浮島からゆっくりと下降していったエレベータは、その動きを止め音もなくドアを開けた。
エレベータ内で今か今かと待ちわびていた客たちが我先にと飛び出していく。
大衆に流されるなどぼっちとしてあるまじき行為だとかなんだとか益体もないことを考えていたが、人の勢いには逆らうこともできず、エレベータから降りることとなった。
「……ここがLeMUか」
ぐるりと周りを見渡し案内図に目を向ける。――どうやらここは『エルストボーデン』、つまり地下1階らしい。
先に行ったあいつらがこのフロアにいるとは限らない、なんなら別行動をしているまであるのではないか。
……まぁ、人が集まりそうなところに行けば誰かしらはいるか……。
俺はそう思い、人気アトラクションが多数ある下の階に向かうために先ほど降りたばかりのエレベータに乗り込んだ。
エレベータは音もなく到着し、客を飲み込む。そしてLeMUのさらなる体内へと降りていった。
あてどもなく歩く。
アトラクションはどこも盛況だった。
あちこちであがる歓声と皆の笑顔が、今のLeMUの人気の高さを窺わせる。
しまったな……人が集まるところにあいつらの誰かがいる可能性は高いが、見つける難易度まで高くなってやがる。
いっそのこともう探すのをやめるか……俺が一か所でとどまっていた方がむしろ見つけてもらえるまであるんじゃないだろうか。
よし――そうと決まれば休めそうなところに向かおう。俺は安息の地を求めて行動を開始した。
安息といえば横になること、そして横になるにはベッドが必要だ。休息をとることに定評のある俺の脳は仮病で救護室に向かうという選択肢を叩き出し、俺の体も特に反対することはなかった。
エレベーターホールを横切り救護室へと続く通路に足を向けたその時だった。
「あ、先輩じゃないですか――」
ここ最近になってやたらと聞きなれてしまったあざとさを孕んだ声が耳に届いた。声のした方に目をやると、そこには想像と違わない一色いろはの姿がそこにはあった。
すると、とてとてとあざとく近づいてくる。
はいはい、あざとい、あざとい。
「先輩、こんなとこでなにやってるんですかー」
「……お前らと違う時間帯に入場するはめになったから探してたんだよ。――あいつらと一緒か……?」
「はい、さっきまでずっと一緒にいましたよー、地下3階――ドリットシュトックでしたっけ――今はそこにいると思いますよー」
なるほど――。さすがの雪ノ下も由比ヶ浜がいる手前しっかりと集団行動を行っていたようだ。感心感心――ん……?
「……一色――お前は何でこのフロアにいるんだ?」
「実は――さっきまでこっちのフロアのアトラクションに乗っていたんですけど、そこに忘れ物をしちゃったんで取りに来てたんですよ」
てへっという擬音がぴったりくるような立ち振る舞いに尊敬を通り越して委縮しちゃいそう――。
「とりあえず――みんなと合流したいじゃないですかー?下のフロアに行きましょ」
「……おう」
あいつらと合流することは俺も同意見であったため、短く肯き、一色とともに下のフロアに行くエレベータに乗り込んだ。
浮島からエルストボーデンに下ってきたときとはうって変わって、エレベータの中は俺と一色だけだった。
「LeMUで貸し切りのエレベーターに乗れるなんてラッキーじゃないですかー?」
「――そうだな。ここまで人がいないのはむしろ気味の悪さを感じるまであるが……人に酔わずに済むからいいな」
「……ほんとにひねくれてますね――」
――ガンッ!
強烈な衝撃とともに、エレベーターが止まった。
俺と一色はほぼ同時に天井を見上げた。
照明は不安げに明滅を繰り返している。
「え、な、なにが起こったんですか!?」
「……わからんが――フラグを回収した感じはあるな」
「なんなんですか、それ――!?」
ウーウーとけたたましく聞こえてくるのサイレンが、現実であることを証明しているようだ。
たくさんの悲鳴。
駆け足の音。
けたたましく唸るサイレンの音。
それは、夢や幻ではなかった。
「……すまん――俺も余裕があるわけじゃないが――パニックには陥るなよ……」
照明は徐々に弱まっていき、やがて消えた。
「――せ、先輩!?」
「……落ち着け一色――俺はここにいる」
一色の手が俺の腕に触れる。その手は――微かに震えていた。俺自身も現状を受け入れられているわけではないが――隣にいる一色に対する庇護欲が俺を冷静にしてくれた。
どれくらの時間がたっただろうか。喧騒は止み、嘘のような静けさが訪れる。
一条の光さえ射さぬ暗闇。
ただ繰り返される吐息だけが聞こえる。
「……先輩――なんか……気持ち悪いです……」
一色がか細い声でそう訴える。
確かに――肺に膨張圧を感じる。
「――そうか……気圧が低下してるのか――一色、耳抜きをしろ」
「……は、はい」
口から少し息を吸い、擦った空気が口から漏れないように口を閉じる。そして鼻からも空気が漏れないように指でしっかりつまむ。
ポンと音を立てて、耳の内側に溜まっていた空気が抜けた。
――出口はどこだ……。
一色はそろそろ限界が近い。焦る気持ちからか――胸ポケットからスマホが滑り落ち落下した。
その落下の衝撃でスマホが点灯し、漆黒の空間に一抹の光が射した。
その光を頼りに手を伸ばすと、ノブのようなものをつかんだ感触があった。
そのままノブを回す――するとエレベータの扉はゆっくりと開いた。