イザークの姉は何を見る   作:ギアボックス

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傷だらけの策士

□□□□□

 

Side:マリュー

 

 

ジェーン少尉の負傷によって艦の雰囲気は沈んでいた。

それだけ、彼女の存在感は大きかったという事である。

軍師様という呼び方を使う者もいなくなり、クルーの多くが彼女の快復を祈っているような状態だった。

 

今は出せるだけの速力で第8艦隊との合流を急いでおり、あと30分もあれば合流できる見透しだ。

 

だから、油断していたのだろう。

パル伍長がレーダーコンソールを見て叫んだ。

 

「!、レーダー波に干渉!Nジャマー反応増大──」

 

「えっ!?」

 

 

ここまで来て、まさか戦闘を仕掛けてくるなんて思ってもいなかった。

即座に第1種戦闘配備をかける。

 

敵はローラシア級1隻に、奪われたG3機だった。

 

「MA、MSは発進!アストレイが出せないから防戦に努めてッ!速力最大!第8艦隊のところまで振りきるわよ!」

 

「イーゲルシュテルン起動!アンチビーム爆雷用意!後部ミサイル発射管全門セット!」

 

ブリッジに緊迫した空気が張りつめる。

しかし、今回は皆余裕がないようにも感じた。

 

エレナ・ジェーンがいない──

 

それだけで皆、不安が増大しているのだ。

 

ストライク、ゼロが発進していく。

それからまもなく、敵艦からの艦砲射撃が始まった。

G3機の機影で射線が隠され、緑の閃光が船体に着弾する。

 

ラミネート装甲によって破壊はされていないが、艦はビームの質量によって揺れた。

 

「くっ──ゴッドフリート起動!敵の射線から位置を推測、撃ち返せッ!」

 

バジルール少尉の怒声が響き、ゴッドフリートが作動する。

敵はローラシア級であり、その火力は侮れない。

そう何度も被弾している余裕はなかった。

 

しかし、回頭すれば速力は落ち、第8艦隊との合流も延びてしまう。

 

 

するとふと、人の気配を脇に感じて振り向いた。

そして息を飲む。

 

「敵艦の熱映像出してください…! 艦砲の発射前兆と同時に回避運動を取れば、最低限の挙動で避けれます」

 

「あっ、あなた───」

 

ブリッジのクルーが皆驚いていた。

そこには、軍服を肩に羽織ったエレナさんがいたのだから。

包帯まみれの姿で歯を食い縛り、ドレーンのチューブが腹腔に入ったままの状態で彼女はブリッジに立っていた。

チューブの中を膿混じりの血液がドレーンユニットへと流れていく。

 

機材を引っ張ってきたのか、点滴用のスタンドを杖代わりにしていた。

 

そのあまりに痛々しい姿に息を飲むが、彼女は鬼気迫る顔で熱映像を出すよう再度要求してくる。

 

「早くしてください──死にたいんですか!」

 

死にたいのはそっちじゃないのかと言いそうになる。

よくこんな体で出てきたものだ。

医者はどうしたのかと思うが、今はブリッジを離れる余裕もない。

 

彼女はもう待てないというばかりに、艦長席のコンソールを弄ると熱画像を出そうと弄った。

しかし操作に不慣れなせいか、なかなか立ち上げられない。

 

「っ──くっ──」

 

「ジェーン少尉!負傷者は大人しくしていろ!」

 

CICからバジルール少尉が飛び出してきて彼女の肩を掴んだ。

しかし掴んだ瞬間うめくエレナさんを見て、バジルール少尉はその肩を咄嗟に離す。

多分傷に触ったのだろう。

 

「すっ、すまない……」

 

「──早く、画像を──」

 

彼女に睨まれたのか、バジルール少尉は目をそらす。

そして、彼女の代わりにコンソールを弄った。

私はエレナさんを戦わせるつもりなのかと叫んだ。

 

「バジルール少尉!?」

 

「ジェーン少尉の意思、無下にはできません…!」

 

「…………ありがとう、ございます……」

 

エレナさんは小さくそう言うと、ディスプレイに表示された熱画像を残された片方の目で睨み付ける。

 

「……射撃来ます、推定される射線はグリーンチャーリーの方向。本艦予測進路上に撃ってきます……発砲───今ッ」

 

「───ノイマン曹長、回避をっ!」

 

「おりゃッ!!」

 

ノイマン曹長はアークエンジェルを、エレナさんの予測した射線の右脇に平行になるよう操舵した。

アークエンジェル左舷をビームが通り抜けていく。

 

「おおっ……」

 

「す、すげぇ……」

 

ブリッジのクルーが蒼然となった。

見事に彼女の予測が適中した為だ。

そんな事はお構い無しという風に、彼女は熱画像を睨み続ける。

 

「修正してる………艦尾を撃ってきます、発砲と同時にピッチ角上げてください。ビームを飛び越えます。」

 

「わかったわ。ノイマン曹長、エレナさんのタイミングに合わせて!」

 

私が指示を出すと、ノイマン曹長は了解の意で頷き返してくる。

 

「───来ます……今!」

 

「回避、ピッチ角上げ!」

 

アークエンジェルが上方へと飛び上がり、ビームが真下を抜けていった。

一度ならず、二度まで予測して避けてみせるとは……

 

傍らに立つ彼女の顔を見る。

彼女は冷静に次の一手を分析している様子だった。

 

「反撃しましょう──ゴッドフリートの後方射界はどのくらいありますか……?」

 

「140度まであるわ。でも、どうするつもり?」

 

「敵艦を射界に入れて撃ちます。左舷砲を140度まで向けておいてください。それより、右舷に射撃を誘います。船を概ねセクターオレンジのほうへ。」

 

「わかったわ。面舵!ゴッドフリート2番は後方140に指向させて!」

 

 

 

アークエンジェルが右へと回頭を始める。進路が右へ修正された。

 

敵艦もそれに追随するように進路を変えた。

エレナさんがディスプレイに食いつく。

 

「来ます!取り舵を!」

 

「取り舵、進路修正!」

 

それに併せ、バジルール少尉も火器管制に指示を出していた。

 

「ゴッドフリート撃ち方!俯仰角はオートに設定、敵が射線に入った瞬間撃つようセット!」

 

アークエンジェルが左へ曲がり、ビームが右舷方向を掠めていく。

そして、予め左斜め後方に向けられていた左舷のゴッドフリートの砲口が敵艦を捉えた。

 

「ゴッドフリート、発射されました!!」

 

トノムラ伍長が報告してくる。

FCS制御となったゴッドフリートが自動で火を吹いたのだ。

高出力の収束火線砲の一撃が煌めき、ローラシア級の格納庫デッキへと直撃した。

 

大爆発を起こし、見た限りでは中破程度の損傷は負わせられたと推測できる。

命中の瞬間、ブリッジでは歓声が挙がった。

 

「よしっっ!!」

 

「やってやったぜこんちくしょう!!」

 

ノイマン曹長とトール君が一際大きな声で喜ぶ。

アークエンジェルを操艦しているのは二人なので一際達成感があるのだろう。

 

私も隣のエレナさんに視線を送った。

しかし、エレナさんは喜んでいない。

いまだにディスプレイを睨み付け、敵の出方を伺っている様子だ。

 

「まずい───ブリッツ接近!本艦真後ろです!取り付かれます!」

 

チャンドラー伍長の叫びで浮かれていたブリッジはすぐに鎮まる。浮かれすぎてブリッツの接近を見逃していたのだ。

取り付かれれば本艦の攻撃で引き剥がすのは困難であり、至近距離攻撃で大きな損害を負う可能性があった。

しかし、エレナさんの対応は早い。

 

「艦橋後方の対空誘導弾と後部発射管の誘導弾、取り付いたブリッツに全弾当てられますか?」

 

「レーザー誘導なら確実に全弾当てられる距離だが、PSにはヘルダートもコリントスも効かんぞ」

 

バジルール少尉の言葉を聞き、エレナさんは今度は私を見た。

 

「PS装甲の理論は読みましたが、被弾しても稼働時間は維持できるんですか?」

 

「いえ、被弾すればした分だけバッテリーを消耗するわ。ブリッツはミラージュコロイドも使っているから消耗が──まさか」

 

「はい。奪われたのなら取り返しましょう。あえて取りつかせます。」

 

「何っ!?」

 

バジルール少尉が叫ぶが、エレナさんは続けた。

 

「ヘルダートとコリントス、後部のイーゲルシュテルンでバッテリーを削ります。弱りきったところを作業ポッドで捕獲する。いかがですか?」

 

「────面白い。やってみようじゃないか。後部デッキ周辺のクルーは前方の区画に退去させろ。保安部と応急班は鹵獲作業の準備だ!───盗人に一泡吹かせてやるぞ!」

 

バジルール少尉がニヤリと笑い、すぐにCICクルーに指示を飛ばした。

後部デッキにあえて取り付かせるなど自殺行為であるが、ブリッツはすでに本艦の機動では振り払えない位置についてしまっている。

何もしないよりはやってみるほうがいい。

 

私も頷くと、エレナさんは後方視界を映す光学モニターへと視線を移した。

 

ブリッツが後部デッキに取り付き、至近距離からビームを撃ち始める。

ラミネート装甲の温度上昇が始まった。

 

「イーゲルシュテルンでブリッツの注意を引いてください。その間にコリントスとヘルダートを」

 

「了解した。ヘルダート及びコリントス、レーザー誘導!航法パターンをUターンするように変更、弾頭は着発にセット!レーザー照射はミサイルが戻ってくるまで待て、撃てッ!!」

 

バジルール少尉の号令で、艦橋後部発射器と後部ミサイル発射管からヘルダート12発とコリントス12発が発射される。

打ち出されたミサイル達はメインモーターを細かく制御して転回し、本艦へ向かって猛スピードで戻ってきた。

 

イーゲルシュテルンが同時に起動し、マニュアル操作でブリッツを撃つ。

ブリッツは煩わしそうにするが、所詮PS装甲の前には豆鉄砲と侮ったのかすぐには潰してこない。

 

だが、それが運の尽きである。

ブリッツの背後に大量のミサイルが次々と着弾したのだ。

 

爆発の衝撃で船が揺れる。

しかし、そのどれもが軽微なものだった。

クルーは予め退避しているので人的損耗もない。

 

そして、あれだけの量のミサイルを同時に受けたブリッツは無事では済まなかった。

 

爆炎が晴れると、そこにはPSダウンを起こしたブリッツがいた。

シールドでコクピットは守ったようだが、もう戦闘を続けるだけの稼働電力は残っていない筈である。

 

ブリッツは当然逃げようとするが、そのブリッツへイーゲルシュテルンの75mm砲弾が次々と叩き込まれた。

マニュアル照準で直接人が遠隔操作し、関節部やバーニアを破壊していく。

 

堪らずブリッツは姿勢を崩して転倒した。

すかさずバジルール少尉が叫ぶ。

 

「よし、ブリッツが倒れた!作業ポッド展開!」

 

ローンチデッキから、本来は作業用重機である作業ポッドが飛び出し、後部デッキに倒れているブリッツへ取り付いた。

そのままマニュピレーターとワイヤーで吊り上げ、艦内へと収容する。

自爆される可能性もあったが、さすがに敵パイロットは賢明なようだ。

ここで機体を自爆させれば自分は宇宙の藻屑である。

母艦が遠すぎて、救助される可能性が低すぎるのだ。

 

それよりは捕虜に甘んじたほうが生きて帰れる可能性は高い。

敵パイロットもそう判断したのであろう。

 

私は隣のエレナさんを見た。

敵の攻撃を予測して躱しきり、敵艦をブラフに引っかけて撃破し、あまつさえ奪われたブリッツを奪い返してしまった。この数分間でだ。

この子がすべてわかってやっているのなら、それは恐ろしい程の才能である。

 

あまりにも彼女の計算通りに事が運び、ブリッジクルーは喜びを通り越して唖然としていた。

 

 

包帯にまみれたボロボロの姿に、点滴やドレーンのチューブで着れないからとマントのように羽織った軍服。

隻眼の瞳で策謀を巡らせ、敵を翻弄する姿。

 

 

彼女は確か一技師に過ぎない身の筈。

それが何故、こうも戦術眼に長けているのか。

 

甚だ疑問でしかない。

しかし、彼女の戦術眼は確かである。

 

優れた状況観察力と情報分析力、先を読む力。

戦術そのものは単純だが、効果的。

 

フラガ大尉から、彼女はMSでも似たような戦術を取ることが多いと聞いていた。

最小限の一手で、最大限の戦果を上げる。

やっている事は単純で、大した技能はないそうだ。

 

狙撃に関しては光るものがあるらしいが。

 

キラ君のように常人離れした操縦技能を持つわけでも、フラガ大尉のような経験から来る戦術もない。

 

彼女がやるのは、必要な箇所にただ一撃を加えるだけ。

 

自分の技術と知識を生かした、たった一発の有効打。

それが、敵にとっては瀕死級の一撃になるのだ。

 

その過程と戦略を練りだす事こそが彼女の際立った才能であり、特別なことは射撃が上手いくらい。

 

 

「うっ゛──」

 

しかし、彼女は人間である。

体が限界を迎えたのか、彼女の膝が崩れた。

 

「エレナさん!?」

 

「っぁあ゛──う、っ─」

 

慌てて抱き抱えると、彼女は痛みに表情を歪ませて呻いていた。痛み止めが切れたらしい。

私は慌てて医療班をブリッジに呼び寄せ、力尽きた彼女をベッドへと運ばせた。

 

その一連の騒動を見て、私を含めクルーは罪悪感に駆られる。

彼女が無理をしているのに、自分達はそれを止めずに何を浮かれていたのだと。

 

 

□□□□□

 

Side:ミリアリア

 

 

ラミアス艦長を助け、次々と策を打ち出して敵を翻弄するエレナの姿は本当に格好よかった。

 

だから、私はエレナが大怪我をしているということを忘れてしまっていたのだ。

 

「っぁあ゛───ぅぐっ、っ」

 

悲鳴をあげるエレナがブリッジから運び出され、ブリッジは静まり返っていた。

 

その間も、戦闘は刻々と進んでいく。

 

エレナの活躍も凄かったが、キラも凄まじかった。

何かに覚醒したようにストライクを動かしてデュエルを翻弄し、損傷させて撤退に追い込んだのだ。

 

敵は母艦を潰されながらも予想以上に粘り、ブリッツに取り付かれるという事態にすらなった。

けど、ブリッツはエレナの機転で鹵獲され、バスターは損傷したデュエルを連れて引き上げていた。

 

戦闘が終了し、ストライクとゼロが帰艦してくる。

フラガ大尉は鹵獲されたブリッツを見て興奮の声を出し、それはハンガーの整備班の人達も同じだった。

 

第1戦闘配備が解除され、私は急いでエレナのいる医務室へ向かう。

 

そこには鎮痛剤を打たれ横になっているエレナがいた。

 

改めてエレナの姿を眺めると、本当にボロボロだ。

右目を失い、お腹には穴が開いてるのだ。背中や首には火傷も負っている。

こんな状態でどうやって脱け出したのかと思った。

普通、痛くて動けない筈なのに。

 

「………私達を守ってくれるのは嬉しいけど……」

 

それであなたが壊れるのは嫌です。

 

私は内心そう思った。

このままいけば、エレナさんは本当に壊れてしまう。

私達がいるから、エレナさんは無理するのでは?

なら、この艦を降りないとエレナさんが死んでしまう。

そう思うが、私達はエレナさんみたいに頭がいいわけじゃない。

自分達の先をどうするかなど決めきれなかった。

 

 

□□□□□

 

Side:ニコル

 

僕は後ろ手に手錠をはめられ、地球軍の兵士に銃を突きつけられながら医務室へと連行されていた。負傷していた為、一応治療してくれるようなのだ。

 

まんまと敵の策にはまり、鹵獲された時はやってしまったと思った。

この艦があんな大胆な策を取るなんて想像もしていなかったのだ。

 

ガモフがやられたと報告が来て、イザーク達もストライクとMAに追い詰められていた。

 

赤角はクルーゼ隊長が倒したと聞いていたので、僕たちは赤角のいない足つきなど取るに足らない標的だと完全に油断していたのだ。

 

しかし、足つきは追い詰められた獣のように牙を剥いた。

 

その結果、僕たちは逆に追い詰められてしまったのだ。

せめて一矢報いようと、僕はブリッツで馬乗り攻撃を試みた。

MSによる馬乗り攻撃は定石の1つであり、勇猛さを示せる為か好まれる傾向にある。

 

僕はどうしても同僚達から臆病者と馬鹿にされる事が多かった。

だから、見返してやりたかったというのもあるのだ。

 

それに、この艦はへリオポリス破壊の要因となった代物でもある。

エミリアさんを奪った艦だと思うと、僕は尚更仕留めなければと思った。

 

その結果がこれでは情けない事この上ないのだが。

イザーク達には笑われるのだろうなと思う。

 

だが、何よりもこれから自分がどうなるのか不安で仕方なかった。

漂流して死にたくなかったから投降したが。

 

一応、捕虜の扱いについての取り決めや戦時国際法はある。

しかし、それが必ずしも遵守されるかは時の運でしかない。

 

噂では、連合軍の捕虜の扱いはあまりよくないと聞いている。捕虜を管理するのを嫌がり、問答無用で銃殺なんて噂もあるくらいだ。

 

僕は連合軍MS強奪の主犯の一人なのだ。敵だって馬鹿じゃない、すぐにバレるだろう。

何されるかわかったものではなかった。

 

一応怪我を治療してくれるとの事なので、すぐに銃殺される事はないと思いたい。

けれど、その後も命が保証されるかは全くわからなかった。

戦争なのだから。

 

 

医務室に通されると一時的に手錠が外され、パイロットスーツを脱ぐよう指示される。

代わりにシャツと短パンが用意されていた。

 

それに着替え、怪我を治療してもらう。

怪我したのは頭だ。

軽く額が割れたくらいだから大したことはない。

 

それよりも、処置されている間の周りからの視線が怖かった。

周りを取り囲む地球連合軍兵士の群れ。

暴れれば即殺されると思った。

 

手当てしてくれる衛生兵や銃を持った保安要員以外にも、僕とあまり変わらないくらいの女の子もいる。

 

医務室には僕以外にも一人患者がいるようで、すぐ近くのベッドの傍らには血の溜まったドレーンユニットと点滴スタンドが置かれ、チューブがベッドへと伸びていた。

どうも重病人のようだ。若い女の子はその付添人なのだろう。

 

カーテンが閉められていてどんな人かはわからない。

しかし、さっきの戦闘で負傷したのかもと思うと、敵とは云え居たたまれない気持ちになった。

 

そんなことを思っていると、一人の保安要員の下士官が前に出てくる。

 

「所属と名前は?」

 

「……ニコル・アマルフィ。クルーゼ隊所属です。」

 

「わかった。ニコル・アマルフィ、一応貴様はコルシカ条約に基づき捕虜として生命については保証する。本来ならテロリスト扱いであって然るべきだ。我が大西洋連邦はプラントを一国家として承認していないからな。貴様の身柄をどうこうするかは我々の裁量で判断できる。略式の軍法会議で銃殺したってなんのお咎めもない。故に変な真似は起こすなよ?」

 

「…………はい」

 

それだけ言うと、その下士官は後を他の者に任せて退室した。

しかしそのあまりの物言いに、僕はあんまりだと憤った。

 

確かにこの戦争はプラントの独立戦争であり、ザフトは義勇軍だ。

理事国である大西洋連邦を始めとした地球連合軍は僕達を正規軍とは認めていない。プラントそのものを国としていないからだ。

だからそもそもこの戦争はプラント理事国内での内紛であり、僕らは良くて義勇兵、悪ければテロリスト扱いなのである。

 

だが、改めて言われると本当に腹が立つ。

圧政を敷き、僕らを理不尽に弾圧してきたのはプラント理事国なのだ。

僕らはそれに対して自分達の身を守ろうと独立しただけ。

 

僕は悔しさに震えながらも、自分の置かれている状況からぐっと我慢した。

反抗を許される立場にないのだ、僕は。

 

「盗人がどんな奴かと思ったが、ただのガキじゃねえか。」

 

「しっ!あんなんでもコーディネイターなんだ。気を許すんじゃねえぞ。」

 

ひそひそ話が聞こえてくる。

聞きたくなかった。

 

「テロリストなんか、ここでやっちまえばいいんだ。仲間が何人死んだと思う?へリオポリスだってあいつらに壊されたんだろうが……」

 

「おい、その辺にしとけって──」

 

「………横暴だ。」

 

声が漏れてしまった。

途端に空気が険しくなる。

先程悪口を言っていた保安要員の兵士の一人が突っ掛かってきた。

 

「なんだと?貴様、捕虜の分際で楯突こうってのか!この盗人が!!」

 

「へリオポリスを壊したのは、僕達だって本意じゃなかった!むしろ、コロニー内で艦砲を使ったあなた達にだって一端はある筈です!!」

 

僕が口答えしたことで、その兵士は酷く逆上したらしい。

顔を怒りに歪ませ、銃を持つ手がプルプルと震えていた。

 

我ながら愚かな事をしていると思う。

けど、僕だってプラントの為にと戦って死んでいった人達がいる事を知っているし、血のバレンタインの悲劇だって許せないのだ。

自分達だけが正義だと思い込んだ彼らの横暴を許してはおけなかった。

 

「そんなの、てめぇらが攻めてこなけりゃ端っから戦闘なんてなかったんだろうが!勝手抜かしやがって」

 

「MSを中立のコロニーで作っていたのはあなた方じゃないですか!僕だっ──ぐはっ゛」

 

「黙れ黙れッッ!!なんだテメエ知った口聞きやがって……このっ──」

 

気づけば、銃の床尾板が僕の腹を殴り付けていた。

痛みに踞る僕に、その兵士は銃口を向けてきた。

周りが騒然とするが、誰も彼を止めようとはしない。

 

逆上した兵士の銃口の前に立ってまで、敵の兵士を庇おうなんて人間はいないのだ。

僕は覚悟を決めた。

 

このまま死ぬくらいなら、死に物狂いで暴れてやろうと思った。

幸い、手錠は外されている。

銃を奪うくらいは造作もない。

そう思い、僕は敵を睨み付けた。

 

その視線を向けられ、その兵士は銃を安全装置を弾く。

弾が出る前に、やるんだ。

 

僕は曲がりなりにも赤服を着るエリートなんだ。舐めるな…!

 

そうやって、立ち上がろうとした時だった。

僕の前に、一人の女性がフラフラと立ち塞がる。

 

僕を庇うように、だ。

 

その女性はボロボロの包帯まみれだったが、その銀色の美しい長髪には見覚えがあった。

見間違える筈なんてなかった。

 

「──やめてください。捕虜への暴行は禁止されています。」

 

聞き覚えのある透き通った声。

凛とした佇まい。

僕は安堵していた。

 

死んでなかった……

あまりにも痛々しい姿だが、ちゃんと生きてる……

 

 

「……だったらなんだってんだ、こいつは楯突いたんだ!庇うつもりか?」

 

「───『降伏者及び捕獲者は、これを捕虜としてあらゆる暴力、脅迫、侮辱、好奇心から保護されて人道的に取り扱わなければならない』──コルシカ条約4条の条文です。あなた方は、彼に侮辱的な発言をした。その時点で、あなた方は条約に違反……つまり、コルシカ条約を批准している大西洋連邦の軍法にも違反したことになります。」

 

 

彼女は堂々として、保安要員の兵士と対峙していた。

僕の記憶にある優しい面持ちの彼女とはだいぶ印象が違う。

 

「──お、おい、もうよせって……」

 

「………うるせえ。やっぱり、コーディネイターはコーディネイターなんだ……敵兵を庇い立てしてんだぞコイツはッ──」

 

同僚の兵士が彼を止めようとするが、頭に血が上った彼はもう止まらなかった。

銃口が僕から彼女へと移る。

 

まずいと思った。

それは僕だけでなく、他の地球軍兵士も同様らしい。

部屋の空気が一気に慌ただしくなる。

そして、それを彼女は一喝した。

 

「…………っ…地球連合軍少尉として命じます!上官への反逆、捕虜への虐待行為の軍規違反としてこの者を拘束しなさい!!」

 

彼女の()()()、周りの兵士達が一斉に動いて彼を制圧した。

そのままどこかへ連行されていく。

 

そして、僕は呆然としていた。

聞き間違えなければ、彼女は少尉と……敵軍の士官だと、そう言ったのだ。

 

聞き間違えであって欲しいと、僕は彼女に問うた。

 

「───う、嘘ですよね………エミリアさん…?今、地球軍の少尉って……」

 

「………………っ……」

 

片方の目が包帯に埋もれた彼女の顔。

その悲痛に歪んだ顔が真実を物語っていた。

 

僕はもう訳がわからなくなってしまった。

 

 

 

□□□□□

 

Side:エレナ

 

 

 

ハンガーに来た私はボロボロになったアストレイを見上げた。

 

機体前面の傷はそうでもないが、酷いのは背中側だ。

バックパックに諸に被弾した為、推進材が爆発を起こしたのだ。

その爆発の衝撃波でコクピットの内装が剥離し、破片となって私に襲いかかったのである。

 

パイロットスーツが大部分を受け止めてくれたが、大きな破片がいくつか布地を私の肌ごと切り裂いていた。

 

一際大きいのが脇腹を貫いたせいで、私はドレーンユニットを引っ張って歩かなければならない。

腹腔に血が溜まってるのだ。

 

傷は破片によるものだけではない。

僅かに空いた穿孔から吹き込んだ爆風が身を焦がしていた。

背中と首に火傷ができてしまい、創傷被覆ジェルで覆って貰っている。

小さいものは消えるだろうが、大きいものや深いものは痕が残るだろう。

 

 

しかし、こういったものは服で隠せるからいい。

問題は隠し様のないこの右目の傷だ。

 

右目はバイザーの破片で損傷していたらしく、気づけば摘出されていた。

鏡を見るたび、顔の半分を覆った包帯が目につく。

その度、自分の傷物になってしまった顔を見せつけられ気分は沈んだ。

 

社交パーティーやバイオリン演奏の時に着ていた肩出しのドレスなどはもう着れないだろう。

傷が目立ちすぎるに違いない。

 

まぁ、どちらにせよこの顔では社交パーティーになど出られないが。

 

 

私は奪われるばかり。

家族で暮らしたかったのに、その家族も名前も奪われた。

私は平和に暮らしたくて、でもその新しい家も暮らしも奪われた。

守りたいものを守ったのに、綺麗な体を奪われた。

 

戦争が、私から次々と色んなものを奪っていく。

何もかもだ。

奪われたものはもう元には戻らない。

 

「───っうぅぅっ──あぁぁあ」

 

気づけば、私はハンガーの片隅で泣いていた。

冷たい床にうずくまり、傷だらけの体を震わせた。

今まで溜め込んできた分、涙は堰を切ったように流れ出してきて止まらない。

心が悲鳴を上げ、体は目もあてられないくらいボロボロ。

 

どうしてこんなことになってしまったのだろう?

何を間違えたのだろう?

私はどうして、こんな目に遭わなくちゃならない?

 

「っく、ぅう──うぅぅぅっ──」

 

私には、自分の大切なものを守ることも許されていないのか?

いや、違う。

守る度に、私は代価を支払わされているのだ。

 

じゃあ、守らなければいいのか?

それはできなかった。

 

本当に大切なものまで奪われるくらいなら、この身で代価を支払ってやろうと思う。

プラントを離れた時点で、私の運命はこうなると決まっていたのかもしれない。

 

これは、母や弟や生まれ故郷を捨て逃げた私への罰なのだ。

私は自分の命を削り、自分の居場所と大切なものを守るしかないのだ。

 

「っ──くっ………ぅっ……」

 

そして命を削りきった時、私は死ぬ。

その時初めて、楽になれるのだろうと思った。

 

 

泣き止み、一人アストレイのコクピットへと上がる。

コクピット内は未だボロボロになっていて、血の痕も生々しい。

とても操縦できるような状態ではなかった。

 

どちらにせよ、この体では操縦など無理だ。

しばらくはラミアス艦長の補助に専念しようかと思う。

 

操艦は性に合ってるのか楽しさすら感じたくらいなのだ。

むしろ私はそちらの方が向いているのではとすら思った。

 

そして気づく。

 

「私、今……」

 

楽しいと感じてしまった…?

戦いを?

人を殺したんだぞ、私は!!

 

「違う…違う!そんなの、あり得ないわ…!」

 

自分が戦争にはまりつつあるのではないかと思った私は、それが怖くて仕方なくなった。

そうなれば堕ちるところまで堕ちてしまう。

 

 


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