヌが

 

「絶対裏あるよ?」

 

「そうだな。評判を落とすとか、色々考えられる」

 

歓迎されていない男を呼ぶ。評判を落とすとか、いない間に店にちょっかいをかけるとか、考えられる事は多い

 

「……どうしますか?」

 

「シャドウデーモンがいるし、なんならモモンガさんとナーベに待機していて貰っても良い。様子見で参加してみるよ」

 

そしてその日の夜に届けられた、料理勝負の内容を見て俺は苦笑した

 

「はははは!ははっははは!!」

 

思わず笑い声を上げてしまう。夕食を食べにきていたモモンガさんとガゼフさんが驚いた顔をする

 

「有利な条件でも出ましたか?」

 

「ははっ!いやいや、くっくっく……」

 

ガゼフさんの言葉に違うと言いながらも笑いを堪える事が出来ない

 

「ではカワサキさんに不利な条件でも?」

 

モモンガさんの言葉にナーベラルの気配が鋭くなるが、それも外れ

 

「料理勝負とは形だけだなあって思ってな」

 

この世界の料理人は総じてレベルが低い。まぁあの帝国の料理人のおっさんの腕は素晴らしかったがな。俺の知っている料理対決と言えば、1品物か何百食と作るタイプの物だが

 

「なんでも明後日に祭りがあるらしくてな。祭り開催期間の3日間の売り上げ勝負らしい」

 

祭りの出し物で大道芸人を雇っても良いらしいし、食べ歩きグルメと言うのは回転率勝負。そして俺はそういう料理は腐るほど知っている

 

「この勝負……俺の勝ちだ」

 

始まる前から確信した、この勝負俺の勝ちだと……

 

「ゴウン殿、カワサキ殿が妙に上機嫌のようだが?」

 

「……こういうイベントカワサキさん、好きなんですよ」

 

はははっとハイになっているカワサキを見ながら、ガゼフとモモンガは夕食のハンバーグステーキを口に運ぶのだった

 

メニュー56 親子丼へ続く

 

 




はい、と言う訳でオリジナルイベントを入れました。石とか投げないでくださいねー?お願いしますよー?書きたい者があるのに、それを出せるイベントが無い、ならオリジナルで入れるしかないじゃないですか!!という訳で原作では無い祭りイベントをやろうと思います
それでは次回の更新もどうかよろしくお願します

やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……

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  • 間違っていない

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