乃木若葉は新婚である   作:夏目ユウリ

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はい。……遅くなってもうしわけございません。

ちょっと感覚開けすぎちゃいましたね。気をつけたい。


最初の日

乃木さん改め若葉との本当の対面を果たした俺はそのあとすぐに焦ったように入ってきた医者や看護婦に囲まれてすぐに検診が行われた。

 

まぁ俺はかなり長い時間眠っていたらしいから色々と面倒なことになりそうだなとは思っていたが…………

 

 

「長かった……俺一応病人だよな?」

 

ベッドの上で思わず一人愚痴る。体の状態から精神状態、それから一般常識の確認、言語能力の確認までそれはそれは様々な検診をした。

 

健康の確認のためにやっていることで不健康になるかと思った。結構まじで。

 

いや、せめてこれで終わるならまだよかった。もうなんかこのままぐっすり眠りたかった。

 

しかし俺にそんな安息の時は訪れなかった。

 

今度はえーっと大…赦って言ったか。そのよくわからん組織の人たちに俺がどうなって今ここにいるか、世界の現状。怪物どものこと、勇者のこと。巫女のこと。それはもう多量の情報を一気に得た。

 

『終末戦争』

 

そう大赦では呼称することになっているらしい。『終末』——なんとも嫌な言葉だ。

 

しかし現に今人類は首の皮一枚繋がった状態で存続し、この四国という小さな生活圏で暮らしている。

 

四人の勇者。

 

乃木若葉 高嶋友奈 土居球子 伊予島杏

 

一人の巫女

 

上里ひなた

 

彼女たちによって世界は守られたんだと。そう教えられた。

 

そして四国意外にも——春が守り桜が導いていた地域意外にも勇者と巫女によって守られていた長野県の『諏訪』という地域があった。

 

あった。それはもう過去の話であり今は違うということを表していた。

 

バーテックスの大侵攻によって結界が破られ諏訪は壊滅。そこにいた勇者や巫女とも連絡が途絶え大赦は諏訪に生き残っていた人類を全滅とした。

 

北の大地と南西諸島の方から微かに人類の生存反応が確認されたがそれを確かめるすべもなく『この四国の外は炎に包まれた世界』であると。

 

 

ひどい話だ。そう思った。それはこの世界や人類の現状のことを言っているんじゃない。

 

もちろんそれも大変な話だとは思う。

 

壮絶な消耗戦の末に全滅した諏訪の勇者と巫女、そして戦いの末に命を落とした三人の勇者。天の神の怒りを鎮めて和平を結ぶために行ったという奉火祭で炎の中に消えて巫女たち。

 

彼女たちを大赦の人間は英雄だと。我々人類を守り救った偉人だと。そう言った。

 

彼女たちの犠牲を尊いものに見ている。立派に役目を果たしたと。

 

俺はただの人間で人類のためにとか平和のためにとかそんなことを第一で考えられるほど立派な人間じゃない。

 

だからだろうか。

 

 

 

ふざけるな。

 

 

 

ただ一言そう思った。思わず口に出して叫びそうになった。

 

でも必死に我慢した。そして今度は俺が大赦に対して自分の経緯を話した。あまり自分から話したい話でもないし、こいつらのことは現段階であまりいい印象を持っていない。

 

でもそれはできない。彼女たちの戦いを埋もれさすことなんてできない。俺は確かに約束したんだから。だからなんとか言葉を紡いだ。

 

それに対して大赦は特に何も言わずただ俺の言葉をパソコンに書き留めるだけだった。

 

やがて大赦は言いたいことだけ言ってさっさと部屋を後にした。

 

『勇者様。我々をお守りくださり心から感謝いたします』

 

まるで定型文を言うかのようにこの言葉を口にして。

 

 

 

 

 

 

 

なんだか妙に寝付けなかった。

 

この比較的広い病室に一人になってどれだけの時間が経っただろう。時計はある。時間は確認できる。

 

しかし不思議とそんな気にはならなかった。

 

体は疲れているはずなのにそれに心が反発しているようだった。

 

頭の整理がなかなか追いついてこない。三年も眠った状態から目覚めていきなりあれだけのことを聞かされたのだ。

 

正直若干パニクっている自分がいる。

 

今もこうして香川の病院のベッドに寝そべっている俺は本当に現実の俺なのか、そもそもここは本当に現実なのか。

 

要は色々と不安定だ。ここに俺を知っている人はいない。俺が知っている人はいない。

 

乃木若葉—————彼女に関しては俺が一方的に知っているだけ、俺が勝手に恩を感じているだけ。

 

それで十分なのだ。その恩を少しでも返していければ、それが今の俺の生きる意味。理由、その全て。

 

でもひとつだけ、たったひとつだけブレずにそこにある、確かなものがあった。

 

ちらっと横目で右腕に付けられた赤い紐を見る。

 

覚えている。忘れてなんかいない。

 

俺の罪を認めてもなお、生きろ——そう言ってくれた彼女を、不器用ながらにも優しく微笑んでくれた彼女を、再会の約束をした彼女を確かに覚えている。

 

郡千景。若葉やほかの勇者たちとともに四国を守った勇者、そのはずだ。いや、確かにそうだ。

 

だったら、どうして大赦から千景の名前は出なかったのか———

 

それがひどく心に重くのしかかっていた。大赦の説明にはまるでそんな人は元からいなかった、そんな説明だった。

 

一言たりとも千景の名前は出てこなかった。

 

聞こうとも思った。でも聞けなかった。聞かなかった。

 

どちらなのか自分でもよくわからない。

 

 

 

「……………………はぁ」

 

ため息の一つもつきたくなる気分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます」

 

翌朝早く一人の女の子が訪ねてきた。物腰柔らかそうな綺麗な女の子だった。

 

「あ、おはようございます」

 

そのせいかつい敬語で返事してしまった。

 

「敬語じゃなくてもいいですよ。年齢はあなたの方が上みたいですから」

 

言いながら椅子にゆっくりと座る女の子。

 

「あーーじゃあ聞くけど…君は誰?」

 

これを聞くのは少し勇気が必要だった。でも聞かねばならなかった。

 

それがけじめだと思うから。

 

一瞬ためらいながらもそれでも言った。朝の気持ちのいい空気感の病室を静寂が包む。

 

数秒して

 

「上里ひなた。それが私の名前です」

 

優しく言い聞かせるように言った。

 

「上里……ひなた…」

 

知っている名前だ。昨日初めて知った名前だ。大赦の人間が言うには『初代勇者の導き手』となった巫女である—らしい。

 

だが俺自身が知っている人ではない。

 

「見覚えは、ありませんかー?」

 

「えっと、うん。……ごめんなさい」

 

「頭をあげてください。私のことはいいですから。大事なのは若葉ちゃんのことをしっかり認識していてくれたということですから」

 

 

「…若葉………」

 

 

彼女の言葉にとっさに反応していた。昨日、俺が目覚めて目の前にいたあの子、あぁ大丈夫だ。忘れてない。しっかりと認識している。

 

『おかえり』

 

そう言ってもらったんだ。

 

その『おかえり』はきっと俺に合わせて無理に言わせてしまった物だと思うが、それでも俺にとっては嬉しかった。

 

「あぁ、うん大丈夫。しっかり覚えてる。思い出させてくれた———上里さん」

 

「ひなたで構いませんよ」

 

「じゃあひなた。郡千景って人…知ってるか……?」

 

あったばかりの、しかもあった覚えもない人にいきなり聞くことじゃないとは思う。でもこうして俺に会いに来ているということは、少なくとも大赦、巫女、勇者、その誰かには関わっている。

 

そして昨日の大赦とは違ってひなたには人間らしさがちゃんとある、そう感じた。まともに取り合ってもらえる。

 

表情を見てそう思ったのだ。

 

だから、聞かずにはいられなかった。

 

「……………………」

 

俺のこの質問は予想外だったのか黙ったまま少し驚いたようなひなた。

 

ということは——

 

「知ってるのか⁉︎」

 

体を動かして詰め寄ろうとするが、そもそも体が思うように動かない。危うくベッドから落ちそうになる。

 

「あ…わ、わるい…」

 

ひなたがとっさに助けてくれた。彼女はどこか意味ありげに、そして少し悲しげに微笑むだけでそれ以上は何も言わない。

 

なぜかその微笑みが妙にチクっときた。

 

「あなたは…古木さんは……知っているんですね。千景さんのことを」

 

「知っている……うん。そうだな。俺のもう一人の恩人なんだ。千景は」

 

「恩人————」

 

「あぁ、腐りかけて自暴自棄になってた俺の心を引き止めて、『生きろ』って言ってくれたんだ。自分だけの幸せを見つけてほしいって。そう言ってくれたんだ」

 

 

「そう…ですか。千景さんが、そんなことを。そんな—ことを……」

 

 

胸が締め付けられる思いだった。いや、だって—いきなり目の前で涙を流されちゃ何も言えなくなってしまう。

 

「す…すいま…っせん………いきなりこんな…」

 

なぜだろう。ひなたの流す涙の量は増える一方なのに、それは悲しい涙に見えなくて、でも嬉しい涙にも見えなくて、いろんな感情がごちゃ混ぜになったそんなもの。

 

でもきっと、それはとても尊いものなのだ。

 

俺は黙ってひなたが泣き止むのを待っていた。しばらくしてひなたは泣き止んだ。目の周りが少し赤くなっていだが、もうひなたは笑っていた。

 

「もしよろしければ聞かせてくれませんか。あなたと千景さんのこと」

 

「そんな大した話はできないよ?俺だって千景と現実で出会ったことはないんだ」

 

あの空間でどれほどの時間話をしていたのか、正確な時間など分からないが、俺はもっと話したいことがあった。千景もそうだったのかもしれない。

 

「それでも構いません。聞かせてほしいんです。会ったばかりの私がこんなことを言うのもおかしなことかもしれませんが、お願いします」

 

昨日の大赦の説明で、彼女、上里ひなたのことは一通り聞いている。でも千景の名前が一切出てこなかったからひなたと千景がどんな関係だったのか、俺には見当もつかない。

 

どんな別れかたしたのかも———俺は知らない。

 

正直少し怖くはある。大赦が千景の名前を一切出さなかったのには俺が知らない理由があり、その理由がおそらく、あってほしいことではないが、いい理由ではないのだろう。

 

でも俺は、知ることから始めなければいけない。

 

彼女のことを——彼女たちのことを知って一つずつでも、少しずつでも恩返しをしていくのだ。

 

それが俺の—俺だけの幸せを見つけることにつながると信じて。

 




ゆゆゆいでついに亜耶きましたね。これは防人組も近いかな?

神樹様。恵ください。いや、マジで。

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