魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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ランス10、一周年おめでとうございます。
といっても私がプレイしたのは4月の下旬くらいで、それまではモン○ンワールドをやってたので少し遅いのですが。
というわけでこれからも頑張っていきます。本編どうぞ


死滅戦争

 その日、東部オピロス帝国では、魔王ナイチサに対する宣戦布告を行った。

 国中の兵士を動員し、魔軍が実効支配を行っている人類圏の駐屯地を奇襲。僅か一部ではあるがそれを追い払うことに成功した。

 最初の一勝、それはどんなに小さなものよりも価値がある一勝だ。

 最初の一戦に勝ってしまえば、魔軍との戦争に懐疑的であった兵士や民衆も掌を返したように湧き上がる。実際に前線に忍ばせた軍の報道係によって、その報は国中へと知れ渡り、民はその勝利に僅かな希望を見出した。

 だからだろうか、東部オピロス帝国皇帝、アレクサンドル・バシレウスはその事の重大さに気づくことが出来なかった。宣戦布告という行為に懐疑的であったにも関わらず、勝利がそれを覆い隠した。

 しかし、心に刺さった棘のような不安は未だある。今も、大臣との会話を執務室で行いながら、内心の不安を吐露するかの様にやり取りを行う。

 

「……なんとかなったか……?」

 

「そうですな。やはり勇者の力は大きいと思われます」

 

 それはそうだ、と頷く。勇者の支援を国が全面的に行いはじめて数年。勇者は更に成長した。

 元々の才能があったためか、修行や実戦を積む度に確実に強くなっていく。試しにと、国で一番強い騎士と模擬戦をやらせてみたが、既に勇者の方が強かった。

 このままいけば魔人とて倒せるかもしれない。だからこそ、皇帝はこれからも勇者を、地道ではあるが育てようとした。

 だがその案には誤算があった。

 この間、勇者の従者だという少年と、AL教の総主教に教えられたのだ――勇者には期限があると。

 何でも、勇者が勇者でいられる期間は、13歳から20歳までの7年間しかなく、それを過ぎると勇者は勇者の力を失う。勇者でなくなると言うのだ。

 その事実に、アレクサンドルは人生で一番と言っていいほど憤り、動揺した。たった7年? そんな短い期間でどうやって勇者をこれ以上強くすればいいのだと。

 だが、そこで勇者の従者は言った。実戦で鍛えてしまえばいい、と。

 勇者は実戦の中でこそ、大きく成長する。とりわけ、大きな戦い、人々の危険にこそ反応し、それを守るために力を増すというのだ。

 だからこちらから戦いを仕掛けてはどうか――そう提案されたのだ。

 最初、アレクサンドルはその提案にいまいち腑に落ちなかった。理屈の上では理解出来る。勇者を短時間で育て、成果を上げるために最も効率的な方法は戦いをこちらからでも起こすことだ。

 しかし、態々こちらから攻めなくてもいいのではないか、そう思い、口にもしたこちらに、従者とAL教の使者はこう諭した。

 

 ――放っておいても、向こうから攻めてくるというなら、こちらから攻めても問題はない。

 

 ――どうせ戦うのならば、先手を取ってしまった方が戦いは楽になる。

 

 ――そもそも魔王は、人間のことを何とも思っていない。だから、こちらが宣戦布告をしたところで意にも介さないだろう。いつも通り、相手をされるだけだ。

 

 そんな言葉の数々。最初は疑わしいものであったが、聞けば聞くほどそれが正しいように感じてくる。

 最終的に協議した結果、こちらから宣戦布告と同時に魔軍を攻め立てることにした。

 反撃の際、一度は今までの様に厳しい攻勢が予想されるが、それを耐えれば今までの様に一地域を支配して帰っていく。それまでに勇者を成長させ、魔王を討てば勝ちだと。

 賭けでもあるが、どちらにせよ勇者がいなくなれば希望はない。それを考えれば、面白くはないし気分こそ悪いものの、国家の未来のために厳しい戦いに身を投じることも覚悟出来る。

 例え多くの兵士や、自分の命が失われようとも、帝国が――いや、人類が平和になればそれでいい。

 それならばこれまで国や家族、隣人のために死んでいった兵達も浮かばれるというものだ。

 後は勇者クエタプノ、そして我が国の精兵がどこまで出来るかである。かつての英雄、藤原石丸の様に、魔人の一体でも早々に倒してくれれば安心出来るのだが……それは高望みし過ぎだろうか。

 

「勇者の力は大きい……であれば……戦争が終われば、少し使えそうですな」

 

 勇者に懐疑的であった大臣もその様なことを口にする程度には勇者を信用している。

 しかし、その発言には怒りを発した。アレクサンドルは立ち上がり、

 

「馬鹿者が! 貴様、あれだけのことをしておいてまた勇者の心象を悪くするつもりか!?」

 

「! い、いや、決してそのようなことは……ただ、勇者の力が無くなったとしても他国はそれを知りませんし、大々的に喧伝すれば、利用出来るかと――」

 

「だからそれが駄目だと言っているのだこの間抜けがッ! いいか!? 貴様は、あの勇者クエタプノからすれば恨まれても仕方のないことをしているのだぞ!」

 

「っ、それは……しかし、私は父親で……」

 

 そう、この大臣は勇者クエタプノの実の父親だ。

 しかし、その事情は面倒かつ遺恨を残すものがある。だからこそ、アレクサンドルは激昂した。

 

「父親だからこそ、怒っていると何故気づかん! 勇者からすれば、貴様は、自分達家族を捨てたくせに、今更になって擦り寄ってくる薄汚い奸臣だと思われているのだぞ!」

 

 言い切ってやる。この大臣は、勇者クエタプノとその母親を捨てたのだと。

 何でも、十数年前。大臣は婚約者がいながら、クエタプノの母親であり、当時はメイドであった彼女に手を出し、孕ませた。

 しかし婚約者がおり、相手の家からの解消や不貞をしたことによる賠償、世間体などを考え、この大臣はそのメイドと子供を国の僻地に追いやることで隠蔽したのだ。

 そして聞けば、勇者の家は、帝国の平均的な所得から考えても、極めて貧しい生活を送っており、かなりの苦労をしたらしい。母親に楽をさせるため、出稼ぎで騎士になろうとしていたくらいだ。

 アレクサンドルは思う。仮に自分が、このクエタプノの立場であったら、勇者として国の為に戦う代わりの交換条件として、大臣の身柄、復讐の許可を貰うことになるだろう。

 そしてそれを、国の元首として考えた時も、許可することになる。それを考えると恐ろしかった。

 

「貴様の不貞のせいで、勇者が腹を立てこちらに牙を剥いたらどうするつもりだ!? 言っておくが、その時は貴様の首を真っ先に捧げてやる! それとも勇者より先に、私が貴様の首を断ち切ってやろうかッ!?」

 

「っ、そ、それだけはご勘弁を……!」

 

 ようやくこちらの怒りの程を理解したのか、大臣がこちらに縋り付くように謝罪する。離せ! と、強く大臣の腕を振り払うと、

 

「貴様がやるべきことは、勇者を怒らせないように誠心誠意謝罪を行うか、二度と関わらないことだ! 本当なら今直ぐ解雇してやってもいいんだぞッ!?」

 

「も、申し訳御座いません……! それだけは……!」

 

「ふん、覚悟をしておくのだな。貴様のこれからの行動によっては、私は容赦なく貴様を処刑する。長年重用してきた重臣であっても関係ないぞ。私の性格は、よく知っているであろう?」

 

「は、ははっ……! それはよく、知っております……!」

 

 国の為なら、比喩ではなく、私は何でも出来る。

 命を捨てることで国が救えるのならば迷うこと無く、私は首を掻っ切ってみせよう。

 それだけの覚悟があるからこそ、皇帝の椅子に座っているのだ。

 アレクサンドルはそれを改めて自覚し、再び戦争のことを思った。

 この戦争が上手く行こうが行くまいが、自分は皇帝の椅子から降りることになるだろうと。

 上手くいったのならば勇退することになるが、上手くいかなかった場合は責任を取って辞めることになる。

 その際には大臣にも職を辞してもらう。この男は、仕事もそれなりに出来るが、いざとなったら自己保身に走る傾向がある。

 国を動かそうという権力者がそれではいけない。国の為に、身を切るような覚悟がなければならないのだ。

 アレクサンドルに私欲というものは存在しない。あるとするならば、それは国の発展と幸福のための愛国心というものだ。

 徹頭徹尾、彼は国のために動いていた。この戦争も、そのためのものであることに疑いの余地はない。

 だからこそ、そのやって来た報告に、皇帝は身を震わせた。

 

「も、申し上げます……!」

 

 帝国軍の頂点に立つ将軍が、約束の時間より少し早く、報告に来た。元より戦いの経過をまめに確認するためだ。

 しかしその声は震えている。顔面蒼白。熟練の戦争屋である将軍。その顔の血の気が引いていた。

 嫌な予感を感じた直後、アレクサンドルはその報告を促し、それを耳にした。

 

「魔軍が……魔王が……20体以上の魔人を連れて、我が国に攻め込んできました……! 数百万規模の魔軍も一緒です……!」

 

「…………は?」

 

 あまりにも馬鹿げた報告に呆然としてしまう。

 何だそれは。夢でも見ているのか。

 それほどの大規模な攻勢など、歴史上でも類を見ないものだ。その戦力であれば、人類を滅ぼせるのではないかと思うほど。

 それが自国にやって来る。

 今まさに、やって来ている。

 

「……何、を……言っている……?」

 

 馬鹿げたことを、と口にしようとして――出ない。

 唇が震えていた。声だけではなかった。

 指も震えている。それは、恐怖と、とんでもない失敗を犯してしまったことによる戦慄によるものだ。

 その報告によって耳にしたのは、人類が崩壊する――絶望の足音だった。

 

 

 

 

 

 魔王城謁見の間では、既に大陸中から、魔王の配下である魔人達が、ほぼ勢揃いしていた。

 メガラス、ガルティア、パイアール、レッドアイ、レキシントン。その他大勢の魔人。

 そしてその少し前に並んでいるのは魔人の中でもたった4人しかその席に座ることが許されない魔人四天王。

 ケイブリス、カミーラ、ケッセルリンク。現四天王の3人が泰然と、威風を放ちながら並んでいる。

 そして最後の1人。魔人の最高位である魔人筆頭にして、魔軍の全権を預けられた魔軍参謀であるレオンハルトが、玉座の横に控えている。

 彼は居並ぶ面々が揃っていることを確認すると、静かに、それでいて全員に聞こえるようはっきりと声を発する。

 

「これより、魔王様からのお言葉を賜る」

 

 その言葉を終えると再び横に控える。続く発言は、レオンハルトが言った様に、玉座に座する男のものだ。

 大陸の支配者にして、全ての魔の王。魔王ナイチサは、居並ぶ配下を一瞥すると、未だ怒り冷めやらぬ様子で語り始めた。

 

「ご苦労。……さて、卿ら。既に聞いているものもいるだろうが、改めて告げよう。人間が、余に宣戦布告を発したことを……!」

 

 自分で言っていて、怒りが増したのだろう。魔人達の身に緊張が走る。

 怒りを抑えようとして抑えきれないその憤怒の感情は、周囲の空気を歪めるほどの重圧となって現われる。魔人という強大な存在であっても、息苦しさと恐怖を感じられるものだ。

 通常の魔物。魔物兵だけでなく、魔物隊長や魔物将軍であっても、中には耐えきれずに失神してしまうものすら現われる。魔王の威圧は、意識を手放すことを本能が是とするのだ。これを浴び続けるくらいなら、気絶でもしてしまった方がマシだと。

 事実、魔王の怒気を一身に受けては命すら危ない。それを思えば気を失えた者達は幸せだろう。中途半端に強く、気絶出来ない者達はそれに耐えるしかない。ケイブリスなどは、先程から小刻みに震えて恐怖を圧し殺している。今直ぐ逃げ出してしまいたいが、そんなことをすれば殺されるのは目に見えているし、さりとて魔人である自分が必要以上に怯えるのは情けない。何とかそれを隠そうとしているが、周囲からはバレバレであった。バレていないと思っているのはケイブリスただ1人である。

 しかしその臆病なリスの気持ちに戻ってしまったケイブリスを、一体誰が責めることが出来るだろうか。普段は強者にへりくだり、弱者には横暴に振る舞うケイブリスを嫌悪する者達でも、この時ばかりはそれを責めることも、指摘することもしないし、出来ない。自分の事で手一杯であり、魔人の本能として、魔王の言葉を聞き漏らさないようにしようとそちらに注視しているからである。

 

「それと同時に、人間は攻め込んできたらしいが……フ、フフ……随分と面白いとは思わんか? あの矮小な人間共、よもや余に勝てると思っているらしい」

 

 馬鹿だ。自殺行為だ。やられすぎて血迷ったのか。居並ぶ者達の頭の中では、人間が狂ってしまったのか、とそういう類の疑問を抱く。

 勝てるわけがないだろう。自分達ですら、半ば手加減して相手してやっているのだ。多くの魔人にとって、人類との戦争など、欲望や衝動を発散するためのお遊びでしかない。

 中には戦士としてか、心構えの上で、真面目に戦争として思う者もいるが、それでもどこかで力を制限している部分があるのは否めなかった。

 

「吹けば飛ぶような塵芥の如き分際で……まさか勝負を挑まれるとは……ッ! こちらが手心を加えていれば増長しおって……!」

 

 配下が居並ぶ手前、怒りを圧し殺して冷静に語ろうとしているが、その衝動が抑えきれていない。先程から発せられる怒気の中に、殺気まで混じってきている。

 しかしその怒りというか不可解さも分からないでもない。

 何故なら今までのは戦いですらなかったからだ。

 争いとは、同レベルの存在でしか起りえないもの。故に魔物が本当の意味で争いを行える相手は、魔物しかいない。

 基本的には、使徒であれば使徒同士。魔人であれば魔人同士でしか喧嘩や争いというのは成立しないのだ。中には力の強弱による例外はあるが、特に魔人などは無敵結界という絶対の防御がある以上、争いは攻撃が対等に通じる魔人同士でしか起りえない。

 そして魔王と争えるものは、この大陸には存在しない。中には伝説の存在として争える者が存在するかもしれないが、それでも、表立っているような種で、争える者は見当たらない。

 

「どうやら、余は甘かったらしい……恐怖を充分与えていると思っていたが……フハハ、奴ら――どうにも死に足りないと。()()()()()を所望しているようだな……ッ!」

 

 そう、今までのは戦争ごっこでしかない。

 ナイチサにしてみれば、自分の庭先で配下を遊ばせているようなものだ。そこに生きる人間など、どうでもいい。魔王としての治世を示すための存在として、一定数を生かしているに過ぎないのだ。

 人間に付き合って戦ってる振りをしてやっているに過ぎない。拮抗しているわけがないのだ。本気を出せば、一年と保たずに人類全国家を滅ぼし尽くすことが出来る。

 それをしなかったのはナイチサの手心だ。()()()()()()()()、自分の存在に恐怖を感じているという証拠として、そこに人間を残す必要があった。

 しかし人間は、恐怖が、絶望が、嘆きが足りないという。

 あくまでも、争いたいというのだ。

 これは二百年前の藤原家とは訳が違う。あれはあくまでも、悪魔の宗教を許さないナイチサが、それを滅ぼすためにやったに過ぎない。

 人類圏という人間が勝手に決めた枠組みの中で、偽りの支配者。人間の代表を勝手に決めようが、ナイチサは関与しない。蟻の中の王を、上位種である人間が決めるなど滑稽に過ぎるだろうと。

 だから藤原家の台頭など放置してきたし、他の勢力が人間の中で覇権国家になろうともどうでもいい。

 本来の意味で、大陸の王である存在は魔王ナイチサ。ただ1人だ。

 ある意味では、人間すらも、己の臣民――魔物達とは扱いは違うものの、統治すべき対象と見ているのだ。

 だからこそ、ナイチサは人間の反乱を許さない。

 仰ぎ見るべき王への反乱を、王は決して許さない。

 速やかに革命を鎮圧した後、首謀者を皆殺しにし、これまで以上の圧政を敷くことで、反乱を予防するだろう。

 

「……王として、挑まれた戦いには受けて立つ。魔王として、受けて立たねばならない!」

 

 今まで一度たりとも戦いとは思っていなかったナイチサは、宣戦布告というこれ以上ない程に分かりやすい言葉によって立ち上がる。

 舐められてしまえば面子が立たない。魔王として失格である。

 だからナイチサは、己の治世が始まって初とも言える戦いに臨むのだ。

 有り体に言えば――“その喧嘩、買ってやる”と。

 

「これより余は、余の秩序を乱す人間共を誅殺するため、戦場に向かうッ!」

 

 だから魔王ナイチサは、その引き金を引く。

 居並ぶのはたった一体でも国を滅ぼすのに充分な魔人が20と余り。己の家臣である彼らに王として命じる。

 

「魔人達よ、余の戦列に加わることを許すッ! ――人間共に、これまで以上の恐怖を与えろ……ッ!!」

 

「……!」

 

 魔人達の紅い瞳が見開かれる。この瞬間、無意識ではあるがナイチサはそれを発動した。

 それは魔王だけが扱える力の一つ。全ての魔を従わせる絶対の力――“絶対命令権”。

 魔王の、人間へ、これまで以上の恐怖を与える、という命令を受諾した証拠だ。

 その証拠に、魔人達は一斉に魔王に膝をついて頭を垂れる。傍らにいた魔人筆頭であるレオンハルトでさえも、段差の下にまで降りて、何かを思いながらも、片膝を床に突いて、右手を胸に当てて言う。魔人を代表する様に、

 

「拝命致します。人間共に、これまで以上の恐怖を与えてご覧に入れましょう」

 

「手段は何でも構わん。ただ――殺せ。余と戦果を、死の数を競い合え。奴らが、心の底から後悔するようにッ!」

 

「……はっ、畏まりました」

 

 そうして、魔王は玉座から降りて謁見の間を後にする。

 その背後からは、魔人達が、その使徒達が、続いていく。

 魔物大将軍、魔物将軍、魔物隊長らも続々と集合し、先頭を歩く魔王に続いていく。

 彼らはこれより、史上初の戦いに挑むのだ。

 人間との戦争。今まで一度たりとも戦いではなかった人間との戦争で、これ以上ないほどの圧倒的な蹂躙を、屍山血河を築いてやろうと。

 魔王に喧嘩を売った代償を、その血で贖わせてやろうと思い――魔物達は、戦いの場に赴いた。

 

 

 

 

 東部オピロス帝国軍。

 それに所属する兵士、騎士達はその日――“地獄”を見た。

 これまで何度も魔軍との戦争に臨んできた彼らは最初、今回の戦争もいつもと変わらないものであると信じていた。

 魔軍は脅威だが、ある程度攻め込んできたところで足を止め、数年経てば帰っていく。

 それまでに国を守りきり、生き延びれば勝ちなのだと、誰しもが知識だけでなく、経験の上で知っていた。

 だから魔軍の司令部の一つに奇襲を掛けて勝利を得たところで、彼らは純粋に喜んだ。

 一矢報いることが出来たのならば、これからの戦いが楽になるかもしれない。こちらを手強いと見て、しばらくは戦いを避けたり、他の国を中心に攻め立てるかもしれない。

 しかも今回の戦いには勇者という存在も付いているというのだから、普段よりも楽になるだろう。

 だから彼らは――地平を埋め尽くすほどの魔物の群れを見た時、何が起こっているのか理解することを、脳が拒んだ。

 昨晩、飲みすぎてしまったのかと。本能がその光景を幻覚ではないかと判断する。

 普通の魔物だけではない。魔物達の先頭には異形の、威容な存在感を放つ魔人達が揃っている。

 今までは一体でもいれば緊張したものだが、それが20体以上、揃ってこちらに向かってきている。

 そしてその更に先頭には、魔人達の存在感を集めてもまだ足りないほどの圧を放つ人の形をした魔。

 白い肌に紅い目。貴族が着るような漆黒の長衣を身に着けるのは、伝えられる容姿と一致してしまう男。

 

 ――魔王ナイチサ。魔物達の、魔人達の王がそこにいた。

 

「あ……あ……」

 

 彼らは真っ直ぐに、こちらに向かってくる。

 兵士達からは、それが死神に見えた。

 いや、もっと単純に、死そのものにすら見えた。

 あれらがここに到達した時、自分達が味わうことになるのは、死であるのだと。

 1人残らず殲滅され、この場に、自分達の死体の山を築くことになるのだと。

 

「っ、ぁ……」

 

 気づけば、音が響いていた。

 それは兵士達が身を震わせたことで鎧や武器がカチャカチャと打ち合わされる音。

 もしくは自分の歯が、寒さで凍える時の様に、ガチガチと打ち合わされる音だ。

 目には気づけば涙が浮かんでいる。大の男達、それも誰しもが兵士としての訓練を受けた純粋な戦士達がだ。

 この中で、1番幸せであったのは先頭にいる兵士達だ。

 なにせ、何が起こったかも分からずに、逝けたのだから。

 少し後方にいる兵士達は、視界が真っ赤に染まるのを目にした。

 ビチャ、と自分達の顔や頭上に、何かが降り注ぐ。

 それらは全て、鮮やかな赤。液体や固体であった。

 しかし彼らは、それを見た瞬間に防衛本能が働いた。

 ――これを、眼の前にあるものを、理解してはならない。

 瞬間的に降り注いだものを、極力理解しないように努める。

 しかしまた――ビチャッ、と。何かが降り注いだ。

 生理的に嫌悪を示すような音だ。思わず耳を塞ぎたくなる。思わず下を向きたくなる。

 しかしそうして、理解を拒んだところで、現実は依然としてそのままだ。故に、彼らが気づくのは必然であった。

 誰かが、その降り注いできたもの、地面に落ちたものを目にして呟く。

 

「――()()

 

 そう。それは肉であった。

 何故こんなところに肉があるのか。こんな血が滴る新鮮な肉が。

 だが、その部位はところどころ、彼らが目にしたことのあるものだった。

 それは胃や腸、身体の臓器であったり、指や腕、足、などの身体の部位でもあった。

 それらが混じったようなミンチ。真っ赤な雨が降り注ぐ。

 これは何か? ――答えは、簡単だった。

 

 これは――()()()()()()()()

 

 この場にいる戦友。上司、部下、同僚。人間であった者達の生きていた痕跡。

 それを理解した時、彼らは一斉に悲鳴を上げた。

 

「うぁぁあああぁぁあああぁああぁぁああアアアァあぁああああぁぁぁぁあァああっああああっ!!!」

 

 人間の肉の塊。

 それは魔王によって一瞬でミンチへと変えられた人間達の死体の一部だ。

 理解し、悲鳴を上げ、兵士達は狂乱に陥る。

 必死に槍や剣を構えようとする者もいれば、その場から逃げようとする者、呆然として立ち尽くす、あるいは地面にへたり込む者や、狂ってしまったかのように不気味な笑みを浮かべる者すらいる。

 あまりにも凄惨な光景を見たための狂乱。誰かが嘔吐するような音が連続し、しかしそれを気にかけている余裕すらない。歴戦の兵士の中でも特に優れた能力と胆力を持つ将軍達も、極僅かな一部の者達以外は、兵士達と同じ様に狂乱していた。

 辛うじて正気を保っている者達も、それを立て直すことは出来ない。

 そんな中で、兵士はある声を聞いた。

 

「――フハハハハ! どうした? 余に戦いを挑んだのであろう? 望み通り、戦いに来てやったぞ。少しは抵抗してはどうだ?」

 

 それは、この地獄を作り出した男の声だった。

 それと共に聞こえるのは、ブチ、ブチ、という何かを無理矢理引き千切るような、様々な種類の聞いたことのない音。徐々にその音は近くなり、また男の声も近くなる。

 ある兵士は、とうとうその声の持ち主を眼の前に見た。

 

「余に喧嘩を売った人間共……よもやこの程度で済むと思うなよ……! 1人残らず、余手ずから誅殺してやろうではないか、フフフ……!」

 

 怒っているのか、笑っているのか。あるいはそのどちらも。怒りすぎて笑ってしまっているのか。そこにいたのはやはりと言うべきか、魔王ナイチサだった。

 

「う、あ、あ……」

 

 その威容は、人間では敵わないと本能で理解出来る強大さ。

 見ただけで死にかねない恐怖の塊。人として生きてきた誰もが、これ以上の絶望を目にしたことはないだろう。

 利口な者は、それを見た瞬間、自ら命を絶った。

 この後に自分の身に降り掛かる最悪の苦しみを味わうくらいなら、先に自分から死んだ方がマシだと考えたのだ。

 そして、それはおそらく正しい。魔王がやってくるまでに生きてしまった彼らは次の瞬間、それぞれが別の地獄を見た。

 

「これだけいると殺し方にも悩んでしまうな。だが、安心しろ。死ぬという結果だけは変わらん。だから――安心して、苦しむがいい」

 

「――あ……あああぁぁああ、ああああぁかあがあああがああぎああ!?」

 

 兵士の1人は、生きたまま腕や足などの身体の部位をもがれて死んだ。

 その隣にいた者は綺麗に臓器の一部だけを抜き取られて死んだ。

 また別の者は舌を切り取られ、呼吸が出来ずにその場でのたうち回った末に死んだ。

 あるいは容赦なく身体を吹き飛ばすことでミンチにされ、後方の者達に恐怖を与えた。

 その場で出来るあらゆる殺人を、ナイチサは手ずから行っていく。

 それは人間時代から得意であったナイチサの殺人の技術だ。

 “殺人”というものにおいて、稀有な才能を持っていたナイチサは、誰にもバレることなく、殺人を行うことが可能であった。

 通りすがり様に人を殺したとしても、それがナイチサによる犯行だとは気づけず、誰も思い浮かべたことのない新しい殺し方を、容易に頭に思い浮かべて実行することが出来る。

 それでも人間時代はまだ常軌を逸してはいなかったが――魔王になったことで、ナイチサの才能は、その衝動の枷とともに解き放たれた。

 

 ――“殺人LV3”という史上最悪の才能を持つナイチサは、世界一の殺しの才能を以て、人間を効率的に殺していく。

 

 彼らの不幸は、この時代がナイチサの時代であったこと。

 人間を殺すことにおいて誰よりも優れた魔王は、様々な殺し方を試しつつも異常な速度で死者を量産し続ける。

 ナイチサが通った道は血と肉で染められ、大地を真っ赤な絨毯と化していた。

 もはや誰もが逃げることは出来ない。

 その背後からは魔人や魔物達が追従するように、人間達を追い詰め、殺していく。

 東部オピロス帝国だけではない。人類史上、他に例を見ない未曾有の危機に直面していた。

 

「――さあ人間共よ! 余の悪行を止めて見せろ!!」

 

 魔王ナイチサ率いる魔軍と、人類種全てとの戦争。

 

 “死滅戦争”が、ここに開幕したのである。

 

 もはや誰もが直面する死において。

 

 これを救える者は――()()()()()()()()()()()()()()


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