メニュー8 パンドラズ・アクターのシュニッツェル アルベドの水晶鶏
黄金の鶏の卵をボウルに割り解き解す、ビーフシチューを出す間に塩胡椒でしっかり下味をつけているので、後は調理を進めるだけだ。シュニッツェルって言うのは日本で言えば「カツ」になるが、日本のようにたっぷりの油で揚げるのではなく、ラード、もしくは少量のサラダ油で揚げる……と言うよりかは焼くと言うイメージでカラッと焼き上げるのが特徴だ。また、場所によるがソースなどを使わず、濃い目の下味と牛肉の味を楽しむのが本場らしいので、今回はソースなどを使わず仕上げるつもりだ。
「こんなもんだよな」
シュニッツェルでは無いが、肉を薄く叩き引き伸ばすのは嫌って程慣れている。リアルでは肉はとにかく稀少品だ、手に入れば小さく切ってハンマーや麺棒でとにかく薄く引き伸ばすのは当たり前の調理法だった。最初は麺棒の重さと振り下ろす力で大まかに伸ばし、次は肉叩きハンマーで全体的に薄く伸ばしていくのだ。しかし薄すぎても駄目、厚過ぎても駄目なので、目で確かめながら丹念に叩く。叩く理由としては。シュニッツェルの少ない油で焼き上げるように揚げるという特徴上に大きく関係している。
「パン粉もこんな物でいいだろう」
そして使うパン粉も日本で使うパン粉よりもきめ細かく、砂の様にさらさらした物を使う。流石にそれはユグドラシルには実装されていないアイテムなので、パンを先ほどミキサーに掛け粉々にし、それを更にすりこぎで磨り潰した。そこまで気にする事は無いと思うのだが、相手はドイツ軍服にドイツ語を使う設定のパンドラズ・アクターだ。知識で知っている限界まで本場の雰囲気に近づけようとするのは当然の事だろう。
「溶き卵に潜らせて、パン粉を塗す」
かなり大きくなった牛肉にかるく小麦粉を塗し、余分な分を叩き落とす。そして溶き卵に潜らせ、小麦粉を塗し。本場とは違うが、俺自身のアレンジとして細かく摩り下ろしたチーズをパン粉と混ぜ合わせた物を最後にふわりと塗す。パン粉を少なくする事で、カラっとした揚げ具合になるのだ。そして隠し味程度だが、チーズの濃厚な旨味もプラスしてみようと言う俺の試みでもある。教科書通りに仕上げるのも悪くないのだが、こうして隠し味を加えるのも料理人としての腕の見せ所だからだ。
「良し、そろそろ仕上げるか」
フライパンにラードを入れて加熱する、油を過熱しているので当然バチバチと跳ねまくる。
「あちちち……」
これだけ跳ねると流石に熱い。ラードが溶け液状になった所でパン粉を一つまみ鍋の中に落とす。
「良し、温度も完璧」
パン粉が直ぐに浮き上がってきたのを見て、揚げる適温になっているのを確認し、肉を滑り込ませるようにして鍋の中に入れる。
「揚げ物はやっぱりこれだな」
パチパチと言う小気味良い上げる音と香ばしい香り。コレこそが揚げ物を作る上の醍醐味だな……
「カワサキ様。1つご質問よろしいでしょうか?」
「ん?なんだ?ピッキー」
付け合せの人参を炒め、フライドポテトを揚げていたピッキーが質問宜しいでしょうか?と言う。鍋から視線を外さず、なんだ?と尋ねる。
「何故植物油ではなくラードで揚げるのですか?私はポテトを植物油で揚げていますが……?」
「あーそれか。ラードは植物油と違って酸化し難い、それにラードで揚げれば植物油よりも深みとコクが出る。それにサクサクとした食感も出る」
植物油が悪いって訳じゃないが……こうした肉を揚げる時はラードの方が適しているなとピッキーに指導する。その間も俺の腕は小刻みに動き、シュニッツェルを揚げている。肉を叩いて伸ばしている分何度も引っくり返すと形が崩れる、こうしてフライパンを揺すりながら揚げる事でシュニッツェルが常に油で浮く事になり、満遍なく揚げる事が出来るのだ。正し当たり前の事だが、中身を零さないように細心の注意を払う必要がある。
「野菜のてんぷらや魚を揚げる時は植物油の方がいいだろう。何事も臨機応変に対応するんだぞ」
後は食べる人のことを考え、そしてその人から注文があるのなら、それに応える事も忘れるなと呟く。こういう料理を食べたいと言って来ている人間に自分の味を押し付けるような真似はしてはいけない。その人の思い出の中にある味、それに少しでも近づける努力を怠ってはいけないのだ。
(まぁ、思い出の味には絶対に勝てないがな)
故郷の味などには近づけるだろう。だが思い出の味、母親の味などには絶対に勝てない。思い出の味と言うのはそれほどまでに強いものなのだ。
(良い具合だ。そろそろ仕上げだな)
衣がこんがりと狐色に揚がって来た所で1度だけ引っくり返し、反対側の面と同じようにフライパンを揺すりながら丁寧に揚げる。
「ピッキー。そろそろあれの準備を」
「はい。判りました、何をお出ししますか?」
ドイツビール。麦芽と水とホップと酵母だけ、副材料の含まれていない物だ。以前のドイツはビール大国で、様々な種類があったと聞く。無論それは今は存在していないが、ナザリックにはデータとして残っている。余談だが、BARナザリックとしてピッキーがバーテンダーをやっているとのことで、ビールだけではなくウィスキーにワイン、ありとあらゆる酒のレパートリーがあると聞いている。それは料理人として一度は賞味してみたいと思ってた銘柄もあるだろう。
(機会があれば行ってみるか)
バーテンダーをやっている。それはきっと副料理長としてのピッキーではない、また別の側面を見せてくれるだろう。それを見るのも悪くない。話を戻すがその豊富な酒のデータの中でもドイツビールは更に種類も豊富だ、そしてその味わいもまた恐ろしいほどの種類がある。シュニッツェルに最も合うドイツビール……俺は少し考えてから銘柄を口にした。
「レーベンブロイだ」
レーベンブロイ。美しい黄金色のビールで、本場ドイツでも人気の品だ。強い苦味と爽快な炭酸の刺激の後に口に広がる麦のコクが特徴なのだが、そのすっきりとした喉越しとまろやかなコクによって、アルコール度数5%とビールの中では強めにも関わらずごくごく飲める一品である。
「良し、仕上げだ!」
両面こんがりと狐色に上がったのを確認し、フライパンから取り出しキッチンペーパーで余計な油を取り除き。ピッキーが炒めてくれた付け合わせの野菜とフライドポテトが乗った皿に盛り付ける。本当ならここで切り分けるが、本場ではそのまま出すのが普通だ。だからあえて切り分けず、そのままだ、最後にスライスしたレモンを皿に載せる。
「良し!頼むぞ、ピッキー。判っていると思うが、先にレーベンブロイを出すんだぞ」
判りましたと力強く返事を返す、ピッキーを見送り。小さく深呼吸をする、残るはアルベドとモモンガさん。ここまで気を入れて料理を続けた事は無いなと苦笑する。
「まだまだ精進が足りん」
この程度で疲れたと思っていては精進が足りない。俺は気合を入れる為に頬を張り、そのままアルベドの料理の調理を始めるのだった……
ピッキー様が配膳カートを押して私の前にやってくる。クロッシュにも興味を持ったが、私の視線はクロッシュの前に向けられた。ジョッキに並々と注がれた黄金色のビール。
「お待たせ致しました。パンドラズ・アクター様、お料理の前にまずはこちらをどうぞ」
「おおッ!!ジョッキも冷えていて、実に良いですな!!ピッキー様、銘柄はなんですかな?」
ひんやりと冷たいジョッキを手に、中身を飲み干してしまいたいという欲求を抑えながら銘柄を尋ねる。無論銘柄は見れば判っているのですが、そこはやはりバーテンダーのピッキー様の顔を立てるべきでしょう。
「こちらはレーベンブロイになります。やや強めの苦味が特徴で、炭酸の刺激の後に口に広がる濃厚な麦のコクを持つドイツビールになります」
私が詳しいことを知っているので苦笑いしながら銘柄を教えてくれたピッキー様に頭を下げ、
「ではアインズ様!お先にいただきます!」
「う、うむ」
オーバーロードではなく、人間のお姿をしておられるので若干苦笑いを浮かべているアインズ様に頭を下げ、ジョッキを口をつける。
「んっんんッ!!!っくううーッ!!これですね!!!」
キンキンに冷えたのではなく、やや冷えた程度の温度。ジョッキは冷たいですが、中身は程よい冷たさ。これが一番味わい深く感じますね……レーベンブロイが喉を滑り落ちていく感覚。口に広がる強い苦味と麦のコク、そして炭酸の刺激。ビールの中ではやや強めのアルコール度数なのだが、水のように飲み干せるこの喉越しが堪らない。
「パンドラズ・アクターよ。そのレーベンブロイと言うのは、それほどまでに美味い物なのか?」
「勿論でございます!アインズ様!ドイツビールの中では一番であると!このパンドラズ・アクター自信を持ってお勧めします!」
顎の下に手をおいたアインズ様は少し考える素振りを見せてから、
「ピッキーよ。すまないが、私にも同じ物を。量はそれほど多くなくとも構わない」
アインズ様が興味を持ってくれた様で何より。私は残り僅かになった分を飲み干し、
「私も追加でお願いします。今度は大ジョッキで」
料理はビールが来るまで待ちますからと笑い、ピッキー様を見送る。クロッシュの中身は気になるが、レーベンブロイを選んだという事は恐らく揚げ物。それもかなりガッツリとしたメニューのはず、それならば御供のビールが無ければ寂しいと言う物です。
「パンドラズ・アクター。ドイツビールと言うのはそれほど種類があるものなのかしら?」
アルベド様がそう問いかけてくるので、勿論ですと返事を返す。
「20種類以上存在します。アルコールの強い弱いから、苦味の弱い、強い。それに炭酸の刺激まで、種類を口にすれば限りはありませんが……レーベンブロイは飲みやすく、まだ大丈夫と思い飲みすぎてしまい、酔い潰れやすいのでお気をつけください。アインズ様!」
アインズ様がアルベド様を見て、次にシャルティア様を見て、ふむと頷き
「忠告感謝しよう」
飲みすぎ、酔い潰れる危険性に気付いてくれた様で何よりです。余計な事をと視線で訴えてくるアルベド様達を無視していると、ピッキー様がビールのお代わりを運んできてくれる。
「どうぞ、こちら大ジョッキになります」
ずっしりと重量のある大ジョッキに思わず笑みを零す。これでこそ、料理を楽しめるという物です。
「では私の料理よりも先にアインズ様にもビールを」
アインズ様も興味を持っておられる様子。ならば先にお出ししてくださいとお願いし、先ほどのように飲み過ぎないように注意して、ジョッキを口にする。
「ほう……綺麗な色だな。ビールは飲んだ事が無いのだが……」
観察しながらビールを口にしたアインズ様は目を開き、小さく溜息を吐いて、
「なるほど、確かにこれはワインとはまた違う味わいがある。飲みすぎるなと言うのも納得だ」
飲みやすいのにアルコールが強いと笑うアインズ様を見ていると、ピッキー様が私の料理のクロッシュを開ける。
「おお、やはり。レーベンブロイと来ればシュニッツェルと思っていました」
薄くて巨大なカツレツ。レーベンブロイと来ればこれは恐らく牛カツレツ、付け合せはフライドポテトと人参。ソースも無いのを見ると本場ドイツ風ですね。
「ウィンナーシュニッツェルになります、レモンを使うタイミングは言うまでも無いですよね?」
「勿論ですとも、心配なさらずとも大丈夫ですよ」
いきなりレモンをかけるのは馬鹿のすること。まずはシュニッツェルから楽しむ物です、切っていないのは手抜きではない、これこそがシュニッツェルと言える。ナイフとフォークを手に、やや大きめに切る。
(おお……柔らかい)
元々薄いカツなので柔らかいが、それとは別に更に柔らかい。恐らくコレもまたレイジングブル……やや大きめのカツレツに齧りつく。香ばしく揚げられた衣がザクッ!!と小気味良い音を立てる。その音に反して肉は柔らかく、そして噛み切りやすいように入れられた隠し包丁がその大きさからは想像も出来ないほどに容易く肉を噛み切らせてくれる。塩胡椒で濃い目に下味を付けられているのですが、牛肉の旨味はそれに負けていない。むしろ濃い目の塩胡椒ですらどこか物足りないと思わせるほどの濃厚な味わい……いやこれは……
(これは……チーズですかな?)
やや塩みの強い濃い味わい。衣に粉チーズを混ぜているのか、タダでさえ濃厚なレイジングブルの味わいを更に引き立てている。これはもうビールを我慢する事など出来る訳もありません!!ジョッキに口をつけ、中身を一気に飲んでいく。
「ん……んんっ!!!ぷっはーーーッ!!!これぞ!正に!天上の味わいッ!!!」
濃すぎるほどに強いレイジングブルの味わいと計算されつくした味付け。それはレーベンブロイの爽やかな味と完全に一体となっている。
(盛り合わせはシンプルにフライドポテトと塩胡椒で炒めた人参……)
この盛り合わせも完璧に近い、ウィンナーシュニッツェルのこの濃厚な旨味と味わいにジャーマンポテトは合わない、塩胡椒でシンプルに味付けされたフライドポテトと人参が最高の盛り合わせだ。フライドポテトを多少行儀は悪いですが、素手で掴み頬張りビールを口にする。シュニッツェルだけを食べ進め、盛り合わせだけが残る等と言うのは愚の骨頂……さてと……
「ではそろそろレモンをっと」
半分に切り、その半分にレモンを絞る。レモンの強い酸味と微かな甘みが更にレイジングブルの味わいを引き立てる。こってりとした味に慣れた段階でのこの味の変化は更に食欲を増加させる。
「シホ様。ビールのお代わりを頂けますかな?」
私としたことが少しペース配分を間違えていたようです。まだシュニッツェルは残っているのにビールを飲みきってしまうとは……ジョッキを掲げお代わりを頼む。
「只今参ります」
近寄ってきたシホ様にジョッキを渡すと同時に、小声で呟く。
(シェフにお伝えください。私は役者、貴方の舞台で踊りましょうっとね)
身体を竦め、こっちを見つめるシホ様に笑みを浮かべる。ブラフでしたが、この反応を見れば十分。やはり今回の晩餐会の料理を振舞っているのは……カワサキ様と言う所ですね。
「お早めにお願いします。まだ温かい内にビールと共に口にしたいので」
「……直ぐにお持ちします」
厨房へ引き返していくシホ様を見ながらフライドポテトを頬張る。アルベド様とデミウルゴス様が気付けないのは、御方達を神聖視しすぎているから。私は知っている。御方達が訪れなくなり、宝物殿で嘆くモモンガ様を知っている。御方達もまた、神なのでは無く、泣きもするし、怒りもする。笑いもするし、嘆きもする。無論敬愛し、尊敬するべき存在である事は間違いないのですがね。
(カワサキ様の思惑に乗るとしましょうか)
シュニッツェルを頬張る。この味わい、そして丁寧な調理。言ったら悪いですが、これはシホ様とピッキー様の仕事ではない、これは紛れも無くカワサキ様の仕事だ。そして恐らくモモンガ様に人化を施したのもカワサキ様だろう、何故ならモモンガ様の人化の指輪は私が預かっているからだ。カワサキ様だけが人化を他者に使う事が出来るから……
(恐らく私とカワサキ様の思いは同じでしょう)
優しいモモンガ様を忘れないで欲しい、アインズ・ウール・ゴウンと名乗って欲しくない。私はそう思っている。カワサキ様もきっと同じだからここまでめんどくさい事をしているのでしょうね。
「お待たせしました」
「おお!待ってましたよ!!んーッ!!堪りませんなあッ!!」
美味い料理に好きなドイツビール。カワサキ様が今回の舞台の演出家ならば、私はその演出に乗りましょう。
(何故なら私は、アクターなのだからッ!)
私は役者なのだからどんな役だろうと演じて見せましょう。今回は食事を心から楽しむという役を、アインズ様がアインズ様ではなく、モモンガ様でありたいと思わせるほどに存分に食事を楽しんで見せましょう……ま、実際に恐ろしいほどに美味なので演じる必要はありませんがね……。
アルベドの水晶鶏の調理をしている最中。厨房に戻ってきたシホの言葉を聞いて驚いた。
「シェフにお伝えください。私は役者、貴方の舞台で踊りましょう……か」
「……私とピッキーは何かミスをしましたか?」
申し訳ありませんと頭を下げるシホだが、パンドラズ・アクターの知力を侮っていた俺のミスに近い。鶏胸肉を麺棒で叩き柔らかくしながら、
「俺の事を言わないなら構わない。ビールのお代わりを持って行ってやってくれ」
俺の事を言うのなら不味いが、俺の事を口にせず協力してくれると言うのなら、そこまで目くじらを立てる必要は無い。そう判断し調理を再開する。水晶鶏と言う名前こそ美しいが、実際はそれほど高級な料理ではない。それこそ、リアルでも作ろうと思えば作る事が可能な料理だ。だが水晶鶏の真髄は肉ではない、肉を食べるタレにある。
「塩胡椒に酒大さじ1」
叩いた鶏肉を食べやすいように削ぎ切りにしてから、ビニール袋に入れ、塩胡椒を2振り。日本酒を大さじ1加え馴染ませる為丁寧に揉み込む、これで鶏肉自体の味付けは完了だ。後は10分ほどツケ時間を有するので、その間に水晶鶏の味の決め手となるタレ作りを始める。他の守護者のメニューと比べて質素なので、タレは少し大目に5種類ほど用意しよう。
「まずはド定番のポン酢」
醤油50cc、酢50cc、みりん30cc、それに厨房に常備されている鰹節から取った出汁汁を40cc加え混ぜ合わせる。
「ん……ま、こんな物だろう」
味見をして問題ないことを確認したら、それを小鉢に入れ。次のタレの準備を始める。
「これは合うか判らんが、これも定番中の定番だろ」
鰹出汁大さじ1を小鉢にいれ、種を取り除いた梅干を包丁で叩きミンチ状にしたら小鉢の中へ、このままでは少し酸味が強すぎるので水を大さじ2加え混ぜ合わせ味見する。
「っつーすっぱッ!」
ポン酢とはまた違う強烈な酸味。だがコレが淡白な味わいの水晶鶏には良く合う、和風タレ2と来れば、今度は中華ダレだ。似たような味ばかりでは飽きるからな。白ネギ、しょうが、にんにくを少量ずつ全て微塵切りにする。本当はしょうが、にんにくは1欠片使うのだが、アルベドは女なのであんまり口臭がきつくなるのを避けるべく、10g程度に抑える。醤油大さじ3、砂糖小さじ1、酢大さじ1、ごま油大さじ1を混ぜ合わせ、先ほど微塵切りにしたネギなどを全て加え混ぜ合わせる。
「やっぱり手抜き感あるか?」
色々工夫しているが、やはり手抜き感があるだろうか?でもなぁ晩餐会に牛丼とかは無いよなあ……絶対。
「しゃーねえ。不満そうなら、また今度なんか作るか」
モモンガさんがいない時にでもガッツリとした丼を作って許してもらおうと思い、残り2つのタレの準備を始める。
「……やべえ。自分で作っておいて手抜き感を感じる」
ケチャップとマヨネーズを大さじ2ずつ混ぜ合わせたオーロラソースを作りながら、手抜き感が半端ないことに気付く。いや、美味いんだよ?超美味いんだよ、俺だって自信を持って出せる料理だし、中国では一応高級料理らしいんだよ。
「……すまん。アルベド……」
やはりコキュートスにはクエ鍋ではなく、高級かき氷にすれば良かった。そうすれば、アルベドに海鮮を使う事が出来たんだ……自分で思っている以上に緊張していたのだと知り、俺は心の中でアルベドに謝りながらボウルにコチュジャン、しょうゆをそれぞれ大さじ1。それに酢、ごま油、砂糖、ラー油を小さじ2、おろしにんにく、白いりゴマ大さじ1を入れ混ぜ合わせながらピリ辛のソースを仕上げ。沸騰したお湯の中に先ほど漬け込んでおいた鶏肉に片栗粉を塗し鍋の中にいれる。
「うーむ……参った」
ここまで来てメニューを変えるのは無理だ。このまま行くしかないのだが、もっと他にあったのではないか?と思わずにはいられない。茹で上がり浮いてきた鶏肉を穴空きお玉で掬い、氷水で〆る。ぷるぷるとした透明な衣を纏っているのを見て、良い仕上がりだと納得するが、やはり手抜き感を感じる。刻んでおいた野菜を透明なガラスの皿の上に盛り付けながら俺は自分のミスを後悔するのだった……
厨房からシホが料理を運んでくるのが見えた。その姿を見て、私は少し不安になってしまった……その理由はシンプルだ。アウラやマーレ、デミウルゴスが自身の大好物と言えるメニューを提供されているからだ。
(いえ、大丈夫。大丈夫なはず……)
私が好きなのはガッツリとした肉料理や、丼物が好きだ。でも流石に晩餐会にそれは無い……大丈夫よね?そんな料理じゃないわよね?目の前に置かれたクロッシュを見て、心の中でそう呟く。
「お待たせ致しました。アルベド様のお料理は水晶鶏になります」
ゆっくりと開けられたクロッシュを見て、安堵するのと同時に溜息が出た。それは料理の美しさに合った、透明なガラスの皿に上に並べられたたっぷりの野菜とその上に丁寧に並べられた透明な衣を纏った薄切りにされた鶏肉。
「綺麗ね」
素直に綺麗だと、そう思ったのだ。透明な衣はドレスを纏っているように見え、丁寧に盛り付けられた野菜はダンスホールに見える。計算され尽くしたその盛り付けは美しい。その一言に尽きた。
「お褒めに預かり光栄です、お召し上がり方はこちらの5種のタレをお使いください、右からポン酢、梅肉、中華、オーロラ、ピリ辛となっております。梅肉はやや酸味が強いのでお気をつけください」
ガラスの皿の後の5つの小鉢。それぞれ別のタレが入っているのが見えた……サラダの盛り付けに5種のタレと実に手間が掛かっていると思う。
「アインズ様。お先にいただきます」
アインズ様に一礼してから箸を手に取り、まずはタレをつけずに鶏肉そのままを口にする。ひんやりと冷たく、透明な衣はプルプルとした独特の食感を持っている。タレが用意されているから味が薄いとも思ったのだが、そうではなくしっかりと下味が付けられていて、それ単品でも料理として完成していた。
(これでタレをつけたらどうなるのかしら?)
このままでも十分に美味しい。だが、用意されたタレをつけて食べたら、どれほどの美味になるのか?まずはポン酢に手を伸ばす。
(ん……これは悪くないわね)
やや強めの酸味は鶏肉の味を引き締め、更に鶏肉自体の食感も良くしている。それに酸味だけではなく、魚だろうか?海鮮系の出汁の味を感じる。次は梅肉……すっぱいって言ってたけど……
(見た目は綺麗ね)
琥珀色のタレの中に赤い実が浮いている。この実が梅肉なのかしら?タレを少しだけつけて口にする。
「っ!!」
予想を遥かに超えた酸味に思わず目を見開く。この酸味……は!強すぎる!慌ててワインを口にする。
「どうした!?大丈夫かアルベド!」
「だ、大丈夫です。少々驚いただけですので」
美味しい事は美味しいけど、これは酸味が強すぎるわね。こ、これはもう止めておきましょう……次は中華ダレ……にんにくやしょうがの摩り下ろしに刻んだネギなどの香味野菜が浮かんでいる、これはそのままじゃなくて、野菜を巻いて食べてみる事にしましょう。
(甘酸っぱい……)
香りの強さもあるが、ポン酢、梅肉と比べると甘酸っぱい味わいはサラダのドレッシングに似ている。だがにんにくとしょうがの強い香りがサラダドレッシングとは違う存在感を放っている。
「これは……ちょっと怖いわね」
赤いタレ……はちょっと怖い。辛い物が苦手と言う訳では無いが、少しばかりの不安を感じレタスやきゅうりの野菜を多めに巻く。これで予想より辛くても大丈夫と思いタレにつけて口に運ぶ。
(あ、全然辛くないわ)
最初に感じたのは僅かな甘みと、先ほどの中華ダレに似た香り。全然辛くないと思った瞬間、舌を刺す辛味に目を見開く、だがそれは長い時間続く物ではなくピリ辛の通り直ぐに辛味がひいていき、またこのタレで食べたいと思わせる。
(美味しい……)
鳥を茹でただけなのに、こんなにも美味しい。シンプルだけど、そのシンプルさがどこまでも深い味わいを生んでいる。これは野菜の切り方に始まり、タレまで緻密な計算の上で作られた料理だ。そして最後は最初から気になっていたオーロラソースとやらを試して見ましょう。
(これ……何かしら?)
ピンク色のタレ。味の想像がつかないわね……とは言え、出された料理だから変な味ではない筈。野菜を鶏肉に巻きタレをつけ口にする。
「これは……一番好きかもしれないですわ」
まろやかな酸味とややチープな味……それが透明な衣に絡まり。深い味わいになっている……野菜のしゃきしゃきとした食感も合わさり非常に美味しい……ただ……ただ少し、物足りなさを感じるわね。美味しい事は美味しいのだが、少し物足りなさを感じる……野菜を巻いて、5種のタレをつけて食べる。見目も良く、野菜も食べる事が出来る……少しの物足りなさを感じているとシホが再び配膳カートを押して厨房から姿を見せる。
「それは?」
「2品目になります。まずは前菜のサラダ、こちらがメインの水晶鶏のユッケ風になります」
白く横に広い器の中に少しの白米。そして皿の縁から中心に向かって並べられた水晶鶏……その中心には卵の黄身とネギなどの香味野菜の刻みが振りかけられ、赤いタレが彩りを与えている
「このタレはピリ辛を使用しております。卵の黄身を崩し、ご飯を混ぜ合わせお楽しみください」
頭を下げて厨房に下がっていくシホ。普段食べる丼と違い、少量で見た目に重点が置かれている。だがそれがいい、アインズ様の前で大きな丼を食べている姿は見せたく無いからだ。木のさじを手に取り、シホに言われたとおり黄身を崩し白米と混ぜ合わせ口に運ぶ。
「美味しい……」
自然のその言葉が口から零れた。ひんやりと冷たい水晶鶏にピリ辛のタレ……それが白米と良く合う。黄身が混ざっている部分は辛味が押さえられ、柔らかい味わいとなっている。だがそれだとやや物足りなさを感じ、ピリ辛タレの掛かっている部分にさじが伸びる。
(これは炒りゴマね)
炒られたゴマの香り、それにピリ辛のタレに摩り下ろされて混ぜられた大蒜やしょうがの香りが食欲をそそる。ガッと食べれないようにやや大きめのさじを用意してくれたシホに感謝し丼を口にしていると、シホとピッキーが1つの配膳カートを押してくる。
「アインズ様。大変お待たせしました」
「ふふふ。いや、待ち時間も楽しかったとも。私の料理は何なのかな?」
アインズ様が楽しそうに笑いながら、尋ねるとピッキーとシホはクロッシュで蓋をされた料理をアインズ様の前に置く。
「「アインズ様にとってこの世で一番美味なる料理をご用意致しました。存分にお楽しみください」」
ゆっくりと開けられたクロッシュ。座っている位置からは料理を確認出来ないが、湯気が立ち込めるのが見えた。出来たてなのか、それともコキュートスのように鍋料理なのか?しかしアインズ様にとってこの世で一番美味なる料理とはなんなのかしら……?想像もつかない……シャルティア達も興味深そうにアインズ様の料理に視線を向けている。無礼と注意しようとしたその時。
「こ……これは……」
アインズ様の驚愕に満ちた呟きが私の耳に飛び込んでくるのだった……
メニュー9 モモンガにとってこの世で一番美味しい料理
次回の料理名はあえて伏せます。カワサキさんがモモンガさんに出す料理が何なのかを楽しみにしていてください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします
やはりカワサキさんがオラリオにいるのは……
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間違っている
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間違っていない