魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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英雄達の邂逅

 一行が人間街から去り、街の外に向かって歩いていく。

 魔物達の声や様々な音で周囲は騒がしいが、彼らの間に会話はない。あっても、短い声掛けだけだ。

 それは先程の人間街でのことを引きずっていると誰もが感じていた。同時に、引きずらないように頭を切り替えようと努力する。

 だが、気持ちを切り替えることが出来たとしても、思考は止まらない。冷静になればなるほど、先程の男の言葉やこの街の光景を思ってしまう。

 彼らは魔人と魔王を倒すために旅をしている。理由は別々ではあっても、根本が人の為であることは共通するものだ。

 だからこそ、彼らは他ならぬ同じ人間からの拒絶が衝撃的だった。

 助けてほしくない。助けられても困る。魔人を倒さないでほしい──そう言われたのは初めてのことだったのだ。

 しかし同時に、一見してこれほど恵まれた生活を送るのなら仕方のないことかもしれないという思いにもなる。人は安寧を求めるものだ。それが保たれている以上、自ら危険に飛び込むようなことはしたくないというのも理解出来る。例え、魔物に支配された社会であっても。

 だが、彼らが言う外で暮らす自分達からすると、生理的なものなのか、それとも本能なのか──どうしても拒否感を感じてしまう。

 魔物に支配されて生きるのなんて御免だと思ってしまう。

 多かれ少なかれ程度の差はあれど、彼らは同様の事を考えながら、街の直ぐ近くに隣接している人間牧場へと向かった。

 辿り着いた彼らがそこで見たのは、分かっていた筈の現実であり──想像より遥かに酷い光景であった。

 

「ははは! おらっ、おらっ! もっと悲鳴を上げろ!」

 

「はぐっ、ひぐ! あぐぅっ! あぁ……」

 

「今日は良い天気だなぁ……」

 

「……早くご飯くれないかなぁ。お腹空いてきちゃったよー」

 

「ほーら、この石を取ってこーい」

 

「あーうー……」

 

「何してんだ! 早く取ってこいって言ってんだよっ!」

 

「うっ! ……あ゛ーあ゛ー……」

 

「うへへ、次の交尾は俺らの番だってよ」

 

「そうだなぁ、どの雌なんだろうなぁ……俺はあの娘がいいなぁ……」

 

「おらおら! もう少しで餌やりだ! 最後にもっと痛めつけてやるぜぇ!」

 

「はぁ……はぁ……今日も魔物様がっ、ぐぶっ、いっぱいだねぇ……うぎゃんっ!」

 

 屋外の柵の中では、草原の上に大勢の人間が思い思いに過ごしている。

 しかしそれらは、人間であって人間の扱いをされていなかった。

 

「……ふむ、これが……」

 

「……人間牧場、ですね……」

 

「っ、酷い……」

 

「……ふん、胸糞悪い……」

 

「…………」

 

 五人はそれぞれ、人間牧場で飼育されている人間達を柵の外から眺める。

 魔物兵の変装は続いているため、周囲から怪しまれることはないし、表情の変化を悟られることもない。

 何しろスーツの中では、それぞれ眉を顰めたり歯を噛み締めたりなどと、その光景を忌々しそうに。あるいは悲しそうに見つめているのだから。

 大陸各地にある人間牧場。その何処でもこれと同様の事が繰り広げられていると思うとやはり気分が悪くなってしまう。

 ボロ布を巻いただけの人間達が、柵の中で魔物に痛めつけられて悲鳴をあげる。人間同士で交尾を強要されている。人間が、四肢を膝、肘の部分で切断されて言葉を喋れない“人うし”を虐めて楽しんでいる。魔物から渡される餌を心待ちにし、魔物の事を敬う人間達がいる。どれだけ酷いことをされようとも、誰もが抵抗しようとせず、その現状を受け入れている有り様だった。

 

「ここがどうやら“C級”の牧場らしいね」

 

 と、看板を指差して告げたのはホ・ラガ。彼が指した先、柵の中に入るための入口部分には“C”と描かれた大きな看板がでかでかと掲げられている。

 それが示すのは、先程の人間街の男が言っていた“C級”の人間が集められている場所ということだ。

 

「……なんで、こんなにも差があるのかしら……?」

 

「ふむ、先程の話から推測するに……おそらくは何かの基準によって振り分けられているのだろう」

 

「何かの基準、ですか?」

 

 おそらくな、とカフェや日光の問いにホ・ラガが顎に手を当てながらその光景を観察する。彼も見苦しいと感じてはいる様子だが、一行の中では最も冷静な視点でそれを考察していた。

 

「ここに比べれば、人間街に住む人間の数は少ないように思える。おおよその人間はこの“C級”にいるのだろう。そして、C級があるのであれば、その上も存在すると予測出来る。途中に見えた施設では、人間が労働させられていると魔物兵が言っていたし、ともすればそこが……まあ仮に“B級”。そして先程の人間街に住む人間達が“A級”だと推測出来るか。何のためにこんなことをしているのか、目的までは分かりかねるがね」

 

「……さっきの奴が言ってた、“選別”ってことかよ」

 

 ここに来てからずっと、魔物兵スーツの中で露骨に胸糞悪いと表情を歪めているであろうカオスが、何回目かになる鼻を鳴らす。その言葉を聞いて得心しながらも、ブリティシュは湧き出た疑問を口にした。

 

「……でも、なんで人間街の人達にはあんな良い扱いをする必要があったんだろう」

 

「そう、そこが解せない。管理している人間に強制労働を課すところまでは理解出来る。痛めつけることも無論だ。だが魔物にとって、下に見ている人間相手に良い思いをさせる必要は無いはずだ」

 

「……気に入った人だけ、集めてるとかかな……?」

 

 カフェがふと呟いた言葉に、誰もがそれを為した存在を思い浮かべた。

 どんな理由があれ、これを施行している人物は当然、この街を治める存在である。例えその存在が考えたことでなくとも、管理している以上は許可が必要となるだろう。

 だが、

 

「……どんな理由があっても、この光景を認める訳にはいかない」

 

 ブリティシュは言う。この光景は、人間の尊厳を踏み躙っていると。

 

「こんなことが、許されて良い筈はないんだ」

 

 そう、許されて良い筈がない。

 同じ人間である彼らが不当に苦しめられている現状を認める訳にはいかない。

 そんな世界を変えたくて、ブリティシュは魔人を倒すために立ち上がったのだ。

 だからこそ、彼はどんなに辛い現実を目の当たりにしても目を背けたりはしない。

 拳を強く握り締めながら、真っ直ぐに、柵の中にいる人間達を見つめる。

 

「……助けられる人は……いないのかな?」

 

「……幸いにも、警備している兵はいないようですが……」

 

 カフェが柵の中の人達を見て悲しそうに呟く。そして日光がそれを聞きながら、柵の外周部を警戒している兵が少ないことに気づいた。

 同様に他の面子もその事実に気づいて訝しむ。

 

「かなり広い場所だが、これだと……」

 

「ああ──逃げようと思えば逃げられないこともない」

 

 その事実にカオスが気づき、ホ・ラガが指摘する。

 C級牧場の外周部の柵は、それなりの高さで仕切られた網の様なものとなっているが、それだけだと登るのも難しくないものだ。

 てっきり警備の兵がもっと多く巡回なり見張りなりをしているかと思ったが、そういう様子もない。魔物は柵の内側、厩舎と呼ばれる人間を収容する場所や、その周囲で人間を虐めたり、何かを指示していたりする。

 だが、何十万という人間を収容しているからだろう。その広大な面積の中には、眼の届かない場所が幾つか存在する。

 厳密にはちらほらと魔物がいたり、人間が人うしを虐待していたりするが、監視の眼は少なくとも殆どないように見える。

 だからこそ、彼らは思ったのだ。──これなら、助けられるかもしれない、と。

 

「……少し、いいかい?」

 

「……! なんでしょう、魔物様」

 

「なにか用でしょうか……?」

 

 だからブリティシュは、柵の近くに偶然にもいた人間の男女らに対し、声を掛けた。

 まだ年若い者達。おそらくは十代後半といった者達だ。

 まだまだ未来のあるはずの者達。選んだ訳ではないが、ブリティシュは偶然にも彼らに声を掛け、そして危険を承知で彼らに身を明かした。

 

「畏まらなくていい。僕は……君達と同じ人間だ」

 

「えっ!? な、なんで……?」

 

「外に人が……?」

 

 一応仲間達に左右を固めて貰いながら、ブリティシュは魔物兵スーツを少しだけ脱いで顔を覗かせると、彼らはぎょっと目を見開いて、それに驚いた。

 ブリティシュは出来るだけ優しく、不安に思わせないように彼らに言った。

 

「事情があってね。僕らは魔物兵の格好はしているけど、中身は皆人間だ」

 

「だから怖がる必要はありません」

 

 日光が補足するように告げる。ブリティシュが頷き、

 

「僕達は、君達をここから逃がすことが出来る。魔物の支配から脱して、外で匿うことが出来る。君達は……それを望むかい?」

 

 先程の一件で臆病になっているのか、窺うように問うブリティシュ。

 だがその答えは分かりきったものだった。

 柵の中にいる人間達は、それを聞いて僅かに震えると、首を振りながらこう答えた。

 

「な、なんで()()()()()()()()()()()()……?」

 

「え……?」

 

 それはやはり、拒絶だった。

 彼らの視線に宿るのは疑念と僅かながらの恐怖。それをブリティシュらに向けるのだ。

 一行はその言葉に怯みながら、我慢できずに逆に問う。カフェが悲しそうに、

 

「……どうして? あなた達はこんなにも苦しんでいるのに……」

 

「……貴方達は、魔物からの虐待を受けているんです。それから逃げたくはないんですか?」

 

「……? ()()()()()()()()()()()()()()()……?」

 

「──っ……!」

 

 だが、続く日光の率直な質問に対しても、彼らは首を傾げてしまう。

 まるでこっちがおかしなことを言っていると言わんばかりの表情であり、彼らは当たり前と言うように一行に告げる。その答えを、

 

「外になんて行きたくないよ……何があるか分からなくて怖いじゃないか……」

 

「そっちも、早く中に戻った方が方がいいですよ? そろそろ魔物様が痛めつけにくるころですし、餌やりもありますから」

 

「そうだぜ、そんな悪戯なんてしたら餌が貰えなくなるし、交尾もおあずけになっちまうよ……」

 

「っ……違うっ! 魔物に痛めつけられる必要なんてないんだ……! そんなことを強要されずともいい! 魔物の支配がなくなれば、普通の幸せが──」

 

 ブリティシュは、彼らの言葉を聞いて表情を歪ませると、何かを訴えるように必死にその必要性を口にした。

 彼らのその発言に自分達の──いや、人間という種が歪められる危険性を感じたからだ。

 そうではない。人間は魔物に支配される存在じゃない。それを訴えたかった。分かってほしかった。見ていられない。ここから逃げたいと、自分達の手を掴んで欲しかった。

 だが、

 

「……? よく分かんないけど、()()()()()()()()()()?」

 

「────」

 

 無情にも、ブリティシュの救いの手は振り払われてしまった。

 そこでようやく理解せざるを得なかった。

 牧場にいる人間達にとって、今は幸せなのだと。

 人間街で裕福な生活を送る者達も、魔物のために強制的に働かされる者達も、魔物によって理不尽に苦しむ者達も皆、それが幸福だと思い込まされているのだ。

 だからこそ、ブリティシュは絶句し、そして二の句を告げなかった。

 この絶望は知っていたはずだった。

 多くの人間が魔物に支配されている現状は、謂わば自分達が少数派であることの証左であり、それを改めて思い知らされたような気持ちだった。

 厳しい現実を感じて一行が無言となる中、突如としてその声は来た。

 

「──彼らに何を言っても無駄ですわよ?」

 

「っ!」

 

「──おおっと、逃げようとしないでくださいねー」

 

 不意に聞こえた発言の内容を理解するより先に、一行はそれをバレたと判断して逃走へ移ろうとする。

 しかしそれは、反対側からの声によって防がれる形となった。

 

「……君達は……人か? いや、違うか。この気配はまさか──」

 

 両側から現れた二人に対し、ブリティシュは一目でまずは人かと疑うが、直ぐにそれを訂正する。

 その人ならざる気配、それを感じ取ったためだ。

 そして突然現れた二人。一行を逃さないためか、両側を固める二人の内、右側に立つ金髪ツインテールの女が告げた。青い軍服風の衣装を身に付けた美少女は、その手に一行が理解出来ない武器を構えながら告げる。

 

「ご明察ですわ。わたくし達は──“使徒”ですの」

 

「っ、やはり……!」

 

「くそっ、バレてやがったのか……!?」

 

「そうですねぇ、まあ普通にバレバレでしたよう? さっきあなた方が会った人間街の人も態々報告してくれましたしねー」

 

 カオスの問いに対しては、左の薄紫色の長い髪をした女が告げた。レオタード風の衣装に黒の外套を纏ったスタイルの良い美少女だが、やはりこちらも使徒の様で、色濃い魔の気配を漂わせている。

 その彼女から、先程会った人間からの報告があったと無情にも告げられ、彼らは眉間に皺を寄せることしか出来なかった。

 彼を責めることは出来ない。彼は、今の生活を守ることが大事だと言っていたのだ。

 よくよく考えれば、外の人間が人間街に侵入してきたことを、魔物兵に報告しない筈がない。

 ただそれでも、ブリティシュらは同じ人間として、彼が黙ってくれることを信じたかっただけだ。それが叶わなかったというそれだけのこと。だからままならない気持ちを覚えつつも言葉には出さず、ブリティシュらは眼の前の状況を潜り抜けることに注力した。

 

「使徒……ということは、ここの魔人の使徒ということで間違いないかね?」

 

「ふふん、ええ、そうですの! わたくし、魔人レオンハルト様の使徒、第一使徒にして、魔物界一の完璧使徒であるキャロルと申しますの。以後お見知りおきを!」

 

「私はペールですよう。ペールちゃんって気軽に呼んでくださいね。まあもっとも、呼ぶ機会は無さそうですけどね」

 

「ああっ、使徒様……!」

 

 ふふふ、と一行に笑みを向けながらも、どうにも油断している様子もない。

 魔人の使徒が二体現れたことに対し、一行は即座に魔物兵スーツを脱ぎ捨てながら、両側を警戒するような陣形を取った。

 同時にそれを見た近くの人間達は使徒二体に対して頭を垂れたが、それに対してはペールが、

 

「ああ、はいはい。そっちはさっさと離れててくださいねー。そろそろ餌やりも近いですよーう」

 

「は、ははっ! 分かりました……!」

 

「はい、良い子達ですねーっと。って、んん?」

 

 手をひらひらと振って牧場の人間らをその場から散らせる。その指示を聞いて機敏にその場を脱した人間達に笑顔を向けながら、しかし視線が来ていることに気づいてペールはその方向に顔を向けた。

 

「……? あれ……?」

 

「どうかしましたか、カフェ」

 

 カフェが、ペールと名乗った使徒に対して頭を捻らせる。それを見て日光が視線を使徒から逸らさずに声だけで問うが、

 

「……どこかで見たことある気が……」

 

「ええー? こんな美少女が他にいるわけ無いですよう。見間違いじゃありませんか?」

 

「おい、カフェ! こんな時にボケるなよ!」

 

「ぼ、ボケてないわよっ。……でも、ごめん」

 

 カオスに注意され、気を取り直した様子で杖を構えるカフェ。昔見たような覚えがあったが、今はそれを思い出してる時ではないと頭を振った。

 だが、そんな戦闘態勢を取りつつも、キャロルと名乗った使徒は一行に向かってある言葉を告げる。

 

「なんか戦う気みたいですが、そんな無駄なことは止めて、とりあえず付いてきて貰いますわ」

 

「まあこんなところで戦ったら牧場にも影響が出ちゃいますし、増援も直ぐ来ますので、そちらとしても付いて来る方がいいですよう、と補足しておきます」

 

「付いていく、だと……?」

 

 ブリティシュの剣を構えながらの質問に、キャロルとペールは頷いた。街の外れに向かって、

 

「ええ、我らの主がお待ちですの」

 

「というわけで、ご同行願えますか? 大人しくしてれば危害は加えませんので」

 

「っ…………どうする? ああ言ってやがるが……」

 

「主ってことは、まさか……」

 

「待っているのは……」

 

「……まあ、そういうことだろうね……」

 

 一行がそれぞれ苦悶の様子を見せるが、それほどにマズい状況だった。

 使徒二体というのもかなりマズいが、それよりも魔人がいることが何よりも厳しい。

 故に一行は、判断を迷わせる。この場で刃を交えてその場を脱するのが最善だが、そもそも相手方にバレてしまっていることが中々に厳しい。

 彼らにとって必要な黄金像の奪取が更に厳しくなるからだ。

 だから次の言葉を聞いた時、彼らは耳を疑った。

 それは、

 

「……迷っているみたいですので、教えてあげますよう。──あなた達が欲しがってる物をこちらは渡す用意があります」

 

「……! それは……」

 

 言葉に出しかけながら、しかしそこで言葉を止める。

 何故バレているのかと思ったが、そこまでバレているとは限らない。欲しがっている物とは言うが、それが黄金像であるとは限らないのだ。

 しかし再度の言葉で、それは確信に変わった。キャロルの方が、

 

「確か黄金像が欲しいんですわよね? ならさっさと付いてくることですわ」

 

「…………」

 

「なんでって顔してますけど、それを答えることは許されてませんので、ええ」

 

「あんまり待たせると無理矢理連れて行くことになってゲームオーバーになるので、ここは大人しく付いてくるって選択肢を選ぶのが賢明ですよう?」

 

 ペールの再三の要求に一同が固まる。

 そんな言葉を言われたところで、相手は使徒。信用出来る筈がないのだ。

 だが、

 

「……分かった」

 

「ブリティシュ!?」

 

「おい、お前……マジか?」

 

 カフェやカオスが驚く。ブリティシュが、それに頷いたからだ。

 しかし彼は目配せを仲間に向かってする。その内容は、

 ──いつでも離脱出来るように準備を。

 それは、話は聞くが、罠だったり危なかった場合に備えて、いつでも逃げられるようにするということだ。

 というのも今回の潜入において、彼らはこの時代ではかなり貴重な“帰り木”を用意してきている。

 それさえ使えるのであれば、窮地を脱することは出来るのだ。

 だが、同時にその黄金像を渡す用意があるという言葉と、魔人から話がしたいという提案の言葉に、ブリティシュは興味を持った。

 この街を作り上げた魔人ということも手伝って、聞きたいことがあったし、本当に黄金像を持ってきているのなら隙を見て、それを奪えるかもしれないと考えたのだ。

 何故その目的がバレているのかまでは見当もつかないが、それでもチャンスではあったのだ。

 ピンチであり、チャンスでもある。ハイリスクハイリターンな状況。

 今直ぐ逃げることも出来るが、その場合は街に再び潜入することが難しくなり、黄金像の奪取が果たせない可能性があると。

 それを考えて、ブリティシュは頷いた。仲間にも、目配せしながら、

 

「案内してほしい。だが、あまり近づかないでくれ。それに加えて武器を手に持たせてもらう。それでもいいなら──」

 

「はいはい、オーケーですよう」

 

「さっさと付いてくることですわ」

 

 だが、警戒したその提案を使徒達は投げやりに許可して、さっさと付いてくることを促す。

 武器を携帯していても何の問題もないということだろうか。

 

「……チッ、舐めやがって……!」

 

「……行こう。今は、大人しくするべきだ」

 

 カオスが舌打ちするが、ブリティシュがそれにはコメントせずに先頭を歩く。何かが遭った時の為にガードは前に立つものだし、付いていくことを決めた手前、自分が先に行くのが道理であった。

 そしていつもの陣形を取りながら、一行は使徒二体に続いて、牧場から離れ、近くの丘まで連れてこられる。

 だが、

 

「……っ、この気配は……」

 

「なんか、苦しい……?」

 

 段々と息が苦しくなるような重苦しい気配を感じて、眉を顰める。

 丘の上に上がり、少しずつそこまでの距離が近づくに連れて、その気配は大きくなり、それに伴って一行の足は重くなった。

 何か、とんでもなく大きい存在がいる。

 その正体は分かりきったものではあったが、一行はその気配を実際に感じて、ようやく腑に落ちてしまった。

 

『最初はよ……街の方から人影が歩いてきたから、そんな筈はないのにお仲間か? と思ったんだ……。少しして距離が近づくと、そこで気づいた。段々と息苦しくなってる。肩が重くなってる。その原因を探るよりも前に、俺は歩いてくる存在に気づいた。──魔人だと』

 

 先程の男の言葉を彼らは思い出す。近づいているのは自分達の方だが、それを理解した。

 一歩一歩、距離を縮める度に、気配は色濃くなる。

 その姿が目視出来るような距離になると、彼らは心に思ってしまった。

 

 ──これは勝てない。

 

 思いたくはないのに、そんな言葉が頭を掠めてしまい、カオスや日光などは露骨に表情を歪めてしまう。

 それ以外の者達も、じわりと汗が滲み、手足の震えがやって来た。

 その男はただ一人、石の上に腰掛けていた。

 近づくに連れて、気づく。黄金の髪を持ったその男の容姿は、男として極まったものであった。

 前が開かれた、赤い縁が入った黒のコートを身に付けている。内側はシンプルな赤黒い服と暗い青色のズボンだが細かい装飾もあり、全体的に軍服か、貴族が着る様な――否、それを通り越して“王”の如し高貴さすら感じる衣装だ。

 だが、その細身の肉体が無駄なく鍛え抜かれたものであることは見ただけで直ぐに気づく。少なくとも、戦士であれば誰もがその男が達人であることを見抜ける。

 彼は岩の上に足を開いて座り、瞳を閉じていたが、それでも彼が男として極まった美丈夫であることが一目で分かる。

 だが同時に、その男が人の形をしていながら、人ならざる者であることにも気づく。

 

「────来たか」

 

 距離が数十メートル程まで縮まると、彼は目を開いた。

 そこで怯む。否、呼吸が止まる。

 その鋭い視線、威圧感を与える鋭い眼差し、紅い瞳が向けられて、一行は理解するのだ。

 彼こそが、最強の魔人。これが、最強の魔人の圧倒的なまでの力なのだと。

 実際にその武威を受けずとも、身体の方は全力で警鐘を鳴らしている。本能が、眼の前の男から逃げるべきだと訴えている。頭を垂れて、傅くのが正しいのだと判断させてしまうようなオーラがある。

 彼らは魔人を以前にも目にしたことがある。その時も、とてつもない畏怖を覚えたものだ。

 だが、はっきりいって次元が違う。

 眼の前で、武器を構えてもいない。戦闘態勢を取っている訳でもない。ただ座っているだけの男を相手に、彼らは死を感じる。

 決して戦ってはいけない。否、勝負にならない──そう判断した人間の男の判断は何ら間違いでも無かったのだと痛感させられる。

 如何に眼の前の男との戦いを避けるか。勝つのではなく、そのことばかりが頭の中を巡るようになってしまう。多かれ少なかれ、一行の頭の中もそれは例外ではない。

 

「ぅ……ぁ……っ!」

 

 特に酷いのは、カフェだ。

 彼女は今にも泣きそうな表情で顔を青褪めさせ、手足どころか身体を震えさせて怯えている。周囲に仲間がいなければ、その場にへたり込むか、一目散に逃げ出してもおかしくないほどに。

 カオスや日光は気丈にも睨み返しているが、その脂汗は隠しきれない。眼の前の男は、睨んでもいない、ただ見ているだけだというのに。

 ホ・ラガは畏怖を覚えつつも、その美しさに感嘆を感じていた。目つきの鋭さだけは相手に威圧感を与え、好みが分かれるところだが、それを差し置いても眼の前の男の容姿は整っている。その感嘆の分だけ、ホ・ラガは多少マシではあった。

 そしてブリティシュは、

 

「……大丈夫だ」

 

「……ぁ……」

 

 震えるカフェに気づき、相手の視線からカフェを隠しながら、一歩前に進み出る。

 恐怖を感じていない訳ではない。彼も、眼の前の魔人の強大さを感じ取っている。

 だが、それでも引けないだけだ。

 だからこそ、その様子を見て、眼の前の魔人も興味の色を覗かせる。

 

「……どうやらお前がリーダーの様だな?」

 

「…………そんな大層なものじゃない。僕は……ただの冒険者、ブリティシュだ」

 

 先に名乗ったのはブリティシュの方。それを受けて、魔人もその名を名乗る。

 彼こそが、魔人筆頭にして魔軍参謀。魔物界の英雄として名高い最強の魔人。人々の記憶から消えつつある、かつての剣の王。その名は、

 

「──レオンハルトだ」

 

 彼は言う。両側に使徒二体が控えさせながら、

 

「お前達と話がしたい。これが欲しいというなら、少し付き合ってもらおう」

 

「! ……ああ、分かった」

 

 そうやって魔人レオンハルトが懐から出したのは、瓢箪の様な形をした黄金像であった。

 

「それで、話とは?」

 

「……簡単なことだ」

 

 と、魔人は一行に向かって告げる。それは、

 

「魔物に支配され、人にとって終わってしまった世界で、お前達は何故(あらが)うのか――まずはそれを聞かせて貰おうか」

 

 彼らの目的を目の前にぶら下げられながら、最強の魔人と現人類最強の五人は邂逅する。最後の黄金像を求め、魔人を倒すために。




遅くなったのは積みゲー消化中だから。つまり怠慢なので特に深い理由はないです()
ま、まあでも分量的にはこれでも充分早い……早くない? そのうち戦闘シーン()書くから許せ

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