俺の担当アイドルが、全員合鍵を持っている件   作:雨あられ

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第3話

人生で一番慌ただしい毎日を過ごしていた。

 

まず、みんなのプロフィール写真の撮影から始まり、衣装制作に楽曲・振り付けの手配……それが落ち着いてくるとアイドルたちとのミーティングにレッスン、営業、コミュニケーション……。

 

毎日が綱渡りだった。アイドルたちのスケジュール管理や営業、企画立案に現場の手配などなど、仕事は山積みな上、俺には5人も担当アイドルが居るのだ。残業しながらキーボードを叩いていると、ふと、あれ、これ全部マネージャーの仕事じゃないか?などと自分のプロデューサーという肩書に疑問をもったこともあったが、他に従業員などいないし、そんなことを考える暇すら惜しかったので、俺は次第に考えることを辞めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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凛世が緊張している。

 

今日やってきたのはとある歌番組の収録現場……。

暗い舞台袖に比べてステージの上はまぶしいほどにスポットライトを浴びている。凛世はこの後ステージに上がって一曲披露し、MCの人と何度か話すという簡単な段取りを踏むことになっている。レッスンを真面目にこなして、厳しいオーディションに合格して出演を勝ち取った彼女ならば、この規模のライブでも失敗することはないと思うが……

 

舞台袖から観客席を覗き見る凛世は、小さな肩を震わせながらステージ衣装の裾をぎゅっと握る。

いつもポーカーフェイスの彼女にしては珍しい光景だった。

 

……俺の仕事は、アイドルたちが100パーセント実力を出せる環境と舞台を用意してやることである。今、凛世には舞台が用意されている。

なら、次に俺がしてやるべきことは……

 

「凛世」

 

「は、はい……!」

 

凛世の目の前で大げさに息を吸い込んで見せて、声を出しながら吐き出す。

そしてまた吸って、吐き出す……。

 

「あの……プロデューサーさま……?」

 

「深呼吸だ、ほら、凛世も」

 

笑ってそう言うと、凛世はその場で大きく息を吸い込んで……吐き出す……大きく息を吸い込んで……吐き出す……。

すると少しは落ち着いたのか、俺に対しても微笑む余裕を取り戻す。

 

不意に、凛世が控えめに俺のスーツの袖を掴んだ。

そしてこちらを上目遣いに見上げながら小さな口を開く。

 

「プロデューサーさま……どうか凛世を……見ていてください。ずっと……そうすれば、凛世は……」

 

「……ああ、ずっと見てるよ」

 

俺がしゃがみこんで目を合わせながらそういうと、いつものように、いや、いつも以上にどこか活き活きとした微笑みを浮かべる凛世。

スタッフの方から声が掛かる。ちょうど、凛世の出番になったみたいだ。ステージが彼女を待っている……。

 

凛世は俺の顔を見て頷くと手を離し、静々とステージへと歩みを始めた。

 

まっすぐに伸びた美しい歩き姿に、牡丹のような赤い着物を身に纏った彼女の登場に会場は一瞬息をのみ、時間が止まったようであった。

 

……そして思い出したかのように歓声に沸いた。

 

凛世がマイクの前に立つと、お手本のようなお辞儀をしてから観客席を見渡し、先ほど俺に見せてくれたようなおしとやかな笑みを浮かべて見せる。場内は再び息を呑む……。

 

『皆さま本日は誠にありがとう……ございます。精一杯……歌いますので……どうか……ご清聴のほど……よろしくお願いいたします……!』

 

フフっと声が漏れ出た。

こんな大きな舞台に立つアイドルにしてはあまりに謙虚で、控えめで……しかしどんなことにも真剣な彼女に皆、惹かれてしまう……それが杜野凛世(もりのりんぜ)。俺が選んだアイドルなんだ。

 

会場中に凛世の歌が響きはじめた。

 

先程までのお淑やかさは残ったままに尺八や和太鼓が混じった激しいアップテンポの和ロックを歌う凛世。観客はそのギャップに熱狂し、狂ったように声を上げてサイリウムを振るう!

 

凛世はずっとステージの中心で歌い、踊り、輝いた笑顔を見せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、良かった!すごく良かったぞ、凛世!」

 

「……はい……凛世も、プロデューサーさまが喜んでくれて……嬉しいです」

 

そんな健気なことを言う助手席の凛世に、くしゃくしゃと褒めるように頭を撫でてやると、凛世は幸せそうに眼を細めた。

 

最高だった!今日のライブは!

凛世の曲が終わった後ちょっぴり泣きそうになってしまった。まだまだそんな段階ではないとはわかってはいるのだが、それでも自分のプロデュースしたアイドルが、あんなに立派に……と思うと感動も一入であった。

 

カッチカッチとウィンカー音を響かせていたが、信号が青になったのを見てアクセルを踏み、ハンドルを切る。

しばらく道なりに進むと恋鐘たちの仕事をしていたラジオ局が見えてきた、と、もう外で待っていたか。鞄を持った恋鐘と咲耶が手を振っている。

 

車を止めるなり、ばん!と窓ガラスに恋鐘が顔をくっつけてきてビビる。

 

「凛世、どうやったと!?」

 

「はい……プロデューサーさまも、大変喜んで下さいましたので、成功かと……」

 

「うんうん!凛世は頑張り屋やけん絶対上手ういくと信じとったばい!う~プロデューサー!うちもたいがい大きかテレビに出たか!!」

 

恋鐘が車の後部座席に乗り込みながら声を荒げる。続いて、咲耶が困ったように苦笑をしながらそれに続く……。ああそうか、これで全国区のテレビに出たのは凛世で四人目。つまり、恋鐘以外全員ということになるからな。

 

「ここ最近、うちはラジオラジオラジオ……ラジオの収録ばっかりやなかと!」

 

 

座席に座ってシートベルトをすると、むんと腕を組んで後部座席にふんぞり返る恋鐘。

 

「まだ新人なのに、冠番組がもらえるなんてすごいじゃないか」

 

「そ、そりゃそうやけんど……」

 

「恋鐘も、そろそろ次のステップに進みたいとそう言いたいんだよね」

 

「そう、そん通り!」

 

みんな順調にアイドルの人気も出て仕事も貰えるようになってきた。しかし、皆が皆同じような売れ方をしたわけではない。咲耶や千雪はテレビに出てから爆発的に売れ始め、売れっ子アイドルと言っても差し支えないレベルになっていた。樹里や凛世はブレイク寸前、注目のアイドルで、恋鐘は、ローカル番組やラジオが多かったが、その分レギュラーや冠を多く持つ、期待のアイドルといったところだろうか。しかし、ローカルと全国区、少しずつ開いていく同期との差に、恋鐘も焦っているのかもしれない……。

 

「大丈夫、いつかちゃんととびっきりの舞台を用意してやるからな」

 

「すらごとやなかろうと~?」

 

「凛世は……プロデューサーさまがとってきてくれたお仕事なら……なんでも致しますが……」

 

「おぉ、そうか!凛世は慎ましいな!見ろ恋鐘少しは凛世の慎ましさを見習ってだな…………あれ、凛世?」

 

「ぷくー……!」

 

凛世は、片っ方の頬っぺたを膨らませて……拗ねた。

 

なんで?と思い、恋鐘と咲耶に答えをもらおうとするが恋鐘もぶーぶーとご機嫌斜めで、咲耶はそんな二人と俺を見てからやれやれと肩を竦めて微笑むばかり。

 

女性に慎ましいっていうのは、褒め言葉じゃないのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ややご機嫌斜めの凛世と恋鐘を事務所まで送っていくと、次はそのまま咲耶を写真撮影の現場へとやってくる。

 

咲耶は今、売れに売れている。

 

元モデルということもあって、写真撮影やファッションショーのオファーがよく舞い込んできたが、なんといっても、人気アイドルたちの登竜門「SPOT LIGHTのせいにして…」というテレビ番組のオーディションに合格できたというのが大きいだろう。アレに出てからというもの、咲耶のファンは爆発的に増えて、引っ切り無しに仕事が舞い込み、今や、千雪と並んでウチの看板アイドルと言っても差し支えない状態だ。

 

「咲耶さんスタンバイOKですー」

 

「あ、はい」

 

その絶賛人気売り出し中の咲耶の今日のお仕事はブライダルモデルである。いつもはクール系の写真を撮ることが多い咲耶にとっては珍しい、女性らしさの際立つウェディングドレス。本人は似合わないだろうからと受けるのを渋っていたが、きっと似合うからと説得したら、案外簡単に了承してくれた。まぁ咲耶は余程のことでない限り仕事を断るイメージは無いが……それこそ新郎側のモデルでも難なくこなしてしまいそう……と、しょうもないことを考えながら楽屋へのドアを開ける。

 

「や、やぁ……プロデューサー」

 

っ!?

 

純白の花嫁ドレスを着た咲耶の姿に、思わず息を呑む。

 

バレリーナと呼ばれる真っ白なウェディングドレスはキュッと細められた腰元からふわふわの透き通った雲のようなチュールが伸びていて、スタイリッシュな彼女にとてもよく似合っている。しかしそのドレスに負けないくらい綺麗なのは、清楚で上品なメイクをしたいつもより大人の女性らしくなった咲耶で……

 

「変……じゃないかな?」

 

「いや……綺麗だ」

 

上手い褒め言葉は見つからなかった。

だが咲耶はそんな俺の言葉に満足したのか、安心したように赤い口紅が塗られた口元を緩ませる。椅子に座ったままの咲耶と暫く見つめ合っていたが、メイクさんの、それでは失礼いたします。という声で我に返った。

 

「えっと、咲耶、似合ってるぞ?」

 

「うん、ありがとう。アナタにそう言って貰えるのが、何より嬉しい」

 

「あぁ、本当に綺麗だ…」

 

少し褒め過ぎたのか、珍しく咲耶は照れて顔を赤くし、耳元まで真っ赤にしている。

 

「そういえば……結婚前にウェディングドレスを着てしまうと、婚期が遅くなるらしいね」

 

「え?あー、そんなジンクスもあるな」

 

鏡を見て自分の姿を見つめている咲耶の後ろに立つと、同じように鏡の中を覗き込む。

 

「それが、あながち間違いでもないみたいでね。女性が結婚をしたい理由の一つである「ウェディングドレスを着る」ことが達成してしまったがために、結婚の意思が弱まるみたいなんだ……」

 

「へぇ、なるほど……」

 

え~っと、何だろうか。俺に仕事で着せられたことを、怒っているのか?

そう考えていると、咲耶は、椅子の背もたれに乗せていた俺の手に、自らの手を重ねると、振り返って、こちらを見上げる……。

 

「……でも、私は、いつかもう一度このドレスを着て……皆から祝福を受けたい、そう思っているよ」

 

赤く染まった頬でそうつぶやく咲耶を見て、また見惚れそうになった。

 

「そうか……その時は……俺も呼んでくれよ?スピーチの一つや二つ、咲耶の為なら安いもんさ」

 

「…………はぁ」

 

?盛大にため息をつくと、目元を覆って頭を振る咲耶……どうかしたのか?やっぱり、スピーチは社長の方が良かったか?社長の声は演説映えするからな……などと考えていると、スタンバイ、おなしゃーす!というスタッフさんの声が響いてくる。と、そろそろ時間か。

 

「行こう、咲耶」

 

そういって手を差し出すと、テンションの下がっていた咲耶が珍しくも口を半開きにして間の抜けた表情を見せる。しかしすぐに、笑みを浮かべると、俺の手の平に手を乗せ、握り返す……。

よっと。咲耶を立たせて、手を放そうとしたが……咲耶は俺の手を思った以上に力強く握っていて手を離すことができなかった。どうやら、咲耶も慣れない仕事で緊張しているらしい。

そのまま撮影現場までエスコートすることになってしまったのだが……

 

 

 

 

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「それで、どうしたと!?」

 

「どうしたも何も、現場で咲耶のやつが珍しくアガっちゃって、リテイク連発でな、それで……」

 

「……ぷ、ぷろでゅーさー。も、もう良いんじゃないかな?」

 

「良いわけないだろ!?それで、どうしたんだよ!」

 

「あ、あぁ、それで、撮影スタッフの人が、相手役が居た方が良い絵になるんじゃないか?って言いはじめて、急遽俺まで白いタキシード着ることになって……」

 

「~っ!」

 

いつもクールで涼し気な表情を作っている咲耶がソファに顔を埋めたまま恥ずかしそうに足をばたつかせる。

こんな咲耶は初めて見る。

 

この前の仕事で撮ったブライダルモデルの見本誌が届いたから自席で確認していたら、恋鐘たちにばれてしまい……咲耶の写真を見せることになったのだ。

 

見せたのは咲耶が新郎と腕を組んで幸せそうに微笑んでいる写真だったのだが、隣に居る新郎のモデルが、何故か俺だとバレてしまいこの騒ぎである。

いや本当に、緊張した。いくら顔が映ってないとはいえ、あんな状態の咲耶とフリとはいえ結婚式の写真を……最後のキスシーンもどきの写真なんて、特に理性を保つのが危なかった。

おかげで良い写真が取れてはいるが、もうあんなに緊張するのは二度と御免である。

 

「……羨ましい、限りです……」

 

皆、写真を凝視して儚そうにため息をついたりしている。そうだよな、ウェディングドレスは女の子の憧れ、仕事とはいえそれは羨ましいだろう。

 

「まぁ、みなにも機会があればブライダルモデルの仕事を取ってくるからな?」

 

「真で……ございましょうか……っ!」

 

「あぁ、その時は、ちゃんとした新郎のモデルもつけてさ」

 

そう言うと、凛世は再び大きなため息をつく……。あれ、ブライダルモデルをやりたかったんじゃ?

 

「ああ、もう!今日はアタシのオーディションだろ!?「SPOT LIGHTのせいにして…」!今日こそ勝つ!いくぞ!プロデューサー!」

 

「お、おい待て樹里!……はぁ……よし、皆も準備して車に乗ってくれ」

 

事務所を出て行った樹里に続くためにそういうと、はーい!と元気な声が返ってくる。が、咲耶だけ、未だに、ソファのクッションに顔を埋めたまま、起き上がらない。

 

「咲耶?」

 

「ひゅい!」

 

耳元で名前を読んでみると、ピンと咲耶が背筋を伸ばす。なんだ、起きてたのか。それにしても、ひゅいって……最近カッコいい路線だけでなくて、可愛い路線の方もいけるんじゃないかと思えてきた。

 

「行くぞ」

 

「あ、あぁ……」

 

すっと手を指し伸ばすと、咲耶も笑みを浮かべる。あの時のように咲耶を起き上がらせる……って、力強っ!!どうやら、勝手にウェディングでの失態を話してしまってお怒りらしい……握った手が少々痛い。

 

「……咲耶さん?」

 

「……全く、アナタって人は……」

 

「うちも、もっともっとがんばらんと……」

 

「恋鐘?置いていくぞ~」

 

「あ、待って待って!」

 

アイドルたちとの関係も適切な距離感で良好だ。このままいけば、あれにも……アイドルたちの伝説の祭典、「WING」に出ることだって夢ではないかもしれない……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「うぅ……情けなか……」

 

気だるか瞼ば持ち上げて天井を見つめる。

体中、気持ち悪かほど寒気がしとって、喉がイガイガ、頭はフラフラ……。

誰がどう見てん、風邪ば引いてしもうた……。

仕事も休んで、プロデューサーに迷惑かけて……

 

ウチは、ウチは焦っとった。

 

最近のみんなは凄かった。

咲耶はテレビでもクールでスタイルようて、自分を魅せるのがバリ上手か。

千雪さん、優しゅうて気配りがでける綺麗な大人の女性、そん上、歌もウチらん中じゃ一番上手たい。樹里は運動神経が良うて、ダンスがばりカッコよかし、凛世も、つい最近まで同じところにおると思うとったけん安心しとったのに、いつの間にか、どんどん人気が出て……。

 

うちには何もなか。うちはただ、大口叩いてるばっかりで……。

 

プロデューサーも、社長も、はづきさんも。みーんな焦ることはない~、恋鐘ならいつか絶対に売れる~って優しい言葉ばかけてくれたけど。

ばってん、売れんのはうちだけやった。

 

もっと頑張ろう!自分には努力しかなか!

そう思うて、夜遅うまで自主レッスンしとったら、今度は夜風に当てられて体調まで崩して……折角もろうとった仕事もキャンセルして……本当に情けなか……。

 

「もう、長崎に帰ろかな……」

 

今まで、オーディションに受からんかったんも、きっと自分に才能がなかったけん……うちは長崎ん定食屋で働くのがお似合いなんかもしれん。

 

やっぱり、アイドルなんてうちには……。

 

突然、ピンポーンと、インターホンが鳴り響いた。

 

宅配便も何も頼んどらんけれど……

重か身体ば動かしてインターホンの画面に映った人物を見ると、そこにはショートヘアの金髪に、黒いカフス……大きなマスクにヤンキーのような少女が……。

 

「樹……里?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

樹里は、うちらの中じゃ一番最後にスカウトされたとプロデューサーはいっとった。

やけん、うちも先輩として負けられんと、レッスンのたびにぶつかり合うて……ようケンカした。

 

「どげんしたと?ゴホ、突然……」

 

「どげんしたと?じゃないだろ、その、お見舞い、ってやつ……ほら」

 

そう言ってガサっとぶっきらぼうに突き出されたコンビニの袋には、果物のゼリーにプリン、バナナに、アイスクリーム?

 

「こ、こげんいっぱい?」

 

「……そのいつもうるさい恋鐘がいねーと、レッスンにもいまいち張り合いがでないっていうか……だから、早く治せって……」

 

「っ!!樹里~……!」

 

じんわりと胸の奥が温かくなってくる、目元がウルウルと震えだす。

 

「お、おい、泣くなよ」

 

「な、泣いとらんもん!ぐす、ゴホ……」

 

「お、おい、まだ悪いなら、ちゃんと温い格好して寝てろって……」

 

そういって、ウチの事をベッドに寝かせると、買ってきたものを冷蔵庫に入れてくれる樹里。

そして、枕元に戻ってくると……。

 

「……」

 

どげん声をかけたらよかか、わからんくなって、黙る樹里。

不器用で、優しい樹里。

そんな樹里の姿が、うちは、たまらのう嬉しかった。

 

暫く黙って樹里んことば見よーと、再びインターホンが鳴り響く。うちん代わりに樹里が出てくるると、今度は凛世たちがフルーツを籠一杯に乗せて持ってきてくれて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目ば覚ますと、いつん間にか、夕方やった。

 

うちは幸せ者やった。

みんなん事、羨ましかと、嫉んどった自分が愚かしかほどにみんな優しかった。あの後、咲耶も千雪さんもはづきさんまで来てくれて、みんながみんな、うちば心配してくれて、優しか言葉たくさんかけてくれて……。

 

誰もおらんなって、寂しかね……と思うとったら、鼻が詰まっとってんわかるくらい、台所から良か匂いが漂うてきて……。

 

「起きたか、恋鐘」

 

「ぷ、プロデューサー!?」

 

匂いに釣られて台所に顔を出すと、台所に向こうとるプロデューサーが……!?仕事も忙しかし、来てくれんちゃろうと思うとったけん、うちは飛び跳ねるほどたまがった!!

 

同時に、今ん自分ん情けなか姿ば思い出して慌てて布団に戻る。

せめて、顔ぐらい洗っていれば……!?

プロデューサーの声だけが響いてくる。

 

「だいぶ元気になったみたいだな」

 

「う、うん、みんなが看病してくれたけん、大分楽になったばい」

 

「そうか」

 

布団の近くにあったタオルで自分の身体を急いで拭う。

へ、変なところ見られとらんよね?うち、変じゃなかよね?

 

「よし、出来たぞ、夜ご飯」

 

「ふわ!?」

 

拭き終わったんとほぼ同時くらいに、プロデューサーが足でドアを開けて部屋の中に入ってきた。両手にはお盆に乗せた……?

 

 

「これは、ヒカドったい!?」

 

甘いサツマイモの匂いに、大根に干ししいたけ、にんじんに旬のお魚……それがむわっと湯気と一緒によか匂いを醸し出す。長崎では何度も見たことがある、うちもバリ好きな料理……!

 

「前に、風邪を引いたときは、おふくろさんがコレをよく作ってくれたって言ってただろ?味は、保証できないけど……その」

 

頬ば掻きながらそう話すプロデューサーに胸がきゅっと苦しゅうなる。

早速レンゲを持って一口食べてみる……。

 

「……」

 

味は正直ようわからんかった。

サツマイモは、ゴロゴロしとって、大きすぎる気がした。ばってん……ばってんこれ……

 

「ぐす……ぐすぐす……」

 

「こ、恋鐘?」

 

「……ばりうまかばい。プロデューサー!うちこげんうまかヒカドは初めて食べた!」

 

「そうか。その、ゆっくり食えよ」

 

うちは泣いた。みんなの優しさが、プロデューサーの優しさが、全部全部嬉しかった。プロデューサーはうちのこと、ぽんぽん撫でてくれて……

涙でぐずぐずになった煮物んスープはちょっぴりしょっぱかった。

ばってん、うちはそのスープの味が、ずっと、ずーっと、忘れられんかった。

 

 

 

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俺は、プロデューサー失格かもしれない。

 

恋鐘が、他のみんなと自分の人気とを比較して焦っていたことには気が付いていた。

恋鐘自身は気が付いていないかもしれないが、彼女の実力は皆と比べても見劣りしない、いや、5人の中で一番総合力が高いとすら思っている。

だから、何かきっかけさえあれば彼女は必ず売れるとそう確信していた。

しかし、そのきっかけを、中々与えてやれずにいた。そして俺は、恋鐘のメンタルなら、きっと耐えてくれると、大丈夫だとどこかで過信していたのだ。そして、その結果がこれだ……。

 

もうアイドルを辞める、なんてことを言われても仕方がないと思った。

けれど恋鐘は、俺の作ったあまり出来の良くないヒカドを完食すると、風邪が治ったら風邪で遅れた分もうち頑張るけんプロデューサー!とまだ俺についてきてくれると言ってくれた。

俺ももう少し、彼女を気に掛けるべきだったんだ……いや、過ぎたことはもう戻らない。だったら……

 

「さて……」

 

「……もう帰ると?」

 

「あぁ、そろそろ遅くなってきたしな……」

 

暗くなった空を見てそうこぼす。これから俺に出来るのは、彼女に、恋鐘に最高の舞台と環境を用意してやることだけだ。

決意を新たに踵を返し、部屋を出……?

 

「おねがい。も、もう少しだけ……そばにおって?」

 

「……え?」

 

「おねがい……ぷろでゅーさー……」

 

……流石に、それは卑怯だろう!

弱った恋鐘はいつも以上に乙女乙女しており……何だか放っておけない。

 

その日は結局ずるずると泊まり込みで看病することになり、次の日には恋鐘はすっかり元気になった。ただ、暫く俺は積極的に甘えるようになった恋鐘に、なすすべがなくなってしまうのだが、それはまぁ、仕方がないことだろう……。


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