靴紐   作:殊村 紫雲

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靴紐

「、うわっ…」

 

少し間抜けチックなその声を聞いて、花崎は後ろにいるはずの小林を振り返った。

 

「どーした?小林」

「…何でも無い」

 

花崎は、ムスッとした顔をして歩こうとする小林の目線を追うと、靴紐が豪快にほどけているのに気がついた。「成る程、自分の靴紐を踏んづけて転びそうになったんだな」と一人納得する。

 

「小林、靴紐結ばねーの?」

 

何時の間にか抜かしていた、ボクは何も知らない感を出す小林の背中に後ろから声をかけると、その小さな背中は肩を一度震わせてピタリと止まった。

 

「……」

「小林?結ばないと転けるぞ?」

 

花崎は軽く走り、小林に追い付くとその顔を覗き込んだ。覗き込んで逸らされる、覗き込んで逸らされるをしばらく続ける。

すると、小林は花崎から何度目かの顔を逸らしてからぼそりと言い放った。

 

「……仕方ねぇだろ、結べない、から…」

 

顔を赤くして段々萎んでいく小林の声を聞いて、花崎はくつくつと笑った。

そしてニンマリとした笑顔でさらに小林を覗き込んでいく。

 

「じゃあ、俺が結んでやるよ」

「うるさい、別にいい。そのうち結べるようになる」

「言ったな?じゃあやっぱり、上手く結べるまで俺が結んでやる」

「あ、おい‼」

 

花崎が小林の靴に手を伸ばすと、ばちっと障壁が手を弾いた。花崎は「いて~」と手をぷらぷらさせて尚も笑っている。こうなることは承知の上だったようだ。

 

「ほらな、言っただろ…」

「…よし分かった!小林、結び方教えてやる‼行くぞ、ついて来い!」

「あ、おい!花崎!……チッ」

 

花崎が近くの小さな公園に走っていってしまったため、小林は舌打ちをして渋々歩いて花崎を追った。

 

 

まだ多少歪ではあるが一応結ぶことのできた靴紐を、小林は相変わらずの仏頂面で眺めている。

 

「……」

 

しかし、その口許がちょっぴり緩んでるのを見て花崎は立ち上がった。

 

「良かったな、小林。これで一人でも結べるぜ?」

「…煩い、腹減った、帰るぞ」

「…はいよ。井上に解決報告のついでで小林が靴紐結べるようになったのも報告すっかな~」

「っな!?し、しなくていい!早く帰るぞ‼」

 

小林は花崎が今にも報告しそうで慌てて立ち上がる。

そんな小林を見て、花崎はまたもやニンマリ笑った。

 

「んじゃ、事務所まで競争でもすっか!」

「はあ?」

「ほら、スタート!」

「あ、おい!待てよ花崎‼」

 

桜が舞い始める川沿いを二人は走った。この瞬間がいつまでも続くよう願いながら。

因みに、息絶え絶えで事務所に飛び込んできた二人を見て驚いた井上が説明を求めたが、応えは「競争した」とだけで、どちらが勝ったのかは頑なに教えようとしないらしい。

 







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