賄い8 国王の依頼/激怒神カワサキ/真の国王となる為に
1日と半日ほど馬車に揺られ俺とセバス、そしてソリュシャンは王都に到着していた
「ではカワサキ様、セバス。私はこれで」
ソリュシャンはドレスの裾をあげて馬車から離れていく。俺の連れと言うことで乗せてきて貰ったが流石に城の中までは入ることは許されていないからな
「ではカワサキ殿。こちらへ」
ガゼフさんの案内でセバスと共に王城の中に足を踏み入れる。病人を見て欲しいと言う事だが、俺で治せるレベルなら良いんだがな
(セバス、一応シャドウデーモンを配置しておいてくれ)
セバスが頷くと影が分裂し城の中へと散っていく、これで王城の中の情報も手に入れることが出来るようになるだろう
「しかしセバス殿の立ち振る舞いは素晴らしいですね」
「そうでしょうか?」
ガゼフさんがセバスにそう笑いかける、セバスは若干困惑しているが良く判る
「執事としても戦闘者としても素晴らしいのがよく判りますよ」
「お褒めに預かり光栄です」
王城の中を進む中、そんな他愛も無い世間話をしているうちに気付く、1度この道は通っていると
「ガゼフ戦士長、いけませんなあ。南方の男をこのような場所に連れ込んでは」
蛙みたいな男が俺とガゼフを見下しながら声を掛けてくる。そのねっとりとした視線と口調に腹立ちを覚えるが
「国王直々の書状がある、国王の客にそのような無礼な口を聞くのですかな?」
ガゼフさんが出した書状に男は顔色を変え、舌打ちすると俺達が来た道を駆け足で進んでいく
「カワサキ殿、セバス殿、失礼しました」
「いや。ガゼフさんが悪いんじゃないから構わないよ」
そう返事を返し、城の中を進む。予想通り、俺達が案内された部屋はランポッサ三世の部屋だった
「カワサキ殿。態々ご足労していただき感謝する」
ベッドに腰掛けているランポッサ三世にこちらこそ馬車に感謝しますと返事を返す。一応部屋の中を見るがランポッサ三世しかいない
「病人と言うのは貴方ですか」
「うむ。実は私は膝を戦で壊していて、こうして杖を手放せないのだ」
ベッドの側の机に掛けてある杖を手に取り笑うランポッサ三世。しかし膝か……
「依頼は膝の治療と言う事ですね?」
「ああ。どうだろうか、カワサキ殿。可能だろうか?」
不可能か可能かと言われれば可能だろう、むしろ下手な病気なんかよりもよっぽど簡単だ
「難しいのだろうか?カワサキ殿」
俺が黙り込んだのでガゼフさんが心配そうに尋ねてくる。俺は違うと返事を返す、さて長い間まともに歩けず、そしてそれを治した場合で起こりうることを考える
「結論から言えば不可能では無いですね」
「では!」
嬉々とした表情のランポッサ三世の顔に手を向ける
「話は最後まで聞いて欲しい、まず足を治す事は不可能ではないです。その代わり、衰えた筋肉を鍛えなおす必要があります、それがどれ
くらい時間が掛かるかとかは流石に俺としても判りません」
俺の言葉の意味を理解してくれるか?と言う不安はあった。中世の時代の世界観ではリハビリと言う考えは恐らくと言うか、確実に無い。傷は治せる、だがそこから歩けるようになるかどうかはまた別問題だ
「つまり、私の努力しだいになると?」
「まぁそうなりますね。ご高齢ですし、かなり厳しいと思いますが」
正直元通り歩けるようになると言う保障は無いですと付け加える。それでもやりますか?と尋ねる。ガゼフさんがジッと見つめる中ランポッサ三世の決断は……
「……カワサキ殿。どうかよろしくお願いします」
60と言う高齢には厳しすぎる。リハビリを行うと言う決断だった、本人がやるというのならその意志を考慮したい
「わかりました。しかしすぐに出来ることでは無いので少しばかり時間を頂きますが、よろしいですね?」
ユグドラシルの食材を使うまでも無いが、大図書館でリハビリの本を見ないといけないし、とりあえず依頼を受けておいて悪いが、少しの間保留にして貰い。セバスに視線を向ける
「セバス。お願い出来るか?」
「畏まりました、ではそちらのベッドに横になってください」
セバスが手袋を外しながらベッドに近寄る
「何をするのですか?」
「気功治療って奴ですよ。体力を回復させないとリハビリ所では無いですからね」
セバスの気功治療で体力を回復させて、後リハビリに集中できる環境を作る必要もあるし……簡単な依頼と思って引き受けたが、これは思ったよりも時間が掛かりそうだなと心の中で呟くのだった……
カワサキ様とストロノーフ様の3人で王城を後にする。時刻は既に夕暮れと言う事もあり、危険と言う事でストロノーフ様が警護についてくれた。正直私1人でも十分なのですが、人の好意を無碍にするのもなんだと思いましたので
「セバス殿には感謝しかありません」
「いえいえ、私はカワサキ様のご指示に従ったまでですので」
確かにあの老王の身体は決して良い状況では無いが、カワサキ様の食事と気功治療を合わせれば十分に回復できるだろう
「ああ、そうだ。ガゼフさん、リハビリに付いてはガゼフさんにも説明するが」
私とソリュシャンが借りている屋敷へと向かう途中の路地裏の家の扉が突如開き、男が2人掛かりでボロボロのずた袋を投げ飛ばす。それを見てカワサキ様が黙り込み、ストロノーフ様に視線を向け
「王都ではあんな風にゴミ処理をするのか?」
「い、いえ……そんな事は」
お2人が話している内に私の影に潜り込んでいるシャドウデーモンに指示を出し、袋の口を切り裂かせる
「カワサキ様。口が開いているようですので、私が見てきましょう」
「……そうだな。セバス、頼めるか」
カワサキ様のお言葉に勿論ですと返事を返し袋に近づく、そして袋の前を通り過ぎようとした時。青痣や切り傷だらけの白い腕が私のズボンを掴む。それは決して強い力ではなかった、だが決して放しはしないと言う強い意思を感じさせた
「貴女は困っているのですか?」
私の問いかけに焦点の合っていない瞳で虚空を見つめながら、私のズボンを掴んでいる力を強くさせる。それは助けてくれと声にならない叫びに思えた
(カワサキ様、いかがしましょう?)
1人ならば助けるという選択肢があるが、今私はカワサキ様の警護を行っている。故にカワサキ様にメッセージでお伺いを立てる
(……少し様子を見ろ、出来る限りお前にだけ意識を向けさせろ)
カワサキ様のご指示に従い、その場所で立ち止まっているとこの袋を投げ捨てた家の扉が開き、そこから同じような袋を担いだ男が2人姿を見せる
「おい!爺!どこから湧いて出やがった!」
「見世物じゃねえぞ!!」
家から出てきた太った男の襟を掴み片手で吊り上げる
「おい、爺……!」
骨ばった男を睨みつけると私の殺気に押されて黙り込む。これで五月蝿くはならないですね
「彼女はなんですか?」
今にも息絶えそうな少女を見つめながら問いかける
「う、うちの従業員だ!」
従業員?傷だらけで今にも死にそうな少女を見て眉を吊り上げる。
「彼女を人間と認識した上での行動と言う事ですか」
逃げようとした男に蹴りを叩き込み、壁に叩きつける
「では彼女をこれからどうするおつもりですか?お答え願えますかな?」
男の首を掴んでいる手に力を込める。肥えた男は冷や汗を流しながら
「びょ、病気だから神殿に連れて……行く所だ」
神殿……私でも判る。それは嘘だと、どう見ても死体を処理しようとしているようにしか見えない
「では私が彼女を神殿に連れて行きましょう、誰が連れて行っても問題ないですね」
「そ、それは法律上俺達のもんだ!勝手に連れて行ったら「奴隷か、貴様。王国では奴隷制度は廃止になっていると知っての事か?」……が、ガゼフ・ストロノーフ!?」
ストロノーフ様が殺気を込めた目で肥えた男を睨みつける。私にだけ視線を向けていた男の隙を見て2人が駆けつけて来たのだ
「カワサキ殿。どうでしょうか?」
「酷い様子だが、問題ない。まだ助かる」
カワサキ様が屈み込んで私のズボンを掴んでいた少女の容態を告げる
「な、なんで」
「黙れ、質問に答えろ。彼女はなんだ」
ストロノーフ様の問いかけに男達は冷や汗を流し、震えている。私が口を開こうとした時、周囲に凄まじい殺気が放たれた
「……良い。クズと言葉を交わす必要は無い」
その殺気の元はカワサキ様だった。男達が担いでいた袋を開けて、その中を覗いていたのですが、その袋から放たれる死臭に手遅れだったのは明白だった。前髪で目を隠したカワサキ様の淡々とした口調が恐怖を齎す。その言葉には激しい怒りが浮かんでいるからだ、ストロノーフ様も驚いた様子でカワサキ様を見る中。カワサキ様は首に手を当てて骨を鳴らしながら
「久しぶりにブチ切れちまったよ。なぁ……どうしてくれる?おれはこう言う事をしないと心に決めていたのによぉ……」
男の頭を掴んで吊り上げる。私達からは背中しか見えないが、その姿からは激しい怒りのオーラが見える
(セバス。シャドウデーモンにここら辺を封鎖させろ、逃げる奴は全員捕らえるように言え)
激しい怒りに身を震わせながらもまだ冷静なカワサキ様の言葉に、頷きシャドウデーモンに指示を出す
「ぎ、ぎぎああ!て、てめえ!俺達に……八本指にこ、こんな事をしてただで済むと思ってるのか?」
愚かな、痛みに耐えかねて自分達の所属を口にする。ここにストロノーフ様がいると言う事を理解していないようですね
「ありがとよ。これでてめえは用済みだ」
男の頭を鷲掴みにしたまま、カワサキ様は何の感情も込められていない口調で男を自身が出てきた家に叩きつける。瓦礫が崩れ中が見える、カワサキ様が手を放すと男は自身から流れた血の中にゆっくりと倒れこむ
「……ガゼフさんよ、あんたは王国戦士長としての立場がある。だから聞く、あんたは命令が無くても動けるのか?」
「問題ありません。このガゼフ・ストロノーフ……王を護るのが使命ではありますが、王国の治安を護る事もまた使命、このような場面に出くわして黙っている事がどうして出来ましょうか」
ストロノーフ様も激しい怒気をその目に宿し、腰に差している剣を抜き放つ。私もスーツの中から取り出した手袋を嵌め、シャドウデーモンにこの少女を護るようにと指示を出す
「駄目だと言ったらどうしようかと思ったよ。おい、坊主」
「は、はい!!」
今の音を聞いて真向かいから出てきた少年をカワサキ様が呼ぶ。緊張しながら駆け寄ってきた少年にカワサキ様は笑いながら
「兵士の詰め所はわかるかい?」
「は、はい!判ります!」
「そうか、じゃあ悪いんだけど兵士をここに連れて来てくれるかな?これはお駄賃だ」
銀貨を少年の手に握らせる。ストロノーフ様が自身が身につけていた小さな短剣を抜き
「これを兵士に見せてくれれば良い、ガゼフ・ストロノーフの命令と言えばすぐに来てくれるだろう。よろしく頼む」
わ、判りましたと返事を返し走っていく少年を3人で見送り、私達の殺気に泡を噴いている男達を一瞥していると
「おっらあッ!!!」
カワサキ様が蹴りを叩き込み鉄の扉を蹴り砕く、その轟音に店の中にいた男達があちこちから出てくる。全員が全員悪人面であり、血などが頬に付着しているのを見てますますカワサキ様の怒りのオーラが強くなる
「てめえ!ここがどこだか……「ああ、それは是非私に教えてくれないか?」……が、ガゼフ……ストロノーフ!?」
カワサキ様の後から姿を見せたストロノーフ様の姿を見て、口をパクパクさせる
「なるほど、スタッファン・ヘーウィッシュ殿、王都の巡回使でありながら、このような場所にいるのですね?」
「ち、違う!私は違うぞ!?」
それだけ頬にべったりと血を付けて何を言っているのやら……
「弁明は王の元で聞きましょう」
ストロノーフ様は賄賂で意見を曲げるような男では無い。口調は穏やかだが、その言葉に一切の温かみなどは無かった。そしてカワサキ様も……
「……」
その視線の先を見ると、先ほどの少女が入れられた袋と同じ物が幾つも転がっており、袋の口からは手や足が出ており、袋も鮮血に染まっている。いやそれだけではなく、首輪をつけられた全裸の少女の助けてという悲鳴が響き渡る、カワサキ様はそれを悲しそうな視線で見つめ
「てめえら……ッ! てめえら……ッ!!」
拳を握るカワサキ様。だがその手は怒りの余りか震えている
「てめえらの血はなに色だーっ!! 」
そう叫んだカワサキ様の筋肉によって服が弾け飛び、その怒声に困惑している男の顔面に跳び膝蹴りを叩き込み、着地と同時にスタッファンとか言う男の顔面に拳を叩き込み、その悲鳴に我に返った男達を殴り、蹴り店の奥へと消えていく
「ストロノーフ様。私達も参りましょう」
「ええ。ここを見逃すわけには行きませんから」
入ってくださいと言わんばかりに開いている地下への道。そこを調査しましょうとストロノーフ様に声を掛ける、了承したストロノーフ様だが
「カワサキ殿は1人で大丈夫でしょうか?」
普通なら御方を一人にするなど許されないことですが
「うわあああああ!!!」
「地獄に落ちろ!この○○○共がぁッ!!!」
窓ガラスの割れる音と、目の前の窓に落ちていく男の姿と、上のほうから聞こえてくるカワサキ様の怒声
「今下手に合流しようとすると逆に危険だと思うのです」
「……そのようですね」
殆ど狂戦士と化しているカワサキ様に今近づくのは危険だ。私も本来の姿に戻らなければまともに戦える訳が無い、シモベとして許される物では無いがここはカワサキ様と距離を取るのが正解だと判断する。地下は予想通り個室が沢山あり、そこから聞こえてくる女性の悲鳴と楽しそうな男の声。1部屋ずつ開けて回り、女性を救出し女性を痛めつけている男達を確保する。だが確保するたびにストロノーフ様が暗くなる
「どうかなさいましたか?」
「……ここの客の大半が王国の貴族であり、役職のある人間なのです」
それは暗くもなりますね、自分の所属している国の闇を今正に見ているのだから……そんなことを考えていると、上の階から再びカワサキ様の声が響いてくる。
「ヒョオオオオオッ!!!」
「ば、化け物か!手で矢を切り落としやがった!?」
「矢だけじゃない!剣もだ」
「う、うぎゃああーーーーッ!いでえ、いでえええーーーッ!!!」
「な、何を……が、がああああ、ゆ、指!俺の指がああッ!!!」
この館にいた男達の絶叫が聞えてくる。その叫びは凄まじく、カワサキ様の怒りの深さが判る。
「……カワサキ殿は武術の心得が?」
「身を護る術を学んでいるとは聞いております」
カワサキ様が戦うことなど滅多に無い、カワサキ様は料理を作り、生かす御人で誰かを傷つけるような性格ではございません。ですが、今回は特別と言うことなのでしょう
「シャアッ!!!」
「げばあっ!?」
「ぼべらッ!?」
ただ、地下にまで響いてくる絶叫とカワサキ様の雄叫びを聞くと、外にまでその声が響いているのではと僅かに不安に感じてしまいますね……そんな事を考えていると背後から大勢の足音が聞こえてくる。あの少年が呼びに行った応援が来たのでしょうね……では私も私の出来る事をしましょう。
「ふんッ!」
「えっ!あ、ぐぼおッ!?」
暗がりから剣を振りかざして走ってきた男に視線も向けず、裏拳で剣を砕き、そのまま回し蹴りで顎を打ち抜く。骨を砕く手応えでしたが、死んでいないのなら問題ないでしょう。
「お見事です……なッ!!」
「ぐっ!?」
「いえいえ、ガゼフ様も素晴らしい腕前ですよ」
両刃剣で相手を殺さずに気絶させる。その力量はこの世界の人間では十分に優れていると言えるでしょう……ただ気がかりなのが……
「コオオオオッ!!」
「ぎゃっ!?」
「ば、化け物かッ!?げふうっ!」
「うわあああッ!!来るな来るな来るなあ……」
恐らくカワサキ様の呼吸音。鋭い呼吸音から繰り出される拳はここまで響いて来ていますし、カワサキ様が踏み込んだであろう場所は、天井が崩落している
「……カワサキ殿を怒らせてはいけないという事を実感しました」
温厚なカワサキ様だから、多少誇張した話では?と思っていたのですが……どうも違うようですね。シモベとしては相応しくないですが、ここはカワサキ様のご命令を最優先にするとしましょう……
「アタタタタタタタッ!!」
「……セバス殿」
「……すみません、私も本当に知らないのです」
上の階から響いてくる声、それだけならいいのですが、明らかに鉄を殴っている音が響いている。
「う、嘘だろ!?なんで鉄の壁を素手で壊せるんだよ!?」
「うわ!も、もう駄目だ!壁が砕けるぞ!?」
「いやだあ!死にたくない!!」
……私とガゼフ様は下の階に行って良かったのかもしれない……鉄が砕ける音と、見つけたぞっと言う背筋も凍るようなカワサキ様の声が聞こえてきて、私は思わずそう思ってしまうのでした……
「き、貴様!俺が誰か判っているのか!こんな事をしてただ……「うるせえよ」ひ、ひいっ!」
バルブロが額に青筋の浮かんでいるカワサキが無造作に投げ付けた顔の形が変形した男の顔を見て、引き攣った悲鳴を上げる
「心配するなよ王子様、あいつは俺が排除してやるからよ、八本指の俺達に任せておきな」
「そういうこと、筋肉だけの男に俺達が負けるわけ無いからよ」
八本指の男達がバルブロの前に立ち、腰から抜いた剣をカワサキに向ける。だがカワサキはくだらないと言わんばかりに鼻を鳴らし
「そんな鈍らで俺をどうにかできると思ってるのか?」
「はっ!減らず口もそこまで叩ければ立派だなッ!」
男が手にしている剣は八本指の財力で手にした帝国でも有名な鍛治師の作品。これなら負ける訳が無いと鼻息も荒く駆け出したのだが
「ほらな。やっぱり鈍らだ」
「は?え。あ?ごぼあっ!?」
カワサキの左拳一発で名剣は砕け、右拳で顎を打ち抜かれ、宙を舞った男の顔面にカワサキの回し蹴りが叩き込まれ鼻と前歯を砕かれた男が、血反吐を吐きながら壁に叩き付けられずるずると崩れ落ちる
「な、なななな!?」
「言いたいことはそれだけか?なら口を閉じろ、耳障りだ」
相方が一撃で倒れた事が信じられず、目を白黒させている男に近づき手刀一閃、それだけで男が握り締めた剣の刃は消え去る。そして男が最後に見たのは、自分の顔目掛けて迫ってくる硬く握り締められたカワサキの右拳なのだった
「お前は一回死んで来いッ!!!」
「げ、げぼ!?ごばがおあわとあおあああッ……」
だがその一発でカワサキの攻撃は留まらず、連続で叩き込まれた拳。一発ごとにカワサキの拳が男の骨を砕き、全身ボロボロにされた男は壁に叩き付けられるが、それだけでは済まず崩れた瓦礫の山の中に消えた
「……悪いな、遅れてよ」
「……」
今徹底的に叩きのめされた男は少女の首を絞め、苦しそうにもがく姿をみて笑っていた。それを見たからこそ、カワサキは一切の容赦も無く、男を叩きのめした。頬についた血を、血に濡れた拳を見てカワサキは溜め息を吐く
「……ったく、むかつくな、本当によ」
決してカワサキは好戦的な男ではない、それでもなお戦わなければならない時はある
「さてと……ん?」
「ま、待て!それに触るんじゃない」
バルブロの言葉を無視して、カワサキは落ちていた羊皮紙を拾い上げ目を通す。そしてそれを丸めて懐に収める
「馬鹿もここまで来ると立派だな」
「馬鹿だと! 次期国王である俺が馬鹿だと!」
カワサキが拾い上げた羊皮紙には、クーデターの作戦や、バルブロが王になった時に取り立てると約束した貴族達の名前が記されていた。
「てめえみたいな屑が王様になれるわけないだろう?」
「第一王位継承権を……はぶっ!き、きさ、げぼっ!」
無表情に、そしてそれでもその目に怒りを宿したカワサキはバルブロの頬を平手で打つ、何かを言おうとするバルブロだがその度に頬を打たれ、何も言うことが出来ない
「何回でも言ってやる、てめえは王の器じゃねえ。お前が治めることが出来るのは馬鹿しかいねえ場所だけだ」
「う、うるさい!お、俺ばあ!」
「人の痛みもわからねえ、女に手を上げて喜ぶ馬鹿野郎が……お前には痛みって物を教えてやる。そして死ぬまで悔い続けろ」
「ひ、ひいいいいいッ!!!」
自分を見下ろすカワサキの冷酷な瞳にバルブロは悲鳴をあげ、そして視界を反転させる平手を4発まで数えた所で、その意識は闇の中に沈むのだった……
カワサキがバルブロ達を制圧した頃、詰め所にいた兵士達が応援に違法娼館に次々と踏み込んでいた。
「ガゼフ戦士長!応援に参りました!」
「ご指示を!」
とりあえず今私達のやる事は終ったようですね。ストロノーフ様は剣を納め
「女性達の救助を最優先、暴れるのならば無理に連れ出さず1度距離を取れ。女性の衛生兵の応援を求めるぞ」
このような場所に囚われていたことを考えれば男性に恐怖を覚えるのは当然。女性の事も考えた指示に感服しながら、1階に戻るとカワサキ様も上の階層から降りてきたのだが、その顔は鬼その物と言えるほどの憤怒に染められていた。まるでゴミのように3人の男を引き摺ってくる。ストロノーフ様はそのうちの1人を見て、顔を青くさせる
「……ガゼフさんよ。この馬鹿王子、クーデターを考えてたみたいだけどよ。どうするよ?」
「バルブロ様……」
沈鬱そうに告げられた名は、この王国の第一王位継承権を持つ王子の名前だった。正し顔は別人のように腫れあがり意識は無いようですが
「で、こっちの2人が八本指らしい。だよな?お前ら、さっきそう名乗ったよなあ?」
「「あががああ!?あああああーッ!!!!」」
カワサキ様がその手で2人の男の頭を鷲掴みにして吊り上げる。その手からめきめきと骨がきしむ音と男達の苦しむ声が響く、暫くそうしていたのだが、急に手を放し2人の男が地面に尻餅をつく
「さっきも言ったが、本当の事を言え。もし俺を騙していたら……」
そこで言葉を切ったカワサキ様は2人に顔を近づけ
「何処に隠れても、お前達を殺しに行く。良いか?チャンスは1度、2度は無い。俺もそこまで優しくないからな?」
無造作に突き出した拳が2人の顔の近くの壁にめり込み、引き抜いた手を広げるとそこから粉々に砕かれた石が零れ落ちる。それを見て男達は糞尿を漏らし、顔をくしゃくしゃに歪めながら何度も何度も頷く
「セバス。少し頭を冷やしてくる、ガゼフさん。後は任せるぜ」
そう言うと興味を失ったといわんばかりに家を出て行く。ストロノーフ様はボロボロのバルブロと言う王子見て深く溜息を吐く
「セバス殿。カワサキ殿にはあんな一面が?」
「私達の中でカワサキ様は決して怒らせてはいけないというのが決められております。しかし、私もあのようなお姿を見たのは初めてですが……」
カワサキ様と言えばお優しい方だが、その反面今のように鬼のような怒りを見せることもある。話には聞いていたが、そのお姿を初めて近くで見た私もストロノーフ様も震えを隠す事が出来ないのだった……
夕刻ガゼフの案内で城を出たはずのカワサキ殿とセバス殿が再び戻って来た。何か忘れ物かと思ったのだが、その激怒に顔を歪めた姿にただ事では無いと即座に察した
「カワサキ殿。どうなさったのだ?」
王座に挨拶もなしに入ってきたカワサキ殿に兵士が槍を向けるが、その怒りに顔を歪めた姿を見て、相手は丸腰と言うのにも関わらず、恐怖に顔を歪め後退する。貴族達も無礼者と叫んだが、カワサキ殿に睨まれその場にへたり込む。私も恐怖を覚えながらカワサキ殿にそう問いかける
「……いくつか聞きたい事がある」
「判りました。なんですかな?」
カワサキ殿は怒りに満ちた声で普段の敬語ではなく、乱暴な口調で告げた
「王国は奴隷制度がないと言うが、俺とセバス、そしてガゼフさんは見たぞ。物のように扱われ、殺されかけている少女達を、八本指とか言うクズもいた。国王としてそれを見逃していたのか、それとも知らなかったのか!どっちだ!」
その一喝には覇者としての風格があった。若い時に何度も見た人の上に立つべき者の風格
「……申し訳ない、把握はしていたがやつらは拠点を転々とする。故に全てを把握をしていない」
私が謝罪した事に貴族達の騒ぐ声がするが。そんな物はただの雑音に過ぎない、カワサキ殿との関係を悪化させる方がリスクがある
「……それならば、俺とセバス、そしてガゼフ戦士長の3人で八本指の男を2人連れて来た、嘘偽り無く答えるはずだ。後をどうするかはお任せしよう」
カワサキ殿が視線を背後に向けるとセバス殿とガゼフが縄で縛られた大勢の男を連れて来る。その中には見覚えのある顔がいくつもある
「ガゼフ!貴様貴族を相手「黙れッ!」
同じ派閥を見て声を荒げる貴族に王座に腰掛けたまま、黙れと一喝する
「カワサキ殿。不快な気持ちにさせて真に申し訳ない。私に出来ることならば何でもしよう、その怒りをどうか静めては貰えぬか」
「……俺の要求は4つ、八本指を壊滅させること、次に八本指に関わる貴族の粛清、3つ目は奴隷にされていた少女達を俺が預かることを認めて欲しい。最後の1つは先の3つの条件を飲んでからだ」
……条件と言うには余りに甘い。最後の1つが恐ろしいが、認めるしかない
「判った。ランポッサ三世の名において誓う。最後の条件をお聞かせ願いたい」
その言葉にガゼフが肩を大きく落とす。そして縄で縛られた男がカワサキ殿の手によって王座の間に投げられた
「……バルブロ……」
そこにいたのは顔が別人のように腫れ上がり、痣と流血、そして涙で顔をぼろぼろにした哀れな息子の姿だった
「そこの王子は八本指と貴族と結託して、クーデターを企んでいた。これは証拠だ、目を通して欲しい」
ガゼフに書状を渡し、ガゼフが肩を震わせながら書状を差し出してくる。それに目を通せば一目瞭然だ、紛れも無くバルブロの筆跡、そして……
「残念だ。実に残念だ、ボウロロープ侯、リットン伯、ブルムラシュー侯」
その書状には紛れも無く今名前をあげた三人の直筆のサインと印。これがあれば逃れることなど出来る訳が無い、兵士に囲まれ叫びながら連行される3人を見送り、カワサキ殿に視線を向ける
「して4つ目の要求は」
「バルブロについては、ランポッサ三世。貴方にお任せする」
……それは覚悟を見ると言う事だろう。意識の無いバルブロを哀れと思う気持ちは無いわけでは無い、だがジルクニフ皇帝と話をし、そしてその上で必要な事を私は思い出したのだ。バルブロがこうなったのも、いつかは気付いてくれると問題を先送りにしていた私の責任だろう
「バルブロの王位継承権を剥奪、そして生涯離宮にて幽閉する」
私の言葉に王座にざわめきが満ちる。それは今までの私ではありえない非情な決断だったからだ。王族の王位継承権の剥奪、それは死にも等しい裁きと言えるだろう。特に王族であると言う事を傘にして、様々な事をしてきたバルブロには何よりも重い罰となる筈だ。
「……判った。過ぎた事をした事は謝罪する、許して欲しい」
「いや、カワサキ殿に感謝する」
遅かれ早かれバルブロの問題は表に出ていたはずだ。それを早く知る事が出来たのだ、カワサキ殿を恨む筋合いは無い。全ては私の優柔不断が齎した結末なのだ。どれほど苦しくてもそれを受け入れるしかない
「後でアインズさんを連れて来るから、その時に収容されている少女達はこちらで引き取らせてもらう」
王国や貴族に間違いなく恨みを抱いている筈だ。ここはカワサキ殿とゴウン殿に全てをお任せしよう
「では失礼する。騒がして申し訳ない」
一礼して去って行くカワサキ殿を見送り、私は王座に深く腰掛けた。覚悟を決めなくてはならないと思っていたが、それが余りに早すぎる
「ガゼフを残して、全員退出せよ」
今は下手なおべっかや、権力争いの話は聞きたくない。ガゼフを残して、メイドや兵士を退出させる
「ガゼフ。私の今回の決断はどう見える」
「英断であると思います」
気心を知る臣下がいると言うのは嬉しい物だ……今まで見たくない物を見ない振りをしてきたツケがこうして回ってきた。バルブロの件は間違いなく私の責任だろう。だがそれ故に私は覚悟を決めることが出来た……
「国を建て直す。もう躊躇いはしない」
本気で動かなければ、国を変えることなど出来ない。私は今国を変えると言う事を強く心に誓うのだった……まずは出来る所から、始めて行こうと思う。
「カワサキ殿が捕らえてくれた八本指の2人から拠点の場所を聞き出し、八本指を制圧する。ガゼフ、信用出来る部下のみを集めよ」
まずは八本指を制圧する。何処に貴族派、八本指の息の掛かった兵士がいるか判らない。信用できるのはガゼフの部隊だけだろう
「判りました。明朝までには集めます」
「頼むぞ」
自ら行動に出る事でしか失った信頼を回復させることは出来ない、もう私の中に躊躇いはないのだった……
メニュー73 病人食
はい、と言う訳で商館襲撃は少し速いタイミングとなりました。お願いですから、石は投げないでください。本当お願いします
料理と食事は頑張りますが、ここら辺はちょっと難しい所なので細かい描写は無いですが、本当そこは許してください。お願いします
次回はカルネ村。ニニャとツアレの再会なども書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします
やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……
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間違っている
-
間違っていない