メニュー62 会食その1
迎えを寄越すと聞いていて、私と爺を迎えに来たのは帝国にも来ていた金髪の女戦士だった。今は給仕の格好をしているが
「して、カワサキはどのような料理を作ってくれているのかな?」
祭りで色々と食べたが時間も時間なのでそれなりに腹も空いている。爺が咳払いするが、今回の目的は食事ではなく王国との共闘の話を纏めると言う物だ。それは十分に判っている、だがカワサキの旨い食事に期待しても良いだろうに
「さっぱりとしていて身体に良い、カワサキの生まれ育った場所の近くの料理だそうです」
カワサキの滅んだ国の料理……となると当然見たことのない料理になるだろう。一体どんな料理が出されるのかと期待に胸が躍る
「あ、お店に入る前にこれをどうぞ」
差し出された指輪を爺は共に見つめる。爺が目を細めそれを観察する、鑑定してくれているのだろうが、店に入る前にマジックアイテムを渡すとはどういう意味があるのだろうか?
「……これは何かの効果を付与する物のように見えるが?」
「カワサキの国の料理なので箸って言う棒みたいな物を使って食べるんですよ。フォークとかナイフだと形が崩れたりするんです、だからこの指輪で箸を使えるようにするって言ってましたけど?」
ほう。装備するだけで特定の技術が使える代物……それは中々興味深いなと思いながら爺が指に嵌めたのを確認してから私も身に付ける。私達が来たのとは別の方向からランポッサ3世とガゼフが歩いてくる、2人を先導しているのはアイパッチを嵌めた小柄なメイドの姿だった。互いに顔を見合わせる距離になった所でランポッサから声を掛けてきた
「この度は私の申し出を聞き入れてくれて感謝する。ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス殿」
その顔を見たとき本当にランポッサか?と思った。オーラに満ち、声にも覇気がある。王としての貫禄と風格がある
「いやいや、元々は私達が出した要求である。こうして話し合いの場を設けてくれた事に感謝するよ」
あの何もかも吸い込むモンスターの襲撃で帝国は表側こそ取り繕っているが、奴隷の大半の消失に兵士達も恐怖を抱いている。何よりも痛いのが食料品だ、生きる為には物を食べる必要がある、しかし今の帝国にはさほどの余裕は無い、民を飢えさせぬためにも王国の豊穣な土地には抗いがたい魅力がある。だが戦を仕掛けるだけの余力がなければ同盟を結ぶという選択肢が一番堅実だ。
「まぁ立ち話も何だ、カワサキが待っている」
何時までも店の外で話していては誰かに見られないとも限らない。早く店の中に入ろうと声を掛け、店の中へ足を踏み入れる
「お待ちしておりました、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス様。ランポッサ三世様」
カワサキが洗練された動きで頭を下げる。帝国でであった時も思ったが、この男はやはり並の教養の持ち主では無いだろう
「ああ、サカキ……いや、カワサキだったな。こうしてまたお前の食事を口に出来る時を楽しみにしていた」
城で作らせたときの料理の素晴らしさは今でも忘れる事が出来ない。また食べたいと思っていたので素直にそう告げる。最初にサカキと呼んだのは偽名については思う所があったからだ。カワサキは苦笑し、偽名を名乗ったことを謝罪してから奥に見える階段に手を向ける
「ご期待に添える事が出来る料理であれば良いのですがね。それではこちらへ」
カワサキの先導で2階へと上がった私達を待ち構えていたのは2階とは思えない光景だった
「こ、これはまた……初の体験だな」
私だけではなくフールーダ。ランポッサとガゼフの顔も驚きの色で染められている
「私が国から持ち出したマジックアイテムの効果です。素晴らしいでしょう。日本庭園と言って、私の国で身分の高い方を迎える部屋となります。勿論見掛けだけではなく散歩することも可能ですよ」
緑色の床に黒塗りの机、そして開かれた変わった窓の外には池と庭が広がっている。しかも散歩まで出来るとは、これほどの効果のマジックアイテム。恐らくカワサキの国の国宝レベルの代物なのだろう
「では早速中を見せてもらうとしよう」
異国の身分の高いものを迎える部屋と聞き、早速中に入ろうとすると、カワサキに手で制された
「こちらの部屋は靴をお脱ぎください」
靴を脱げとはまた珍しいと思ったが、それがカワサキの国の流儀と言うのならそれに従うのも吝かではない。靴を脱ぎ緑色の床の上に立つ
「これは草なのか?」
「はい、草を固めて作った畳と言う物になります」
柔らかいわけでもなく硬いわけでもない、独特の感触に面白いと思う。草をこのように固めて床にするなど考えても無かった
「会談を行うと聞いておりますので、お食事を運ぶ時にはこちらのベルでおよび下さい。では失礼します」
座布団と言う薄い敷物に上に座り、ランポッサ3世と向き合う。食事も大事だが、まずは話を纏める事だな。
「フールーダ。あれを」
「は、こちらがジルクニフ様からリ・エスティーゼ王国ランポッサ3世への要求書となります」
フールーダが差し出した密書を拝見させていただくと言ってガゼフが両手で受け取る。私はカワサキが用意してくれた緑茶と言う茶を啜り、その予想よりも遥かに強い苦味に顔を一瞬歪めたが、その独特の香りと味を味わいながらランポッサがどう返事を返してくるのかそれを待つ事にするのだった……
ジルクニフ皇帝からの要求を見て些か拍子抜けしたと言えばその通りになる。国力で言えば屈辱だが、帝国の方が遥かに上だ。だからかなり不利な条件を吹っかけてくると予想していたのだが、ジルクニフ皇帝の要求はたった3つだった
1つは食料を融通して欲しいと言う物だった。それも値段を1割り増しでも2割り増しでも構わないので、肉や野菜を多く提供して欲しいとの事
2つ目は有事に備え帝国四騎士のバジウッド、レイナースの2名の駐在の許可。モンスター出現の際には帝国騎士団も魔法詠唱者の部隊も増援に寄越すとの事
だが最後の1つは要領を得ない物だった
「この覚悟を見せて欲しいとは?」
3つ目は私、ランポッサ3世の覚悟を見せてくれと言う物で具体的な内容ではなかった
「その通りだよ、ランポッサ国王……王とは時に冷酷な決断もしなければならない。私の2つ名は勿論知っているだろう?」
鮮血帝。親兄弟を殺し帝国を手にした悪逆の王。それがジルクニフ皇帝の通り名だ
「確かに親兄弟を殺したさ。だがそれがなんだと言うのだ?奴隷だからと女、子供を殺す者がなぜ己は殺されないと思える?貴族だからか?それとも王族だからか?私はこう考える、殺して良いのは殺される覚悟がある奴だけだ」
自分だけは違う、王族だから、貴族だから何をしても許されるなどと間違っているとジルクニフ皇帝は言い切った
「そして民あっての国であり、王である。故に私は貴族の大半の爵位を奪った。代々貴族だからと何もしない、役にも立たない連中など必要無い」
耳がいたいと思ったが、その冷酷とも取れる決断力。それこそが私に欠けている物だとつくづく思った
「してランポッサ国王よ。貴方に問う、八本指などと言う犯罪集団がライラの粉を売り、そして腐った貴族が民を食い物にしている。今のこの状況では共闘は出来ても同盟は結べぬ。かつて1つの国だった、帝国と王国。それが再び1つとなるには大きな壁があるとは思わないか?」
国あっての民では無い、民あっての国。それは私も同じ事を考えていた……私とジルクニフの考えは似ている、だが致命的に違う点もあった。それはその決断力であろう
「血が何だ。親が優秀だから子も優秀か?それとも親が無能なら子も無能か?そうではない、大事なのは実力。そしてその能力だ」
それは判る。今いる貴族の大半も親は優秀であったが、今の連中はとても優秀とは言い切れない。むしろ無能と言っても良いかもしれない。
私は目を閉じて1度深呼吸をしてから嘘偽りのない気持ちを口にした
「……八本指も貴族も処分することを私は考えている」
既に私は高齢だ。だがバルブロにもザナックにも王位を継がせる事は今はまだ考えていない。何故ならば今の腐敗しきった国を何とかしなければ私は死んでも死に切れないからだ。ガゼフが驚いているのが判るが、私に足りなかったのは決断力だ。それがこうして顔を見合わせて話す事が出来て確信できた
「そうか、その顔を見れば真実と判る。若造が失礼な事を言って申し訳なかった、そして改めてお願いしたい、帝国の民を救う為……食料の支援をお願いしたい」
小さく頭を下げるジルクニフ皇帝。私を見極めようとしていたのだ、それに対して思うことは無いし、自分に足りない物も理解出来た
「こちらこそ感謝する。時間を割いて話を聞かせてくれた事に感謝する」
王に必要なのは強烈な光というのが良く判った。そしてそれはこのままではいけないと判っているのに、問題をそのままにしてきた私になによりも必要なものだ
「早急に物資を送らせて頂く、まずは食べ物から」
帝国との敵対関係を終わらせるのがモンスターが原因と言うのは余りにあれだが、元々は1つの国。再び1つとなる時が来たのかも知れん
「では話も決まった所で食事にしたいと思うのだがどうだろう」
「ああ。そうしよう」
ジルクニフ皇帝の言葉に私は1つだけ共通点を見出す事が出来た。私も彼もカワサキ殿の料理に魅了されていると言う点だった……
ジルの奴め、思いのほか上手くあの老王を焚きつけたな。元々は苛烈な気性だったはずが、子が出来た事で丸くなっていたランポッサ。だが今のあいつの目は若い時のギラギラとした光に満ちている。それは奇しくもジルが粛清を始めた時の姿に酷似していた
(良いタイミングであったか)
ジルの言葉がなくても目覚めていたであろう。ランポッサは切っ掛けを求めていて、その切っ掛けがジルか、帝国に被害を与えたモンスターが王国にも現れたかの違いならば、友好的な関係を築ける方が良い
「失礼します」
カワサキの声と共に2人の給仕を伴ってカワサキが入室してくる。ジルとランポッサ、そしてワシとガゼフの前に料理が置かれる
「こちら突き出し。私達の国で言う前菜に当たる料理になります、茄子とじゃがいもの煮浸し、そして筍と蛸の木の芽和えになります」
前菜、まだ料理が来るだろうが何とも見目も綺麗な料理だと思った
「それとこちら私の国の酒である、日本酒と言う物になります。やや強い酒になりますので、お口に合わなければワインなどをご用意させていただくつもりです」
小さな澄んだガラスのコップに透き通る酒が注がれる。透明でまるで水のようだと思った
「カワサキの国の酒か、どれどんなものかな」
「いただこう、カワサキ殿」
ジルとランポッサがコップを手にしたのでワシとガゼフも手に取り、その酒を口に運ぶ。飲んだ瞬間目を見開いた、口に入るとカッと熱くなり、その熱さが身体の中へと染み渡っていく、強い酒精の味わいが口一杯に広がる
「美味い。こんな酒は初めてだ」
「うむ、絶品である」
2人は絶賛しているが、ワシとガゼフは思わず顔を歪める。酒精が強すぎる、ワシとガゼフの顔を見たカワサキはアイパッチをしてるメイドに声を掛け、もう1つの瓶を手にする
「お口に合いませんか、ではこちらもお試しください」
再び注がれた透明な酒。見た目は同じだが、味は違うのだろうか?と思いながらコップを手にし口に運ぶ。今度の酒も酒精が強いが甘い味わいが広がる。先ほどよりも辛くなく、そして飲みやすい
「今度は甘い、ふふふ、なんだ。ずいぶんと面白い酒だな」
「このような酒は飲んだ事が無いな」
ふふふっと上機嫌な2人にカワサキは辛い酒を出し、ワシとガゼフには甘い酒瓶を置いた
「ではころあいを見てまた次の料理を運んでまいります」
ごゆっくりお楽しみくださいと言ってカワサキは2人の給仕と部屋の外に出る。早速料理に手をつけようとしたジルの手を掴み
「無いとは思っていますが毒見が先です」
「しばしお待ちください」
ワシとガゼフがそれぞれの主を止め、箸と言う棒を手に取る。店に入る前に渡されたマジックアイテムのおかげか違和感なしに使うことが出来るな、そんなことを考えながら煮浸しという料理に向ける
(野菜か)
さっぱりとした物と聞いていたが、野菜の煮物とはまた質素なと思いながら黒い皮の野菜を摘まみ口に運ぶ
「「美味い」」
ワシとガゼフの声が重なった。野菜はそのまま揚げられているのか生や煮ただけではない食感を持っていた。柔らかく、独特の味わいのあるこの茄子と言う野菜は噛み締めると甘い煮汁が溢れ出す。シンプルではあるが素晴らしい味わいだ
「カワサキが毒を盛るなどありえん話だ」
「私もそう思うよ」
ジルとランポッサはそう笑い、煮浸しを口に運ぶ。ゆっくりと噛み締め満足そうに頷いている
「酒に良く合う味だ」
「うむ、甘い味とこの辛い酒は実に合うな」
煮物を口に運び満足そうな2人。話し合いが上手く纏まったので食事もまた美味いと言う事だろう。そんなことを考えながら筍と蛸の木の芽の和え物とやらが入っている小鉢に手を伸ばす
(ほう……こんなに厚く、そして大きい)
蛸が好物だが、これほど大きく厚く切られている物は相当な上物。思わず笑みを浮かべながら白いソースが掛けられた蛸を箸で摘まみ口に運ぶ。コリコリとした蛸の食感、そしてやや甘みがある独特なソース、噛み締めているとピリッとした刺激を伴った辛味も口一杯に広がる
「素晴らしい味だ。これほどの味は味わった事が無い」
この独特の風味のソース。それは馴染みがないはずなのにどこか懐かしい、日本酒という酒に自然に手が伸び。ふうーっと大きく溜息を吐く
「ずいぶんと気に入っているようだな、爺?」
蛸を頬張りながら悪戯っぽく尋ねてくるジルに勿論ですと返事を返す。帝国で振舞われたサカキのフルコース、あれは素晴らしい物だったが、老体のワシには些か厳しい物があった。それに対して今回は野菜メインの優しい食事となれば嫌でも期待は広がるという物
「ほっほ、じゃがいもにもしっかり味が染みてるの」
中までしっかりと味が染みているのに煮崩れしていない、その絶妙な仕上がりに腕の良さが良く判る。ただ1つ気になるのは
(前と少しばかり違うか?)
蛸の切り方が前と違うと感じた。カワサキの弟子にも下拵えを手伝わせたのかは気になる所だが、カワサキの弟子でも帝国の料理人よりも遥かに腕が優れている。ほんの些細な違和感と言うことでワシはあえてそれを口にせず、日本酒を口へと運ぶのだった……
茄子と言う野菜とじゃがいもの煮物、そして筍と言う野菜と蛸の和え物。そのどれもが独特な風味と味付けを持っていたが、私には何故かそれが親しみ深い物に思えた。それは私の知らない南方の料理であり、私の血の中にある記憶による物なのかなどと思ってしまう
「失礼します。続きまして、刺身となります」
私達の前に続いて並べられたのは赤、白、ピンク色の刺身。飲み会の時にも出されたが、どうもカワサキ殿は魚を生で食べることに抵抗が無いらしい
「カワサキ殿。これは生の魚のように思えるのだが、大丈夫なのだろうか?」
王が不安そうに尋ねるとカワサキ殿は穏やかに笑い
「ええ、大丈夫ですよ。質の良い物を使っておりますので何も心配ありません」
醤油を小さい皿に入れ、次の料理を運んでまいりますと言ってカワサキ殿は階段を下りていく
「ふむ、次の料理が来るまでの繋ぎと言う事か」
3種類の刺身が2つずつ、それは確かに食べるには少なく、酒のあてにするには丁度いいという量だった。箸を手に取り赤い刺身を摘まみ醤油につけて口に運ぶ。濃厚な魚の旨味が口一杯に広がる
「大変美味であります。魚ですが、まるで肉のような味わい」
魚と言うのは淡白というイメージだが、これは味わい深く、全然違うと判っているが肉に近い味のように思えた
「うむ……柔らかい、確かにこれは魚であるが、肉のような味だ」
「こんな魚がいたのか、色々と食べて来たが、こんな味は初めてだ」
前に食べた魚を焼いた物、それに味が近いか?と思うが、あれはもう少し癖が強かったので似ている魚ではあるが別物なのだろう
「うーむ、酒によく合う」
フールーダが白い刺身を口に運び、続けて酒を口にする。帝国と王国の指導者が集まりこうして顔を見合わせて食事をする、それがどれだけありえない光景なのかはよく判る。王国も変わらなければならない、それは大きな批判を集めるかもしれないが、それが王の決断ならば私はそれを手伝いたいと思う。
「失礼します。こちら焼き物、鰆の塩焼きになります」
4人に1つずつ、×に切れ込みが入った巨大な魚の切り身が置かれる。見た所骨も無い、下拵えの段階で骨を抜いたとなると恐ろしい技量だと思わずにはいられない
「これはかなりの大きさの魚のように思えるな?」
「はい、鰆と言うのは1m近い巨大な魚となります。しかし此度は春告魚。春を告げる魚としてお出しさせていただきました」
春を告げる魚……それは長い間戦争と言う冬を迎えていた帝国と王国の関係が変わるかもしれないと言う事を連想させた。丁度その時変わった鳥の鳴き声が響く
「カワサキ殿。あの鳥はなんと言うのかな?ホー?とか鳴いた様に聞こえるのだが?」
「む?私にはケコーと聞こえたぞ?」
王とジルクニフ皇帝が鳴き声について話す中カワサキ殿は穏やかに笑い
「ホーホケキョと鳴いているのです。私達の国で春を告げる鶯と言う鳥の声ですよ」
春を告げる鳥……その独特の澄んだ鳴き声は聞き覚えが無いのに、何故か心が穏やかになると思った。カワサキ殿は穏やかに笑いながら立ち上がり
「次は汁物を運ばせて頂きます。それではごゆっくりと」
頭を下げてカワサキ殿が再び部屋を出て行く。残された私達は無言で魚を見つめていた
「春を告げる魚……か、カワサキ殿は帝国と王国が和解すると思っておられるのか」
「和解は不可能では無いよ。共闘から同盟になり、そして再び1つになるのもありえない話では無い」
元は1つの国なのだからとジルクニフが笑う。ありえない、そんな事は馬鹿げているとも言えない。旅人であり、祖国がないからこそいがみ合い、帝国と王国が共に途絶えることを良しとしなかったのかもしれない。箸で×の切り込みからよく焼かれた皮を剥がすとまるで雪のように白い魚の身が見える。その美しいまでの白に思わず感嘆の溜息が出る。箸で身を切り分け口に運ぶ
「美味い。柔らかく、しかしそれでいてとても脂が乗っている」
「ふふふ、春を告げるか、まさしくこれは春の味とでも言うかな?」
王とジルクニフの言うとおりだ。白身なのに脂が乗っていて、濃厚な魚の旨味がある。これほどまでに幸福な気持ちになるのは長い冬があけ、春の暖かな日差しを浴びた時の気持ちに似ている
「食事でこれほどまでに感情を伝えるか、カワサキの料理はまるで魔法だな」
フールーダが喉を鳴らしながら笑う。カワサキ殿の料理が魔法、それは食べる度に思っていたことだ。料理で魔法を掛けることが出来るとカワサキ殿は仰っていた。だがそれとは別の魔法がカワサキ殿の料理にはあると思う
「この時々聞こえてくる声もいい」
「その通りだな」
鶯と言う鳥の鳴き声が開いている窓から響く、普通ならばうるさいと思うのだが、この場での食事ではその鳴き声までもが料理の一部と思えてくる
(今だってそうだ)
最初はもっとピリピリとしていて緊張感に満ちていた食事の席。だが今は違う、敵対国同士ではなく、それこそ友人と食事をしているようなそんな穏やかな雰囲気に満ちている。これもきっとカワサキ殿の魔法なのだろうと思うのだ
(例えこれがカワサキ殿の料理では無いとしてもだ)
私は何度も食べてきているのでカワサキ殿の料理の癖は覚えているつもりだ、茄子とじゃがいもの煮浸し、筍と蛸と木の芽の和え物、刺身、塩焼きと来たが、カワサキ殿が手懸けた物は無い。だがそれをあえて言うつもりは無い、例えカワサキ殿の弟子の料理だとしても、その味は紛れもなく一級品。料理に対してとことん真摯で厳しいカワサキ殿が料理として提供したのだ、それはつまりお客様に出しても申し分がないとカワサキ殿が判断したからに他ならない。最初は落胆した、だがそれは期待に変わっている。
(どんな料理を振舞ってくれるのか)
この料理の味は素晴らしい、だがカワサキ殿の物では無い。カワサキ殿の出してくれる料理がこれよりも劣る訳がないと言う確信がある
「お待たせ致しました。汁物のつくね汁になります」
恭しく机の上に置かれた椀の中には澄んだスープと丸められた団子が浮かんでいる。だがこれも恐らくカワサキ殿の料理では無い、一体どれだけ期待させるのかと思いながら椀に手を伸ばす
「これは良い、実に暖かい」
味付けは柔らかく、出汁の風味が生きている。恐らくこの味はしょうがだろう
「しょうがか、良い香りだ」
「身体の中から温まるな」
冷たい料理が続いている中での温かい料理。それは料理の流れを大きく変えるものだろう
「はふ!あふ!」
「ははは、爺。いい年をしておいて少々食い意地が張っているのでは無いか?」
フールーダがつみれを食べてその熱さに驚く隣でジルクニフがつみれを半分に割って口に運ぶ
「美味い。独特な食感に風味、それに中にたっぷりとスープが染みている」
よく冷まして私も口にしたが、ジルクニフの言うとおりだ。ふんわりと柔らかく丸められ、そして生姜が利いたスープで煮られている鶏の団子は恐ろしいほどに美味い
「身体の中に染み渡るようだ。この熱さも心地良い」
スープを口にして穏やかに微笑む王を見てつられて笑ってしまいながら、スープを口に運ぶ。味噌汁とは違うが、この澄んだ色のスープの味には思わず溜息が出る。スープの熱が身体の中を染み渡っていくのが良く判る
(一体カワサキ殿は何を出してくれるのやら)
この味を上回るであろうカワサキ殿の料理に対する期待を抱きながら、スープをもう1度口に運ぶ
「本当に美味い」
体だけでは無い、心にまで染み渡るようなその味にもう1度美味いと呟くのだった……
メニュー63 会食その2へ続く
次回でカワサキさんの料理が出ます。今回はシホとピッキーが作った料理がメインでした。王国と帝国の共闘ルートは多分初の試みだと思いますが、頑張って書いていこうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします
やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……
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間違っている
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間違っていない