魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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魔人の敗北

 魔人四天王ザビエルの敗北。

 それを目の当たりにした魔軍の兵達。その中の一体が震えた声で言った。

 

「ざ、ザビエル様が……負けた……」

 

 その声を皮切りにして、魔物兵達は理解する。

 魔人の敗北。

 魔人に無敵結界が備わってから700年。一人の例外を除き、誰もが成し得なかった前人未到の偉業。

 それを正面から成したのはたった一人の人間――藤原石丸。

 人類最強の戦士による魔人討伐の報は、またたく間に戦場に伝播していく。

 

「ひぃぃ!? ま、負けた! ザビエル様が負けた!」

 

「ど、どうすりゃいい!? 俺はあんなの相手にしたくねぇぞ!」

 

「くっ、お前たち落ち着け! まだ戦争は終わって――」

 

「い、嫌だ! 俺は逃げるぞ!」

 

「勝てるわけねぇよ、あんな化け物!」

 

「だから落ち着け! まだ大将軍であるコウウ様やリー様。そしてレオンハルト様が――」

 

「俺は逃げるからな!」

 

「お、俺も……!」

 

「くっ、兵の動揺が……!?」

 

 それは古くから共通する魔軍の最大の弱点。

 魔軍の旗印ともいえる強大な魔人の敗北は、軍を瓦解させていく。指揮官を失えば、魔物兵は統制されることなく、好き勝手に行動し始めた。

 魔物隊長や魔物将軍であっても兵の混乱は著しいが、それが魔人ともなれば軍全体が崩壊しかねないほどの衝撃であった。

 魔物将軍が必死に魔物兵の統率を取ろうと呼びかけるが、魔物兵達の混乱は収まらない。それどころか、指揮をするはずの魔物隊長の中にも動揺している者が数体見られた。

 押し合いへし合いで逃げようとする魔物兵ば多く見られるその場にて、それを見ていた悪魔月餅は未だ興奮冷めやらぬ中、石丸に駆け寄る。

 

「……石丸様!」

 

「む……月餅、か」

 

 隠形を解いて話しかけるが、石丸はまだ集中を切らした様子なく応答した。血塗れになりながらも生きて立っている石丸と、胸から大量の血を流して地面に伏している魔人ザビエル。それを見ると、勝利の実感が湧いてくる。

 ……お見事です……!

 人の身で魔人を倒す快挙。まさか本当に成すとは思っていなかった。

 いざとなれば、隙を見てザビエルに攻撃を加えようと隠れて窺っていたが、無意味となってしまった。石丸が無敵結界を突破することが出来ずとも、その激戦での疲労は相当なものになるだろう。その時が動くべきだと感じていたが、

 

「……お疲れ様でした、石丸様。――後は、お任せください」

 

 言って、月餅は魔人ザビエルに近づく。

 既に瀕死の様相を呈しているが、正確にはまだ死んでいない。放っといても直ぐに死ぬだろうが、殺して次の段階に移る必要もある。いつまでも喜んではいられないのだ。

 ……魔軍が混乱している今こそが好機。速やかにザビエルを殺し、本陣に戻って魔軍を攻め立てる……!

 そのための自分だ。石丸の技では、相手の攻撃が必須となり、とどめを刺すことは出来ない。

 だが悪魔である自分であれば問題無くザビエルにとどめを刺すことが出来る。魔物は混乱こそしているが、邪魔立てが入らないとも限らない。なればこそ、傷を負った石丸の為にもとどめを刺してから一度戻るべきだ。

 そうして自分が動く様を、石丸は察したのかじっと見ていた。一歩一歩、ザビエルに近づき、数メートルの距離にまで迫ると、不意に声が飛んだ。

 

「――っ! 下がれ、月餅!!」

 

「! 一体、何が……!?」

 

 石丸の叫ぶような声とともに、月餅は目の前で生じた現象を見た。

 それは――宙を斬り裂いて破壊をもたらした。

 月餅が後ろに飛び退いた瞬間、先程まで月餅がいた場所に、地面を引き裂くような斬撃が飛んできた。

 ……これは、石丸様と同じ……!

 こちらとザビエルの間を分かつように走った剣による斬撃。その使い手を想像し、警戒を露わにした直後、その場が凄まじい重圧に包まれた。

 

「――――中々に良い勘だ。よくぞ見破った」

 

「……!」

 

 声を聞いて、全身が総毛立つ。

 気が付けばザビエルの近くに、一人の男が立っていた。細身だが無駄なく鍛え上げられているであろう肉体を、黒を基調にしたコートと、黒と赤が入り混じった制服に近い服を着た美丈夫だ。

 しかしその身から放たれる気配は、人外そのもの。光り輝く黄金の髪を持ち、揺るぎない意志を秘めた鋭く赤い双眸、常人であればその威容を見て頭を垂れるか、膝を折るかの二択を迫られてしまうほどの覇気。

 その名を、今では誰もが知っている。かつては人の王であった人類最古の英雄の名を、()()()()()()()()()()()知っている。

 魔人筆頭。魔軍参謀。最強の魔人。世界最強の剣士。剣王。

 

 その魔人の名は――――レオンハルト。

 

 人類にとって絶望の具現となった脅威が、石丸達の眼前に現れていた。

 

「そして、見事だ。藤原石丸。まさか本当にザビエルを倒すとはな」

 

「……っ、やる気か……!」

 

 石丸が剣を構える。だがそうやって戦意を見せても、レオンハルトは僅かに一瞥するのみで、

 

「そうしたいのは山々だがな……。瀕死の貴様相手に決着をつけたいとも思わん。他にやらねばならないことも多いしな」

 

「何……?」

 

 石丸が眉を顰める頃に、既にレオンハルトは動いていた。

 周囲で混乱の極致にある魔物兵。そちらに向かって、

 

「――総員、そのまま聞けッ!!」

 

 不意に、よく通る覇気に満ちた声でレオンハルトは言った。

 それは、将としての才能を孕んだ、つい耳を傾けてしまうような声であった。

 

「あれは、レオンハルト様……」

 

「一体何を……今更もう……」

 

 魔物兵が注目する。一体何を言うのか、と一時的にではあるがその耳は確かに傾けられた。

 そんな中、レオンハルトは言った。

 

「――逃げたいのなら、()()()()()()()()!」

 

「……えっ……」

 

 戦え、といわれると思っていた魔物兵達は、思わず間の抜けた声や表情を出してしまう。それも当然だろう。

 逃げようとしていた魔物兵達ではあったが、実際に魔人の口から逃げてもいいと言われるとは思ってもいなかったのだ。

 だが、次に続く言葉に、魔物兵達はその意味を理解した。

 

「だが、逃げるのなら全員で、一丸となって逃げろ! 闇雲に逃げても助かりはしない!」

 

「ぜ、全員で……?」

 

「つっても、どうすれば……」

 

 魔物兵の不安の声を聞いたかのように、レオンハルトはそれに答えを出す。

 

「魔物将軍の指示を聞いて、後方の都市まで撤退しろ!」

 

 そして言う。魔物兵の生きる希望となるための言葉を、

 

「――殿は俺が務める! 総員、後方の都市まで撤退を開始せよッ!」

 

「!」

 

 魔物兵の目に光が灯る。

 最強の魔人の援護。それも、自分達が逃げるための時間を稼ぐために、戦うという。殿として、これ以上のものは存在しないだろう。魔物兵でも、それくらいは理解出来た。

 

「――コウウ!」

 

「……はっ、ここに」

 

 そのタイミングで、レオンハルトは控えさせていたであろう大柄の魔物。魔物大将軍コウウを呼びつけると、続けて命令する。

 

「お前に仕事だ。ザビエル軍全体を纏めて撤退を行え。前線を押し返す必要もある。お前の武勇は役に立つだろう」

 

「はっ! このコウウにお任せください! どんな任務でもこなして見せます……!」

 

 そのコウウの瞳は、怒りや嘆き、焦りなどが入り混じった複雑なものであったが、絶対に成功させるという燃え立つような意志を感じた。

 

「任せる。直ぐに動け。まずはこの場を収拾しろ」

 

「ははっ! それはもう! 直ぐに動きます!」

 

 平服するように、何度も頷くと直ぐ様事態の収拾に取り掛かろうとコウウは魔物兵らの元に向かっていった。

 そしてそれを、月餅は黙ってみていることしか出来ない。何故なら、

 ……先程から、儂に牽制しておる……!

 動けば斬る。言外にそう威圧され、身動きが取れない。

 そして石丸のこともある。下手なことをして戦うような状況になるのはマズい。このままでいれば見逃してくれる可能性もあるし、逃げることも出来るだろう。一先ずは大人しくするしかない。

 己の得物である鎌を隠し持ちながら、月餅はいつでも動けるように警戒を続ける。そんな中、指示を終えたレオンハルトは地面に倒れていたザビエルを見下ろし、

 

「……さて、ザビエル。次はお前の番だ」

 

「…………ふ……我、を……殺しに、来たか……?」

 

 既に助からない傷を負い、口端から血を吐きながらも、ザビエルはゆっくりと声を上げる。

 その表情はどこか自嘲のような笑みを浮かべており、まるでこの状況を予期し、受け入れているようであった。

 そしてレオンハルトの方は感情の見えない表情でザビエルを見下ろし続けていたが、やがて息を入れると、

 

「……その予定だったがな。お前が一騎打ちに負けたせいでその予定も無くなった。人の手柄を横取りする趣味は俺にはないからな。……しかし、本当にお前が負けるとは……」

 

「ふ、ふ……気をつけろ、レオン、ハルト……我を倒した、其奴、は……かなり強いぞ……?」

 

 それを聞いたレオンハルトは、僅かに眉を動かした後、眉間に皺を寄せて答える。

 

「……お前が俺に注意とはな。どういう心境の変化があったかは知らないが、お前らしくもない。憎まれ口でも叩くのかと思ったが」

 

「……なに……少し、思い出したまでよ……我の、夢をな……」

 

「……夢、か」

 

 それに何かを感じたのか、呟くように反復する。

 その内容を、ザビエルは口にした。

 

「ああ……貴様を越えるという、我の夢だ……」

 

「……なるほど。お前が俺に執着していた理由がそれか」

 

 合点がいった、と目を細めるレオンハルトはそこで大きく息を吐くと、

 

「……全く、復讐する気が失せることを言わないでほしいものだ。そうなったお前をこれ以上貶めてしまえば、俺の方が無粋になってしまう」

 

「……ふふ、それは悪い、ことを、した……」

 

「ああ、本当に始末が悪い。お前が謝罪の言葉まで吐くとは思わなかった」

 

 そう言うと、ザビエルは口端を歪め、

 

「どうせ、最期だ……戯言にしか、聞こえんだろうが……そういうこと、を……口にするのも、悪くない……」

 

「……なら、俺も戯言を言わせて貰うが――」

 

 と、レオンハルトは一拍置いて、ザビエルを見据えると、

 

「お前が魔人になった時、俺はお前を――いずれ右腕になるかもしれないと期待していた」

 

「――――」

 

「そのために色々と手を尽くしたが……今となっては、戯言でしかない話だ」

 

 レオンハルトが言い終えると、ザビエルは唖然としたまま空を見上げ、しばらく言葉を発さなかった。

 だが、ややあって目を閉じると、

 

「……そう、か。……確かに、戯言……だな……っ」

 

 血が溜まって上手く喋れないのか、言葉が途切れるようになった。おそらくザビエルの死が近いのだろう。

 そんなザビエルを見て、レオンハルトもそれを悟ったのだろう。目を据わらせて言う。

 

「――さて、最期に何か言いたいことがあれば聞いてやるが?」

 

 その言葉に、そうだな、と静かに考え込んだザビエルは間を置いて、

 

「……ナイチサ、様に……」

 

「……何か伝言でもあるのか?」

 

 その問いにザビエルは、いや……、と否定すると、

 

「ナイチサ、様、に、は…………人の手に、かかり……死んだ、と……それだ、け……言って、くれ……」

 

「……何故だ? それを言えば、お前は――」

 

「解って、いる。だが……ナイチサ、様……の……信念、に……水を……差したくは、ない……」

 

「……承った。なら、魔血魂はナイチサ様にでいいんだな?」

 

「ああ……」

 

 頷くと、ザビエルはやがて言葉を発することも億劫になったのか、静かにその時を待つ。気が付けばその近くにはザビエルの肩に乗っていた使徒の姿もあった。

 ただ黙ってそれを見届けている使徒の姿を見て、レオンハルトはその最期に、

 

「――()()()()、ザビエル」

 

「――ああ……」

 

 言葉を交わし、それを最後に、ザビエルの身体が光ると、

 

「…………!」

 

 身体が消滅し、小さな赤い珠だけがその場に残る。

 それは、魔血魂。

 魔人が死んだ証ともいえるそれを遺し、魔人ザビエルは消え去った。

 

 

 

 

 

 ……何とも、不思議な感覚よ。

 ザビエルは己の死を感じ、不思議な光景を見ていた。

 真っ赤な空間の中に、己が立っている。

 魔人は死ねば、その魂は魔血魂となり封じられる。

 ゆえに完全な死ではない。

 だがザビエルにとってはそれも時間の問題でしかなく、

 ……ナイチサ様には、悪いことをした。

 忠義を果たせなかったばかりか、迷惑を掛けてしまった。

 その末路としてこの結果は相応しいものだろう。後は、己の完全な消滅を座して待つのみだ。

 だがそこで、見覚えのあるものを感じた。

 それは、己の血を分けた存在だった。

 白、黒、青、赤――五つの内、一つの除いた色が己と共に立ち、

 ……馬鹿共が……我に付いてこずとも良いものを……。

 赤はその内戻るかもしれないが、それ以外はもう元には戻れない。

 だがそうまでして、共に行こうとする者達の忠義を嬉しく思う自分もいた。

 自分の生は、悪辣で見るに堪えないものであったが、少なくとも彼らが付いてきてくれるくらいの生き方は出来たのであろうと。

 ……我にしては、出来過ぎな結末だ……。

 ならば、最期まで共に行こうと。

 赤い闇の中に足を踏み出したのを最期に、意識は溶けて消えた。

 

 

 

 

 

 魔血魂となったザビエルを拾った魔人レオンハルトは、それを見てままならない想いを感じた。

 ……最期に忠義を示したか。

 最期の願いを思い、やはり複雑な気持ちになる。

 恨みもある相手ではあるが、今のやり取りの後で復讐する気も起きない。

 ナイチサやカミーラ、他の魔人にはどう言ったものかと今から頭を悩ませていると、

 ……藤吉郎か。

 その場に遺ったザビエルの使徒は、藤吉郎のみ。それ以外は皆、主に付いていく道を自然と選んだ。

 どうしていいか解らずに佇む藤吉郎は、こちらが手に取った魔血魂を見詰めており、

 

「……悪いが、これを渡すわけにはいかない」

 

「…………」

 

 理解しているのかどうかは解らない。

 だが、不思議と頷いているようにも見え、

 

「……お前はどうする?」

 

 尋ねると、藤吉郎はややあって、こちらの肩に飛び乗った。流石に驚き、

 

「……まさか、俺に付いてくる気か?」

 

「!」

 

 するとコクリ、と藤吉郎は頷いた。

 レオンハルトはそれを飲み込み、

 

「――わかった。好きにしろ」

 

 言うと、好きにする、と言わんばかりに藤吉郎はこちらの肩に陣取った。それを見て、思わず可笑しくなり、

 ……随分と逞しい使徒だな。

 間接的にとはいえ、主の仇とも言える。そうでなくても、主が憎んでいた人物に付いていこうとするなど、酔狂としか言いようがない。

 だがそういうのも嫌いではないと、レオンハルトはそれを受け入れることにし、心の整理がまだ付かぬままではあるが石丸達に視線を向けた。

 すると向こうから静かな声で、

 

「……友人だったのか?」

 

「……まさか。俺とザビエルは、お互いを嫌い合っていた」

 

 石丸の問いに複雑な気持ちで答えるが、答えを聞いて石丸は僅かに笑い、

 

「ふっ、そうは見えなかったがな」

 

「……そう見えたのなら、それはお前がそうさせたのだろう」

 

「? 俺は何もしていないが」

 

 本気で分からないのか、疑問符を頭に浮かべる石丸に可笑しさを感じる。

 だが、そんな風にいつまでも談笑してもいられない。

 レオンハルトは魔人として、石丸に問いかける。

 

「それはいい。――だが、どうする? 相手をする気がないとは言ったが、兵を害する気であれば俺も戦わざるを得ないが……」

 

 僅かに闘気を滲ませながら石丸を睨みつける。

 月餅が分かりやすく警戒を滲ませたが、石丸の方は僅かに身を震わせたものの、苦笑交じりに、

 

「いや、今日のところは帰る。この状態で勝てるとも思わん」

 

「ふん、万全の状態なら勝てると? 言っておくが、俺の模倣が俺に通用するとは思わんことだ」

 

 その問いには即座の応答が来た。

 

「ああ、分かっている。次はまた強くなった俺を見せてやろうぞ。――そうでなければ、俺ではないからな」

 

 そう不敵に告げてくる石丸の表情には自信と覇気に満ち溢れている。

 心地よい闘気が肌を撫で付ける中、レオンハルトはその昂ぶりを抑えつつも微笑し、

 

「――面白い。ならば次は見せて貰おう。……キャロル!」

 

「はい! ずっと待っておりましたわーーー!!」

 

 近くに隠れていたキャロルを呼び出し、踵を返す。

 

「兵を纏めて後方に下がるぞ」

 

「既に滞りなくですわ! ハンティさんとペールさんが既に部隊を率いて撤退戦の指揮を執っていますの!」

 

 うむ、と頷く。キャロルが言うように滞りはない。

 敵の部隊に幾つか不安の種もあるが、ハンティやコウウがいれば武力の面では問題ないし、ペールやリーも如才なくそれをこなしてくれるだろう。

 それに、いざとなれば自分も出る。石丸や月餅の脅威こそないが、万が一がないとも限らない。そのため早く戻らなければならないが、

 

「――藤原石丸」

 

「――何だ? 魔人レオンハルト」

 

 精悍な顔つきをした石丸を見て言う。

 

「今日のところは俺達の敗戦だが、次からは勝てるとは思わないことだ」

 

「何……?」

 

 続けて、

 

「次からは、()()()()。故にお前たちは、どれだけ被害を減らすかだけを考えるがいい」

 

 それは宣戦布告でもあり、自分なりの忠告であった。

 だが、石丸は鼻を鳴らし、

 

「――笑止。負けるつもりで戦う者が何処にいる?」

 

「ならば精々、傷を早く癒すがいい。どの道、その怪我ではしばらくは戦えまい」

 

「言われんでも万全に仕上げてくる」

 

 その返答に、満足し、

 

「ならそれでいい。楽しみにしている。――行くぞ、キャロル」

 

「畏まりましたわ!」

 

 と、キャロルを伴ってその場から一瞬で消えるように移動する。

 向かう先は自軍の本陣。撤退の動きは既に進めているだろうが、200万強の大軍ともなれば撤退にも時間が掛かる。それまでにやるべきことは多くあるのだ。しばらくは前線も維持し続けなければならない。

 だが、それを考えるべきであるのに、脳裏に掠めるのは石丸のこと。

 ……あの傷では、失った体力を取り戻すのに時間が掛かるだろう。

 AL教徒などが主に使う神魔法であれば治癒自体は直ぐに終わるだろうが、失った血や疲労、体力までは元に戻らない。ザビエルとの戦いで負った傷は深く、一週間か二週間は最低でも掛かるだろう。動くだけなら数日でも可能だろうが、その状態で戦っても兵はともかく、己と戦うには足りない。

 だがそれは、こちらにとっては朗報でもある。

 ……これ以上、無様を晒すわけにはいかない。

 自軍が負けたわけではないにしろ、同じ戦場でもある。実質、魔軍として初の敗戦なのだ。咄嗟に兵を纏めはしたが、それでも半数は離散するのを覚悟しなければならない。

 そして経過はどうあれ魔人の敗北。その動揺も大きく、無様を見せてしまった。

 ならばそれを払拭しなければならない。己は、何があろうと負けるわけにはいかないのだ。

 ……数日以内、遅くとも一週間には軍を纏めて、再攻勢に出られるようにする。

 そうしてその戦場には自分も出るのだ、とレオンハルトは決意を新たに昂ぶりを一時抑えることにした。

 

 

 

 

 

 キナニ平野で行われた、藤原家率いる人類軍と魔軍の戦いは、魔人ザビエルの戦死と、魔軍の一時撤退により、人類軍の勝利と終わった。

 無敵と謳われた魔人を藤原石丸が倒したことで、人類軍の士気は高まり、人々は希望の光を見た。

 対する魔軍は兵の損失こそ抑えられたが、それでも50万近くの兵を失い、残った兵達も士気の低下が著しい。

 勝利への期待を滲ませ、勢いづく人類だったが、一部の者達はそう甘くはないことを知っていた。

 四天王の一角を落としたが、未だ最強の魔人であるレオンハルトと、その使徒達に魔物大将軍リーは健在。更には圧倒的武勇を誇った魔物大将軍コウウも軍を纏めてレオンハルトの指揮下に入り、命令系統が統一された。その上、援軍が来ないとも限らないのだ。

 

 ――人類軍はこれから、最強の魔人の何たるかを知ることとなる。




藤原家討伐編の半分はとりあえず終わったかな。ザビエル編感あるけど
次からはレオンハルト軍VS藤原家になります。
そして今回で色んな人の運命が変わりました

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